幻影少女
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「ただいま~」
この家の輪に入るにあたり幾つかの約束、というか決まり事を教えられた。
一、帰ってきたら挨拶をする。
(もちろん帰ってきた相手にも)
なのに返事はない。
「あれ、誰もいないのかな・・・
あぁそうだ。今日は"ケンシン"の日だっけ」
台所に掛けられたカレンダーを見て、ヨミは今日が検診の日だと気付く。
八百屋で買った林檎とオマケのトマトを机の上に置き、ヨミはリビングのソファーに腰を下ろした。
・・・小さかった。
ぐーぱーぐーぱーと手を開いたり、閉じたりして手に残る感触を思い出す。
ぷにぷにしてた。
やはりと言うべきか、白くてぷっくりとした手は大福の様に柔らかく優しかった。
あんなに小さいのに生きてる。
自分の何分の一という大きさだというのに暖かく活きている。
それが不思議で凄い事で、怖い。
ヨミは赤ん坊がとにかく怖かった。
彼等は小さいのに生きているのだ。
簡単に折れそうな腕と足を持って
「あんなに怖いものがあの人のお腹の中にも」
いる。
そして後、もう少しで生まれる。
「怖いな。誤って壊しちゃったらどうしよう」
踏んでしまったら?
ぶつかってしまったら?
捻ってしまったら?
「怖い、怖いな」
ぽすん、とソファーに倒れて横になる。
視界に広がる部屋は今から生まれてくる赤ん坊のものだ。
赤ん坊と若い夫婦、その正しい輪に入り込む異質な
「私」
あ、そうだ
と沈んでいく意識の中で思った。
異質な"私"が抜ければ輪は正常な形に戻る。
そうだ、そうだ
と思った。
「この家を出よう」
まだ十もいかない子供が一人立ち出来る程、木ノ葉も甘くはない。
かと言って他国へ逃げ出して生きていける程裕福な時代でもない。
まだまだ戦後の爪痕は残っていて、場所によっては飢えに苦しむ所もある程。
そうなるとやはり何処よりも木ノ葉がマシだった。
だが木ノ葉で一人立ちとなると先ずは自分の保護者をしてくれる彼等に一人立ちの事を話さなければならない。
「これって裏切りにはいるのかな」
教壇で授業を進める先生を眺めながらヨミは呟いた。
ヨミの呟きを聞くもの等周りにはいない。
それどころか周りはヨミから遠ざかる様にして座っている。
この教室の輪の中でもヨミは異質だった。
「裏切りかな、せっかく輪に入れてくれてるのに自分勝手な理由じゃ」
さて、どうしようか
日が経つにつれて居場所が無くなっていく。
「早く産まれないかしら」
大きくなったお腹を愛しげに擦りなから彼女はもう何度か言った言葉を呟いた。
そんな彼女と大きなお腹を愛しげに見つめるのはヨミの命の恩人でもあり彼女の夫である男。
「そうだね。でも元気に産まれてくれたら俺はそれで満足だよ」
子供であるヨミの目から見ても彼等は幸せな夫婦だ。
だが、彼等が幸せであればあるほど自分の居場所は無くなっていくような気がして仕方がない。
現に彼等にはその気が無くても確かに彼等とヨミの間には見えない壁があった。
その壁は夫婦と他人を分ける壁であり、家族と他人を分ける壁でもある。
結局、彼等が私を家族として受け入れようとしても
「結局は他人、」
今はもうない故郷のあった方角の眺めながらヨミは呟く。
アカデミーから帰り、里からかなり離れた森の木の上でこうやって郷愁に耽るのが近頃の日課になりつつあった。
夕方から星が出る頃までずっと思い耽っている。
始めの頃は遅い帰りに怒られたりしていたが、出産予定日が近付いた今は注意もされる事もなくなった。
有り難いような悲しい様な複雑な感情にヨミは一人、困惑する。
「もし、私の故郷が残ってたら私はどんな生活を送ってたんだろう」
父がいて、母がいて、家族のある生活。
今とは真逆の生活はどんなものなのか
「あ、そういえばお母さんも妊娠してたっけ」
古くて遠い記憶。
その記憶に唯一残った母親も大きなお腹をしていた。
「結局、中身はどっちだったんだろ」
病院で調べれば性別が分かると言うが、故郷の里にはそんな調べれる機材など置いておらず母親も家族もただ子供が無事産まれてくる事を祈り楽しみに待っていた。
「弟だったのかな、妹だったのかな」
今更、知る術はない。
母親も中の子供も家族も家も全て燃えてしまったのだ。
「結局、生き残ったのは私と」
そこで、呟くのを止めてヨミは自分の喉に触れる。
『これが私達一族が守る秘術だ』
そう言った祖父は庭の木に止まっていた鳥に一声かけると見事その鳥を殺して見せた。
口寄せでもなく、飼っているわけでもなくたまたま庭の木に止まった鳥に『死になさい』と、普段と変わらない優しい声で言っただけなのに鳥は自ら地面にぶつかり死んでしまったのだ。
偶然だとは思えなかったがあの時は偶然だと思うしかなかった。
だってそうだろう。
命令するだけで鳥を殺してしまうなど誰が信じるというのか。
だが、確かに祖父は鳥を殺して見せた。
そして私に言っていた。
これが私達一族が
守る秘術だ、と
それが本当なら私にも出来るのではないか、そう思ったヨミは丁度横を通り過ぎた鳥に『止まれ』と命令した。
するとどうだろう、鳥はヨミの命令通りに止まって見せて落下を始める。
慌ててヨミはとっさに「飛べ!戻れ!」と命令すると鳥は空へ舞い上がり、何事も無かったかの様に飛んでいってしまう。
「・・・できた」
あっさり出来てしまった。
出来た感動よりも出来てしまった事による驚きの方が大きい。
「出来ちゃったよ・・・」