体を襲う浮遊感にアカリは一度目を閉じ、再度開いた。
下は滝壺のようでほの暗い水面が目前に迫っている。

ざぷん！と水面に一度沈んだアカリは目から上だけを出し、追い付く相手を見つめた。
滝から繋がる川の岸で見覚えある女の顔と見覚えない男が二人立っている。

｢さっきのは何なのか分からないけど逃がさないわよ｣

｢別に逃げよう何て思っていません。貴女方は私が倒すだけだから｣

アカリの倒す、という言葉に誘拐犯の三人は笑った。

｢あんたみたいな細腕のお嬢ちゃんがどうやって？！あたし等をなめてもらっちゃ困るよ｣


｢そうですね。確かに私の腕は非力かもしれないけれど｣

ボコボコと、それはお湯が沸騰した時のような音が辺り一体から聴こえる。
それは少しずつ大きく、増えていくのだが音の正体が分からない。

目に見えぬ不気味な音に木偶の坊の様な男が女の服を引く。
その姿は母親にすがる子供の様でアカリの笑いを誘った。

｢あんたはいつもこうだ！あんな嬢ちゃんに笑われて恥ずかしくないのかい｣

女の言葉に男は笑われているのに気付く。
アカリも気付かれた事に気付いて笑うのを止めたのだが逆にその態度が相手の神経を逆撫でた様で、青かった男の顔が真っ赤になった。

｢僕を・・・僕を、馬鹿にするなぁ！！｣

さっきまで恐がっていたのが嘘の様に男は攻めに転じた。
背中に背負っていた大きな斧を掴み振り回す。

｢止めな！殺してしまったらどうするんだい！！｣

頭に血が上っていた男には女の声は届いていなかった。
雄叫びにも似た声を上げ、男は斧を振り回す。

男が繰り出す攻撃をアカリは当たる寸前のところで避けていた。
たかが女相手に振り回しても当たらない、その事実が男をまた苛つかせる。

その時、アカリは突然に止まり男を指差す。
笑い妖しく口角の上がった表情で小さく呟いた。

"水遁･水龍弾の術"と、

だが男には呟きよりも小さいアカリの声が聞き取れず、止まった事を好機！と言わんばかりに斧を降り下ろす。
斧がアカリの体に当たった瞬間にぐしゃりとアカリの体が水となって飛び散る。

｢これは水分身・・・｣

男が言い終わる前に今度は男からぐしゃりと生々しい音が聴こえた。
川の水から現れた水の龍に襲われたのだ。

勢いよく飛ばされた男は岸に飛ばされ動かなくなった。

｢こいつが殺られただと？！こんな娘に｣

二人になってしまった誘拐犯は妖しげな笑みを浮かべ、川から現れるアカリに顔色を恐怖に染めた。
ぞくりと生温く気持ち悪い感覚が誘拐犯二人に駆け巡る。
アカリは川の水で髪を湿らせ口元以外は髪に隠れていた。

漆黒の髪から覗く口元と白い肌が誘拐犯達の恐怖を掻き立てる。

｢私を森に連れて来てしまった事を後悔して下さいね？｣

何処で？何て二人は聞いて来ないし、聞きたくもないだろう。
その気持ちを察してか、アカリは


｢勿論、あの世で｣


と言葉を付け足した。