twst短編
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「良いな、良いなー!」
羨ましがる声の主が話を聞きつけやって来る事を想定していたリリアは内心ほくそ笑む。
「リリアってばこれから人間の赤ちゃんを育てるんでしょ?良いなー!」
リリアの住む家にやって来てから「良いな」しか言わない彼女はリリアの幼なじみで、名はユウ。
谷ではかなり珍しい、人間に友好的な妖精である。
友好的と言っても其の実人間に対して好奇心と興味しかない為純粋な友好かと言われるとかなり怪しいが谷に住む妖精では誰よりも人間に親しみを持っている。
そんなユウはリリアが人間の子供を引き取ったと何処からか聞いて凸撃してきた。
「リリアは良いなー。谷の外にも出た事があるし、お城勤めだから人間と会う機会もあるでしょ?なのに今度は人間の赤ん坊を育てるなんて本当、羨ましいよ」
頬に手を当て溜息を吐くユウ。
人間が好きにも関わらず両親が超の付く過保護な為に谷を出る事も出来ないユウにとって何かと人間と出会う機会の多いリリアは常に羨望の的である。
「それで噂の赤ん坊は何処にいるのかな??」
我慢が出来ない様子のユウは忙しなく辺りを見渡す。
「まてまて、そう慌てるでない」
そんなユウを宥めながらリリアは赤ん坊を揺籠ごと魔法で運んで来た。
お待ちかねの赤ん坊の登場にユウは両手を握り合わせ感激の悲鳴を上げる。
が、慌ててその口を手で押さえた。
揺籠の中の赤ん坊は眠っていたのである。
先程、己が上げた歓声で起こしてしまったのではと慌てるユウであるが揺籠の中の赤ん坊はすやすやと目覚める様子もなく眠っていた。
「よく眠る子でのう。ちょっとやそっとじゃ目を覚まさんのじゃ」
喧騒は勿論、抱き上げられて目覚める事がないとリリアは言う。
それを聞いてユウは手を固く結び、リリアに懇願でもするかの様に見つめ見上げた。
「折角だから抱き上げてみるか?」
リリアが尋ねればユウは顔を輝かせて頷く。
ユウはさっそくと言わんばかりに赤ん坊へと手を伸ばし、触れる直前でその手を止めた。
「どうしたんじゃ」
「お触りの前に手を清め様と思って」
そして手を引っ込めたユウは自身の鞄から除菌シートを取り出すそれは念入りに手を拭いた。
何もそこまでせんでもとリリアは呆れてユウを見るがその視線に構わず指先から爪の間、手首までしっかりと拭き上げる。
「それでは改めまして」
気を取り直しユウは恐る恐る赤ん坊の背に手を差し入れるとそのまま自分の胸元へと抱き上げた。
産着越に伝わる高い体温、香る甘いミルクの香り。
それらは妖精の赤ん坊と変わらないが腕に抱いているのが人間の赤ん坊と思うとユウは何とも言い得ぬ気持ちになった。
リリアの言う通り赤ん坊はユウが抱き上げても目を覚ます事はなく、ぐずったりもしない。
それを良い事にユウはそっと赤ん坊の頬や鼻を突ついた。
「リリアはこれからこの子のお父さんになるんだよね。良いなー」
見れば見るほど愛おしさしか感じない腕の中の存在にユウのリリアを羨む気持ちは積りに積もる。
「だったらお主はこの子の母親役をやるか?」
リリアはユウのその言葉を待っていた。
人間という種族を書籍や口伝え、谷に住む数少ない人間達でしか知らないユウがリリアの事情を羨む事をこれまでの経験上、よくよく分かっていたのだ。
リリアは事前に用意していた言葉をユウへと投げかける。
「やる!」
間髪入れず答えたユウにリリアは微笑んだ。
「そうかそうか。この子の母親役をやると言うのなら離れて暮らすのはいかんな」
「そうだよね、今日から私もこの家に住んでも良い?」
「勿論じゃ。ああ、でも急に家を出ては親父さん達も驚くじゃろう」
「そうだよね。じゃあ、先ずは父さん達に事情を話して、引越はそれから」
「それが良い。母親が出来てシルバーも喜ぶじゃろう」
「この子、シルバーって言うのね」
赤ん坊の名前を知ったユウはその名と同じ銀の髪を梳くように優しく撫でた。
「これからよろしくね。私の可愛い坊や」
そんなこんなで急遽決まったリリアとユウの同棲話。
本人達は大層乗り気であったが結婚どころか恋人の関係ですらない二人の同棲を過保護であるユウの両親が許す筈がなかった。
しかし人間の赤ん坊でありながら妖精に育てられる事となったシルバーの境遇をユウの両親、特に母親は甚く同情し、ユウが通いでの母親役を勤める事を認めた。
それすらもリリアの想定の範囲内である。
リリアは長い事、幼なじみであるユウの事を想っていた。
しかしその想いは鈍感なユウに伝わる事はなかった。
それでもめげず、時には変化球を交えながらも幾度となくアピールを繰り返して来たリリアであるが結果は惨敗。
しかしそれでも諦めきれないリリアは偶然、人間の赤ん坊であるシルバーを引き取る事となり閃く。
擬似親子をしている間に鈍感なユウに己の気持ちを察せられなくとも流れでそのまま真の夫婦となれないだろうかと考えた。
話はとんとん拍子に進み、ユウはシルバーのお世話の為にリリアの家に通う様になった。
さて、ここまでの事は全てリリアの思う通りに進んだが、その後二人がどうなったかと言うとどうにもならなかった。
シルバーは大人しく、手のかからない子ではあったがそれも他所の子に比べれば、という話であり、知識はあれど子育て初心者である二人は常に大騒ぎであった。
成長するにつれて養父と通いの義母の関係性について思う事があったのかシルバーがリリアの援護に回るも鈍感さに定評のあるユウが気付く筈もなく、その間にも時は無常にも進み、
「良いな、良いなー!」
ユウの羨む声が家中に響いた。
リリアの家は昔と変わり家具や食器が増えた。
家の中はユウが日中に焼いた甘い焼き菓子の匂いで満ちている。
この十年余りの間にリリアの家は増えた家族によりその姿を変えたがリリアとユウの関係はというと今でもよく分からない関係性である。
変わらないといえば子供の様に声を上げてリリアを羨ましがるユウの反応も変わらない。
「リリアだけ今更学校に通うなんて狡いわ」
「狡いと言われてもこれはあくまで仕事じゃ」
仕方あるまいとリリアはユウを嗜めた。
余程羨ましいのか狡いと声を上げて感情的に机を叩くユウの姿にシルバーは困惑している。
「落ち着いてくれお袋殿」
「けど、シルバー!学校よ!人間が沢山いる学校よ?!」
茨の谷も今や人間の姿は珍しくもないがそれでも数は少ない。
対してリリアがこれから通う学校は生徒の割合として人間が多数を占めるものだからユウも羨ましがざる負えない。
「マレウスの護衛でほんの四年程通うだけじゃぞ」
一桁台の年数など純粋な妖精であるリリアとユウにとってはほんの瞬きの間である。
「それでも羨ましいの!!」
とうとう感情が振り切れたユウは机に突っ伏しておいおいと泣きだす。
そんなユウの背中をシルバーは痛ましげに摩った。
自分と暫く離れて暮らす事よりも学校に通う事が羨ましいユウに面白くないリリアは口を尖らしその様子を眺める。
「お袋殿、学校は無理ですが谷の外に出るのに俺も付き添いますからそれで我慢して下さい」
シルバーは嘆くユウの気分を少しでも晴らそうと谷の外への外出を提案した。
これまで過保護な両親により谷の外に出る事を禁じられていたユウであるが近年はシルバーの成長に伴い彼の社会勉強としてシルバーが同伴であるならば、と谷の外に出る事を許されている。
しっかり者で勤勉なシルバーは血の繋がりがないとはいえユウの両親に大層気に入られていた。
こんなしっかり者の孫がついているなら娘も谷の外に出ても大丈夫だろうとユウの両親がシルバーに全幅の信頼を寄せている為である。
「シルバーは優しい子ね」
「親父殿とお袋殿が育ててくれたおかげです」
顔を上げたユウはシルバーの言葉に別の意味で滂沱する。
息子の成長振りに感動したユウは気分を盛り返しお出かけの話を始めた。
何処に行こうか、何を食べようか、楽しげに会話するユウとシルバー。
それが堪らなく面白くないのはリリアである。
不貞腐れた表情で頬杖をついたリリアは「そういえば」と徐に口を開いた。
「来年はシルバーもNRCに入学じゃな」
「えっ」
「親父殿、それはまだ決まった訳では」
「でもわし息子じゃし?NRCへの入学は決まったも同然じゃ」
誇らし気に、鼻高々に言い切るリリア。
親馬鹿な気がしなくもないが断言出来る程に己が評価されている事に嬉しく思うシルバー。
しかし今は素直に喜んでもいられいない。
「シルバーも人間の学校に行っちゃうの?」
リリアが余計な事を言ったばかりに泣き止んだばかりのユウがまたしても瞳を潤ませる。
「二人して人間の学校に行くなんてずるいわ!私だけ除け者なんてあんまりよ!!」
先程までのが比にならない程に嘆くユウにシルバーはリリアを呆れた目で見つめた。
「親父殿、流石に今のは大人気ないにも程がありますよ」
ユウに構って貰えないからと敢えてリリアが意地悪な事を言った事にシルバーは苦言を呈す。
「わしはただ事実を述べただけじゃ」
反省するどころかそっぽを向くリリアは続けた。
「そんなにも人間の学校が羨ましいならお主もシルバーと共に入学すれば良いではないか」
しかしユウが羨ましがるリリアと、シルバーが入学するであろうNRCは男子校である。
女の身であるユウではそもそも入学資格がない事を分かった上でのリリアの言葉にユウはとうとう怒った。
始めにティースプーンが、それからテーブルに置かれた林檎、林檎の入っていた籠、それから兎に角家中の物がリリアに向かって飛びかかり、リリアはそれらを華麗に避けた。
それに怒ったユウがますますリリア目掛けて物を投げて、避けて投げて、避ける。
シルバーが巻き込まれないよう部屋の隅で大人しく見守る中、続いたユウの投擲は肝心の投げる物が手元になくなるまで続いた。
「なんじゃ?もうしまいか」
何か他に投げる物はないか懸命に探すユウにリリアはそんな言葉を投げかける。
その言葉により怒りの限界を迎えたユウは肩を震わせ
「リリアの馬鹿!!!」
と大きな声で叫ぶとそのまま鼻息荒く家を出て行った。
「見たかシルバー!ユウのあの口惜しそうな顔」
「親父殿・・・」
傑作じゃと腹を抱えて笑うリリアに呆れ果てたシルバーは額を押さえて首を振るうのだった。
さて、リリアとユウの擬似夫婦喧嘩はそう珍しくはない。
というのも今回の様にリリアがユウに構ってもらいたい一心で時折揶揄う為、喧嘩はそれなりの頻度で起きていた。
喧嘩をしても大抵三日後には怒っていたユウがそれまでの事をけろりと忘れ、リリアと普通に接する事で喧嘩は収まるのだが今回はいつもと様子が違った。
今回は余程怒りが根深いのかリリアが在宅の間、ユウは一切姿を表さない。
シルバーと会うのも家事をするのも何時もリリアが勤めで城に赴いている間に済ましていた。
そんな生活を続けている間にもマレウスとリリアの入学は迫り
「シルバーよ。あの時はわしがすまなかったとユウに伝えてくれるか」
「必ずお袋殿に伝えます」
とうとうユウと仲直り出来ぬままリリアはマレウスと共にNRCに入学するのであった。
NRCに入学してからリリアはユウに何度もメールを送ったが返ってくるのは当たり障りのない返事のみで電話をかけても出てくれる事はない。
それとなくシルバーにユウの様子を尋ねてみてもいつもと変わらないというので体調が悪い訳でもない。
明らかに前回のやりとりが後を引いている事にリリアはただ溜息を吐く。
しかしユウと仲直りがしたいからと言ってマレウスの護衛を放り出すわけにもいかず、リリアはユウの声を聞けぬまま一年を過ごした。
「おかえりなさい」
学園がサマーホリデーの期間に入り、自宅へと戻ってきたリリアをユウが笑顔で迎えた。
まさか出迎えてもらえるとは思ってもいなかったリリアは玄関口で固まる。
「もう、リリアったら何?まるでゾンビでも見た様な顔をしちゃって」
リリアの反応をおかしそうに笑いながらユウは彼の手荷物を拐うと、中に詰められた衣服を洗濯すべく家の奥へと駆けて行く。
「お疲れ様です。親父殿」
「ただいま帰ったぞシルバーよ。サボらず鍛錬はしておったか」
シルバーとも久しぶりの再会も済ましリビングで寛ぐリリアは忙しなく、けれど鼻歌混じりに家事をするユウを眺めながら自分が不在であった間の事をシルバーから聞いていた。
リビングの隅には綺麗に包装された包みや箱が幾つも積まれている。
あれは何かとリリアが尋ねればユウの両親からシルバーへと贈られたNRC入学祝いの品々だとお茶を運んできたユウから返ってきた。
「おお、それはわしからもお礼を言わねばならんな」
「別にお礼なんて良いわよ。初孫にはしゃいだ両親がやりたくて勝手にした事だし」
ユウは一人っ子であるため、義理とはいえ初孫にあたるシルバーをユウの両親は大変可愛いがり、事ある毎に沢山の贈り物を用意した。
その度にユウが怒り、そんな彼女をシルバーが宥めるのが何時もの流れである。
「それはいかん。シルバーが世話になったのじゃからわしからもお礼を言わねば」
正直の所、リリアはユウの両親が苦手だ。
彼等は一人娘であるユウに対し大変過保護であり、特に彼女の父親はこれまで常にリリアの恋路の障壁となり立ち塞がってきた。
しかしゆくゆくは自分の義理両親となるのだから今ここで礼を欠き、心証を落とすわけにはいかない。
そうしてリリアはユウに頼み、彼女の両親と会う為の機会を作ってもらった。
先方の希望により、その席は谷で今一番話題のレストランで設けられた。
久しぶりに会ったユウの両親は相変わらずユウに対して過保護で、シルバーに対しては激甘であった。
それなりの頻度で二人とは会っている筈なのにやれ、前回よりシルバーの背が伸びたのではないか、服は窮屈でないのか。
シルバーはいずれの問に対して肯定していないのにいつのまにか新しい服を買う話に発展しており、ユウは服はもう十分だからと親を嗜めていた。
続いてシルバーも遠慮するのだがユウの母親はそのシルバーの謙虚さにいたく感動してますます何かを買い与えたがり、ユウは怒り、シルバーは困り果て、と贈る品物を変えながら同じ様なやりとりを先程から繰り返している。
そしてリリアはその間に黙々と食事をとっていたユウの父親に対して贈り物のお礼を伝えたのだが
「何だ。本当にそれだけの話で呼ばれたのか」
と、つまらなさそうに言われてそれ以後の会話はなかった。
さて、サマーホリデーが終わるのはあっという間で、在校生であるリリアとマレウスは先にNRCへと戻っていった。
去年は新入生として歓迎される側であったリリア達であるが今年は歓迎する側。
しかも新入生の内一人は己のが息子である為リリアはとても張り切り新入生の歓迎会の準備をしていた。
そうして入学式当日になり、リリアはユウにシルバーの晴れ姿を写真に撮って送ってやろうと考えていたのだが、シルバーに続いて現れたとても見覚えのある新入生の姿にリリアの視線は釘付けとなった。
暫く呆然とその生徒を見つめていると隣から小さく、吹き出す様な音が聞こえてリリアは漸く気を取り戻す。
「マレウスよ。お主、知っておったな」
リリアが釘付けとなっていた新入生は少しばかり身体付きが変わっていたが紛れもなくユウであった。
大方、魔法、もしくは魔法薬で性転換をしたのであろうとリリアは当たりを付ける。
さて、普段のユウは家事以外に何もしていないわけではない。
基本は在宅ではあるものの研究者として王家に仕えており、いわばマレウスの家臣である。
その家臣が主人たるマレウスに内緒で同じ学園に入学したなどと思えず、リリアが尋ねればマレウスはあっさりと白状した。
「元はと言えばリリア、お前が言い出した事なのだろう?」
始めはマレウスが何を言っているのか分からなかった。
しかしよくよく記憶を遡れば一年程前、確かにユウへ出来るものならばとNRCへの入学を唆した覚えはある。
しかしそれはあくまでも冗談であり本気で言った訳ではない。
ユウはそもそも女性で、男子校であるこの学園に入学する資格はないのだ。
「ユウの入学についてがファフニールがどうにかした。あいつは昔から娘に甘いからな」
ファフニール、ユウの父親は確かに一人娘のユウにとても甘い。
普段は厳しい表情で各所から上がる予算案を容赦なく棄却しているというのにそれが娘のおねだりとなると表情を一転させて何でも買い与えるのである。
あの、娘に激甘い父親ならば裏口入学位容易いものだと納得してリリアは暫く遠い目となった。
「リリア先輩!」
入学式が終わり新入生を寮へと案内し終えた所でにこにこと、見るから上機嫌と分かる表情のユウがシルバーの手を引いて駆けて来た。
今になって思えばいくらメールを送っても簡素な返事であったのもユウがそれだけ忙しかったという事である。
シルバーに加えてユウ自身も全寮制の学校に入学するのだから準備の大変さは並ではない。
悪戯が成功したかのような表情を浮かべたユウはリリアに封筒を差し出す。
それは見るからに質の良い物で、押された封蝋にはユウ実家、ファフニール家の家紋が刻まれている。
「父さんがリリアに渡してって」
送り主がユウの父親と分かるとリリアはすぐさま封蝋を破り手紙を読んだ。
「なっ?!」
「ファフニールの奴も流石に腹を据えかねているようだな」
手紙は時節の挨拶から始まりと、とても丁寧な書き出しであったがその内容はといえばリリアとユウの関係の是非を問う物であった。
ユウの父親はかなり以前から二人の仲を気にしていた。
しかし永らく進展らしい進展はなく、赤ん坊のシルバーを育てる為にユウがリリアの家に通いたいと言ってきた時にはそれなりに二人の仲が進展すると期待していたのである。
そしてサマーホリデーでユウに呼び出された時には漸く二人から結婚の話が聞けるかと思いきや特に関係のない事柄で呼び出された事で父親の我慢は限界を迎えた。
これ以上、娘の時間を無駄にする訳にはいかないと考えたユウの父親は残りの猶予をユウの卒業迄と決め、それまでに婚約迄持ち込めなければ父親が選んだ相手とユウを添わせると書かれていた。
リリアはその手紙の内容に声を震わせ、変に力を込められた手紙は至る所がしわくちゃとなる。
「手紙にはなんて書いてあったの?」
不思議そうに手紙の内容を尋ねてくるユウにリリアはとうとう手紙を握り潰してしまう。
「なんて事のない内容じゃ。ユウとシルバーの事をよろしくと書かれておる」
それは確かに最後の所に書かれていたが主題ではない。
思わず手紙の内容を隠したリリアにマレウスは小さく「意気地なしめ」と呟いた。
マレウス自身、ユウの父親から度々二人の関係がどうなっているのか問われており、二人の進展のなさに迷惑しているのである。
ユウはリリアの返答に納得していない様であったがなんとなく察したシルバーから荷解きに誘われ、用意された自室へと向かった。
「どうしてこんな事に」
「これまで時間はあるからとのんびり構えていたからだろう」
マレウスの辛辣な返答にリリアは苦し気な声を漏らす。
「折角の機会だ。ファフニールがその気でいる内にさっさと婚約の約束でも結ぶのだな」
「そうじゃな。そうじゃな!」
ユウの父親からこの様な手紙が送られてきたという事は少なからず向こうはリリアを認めているという事である。
そうポジティブに捉えたリリアは力強く手紙を握り締めた腕を天に向かって突き上げた。
「わしはやるぞ!!」
しかしそんな宣言虚しく、数十年と進展のなかった二人の関係が突然進むわけもなく、加えてユウが持ち前の穏やかさと親切さによりディアソムニアの姫と呼ばれ寮生は勿論、寮外の生徒達から慕われた結果、茨の谷にいた時よりもアプローチが困難を極める事となるのをこの時のリリアはまだ知らない。