幸福論
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ユウが片割れであるジャミルの主人に会ったのは偶然であった。
アジームの屋敷で開かれる大きな宴の準備に普段であればユウがバイパー家の者と思われては困ると言う父親が余程手が足りないのかユウにも宴の準備を手伝う様に言ったのである。
父親も母親もジャミルもそれぞれ主人のお世話に奔走していたが、仕える主人のいないユウは下働きの者達に混じって働き蟻の様に広い屋敷を走っていた。
何処かで片割れを呼ぶ声が聞こえる。
呼ばれている事から自分がいる場所の近くにジャミルがいると悟ったユウは従者の顔をしたジャミルが一目見れたらと思った。
しかしのんびりもしていられないユウがシーツ集めに奔走していると後ろから突然肩を掴まれる。
ユウはそれに驚き、持っていたシーツの束を床へと落とした。
「おい、ジャミル・・・お前、誰だ?」
それが片割れの主人であるカリム・アルアジームとの出会いであった。
カリム曰く、自分の従者と後ろ姿が大変似ていたので肩を掴み呼び止めたと言う。
双子とはいえ、性別も身長も違うユウはジャミルと後ろ姿とはいえ似ていると言われてとても嬉しかった。
「こうしてみると大きさなんかは全然違うんだけど何ていうか頭?頭の形がそっくりだったんだ」
驚かせて悪かったと下働きの者に対して言うにしてはあまりにも優しげなカリムにユウはどう反応して良いのか困惑していた。
「カリム!こんな所にいたのか」
そこへジャミルがやって来た。
「それでは私はこれで失礼いたします」
「あ、おい!」
ユウは渡りに船だと、カリムに何度も頭を下げると落としたシーツを引っ掴み、ジャミルと入れ替わる様にその場から逃げだした。
カリムは走り去るユウに手を伸ばすがその手が彼女に触れる事はなかった。
横を小走りに通り過ぎるユウにジャミルは驚いていたがすぐにその表情を従者のそれに変えてカリムの方へと向き直す。
「カリム、あれ程部屋で大人しくしていろと言ったのに」
「なあ、ジャミル。さっきのはお前の妹か?」
普段の快活なカリムの雰囲気は消え失せ、真剣な声色のカリムにジャミルは嫌な予感を得た。
自分の言葉を遮ってのカリムの問いにジャミルは片眉を吊り上げ訝しむ。
「確かに今のは俺の妹だが歳は同じ、双子の兄妹だ」
「そうか!」
問いに答えるなり突然、カリムはいつもの表情に戻り、ジャミルは安堵すると己が抱いた予感は気のせいだったのだと判じた。
まさかこの後何度もカリムがユウの前に現れるなどユウもジャミルも想像をしていなかった。
「よっ!」
太陽を背に軽く手を掲げ気安く笑う人物、カリムは住宅街の狭い路地の真ん中で立っていた。
カリムの突然の登場に目を大きく開き固まっていたユウであるが、左右を挟んで座っていた幼子はユウの服を掴み止まってしまった話の再開をせがむ。
それに漸く意識を取り戻したユウは子供達の頭を撫でて少し待つ様に言うとカリム前まで移動して膝を付く。
「カリム様、こんな所でどうされたのですか」
こんな所とユウが言ったそこは低所得者の者達が家を構える地域で、治安が頗る悪いという程でないが決して穏やかとも言い難い地域である。
そんな所に現れたカリムにユウは慌てた。
「いや、どうという事もないんだが空飛ぶ絨毯で飛んでいたらお前がいたから降りて来たんだ」
ジャミルの妹だろう?と言われてユウは「いえ、姉です!」と思わず前のめりに答えてしまう。
そこで我に返ったユウは恭しく頭を下げてカリム謝った。
「も、申し訳ございません」
ユウとジャミル、双子であるが互いにどちらが兄姉という論争は根深い。
生まれた順番が分かったなら話はそれで済んだのだが母親も産婆も産後のごたごたで忘れてしまった為に未だこの話題になると普段は仲の良い双子であるユウとジャミルであるが必ず揉める。
カリムがユウをジャミルの妹と形容したのはジャミルが原因だと確信したユウは内心、ジャミルの手回しの速さに歯がみした。
「いや、俺の聞き間違いだったみたいだな。こっちこそ悪かった」
下々の者であるユウが言葉を否定したにも関わらず朗らかに話すカリムにユウは好感を抱いた。
誰かに仕えた事がないユウであるがどうしても主人という人間は厳しい人間だと思っていただけに驚きもある。
「ところでユウはこんな所で何をしているんだ」
当たり前に名前を呼ばれたユウはますます驚きながらも答えた。
「この子達に話を聞かせてました」
いつの間にかユウの背中にくっついて興味津々という顔でカリムを見上げる子供達。
「話?」
「御伽話です。この子達、両親共に朝から晩まで働きに出てるのでこうして偶に会った時だけですがお話を聞かせたり文字を教えたりしているんです」
本来であればプレススクールに行く年頃であるが子供達の家にはそこへ通わせる程のお金はない。
いつも道端でつまらなさそうに絵を描く子供達にユウが声をかけたのが始まりだった。
カリムは瞳を煌めかせ、「へぇ!」と声を上げるといそいそとユウ達が座っていた塀の上に腰を下ろす。
「カリム様?」
一体何をしているのだと言う意味を込めてユウはカリムに声を掛けた。
「その御伽話、俺も聞きたい!」
燦々と輝く太陽の様な笑顔のカリムに目が眩んだユウは思わず目を背けた。
カリムの言葉に子供達も元の場所へいそいそ座る。
「お姉ちゃん!」
「続きを早く!」
そう急かす子供達にユウは勝手ながら少しばかり裏切られた気持ちになった。
畏れを知らない子供達はカリムがどういう立場かも知らず気安く話しかけていた。
それに嫌悪も表さずやはり気安く応えるカリムにユウはますます好感を抱く。
再び子供達と新しく加わったカリムに御伽話の続きを催促されたユウは観念して元の場所に座る。
「じゃあさっきの続きを話しますね」
元々話はそこまで進んでいなかった為、カリムが途中から聞いても理解出来る内容であった。
暫く話をして、最後はお決まりの「めでたしめでたし」で締める。
子供達とカリムは話を終えたユウに拍手を送った。
「凄いな!うちの召使いより話が上手い」
「ありがとうございます」
カリムの賞賛を素直に受け入れるユウであるが内心は複雑である。
元はいつか仕える主人の為にと仕込まれた技能であるがきっとこの先も日の目を見る事はない。
「なあ、明日もユウは此処に来るのか?」
「いえ、明日は1日家に籠もっております」
両親共々働いているため家事等の仕事は全てユウの仕事であった。
ユウの返答にカリムは眉を下げた。
それに慌ててユウは「明後日ならば」と答えると一緒にいた子供達と共に喜んだ。
そしてカリムは何度もユウの前に現れ、暫くするとユウの家にまでやってくる様になった。