twst短編
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「あー腹減った」
午前の授業終了を報せる鐘の音に生徒達は各々に凝り固まった背を伸ばしたり、食堂や購買に走ったりと忙しなく動いていた。
それはエース達も例外ではなく早く食堂に行こうと荷物の片付けを素早く済ませ廊下へと飛び出す。
「オレ様、もう腹がペコペコなんだゾ」
「僕もだ。食堂が混んでないと良いんだが」
朝から体力育成が入っていた為にその空腹はいつもよりも強烈である。
「本当、お腹が空いてるのに食堂でも待たされちゃったら流石に分裂しそうだよ」
そう言ってお腹を摩りながら笑ったのはユウである。
ユウと並んで歩いていたエース達は怪訝な顔をして彼を見ていた。
「あのさ、前から思ってたんだけどユウって表現が時たま独特だよな」
「分裂とか、頭が二つになるとかなんとか」
分裂は今の様な空腹の時に、頭が二つにと言うのは叱られ、相手の手刀を頭に受けた時に痛がりながらよく口にしていた。
あまり普段使いしないそれらの言葉に一体何キャラを目指しているのかとエースは笑うが対してユウは至極不思議そうな顔で頭を傾げる。
「だって分裂も、頭が二つになる事もあるでしょ?」
「いやいやいや」
「有り得ないだろ」
エースは激しく手を横に振り、デュースはそれに同意する様に力強く頷く。
「え、みんなは分裂しないの?お腹が空くとお腹と背中がくっつくみたいにぎゅーっと窄まって分裂「するか!!」」
エースは吠えるが如く応えた。
デュースはユウの放った内容に顔を青くして引いている。
「もしかしてグリムも分裂しない?」
「する訳ねぇんだゾ」
何を言っているんだといわんばかりに呆れた顔をしてグリムは答える。
「一体どうしたんだ?何時ものユウは冗談なんか言わないのに」
「グリムみたいに変な物でも拾い食いしたんじゃねぇの」
ユウのおかしさ加減を気にするデュースとエースであるが今はそれどころではない。
このままのんびり喋っていては昼食を食べ損ねると走り出す。
それを追う様にグリムも四足歩行で駆けた。
廊下に一人置いてかれたユウは頬を掻き呟く。
「冗談じゃなくて本当の事なんだけどな」
ざくり。
聞こえてきた音はそんな生優しい音ではなかった。
お腹が満たされ、睡魔に唆されそうになる午後。
ユウ達は魔法薬の授業を受けていた。
材料の多さからエースとユウは材料の下拵えを、グリムとデュースは材料集めと、役割を分担して進めていたのだが何やら教室の後方が騒がしい。
「先にそれを取ったのはオレ様なんだゾ!!」
「別に材料を先に取り出すぐらい良いだろうが!」
材料集めに出ていたグリムが生徒と材料を取った取られたで揉めていた。
「お前が何時迄も瓶を開けるのにぐずついていたから俺が開けてやったんだろうが」
「オレ様は開けてくれなんて一言も頼んでねぇ」
「おい、グリム落ち着け」
猫の様な手を持つグリムでは人向けに設計された瓶や容器を開けられない事は多々ある。
この日も必要な内の材料の一つが固く閉じられた瓶の中に入っていたが為、上手く開けられずもたついていた。
魔獣といえど見た目は少し大きな猫ちゃんであるグリム。
そんなグリムが開かない瓶を相手に四苦八苦する様をクラスメイトなどは生暖かい目で見守り、ギブアップするのを眺め待っているのだがクラスメイトではない相手の生徒は待てなかった。
彼は何時迄も瓶を抱えてもたつくグリムに苛々して横から無理矢理に瓶を拐い、難なく開けて、中から材料となる薬草を取り出したのだ。
それがグリムは気に入らない。
後は売り言葉に買い言葉。
顔を突き合わせ、いがみあう一人と一匹に野次馬が集まる。
「たく、アイツ等何やってんだよ」
エースは騒ぎの中心であるグリム達に文句を溢した。
横目で鞭を握ったクルーウェルが恐ろしい形相で騒ぎの元へと向かって行くのが見える。
「エース、余所見は良いからそっちを刻んで」
「へいへい」
ユウに言われてエースは視線を手元のまな板へと戻した。
その横では茶色く太い木の根の様な物を相手にユウは奮闘している。
「それ、オレがやろうか?」
ユウの細腕では幾らてこの原理を使っても切るのは厳しかろうに、そう思いエースは声をかけるがユウは首を横に振るう。
「大丈夫。後少しでいけそうだから」
そういうがエースには先程から全く進歩がないように見えた。
しかし真剣なユウの表情にエースはもう少し様子を見る事に決める。
「ふなー!!!」
「うおっ?!」
突然飛んで来たグリムにエースは驚きの声を上げた。
クルーウェルがグリム達の所に辿りつく直前、とうとうグリム達の諍いは掴み合いにまで発展していた。
しかし片や体長70センチの魔獣、片や人属とはいえ陸上部で砲丸投げをする生徒ととでは力の差など歴然だった。
あっさりと彼の手により首根っこを掴まれたグリムはまるで砲丸の如く、彼の強肩もあいまり、凄まじい速度で投げられたのである。
グリムはクルーウェルの横顔を横切り、騒ぎに集まっていた生徒達の人垣を抜け、最後にユウの背中へとクリーンヒットする。
「うっ」
グリムとユウが衝突したと同時にユウの呻き声と妙に生々しい音が聞こえた。
ずるりと目を回したグリムがユウの背中から滑り落ち、続いてユウも苦し気な呻きと共に床へと座り込む。
「おい、ユウ」
大丈夫かと声を掛け様としたエースであったがそれ以上声は出なかった。
まな板の上は夥しい量の血で赤く染まり、それは机を伝って床へ、そしてユウが押さえ込む左手へと続いている。
ユウが床へと座り込んだ事で教室の後方に集まっていた者達も血に濡れたまな板や机が見えたのか悲鳴が上がり、グリムを投げた件の生徒を含めた数名がその場に倒れ込んだ。
「ユウ、指は切っただけか」
駆け付けたクルーウェルがユウの肩を掴み問いかけるがユウは歯を食いしばり、額には脂汗を浮かべて首を横に振るう。
「ポロリしちゃいました」
ユウの返答は冗談染みていたが事態はそれどころではない。
状況を察し、苦々しい表情を浮かべたクルーウェルは魔法で清潔なタオルを幾つも出すとユウの真っ赤に染まった手を包み、続いて何かをタオルに包んで拾い上げた。
クルーウェルは魔法で血に濡れた机や床を何もなかったかの様に綺麗にすると生徒達に暫く自習とだけ伝えユウと共に保健室へと向かった。
結局、ユウは魔法薬の授業の間に戻って来る事はなかった。
一人戻ってきたクルーウェルは酷く顔色を悪くさせていたが流血沙汰が起こった後だからだろうと生徒は誰も揶揄いはしなかった。
魔法薬の授業が終わるとエースは落ち込むグリムとデュースを引っ張り保健室へと向かう。
グリムはユウにぶっかった後は暫く気絶していた為あの血濡れの光景を見ていないがエースや他の生徒達からユウがいない訳を聞かされて流石に責任を感じたのか落ち込んでいた。
デュースは騒動に直接関係していないがあの時自分がグリムを宥めていればと酷く悔いてる様子であった。
辛気臭いと言える一匹と一人の醸し出す雰囲気に溜息を溢したエースは彼等の肩を叩く。
「先生達が魔法や薬でぱぱっと治してくれてるだろうから大丈夫だって」
「そうだな、そうだよな」
実際、そういった治療薬なり魔法はこの世にいくつも存在する為、明るいとまではいかないが希望は持てたのかデュース達の纏う雰囲気は少しばかり軽くなった。
「面会謝絶?」
ユウの様子を見る為に保健室へとやってきたエース達であるが保健医から面会を拒否され、結局見舞うどころかユウを一目見る事も叶わなかった。
これにより折角、元気を取り戻しかけていたデュースとグリムは再び落ち込んでしまう。
特にグリムの落ち込み様は酷く、青い瞳は涙により潤んでいた。
小さな声でユウの名を呼ぶグリムをそのまま放っていく事も出来ずエースはグリムを自寮へと連れて帰って行く事にした。
「魔法薬の授業で怪我人が出たのは噂に聞いたがお前達のクラスだったのか」
目の前に紅茶や、トレイ手製のお菓子が並べられたがグリムは何時もの食い意地を発揮する事は無かった。
それどころかお菓子に目もくれずソファーの上で丸まってしまう。
そのグリムの様にこれは重症だと、同じテーブルについていたケイトとトレイは顔を見合わせた。
「何時もならば授業中に騒ぎを起こすなんて言語道断、と言う所だけど僕のお説教も不要な程反省をしているようだね」
流石のリドルも意気消沈のグリム相手に叱る気はないらしく、その瞳は気遣う色が窺える。
「そんなにユウの傷は酷いものなのかい?」
「あー」
リドルの問いにエースはちらりとグリムとデュースを見て答えるべきか困った様に頭を掻く。
「ユウ曰く指が取れたっぽいっすね」
エースの言葉に隣とそのまた隣に座るグリムとデュースの纏う空気が酷く重苦しい物になった。
聞いていたトレイとケイトは想像でもしたのか表情を歪ませ痛そうな顔をする。
「おかしいね。その程度の怪我なら授業が終わる迄に戻って来そうなものだけど」
対してリドルの反応は平常である。
リドルは自身の顎に手を添えるとそのまま考え込みだす。
「その程度って、血が沢山流れてヤバかったんですよ?!」
唯一、ユウの側でその光景を見たエースはリドルの言い草に表情を顰めさせるとその時の状況がどれほどであったのか訴えた。
「ああ、勿論ユウが酷い怪我を負ったというのは分かっているよ」
ユウの怪我をその程度と言い切ったリドルに悪びれる様子はなく、彼は言葉を続ける。
「けれどそういう事故は珍しくない。これまでも、なんなら僕のクラスでもそういった事が起こった事はある」
「結構多いんだよね。授業中にふざけて指や腕を切ったり、溶かしたりするのって」
「だからその手の治療薬も学園には万全に揃えてある筈だが、確かにユウが戻らないどころか未だに面会謝絶っていうのは妙だな」
リドルに続いてトレイも思案顔となる。
「オレ様の所為なんだゾ。オレ様の所為で子分は怪我をして」
それまでソファーで丸まっていたグリムは身体を起こし、泣き出した。
続いてグリムの隣にいるデュースからも鼻を啜る様な音が聞こえてきた為四人は宥めに入った。
少しでも沈んだ気分を紛らわさせようとエースは懸命に言葉をかけ、トレイはお菓子を、ケイトはお茶を彼ら勧めた。
「そうだ。明日の朝にでも保健室へ行ってみてはどうだい。明日ならきっとユウの怪我も良くなっている筈だよ」
リドルに勧められ、エース達は朝一番に保健室に向かったが変わらず面会謝絶であった。
その後、面会謝絶の話を聞いたリドル達が保険医に尋ねてみたが今は面会出来ないの一点張り。
噂や話を聞いた生徒が保健室へと訪ねてはユウとの面会を求めたが相手が寮長、双子の人魚、モデルにどこぞの王族、大商家の息子だろうと一貫して面会はお断りであった。
そうしてユウが姿を見せなくなってから一週間が過ぎた。
その頃になると学園ではいつまで経っても現れないユウに関して不穏な噂が飛び交う様になっていた。
例えば失血し過ぎた事で手遅れになったとか、怪我を負った際にユウが切っていた魔法薬の材料の影響で今も重篤な状態だとか、とにかくユウの無事を疑う噂が学園のいたる所でされている。
始めこそは事実無根な噂に対し否定していたエース達であるがユウが姿を見せなくなって一週間ともなるとそれらの噂を否定するだけの気力が失われていく。
やはり噂通りユウの容体は芳しくないのだろうかと登校してきた彼等が教室を見渡して溜息を吐いた時であった。
「「おはよう」」
その久しぶりとも言える声にエース達は俯かせていた顔を上げた。
教室にいた生徒達も久しぶりに聞くその声に騒めく。
それは確かにユウの声だった。
「子分!!」
グリムはその声に瞳を潤ませ駆け出し、
すぐに立ち止まった。
てっきり感動の再開よろしくグリムがユウの胸に飛び込むのかと思われたが何故か呆然と立ち尽くすグリム。
なんならその足は一歩、後退しかけている。
エースとデュースはグリムのその様にどうしたのかと頭を傾げた。
そしてグリムの視線を辿るようにユウの声がした方へと視線を向けた二人もグリムと同じく硬直する。
「「分裂なんて久しぶりだから回復するのに時間が掛かっちゃって参ったよ」」
そこには何故かユウが二人いた。
鏡合わせでもなんでもない、全く同じ姿をした二人のユウが苦笑いを浮かべ立っている。
「ユウが二人?」
「どっちが本物のユウなんだ?」
きっと悪戯に違いない、そう思いデュースは尋ねるが二人のユウはその言葉に瞳を瞬かせた。
そして互いに向き合い、再びデュースの方へと顔を向けるとまるで気の合う双子の様に二人のユウは言った。
「どちらかが偽者なんかじゃないよ」
「どちらも本物だよ」
この事態に教室にいた数名の生徒と、ユウが登校して来たのを聞きつけたのであろう魔法薬の授業でグリムを投げた生徒がやって来たが二人いるユウを見るなり白目を剥いて昏倒する。
どちらも本物のユウであると聞いて何とか気力で倒れるのを持ち堪えていた者達も流石にこの事態に対して絶叫せざるを得なかった。
「つまり何?ユウは身体の一部を切り落とすとまるっきり同じ姿形に再生するの??」
「「そうそう」」
教室にいた者達の混乱振りを見かねてユウは彼等に対し己の身体的な機能について説明した。
姿形はエース達と変わらぬ人間であるが備わる機能は大きく異なる。
具体的に言えばユウの身体は分裂する事ができ、首より下の部位を切り落とす事で自身を増やす事が出来た。
分裂はユウだけでなく、彼が元いた世界では誰しもが可能で、ユウの世界ではある男が仕事中に機械に身体が巻き込まれ、結果100人余りの同一体を増やしてしまったという話もある。
「分裂すると言っても痛覚はあるし、分裂体が100人も出来る程細切れにされたらそのまま失血死なんて事もあり得るけどね」
「頭に怪我を負ったらそれでお終いだし、腹部何て自分の胃液で溶けちゃう可能性もあるから分裂するのも楽じゃないよ」
二人のユウは何でもない様に元いた世界の話をする。
その内容に気分を悪くしたのか話を聞いていた数名が口元を押さえていた。
「流石のクルーウェル先生も事情を説明したら驚いてたね」
「顔色もどことなく悪かったよね。そういうの平気そうなのに」
意外だと二人のユウは顔を見合わせ言い合う。
「何それ。詳しく教えろよ」
それは確かに意外だとエースは詳しい事情を求めた。
しかし話を聞けばクルーウェルが顔色を悪くしたというのは無理もない事あった。
クルーウェルは分裂の話を聞いた折にユウの取れた指がユウと同じ形を取ろうとするその途中経過を見たのだという。
その時、取れた人差し指は手首程まで形作っていた。
しかもそれが現在進行形で行われていたのだからクルーウェルが顔色を悪くするのも無理はないとエースは思った。
それどころか衝撃的な光景を目の当たりにしても昏倒せず、顔色を悪くさせる程度で留めたのだから寧ろ尊敬する。
エース達と一緒に話を聞いていた大半はその話の辺りで想像でもしたのか床に倒れたり机に突っ伏していたし、エースの隣にいるデュースはなんとか気力のみで耐えていた。
グリムにいたっては先程から大きく瞳を開いたまま動かない。
「「そういう訳で今日から二人になるけど、これからは二人共々よろしくね」」
にこにこと声を揃えて言う二人のユウ。
「そう言われてもさぁ」
どうすんだよ、とエースは頭を抱えて呻いた。