幸福論
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「ユウは俺の婚約者になって迷惑しているか?」
夏のホリデーで帰って来たカリムに呼ばれたユウ。
何時もの様に喋り、学園での出来事をカリムの口から聞いていたユウは突然の問いに驚いた。
ユウの膝に頭を乗せて寝転がるカリムは今、顔を横に向けてしまったので表情がよく分からない。
カリムとジャミル、帰って来なかった冬のホリデーの間、二人の仲に何かあったのをユウは察していた。
あくまでユウの所感であるが今迄主従であった二人の関係が少しではあるが気安い感じになった気がする。
カリムのこの問いにユウは本当に何かあったんだろうなと確信した。
失礼な話であるがカリムからこの様な弱気な問いをされるのは初めての事で一体、どんな心境の変化があったのかユウは不思議であった。
「迷惑と言いますか、未だに戸惑っています」
どうして自分なのだろうかとユウは今でも時折、不思議に思う。
カリムはアジーム家の跡継ぎで、自分はバイパー家の鼻つまみ者である。
立場も身分もカリムとユウでは何もかもが違う。
「寧ろこんな私が婚約者で迷惑しているのはカリム様なので「迷惑じゃない!」あ、はい」
がばりと勢いよく起き上がるカリムにユウは驚く。
そんなユウの手を握り、カリムは顔を近付けた。
「俺はお前の事が好きで好きで好きで!だから婚約者にしたんだ」
「初耳です」
「俺はユウの事が一目見た時から好きだ!それでお前がジャミルと双子の兄妹と聞いてお前と結婚すれば三人でずっと笑っていられると思って、」
そこでカリムは言葉を途切らせた。
紅玉の様に赤い瞳から大粒の涙が溢れてユウの服を濡らした。
「ユウが好きだ。愛してる。お前は、ユウは俺の事が好きか?」
カリムの問いにユウは答えに困った。
これまで、カリムに振り回されて来たユウであるが好きか嫌いか言えば好きである。
それこそジャミルと並べて好きと言えるぐらいには思っているがそれがどの好きなのかユウは分かっていた。
ユウのカリムに対する好きは家族の好きである。
ユウにとってカリムは手のかかる可愛い弟の様なもので、その事を正直にカリムに伝えた。
この質問は誤魔化して答えてはいけない気がしたからである。
カリムは暫くユウから弟の様に思われていた事にショックを受けていたが最終的に嫌われていないのなら良いのだという結論に落ち着いた。
そんなカリムにユウは内心困惑する。
それこそカリムの人柄で許されてはいるが相手がカリムでなければ一族郎党、職を失いさ迷うレベルでカリムとジャミルに何かあったのだと推察した。
「ユウ」
「は、はい」
急に真剣な表情をしたカリムにユウの心臓は飛び跳ねる。
「俺、絶対にお前に惚れてもらう様頑張るからな!」
「え」
「だからその時は俺と結婚してくれ」
結婚も何も既に自分達は婚約者であるという言葉をカリムの真剣な眼差しに気圧されユウは飲み込む。
ユウが何て答えようか考えあぐねていると所用を終えてたジャミルが戻ってきた。
それに気付いていないのか段々とカリムの顔が近付いてくる。
「カリム様、」
「好きだ」
「だからお前にユウはやれんと常々言っているだろ!」
ジャミルの手によりカリムの顔は床に沈んだ。
「大丈夫か?ユウ」
カリムの雰囲気に押されてジャミルの目の前でキスしそうになったユウは羞恥に顔を赤く染めてこくこくと頷いた。
そんなユウを見てジャミルは表情を緩めるが部屋の外からまたしても呼び出されるとジャミルは小さく舌打ちをして部屋を出て行く。
「酷いなジャミルの奴」
キスを邪魔された事にカリムは身体を起こしながら文句を零した。
そして驚く。
今度はユウが泣いていた。
はらはらと雨の様に涙を零している。
カリムはそんなに自分とのキスが嫌だったのかとショックを受けた。
そんな絶望にも似た表情のカリムに気付き、ユウは己が涙を零しているのにも気付いた。
「ああ、カリム様ごめんなさい。私ったら嬉しくて涙を零してしまいました」
ユウは嬉しかった。
久しぶりにジャミルの素の顔が少しだが見れたのだ。
ユウは自身の片割れ、ジャミルについて常に気に病んでいた。
自分が弱くて何も役に立たないから父親の機嫌を良くするため、苛立ちの矛先を自分から逸らすためにジャミルはずっとユウの分も本当はしなくてもいい努力までして頑張っていた。
何でもそつなくこなす片割れであったが何事にも限度がある。
ジャミルが無理する度に彼の表情が固まっていくのが如何しても気になって、でも如何にも出来なくてユウはいつも歯痒い思いをした。
そんなジャミルの久方ぶりの素の顔にユウはとても嬉しかった。
「あんなジャミルの表情を見るのは久方ぶりです」
きっとこれはカリムのおかげに違いない。
お家を揺るがす何かが学園であったのだろうが、きっとジャミルの心を解かす良い何かもあったのだろうとユウは目元の涙を拭い、カリムに感謝を伝えるべく顔を上げた。
途端に唇に触れる何か。
宝石が如く紅いそれが叙々に離れて行く。
今度こそキスされた。
そう意識した途端にユウの顔は熱く熱を孕んだ。
「カリム!お前という奴は!!」
「げぇっ?!ジャミル」
丁度キスシーンを目撃したらしいジャミルが鬼の様な形相で部屋に入って来た。
怒り心頭と言った様子のジャミルに遠慮は無かった。
部屋に三人しかいないというのも一つの理由かも知れない。
「お前にユウはやらんと言っただろ!」
「悪いジャミル!けどこればかりは我慢出来ない!俺はユウが好きなんだ!」
「そんな事知るか!お前みたいな男に嫁いだらユウは絶対に苦労する!だから絶対にやらん!」
「安心しろジャミル!絶対にユウにはお金の苦労はさせない!」
「財力の問題じゃない。お前という人間に問題があるんだ」
因みにであるが長年、ユウの夫になる人物を探していたジャミルはカリムの未来の財力に目を付けて検討した事はあるがすぐに彼の中で棄却された。
身分の問題ではない。
行動や発想が斜め上過ぎて自分ですら御しきれないカリムをユウの夫に据えた所でユウが苦労するのが目に見えていたからである。
なのでジャミルはいくらカリムが己れが主人でも、既に婚約者にされていても、二人の結婚を認めない。
カリムと義理とは言え、兄弟等嫌だという個人的な物も含んでいるが大部分はユウの事を思ってである。
ジャミルはそれはもう嫌そうに、カリムは何処か楽し気に言い合う。
そんな二人を見てユウは笑い声を漏らした。
「おい」
お前の為に揉めているんだぞと視線でもの言うジャミル。
そんなジャミルに向かってユウは謝るが、ユウの笑い声は止まらない。
「如何したんだ。今日のユウは何だか忙しないな」
泣いたり笑ったり、ユウの表情はこの短時間でころころと変わる。
けれどそんな沢山の感情を素直に見せるユウが嬉しくてカリムは理由を聞く体制を取る。
それに習ってジャミルも渋々カリムと離れた位置に腰を落とした。
「何でもないんです。ただ二人がこうして気兼ねなく喋っているのを見ていたら嬉しくて」
ユウはジャミルとカリムが一緒にいるのを見るのが好きだった。
確かにジャミルはカリムの世話を大変そうにしていた。
確かに二人は主従であった。
けれど時折、カリムの突拍子のない行動でジャミルが見せる年相応の姿が、やり取りが、ユウは堪らなく嬉しかった。
「そうか!そうか!ユウは俺とジャミルが仲良くしてるのが嬉しいのか!」
「はい」
「カリム。その五月蝿い顔で俺を見るな」
再び騒ぎ出す二人をユウは微笑ましく眺める。
仲の良い二人が好きだ。
主従ではない、あくまでも幼馴染みの様な気やすいの二人が好きだ。
二人がそんな風にいられるならカリムとの結婚も良いかなと思うユウである。
そんな事を考えていたらジャミルはぐるりと首を回してユウを見る。
「お前、今しょうもない事を考えていただろう」
「そんなことないよ」
双子だからだろうか、ジャミルは時折ユウの心の内でも見たかの様に的確な指摘をしてくる事がある。
逆もまた然り。
ジャミルの視線は訝しげである。
「どうせ、『二人が仲良くできるなら愛のない結婚も有りかも』とかそんな事を考えていただろう」
ユウの心の内を読み取り、ご丁寧に声までユウに寄せたジャミル。
それが何処か似ていて、ユウは困ったように笑った。
「それは駄目だ!俺はジャミルの事は友達だし兄弟みたいな親しい仲になれればとは思うけど愛が無いのは駄目だ。俺はユウの事を愛しているからな!」
「耳元で喚くな!後、お前とは友達でもなんでもないしお前と兄弟なんて以ての他だ!見ろ!この寒疣!」
曝け出されたジャミルの腕には確かにポツポツと疣ができている。
それよりも二人が想像以上に気安くなっていてユウは驚いた。
これ、他の人に聞かれると不味くないかなと辺りを窺い焦ったが、だからこそカリムの私室に来るなり自分達とジャミルを除いて人払いされたのだとユウは一人納得する。
「ジャミル風邪か?!風邪なのか?!夏風邪はいけないぞ。拗らせると危ないからな!」
「あああっ!!!」
頭を掻き毟り出したジャミルに彼の体調を心配していたカリムは驚いてユウを見た。
ユウは首を横に振るう。
「きっとジャミルは疲れているんです。暫く放置しておきましょう」
愉快なジャミルを背景にユウは新しいお茶の準備を始めた。
後に二人はカリムの宣言通り相思相愛となり、カリムの卒業と共に結婚する。
そこに至るまでにジャミルの多大な妨害やカリムの正妻の座を狙う親戚筋からの嫌がらせなど沢山の試練が二人に訪れるのだが時にカリムが活躍したり、ユウが己の気持ちに気付いたりして目出たく結婚を迎えた。
結婚式でジャミルは娘を嫁に出す父親ばりに泣き、カリムがそんなジャミルを慰めようとして逆に反感を買い、年を重ねても相変わらずじゃれ合う二人にユウは微笑む。
「幸せだな」