お題SS
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軽音部部室。
楽器の練習そっちのけで行われる放課後ティータイムはいつもならば賑やかに、お茶やお菓子をお供にして盛り上がっている。
「はぁ」
しかし部員が内一人であるケイトの元気のなさに他の二人は何事かと様子を伺っており、何時もの賑やかさはない。
「ケイトよ。溜息などついてどうしたのじゃ?」
「もしかして調子でも悪いのか?!」
それは大変だと、机を叩き立ち上がるカリム。
二人の反応に自分がらしくなく溜息など吐いていた事に気付いたケイトは笑みを浮かべ慌ててカリムの誤解を解く。
「身体は何ともないよ。ただちょっと考え事をしてたら無意識に溜息を吐いてたみたい」
「ほうほう、ケイトが無意識に溜息を吐く位なのじゃから余程じゃな」
ケイト言葉にきらりと瞳を輝かせるリリア。
白く鋭い歯を覗かせたリリアはケイトに子細を話すよう求めた。
助言を求めていないケイトは何とか誤魔化そうとするのだがリリアとは反対派に座るカリムが心配そうにケイトを見つめている。
「さっさと話してしまった方が楽じゃぞ」
カリムの表情に圧され、たじろくケイトの脇腹をリリアが肘で突つく。
このまま誤魔化し、話を逸らす事が出来ないと観念したケイトは苦笑いを浮かべ額を押さえた。
「多分、二人が想像してる程深刻な話じゃないよ」
ケイトにとっては思い悩む程に深刻な話であるけども二人にはそうではないと事前に告知した上でケイトは話だす。
ケイトは最近付き合いだしたユウとの事で悩んでいた。
ユウとケイトの交際はユウの事が好きになったケイトの告白からであった。
二人の交際は順調である。
恋人としての段階は多少、ゆっくりなものの着実に進んでいる。
ただ、その段階の全てがケイトのアクションによるもので、ケイトはそれが気がかりであった。
初めて手を繋いだのも、デートの誘いも、キスであっても全てケイトが望んだ事にユウが応じてくれた結果である。
これまでケイトがユウを求めてもユウがケイトを求めてきた事は一度もない。
ケイトはその事が気がかりであり不安でもあった。
ユウは無理して己の要望に応じているのではないか。
そもそも、付き合う事自体ユウには不足ではないのか。
一度考えたら不安は募るばかりである。
「ユウちゃんはいつもオレが求めると応えてくれるけど実は無理させてるんじゃないかって時々考えちゃうんだよね」
力なく笑うケイト。
いつも賑やかなカリムは初めて聞く他人の恋愛にまつわる悩みに固唾を飲み聞いている。
「成る程。ならばケイトはユウの気持ちを知らなければならんな」
神妙な顔付きから一転、何やら悪戯っ子な笑みに表情を変えたリリア。
ケイトはそのリリアの表情を見て言い難い悪寒を感じた。
一瞬、確かに身体を走った悪寒に腕を摩るケイト。
その目の前になんとも毒々しい蛍光色の液体が入った小瓶をリリアは差し出した。
「これを一息に飲めばお主の悩みは万事解決じゃ」
語尾に星でも付いていそうなテンションで言い切るリリア。
しかし蛍光色の液体を飲めと言われてもケイトは素直に応じられない。
「派手な色に飲みにくいと感じるかも知れんが効果はわしのお墨付きじゃぞ。何たってわしお手製じゃからの」
リリアの手製と聞いてケイトの顔色は一気に青褪める。
飲めば解決の糸口になるという事だがリリアの料理の腕前や魔法薬の授業の様子を知っているケイトはその見るからに怪し気なお薬を飲むのを遠慮したい。
「けーくん、ちょーっと急用を思い出しちゃった」
さも用事があった事を今思い出したかの様に振る舞い、部室から立ち去ろうとするケイト。
しかしそれをリリアは許さない。
「ケイトよ。逃げる事は許さぬぞ」
素早くケイトの背後に回ったリリアは抵抗も物ともせずに羽交い締めにする。
そしてカリムにケイト為、ユウの為にも魔法薬を飲ませるよう唆す。
突然の事で戸惑いもあったがリリアの説得に使命感を帯びたカリムが魔法薬の入った小瓶を手にケイトへと近づく。
「カリムくん、お願い、やめて」
自身の身体で唯一自由な口を使いケイトはカリムに懇願する。
「悪いケイト、これもお前とユウの為なんだ!」
しかしその懇願には応じられないと首を振るったカリムは蓋を外した小瓶をケイトの口へと押し込んだ。
魔法薬独特の苦味に加え、何故か感じる酸味とえぐみ。
その想像通りの不味さに気を取られ、いつの間にか気を失っていたケイトはリリアからユウへと手渡されるところであった。
「本当にいただいても良いんですか?」
「勿論じゃ!わしがこんな愛らしいぬいぐるみを持っていても仕様がないからな」
そう、ケイトは見るも愛らしい、ふわふわとした柔らかな生地のウサギのぬいぐるみになっていた。
「ありがとうございます。リリア先輩」
ユウの胸に押し付けられる様に抱きしめられたケイトは己の状況に酷く困惑していたがその未開拓の感触に包まれて思わず意識を飛ばした。
「毛色がよく似ておるじゃろ?ケイトと思ってこの子を大切にしてやってくれ」
リリアの発言にユウは声を上擦らせ、酷く戸惑って見せた。
ユウの初々しい反応に笑みを深めたリリアは用は済ませたからと早々にその場から立ち去る。
リリアと別れたユウもウサギのぬいぐるみとなったケイトを抱えてオンボロ寮へと向かった。
ユウはぬいぐるみに名前をつける質らしく道すがらぬいぐるみを何と呼ぼうか悩んでいた。
初めこそはウサギのぬいぐるみという事で単純にうさちゃん、ウーサーくん、そして何故かピーターと、幾つか名前の候補を挙げてみたがそのどれもしっくりとこない。
「けーくん、て呼ぶのは先輩に失礼だよね」
どうやらリリアの発言が後を引いているらしくユウが普段口にしない己の愛称が候補に上がったケイトの心境は複雑である。
出来れば生身の人間の時に呼ばれたいと思った。
しかし今は喋る事は勿論、動く事すら出来ないウサギのぬいぐるみであるケイトにはその思いを伝える術はなく、ただ強く願う事しかできない。
結局、ユウはウサギのぬいぐるみを先輩と名付けた。
己の存在が窺えるその名前にケイトも納得する。
オンボロ寮に戻ったユウは私室へと直行するとベッドの上にケイトを置いた。
ユウの私室に来るのは初めてで、部屋にはケイトとユウの二人っきりなのだがケイト自身がぬいぐるみであるためそれらしい雰囲気にはなりもしない。
ユウはベッドの上のケイトをじっと見つめた。
そして徐にぬいぐるみの顔が壁へと向く様に位置を置き換える。
どうしてそんな事をするのかと思ったら聞こえてきた衣擦れの音にケイトは声にならないながらも内心、大声で騒いだ。
恋人がすぐ側で生着替えをしているという状況に戸惑いが隠せない。
ユウが着替えている間、耳を塞ぐ事の出来ないケイトはきゃあきゃあと叫び続けた。
制服から部屋着に着替えたユウはケイトを抱えてベッドに倒れ込む。
「どうしたらケイト先輩に好きって言えるのかな」
ユウの突然の告白にケイトは驚く。
「先輩が伝えてくれる気持ちに少しでも返したいのに」
それが上手く出来ないのがユウの最近の悩みであった。
告白も、デートのお誘いも、ユウからケイトへとしたかった事、伝えたい事は沢山あった。
キスだって今より沢山したいのだがそれが上手く伝えられない。
「ケイト先輩は何時も私がしたい事を叶えてくれるのに私は何も返せてない」
このまま愛想をつかれてしまったらどうしようと、初めて聞くユウの胸の内にケイトは安堵した。
己の心配はただの杞憂で、ユウも確かにケイトを好いていてくれたのだ。
「好きなの、ケイト先輩が好き」
抱え上げたケイトの目を真っ直ぐに見つめての告白。
その時、ケイトの固くつぶらな作り物の瞳がきらりと輝き、ケイトを中心に煙が起こった。
白煙は小さなケイトの小さなぬいぐるみの身体どころかユウを巻き込み、ベッド周辺をも煙で包み込む。
煙の起こったケイトから思わず手を離したユウであるがその柔らかな身体がユウの胸に降ってくる事はなかった。
変わりにユウの両肩の付近や足元が深く沈む。
そしてそれと同時に感じる人の気配と息遣いにユウが固まっていた。
「オレもユウちゃんの事がめちゃくちゃ好き」
魔法薬の効果が切れたのかウサギのぬいぐるみから人間に戻ったケイト。
しかし諸々の事情を知らないユウは突然、ベッドに現れた恋人に驚き、口を開けたまま呆然としている。
「どうして」
暫くしてユウが発したのはそんな言葉だった。
「うーん、一体何処から説明すれば良いかな」
ユウは詳しい説明を求めているが一からの説明となるとそれなりに時間がかかる。
「説明の前にユウちゃんにキスしちゃ駄目かな?」
どうしても待てないケイトはユウと額がギリギリ触れ合う距離まで顔を近付けて尋ねた。
ユウはケイトの問い掛けに視線を彷徨わせる。
そして頬を赤く染めたユウは再びケイトと視線を合わせると小さな声で答えた。
「駄目じゃない、です」