｢ところで、貴方はどちら様ですか？｣

二人が街から森に出た頃、隣を歩く"彼"にアカリは尋ねた。

｢何を言っているんだいアカリちゃん｣

｢私を気安くちゃん付けで呼ばないで下さい。声は似てないし顔も似ていない、そんな変化の術でよく忍者になれましたね｣

まるで汚いモノでも見るような目をして、アカリは伸ばされた手を払った。
瞬間、ミナトに似せた笑顔が歪む。

｢後、笑顔も駄目です。

全然似ていません｣

｢言いたい事はそれだけ、か？｣

ゆっくりと彼に似せた体が歪んだ。
歪みに歪んで次第に元の体が見えてくる。
他と然程変わらない忍服に木ノ葉の里ではない額当て、姿が戻ってもアカリが不快だと感じる笑みは変わらない。

｢よくぞ変化を見破れました｣

｢だから似てないって言ってるじゃないですか。

それに私には"眼"があるんですよ？｣

手を左目に当て、ずらせば青かった瞳は白くなっている。
また、目を手で覆い数秒と経たぬ間に下ろせば左目は青く色付いていた。

男はそれを見て驚く様子もなく、寧ろ目を細めアカリを見つめる。
手を組み、男の意地悪い笑みがより深まった。

｢一応聞きますが貴方の・・・いえ、貴殿方の目的は何なんですか｣

辺りの木が、茂みががさがさと動いた。

｢おや、お気付きでしたか｣

今度はわざとらしく驚いて見せた男にアカリは笑みを浮かべる。

｢始めから｣

自分の後をつけ、人混みに紛れながら尾行しているのも建物の影に隠れてこちらを見ているのもアカリは全部知っていた。
いくら何処へ行ってもしつこくついてくるものだからアカリは偽者だと知りつつ敢えて彼に同行し、森へと出たのだ。
里の中となると無関係な人間を巻き込みそうで戦い難いが森となればアカリは強い。

戦闘センスが無くとも森の中なら勝てる自信があった。

｢貴方達は見ていた筈ですよ私が他の忍達を片付けていた所を｣

それはアカリが今と同じで森にいた時の事だ。
他国の忍に呼び出され、手を貸せと言うので断って襲われそうになりやり返した時の話。
その時の相手は木になる寸前で殺してしまったのだが、その現場に彼も周りに隠れる彼等はいた。

始終ずっと見られていたのだ。


｢見ていたとも、おかげで貴女の力が本物だと知ることが出来た｣

｢だったらどうして私を森に連れて来たんですか｣

あの凄惨な現場を見ていれば襲う襲わないは別だとして森に連れてこようなんて思わなかった筈だ。

｢貴女を森に連れてきても拐える自信が私達にあったからですよ｣

男がそう言えば、アカリを取り囲む様に数人の忍が辺りから現れる。

｢私達の里は今、他の里と戦争中でして
里の規模的に劣勢を強いられている私達の里は一刻も早く相手の里にも負けない戦力が必要なのです｣

｢それで私ですか｣

｢如何にも

里の為、皆の為、私達とご同行願いましょうか｣

｢嫌と言ったら｣

｢嫌と言う暇も与えません｣

どすりと、嫌な音が耳に届いた。
見ればアカリの腹部に刀が刺さっている。

｢嘘っ、｣

｢だから言ったでしょう。嫌と言う暇を与えないと｣

笑う男に周りの男達も同じような顔をして笑った。
刀が刺さった所から伝わる痛みの情報に、膝が笑って地面へ座る。
真っ赤な血がアカリの服を汚す。
荒くなる息、額に滲む汗の粒、刀は抜こうにも手に力が入らない。

｢この前、貴女が戦っているのを見て考えたんです。
貴女から術を奪う方々はないか

アイデアは意外にもあっさりと出ました。
術を出されて困るのなら術を出せないよう違う事に意識を向けさせれば良いと｣

考えは単純ではあるが現に男の考えは成功していた。
お腹に刀を刺されたアカリは意識が刺された事に向いていて反撃も何も考えていない状態だった。
アカリの頭を占めるのは腹部から伝達される痛みの情報のみで他の事を考える余裕はない。

｢痛い

いた、い｣

俯き唇を噛みながら、アカリは腹部に刺さる刀を引いた。
途端、ぼたぼたと大量の血が落ちて赤黒い水玉模様が地面に出来る。

荒かったアカリの息が少しずつ落ち着いてきた。

｢ほぉ、｣

気付けば始めは多かった出血もだんだんと減ってきていて男は片眉を上げる。

｢もう、傷が塞がってきた様ですね。回復されては困りますし後、２～３回刺されておきますか？｣

｢この、外道｣

憎々しく見上げたアカリに男は気にしないと言った顔で微笑んでいた。

｢外道で結構。人間何かをやるために汚れるのは必須。
まあ、貴女の様な化け物相手ならどんなに傷付けても良心は痛みませんが｣