twst短編
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「セーベク君、遊びましょう!」
近所の家の友達を遊びに誘うがよろしく、荘厳たるディアソムニア寮の扉の前で臆しもせず声を上げるはオンボロ寮の監督生を務めるユウ。
「五月蝿いぞ人間!!!」
対して寮の中からだというのにはっきりと聴こえる大きな声で応えるのは遊びに誘われたセベクである。
これが学園内であれば五月蝿いのはお前だと馴染みの生徒は勿論、見知らぬ生徒からも突っ込みを入れられる所であるがここはセベクの所属する寮で、彼の余り有り過ぎる声量に日頃から聞き慣れている寮生達は誰も何も言わない。
寧ろこの二人のやりとりに慣れつつある寮生達は三日程間が開いただけで「何か久しぶりじゃない?」と話す程に二人のやりとりには慣れて来ていた。
「そもそも僕は忙しいと昼休みに言っただろう!」
寮から出て来たセベクは声を上げる。
近頃は共に遊ぶだけでなく昼食を共にする機会が増えた二人。
今日の昼食もユウとグリム、それから仲の良い同級生達に半ば無理矢理引っ張られて昼食を共にしていたセベクは放課後のお誘いにはっきりと断りを入れた筈なのに何故かユウはここ、ディアソムニア寮にいる。
「リリア先輩が今日のセベクは暇だから遊びに誘ってあげてって!」
「リリア様!」
突然の身内の裏切りにセベクは膝をつき打ちひしがれた。
「あれ?もしかしてセベク、チェリーパイ苦手だった?」
本日の予定はトレイを講師に頂き物のチェリーを使ったチェリーパイの作り方をハーツラビュルで教えて貰う予定である。
セベクの嘆き様にそんなにチェリーパイが苦手だったのかとユウは困惑する。
「僕に苦手な物はない!」
「じゃあ、ハーツラビュルに行こっか!」
苦々しくも声を上げたセベクにユウは手を叩き、笑った。
思わず反射で答えたセベクは内心しまったと思う。
ユウはお人好しと他方から評される人物である。
加えて他人の好き嫌いにしつこくあれこれ言う人物でも無い。
なのでここで大人しくチェリーパイが嫌いという振りさえしていればこのお誘いから逃れることができたというのにセベクはうっかりそのチャンスを自ら逃してしまう。
そもそもセベクがこんなにも頑なにユウのお誘いを固辞するのには理由がある。
「セベクよ、これから出掛けるのか」
何時もよりトーンの低い涼やかな声にセベクはびくりと肩を震わせた。
「あ、ツノ太郎!」
そんなセベクの側でユウは呑気な声でシルバーと共に帰宅してきたマレウスに挨拶をする。
それに軽く応えるマレウス。
セベクへの問いは俯いたままなかなか応えないセベクに代わり、ユウが答えた。
「これからセベクとみんなでチェリーパイを作るの」
既に楽しみらしいユウは頬を緩ませて笑った。
「ほう、それは楽しそうだ」
セベクはマレウスの刺すような視線を感じてますます身を縮こまらせた。
このように、セベクがユウの誘いに固辞する理由はマレウスにある。
ある日から、詳しく言うならユウがマレウスの前でセベクを呼び捨てで呼ぶ所を見てからマレウスは時折、セベクへと厳しい視線を送る様になった。
あくまでそれは時折で、普段は臣下にも優しい主なのである。
けれど、何故かユウが関わるとマレウスの目の色は変わる。
黄緑色の瞳が何時も以上に鮮やかに映え、めらめらと揺らめく炎の幻が見える。
セベクは以前、てっきりマレウスが人間と関わる己を気に入らないのかと思いリリアに尋ねた。
すると腹を抱えて笑い出したリリアは一頻り笑うと言った。
「監督生はマレウスのお気に入りじゃからな」
セベクはリリアの言う事がよくわからなかった。
それをリリアも察してか、マレウスの反応には余り気にせずこれからも変わらず監督生と仲良くしなさいと言った。
その言葉に多少なりとセベクは救われる。
ユウの事を人間風情と侮っていたセベクであるがその頃には同級生も交えて一緒に遊ぶ仲になっていたし、存外ユウやその友人達との触れ合いはセベクも楽しかったのである。
それこそもし、もう人間と付き合いをするのはやめなさいと言われたら多少は落ち込む程に。
けれど、やはりセベクは己が主の機嫌が悪くなると落ち着かない。
ユウに対しては穏やかに慈愛溢れる眼差しを向けるマレウスであるが、度々セベクへ向ける視線は鋭いものであった。
「チェリーは沢山あるからパイも沢山作れると思うの。そういう時は各自お土産として持ち帰るからツノ太郎も甘い物が平気なら食べてね」
「作る前から持ち帰る分の話か」
「失敗しないよ!だってトレイ先輩が付いてるしセベクもいるからね!」
グリムやエース、デュースは食べるのが好きだが分量をきっちりと計らなければならず、手間も多い菓子造りは苦手であった。
対してエペルは所属する寮もあってか、逆にそれが苦ではないし、ジャックやセベクは生真面目な性格がよく現れて計量といった地味な作業をきっちりこなすのでユウの言う通り、三人のいずれかがいれば成功する確率は大幅に上がる。
ただそれだけの話で他意のないユウはセベクの腕を持ち上げると抱き締めた。
ますますマレウスの視線が鋭くなった気がしてセベクはどっと冷や汗をかく。
「そうか。それなら僕もその土産を楽しみにしていよう」
「とびっきり美味しいのを作るからね!」
ユウはやけに大人しいセベクを引き摺る様に引っ張ってハーツラビュルに向かった。
暫くこちらへ手を振るユウに手を振り返したマレウス。
そんなマレウスの顔をちらりとシルバーは見上げた。
「良かったのですか?セベクを行かせて」
「あいつも偶には友と遊ぶ事も必要だ」
そうではなくて、とシルバーは思った。
マレウスの黄緑色の瞳が光々と輝き燃えている。
それが嫉妬の色だという事をシルバーは知っていた。
マレウスがセベクとユウの仲の良さに嫉妬をしている事を知っているシルバーであるがそれ以上は何も言わなかった。
セベクはまさか敬愛する主に嫉妬されているなどと思っていないし多分、これからも気づかない。
だから時折、嫉妬を露わにするマレウスの視線を何か自分が粗相をしたのではとセベクは勘違いして萎縮している。
そんなセベクが見ていてあまりに可哀想なのでこの状況がどうにかならないかシルバーは以前、リリアに相談した。
「如何にかと言われてもこればかりは本人達が気付くしかあるまい」
セベクはまさか己にマレウスが嫉妬していると言われても信じないし、これは嫉妬するマレウス本人も同じである。
本人が自覚しなければ意味がない。
「しかしあのマレウスが嫉妬とは」
おかしくて仕方がないのかリリアはくふくふ笑う。
シルバーはリリアの言葉に成る程と思う反面、リリアはこの三人の状況がおかしく楽しくて仕方がなく、まだ暫くはこのまま放置しておきたいのだろうとリリアの本心を読んでいた。
愉快そうに笑うリリアに頭を押さえるシルバーであるがとリリアの言う事を尤もだとも思っているのでシルバーも結局この状況を静観するのだった。
「ツノ太郎が怒ってる?」
仲の良い一年生組と講師のトレイとで始まったチェリーパイ作りはエペルやジャックの活躍もあり、材料を一つも無駄にせず今はオーブンで焼かれている。
トレイの用意してくれた紅茶を片手に各々好きな様にお喋りをしていたのだがやけにセベクが静かなのが気になったユウは一体どうしたのか尋ねた。
するとセベクはぼそぼそといつになく小さな声で話始めるので、これはただ事でないと皆がセベクの周りに集まって詳しく聞く。
近頃、マレウスに鋭い視線を向けられていると悩みを話すセベク。
何か知らぬうちに粗相を犯してマレウスを怒らせたかもしれないというセベクにエースは一言。
「え、セベク死ぬの?」
「おいエース」
「でもエースの言いたい事は僕も分かるぞ」
「あの、マレウスサンだもんね」
エースの率直な感想を咎めるジャックであるがその後をデュースとエペルはエースに同意と言わんばかりに頷いた。
エースから「じゃあジャックはあのマレウス・ドラコニアを怒らせても平気なの?」と返さればジャックは黙るしかなく、その問いの返答はぶわりと膨れた尻尾が如実に表している。
「ツノ太郎はみんなが言う様な恐い人じゃないよ」
「出たよ。ユウのマレウス先輩に対する謎の信頼」
「ていうかお前、まだマレウス先輩をその渾名で呼んでたのか」
ジャックはユウに対し、尊敬と呆れを混ぜた声で言った。
以前からユウが口にしていたツノ太郎というその名前はグリム命名であるのだがその強烈なインパクトから一度聞くと忘れられない。
ユウの口から語られる頻度は多く、その話を聞く事が多かったエース達はツノ太郎って誰だよと思いながらいつもユウが偶に会うという友達の話を聞いていた。
そのツノ太郎があのマレウス・ドラコニアだとエース達が知ったのはセベクと親しくする少し前の事である。
廊下で「ツノ太郎!」とユウが声をかけたのに釣られてその方向を見たエース達は固まった。
ユウが駆け寄った先には先輩であり、この学園の生徒ならば誰もが畏れるマレウス・ドラコニアその人がいたのである。
その彼を親しげにツノ太郎と呼ぶユウにエース達は勿論、周りの生徒達も固まっていた。
何なら人混みの仲にいたヴィルは信じられないものを見た様な顔をしていたし、アズールは酷く気の抜けた顔をしていた。
授業へ向かう途中であろう、ラギーに半ば無理矢理に腕を引かれて歩いていたレオナは最早驚き過ぎて呆然としている。
やっと我に返ったエース達は周りが硬直する中、呑気に世間話をするユウを拉致すると戦略的撤退を行った。
そして撤退した先で詳しく聞けばユウはマレウスの事をマレウス・ドラコニアと知らずにずっとツノ太郎と呼んでいたのである。
何だよそれ、とエース達は思い空を仰ぎ見た。
それから暫く、気を取り直したエース達はユウにこれからは先輩でもあるマレウスをおかしな渾名でなくちゃんとした名で呼ぶ様にと厳命したのである。
が、ジャックの言う通りユウのマレウスに対する呼び名はいつの間にかツノ太郎に戻っていた。
「ちゃんとツノ太郎に許可は取ったよ」
ユウは言った通り、確とマレウスと話をして許可を得た。
それを信じられないという顔でエース達はセベクを見る。
セベクは苦虫を噛み潰したような顔をしながらゆっくり頷く。
「確かに若様はユウがあの渾名で呼ぶ事を認めておられる」
「マジかよ」
「因みにユウ以外があの渾名で呼んだ場合、命の保証は出来ない」
セベクの言葉に誰かが小さく悲鳴を上げた。
「しかしセベクがマレウス先輩を怒らせるとは」
デュースの漏らした言葉に誰もが同意した。
セベクといえば1に若様、2に若様、3、4と勿論若様でその後も若様と、とにかく若様事マレウスを中心に生きている様な男である。
その為、セベクがマレウスを怒らせたというのは誰も信じ難かった。
「きっとお前が若様若様うるさいから向こうはそれが嫌になったんだゾ」
「そんな馬鹿なっ?!」
セベクはグリムの言葉にショックを受けていたが誰もフォローが出来ない。
セベクは己が主とはいえ年上の先輩の移動教室に付いて周る男なのである。
それと同じ事を自分がされたらと考えると誰も何も言えず、グリムの指摘はあながち間違いでは無いのではとさえ思えてしまう。
「もしそれが原因なら暫くセベクがツノ太郎と距離を置いてみたら良いんじゃない?」
「どうやってだよ」
「セベククンはマレウスサンと同じ寮だからそれは難しいんじゃないかな」
「うん、だからセベクは家に暫くおいでよ。オンボロだけど前よりはマシになってるし、部屋は沢山あるから泊まれるよ」
日頃からオンボロ寮と揶揄されるユウ達の寮であるがユウとグリム、それからエース達の協力もあって使える部屋は増えつつある。
「しかしそう、何日も外泊は難しいだろう」
ユウの提案を悪くは思っていないセベクであるが連泊に難色を示す。
「じゃあ、二日!二日位ならどう?みんなも集まってお泊まり会しようよ」
「結局、目的はそっちかよ」
呆れた、と言わんばかりのエースであるがお泊まり会には賛成らしく、さっそく副寮長で、少し離れた場所で本を読んでいたトレイに確認をとっていた。
話を聞いたトレイは男女が一つ屋根の下でお泊まりというのに難しい顔をしたが、何故か彼等を見ていると弟とその友達が戯れている様にしか見えないので「外泊届けさえしっかり出せば大丈夫だろう」と答えた。
「俺も外泊は問題ない」
「僕もルークサンに言えば多分大丈夫」
続いてジャックもエペルも外泊は可能という事で皆、一様にセベクを見る。
返事に窮するセベクの手を握ってユウは微笑みかける。
「みんなは何度か泊まりに来た事もあるけどセベクは一度もないでしょ?お泊まり会しようよ」
「お泊まり会?良いぞ良いぞ」
案の定、山程出来たチェリーパイをお土産に寮へと戻ったセベクは丁度良く談話室にいたリリアにお泊り会の事を相談した。
流石に外泊は難しいかと思われたがリリアはあっさりと了承した上、何処からともなく外泊届を出すとすぐにでもセベクに書くようせっついた。
「良いのですか?リリア様」
「さっきから良いと言っとるじゃろ。青春というのは今しか出来ない事じゃからな」
だからほれ、と改めて外泊届を書くよう勧められてセベクは戸惑いながらも外泊届を書いていく。
「誘われる内が華じゃぞ。中には学園行事にすら誘われず輝かしい青春を枯れて過ごす者もおるからな」
「それは一体誰の事を言っているんだ?」
耳に届いた涼やかな声にセベクのサインは歪んだ。
「一体誰の事だと思う?マレウス」
談話室にやって来たのはマレウスであった。
セベクは勢いよく立ち上がると帰宅の挨拶を済まし、お土産のチェリーパイを差し出す。
それは特に仕上がりが綺麗だった物をマレウス用にとユウが包んだ物で、差し出されたマレウスは当初、訳がわからない様子であった。
しかしユウの名前を出せば少し前のユウとのやりとりを思い出したらしく表情が明るく華やぐ。
見るからに機嫌の良い主にセベクが安堵の息を吐いたのも束の間、マレウスはセベクが書きかけていた外泊届を指差すと珍しがって問うた。
だが、それに答えたのは何故か笑顔のリリア。
「セベクは今度、オンボロ寮で同級の者達とお泊まり会をするそうじゃ」
途端、真顔で無言となったマレウス。
談話室にいた者達は不穏な空気を察知してそろそろと自室へ避難した。
広い談話室に残ったのはリリアとマレウスとセベク。
それから実は始めからいたシルバーで、彼はこの状況が大変愉快らしく楽しげなリリアに頭を振って呆れていた。
「オンボロ寮でお泊まり会?まさかユウも」
「勿論おるに決まっとるじゃろ」
何を当たり前な事を、とリリアは返した。
マレウスは勢いよくセベクを見た。
主の寄越す視線に姿勢を正したセベク。
マレウスの黄緑色の瞳はいつにも以上に轟々と燃え盛っている。
その激しい色にセベクは何とか堪えたが悲鳴を漏らしそうだったし、正直泣きそうだった。
どうして自分はこうも敬愛する主に睨まれなければならないのかセベクは分からない。
「どうして何時もお前ばかり」
「若様?」
悔しげに漏らされたその声に訳も分からずセベクは呆然とした。
その間にマレウスは踵を返して早足に談話室を出て行く。
いつになく荒々しく談話室の扉が閉じられるとリリアは大きな声で笑い出した。
愉快で堪らず、笑い過ぎて軽い過呼吸を起こしながらもリリアは笑い続けた。
「見たかシルバーよ。あやつの盛大に拗ねた顔!」
「親父殿」
そこまで言って思い出したのか再び笑い出したリリアはシルバーが注意するも、聞かずそのままソファーから転がり落ちて笑っている。
セベクは未だ呆然と固まっていた。
「のう、シルバー。ユウがマレウスかセベクの嫁として茨の谷に嫁いでくれれば毎日笑って楽しく過ごせると思わんか?」
笑い過ぎて痛むお腹を抑えながらもそう言ったリリアにシルバーは頭を振って断言した。
「楽しいのは親父殿だけだ」