twst短編
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ユウは廊下の窓から沈みゆく夕日を見つめていた。
どうしてか夕日を見ると覚えのない郷愁に駆られて立ち止まらずにはいられない。
赤い夕日を暫く見つめて何時も思う。
これではないと、自分はもっと美しい夕日を知っている筈なのだがそれを一体何処で見たのかユウは覚えていない。
ユウは孤児であった。
ユウをここまで育ててくれた施設の職員によるとある寒い日の朝におくるみに包まれた状態で施設の前に捨てられていたという。
よくある話である。
それにユウのいた施設にはそんな子供が幾人かいた為悲観はしていない。
しかし、孤児からの異世界トリップというのは些か己の人生がハードすぎではないかとユウは思う。
せめてこれからこの先は何も起こらず平穏に過ごせればとユウは祈るばかりである。
「おーいユウ!また夕日を見てぼんやりしてるのかよ」
置いてくぞと廊下の向こうで手を振るエース達にユウは応え、夕日から視線を外すと慌ててエース達の後を追った。
「何だろ、これ」
ユウが立ち去って暫く後、日課の散歩していたオルトは廊下に落ちている小さな巾着を拾い上げた。
表も裏も持ち主の名前は書かれておらず仕方なしに巾着の口を開いて中身を取り出す。
中から出てきたのは民族色の強い装飾品。
データベースの検索を元に調べてみるとその装飾品が赤ん坊用のアンクレットである事は分かった。
それもただの装飾品ではなく特に大きな飾り部分には壊れているがGPSが埋め込まれている様である。
「うーん、きっと大切な物だよね」
赤ん坊用のアンクレットをわざわざ手作りの巾着に入れている事からそれが落とし主にとって大切な物である事が窺える。
GPSさえ直ればこの落とし物の主が誰なのか分かるかも知れないとオルトは考えた。
幸いにもオルトの兄であるイデアは機械の修理が得意である。
さっそくイデアに相談しようとオルトは廊下を立ち去った。
午前の授業が終わりスマートフォンを取り出したレオナはあからさまに顔を顰めた。
そのレオナの表情に何事かと同じ授業を受けていたラギーがレオナのスマートフォンを覗き込む。
スマートフォンのディスプレイは着信を知らせるお知らせ画面で埋め尽くされていた。
それもたった一人からの着信で、である。
それはレオナの兄ファレナからで、ラギーはレオナの表情の理由を理解した。
レオナの普段の言動から無視するのかとラギーは思ったが流石の着信の数にただ事ではないと思ったのかレオナはスマートフォンを手に教室の角に移動するとファレナに向かって発信した。
電話にすぐさま出たファレナの背後はとても五月蝿く、やはりただ事ではない様子であった。
ファレナ自身の声も酷く慌てており困惑もしていた。
普段の彼らしくない戸惑い様にレオナも思わず何度も落ち着けと諭す程である。
「頼むから落ち着いてまともな言葉で喋ってくれ」
これ以上時間を取る様であれば電話を切ると脅すとファレナは漸く落ち着きを取り戻し、山程の着信の理由を話した。
それは驚きの話であった。
レオナには歳の離れた腹違いの妹がいた。
彼女はレオナ達の父親が極東の国より娶った女に産ませた子供で、母親に似たのか王家には珍しく耳も尻尾も生えずに産まれた。
獣人としての特徴を一切持たない赤ん坊であったが待望の女児という事で誰からも愛され、可愛がられていた。
レオナもその一人であった。
年の離れた王女をレオナは大層慈しみ、それこそ乳母に抱き癖がつくから駄目と言われても1日として欠かさず抱えに通った。
特に彼女は城から見える夕日がお気に入りらしくレオナは夕日が地平線に沈む時間帯に王女の元へやって来ては城内で特に夕日がよく見える場所へと連れ出し、共に沈む夕日を見つめた。
その時間がレオナにとって1日で最も楽しい時間であった。
しかしその当たり前であった日常はあっさりと失われてしまう。
王女が何者かに誘拐されたのである。
それは王家に獣人以外の血を望まぬ過激派の犯行であった。
召使いや侍女に紛れ込んでいた彼等は世話をする振りをして幼い王女を連れ出すと城の外にいる仲間に受け渡し、そしてそのまま行方不明となった。
元々身体の弱かった彼女の母親はその一件でますます病めて寝込み、そしてとうとう帰らぬ人となった。
短期間で妻と子を失ったレオナの父親も気力を失い、後にファレナに王位を譲る事となる。
そんな生死すら不明の妹が生きているかもしれないと知らされてレオナは驚いた。
ましてや今、自分がいる学園にいるかもしれないと言うのでますます驚く。
「ちょっと待ってくれ」
そこでレオナは深々と息を吐き冷静になる。何故、今更になって10年余りも行方不明になっていた王女の居場所が分かったのかファレナが尋ねればもしもの時にと赤ん坊であった王女の足につけていたGPSが今更になって反応したのだという。
納得したレオナはファレナの背後が異様に騒がしい事についても尋ねた。
10年余り行方不明であった王女が見つかり多少は騒がしくなるのも分かるがファレナの背後から聞こえてくる騒々しさは度が過ぎる様に思えた。
レオナの問いにファレナは少しばかり疲労を感じさせる声で話した。
王女のGPSの反応にいち早く気が付いた父親が今にも兵士を連れて学園に乗り込もうとしており、それを家臣一同で引き留めているだと聞かされてレオナは頭を押さえた。
退位したとはいえ一国の元王が学園に行っては騒ぎになる。
かといって家臣を送り込むのもやはり目立つため難しい。
そこでレオナはファレナからの連絡の意図に気が付いた。
レオナは現役の学生で、学園を闊歩していても目立たない。
つまりファレナはレオナに学園の何処かにいるかもしれない王女を探して来てほしいのである。
普段のレオナで有ればいくら兄、現王の頼みでも一度は渋って見せるがこの時は二つ返事で受けた。
それ程いなくなった王女はレオナにとっても大切な存在であったのである。
オルトが廊下で拾ったのだと小さな巾着を持って来たのは昨日の事である。
落とし物は教師に預けるのが一番良いと勧めるイデアであったがオルトは頑なに頷こうとはしなかった。
それでは持ち主が見つかるかどうかは分からない、出来れば持ち主を見つけて渡してあげたいのだとオルトはイデアに訴えた。
「きっとこれは落とした人が大切にしている物だから早く届けてあげたいんだ」
そう言って撫でられた巾着袋は手作りであるのか見るからに草臥れていたが所々に補修された跡があり、確かにオルトの言う通り持ち主に大切にされてはいる様である。
巾着の中身を取り出せばオルトの報告通り小さなアンクレットが出てきた。
連なる飾りの中で少しばかり大きな飾りには確かに壊れたGPSが埋められている。
「オルトがそこまで言うなら直すけど持ち主にはオルトが直接届けてね」
「うん、分かったよ兄さん!」
型としては旧式であった為に作りは単純で、機械自体の修理はすぐに終えた。
しかし落とし主を見つける過程の一つである位置情報の送り先を特定するのはイデアでもなかなかに骨が折れる作業であった。
結局いくつも建てられたファイヤーウォールを打ち破り、スパイ映画ばりにハッキングにハッキングを重ねて漸く日が昇る頃に何とか位置情報の送り先迄を特定をし終えたイデアは落とし主を見つけるまでをオルトに任せる事にした。
何とか引き出した位置情報の送り先をオルトへと送信するとイデアはベッドへと潜り込み眠りにつく。
授業はオートモードのタブレットが勝手に受けていてくれる為、イデアは心おきなく眠る事が出来た。
イデアが目覚めたのは午前の授業が終わった頃であった。
「あれ、何でユウ氏が拙者の部屋にいるの?」
何故か己の私室でオルトの接待を受けるユウにイデアは夢かと錯覚する。
「ユウさんが落とし物の持ち主だったんだよ!」
「朝落としたのに気付いて探していたところをオルト君が声をかけてくれたんです」
イデアが調べた情報からオルトが落とし主を探す前にユウが名乗り上げた為、イデアの徹夜で行った行為は無意味に等しかったが巾着を手に嬉しそうに微笑むユウを見てイデアは何はともあれ良かったと思った。
オルトもそんなユウを見て嬉しそうである。
「あれ、でも位置情報の送り先は確か夕焼けの草原だった筈」
加えてアンクレットの意匠も夕焼けの草原に伝わる伝統的なものであった。
その様な品を異世界人であるユウが持っているのはどういう事なのだろうとイデアが疑問を抱いた所で部屋の扉が乱暴に叩かれる。
その聞くに恐ろしい乱暴なノック音にイデアは悲鳴を上げた。
まず寮生であればありえないその荒々しい音に恐る恐る誰かと尋ねれば意外な人物の声で返答がされる。
「俺だ。さっさとこの扉を開けろ」
「何でレオナ氏が拙者の部屋に?!」
私室を訪れる来客としては一番有り得ない人物の声にイデアは驚きの声を上げた。
何故か苛ついた声色のレオナは少しも待てないらしくそうこうしている間にも扉の向こうからユニーク魔法を使う際の呪文が聞こえる。
「開けるから待って!」
扉を砂にされては堪らない。
プライバシーの面では勿論、イデアの自室は精密機器が多くあるため砂等御法度である。
手元のタブレットを引き寄せて扉を開錠するとレオナは大股歩きで部屋に入って来た。
レオナはイデアは勿論、オルトやユウに用がある様子もなくしきりに部屋の中を鋭い眼光で見渡す。
「おい」
「ひゃい!」
不機嫌さと焦燥を含んだ声色で声をかけられたイデアは肩を小さく飛び跳ねさせながら返事をした。
「GPSは何処だ」
「へ?」
「この部屋から信号が送られて来てるのは分かってるんだ!GPSとその持ち主は何処だ!」
「GPSとか言われても」
イデアは困り果てた。
今時GPSの入った機器など山程ある。
タブレットにスマートフォン、ドローンだってGPS機能を有している。
イデアの様子を見てレオナはこのままでは埒が明かないと思ったのか深々と息を吐くと質問を変えて再び尋ねた。
「赤ん坊用のアンクレットだ。その飾り部分にGPSが埋め込まれている。それが昨日からこの部屋で反応してるんだ」
「それって」
「うん、あれだね」
レオナの言葉にイデアとオルトはユウを見た。
「えっ?」
アンクレットをアンクレットと思わずサイズが微妙な飾り位にしか思っていなかったユウは二人の視線の意味が分からず間抜けな声と共に頭を傾げた。
その後、感動の再会よろしくレオナに抱き締められたユウは彼の口から驚きの話を聞かされた。
まさか自分が10年余り前に誘拐されたきり行方不明となっていたレオナの腹違いの妹、つまり一国の姫だと言われてユウは思考を停止させた。
側で話を聞いていたがイデアが一体何処のラノベだと小さく零していたがユウも全くその通りだと思った。
突然、そんな話をされても信じられる筈もなく何かの間違いだとユウが言えば証拠はこのアンクレットだとレオナは指を差す。
「それは赤ん坊だった妹の足につけられていた特別な物だ」
GPSは当時、最先端の物でありアンクレットの装飾は王宮御用達の店にて特別に作られた物だと言う。
「それをどうしてお前が持ってるんだ」
「そう言われましても」
ユウは反論した。
これは捨て子であったユウがおくるみ等以外に持っていた唯一の物なのである。
証言者として施設の職員を召喚する事は出来ないが確かにユウはそう伝え聞いていた。
「だったらやっぱりユウ氏はレオナ氏の妹なんじゃないの?」
「でも、でも、そう、年齢!」
イデアの言葉に一度は言葉を窮したユウであるがその行方不明となっている王女の年齢に言級した。
レオナとその王女とでは歳がかなり離れているという話である。
対してユウとレオナの年齢差はというと4歳程しか変わらない。
やはりレオナと自分は赤の他人で、アンクレットは偶然だとユウは訴えるがレオナとイデアの反応は微妙であった。
「あのねユウさん」
ユウを気遣う様にオルトが話しかけた。
「この世界じゃ行方不明の人が戻って来たら年齢が変わっていたっていうのはよくある話なんだ」
例えば魔法薬であったり魔法その物であったり、それらが原因で身体や精神の年齢が変わる事は然程珍しくないらしい。
ユウはその場で蹲ると一体何処の浦島太郎だと頭を抱えた。
「ユウ氏は自分の家族が見つかって嬉しくないの?」
イデアの言葉にユウはすぐには返答が出来なかった。
確かに幼い時分にはいつか家族が自分を迎えに来てくれたらなどと夢想した事もあったがそんな夢を見る年をユウは疾うに終えていた。
さらに血が繋がっているかもしれない家族の身分を考えると手放しに喜んでもいられない。
それをどう言葉に纏めるか眉間を寄せて悩んでいるとユウの返答を待つレオナと目が合った。
レオナは明らかに表情を悲しげにさせて耳も尻尾も元気がない。
そんな普段の彼らしくない様に罪悪感を抱いたユウには「嬉しいです」とそう答えるしか選択肢は残されていなかった。
しかしユウはそのままに罪悪感に流されるままではなかった。
ぬか喜びは嫌だ、せめて血のつなりが証明出来なければ納得出来ないと訴えるとレオナによりすぐさまDNA検査の手配がされた。
レオナの家側としても不正があってはならないと後日、物々しい監視のもと検体の採取が行われ、そして
「レオナ先輩とそのご家族との血縁関係が立証されました」
「それは」
「おめでとうと言うべきなのか?」
片手で顔を覆いながら検査機関から送られて来たという検査結果を知らせる書類を掲げたユウにエースとデュースは喜ぶべきか否か反応に困っていた。
「コイツ、昨日からずっとこの調子なんだゾ」
鬱陶しくて堪らないといった様子のグリムにユウは「だって!」と声を上げて訴える。
「じゃあ今日から君は王族の一員ですとか言われて喜べる?!」
「その状況がまずありえないんですけど」
「だが、実際に目の前で起こっているな」
検査書を握り机に突っ伏して泣き噦るユウにエースとデュースは哀れみの視線を向けた。
「ユウ!何も悪い事ばかりじゃない!」
デュースは拳を握りこちらの世界に家族が見つかった事で得られるいい事を思いつく限り上げた。
特にオンボロ寮のインフラや日頃から困っている食費について改善されるのではと話すと食事の話題にグリムが食いつき目を輝かせる。
「ツナ缶も沢山食べれるのか?!」
なあなあ、とグリムに身体を揺さぶられ、問われたユウはゆっくりと顔を上げた。
「レオナ先輩の羽振りの良さを見ればあり得なくもない?」
そもそも王族の財政というものがよく分からないユウはグリム問いに頭を傾げながら答える。
あやふやな返答ながらもグリムはまだ見ぬ山程のツナ缶に夢見て大いにはしゃいだ。
そんなグリムを見て少しばかり気持ちを穏やかにさせるユウと、やはりそんなユウを見て安堵するデュース。
彼等のやりとりを黙って聞いていたエースはささやかな頭痛を感じながら手を翳し待ったを告げた。
「なんか呑気な事を言ってるけどそんな事言ってられる事態じゃないから」
最悪、ユウとグリムは中退だと言われて二人と一匹は大声を上げた。
そもそもユウとグリムが学園に入学出来た事自体、色々と状況が重なって叶った事である。
片や異世界からやってきた身よりも魔力もない子供、片や魔力はあれど人形ですらない魔獣は本来、学園に入学出来る筈がなかった。
けれど学園長の大人の事情とタイミングが重なりユウとグリムは学園の生徒として席を置いているわけである。
しかし今、ユウが王族に連なる者と分かった以上魔力もなければましてや本来であれば有り得ない、女子が男子校に通うというのも必要がない訳で、ユウが中退させられる以上一人と一匹のセットを条件に入学を許可されたグリムの在籍も難しい。
その一通りの説明を聞いたグリムは顔を青ざめさせた。
「俺様、学園を辞めたくないんだゾ!!!」
「私だって嫌!!!」
ユウに関しては学校の中退も嫌であるが見知らぬ土地で血縁者だという初対面の者達に囲まれての生活が嫌だというのもある。
ユウとグリムは何とかしてくれとエースに縋ったがそう言われても一学生であるエースどうにかできる筈もなく、エースは学園長に相談する事を提案した。
「私にもどうにもする事は出来ません」
きっぱりと告げられてユウとグリムは愕然として床に膝を付いた。
「というか私も現在進行形で困っているのですよ」
学園長によるとレオナがイデアの部屋に突入した日以来、まだ確定していないとはいえレオナの実家からはユウの様子の伺いなど頻繁に問い合わせが来ているらしい。
その内容はというとユウの体調から始まり、授業の様子に交友関係、果ては今日は何を食べたかという事まで細かに尋ねてくるのだという。
「ユウ、めちゃくちゃ心配されてるじゃん」
「とりあえず良い家族ではありそうだな」
「寧ろ重過ぎて先に不安しかない」
その問い合わせの時点でユウと先方との血縁関係は立証されていない。
だというのにその問い合わせ内容にユウはただただ戦慄する。
「それで検査の結果はどうなったのです?」
そろそろ検査結果が出ても良い頃合いだろうと尋ねられてユウはくしゃくしゃになった検査書を学園長に提出した。
それを読んだ学園長はにっこりと微笑む。
「良かったですねユウくん。家族が出来ましたよ」
それはユウが孤児だと聞いていたが故の祝辞であった。
しかしユウはその学園長の祝辞が素直に受け取れない。
学園長の今の表情はというと仮面越しとはいえ良いやっかい払いが出来て嬉しいという表情だったのである。
「因みにユウはこれからどうなるんだゾ」
「先方からは既にユウくんを引き取りたいという話は出ていましたし血縁関係が立証された以上あちらの言う通りに身柄を引き渡すしかないですね」
「つまり?」
「ユウくんは学園を中退という事になります」
学園長の容赦のない言葉にユウはその身に雷を受けた心地であった。
続いてグリムは自分はどうなるのかと尋ねたがやはりエースの想定通り退学を告げられる。
「すぐにあちらから連絡があると思いますので荷造りを済ましておいて下さいね」
ふらりふらりと立ち上がり、踵を返して歩き出すユウの背中に学園長はそう告げた。
それに小さな声で応え、退室の挨拶を済ますとユウは学園長室を出て行った。
エースとデュースは学園長に非難の目を向けた。
「学園長、ちょっと冷たすぎません?」
「ユウ、酷くショックを受けていました」
ここまでで一番の落ち込み様である。
しかし学園長の発言を思い起こせばユウの反応にも納得がいく。
「だったらなんです?私に引き留めろと?」
学園長は嘲笑うかの様な声を上げた。
「仮初の保護者である私が引き留めたところでどうなるのです。それよりも彼女はせっかく家族が見つかったのですから歓迎してくれている家族の元にすぐにでも行くべきでしょう」
今は戸惑いが多くて素直に喜べていないがこれから先の事を考えると幸運であり、ありがたい事なのだと学園長は言った。
「さあ、これで用は終わりですか?」
学園長は手を打ちエース達を追い出しにかかる。
「私は忙しいのです!皆さんも早く寮に戻って授業の予習復習を行なって下さい」
「おい」
薄暗い廊下の窓から夕日を眺めていたユウは声を掛けられて振り返った。
そこにいたのはレオナで、彼は辺りを見渡しエース達の姿を探す。
「何時もの二人はどうした」
「少し前迄一緒にいましたけど私だけ飛び出してきたので今は一人です」
「あまり一人で出歩くなって言っただろ」
ユウの言葉に呆れたのか頭を押さえてレオナは溜息をついた。
レオナの言葉にユウは不機嫌に唇を尖らせる。
「別に一人でも大丈夫です」
これまでも一人でいる事は多々あった。
それを今更注意されてもユウは困るばかりである。
「駄目だ」
しかしレオナはそれを是とはしない。
「兎に角、検査結果が出るまではあのハーツラビュルの一年コンビと一緒にいろ。検査の結果、もしお前が王家の人間だって証明されたら」
「出ましたよ検査結果。レオナ先輩の言う通り私達は兄妹みたいですね」
素っ気なく言い渡されたユウの言葉にレオナは目を見開いた。
やはり、と想定内だったとはいえユウが長く行方知らずだった妹であった事に喜色を浮かべるレオナであるが相対するユウの表情はと言うと真逆である。
「今更本当の家族なんて」
前回はレオナの表情で言えなかったがユウの正直な感想としてはこれである。
それこそ幼い時分は家族というものに憧れていたがそのような憧れは成長するにつれて捨てた。
結局無いもの強請りなどしても虚しいだけだとユウは知ったからである。
しかし異世界に来てグリムにオンボロ寮のゴースト達、それに元の世界ではいなかった友や素敵な先輩を得た。
学園長はユウを元の世界に帰す為の方法を探してくれると言ってくれたが正直ユウはグリム達や友人、先輩達がいるこの学園が好きであった。
だというのに今更本当の家族が見つかり、それを理由に学園から出なければならないとなりユウは悲しかった。
それはこんな事になるぐらいなら本当の家族など見つからなければ良かったのにと思う程に
「どうして今何ですか」
顔を手で覆い俯くユウにレオナは手を伸ばした。
肩に触れようとしたところで手を止める。
ユウは泣いていた。
肩を震わせ、小さな嗚咽を漏らすユウにレオナはどうしたものかと戸惑う。
「おい、泣くな」
レオナはそう言うがユウは泣き止まない。
どうしたものかと悩んだ挙げ句にレオナは己の胸へとユウを抱き込む。
突然、抱き込まれたユウは抵抗したが力では敵わない。
強く抱き込まれる内にユウは嗚咽をますます小さくさせた。
「お前はどうしたい」
宥める様に背中を軽く叩かれ、尋ねられたユウはレオナを彼の腕の中から見上げた。
質問の意図が分からない。
そう思い見つめていると伝わったのか再び質問を変えて尋ねられる。
「これまで通りお前を一般人として放っておくのは無理だがそれ以外でなら俺が兄貴や親父に掛けあって叶えてやる」
レオナの言葉に目を丸くしたユウは唇を震わせた。
「じゃあ、例えば学園を辞めたくないって言ったら叶えてくれるんですか?」
「あーそもそもここは男子校だから兄貴辺りは難色を示すかもな」
そう言われてやはり無理なのかとユウは表情を暗くさせる。
しかしその表情を見てレオナは笑った。
「けど親父ならお前のその顔を見てどうにかするかも知れない」
あくまでも出来るかも、という仮定の話である。
しかし何か悪巧みでもしていそうな笑みを浮かべたレオナを見てユウはレオナ先輩ならば何とかしてくれるかも、そう思えた。
すると現金な事でユウの気持ちは次第に落ち着いていき、そして涙は止まった。
「それにしても」
泣き止み、涙を拭ったユウはレオナの腕から離れるとおかしそうに笑う。
「ああ?」
「本当に妹がいたんですか?」
ユウの言葉にレオナは理解出来ないという顔をした。
いるもいないも、今、目の前にいるユウがレオナの妹である。
「だって先輩、全然泣き止ますのに慣れている感じじゃなかった」
泣いている最中、レオナが困っているのをユウは気配で感じていた。
今になってみるとそのレオナの戸惑い様はおかしくを思い出しただけで笑ってしまう。
「あ、でも、王族だから赤ん坊の面倒を見る人はいるんですよね」
だったら仕方がないかとユウは勝手に自己完結する。
「言っておくけどな。一応俺はお前のおむつを変えた事があるんだぞ」
「えっ?!」
当時のユウは赤ん坊であったが為覚えていないが始めて自分より年下の兄妹がで出来たレオナはそれはたいそう喜び、王子だと言うのに乳母の真似をしたがった。
流石に乳を飲ますのは乳母に任せたがそれ以外のおむつの交換や散歩、絵本の読み聞かせ等は時間が許す限りレオナがしていた。
それこそユウの産みの母親から何方が母か分からないと笑われた程である。
「さっきお前が泣いて困惑したのは夕陽がなかったからだ」
「夕陽?」
「お前は覚えてないだろうが日中は大人しく笑ってるくせに陽が沈んでくると決まって大声で泣いたんだよ」
それはもう正しく火が付いた様に、日中溜めていたものを発散するかの様に顔を真っ赤にして泣いていた。
原因は分かっていない。
夜に怯えていたのか、住処に帰る動物達の忙しさに反応していたのかは不明であるがとにかく乳母も母親も侍女達も手が付けられない程に泣くのだ。
「赤ん坊のお前は何故か地平線に沈む夕陽を見せると自然に泣き止んだ」
それはぴったりと、だから幼いレオナは何時も夕方には必ず赤ん坊のユウに会いに行き、城で一番夕陽が見える場所で沈みゆく太陽を赤ん坊のユウに見せていた。
「なんだよ」
レオナはユウの表情を見て片眉を上げた。
「まさからしくないとか言うんじゃないだろうな」
「いえ、何だかやっとレオナ先輩が本当に私のお兄ちゃんなんだなって実感出来ました」
ユウはこれまで夕陽を見る度に感じていた郷愁と、違和感に納得がいった。
レオナは始めこそどういう事か分からないという顔をしていたがお兄ちゃんと呼ばれた事に気付いて微笑み、ユウの頭を掻き撫でる。
その一見粗雑で、けれどどこか気遣った様な優しい手付きにユウは微笑んだ。