twst短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
オーバーブロットを起こし、暴走したジャミルを倒し安堵した面々であるが同時に困ってもいた。
これまでのオーバーブロット騒ぎの際は学園長であったり他の教師陣であったり誰かしら大人がいたが今はホリデー休暇中。
しかも間が悪い事に休暇中も学園に滞在している筈の養護教諭は今日に限って不在であった。
魔力を使い果たしぐったりとしたジャミルを前に面々はどうしたものかと相談する。
養護教諭を呼び戻そうにも連絡先は分からず、監督生は先程から学園長に電話をかけるが一向にかからない。
「とにかく彼を寝室に運び寝かせましょう」
背後から聞こえてきた声に彼等はいっせいに振り返った。
そこには先程の戦いの場にいたにしては妙に小綺麗は制服姿のスカラビア生が立っていた。
その足元には何故かトランクがある。
「お前」
「カリムさんのお知り合いですか?」
「あ、ああ!」
その妙に違和感のあるスカラビア生に対しアズールを筆頭とした数名が訝しんだが寮長であるカリムが彼は知り合いだと言い張るので皆は警戒を解いた。
「副寮長は私が診ていますので皆さんは怪我の治療を」
そう言ってその寮生はふわりと、魔法を使い昏倒するジャミルの身体を浮かせた。
「オレも手伝う!」
挙手してジャミルの看病に名乗りを挙げるカリムであるが側へと近付いてきたその生徒はカリムにスマートフォンを握らせる。
「ご実家からお電話が入っておりますので寮長はそちらの対応をお願いします」
そしてカリムを含めた皆に一礼をしたその寮生は浮かぶジャミルを連れて彼の自室へと歩いて行った。
「カリムさん、先程の寮生の方は信用出来る人なんですか?」
うっかり流れでジャミルを任せてしまったが寮生の様子からアズールは彼を信用出来ずにいた。
「ああ、アイツは絶対だ」
しかしカリムははっきりと言い切る。
「カリムさんがそう仰るのなら大丈夫なんでしょうね」
カリムがここまで言い切れるならば良いかとアズールはそれ以上、寮生に対して気にするのを止めた。
ジャミルは夢を見ていた。
自分がまだ幼い、カリムの従者となって暫くの頃である。
「ジャミルにオレの姉ちゃんを紹介するな!」
その言葉にジャミルはカリムがおかしな事を言っている思った。
カリムはアジーム家の長男である。
彼より年の大きな子供は女児であろうと存在していない。
ならばカリムの言う姉とは一体誰の事を指すのかと考えている内にジャミルは見知らぬ部屋へと連れて来られた。
ノックもせず、無遠慮に扉を開けるカリム。
部屋の中には自分達とそう変わらない少女がいた。
「まあ、カリム様。突然どうされたのですか」
「ジャミルにユウを紹介したくて連れて来ちまった!」
「では、此方がカリム様の従者になられたという」
そこでジャミルはユウと呼ばれる少女と目が合った。
第一印象は自分達とそう変わらぬ年だというのにとても落ち着いた、大人びた少女だとジャミルは思った。
ジャミルの知る中に落ち着いた子は幾人かいたがそのいずれかとは一線を画した落ち着きよう。
まるで静かな水面の様な少女と相対したジャミルは確かにその時、己の胸が高鳴るのを感じた。
ユウの正体は姉は姉でもカリムとは血の繋がりのない乳兄弟という関係だった。
自分の兄弟が弟や妹という年下ばかりで、兄か姉が欲しいと零したカリムにユウがだったら自分はカリムより誕生日が少し早いから姉だと言ったところそれを鵜呑みにして時折甘えているらしい。
何だそれはとジャミルは思った。
次いでいくら乳兄弟といえど血の繋がらない男女がするには近過ぎる二人の距離感にジャミルは眉を顰める。
具体的にいえば慣れた様子でユウの膝に頭を預けて寛ぐカリムと、そんなカリムに慣れているのか彼の柔らかな髪を優しく撫でるユウ。
「おい、カリム。いくら彼女と乳兄弟といえど男女がそんなに密着していたら周りからあらぬ誤解を受けるぞ」
ジャミルの目には二人の姿が仲の良い兄弟と言うよりは夫人に甘える旦那に見えて仕方がなかった。
しかしそれではいけない。
いくら血は繋がらないとはいえこの熱砂の国において乳兄弟という関係は特別で、それこそ実の兄弟の様に扱われる。
その為乳兄弟である男女の結婚は禁止されていた。
だというのにこの二人の親密さは周りからあらぬ誤解を受けかねない。
最悪、カリムの後継者としての地位に揺らぎが生じるのではとジャミルは危ぶむ。
「ほら、やはり私にくっ付いていては駄目ですよカリム様」
「でも弟や妹達はオレにこうして甘えて来るぞ」
「それは幼い子だけが許される特権ですよ。これからは人前でこの様に甘えるのは控えましょうね」
ユウはカリムの肩を叩き、さあさあと駄々を捏ねる子を諭す母親の様にカリムへと起き上がる様に急かした。
ジャミルは驚いた。
カリムの周りの人間達は余程の事がない限り彼の言う事に従うのである。
だというのに目の前のユウはというと駄目な事は駄目だとはっきり言い切る。
ユウのその様にジャミルは好感を抱いた。
カリムにユウを紹介されてから三人は共にいる事が多くなった。
思いつきで何処かへと飛び出すカリムとそれを追い掛けるジャミル、そして賑やかな二人を微笑ましく見つめるユウ、という構図が屋敷の彼方此方で見られた。
カリムといるのが当たり前の様に、ユウといる事も当たり前となっていたある日、ジャミルはカリムの父親に呼び出される。
何事かと思いつつ、勝手に着いて来たカリムと共に指定された場所へと向かうとそこには両親とユウ、彼女の両親がいた。
カリムはジャミルが呼び出された理由を知っているのかここに来るまで始終いつにも増して笑みを浮かべており、ジャミルとユウの母親は笑みを浮かべながらも目から溢れる涙をハンカチで押さえていた。
ジャミルの父親は誇らしげに、唯一、ユウの父親だけがあまり良い顔をしていなかった。
カリムの父親と向かい合う様に立つユウの隣に来る様に言われてジャミルは移動した。
己の父親の側に移動したカリムは相変わらず笑顔である。
ユウはジャミルと同じく呼び出された理由を知らされていないのか、隣に立ったジャミルを横目に見ると困った様な笑みを浮かべた。
ジャミルとユウが揃い、並び立つとカリムの父親が咳払いをする。
改まった口調でカリムの父親から告げられたのはジャミルとユウの婚約話であった。
ジャミルは突然の事に驚き、そして両親の表情に納得がいく。
ユウの家の女性達は代々アジーム家嫡男に生まれる子供達の乳母を務めて来た家系である。
ユウの母親や祖母達がそうであった様にユウも先の未来で生まれるであろうカリムの子供達の乳母になるのが既に決まっていた。
そんな血の繋がりとは違った近しさを持つユウの家系と縁を結びたいという家は数多ある。
既に幼いユウに対して幾つもの縁談が来ている事をジャミルは噂に聞いていた。
舞い込む縁談の中にはアジーム家程ではないものの熱砂の国有数の商家や他国の有力な企業の子息との縁談もあった。
しかしそのいずれの縁談を退け、持ち上がった己との婚約話にジャミルは始めこそ驚いたが喜んで受けた。
カリムの提案で婚約の話が出たのだと聞いた時は内心、感謝した程である。
しかし、自分の隣で事務的な態度で婚約の話を受けたユウを見てすぐに目を覚ました。
ユウに好意を寄せていた自分には思っても見なかったありがたい話であるがユウにしてみれば好きでもない男との結婚が決まり側迷惑でしかないのだろう。
そう思うとジャミルは内心、浮かれていただけに虚しくなり申し訳なくも思った。
しかし今更決まった話をジャミルもユウも覆す事は不可能で、受け入れるしかない。
ジャミルはせめてユウがこれ以上不快にならぬ様これまで通り平静を装うしかなかった。
それからは何時もの様にカリムに仕え、学園の入学が決まり、仕える主人がいなくて伸び伸びと過ごしていたら少ししてカリムがやってきた。
それから再び従者の生活が始り、カリムがアジーム家次期当主だからという理由で寮長になったのをきっかけにジャミルは寮長の座を奪う企てを立てる。
しかしそれは見事、監督生とオクタヴィネルの三人組により台無しにされ、最後はオーバーブロットを起こしたのだった。
ジャミルは微睡みの中で花の匂いを嗅ぎ取った。
懐かしいと思った匂いはユウが好きな花の香りで、よく同じ香りの香油を髪に付けていたのを思い出す。
ユウの事を考えていたせいか幻聴が聞こえた。
「ジャミル」
己を呼ぶユウの声。
「起きなさい。起きなさいジャミル」
えい、という声の後、息が苦しくなったジャミルは勢いよく身体を起こした。
「何だ?!誰だっ俺の息を止めようとしたのは」
起き上がったと同時に息苦しさから解放されたジャミルは何度も呼吸を繰り返し乱れた息を整える。
「おはようございますジャミル。と、言っても今は夜ですが」
「ユウ?!ユウ、か?」
暫く聴いていなかったユウの声に顔を上げたジャミルであるがそこには見慣れぬスカラビア生がいた。
「ええ、そうです。今は魔法薬を使い男体化しておりますが貴方の婚約者のユウですよ」
ユウは夢の中と変わらず事務的であった。
テキパキとジャミルの背中にクッションを挟み、楽な姿勢を取らせる。
「どうして君がここにいる」
「どうして?頭の良い貴方なら私がここにいる理由がすぐに分かると思いますが」
そう言われてジャミルは自分のやらかした事を克明に思い出した。
ユニーク魔法を使い仕えるべき主人を操った事、その事が露見するとオーバーブロッドを起こしあろう事か主人を冷たい夜の砂漠へと放り出した。
「貴方らしくないですね。此処は学園の寮ですがカリム様の安全の為に影の者は潜んでおります」
影の者達はカリムが転入する際に行った寮の改修工事の際に業者に紛れて入った。
もちろん従者であるジャミルはカリムの身に何かあった際にすぐさま彼等と連携出来る様、学園や寮に潜ませた影の存在は伝え聞いていた。
ジャミルは決して彼等の存在を忘れていた訳ではない。
分かっていた。
アジーム家の影がそこかしこで目を光らせているのを分かっていた。
だから行動起こす際には彼等にも暗示をかけていた。
決して外部に漏らさない様徹底して把握する影全てに。
「俺にも伝えられていない者がいたのか」
ユウが学園にいるというのはそういう事である。
ジャミルにも知らされていない影の者から報告を受けた当主はユウにここへ行く様命じたのだ。
「貴方がカリム様を操り、そして何をしたのか。それら全て旦那様は聞き及んでいます」
「それで君は?君は旦那様に代わり俺を断罪しに来たのか?」
ジャミルはそうとしか思えなかった。
一応婚約者であるユウにその様な役を押し付けるとは人が悪いとジャミルは苦笑する。
「ジャミルは何か勘違いしている様なので訂正致しますが旦那様は貴方をどうこうするおつもりはございません」
「何?」
「騒動の後、旦那様とカリム様は話し合われ、あくまでも今回の騒ぎはよくある友達同士の喧嘩という事になりました」
「はぁ?!」
何だそれはとジャミルは表情を歪めた。
「誰と誰が友達何だ」
「貴方とカリム様です」
ユウの返答にジャミルは顔を押さえた。
理解しきれず思わず叫びそうになるが何とか鎮める。
「それでよく旦那様は納得されたな」
流石にそれは有り得ないだろうとジャミルは思った。
いくらカリムが自分とジャミルは友達だと主張しても他の者から見れば二人は主従で、従者が主人に逆らうなど許されない事である。
「友達同士の喧嘩ならば仕方がないと何処か嬉しそうなご様子でした」
ジャミルはシーツの上に突っ伏した。
そして旦那様とカリムが実の親子であった事を思い出し納得する。
「君は」
ジャミルは身体を起こしてユウを見た。
「君は今回の事をどう思っているんだ」
そう尋ねながらもジャミルはユウが今回の件で怒っているのだろうと当たりをつけた。
昔からユウはカリムを実の弟の様に大切にしていた。
そんな彼女が大切なカリムを傷付けた自分を到底許すとは思えなかった。
「どうして皆様同じ質問をされるのでしょう」
ユウは額を押さえると首を横に振った。
「貴方の質問で三回目です」
ユウ曰く一回目は旦那様から、二回目はカリムから同じ質問をされたらしい。
「お二方にも伝えましたが自分自身の不甲斐なさを痛感しております。婚約とはいえ、いずれ貴方を支える立場だというのにこの様な事態を起こしてしまいました。ジャミルに何かしらの処罰があるのなら未来の妻として同じく罰を受ける覚悟はありますとお二人にはお伝えしてあります」
「何故君が罰を受ける」
「いずれ私達は夫婦となる。ならば連帯責任は当たり前でしょう?」
何をおかしな事を、と言わんばかりの視線でジャミルを一瞥するとユウは立ち上がる。
ジャミルは食事を用意しようと動き出したユウの手首を掴み引き止めた。
「いや、君が罰を受ける必要はない。そもそもこの婚約自体、君は不服としている事だろう」
「私は、貴方の婚約者となれて嬉しいですしいつでも妻になる気でいます」
「は、」
冗談だろうと言いかけたジャミルであったがユウの耳が真っ赤な事に気づいた。
そして今の言葉がユウの本心だと気付いたジャミルは思わずユウを掴む手を緩めた為、ユウはすかさず部屋を出て行く。
慌ててその後を追おうとしたジャミルであったが身体が上手く動かず床へと転げた。
そのジャミルの顔色はユウに負けず劣らず真っ赤で、ジャミルは突然の事に理解が及ばず、暫くその場から動けなかった。
ユウはジャミルの婚約者である。
が、あくまでもカリムの思いつきで婚約を勧められた関係である。
その証拠に婚約者となった後もユウのジャミルに対する態度が事務的なのは変わらない。
だというのに、先程ちらりと見えたユウは確かに照れていた。
「嘘だろ」
目は口ほどに物を言う。
そんな言葉を家庭教師から習ったカリムはさっそく周りの人間の目を観察する事にした。
途中すれ違った使用人の目が酷く疲れている様だった。
話かけてみればどうやら朝から体調が悪かったらしくカリムはその使用人に家に帰って休む様伝えた。
そのやりとりを見ていた他の使用人達が内緒話にしてはやけに大きな声で自分の事を優しいなどと褒めるのだがその目はというと口にする言葉とは程遠い目の色をしていた。
遠くから自分の姿を見つけて駆けてきた妹と弟は言葉通りの目をしていた。
抱っこをして欲しいと甘えて来るので望みの通り二人同時に抱えてやるととても喜ぶ。
そこへ二人の母親が慌てて駆けて来た。
彼女は長男であるカリムにこんな事をさせて、と酷く狼狽るので自分は気にしていないとカリムが返すと彼女は安堵して見せたが、次いでその瞳は弧を描く口元とは裏腹にカリムの事が疎ましいというような感情がありありと出ていた。
それからも暫くカリムは屋敷にいる人々の目を観察していた。
そして教師の言っていた目は口ほどに物を言うという言葉は言い得て妙だと納得する。
「カリム、こんな所にいたのか!」
前方からやって来たジャミルとユウにカリムは笑って手を掲げた。
所用でカリムの側を離れていた二人は家庭教師との授業を終えたカリムを探して散々広い屋敷中を探していたという。
「授業が終わったら私室に戻っていてくれと言っただろう!」
確かに二人と分かれる前にジャミルがそんな事を言っていた事を思い出したカリムは眉を下げて謝った。
「忘れてた。悪い悪い」
「私達はてっきりカリム様に何かあったのかと思い心配していたのですが何もなくて良かったです」
胸に手を当ててそう告げたユウの目は言葉の通り心配からの安堵へと色が変わろうとしていた。
それに思わず内心安堵したカリムはそっとジャミルの目を窺う。
ジャミルは一体どんな目をしているのだろうか、それこそ怒っているのだろうかとジャミルの目を見たカリムであったがそもそもジャミルの視線はカリムを見ていなかった。
ジャミルの視線はユウに向かっていた。
表情は涼やかであれどその熱い眼差しにカリムは覚えがある。
己の父親が新しい夫人を迎える際に同じ様な目をしていた。
相手の事が欲しくて欲しくて堪らない、如何しても我が手に納めたいというそんな視線である。
「何だカリム。人の顔をじっと見て」
「もしかしてお加減でも悪いのですか?」
すかさずユウはカリムの額に手を伸ばして熱を測る。
「特に熱は無い様ですが」
「しかし何かあってからでは遅い。取り敢えず医者を呼ぼう」
「オレは大丈夫!元気だから!」
カリムは未だ身体の調子が悪いだとか一言も発してしないにも関わらず話がとんとん拍子で進んで行くので慌てて二人に医者は必要ないと伝える。
「いや、ジャミルの後ろで虫が飛んでたからさ。それが気になって」
「なにっ?!」
苦し紛れの嘘を吐けばジャミルは勢いよく振り返り、後方へと飛び退いた。
大っ嫌いな虫が側にいるかもしれず、ジャミルは挙動不審に辺りを見回した。
しかし虫の存在はカリムが咄嗟に吐いた嘘の為存在しない。
ジャミルの怯えた声とそんなジャミルを宥めるユウの声を聞きながらカリムは先程見たジャミルのユウに向けた視線について考えていた。
「ジャミルのあの目、つまりそういう事なんだよな」
だったならば親友である自分が一肌脱がなくては、と喧騒も構わずカリムは使命感に燃えていた。
しかし結婚というのは互いの通じ合う気持ちが必要だと思いカリムはすぐさま行動に移すのを止めた。
ジャミルのユウに対する思いは見た通りであるが、ユウの方はジャミルの事をどう思っているのだろうか。
カリムにとってジャミルは大切は友達であるがそれと同じ位ユウの事も大切である。
片方の為に片方の気持ちを踏み躙る様な事はしたくなかった。
「なあ、ユウはジャミルの事が好きか?」
「突然どうされたのですか。カリム様」
趣味の刺繍を刺していたところにやってきたカリム。
ユウは勢い余ってカリムが怪我をしない様にとすぐさま針を裁縫箱に片付け遠ざける。
そして向かい合う様に座り直したユウは再度尋ねた。
「実はユウがジャミルの事をどう思っているのか気になってな!」
それでどうなのだと前のめりに尋ねてくるカリムに押しやられる様にユウは身体を仰反る。
「とても優秀な方だとは」
「そういう同僚目線の評価じゃなくてユウはジャミルの事が好きか?嫌いか?!」
「どちらかと言えば好ましく思います」
ユウからその言葉を聞き出したカリムはすぐさま父親に話を伝えた。
話を聞いたカリムの父親は反対するどころかそれはいいと納得した為、ジャミルとユウは婚約者となった。
「ところでいつ屋敷に戻るんだ」
カリムの発案で、今回お世話になったオクタヴィネルの三人やオンボロ寮の一人と一匹を招いて宴を開く事になったスカラビア寮。
ジャミルは己の隣で黙々と食材の下拵えをするユウに尋ねた。
オーバーブロットをした影響か、暫くまともに動けなかったジャミルやカリムの世話をユウはしていた。
てっきりジャミルが回復出来次第、熱砂の国に帰るのだろうと思っていたユウは何故かジャミルが回復した今も未だいる。
カリムは久しぶりに三人揃った事でご機嫌の様であったがジャミルは気が気でない。
幾らユウが魔法薬を服用し、性別を偽っていてももしもという事があり得る。
しかも男性となったユウは元の容姿とあまり変わり栄えがなく、男性というよりは中性的であった。
何か問題が起きる前にカリムの実家に帰ってもらいたいジャミルであるがユウの口から驚きの言葉が伝えられた。
「旦那様が長く婚約者と離れ離れなのは不憫だから学園に入学してジャミルを支えてやりなさいと仰られました」
「はぁ?!」
ジャミルは我が耳を疑った。
「ユウには学園に入学する資格がないだろう」
鏡が素質を見て選んでもないし、そもそも性別が女性である。
「その辺りの事は旦那様が如何にかするから任しておけと」
そう言われてジャミルは頭を押さえた。
脳内に胸板を叩いてカリムによく似た顔で豪快に笑う旦那様の姿が浮かんだ。
そもそも既にカリムという前例もある為、性別の事さえ秘匿に出来ればユウの入学は可能である。
「ジャミルは私と一緒にいるのが嫌なんですね」
そう言ってそっぽを向いたユウが拗ねたのを感じてジャミルは慌てる。
ユウがジャミルの前で照れるのを見せて以来、ユウは時折この様に感情を面に出す様になった。
以前はどんな時を事務的な笑みを浮かべていただけにこの変化には驚きで、この様に表情を見せてくれるのは心から慕ってくれている様に思えて嬉しくもあった。
ジャミルはユウの頬に手を伸ばして輪郭をなぞる。
「ユウと一緒にいたくない訳じゃない。だがここは何かと粗野な人間も多くいるから心配何だ」
さすがにこの時ばかりは自分がRSAに入学していればと、ジャミルは内心悔やんだ。
あの学園は生理的に好きではないがこの学園の様に乱暴で、場外乱闘も平気で起こす様な生徒がいないのは確かである。
深刻そうに心配を吐露したジャミルにユウは微笑みかけるとジャミルの手に触れて握った。
「心配だったら私から目を離さないでくださいね。婚約者殿」
「優先順位はカリムの次になるが?」
「勿論ですとも」
ジャミルの言葉にそれで良いのだとユウは頷いた。