観葉少女
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まるで新雪の、清い雪の様な美しい白銀の髪を持つ乙女、ブランカ。
彼女は己を愛してくれる持ち主を失ったその日から目を醒さない。
ヴィルの記憶の中でブランカが動いていた記憶は数少ない。
ヴィルの母親が亡くなったその日から彼女は眠り続けているのだ。
それでもヴィルは毎日、彼女の手入れを怠らない。
始めは父親の見よう見まね、一人で出来る様になってからは毎日怠らず眠り続ける彼女の手入れを続ける。
観葉少女の世話は人間とそう変わらない。
寧ろ観葉少女である彼女達の方が気を使わなければならない。
そんな彼女の世話を十数年怠らず続けてきたヴィルであるがやはりたまに思ってしまう。
「ブランカはいつまでも目を覚さない。やっぱりアタシじゃ駄目なのかしら」
幼い頃に見た数少ない記憶。
日の下で美しく、愛らしく微笑む少女。
その時の記憶が忘れられず、愛情を注げ続ければいつか自分にも、そんな思いで続けてきたが彼女は一向に目覚めない。
「ヴィルサンは何を言ってるんですか?」
訳が分からないと首を傾げたのは近頃、野菜不足だからと半ば無理矢理、新作のスムージーの試食に参加させられたエペルだ。
男子校故、このポムフィオーレ寮内で彼女と呼ばれるのは一人だけ。
寮生達から白銀の乙女とも呼ばれる観葉少女、ヴィルが世話をするブランカである。
エペルの零した呟きは小さかった為にヴィルには聴こえていない。
証拠にヴィルは綺麗に整えられた自身の爪を見つめながら物憂げに溜息を吐いている。
「だってブランカサンは」
言いかけたエペルを「ノン!」とルークは止めた。
エペルの口を手で塞ぐと言う実力行使で。
余程、今日は滅入っているのか突然口を塞がれたエペルが驚き暴れてもヴィルは気付く様子はない。
ヴィルが気付いていないのを良いことに二人はこそこそと離れて小声で話す。
「おかしいですよ。だってブランカサンはよく寮内を歩いてるじゃないですか」
そう、ブランカは童話に出てくる眠り姫かと思いきや普通に寮内を闊歩している。
確かに一日の殆どをヴィルの私室で眠っている様であるが時折部屋を抜け出しては寮内を歩いてすれ違う寮生に微笑みかけていた。
その為、寮内ではブランカに会うと暫く良いことがあるとしてちょっとしたラッキーアイテム扱いされている。
因みにエペルも昨日、久しぶりにブランカと出会った。
そのおかげかは分からないが本日行われた錬金術の授業では高評価を得る事が出来た。
「確かに白銀の乙女はよく寮内を歩いている。けれどこの事実はヴィルには秘密なんだ」
「どうしてですか」
ちらりと、何時もの様な覇気のないヴィルを見たエペルはルークに問う。
「これは白銀の乙女の意思であり彼女の為でもある。これはヴィルの父君から聞いた話なのだが、」
観葉少女は選んだ相手の愛情を糧に生きている。
ヴィルの母親が亡くなった時、ブランカも早かれ遅かれ彼女の後を追う様に枯れてしまう筈だった。
それでは可哀想だと思ったヴィルの父親はブランカを販売元に返す事を考える。
そこでメンテナンスを受ければ枯れる事は何とか留める事が出来るのだ。
けれどそれをブランカは拒んだ。
ヴィルの母親が亡くなってからずっと眠っていた筈のブランカは突然目を覚ますとお昼寝をしていたヴィルに抱きつき離れようとしなかった。
ヴィルを見つめ、優しく頭を撫でる表情はまるで姉や母親の様だった。
その時ヴィルの父親はヴィルが生まれた時の事を思い出した。
自分よりも妻との付き合いが長い少女はヴィルが生まれた時、彼女の腕に抱かれた赤ん坊を慈しむ様に見つめていた。
言葉を話さない、こちらの言葉も全て理解しているのかも怪しい少女、けれど少女は確かにヴィルの誕生を喜んでいた。
観葉少女はあの時からヴィルの母か姉になったつもりでいたのかもしれない。
ヴィルと離れたくないと言葉無くとも語る少女。
しかしこのままブランカを枯らす訳にもいかない。
その後すぐに再び眠りについたブランカであるが、その美しさは日に日に翳りが見えていた。
ヴィルだってブランカに懐いている。
母親を喪ってすぐに親しくしている観葉少女までもが枯れてしまうのは酷である。
なんとかならないか、ヴィルの父親は販売元に尋ねた。
販売元の胡散臭げな男は少し悩んで見せた後、提案した。
「とにかく愛情を」
観葉少女にとって選んだ相手の愛情が一番の栄養ではあるがそれ以外の者からの愛情も多少は栄養になるらしい。
けれどそれでも多少である。
「だから沢山の愛情を注いであげて下さい。それこそ重い愛情を、恋焦がれる様な愛情を、それぐらいでなければ彼女達の栄養にはなり得ません」
ヴィルの父親は無理だと思った。
妻の遺品である少女が枯れてしまうのは悲しいとは思うがそれだけ。
彼の愛情は妻と息子のヴィルにしかない。
やはり少女を枯らすしかないのかと諦めていたが事態は好転した。
ヴィルが少女の世話を始めたのである。
始めは見よう見まねであるがすぐに覚えると毎日熱心に彼女の手入れをした。
どんな時も、それこそレッスンや演劇の練習で疲れていようとヴィルは彼女の手入れを欠かさなかった。
どうやらヴィルは眠る少女を以前の様に起こしたいらしい。
執着も感じられるその様を店主に伝えれば彼はそれは良いと微笑んだ。
「良いですね。その執着が彼女の栄養となります。けど、そうですね。もしも、ご子息が目覚めた彼女を見てしまったらその執着は失せてしまうかもしれません。するとその時が、彼女が、今度こそ枯れる時でしょう」
それをブランカも察してかヴィルがいる前では起きたりしない。
店主の仮説は正しいと言わんばかりに愛しい人を喪った観葉少女は今日も枯れずにいる。
ヴィルの父親としてはヴィルがNRCへの入学が決まった際、当初の予定通りブランカを販売元に戻すつもりであった。
しかしヴィルはそれを許さなかった。
父親としては別れの最後に目覚めたブランカと対面させるつもりであったがヴィルは学園にもブランカを連れて行くらしい。
学業とモデルの仕事に加えてブランカの世話など大変だと言ってもこれまでと変わらないとヴィルは頑なに譲らない。
学園で笑われると言っても笑う相手を黙らせるとヴィルの意志は強く勇ましかった。
ヴィルの父親は学園に手紙を宛て、その手紙は学園長からヴィルが入寮したポムフィオーレ寮の当時の寮長に届けられた。
当時の寮長はヴィルと観葉少女の話にいたく感動し、すぐさまヴィルを除いた寮生に余計な事を言わない様厳命した。
そんな事もあり時折、ブランカが寮内を徘徊している事はヴィルの耳には届けられない。
寮生達もブランカの延命を祈っているのである。
そんな訳を聞いてエペルはあんまりだと思った。
ヴィルはブランカの起きた姿を見たい。
その一心であるというのにブランカが起きた姿を見たら最後、彼女は枯れてしまうかもしれないのだ。
「そうだね。悲しいね」
けれどそればかりではないのだとルークは言う。
他に何があるのだと思うエペルは翌日、ルークに呼び出された。
連れて来られたのはヴィルの私室で、覗く様言われたエペルは中を覗いて目を見開く。
部屋の中ではブランカが眠るヴィルの頭を優しく撫でていた。
仕事で疲れたヴィルを労わるその表情は正しく姉か母の様である。
そしてその慈愛に満ちた表情にエペルは見覚えがあった。
「栄養不足な彼女が時折、寮内を歩いている事について私はこう思っているんだ。彼女は私達にヴィルをよろしくと言っているのだと」
観葉少女は基本的に言葉を介さない。
言葉を話さない彼女は寮生に会う度に微笑みかけてくる。
「私の弟をこれからもよろしくね」
もし彼女が言葉を話せるなら寮生に出会う度にそう言ってるのかもしれない。
彼女を愛してくれる人はもういない。
栄養不足で一日中起きている事も出来ない筈なのに、それでも彼女は時折で歩いては寮生に微笑みかける。
何の為か、言わずもがな彼女の愛おしいヴィルの為。
「そうだったら素敵ですね」
いや、きっとそうに違いないとエペルは思った。
こうして今日も寮生達に秘密を守られた観葉少女は静かに眠る愛しい子供を慈しむのであった。