お題SS
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ユウは民族衣装が見るのも作るのも大好きであった。
こちら世界に来る前は月に6、7回は地元の民族博物館に通い、入館料が払えない程貧している時は図書館に入り浸り民族衣装にまつわる書籍を読み耽っていた。
ユウは見るだけでは飽き足らず、独学で衣装作りを覚え、型紙をこさえては何着もの民族衣装を作って来た。
最早生き甲斐は民族衣装と言っても過言でない程に私生活の殆どを民族衣装に捧げたユウが異世界にやって来たからと言って変わる筈がなく、異国どころか異世界の民族衣装というジャンルを手に入れたユウは元の世界以上に充足した日々を過ごしていた。
生活よりも趣味を最優先とするユウには結婚願望などなかった。
そうでなくても自分自身よりも民族衣装を優先しているというのに己の時間を割いてまで他人と過ごす事は無理だとよくよく理解していたのである。
一人っ子であったユウはきっと将来、色とりどりの民族衣装に囲まれて亡くなっている所を市役所なり行政の人間に発見されるのだろうと考えていた。
「婚約者様は色白ですのでこちらの色味の方がお似合いになるかと」
にこやかに、そう言って差し出された生地の質の良さ、民族色の強い緻密な刺繍の柄に何時ものユウならばテンションは最大にまで上がりはしゃいでいるところであるが、状況が状況なだけに気が遠くなる。
「あの、私は婚約者ではないのですが」
「呼び方ぐらいどうでも良いだろ」
婚約者などと呼ばれは困るとユウはその呼び名を否定するのだがすぐ横に座るレオナにより阻まれる。
「良くないですよ。私はレオナ先輩の後輩です」
「だがそれも今だけだろ?来月の式典でお前は俺の婚約者として世間に公表される」
あれ程、己の結婚はあり得ないと思っていたユウはもうすぐレオナの婚約者になろうとしていた。
どうしてこうなってしまったのかユウには分からない。
ユウはただ、レオナの国の民族衣装が生で見たくて王族である彼にお願いしただけなのだ。
勿論、駄目元である。
それでも何とか写真の一枚でも借りれたらという淡い期待を抱いていた。
しかし実際にユウが頼んでみた所、レオナは断わるどころか生で見る機会を与えてくれた。
丁度良いからと国で行われる式典に呼んでもらい、レオナの兄とその家族を紹介して貰ったユウは存分に彼等や賓客が纏う異世界の民族衣装を眺め堪能した。
その後も同じ理由でパーティーだとか国の行事に連れて行かれたユウは気付くとレオナの婚約者筆頭候補になっていたのである。
「どうしてこんな事に」
ユウは頭を抱えて項垂れた。
身が入らないユウの代わりにレオナが衣装の手配をしてくれた為、仕立て屋の女主人は既に退室している。
「そろそろ現状を受け入れたらどうだ
ユウがレオナの婚約者となるのは最早決定事項だというのに、いつまでもうじうじと言うユウにレオナは呆れた。
「正式な婚約者になればこれまで以上にお前の好きな民族衣装が眺められるのに何がそんなに不満なんだ」
「不満があるとか以前に異世界生まれ、庶民育ちの私がレオナ先輩の婚約者とかおかし過ぎますよ」
ユウは庶民の母と庶民の父の間に生まれた生粋の庶民である。
高貴なる者の役目だとか義務だとかそう言った事を全くと言って良いほど知らないただの小娘である自分が王族であるレオナの婚約者などと国の人々が納得する筈がないとユウは懸命に訴えるがレオナはそれを鼻で笑い飛ばした。
「残念だったな。国民はお前の成り上がりに盛り上がっているし、そこに目を付けて商品は勿論、お前をモデルにした小説が幾つも発売されてる」
「えぇっ」
まさかそんな事になっているとは知らなかったユウはその商人魂とでも言うのだろうか、夕焼け草原に住む人々の商魂の逞しさに少しばかり引いた。
国民が駄目ならばとレオナの親族は婚約に反対しているのではないかと尋ねる。
しかし返って来たのは思いも寄らぬ回答であった。
「反対どころかお前を絶対に逃すなって煩いくらいだ」
レオナの家族は勿論、親戚、家臣までも今回の婚約に賛成だと聞いてユウには最早、理由が分からない。
「何で?」
「こればかりは自業自得だな」
ユウの学力は並である。
中の中、元の世界でも今の世界でも成績はいつも真ん中でテストの点数は平均であった。そんな人並みにしか学力がないユウであるが己の好きな事に対しての記憶力は凄まじく、その範囲は民族衣装に限らずそれに関連、付随する事柄に迄及んだ。
民族衣装が絡む国の歴史や文化、その土地の風土程度ならば空で言える程で、その能力は将来的に王の補佐をすべく国外を飛び周る事が決まっているレオナの嫁に的確と家臣達から判断されたのである。
既にユウはパーティーや式典に招待された国内外の賓客相手に成果を出しており、婚約者が駄目でも外交官として獲得すべく狙われていた。
しかしユウ自身はたまたま知り合った人相手に自分が好きな事の話をしただけでなので己の何が良かったのか分かってはいない。
「それで、他に婚約を固辞する理由はあるのか?」
尋ねられたユウは他に何かないか懸命に考えた。
国民、レオナの家族に、家臣以外に何かないか考えていたユウはふと、レオナと目が合う。
「レオナ先輩は私と婚約する事に納得してるんですか?」
ユウの質問にレオナは額を押さえ、それはそれは深い溜息を吐く。
頭でも痛むのか眉間に皺を寄せたレオナはユウに厳しい視線を向けた。
「俺が人に命令されてはい分かりましたなんて素直に聞くたまに見えるか?」
「見えませんね」
ユウは即答した。
そんなユウの頬へと手を伸ばしたレオナはユウの輪郭をなぞる様に、その柔らかな頬や顎を指の腹で撫でた。
「そうだ。俺は誰の命令も聞かない。ましてやこれからの一生を連れそう伴侶を勝手に決められて大人しくする筈がないだろ」
そう言ってユウの頬から指を離したレオナは馬鹿にするなと、ユウの額を指で軽く弾いた。
「俺は連れ添う相手ぐらい自分で決める」
立ちがったレオナはユウを一度見下ろすと特に理由も告げずふらりと部屋を出て行く。
一人残されたユウはレオナが出て行った扉を見つめ
「・・・えっ?!」
額どころか顔全体を真っ赤に染めるのだった。