twst短編
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それは突然であった。
古めかしい、もとい歴史ある校舎には似つかないけたたましいサイレンの音。
その聞き慣れない大きなサイレンの音に驚いたのは一年生達である。
学園に入る前は年に一度、学校で行われる避難訓練の際に聞いていた懐かしいその騒々しい音。
てっきり避難訓練かと驚きつつも特に行動を起こさない一年生達の腕を引くのは上級生達である。
「何をしているんだ!すぐに校舎へ避難するぞ」
「あ、やっぱり避難訓練なんすね」
避難訓練があるなど聞いた覚えはないがきっと聞き逃したのだろうかとエースは呑気に笑った。
「これは避難訓練のサイレンじゃない!これは、」
「ねえ、ウミヘビくん。言い合うより先に避難した方が良いんじゃない?」
気怠気なフロイドの言葉により先ずは校舎への避難が優先された。
校舎に続く廊下からはエース達と同じく校舎へと移動する生徒の姿が見えた。
生徒達は講堂に集まる。
「エース!」
講堂に入るなり呼び止められたエースが振り向くとそこには同じく部活をしていたのであろうデュースにジャック、エペルにセベクの何時もの仲間達がいた。
「今日、避難訓練があるって聞いていたか?」
彼等もこれが避難訓練と思っていたのであろう、そう問われてエースは首を横に振るう。
「やっぱり、訓練があるなんて聞いていないよな」
「そもそもこれは訓練なのか?」
話を聞いていなかったのは自分だけでなかったと安堵するデュースの横でジャックが疑問を呈す。
周りを見てみれば殆どの生徒が深刻な表情をしていた。
そうではない表情の生徒もいるがそれは何処かで見た顔、一年生ばかりである。
「そういえば避難訓練の時ってサイレンを鳴らす前にも告知してくれるもんね」
サイレンを聞いてパニックを起こさないよう配慮しての事である。
が、しかし今も尚鳴り響くサイレンの前にはその様な告知はなかった。
「ならば、これは正真正銘の非常事態であるのか?!」
若様、と今にも講堂を飛び出そうとするセベクの首根っこを細く白い指が掴んだ。
「これ、非常事態であるに、態々危険な場所へと飛び出す奴があるか!」
その小さく細い身体の何処にそんな力があるのか、セベクを止めたのはリリアであった。
「やっほーエースちゃん、デュースちゃん」
その後ろにはケイトがいた。
彼等は軽音部の部室に集まっていたのだがサイレンを聴いて周りと同じく講堂にやってきたらしい。
だというのに一人足りないが、よくよく見ればケイトの後方でカリムはジャミルにより身の安全の確認を受けている所であった。
「リリア様、若様は何処に!!」
「マレウスならほれ、あそこじゃ」
リリアが指刺す先には多くの生徒で犇きあっているというのに不自然に空間ができている場所があった。
そこから伸びる二対のツノ。
マレウスの居場所を視認したセベクはすぐさまそこへと向かおうとするがそうでなくても狭いのに無闇矢鱈に動いては周りの迷惑だからとリリアが止めた。
マレウスの側には既にシルバーが付いているらしく、それを聞いてセベクはとても悔し気な表情をするがリリアに言われては流石のセベクも大人しく従う。
「それでこのサイレンはなんなのですか」
「それはね」
「学園にユニコーンが来てるんだよ!」
ケイトの代わりに答えたのは今し方ジャミルのチェックを終えたカリムであった。
「「「「「ユ、ユニコーン?!」」」」」
「そうそう、普段はRSAの敷地内にいるんだけど時たまここにやって来るんだよ」
凄いよな、と笑顔で興奮気味に話すカリム。
対して一年生達の表情は暗い。
「ケイト先輩、ユニコーンってあのユニコーンですよね?」
エースに尋ねられたケイトは苦笑いを浮かべた。
「そうそう、あの男嫌いのユニコーンだよ」
ユニコーン。
通称非処女と男は絶対殺すマン。
未通の乙女、所謂処女で有れば甘えそばえ、何なら膝枕を所望する大人しく人懐っこい馬形の魔獣であるが相手が非処女、又は男となると一転して暴れ馬と化す恐ろしい生き物である。
額には立派な、一角を持ち、どんな物でも、自分より遥かに大きなゾウでさえ一つ突きで殺せると言われている。
獰猛で、危険であるにも関わらず人間側からは手を出す事は許されない。
過去の乱獲により著しく個体数を減らしたユニコーンは今や絶滅危惧種であり、彼等を捕まえる事は勿論、正当防衛で彼等に怪我を負わせても罰則が生じる。
「な、なんでそんな危険な生き物がこの学園内にいるんですか」
「奴等が勝手にやって来るんだ」
エペルの問いに答えたのはジャミルである。
乙女を好むユニコーンは主に共学であるRSAの敷地内で暮らしているのだが時折、一匹のユニコーンが何を思ったのか乙女が一人もいないこの学園へとやってくるのである。
「多分、冷やかしであろう。奴等はそういう所がある」
そうに違いないと頷き断言したのはリリアである。
「冷やかしでこの騒ぎじゃ良い迷惑ですよ」
既に寮へと帰っている生徒達以外は身の安全の為に講堂へと集まっていた。
エースは今まさにゴールへとシュートする所であったし、デュース達はクラウチングを、リリア達も今日は珍しく楽器を構えて演奏の練習をしようとしていた。
「仕方ないよ。命は大切だしね」
ユニコーンに襲われ、その鋭い角に貫かれるよりは良いとケイトはエースを嗜める。
しかしエースは納得出来ない。
「そもそもRSAの奴等がちゃんとユニコーンを敷地内で世話しておけば良い話じゃないですか」
これは明らかに向こうの怠慢だというエース。
そう思うのはエースだけでなく、あちらこちらから似た声が聞こえた。
「向こうもユニコーンが敷地内に住み着いているだけで飼っている訳ではないらしいぞ」
ユニコーンは絶滅危惧種である為一部例外を除き飼育は禁止されている。
「あっちは共学だし意外にこっちよりも迷惑してるのかもな」
お互いに大変だとカリムは笑った。
「それで僕達は一体、いつまでここにいなければならないのだ」
セベクが呻いた。
耳につくサイレンは既に鳴り止んではいるが先程から一定の間隔を空け、学園長の声で敷地内にユニコーンがいる事が告げられている。
「いつまでと、それはユニコーンがいなくなるまでじゃろうな」
しかしユニコーンの気紛れを待っていてはいつになるのか分からない。
他所ではユニコーンが人間の生活圏内に現れた場合、乙女達の誘導によりユニコーンを人里から遠ざけるのだがこの学園には教師、生徒にしても男しかいない。
これは長丁場になりそうだと溜息混じりに誰かが零した時であった。
「学園長は何処に行ったんだゾ!!!!」
半泣きのグリムが勢い良く扉を開けて講堂内に入って来た。
その姿は何処か草臥れており、身体を覆う毛のいく箇所はまるで何かに毟られたかのように禿げている。
そのただならぬ様子のグリムにエース達は手を振り上げ呼び掛けた。
それによりエース達を視認したグリムは器用に生徒達の頭や肩を伝いエース達の元へとやって来る。
「エース!デュース!」
瞳を潤ませ情けない声を上げたグリムは彼等に飛びつく。
「一体、どうしたんだ」
「何があったの?」
気が動転しているのか、はたまたエース達に会った事で気が緩んだのか一向に事情を話さないグリムにジャックとエペルは頭を傾げた。
「そういえばユウはどうしたんだ」
何時もグリムの側にいるユウの姿が見えない事に気付いたデュースは人混みに埋れているのかと辺りを見渡す。
「こ、子分は角の生えた変な馬に」
グリムの言葉を最後まで聞かないまま、講堂から複数の生徒が飛び出した。
ユウはバイトに補習、オンボロ寮の修繕に忙しいからと、決まった部活には所属していない。
そしてユウは日中、昨日は雨が降ったからとエース達に放課後、オンボロ寮周辺の草毟りをする事を話していた。
エース達ですら突然鳴り響いたサイレンに何事かと驚くばかりで先輩達から促されるまで避難が出来なかったのだ、ユウがサイレンの意味を知っている筈がなく、ましてやユニコーン自体知っているのかも怪しい。
そんなユウがサイレンや放送で逃げるなり隠れる筈がないとエース達は思った。
ユニコーンに襲われ地に伏せたユウの姿を想像した所で、エース達は漸くオンボロ寮の近くにまで辿り着いた。
そこではそれ以上の行手を阻む学園長と先に講堂を飛び出した上級生達が言い争っていた。
「だーかーらー!皆さんが想像する様な事は絶対にあり得ませんので大人しく講堂に戻って下さい」
「学園長は先程からユウさんは大丈夫とおっしゃいますがそれはどう言った根拠があると言うのです」
「相手は男と見れば容赦なく襲いかかってくる猛獣ですからね」
「人命がかかっているんです!そこをどいてください学園長!」
アズールにジェイド、リドルといった二年生が学園長に詰め寄り、三年生達は少し離れた場所でオンボロ寮のある方を睨んでいた。
「クロウリーの奴め強固な障壁を張りやがって」
「ユニコーン対策とはいえ外から内側へ入れないのは困ったわね」
忌々しげに睨むレオナの横でヴィルが何もない空間を叩いた。
するとそこはまるでガラスでも叩いたかの様にヴィルの手を弾き返す。
「ヴィルサン!」
「あら、エペル、それにアンタ達も来たのね」
「ユウの身が心配で来たんですけどこれは」
ジャックはヴィルが叩いた辺りに手を伸ばした。
すると目には見え無いが壁に触れたかの様な感触を感じる。
「ユニコーンをこれ以上学園内に進入させない為の障壁だ」
ユニコーン自身に何も出来無い以上、ユニコーンに対する自衛は魔法で作る障壁であったり、動物除けにも使われる防護柵が推奨される。
NRCではユニコーンが学園内に侵入した際には今の様な障壁が学園長の手により張られる。
しかしそれはユニコーンには勿論、興味本意に生徒がユニコーンに近付かないためでもある。
今すぐにでもユウの無事を確認したい彼等にとって今、行手を阻む障壁は邪魔者以外の何物でもない。
「レオナさん駄目っスね。フロイドくん達が凄んでも魔法を解いてくれる気配がないです」
困った困ったと肩をすくめながらやってきたラギーの向こうでは双子のウツボが学園長を左右を挟んで凄んでいた。
途中参戦のエースやデュース、グリムなど涙目で懸命に訴えているが効果はなく、アズールは何度も自身の眼鏡に触れて明らかに苛つき、リドルは顔を真っ赤にして今にも爆発しそうである。
しかしそれでも学園長が障壁を解く様子はない。
自分達で障壁を解く事が出来ない以上、後は学園長が頼みの綱である。
何としてでも、それこそ脅してでも障壁をどうにかせねば、とレオナやヴィル達が一歩踏み出した時であった。
「みんな、どうしたの」
緊迫した状況に似つかわしくない、いつもと変わらぬ調子なユウの声が障壁の向こう側から聞こえた。
その聴こえてきた声に学園長を除いた誰もが声のした方向を見る。
そこには怪我の一つもないユウと、ユウに寄り添う様に、具体的に言えば頭を擦り付けて甘えるユニコーンの姿があった。
「は?」
「最悪です」
男と見れば荒ぶり、その鋭い角を構え突進してくるユニコーンがまるで乙女にするかのごとくユウに甘える光景に誰もが処理しきれず言葉を失う。
そんな中、学園長だけは額を押さえ空を仰いでいた。
「ユニコーンがユウサンに甘えてるって事はつまり」
「そういう事だ」
呆然としながら呟いたエペルにレオナが気だるげにこたえる。
ユウがつまりは女性という事実に気付いた各々は驚いた。
兎に角大きな声を上げて驚いた。
ユニコーンは野郎共の声に少しばかり気を荒立てたがすかさずユウに頭を撫でられると表情を緩ませて落ち着いた。
そんなユニコーンを目にして面々は言いようのない苛つきを覚える。
「学園長、みんなはどうしたんですか?」
そもそもユニコーンがどういう生き物かも知らないユウはまさかユニコーンに懐かれている事で己がこれまで隠していた性別がバレた等思ってもいない。
皆の反応に付いて行けず困惑の表情で学園長を見るユウ。
「ユウくん、この後覚悟していて下さい」
「はい?」
まさかこの後、各面々から己の性別について問い詰められる等夢にも思わないユウは学園長の言葉にますます困惑するのであった。