twst短編
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ジャミル・バイパーは昔からモテていた。
顔がよく、物腰が丁寧で女性にも優しい。
そして何より大商家アジーム家次期当主カリムの信任も厚い。
となると少しでも大商家アジーム家とお近付きになりたい、単純にジャミルが好きという女性は現れてくる。
学園に入学する以前は月に何度かお見合いに連れ出され、入学してからは実家より定期的に釣書が届けられた。
本人曰くカリム程ではないらしいのだが男子校故女子との接点がない者達からすれば羨ましくて腹立たしくなる程度にジャミルはモテていた。
しかしそれもジャミルが卒業から暫くして収まった。
というのもジャミルは学園を卒業して暫くした後に婚約者を決めたのである。
その婚約者の名は明らかに熱砂の国の者ではない、聴き馴染みのない名前であった。
婚約当初はただお見合いを遠ざける為の虚言とも言われていたがその婚約者はカリムとも親しく、何なら公認というのだから誰もがジャミルを諦めるしかない。
そして婚約発表から一年も待たずに結婚。
その結婚式では今迄見た事も無い程幸せそうなジャミルの表情が度々目撃され、ジャミルとの結婚が果たせなかった者達は皆一様にハンカチを噛み締めるのであった。
しかし不思議なのはそれ程多くの者が珍しいジャミルの表情を目撃したというのに花嫁の顔を目撃した者はいなかったのである。
確かに花嫁は薄いベールを身につけていたが決して顔が見えない物ではない。
名前同様に熱砂の国では珍しい淡い肌の色をしていたのだが誰も目元であったり鼻や唇といった顔の特徴を覚えていなかった。
結局、それは単純に花嫁が印象の薄い顔つきだったのだという事で落ち着いた。
さて、大商家アジーム家跡取りの従者となると主人であるカリムと共に宴やパーティーといった催し物にも招待される。
そういったものは基本、既婚者であればパートナーとして妻を連れてくるのだがどういう訳かジャミルはいつも単身であった。
彼の主人であるカリムが未だ独身で、婚約者を定めていない為バランスとしては悪くないのだがやはり悪目立ちをする。
「ジャミル殿、今日は奥方様はいらっしゃらないのですか?」
誰かがジャミルに尋ねれば彼は何時も困った様に答えた。
「ええ、妻の体調が優れないもので」
そしてその言葉に続いてカリムが肯定する言葉を発する為誰も詮索は出来ない。
けれどそれを何度も何度も続けているとジャミルの妻に対し噂が付き纏う様になった。
バイパー夫人は虚弱で引き篭もり、夫の補佐も碌でもない出来ない不出来な妻なのだと
ジャミルとユウは恋愛結婚である。
と言っても交際期間は短く一年にも満たない。
それもジャミルが学園を卒業してからである。
在学中のユウはジャミルの事を数いる先輩の内の一人という認識だった。
しかしその認識が変わったのは四年目に行われたインターン。
魔法薬学の成績が良かったユウはその腕を買われてカリムの実家を紹介された。
カリムの家にはお抱えの薬師がいるのだがかなりの高齢で、仕事一筋にアジーム家に仕えて来たものだから跡取りになる様な子供もいなかった。
しかも頑固な性格の為にこれまで幾人も弟子志望の者は現れたが皆、彼に付いて行けずに辞めていった。
アジーム家としては薬師秘伝の薬を途絶えるのを防ぎたいのもあるのだが何より高齢の薬師に楽をさせてやりたいという思いがあった。
そこへジャミルがユウを推挙した。学園の一癖も二癖もある様な人物と平気で付き合えていたのだから頑固位問題ないとカリムの父である当主に話したのである。
加えてカリムが援護射撃を行なったおかげで名門校にいながらも唯一、一人就職難に陥っていたユウはアジーム家という大きなインターン先を掴めたのである。
男子校だというのに女子であるユウが在籍しているのもジャミルとカリムの説明で何とかなり、それどころか事情を聞いてアジーム家当主はユウの採用に乗り気となった。
インターンが始まってからのユウはそれは大変であった。
何せ教えを乞う相手は既に何人もの弟子候補を追い出して来た頑固者である。
それでも何とか就職先を得る為、また推薦し口添えまでしてくれたジャミルやカリムの面子を潰さない為、そして何より授業では習わない秘伝の技術を得る為にユウは朝も昼も晩も、時には寝食を忘れて頑張った。
さて、熱砂の国は文字通り日中の気温はとても高い。
そして夜は昼間の熱さが嘘の様に冷えた。
そんな環境に慣れていないにも関わらず寝食も忘れる程に励んでいたユウがどうなるかといえば倒れたのである。
それは日中の事で、軽い脱水症状であった。
慣れていない気候の土地、初めて合う人ばかりの環境で倒れたユウを助けてくれたのはジャミルであった。
カリムの側で働く傍らジャミルは小まめにユウの様子を伺い冷たく冷えた果物を差し入れてくれたりと気をかけてくれた。
そんな事がありただの先輩であったジャミルを意識し出したユウはインターン終了間際には彼からプロポーズされ、それを受けたのであった。
そしてジャミルと結婚と同時に正式なアジーム家の薬師として働き出したユウ。
その仕事は新婚気分でいられない程に多忙であった。
何せアジーム家当主には沢山の妻がおり、そして子供がいた。
彼等以外にも親戚、従業員に屋敷を手入れする使用人と、山程の人がいる。
となると必要となる薬は多種多様であった。
頭痛、腹痛、歯痛にご婦人向けのお薬。
それをたった二人の薬師で作らなければならないのだから仕事はキリがない程にあった。
これが引き篭もりと言われたジャミルの妻の真相である。
仕事が立て込むと家には帰れず泊まり込み何て事もある為ジャミルはユウを宴やパーティーの同伴に求める事がなかった。
事情は当主も理解しており、何なら新婚なのに新婚らしい事がまともに出来ていないジャミル達に申し訳なさそうにもしている。
しかしジャミルは気にしていない。
そもそもこうなる事も見越した上でユウに多忙なアジーム家の薬師という職場を勧めたのである。
着飾ったユウを見たいという気持ちはジャミルにもあるが他人に、ましてや恋敵に見せたくないという思惑があった。
そう、恋敵。
「ねーウミヘビくん。今日は小エビちゃん来てないの?」
名門校という事もありカリムが主席する様な宴やパーティーでは学園のOBである彼等とは度々遭遇する。
その者の中にはジャミルと恋敵、ユウに懸想していた者もいた。
「今日は体調不良で欠席だ」
「えー残念。折角小エビちゃんと久しぶりに会えると思って参加したのに」
「フロイドが会いたがっていたと彼女に伝えておくよ」
そんなつもりは更々ないが自分達だけでなく他人の目もある為社交辞令に応える。
ユウに懸想していた彼等は未だその思いを諦めていない。
それどころか虎視眈々と付け入る隙を狙っている。
付け入れられる隙を作る気は毛頭ないのだが一体何処で足元をすくわれるかは分からない。
過敏とまではいかないがかなり気を使っているというのに自分達夫婦の事を好き勝手に想像して物言う者達にジャミルは以前から内心腹を立てていた。
ユウも忙しいがジャミルも忙しい。
その為日中のジャミルは忙しなく駆け巡り働いている。
そんな中でユウと夫婦の時間を少しでも多く取ろうと思うと一分一秒の時間もジャミルには惜しかった。
その日は新婚であるジャミルとユウを気遣い、カリムが昼食の席を設けてくれていた。
それに向けてジャミルは朝から忙しなく動いていたのだが突然目の前を阻まれる。
「ジャミル様っ」
それは見覚えのない女性であった。
身なりから当主の妻達でも屋敷の使用人でもないその不審者にジャミルは片眉を上げた。
客人の可能性もあるがそんな予定は聞いていない為、警備の者を呼ぼうかと逡巡するがその間にも彼女はジャミルの胸に飛び込んできた。
「はぁ?」
豊満な胸をこれでもかと押し付けて甘えた声でジャミルの名前を呼んだ女にジャミルの機嫌は急降下する。
本心としては不審な女から今すぐ突き飛ばしてでも離れたいジャミルであるがそこは何とか辛うじ残っていた理性で彼女から距離を取るとその素性を尋ねた。
「ジャミル様は覚えていないかもしれませんが私は貴方様の婚約者候補だった者です」
その甘ったるい声色にジャミルの不愉快さはじりじりと溜まっていく。
彼女は名前を告げたがジャミルはその名に覚えはなく、婚約者候補というのも初耳である。
そもそも婚約者候補と言われてもただの候補であるし、ジャミルはもうユウと結婚し既婚者だ。
今更その元婚約者候補が自分に何用なのだと思った。
兎に角ジャミルは忙しいし、約束している昼食の時間も迫っている。
彼女に付き合っている暇などジャミルにはないのだが既に尽きようとしている理性を総動員して彼女に何用か問うた。
女の話はこうである。
自分はジャミルの婚約者候補であったがその前からジャミルの事を思っていた。
しかしどういう訳か婚約者内定せぬ内にジャミルが結婚した為、せめて好きだったジャミルが幸せであればと祝福していたのだが結婚後のジャミルの妻の評判の悪さに腹を据えかねて今日ここにやって来たのだと言う。
「あんまりではありませんか!ジャミル様は常に多忙でいらっしゃるのにその妻である方はジャミル様をお助けしないどころか宴にも付き添わず引き篭もってばかりでいらっしゃる」
それではあまりにも貴方様が不憫だと彼女は涙を浮かべて訴えた。
その多忙なジャミルを足止めして仕事の邪魔をしているのは何処の誰だとジャミル本人が呆れているのに彼女は気付かない。
「私であればジャミル様のお役に立って見せます!貴方様の妻として励みます!どうか無能な方等捨てて私を選んで下さい!」
そう言って再度抱きついて来た女にジャミルの堪忍袋の緒は切れた。
「俺の妻は当時のポムフィオーレ寮長に引けを取らない程に魔法薬に長けた優秀な奴だぞ!!!!」
「おぉっ」
実は女がジャミルに抱きついた辺りからユウはいた。
始めこそその光景に驚いたユウであるがジャミルの表情から察するに女が一歩的に迫っているのだろうと察したユウは廊下に飾られた大きな壺の影に隠れて成り行きを見守っていた。
はてさて、ジャミルは迫りくる可憐な女性にどの様な対処を取るのか楽しんでいた訳であるが突然キレ気味に上がったジャミルの大きな声にユウは驚く。
「ユウ、そんな所で何してるんだ」
ひょこりと壺の影に隠れるユウの後ろからカリムは現れた。
ジャミルが席を外してからなかなか戻って来ないので探していたのだ。
そこにジャミルの怒鳴るような声が聞こえ、何事かと来てみれば壺の影に隠れるユウを見つけた。
「ああ、ジャミルの奴、また絡まれたのか」
カリムは見慣れているのか女性と相対し、声を上げるジャミルの姿を眺めてそう零した。
「ジャミルはモテるからなぁ。結婚した後もああして絡まれる事があるんだ」
そう言ってジャミルからユウに視線を移したカリムは妬いたかどうか尋ねてきた。
「嫉妬どころかあの剣幕にかなり驚いています」
ジャミルはユウから見てもかっこよく、結婚した今でも自分でよかったのかと思う程に優秀な人物の為、既婚者であろうとモテる事は想定の範囲内であった。
「後、ジャミルのあの様子にはいつぞやのドッカンした時の既視感しかなくて」
いつもの人当たりの良さは何処へやら声を荒げてから今の今までジャミルは相手の女性に対してユウを褒め称える事しか言っていない。
その遠慮の無い、惚気と取られそうな称賛の数々、普段のジャミルらしくないテンションの高さに相手の女は表情を青ざめさせ引いていた。
「ジャミルって、何故かユウの事を他人の前で褒める時ってテンション高いんだよな」
カリムは不思議そうに笑っていた。
とうとうジャミルの高笑い迄聞こえてきた為、ユウは苦笑いを浮かべた。
「ねえ、ジャミル」
「何だ?」
鏡台を前に髪を梳いていたユウはベッドの上で読書をするジャミルに声をかけた。
「昼間のあれなんだけど」
ユウの言葉にジャミルは盛大に咽せた。
苦しげな声を出して咽せ続けるジャミルの元にユウは慌てて向かうと彼の背中を摩った。
暫くして落ち着いたジャミルは軽く咳払いをしてからユウを見つめた。
「見ていたのか」
昼間はあの後カリムが登場し、ジャミルを宥める事でお開きとなった。
ユウとすれ違った女はユウが壺の影に隠れている事にも気付かないほど狼狽えており、その表情はまさしく夢壊れた乙女であった。
確かに普段のジャミルとあの時のジャミルとでは落差が激しくショックを受けるのも無理はない。
そしてその後ユウは約束していた昼食の席に先回りして何事もなくジャミルとの短い時間を過ごした。
「君もあの女みたいに幻滅したか?」
ジャミルはあの場をユウが覗き見していた事よりもユウの感想が気になるらしい。
ジャミルの側にユウは腰を下ろした。
あの時のジャミルに対するユウの感想といえば懐かしいに尽きる。
あの一年目の、ホリデーで見せた姿にそっくりであった。
しかしあの後あの様なジャミルの姿を見る事がなく以前よりはカリムに対して遠慮がなくなったがそれ迄であった。
アジーム家で勤めるジャミルはそれ以前の優等生なジャミルである。
その為昼間のジャミルは懐かしく思う、それを伝えればジャミルは微妙な表情をした。
「君って奴は」
「昼間のあれもジャミルの顔の一つだから私は好き」
ジャミルの肩に頭を預けたユウは困惑するジャミルを眺める。
「けど、私の所為でジャミルがこれまで積み重ねてきた印象が崩れちゃうのは申し訳ないかな」
「それはどうでもいい」
「えぇ」
気にしていたというのにそれをあっさりと切り捨てられた事で今度はユウが困惑した。
「俺の印象より君だ。今回は俺に直接言ってきたから良かったものの、もしも君の方に行っていたかと思うと」
昼間の事でも思い出しているのかわなわなと肩を震わせるジャミルをユウは慌てて宥めた。
「私、そんな繊細な質じゃないし悪口くらい気にしないよ?」
「いや、それでもだ。俺は君に愛想を尽かされないよう必死だと言うのに外野は好き勝手言いやがって」
ユウが精神的にタフである事は十分承知しているジャミルであるがもしもがある。
好き勝手に囃立てる外野にユウが傷付いたら、愛想が尽き、見限られたらきっとユウが人妻となった今でも全く諦めていない恋敵共がしゃしゃり出てくるのが目に見えていた。
「私に愛想を尽かされないように必死なんだ」
ジャミルの告白にユウは頬をかく。
「ああ、必死だ。全く余裕がない」
そう言って顔を俯かせたジャミルにユウは寄り添うように抱きしめた。
「そんな事ないのに、心配性だな」
そう零しながらもユウは満更でもない表情で小さな笑みを浮かべた。
「俺は心配性なんだ。だから君はずっと俺の側にいてくれ」
顔がよく、物腰が丁寧で女性にも優しい。
そして何より大商家アジーム家次期当主カリムの信任も厚い。
となると少しでも大商家アジーム家とお近付きになりたい、単純にジャミルが好きという女性は現れてくる。
学園に入学する以前は月に何度かお見合いに連れ出され、入学してからは実家より定期的に釣書が届けられた。
本人曰くカリム程ではないらしいのだが男子校故女子との接点がない者達からすれば羨ましくて腹立たしくなる程度にジャミルはモテていた。
しかしそれもジャミルが卒業から暫くして収まった。
というのもジャミルは学園を卒業して暫くした後に婚約者を決めたのである。
その婚約者の名は明らかに熱砂の国の者ではない、聴き馴染みのない名前であった。
婚約当初はただお見合いを遠ざける為の虚言とも言われていたがその婚約者はカリムとも親しく、何なら公認というのだから誰もがジャミルを諦めるしかない。
そして婚約発表から一年も待たずに結婚。
その結婚式では今迄見た事も無い程幸せそうなジャミルの表情が度々目撃され、ジャミルとの結婚が果たせなかった者達は皆一様にハンカチを噛み締めるのであった。
しかし不思議なのはそれ程多くの者が珍しいジャミルの表情を目撃したというのに花嫁の顔を目撃した者はいなかったのである。
確かに花嫁は薄いベールを身につけていたが決して顔が見えない物ではない。
名前同様に熱砂の国では珍しい淡い肌の色をしていたのだが誰も目元であったり鼻や唇といった顔の特徴を覚えていなかった。
結局、それは単純に花嫁が印象の薄い顔つきだったのだという事で落ち着いた。
さて、大商家アジーム家跡取りの従者となると主人であるカリムと共に宴やパーティーといった催し物にも招待される。
そういったものは基本、既婚者であればパートナーとして妻を連れてくるのだがどういう訳かジャミルはいつも単身であった。
彼の主人であるカリムが未だ独身で、婚約者を定めていない為バランスとしては悪くないのだがやはり悪目立ちをする。
「ジャミル殿、今日は奥方様はいらっしゃらないのですか?」
誰かがジャミルに尋ねれば彼は何時も困った様に答えた。
「ええ、妻の体調が優れないもので」
そしてその言葉に続いてカリムが肯定する言葉を発する為誰も詮索は出来ない。
けれどそれを何度も何度も続けているとジャミルの妻に対し噂が付き纏う様になった。
バイパー夫人は虚弱で引き篭もり、夫の補佐も碌でもない出来ない不出来な妻なのだと
ジャミルとユウは恋愛結婚である。
と言っても交際期間は短く一年にも満たない。
それもジャミルが学園を卒業してからである。
在学中のユウはジャミルの事を数いる先輩の内の一人という認識だった。
しかしその認識が変わったのは四年目に行われたインターン。
魔法薬学の成績が良かったユウはその腕を買われてカリムの実家を紹介された。
カリムの家にはお抱えの薬師がいるのだがかなりの高齢で、仕事一筋にアジーム家に仕えて来たものだから跡取りになる様な子供もいなかった。
しかも頑固な性格の為にこれまで幾人も弟子志望の者は現れたが皆、彼に付いて行けずに辞めていった。
アジーム家としては薬師秘伝の薬を途絶えるのを防ぎたいのもあるのだが何より高齢の薬師に楽をさせてやりたいという思いがあった。
そこへジャミルがユウを推挙した。学園の一癖も二癖もある様な人物と平気で付き合えていたのだから頑固位問題ないとカリムの父である当主に話したのである。
加えてカリムが援護射撃を行なったおかげで名門校にいながらも唯一、一人就職難に陥っていたユウはアジーム家という大きなインターン先を掴めたのである。
男子校だというのに女子であるユウが在籍しているのもジャミルとカリムの説明で何とかなり、それどころか事情を聞いてアジーム家当主はユウの採用に乗り気となった。
インターンが始まってからのユウはそれは大変であった。
何せ教えを乞う相手は既に何人もの弟子候補を追い出して来た頑固者である。
それでも何とか就職先を得る為、また推薦し口添えまでしてくれたジャミルやカリムの面子を潰さない為、そして何より授業では習わない秘伝の技術を得る為にユウは朝も昼も晩も、時には寝食を忘れて頑張った。
さて、熱砂の国は文字通り日中の気温はとても高い。
そして夜は昼間の熱さが嘘の様に冷えた。
そんな環境に慣れていないにも関わらず寝食も忘れる程に励んでいたユウがどうなるかといえば倒れたのである。
それは日中の事で、軽い脱水症状であった。
慣れていない気候の土地、初めて合う人ばかりの環境で倒れたユウを助けてくれたのはジャミルであった。
カリムの側で働く傍らジャミルは小まめにユウの様子を伺い冷たく冷えた果物を差し入れてくれたりと気をかけてくれた。
そんな事がありただの先輩であったジャミルを意識し出したユウはインターン終了間際には彼からプロポーズされ、それを受けたのであった。
そしてジャミルと結婚と同時に正式なアジーム家の薬師として働き出したユウ。
その仕事は新婚気分でいられない程に多忙であった。
何せアジーム家当主には沢山の妻がおり、そして子供がいた。
彼等以外にも親戚、従業員に屋敷を手入れする使用人と、山程の人がいる。
となると必要となる薬は多種多様であった。
頭痛、腹痛、歯痛にご婦人向けのお薬。
それをたった二人の薬師で作らなければならないのだから仕事はキリがない程にあった。
これが引き篭もりと言われたジャミルの妻の真相である。
仕事が立て込むと家には帰れず泊まり込み何て事もある為ジャミルはユウを宴やパーティーの同伴に求める事がなかった。
事情は当主も理解しており、何なら新婚なのに新婚らしい事がまともに出来ていないジャミル達に申し訳なさそうにもしている。
しかしジャミルは気にしていない。
そもそもこうなる事も見越した上でユウに多忙なアジーム家の薬師という職場を勧めたのである。
着飾ったユウを見たいという気持ちはジャミルにもあるが他人に、ましてや恋敵に見せたくないという思惑があった。
そう、恋敵。
「ねーウミヘビくん。今日は小エビちゃん来てないの?」
名門校という事もありカリムが主席する様な宴やパーティーでは学園のOBである彼等とは度々遭遇する。
その者の中にはジャミルと恋敵、ユウに懸想していた者もいた。
「今日は体調不良で欠席だ」
「えー残念。折角小エビちゃんと久しぶりに会えると思って参加したのに」
「フロイドが会いたがっていたと彼女に伝えておくよ」
そんなつもりは更々ないが自分達だけでなく他人の目もある為社交辞令に応える。
ユウに懸想していた彼等は未だその思いを諦めていない。
それどころか虎視眈々と付け入る隙を狙っている。
付け入れられる隙を作る気は毛頭ないのだが一体何処で足元をすくわれるかは分からない。
過敏とまではいかないがかなり気を使っているというのに自分達夫婦の事を好き勝手に想像して物言う者達にジャミルは以前から内心腹を立てていた。
ユウも忙しいがジャミルも忙しい。
その為日中のジャミルは忙しなく駆け巡り働いている。
そんな中でユウと夫婦の時間を少しでも多く取ろうと思うと一分一秒の時間もジャミルには惜しかった。
その日は新婚であるジャミルとユウを気遣い、カリムが昼食の席を設けてくれていた。
それに向けてジャミルは朝から忙しなく動いていたのだが突然目の前を阻まれる。
「ジャミル様っ」
それは見覚えのない女性であった。
身なりから当主の妻達でも屋敷の使用人でもないその不審者にジャミルは片眉を上げた。
客人の可能性もあるがそんな予定は聞いていない為、警備の者を呼ぼうかと逡巡するがその間にも彼女はジャミルの胸に飛び込んできた。
「はぁ?」
豊満な胸をこれでもかと押し付けて甘えた声でジャミルの名前を呼んだ女にジャミルの機嫌は急降下する。
本心としては不審な女から今すぐ突き飛ばしてでも離れたいジャミルであるがそこは何とか辛うじ残っていた理性で彼女から距離を取るとその素性を尋ねた。
「ジャミル様は覚えていないかもしれませんが私は貴方様の婚約者候補だった者です」
その甘ったるい声色にジャミルの不愉快さはじりじりと溜まっていく。
彼女は名前を告げたがジャミルはその名に覚えはなく、婚約者候補というのも初耳である。
そもそも婚約者候補と言われてもただの候補であるし、ジャミルはもうユウと結婚し既婚者だ。
今更その元婚約者候補が自分に何用なのだと思った。
兎に角ジャミルは忙しいし、約束している昼食の時間も迫っている。
彼女に付き合っている暇などジャミルにはないのだが既に尽きようとしている理性を総動員して彼女に何用か問うた。
女の話はこうである。
自分はジャミルの婚約者候補であったがその前からジャミルの事を思っていた。
しかしどういう訳か婚約者内定せぬ内にジャミルが結婚した為、せめて好きだったジャミルが幸せであればと祝福していたのだが結婚後のジャミルの妻の評判の悪さに腹を据えかねて今日ここにやって来たのだと言う。
「あんまりではありませんか!ジャミル様は常に多忙でいらっしゃるのにその妻である方はジャミル様をお助けしないどころか宴にも付き添わず引き篭もってばかりでいらっしゃる」
それではあまりにも貴方様が不憫だと彼女は涙を浮かべて訴えた。
その多忙なジャミルを足止めして仕事の邪魔をしているのは何処の誰だとジャミル本人が呆れているのに彼女は気付かない。
「私であればジャミル様のお役に立って見せます!貴方様の妻として励みます!どうか無能な方等捨てて私を選んで下さい!」
そう言って再度抱きついて来た女にジャミルの堪忍袋の緒は切れた。
「俺の妻は当時のポムフィオーレ寮長に引けを取らない程に魔法薬に長けた優秀な奴だぞ!!!!」
「おぉっ」
実は女がジャミルに抱きついた辺りからユウはいた。
始めこそその光景に驚いたユウであるがジャミルの表情から察するに女が一歩的に迫っているのだろうと察したユウは廊下に飾られた大きな壺の影に隠れて成り行きを見守っていた。
はてさて、ジャミルは迫りくる可憐な女性にどの様な対処を取るのか楽しんでいた訳であるが突然キレ気味に上がったジャミルの大きな声にユウは驚く。
「ユウ、そんな所で何してるんだ」
ひょこりと壺の影に隠れるユウの後ろからカリムは現れた。
ジャミルが席を外してからなかなか戻って来ないので探していたのだ。
そこにジャミルの怒鳴るような声が聞こえ、何事かと来てみれば壺の影に隠れるユウを見つけた。
「ああ、ジャミルの奴、また絡まれたのか」
カリムは見慣れているのか女性と相対し、声を上げるジャミルの姿を眺めてそう零した。
「ジャミルはモテるからなぁ。結婚した後もああして絡まれる事があるんだ」
そう言ってジャミルからユウに視線を移したカリムは妬いたかどうか尋ねてきた。
「嫉妬どころかあの剣幕にかなり驚いています」
ジャミルはユウから見てもかっこよく、結婚した今でも自分でよかったのかと思う程に優秀な人物の為、既婚者であろうとモテる事は想定の範囲内であった。
「後、ジャミルのあの様子にはいつぞやのドッカンした時の既視感しかなくて」
いつもの人当たりの良さは何処へやら声を荒げてから今の今までジャミルは相手の女性に対してユウを褒め称える事しか言っていない。
その遠慮の無い、惚気と取られそうな称賛の数々、普段のジャミルらしくないテンションの高さに相手の女は表情を青ざめさせ引いていた。
「ジャミルって、何故かユウの事を他人の前で褒める時ってテンション高いんだよな」
カリムは不思議そうに笑っていた。
とうとうジャミルの高笑い迄聞こえてきた為、ユウは苦笑いを浮かべた。
「ねえ、ジャミル」
「何だ?」
鏡台を前に髪を梳いていたユウはベッドの上で読書をするジャミルに声をかけた。
「昼間のあれなんだけど」
ユウの言葉にジャミルは盛大に咽せた。
苦しげな声を出して咽せ続けるジャミルの元にユウは慌てて向かうと彼の背中を摩った。
暫くして落ち着いたジャミルは軽く咳払いをしてからユウを見つめた。
「見ていたのか」
昼間はあの後カリムが登場し、ジャミルを宥める事でお開きとなった。
ユウとすれ違った女はユウが壺の影に隠れている事にも気付かないほど狼狽えており、その表情はまさしく夢壊れた乙女であった。
確かに普段のジャミルとあの時のジャミルとでは落差が激しくショックを受けるのも無理はない。
そしてその後ユウは約束していた昼食の席に先回りして何事もなくジャミルとの短い時間を過ごした。
「君もあの女みたいに幻滅したか?」
ジャミルはあの場をユウが覗き見していた事よりもユウの感想が気になるらしい。
ジャミルの側にユウは腰を下ろした。
あの時のジャミルに対するユウの感想といえば懐かしいに尽きる。
あの一年目の、ホリデーで見せた姿にそっくりであった。
しかしあの後あの様なジャミルの姿を見る事がなく以前よりはカリムに対して遠慮がなくなったがそれ迄であった。
アジーム家で勤めるジャミルはそれ以前の優等生なジャミルである。
その為昼間のジャミルは懐かしく思う、それを伝えればジャミルは微妙な表情をした。
「君って奴は」
「昼間のあれもジャミルの顔の一つだから私は好き」
ジャミルの肩に頭を預けたユウは困惑するジャミルを眺める。
「けど、私の所為でジャミルがこれまで積み重ねてきた印象が崩れちゃうのは申し訳ないかな」
「それはどうでもいい」
「えぇ」
気にしていたというのにそれをあっさりと切り捨てられた事で今度はユウが困惑した。
「俺の印象より君だ。今回は俺に直接言ってきたから良かったものの、もしも君の方に行っていたかと思うと」
昼間の事でも思い出しているのかわなわなと肩を震わせるジャミルをユウは慌てて宥めた。
「私、そんな繊細な質じゃないし悪口くらい気にしないよ?」
「いや、それでもだ。俺は君に愛想を尽かされないよう必死だと言うのに外野は好き勝手言いやがって」
ユウが精神的にタフである事は十分承知しているジャミルであるがもしもがある。
好き勝手に囃立てる外野にユウが傷付いたら、愛想が尽き、見限られたらきっとユウが人妻となった今でも全く諦めていない恋敵共がしゃしゃり出てくるのが目に見えていた。
「私に愛想を尽かされないように必死なんだ」
ジャミルの告白にユウは頬をかく。
「ああ、必死だ。全く余裕がない」
そう言って顔を俯かせたジャミルにユウは寄り添うように抱きしめた。
「そんな事ないのに、心配性だな」
そう零しながらもユウは満更でもない表情で小さな笑みを浮かべた。
「俺は心配性なんだ。だから君はずっと俺の側にいてくれ」