twst短編
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イデアがユウと出会ったのは彼が猫成分を摂取すべく猫の溜まり場に立ち寄った時の事である。
雑木林の向こう、適度に温かな陽射しが差し込む開けた場所にユウはいた。
何故か人間キャットタワーと化して
「そこの方、」
声を掛けられるまでははて、この溜まり場にキャットタワーなる物等あったかと不思議に思ったイデアである。
いざ、向こうから声を掛けられてイデアは思わずその場で飛び上がる程に驚いた。
自分のとっておきの場所であるこの場所に他人がいる事も、であるが人の気配に敏感と自負する己が声を掛けられるまで気付かない程にユウの気配は稀薄であった。
「どうか助けていただけないでしょうか」
肩や背中、頭にまで猫を乗せたユウは動けない為、声を上げてイデアに助けを求める。
それが二人の初めての邂逅であった。
その出会いからイデアとユウは度々、学園の各所にある猫の溜まり場で会う事が増えた。
羨ましい事にユウは猫に好かれる性質らしい。
加えて静かな場所を求めて知らず知らずのうちに猫の溜まり場に来てしまう為イデアが遭遇する時は必ずと言って良いほど人間キャットタワーと化していた。
「イデア先輩、こんにちは」
ユウは手を彷徨わせながら微笑む。
視覚に障害のある彼女はイデアの姿が見えないが、見えない代わりに嗅覚や聴覚は鋭いらしくイデアが無言で近付いても驚く事もない。
「ユウ氏、今日は猫が少ないの珍しいね」
彷徨うユウの指先を掴み、彼女の側に腰を下ろすイデア。
会う度、会う度、人間キャットタワーと化しているユウであるがその日は膝で眠る猫一匹である。
その猫もイデアが着座したのと入れ替わりに自身の頭をユウのお腹に擦りつけ、そのまま立ち去ってしまう。
「イデア先輩が来る少し前にルチウスが何か鳴いていたから注意してくれたのかもしれないです」
「成る程」
そこで話題は途切れた。
何時もならば猫に群がられるユウを救出している所であるが今はその必要もない。
お互い無言の状況に居た堪れない気持ちになるイデア。
そこにユウが口を開いた。
「友達から聞いたのですがイデア先輩の髪が燃えてるって本当ですか?」
ユウの問いにイデアは思わず息を飲む。
そして彼女に己の髪の事を話したという人物に対し余計な事を、と内心毒づいた。
イデアはユウの目が見えない事を良い事に己の出自を勝手に言い触らす髪の事を話していなかった。
「う、うん。まあそうだね」
知られてしまった以上、今更嘘を吐く訳にもいかず肯定すればユウはイデアの胸に手を当てた。
「ユウ氏?!」
徐に己へと触れて来たユウに一体何事かとイデアは思わず後ろへと退く。
「すみません。燃える髪って初めてだからどんなものか触ってみたくて思わず」
ユウの返答にイデアは呆れた。
何度か会う内にユウが意外にも行動力と好奇心の塊で、興味があるものには躊躇う事なく触れるのはイデアも知っている。
しかし大抵の者ならば己の家の事を知っても知らずともその燃え盛る炎の様な髪に恐れをなすというのに猫にでも触れる感覚で易々と手を伸ばしてきたユウにイデアは額を押さえると大袈裟に息を吐く。
「燃えてるんだよ?無闇矢鱈に触れて火傷するとか思わないの?」
ユウの危機感のない行動に思わずイデアの語気は強くなる。
しかしそれを意に介す様子もなく、それどころかユウは笑った。
「だってイデア先輩の頭から生えてる髪なのに火傷する筈がないですよ」
おかしな事を言うとユウは自身の口元を手で覆い笑った。
ユウの言う通りイデアの髪は燃えているが髪である。
だからそれを生やしているイデア本人もその髪に触れた者も火傷する事はない。
触れても少し暖かみを感じる程度である。
しかしその見た目故にイデアは常に人々から忌避されてきた。
なんなら誰にも触らせていないのに己の髪に触れた所為で大火傷を負ったなどと噂された事もある。
「本当、おかしな話だよね」
小さな頃は他人と違う髪に傷付く事があった。
成長するにつれて傷付く事は減ったが人々の反応に思う事はあった。
「あの、イデア先輩の髪に触っても良いですか?」
先程は勝手に触れようとしていたのに、許可を得てでも己の髪に触れたいらしいユウにイデアは思わず笑い声を漏らす。
「良いよ。ユウ氏になら何度でも触らせてあげる」
端的にいうとユウはイデアの髪を気に入った。
曰くまるで綿の様に軽く、柔らかく、それでいてほんのりと暖かな髪を気に入ったユウはイデアが思わず言った「何度でも」を言質に会う度に強請り触った。
その日もイデアの長い髪を感覚だけで器用に三つ編みを施していたユウは言葉を溢した。
「私もイデア先輩の髪の色が見てみたいな」
「どうしたの急に」
「グリムがイデア先輩の髪をソーダ味のキャンディみたいだと言ってて」
ユウにはそもそもソーダ味のキャンディの色が分からない。
が、グリムやエース、デュースの会話を聞いている内にイデアの髪色が空の色よりも鮮やかな青色で、毛先など透き通って見える、というのは分かった。
言葉の意味としては理解したユウであるが実際に視認する事は出来ない為想像が出来ない。
ユウの目は暗闇しか映さないのである。
「それで、グリムが美味しそうって言うイデア先輩の髪色がどんな色なのか見てみたかった、なんて思いまして」
「ユウ氏はもし、目が見れる様になると言ったらどうする」
「それは素敵な話ですけど」
あくまでもしもの話だろうとユウは首を傾げた。
「実は最近、視覚障害を解消する方法が見つかったんだ。これならきっと」
「イデア先輩」
説明の為、イデアはネットで見つけて来たページをタブレットで開こうとしたがそれをユウは止めた。
「私はこのままでも大丈夫ですから」
眉を下げながらも笑ったユウ。
そんなユウの表情を見て漸くイデアは己の浅はかな行動に気付き、何をしているのか内心呆れた。
ユウは異世界人でお金はなく、学園長に生活費を頼っている状態である。
そんなユウに見つかったばかりで高額な治療法を教えても彼女には治療を行うお金はない。
叶わぬ希望を持たせる非情な己の行為を恥じながらイデアはユウに謝罪する。
「ごめん」
「イデア先輩は私の事を思って教えてくれたのですよね」
イデアが肯定すればユウは何時もの微笑みを浮かべ、何もなかったかの様にユウはイデアの髪に再び触れたいと強請った。
ユウは大丈夫だと、必要ないと言ったがイデアはいつかユウの視力が回復すれば、と思うようになった。
回復すればおすすめの漫画だって映画だってゲームだって、イデアが好きなものを何でも共有できる。
ユウの視力が回復する事で他の者達の様に遠巻きにされる不安はあるもののユウならば実際に燃え盛るイデアの髪を見てもこれまで同様に触ってくれる気がした。
しかしこの世界にユウの視力を回復させる術はあってもユウ自身にそれを為すだけの財力がない。
けれどイデアには、正しくはイデアの実家にはユウの視力を回復させる事の出来る技術も技術者もいた。
しかしイデアの実家はユウをそう易々と連れて行ける所ではない。
どうしたものかと悩んでいた時にそれは起こった。
イデアの実家が運営する組織の戦闘員達が学園へと乗り込んで来たのである。
学園は突然やって来た鎧の男達により至る所をめちゃくちゃにされていた。
イデアの前にも部活に勤しんでいたアズールを捕縛するべく彼等はやってきた。
寮長権限を行使して侵入者に対抗しようとするアズールをイデアは宥めつつ閃く。
この混乱に乗じてユウも実家へと連れ去ってしまおうと考えた。
理由は何とでもなる。
ユウは学園で起こった全てのオーバーブロット騒ぎに巻き込まれている。
それだけで組織としてはユウを放置したままではいられない。
イデアはアズールが戦闘員に捕縛されるのを見届けるとオルトにユウの居場所を尋ねた。
「ユウさんならオンボロ寮にいるよ」
ちょうどヴィルやジャミル達と一緒にいたユウは戦闘に巻き込まれたらしい。
屋内での戦闘であったためオンボロ寮の屋根や壁が壊れるといった被害は出ていたがカリムやルークといった上級生が優先的に目の見えないユウを守った為大した怪我はしていないとの事であった。
その報告に安堵したイデアは全戦闘員に追加でユウを連れて行く旨、またユウはイデアが連れてくる事を伝えた。
「グリム、皆さん」
屋根が落ち、壁が崩れて粉塵が舞う。
そんな中で唯一、意識のあるユウは皆の名を呼ぶが誰からも返事はない。
突然やって来た侵入者は魔法を使い、皆を襲った。
エースやヴィル達は魔法を使い対抗するがそれも虚しく一人、また一人と倒されてしまう。
ユウはヴィルから防御魔法をかけられたのもあったが向こうも見るからに非戦闘員と分かるユウは放置しても問題ないと思ったのだろう。
彼等はユウ以外が倒れた後、攻撃をする事は無かった。
声や音、気配でしか判別出来ないユウであるがどうやらヴィルにジャミル、グリム迄も侵入者に連れ去られたらしい。
ユウはせめて残った者達の為に人を呼ぼうと一歩を踏み出すが先程の騒ぎで視覚の代わりとなる大切な杖が手にない事に気付いた。
杖がなくても慣れた場所ならば歩き回れるユウであるがいくら住み慣れた部屋とはいえ、今は足元に瓦礫が多くて上手く歩けない。
一歩、二歩、三歩目で瓦礫に足を取られたユウは転んだ。
膝も、受け身を取る為に伸ばした掌も擦り剥けてしまう。
その擦傷から来るじくじくとした痛さにもだが、先程の戦闘に続いてこんな時でさえ役に立てない己の不甲斐なさにユウは涙を滲ませる。
しかし、このままただ泣いていてもいられない。
残った彼等の状態が心配なユウは自身が再び転ぶのも承知の上で立ち上がった。
「こんな足場の悪い所で無闇矢鱈に歩いたら危ないよ?」
優しく掴まれた指先の感触、ほんのりと暖かくなった空気の温度にユウは安堵を覚えた。
「イデア、先輩」
良かったと、ユウは思った。
どうしてイデアがオンボロ寮いるのかは分からないがこれで人を呼んでもらえるとユウは思った。
「君を迎えに来たんだ」
イデアの言葉にユウは固まった。
「・・・え?」
ユウは訳が分からない。
侵入者に襲われ、呼びかけても誰からも返事のないこのような状況下で己を迎えにきたというイデアにユウは安堵から一転、言い難い不安を覚えた。
「僕と、一緒に行こう」
いつもはユウを気遣いながら触れ、手を引いてくれるイデア。
しかしなぜか今のイデアは無遠慮にユウの手首を掴み強引に引っ張った。
そんならしくないイデアの様子にユウは戸惑いを隠せない。
「行くって何処にですか?イデア先輩」
「勿論、嘆きの島だよ」
聞き慣れぬ地名であるが島と付く以上、学園の外だという事が分かったユウは何とか足を踏み込み抵抗する。
「どうして急にそんな話になったのかは分かりませんがそれよりも皆さんの治療を先にしなくては」
風に乗って血の匂いを嗅ぎ取っていたユウは自分同様、彼等の怪我が擦り傷程度であってほしいと願った。
「別に放っておいても良いよ。見たところ酷い怪我はしてないみたいだし。どうせ教師が来るだろうからそっちに任せればいい」
ユウは困惑した。
ユウの中でイデアは優しい先輩である。
だというのに普段のイデアからは想像も出来ぬ冷たい物言いにユウはだんだんと己の腕を掴むイデアが本当に己の知るイデアなのか心配になる。
ユウが戸惑い、弱くも抵抗してる間にイデアは誰かと話していた。
自分達以外に誰かが動く気配は無い。
何処かにいる遠い誰かと話している様である。
「あーはいはい、すぐに向かうよ」
そう答えながらもイデアはユウを脇に抱えた。
急に抱え上げられたユウは驚き悲鳴を上げた。
「降ろして下さい!イデア先輩」
このままではイデアの言う通り嘆きの島というところに連れてかれてしまう。
それは嫌だと、ユウは何か掴める物は、引っかけれる物はないかと手足をばたつかせた。
「暴れないでくれるかな」
煩わしそうなイデアの声。
床に降ろされたユウは諦めてくれたのかと思った。
目の見えないユウはイデアが魔法を使う為のユニット、宙に浮かぶ髑髏のそれを引き寄せた事に気づかなかった。
「君が次に目を覚ました頃には世界が変わってるから。それまでおやすみ」
光に包まれたユウは魔法をかけられた事に気付く間もなく、気絶でもするかの様にそのまま眠りについた。
瓦礫に倒れ込む寸前にユウの身体をキャッチしたイデアは安堵の息を吐く。
「ごめんね。それでも僕は君の瞳に光を灯したいんだ」
そう零したイデアは自身の唇を噛み、頭を掻いた。
そして今度こそユウを横抱きに抱えたイデアは部下達の待つ船へと向かった。