twst短編
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「トレイン先生、今一度考え直してはいただけないですか?」
困った様に眉を下げたクロウリーはトレインの代わりなどそうなかなかにいない事を告げて再考を求めた。
有難い話であるがトレインの意思は変わらない。
「娘達も立派に育った今、残りの時間を妻の捜索に充てたいのです」
「そういえばトレイン先生の奥方は、」
そこで思い出したかの様に言葉を切ったクロウリーにトレインは頷く。
トレインの妻は長らく行方不明であった。
数十年前、二人の娘と共に自宅にいたトレインの妻は子供達が一瞬目を離した隙に忽然と姿を消したのである。
トレインの妻は魔法を使えない。
直前には友人との通話記録も残っており消える直前までの在宅が確認されていた。
勿論魔法の類が疑われたが魔法の痕跡は一切なく、また近所の人達の証言からトレインの妻が家を出たり、逆に怪しげな人物が侵入した形跡など見つからなかった。
ほんの数秒、その僅かな時間に忽然と姿を消したトレインの妻は一時期世間を賑わした。
しかし騒ぎは一過性のもの、始めこそは色々な人達がトレインの妻の捜索に手を貸してくれたが数年も経つと忘れられ、果てには妻の事は諦めて再婚を進める者まで現れた。
それをトレインは退け、懸命に二人の娘を育てつつも妻の捜索を地道に続けて来た。
そして二人の娘が立派に育ったトレインは名門校の教師という立場から退き妻の捜索に専念しようというのだ。
「これまで通り教職に着きつつというわけにはいかないのですか?」
事情を知っていてもトレインに辞められてしまうのは惜しいと思うクロウリーは何とか辞職は踏み留まらせようと尋ねるがトレインは首を横へと振った。
「これでも遅かった位です」
「そうですか」
意思は変わらないというトレインにクロウリーは残念がった。
しかし本人に強い辞職の意思がある以上、無理強いも出来ない。
「では、残り一年よろしくお願いします」
それが新学期前に行われた二人の会話である。
学園の運営だけでなく、何かと問題の多いこの学園。
普段でも忙しいというのにこれから一年の間にトレインの後継を探さなければならない事にクロウリーは新学期早々、憂鬱であった。
粛々と入学式を進めながらトレインの妻が急に見つからないかとクロウリーが思った時である。
妙に棺を並べている控え室が騒がしい事に気付いた。
たまにいるのだ。
大人しく棺の中にいられない生徒が、きっとそうに違いないと日頃の経験から控え室に乗り込んだクロウリーは困惑した。
確かに生徒は棺から出ていたがまさか己の使い魔と揉めていたのである。
一時期、報道により有名になったトレインの妻であるが、彼女にはトレインしか知らない秘密がある。
トレインの妻は異世界人であった。
出会いは突然である。
階段下の物置きから大きな音がしたので開けてみたら後にトレインの妻となる彼女がそこにいた。
始めこそは泥棒か何かかと疑ったトレインであるが、彼女自身にその様な邪な考えは感じられず、それどころかここは何処なのかと目の前で泣かれてしまったトレインは大いに困った。
不審者を追い出す筈が何故か慰める羽目になったトレインはその最中に彼女が異世界人ではないのかという疑念を抱き、行く宛のない彼女と過ごす内にそれは確信に変わった。
彼女はこの世界の言葉を喋れても文字の読み書きは出来ず、子供でも知っている様な、世界共通の常識も知らなかったのである。
異世界人である彼女はトレインが当たり前に感じる事に一々驚き、そして楽しんだ。
そんな彼女との生活はトレインの何時もの日常に驚きや発見といったスパイスを加えた。
時にはトラブルを引き寄せる事もあったが過ぎてしまえばただの笑い話である。
共に過ごす内に二人は惹かれあった。
当初は元の世界へ帰る方法を探す彼女に自身の思いを伝える事を躊躇ったトレインであったが紆余曲折の末に二人は結ばれた。
二人もの娘に恵まれ、順風満帆に思われたところで彼女は失踪する。
世間は彼女が事件やトラブルに巻き込まれたに違いないと信じて生存を絶望視していたががトレインだけは違うと確信していた。
彼女は元は異世界の人間である。
その事から何かのタイミングで元の世界に帰ってしまったに違いないと思っていた。
そう考えたトレインは残された幼い娘二人を育てる傍ら、異世界へのアプローチを模索した。
仕事をしながら子育てをしなければならないトレイン。
そんな彼が自由に出来る時間はごく僅かである。
それでも文献を集め、その手の研究者と幾度も議論を交わした。
とても大変な事であったが再び妻と会う為にトレインは頑張り続け、そうしている間に娘二人は立派に育ちトレインの手から巣立った。
トレインはそれを機に妻の捜索に専念する事を考える。
周りは名門校の教師を辞めるというトレインの決断に呆れ、惜しんでいたが娘達だけはそんなトレインを応援してくれた。
一年後、退職した後、妻との念願の再会について少しばかり夢想していたトレインであるが腕に抱いていたルチウスの声により現実へと引き戻される。
学園の一年の始まり、入学式最中だと言うのに何やら様子がおかしい。
そう思った時である。
新入生と思わしき小柄な生徒が飛び出して来た。
しきりに後方を気にする様子から何かに追われている様である。
錯乱しているのかとトレインは思った。
馬車での移動の最中に記憶が混濁して暴れる生徒は毎年少なくない。
きっと彼もそうなのだろうとトレインは思った。
振り向き様に見えた懐かしい瞳を見るまでは
「モーゼズ!!」
入学式は猫に似た魔獣の乱入により混沌を極めた。
己の能力をひけらかす様に辺り構わず魔獣が青い炎を吹いたからである。
その炎は至る所で燃え上がる。
生徒も教師もその火消しに回るがそれを上回るペースで魔獣が火を吹く。
そしてその炎の一つがトレインに向かって駆けてくる新入生の背後に迫った。
己の死角での事だったので初めは気付いてすらいない新入生であったが周りの視線や声により漸く自身の背後に迫る炎に気が付く。
しかし今更気付き、振り向いた所で炎は眼前に迫っている。
避ける事すら間に合わない事に新入生は諦めて目を瞑った。
「君はどうしていつもそうトラブルに巻き込まれるんだ」
ああ、間に合わないと誰もが思った。
次に目を開けた時には哀れな新入生が丸焦げになって倒れているに違いないと誰もが思ったがその予想は外れた。
「街を歩けば銀行強盗、森に住むお婆さんを訪ねた時は確か狼に遭遇したのだったか」
新入生を焼く勢いで迫った炎は駆け付けたトレインにより消されていた。
咄嗟に庇っての事だったのか新入生はトレインの腕の中である。
もしも新入生を庇ったのがクルーウェルやバルガスといった比較的若い教師だったならば生徒達も然程驚きはしなかった。
しかし実際に新入生を炎から守ったのは何時もならば冷静に、沈着に、動きは最小限に杖を振り、粛々と事態を解決するトレインだったのだから生徒は驚きを隠せない。
「ふなー!そこから退くんだゾ!!」
そして何時もトレインの腕の中にいる筈のルチウスはいつの間にか騒ぎの原因である魔獣に乗り掛かり動きを封じていた。
これ幸いとすかさずクロウリーが魔法を放ち、魔獣がこれ以上悪さを出来ないよう拘束する。
主な注目の的であった魔獣が鎮圧されると次に注目されるのはトレイン達であった。
しかし既にトレイン達は周りなど眼中になかった。
「やっぱりモーゼズなのね」
「君はやはりユウか」
「ええ、そうよ。そうだけど、なんだか貴方ってば少しばかり老けてないかしら?」
「そういう君は少しばかり若返っているようだ」
トレインの言葉にユウと呼ばれた新入生は慌てて己の頬に手を当てた。
「!確かに肌の感触が20代のそれじゃないわ」
「外見から推察するにエレメンタリースクールに通う位だろうか?」
「それって少し若返ったってレベルじゃないわよ?!」
顔を青褪めさせて狼狽えるユウ。
そんなユウをトレインは愛おしそうに眺めているのだから周りは動揺せずにはいられない。
生徒達は遠巻きにトレイン達の様子を伺いながら憶測を立てて囁き合う。
生徒や教師達がトレインに対して少年愛者の疑惑を持ち始めた所で漸くクロウリーが態とらしく咳込みながら二人の会話に割り入った。
「トレイン先生!そちらの新入生とはどういう関係なんですか?!」
本来であれば騒ぎを収束させるためにももっと違う尋ね方があった筈なのだが、二人のただならぬ雰囲気に圧された結果その様な問い方になってしまった。
クロウリーのおかげで漸く戻って来た二人。
トレインは腕の中に収めたままのユウに耳打ちをする。
何を話しているのかちらりとクロウリーを見て驚いた顔をしたユウであるがすぐさま表情を笑顔へと切り替えた。
子供らしくない、まるで大人の様に社交的な笑みを浮かべたユウ。
ユウはトレインの腕から抜け出すと式典服の両裾を摘み上げクロウリーに向かってお辞儀する。
そして続け様に名乗りを上げた。
「私はユウ・トレイン。いつも夫がお世話になっております」