twst短編
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その日は朝から政府の会議に参加する予定が入っていた。
その為ユウは決められた刀数の男士を引き連れて会議が行われる会場に向かった。
そしてその会場内の廊下を男士達と談笑しながら歩いていた迄は覚えていたのだが、記憶はそこまでで途切れていた。
目が覚めると辺りは暗闇で何も見えない。
胸の上には感触から刀が二振り、長さから護衛に連れていた二振りの様である。
彼等の顕現が解けている事が不思議であるがそれでも彼等が側にある事にユウは安堵の息を吐いた。
そして此処は何処なのかと暗闇の中辺りを触れる。
そこは何とか身じろきできるが、それだけの余裕しか無い、箱の様な空間であった。
どうしてこんな所にと、ユウは頭を傾げる。
人間を箱詰めなんてまるで棺桶ではないかと思った時であった。
話し声、どうやら独り言らしい声が隔たりの向こうから聞こえる。
かと思うと辺りが震え、ユウは小さく悲鳴を上げるが相手には聞こえないらしい。
そしてあっという間に真っ青な炎が眼前を包んだ。
ユウは驚き悲鳴を上げながらも彼等の拵えに火の粉が掛からない様身を挺して庇う。
幸運な事に火は延焼も無くすぐに収まり、大きく空いた穴から青い瞳をした猫が顔を覗かせた。
「オレ様にその制服を寄越すんだゾ」
その猫は追い剥ぎであった。
それから猫、もといグリムに怪しげな衣装に身を包んだ学園長も巻き込んだ鬼ごっこの末にユウはどういう訳か魔法士育成の学校、ナイトレイブンカレッジへの入学が認められた。
色々あったせいか共に暮らす事になったグリムは解散して早々に寝室へと消えてしまった。
当たり前の様に目の前の行き交っていたゴースト達は寮の何処かで宴会でもしているのか遠くから賑やかな声が聞こえている。
黒い棺の中で目を覚ましてから漸く一人となったユウは比較的綺麗な床に二振りの刀を並べると己の霊力を注いだ。
途端、刀は光を湛えながらも次第に人の形を取りだす。
何処からともなく桜が舞うと眩い光が収束し、何だか久方ぶりにも思える顔が見れて安堵した所でユウは力強く肩を掴まれた。
「どうしてすぐに俺達を顕現させなかった」
「山姥切国広様」
悲しく恨めし気に己を見つめる山姥切国広にユウは困った様に眉を下げた。
「まあまあ、落ち着けよ。大将にも大将の考えがあっての行動だったんだろうからさ」
今にも詰問をし始めそうな山姥切国広とユウの間に入り状況を収めようとするのは厚藤四郎である。
他の男士ならば山姥切国広の珍しい剣幕に圧されてしまう所であるが二人はユウにとって初期刀と初鍛刀の刀。
そこは誰よりも付き合いが長いだけにその気迫に圧される事もなく見事、厚藤四郎は山姥切国広は宥めてみせた。
そして微笑みを浮かべ、振り返った厚藤四郎はユウへと詰め寄る。
「という事で、オレ達をすぐに顕現しなかった訳も含めて説明してくれるよな?大将」
怒り詰め寄られるよりも遥かに圧力のある厚藤四郎の笑みにユウはひたすら頷くしかなかった。
学園長との会話や闇の鏡が言っていた事、ユウは覚えている限りの情報を二人に伝えた。
「ここが異世界ねぇ」
言葉だけではまだ信じられないのか厚藤四郎は辺りを見渡した。
「確かに南蛮情緒溢れるが本当にここが元いた世界と別なのか?」
本丸と比べて遥かに高い天井、本丸の中や外の街、建物と比べて今いる建物の中だけでも確かに異国感はあるもののまさか世界まで違うとまでは思えない。
そんな信じきれない様子の二人にユウは懸命に見た事を話す。
「本当です!学園長先生はそうおっしゃってましたし私見たんです!」
「何をだ?」
「猫ちゃんの耳を生やした人を!」
「耳なら南泉一文字や小狐丸だって生えているだろ?」
頬を赤くさせ、少し興奮気味のユウに対し獣の耳など大したことないと返す山姥切国広。
「小狐丸は置いておいて南泉のはそう見えるだけでただの髪の毛だろ」
「そうなのか?」
そうだろうと、厚藤四郎と山姥切国広は顔を見合わせ話す。
それを聞いていたユウは訴えた。
「ああいう耳っぽいのではなくてですね本当に猫ちゃんの耳が生えていたんです!」
皆が揃いの衣装を着て集まっていた部屋で猫の耳に犬、又はそれ以外の動物の耳を生やした者達がいた。
彼等は耳の他にやはり動物と同じ尻尾を生やしてもいた。
「学園長先生に伺った所この世界には人間の他に獣人、それに人魚や妖精の方もいらっしゃるらしいのです」
そんな多種多様な種族が入り混じる世界をユウは知らない。
つまりここは異世界なのだと獣耳を理由に肯定する。
しかしユウの言う獣人をその目で見ていない二人は未だ半信半疑だ。
「後、この世界は魔法が当たり前なんですって」
「魔法?何だそれ」
「何もない所から火をだしたり水をだしたり」
「それは奇術師の事か?」
ユウは目の前で魔法が飛び交うのを見ていたためにここが異世界と聞いて一切疑う事もなく納得したがやはりその目で見ていない二人に説明するのは限度があった。
きっと二人の頭には火を噴いたり、扇子から水を出す奇術師を浮かべているのだろう。
一体どう言えば彼等が魔法を理解するのかユウが困り果てているところに彼はやってきた。
「オメーさっきからうるさいんだゾ」
おかげで目が覚めたと、目を擦り疎まし気にやってきたグリム。
「猫が喋った」
「猫が喋るくらい珍しくないだろ」
グリムと初対面の厚藤四郎と山姥切国広は面をくらっていた。
対してユウはグリムの登場に顔を輝かせる。
「そうだわグリムさん、先程の様に火を噴いてくれませんか?」
「何でオレ様がそんな事を」
「ね、お願い」
ユウの頼みにとてもめんどくさいという表情をしたグリムであるが、頭を優しく撫でられるとその心地良さに何も言えなくなってしまう。
実は虎や狐、それに鵺など、動物やそうでない生き物が多くいた本丸で暮らすユウは彼等を撫でる機会が大変多く有り、本人も気付かぬ内に動物を文字通りとろけさせる技術を得ていた。
そしてそんな技術を持つユウに撫でられたグリムはその心地良さに勝てる筈がなく仕方がないと了承する。
「しょうがねえな。今回だけなんだゾ」
そう言うなり胸が膨らむ程息を吸い込んだグリムはそこで留め、天井に向かって一気に吐き出す。
辺りを熱気が包んだ。
グリムが吐き出したのは息ではなく青い炎で、大きな炎の渦が目の前でうねり翻る。
青い炎はグリムが口を閉じるとみるみる内に火力が縮まり、最後には何もなかったかの様に消えた。
山姥切国広と厚藤四郎はまるで何か幻術でも見たかの様な心地であった。
しかし目の前で渦巻く炎を見た二人はその凄まじい熱気に顔を火照らせ、汗をかいている。
これがユウの言う魔法なのかと呆然する二人に対しユウは興奮してグリムを抱きしめていた。
「凄いわグリムさん!さっきは炎が目の前だったから少し恐ろしかったけど、こうして改めて見ると凄く綺麗なのね」
「炎が目の前にだと?」
ユウの言葉を拾い呆然としていた筈のゆらりと二人は動き出す。
「そういえばオマエら誰だ?」
グリムはユウの腕の中で見知らぬ二人の姿に頭を傾げた。
「オレ達の事は今はどうでも良い。大将はまだオレ達に話してない事があるみたいだな」
「何もないのよ。何もなかったの」
「そういえばさっきから気になっていたんだがどうして前髪が焦げているんだ」
山姥切国広の指摘にユウは慌てて前髪を隠した。
が、既に遅く毛先の焦げたユウの前髪はばっちり見られている。
二人から胡乱な目で見つめられてグリムはユウの腕から抜け出すとたじろぐ。
そして居心地悪そうに俯向くと言い訳がましく呟いた。
「オレ様だってまさかあんなにも燃える何て思ってもみなかったんだゾ」
グリムの呟きだけではどう言う状況か、二人は想像がつかなかったがグリムの様子からユウの前髪を焦がしたのがグリムが原因だと言うのはよく分かった。
「ぎゃっ!!!」
グリムは悲鳴を上げた。
目の前に細長く鋭い刃物が迫っていたのだ。
「よくも俺たちの主を傷付けたな」
「お止めてください山姥切国広様」
ユウは巻き込まれてはまずいといつの間にか厚藤四郎の手により一人と一匹から距離を取らされていた。
「そうだぜ。下手に呪われると厄介だから毛皮を剥ぐ位にしとかないと」
「厚藤四郎様も何をおっしゃってるんです!」
山姥切国広の突然の暴走を止めてくれるかと思いきやどちらかといえば煽る厚藤四郎にユウは驚いた。
ユウは厚藤四郎から離れると庇う様にグリムを抱き締める。
「怪我をするからあんたはそいつから離れろ」
「離れません」
山姥切国広の殺気に当てられ動けなくなっていたグリムは己を抱き締めるユウにしがみ付くと小さな手でユウの服を握った。
「私の前髪は確かにグリムさんの炎で焼けましたがあれは事故なんです」
「事故だろうと俺たちの主を傷付けた事実は変わらない」
山姥切国広は本気でグリムを切り捨てようとしていた。
ユウは厚藤四郎を見るが彼は肩を竦めて首を振るうだけでグリムを切る事に反対ではないらしい。
「どうしてその化け猫を庇う」
「グリムさんはこれから私と一緒に生徒として通うんです」
「何?どういう事だ」
先程ユウが行った説明で彼女が学園に通うという話を聞いてはいた二人であるがグリムと一緒というのは聞いていなかった。
「私達は合わせて一人の学生扱いとして入学を認められました。どちらかが欠ければ退学、もちろんそうなればこの建物からも出なくてはいけません」
此処が異世界だとして、あてもなければ伝手となる知り合いもいない。
政府とも連絡のつかぬ状況で住を奪われるのは些か不味かった。
「山姥切国広様は私に野で暮らせと言うのですか?」
主であるユウにそんな事はさせられない山姥切国広は渋々と刀を下ろした。
「グリムさん、脅かしてしまいすみませんでした」
山姥切国広が刀を鞘に戻したのを確認するとユウは抱きしめていたグリムを離した。
「オレ様もオマエの髪を燃やしたりして悪かったんだゾ」
「もう過ぎた事ですからお気になさらないで下さい」
俯向きがちに告げたグリムにユウは微笑んだ。
静かにする事を約束し、ユウは再び眠りに行くグリムに手を振り見送った。
「しかし何故、身を挺してまで庇ったんだ」
ユウの置かれた状況からグリムを失うとまずいのは分かったがわざわざ飛び出して庇うとまでは思わなかった山姥切国広はユウに尋ねる。
「なんだかグリムさんを見ているとこんのすけ様を思い出してしまって」
何処かが似ているわけではないのだがユウは大人しくもしていられなかった。
「私が異世界に来てしまってこんのすけ様や本丸の皆様は元気にしていらっしゃるかしら」
もし審神者の身に何か起こり霊力が滞った場合は本丸のある土地から直接供給される様になっている。
その為霊力不足により顕現が解かれるという事もないのだがそれでも残してきた彼等がユウは心配だった。
「あいつらは何時も通り元気にしているだろう」
最悪、本丸にいる者達は政府がなんとかしてくれる為心配には及ばないとも山姥切国広は言った。
寧ろ問題なのはいつ元の世界に戻れるか分からないユウであるのだが兎に角ユウは己の状況より本丸の方が気になるらしい。
そんなユウを仕方ないと思う山姥切国広と厚藤四郎であるが同時に誇らしくも思えた。
「皆んな元気にしてるさ。こんのすけ以外は、な」
厚藤四郎の言葉通り本丸に残された彼等は元気である。
半日の別れと見送ったユウが原因も分からぬまな行方不明と、政府の者達から聞かされたのは予定していた帰宅の時刻よりかなり過ぎた夕刻の事であった。
それを聞いた彼等は兎に角荒れた。
政府からの使者を皆で囲い問いただし、それでもまだ政府は何か隠していないかと疑った為、尋問もお手の物だと名乗りを上げたいう新撰組の使者達をドナドナした。
血の気の多い者は今すぐにでも政府に殴り込もうと決起したが流石にそれは政府のユウに対する印象が悪くなるからと比較的に自制が出来る者達が宥めて事なきを得た。
しかしいくら政府が忽然と消えたユウの行方を探しているとはいえ人任せで呑気に待てる程彼等は大人しくない。
何か自分達も行方の分からぬユウの手掛かり一つでも見つけられれば、健気な主従愛を見せる男士達。
そんな彼等の熱い思いに被害を被るのは本丸唯一、政府とやりとりが出来るこんのすけである。
こんのすけはユウの執務室に放り込まれると犯罪ぎりぎりまで情報集めに奔走させられた。
時には政府の警備システムに侵入して監視カメラの映像を取り寄せ、時にはユウに悪意を持つ者はいないか調べ上げ、その他時空の歪み、歴史修正主義者の動向など彼等が求める情報を朝から晩まで、休みなく調べさせられた。
流石にこんのすけ一人では無茶なので元政府所属の男士も手伝う事はあったがメインはこんのすけである。
こんのすけはこき使われたが文句は言えなかった。
言おうものならユウを慕う彼等に何をされるか分からない。
こんのすけは早くユウの行方が見つかる事を強く願いながらその日も日が昇ると共にキーボードを叩くのであった。
まさかこんのすけがそんな目に遭っているとは知らずユウは始まる学園生活に胸を躍らせていた。
状況が状況だけに不謹慎ではあるのだが学園長から学園の入学を許可されて少しばかり浮かれていた。
人生初の学生生活に浮かれるユウを二人は咎めはしない。
寧ろこの様な状況だからこそ羽目を外さない程度に楽しんでくれればとさえ思っていた。
しかしいざ、登校初日になってそうも言ってられない事に気がつく。
それは何気ない疑問だった。
「何故、主は乱藤四郎が履いている様な物を履かないんだ」
初めての制服を嬉しそうに山姥切国広達に見せに来たユウ。
学園長が用意してくれたという制服はユウの身体にぴったりであったが山姥切国広は不思議であった。
ユウは女子である。
知識では女子の学生服は本人が希望しない限り乱藤四郎が何時も履いている物、スカートを履く筈である。
なのに目の前のユウはスラックスを履いていた。
普段からユウがスラックスを好むなら特に疑問にも思わないがユウは普段着が和服である為機会が有れば洋服、ワンピースやスカートを着たがる。
ユウがその理由を答えよとしたところで通り縋りのゴーストがあっさりと答えた。
「この学園には女子の制服なんてないよ?此処は男子校だからね」
おかしな事を言うと、一頻り笑ったゴーストはそのまま薄れて消えた。
「男子校だと?!」
山姥切国広の声は殆ど絶叫と変わりなかった。
昨晩、散々怖い目を見たグリムはその声に怯えてユウに飛び付く。
「主は学園が男子校と知ってて通う気だったのか!」
「は、はい。男子校って男の人しかいないんですよね?でしたら本丸もそうでしたしそんなに変わりないかなと」
「確かにどちらも男しかいないが違う」
全然違うと、二度も否定して首を振るう山姥切国広。
その狼狽え様にそんなに違うのかとユウは視線で厚藤四郎に問うた。
「全然違うぞ大将」
「全然違うのですね」
厚藤四郎にも否定されて違うと知ったユウであるが具体的にはどう違うのか理解できていない。
「本丸の奴らは大将を慕っているから良いけど学園は他人の集まりだ。大将に好意を抱く奴もいれば悪意を抱く奴も当然いる」
「そんな危険な場所に主を一人にしてはおけない」
悪意よりもユウに対し好意を抱く者の方が二人には問題なのだが話がややこしくなる為口にはしない。
「主、今すぐ退学の手続きに行くぞ」
ユウの手を取りいざ行かんと一歩を踏み出した山姥切国広にユウもグリムも慌てた。
「えっ」
「ふなっ?!」
ユウが学園を退学するとなればグリムの退学も自動的に決まってしまう。
「山姥切国広様!お待ち下さい!」
「ユウを退学なんて許さねぇんだゾ!!!」
ユウとグリムは山姥切国広にしがみつくと必死に静止を求めた。
しかし山姥切国広は止まらない。
刀剣男士である山姥切国広に審神者である事を除けばただの小娘であるユウと体長が70センチしかない魔獣のグリムだけでは力で敵う筈がなく問答無用に引き摺られる。
「厚藤四郎様!」
このままでは力負けし、退学させられてしまうとユウは静観していた厚藤四郎に助力を求める。
「オレも大将の身の安全を考えると退学に賛成なんだけどな」
「そんな」
ユウは絶句した。
「けど大将がそんなに行きたいならオレはそれを阻む気はない」
「おい」
厚藤四郎の手の平返しに山姥切国広は動きを止めて睨んだ。
裏切り者と言わんばかりの鋭い眼光に厚藤四郎は苦笑いを浮かべる。
「大将が心配なのはオレも同じだけどこんなに喜んでいるのをぬか喜びで終わらすのは流石に忍びないだろ?」
「だからと言ってむざむざ主を狼の群れに放り込むのか」
ユウは山姥切国広が言う狼の群れがなんなのかわからなかったが話に水を差すわけにも行かないのでそのまま大人しく話の成り行きを見守る事にした。
「確かにそれはオレも危ないと思う。そこで提案なんだけど大将、オレを懐に入れて学園に連れて行くのはどうだ?」
厚藤四郎の提案はこうだ。
意識はそのまま、姿のみ刀に戻った状態の厚藤四郎をユウの懐に入れておく。
あくまでも姿のみが刀である為、有事の際は厚藤四郎が飛び出し自分の意志で人の形を取ってユウを守るという。
「厚藤四郎様はそんな事が出来るのですか?」
護衛というと常に誰かが側にいるという経験しか無いユウには想像もつかない事である。
短刀にその様な能力があるのも初めて聞く。
「まあな」
誇らしげに鼻を擦る厚藤四郎。
だが厚藤四郎も元からその様な事が出来た訳ではない。
短刀内でこんな事が出来ればユウの護衛が捗ると誰かが零し、今まで秘密裏に訓練してきたおかげである。
本来であれば護衛に着くにあたり不公平が出ない様、短刀全員が修得してからのお披露目であったのだが、厚藤四郎はユウの笑顔を守る為と、己の抜け駆けについて胸の内で皆に謝る。
特に懐には一家言ある信濃藤四郎など知られれば怒りそうである。
「これなら大将の身の安全は守れるだろ?」
そう言って笑った厚藤四郎はユウには聞こえない様山姥切国広に耳打ちをする。
「ついでに大将に不埒な思いを抱いていそうな奴はチェックしておく」
「なら良いだろう」
「よし、大将!許可が出た事だしさっさと学園に行こうぜ」
そう言って厚藤四郎はその身を刀へと変えた。
そんな厚藤四郎を受け止めた山姥切国広はユウへと差し出す。
「主、約束だ。どんな時も出来る限り厚藤四郎を持っていてくれ」
でないと再び退学を考えると言われてユウは頷き、厚藤四郎を懐に忍ばせた。
こうしてユウの異世界学園生活は始まった。
山姥切国広と厚藤四郎は品行方正なうちのユウが何か問題を起こす訳がないとやや親馬鹿思考により安心しきっていたが完全巻き込まれのシャンデリア破損事件から始まり、多発するオーバーブロットにフェアリー、ゴースト絡みの様々な事件、騒動に巻き込まれて行く事になる。
その度に懐に仕舞われた厚藤四郎や何処からか学園の制服を調達してきた山姥切国広の活躍もありユウは学園で起こる様々な事件を解決していった。
毎日楽しそうに通学するユウの姿にあの時退学を断行なくて良かったと思う山姥切国広。
しかし日を追う事にユウへと好意を寄せる者が着実に増えていくという事態に山姥切国広と厚藤四郎は頭を悩ませるのであった。
定期的に行われる会議を終え、皆が退室の準備を取る中カリムが元気に手を挙げ、学園長に声をかけた。
「なあ、学園長」
「どうしましたかアジーム君」
「この前の嵐でオンボロ寮の屋根が幾つか飛んだだろ?」
先日、賢者の島一帯を襲った嵐は勢い凄まじく至るところで屋根や外壁が剥がれるなどの被害が出た。
名の通り元からオンボロであるユウ達が住まう寮も例外なく嵐の被害を受け屋根に大穴を空けていた。
「あれじゃあ住むのも大変だろうしユウ達をオレの所の寮に迎えたいって思ってるんだ」
オンボロ寮の屋根に空いた大穴は学園からも良く見えており、カリムはそこに住まうユウ達の生活を心配していた。
あまりにも何度も、溜息混じりに溢すカリムにならばうちの寮に住ませれば良いとジャミルが提案した。
カリムもその案に大賛成で、今現在進行形で学園長に確認をとっているが既にスカラビア寮にユウとグリムの部屋は用意されている。
転寮させてから騒がれては煩わしいので隙を見て学園長から許可を捥ぎ取れとジャミルから言われていたカリムは行動に移した。
企みに茶々を入れられては堪らないので学園長と二人っきりの時にと、ジャミルから言われていたのだがカリムはそれをうっかり忘れて他に他の寮長達がいる前で尋ねてしまった。
「ちょっと待ってくれカリム。ユウ達が今のオンボロ寮から転寮させるのは悪くない案だがそれがどうして君の寮になるんだい?」
さっそくカリムの発言に待ったをかけたのはリドルである。
納得がいかないという表情を前面に出したリドルは尋ねる。
「そうですよ。それにスカラビア寮は寒暖差が激しく乾燥も酷いのですからユウさん達の転寮先として良いとは思えませんね。その点、うちの寮ですと激しい寒暖差はないですし湿度もあります。学園長、是非ともユウさん達の転寮先は我がオクタヴィネル寮に!」
「海の中なんだからそりゃあ乾燥なんてしないでしょ。湿度なんて100パーセントじゃ、ひいっ」
ユウ達を心配する素振りを見せながら相手を下げて己を上げるアズールのプレゼンに対し珍しく生身で会議に参加していたイデアは小声でツッコミを入れるがそれがアズールに聞こえていたらしい。
余計な事を言うなと副音声の聞こえる素晴らしい笑みを向けられてイデアは情けない声を上げた。
「そうよ。兎に角湿度が有れば良いって訳じゃないの。何事も適度が一番よ。その点我がポムフィオーレ寮は極端な環境でもないしジャガイモが少し増えた位問題ないわ」
「確かにポムフィオーレ寮は学園と変わらない環境ですしユウ君達の転寮先には良いかもしれませんね」
「そ、それなら我がハーツラビュル寮も気候は穏やかです!それに我が寮には彼女達と中の良い者が二人います」
このまま放置すればユウ達の転寮先がポムフィオーレ寮になってしまうと気づいたリドルは慌てて名乗りを挙げた。
環境だけでは押しが弱いと思ったのかユウの交友関係も付け加えて主張する。
「そもそも気温や湿度が寮の環境に左右されるとか惰弱過ぎでは?」
アズールに笑顔で凄まれ、大人しく皆の主張を黙って聞いていたイデアは小さな声で零した。
「何か言いましたかイデアさん?」
「言いたい事があるならはっきり言いなさいよ」
確かにそれは小さな声であったのだがタイミングが良いのか悪いのか皆の会話が途切れた所であった為に皆に聞こえていた。
剣呑な視線を向けてくるアズールとヴィルにイデアはすぐさま彼等に謝りを入れて身を小さくする。
「環境なんて暫くすりゃあ慣れるだろ」
既にユウはオンボロ寮という環境でも見事に過ごしている。
だというのに今更気を使う事がおかしいとレオナは主張した。
妙に説得力のある言葉にヴィルもリドルも口を噤む。
「そもそもあの草食動物共がお堅いポムフィオーレやハーツラビュルでやっていけるのか?」
「あら、じゃあ何?サバナクローなら大丈夫だって言うのかしら」
「そんなの俺が知るかよ。転寮した先で上手くやっていくかはあいつら次第だろうが」
俺は知らねえと、会話に混じって来たかと思いきやレオナはすぐに抜け、欠伸をかいた。
「じゃあやっぱりユウ達はうちの寮で良いよな?!」
「どうしてそうなるんですか?カリムさん。此処はオクタヴィネル寮にお任せください。寮長である私がしっかりユウさん達の面倒を見ます」
「君が言うと全く安心出来ないのだけど」
私が、僕が、オレが、と各々に主張する為会議室は混沌と化した。
「困りましたね。まさかこうも堂々巡りとなってしまうとは」
学園長は深々と溜息を吐く。
面倒くさいのでこのまま隙を見て退室したくもあるがオンボロ寮の問題は彼等だけでなく教師達からも改善を求められていた。
改修するにはお金がかかり過ぎる為、学園長としてはカリムの提案はありがたいものであったがまさか此処までの会議が紛糾するとは思っても見なかった。
「ユウくん達に何処へ移ってもらうか悩みどころですね」
どこを選んでも選ばれなかった寮には角が立つ。
本当に困りましたと、悩ましげに溢す学園長。
「ですがその様なお悩みは最早無用ですよ」
聞き覚えのない声に学園長も、言い争っていた寮長達も動きを止めた。
「私達の主は返して頂きます」
皆が囲む円卓の中央、そこにまるで刃物で穴を空けたかの様な切り目が入っていた。
その真っ直ぐな切り目が湾曲し、開いた所で白く大きな虎が突然飛び出して来る。
その突然の事態に学園長も寮長達も椅子が倒れるのも構わず壁際へと後退する。
唯一、カリムだけは大きな虎に瞳を輝かせていたがヴィルに襟首を引かれて皆と同じ様に後退させられた。
「それで?私達の主は今どちらにいるのです」
大きな虎が威嚇をし、辺りに睨みをきかせている間に六人もの人間が虎と同じく空間に出来た切れ目から歩み出てきた。
「おっ、案外天井が高いな。これなら薙刀や大太刀の奴らを連れてきても良かったかもな」
六人の内、やけに白い男が興味深そうに辺りを見渡して言った。
白い男のテンションは兎に角高く、他の者、特に虎に続き先頭を切った水色の髪をした男が異様に空気を張り詰めさせていただけにその配色と共に浮いていた。
「そうなりますと鶴丸殿は留守番となっていたでしょうな」
「おいおい一期、俺はお前が滅茶苦茶しない為の見張り兼交渉役だぞ?留守番なんかする筈ないだろ」
鶴丸と呼ばれた白い男はおかしな事を言うと笑った。
しかし水色の髪の男一期も、その彼の側に寄り添う三人は兄弟だろうか、何処となく顔が似ている四人の表情は硬い。
唯一、鶴丸の後ろに立つ淡い緑色の髪を持つ男は笑みを浮かべていたがその笑みに隙というものは感じられなかった。
「まあ、今はいなくなった主の行方だ。なあ、きみ達はこの世界の住人だろ?俺達の主を知らないか?」
「隠す様ならば容赦なく斬る」
人懐っこい態度で尋ねてきた鶴丸に対し一期は刃物を抜き出し、構える。
それに対し学園長は杖を、寮長達もペンを構えた。
「おい一期!長谷部が言ってただろ!主がどんな状況にいるかも分からないのに無闇に刀を抜く奴があるか!!」
しかし一期は構えたまま下ろそうとしない。
それどころか一期に呼応する様に彼に似た三人の兄弟もまた、長さは違えど刃物を構えていた。
「学園内は関係者以外立ち入り禁止です。即刻立ち去らなければこちらも強行な手段を取らせていただきます」
「おっと、これはもしや最終通告って奴じゃないのか?!」
「もしかしなくても最終通告の様だよ鶴丸さん」
鶴丸と同じく丸腰の緑色の髪の男はにこにこと笑い応えた。
「だから今の一期を連れて行くの反対だったんだよ」
誰がどう見ても明らかな一触即発の状況に鶴丸は大袈裟に溜息を吐き、首を振るう。
「多数決じゃ最大派閥の粟田口には勝てないからね。仕方ないよ」
「着いて早々現地人と揉めるなんて確実に長谷部辺りにどやされるぞ」
「そうだね。ああ、でも、何とか説教は回避出来そうだよ」
鶴丸達が話している間に部屋の外がにわかに騒がしくなった。
ドアノブが激しく揺れ、扉が開かないという声が聞こえる。
実は突然現れた侵入者が部屋の外に飛び出さない様学園長が魔法をかけていたのだが、暫くの沈黙の後見事蹴破られた。
一体どれほどの力を持ってして蹴破ったのか、魔法で守られていた扉は外れ、蝶づかいが室内に飛び散る。
扉があった場所には金髪碧眼の青年と寮長達のよく知る人物がいた。
学園長や寮長達がユウの名前を呼んだと同時に未だ円卓の上に立つ六人も主だとかあるじさんと声を上げる。
「ん?」
「おや?」
その互いに重なった声に皆が頭を傾げた。
反応から察するに何やらユウと顔見知りの様である闖入者。
しかし顔見知りだからとはいえ安全とは言えない。
寧ろだからこそ危険だとレオナやイデア、カリムは六人に対して警戒心を上げた。
「気配を感じてもしや、とは思いましたがまさか皆様にまたお会い出来るとは」
未だ扉のあった位置から動かないユウは瞳を潤ませてそんな言葉を溢した。
それと同時に六人の内、淡い髪色をした少年と長い髪の少女が駆け出す。
その二人の動きに対しすぐに反応出来たのは学園長とレオナのみで、その二人でも対処までの行動が移せなかった。
それほどに二人の動きは早く、魔法を使う前にはユウの側まで駆けていた。
「あるじさま!」
「ご無事で良かったです」
少女はユウに抱きつき、少年は控えめにユウの服の袖を握り再開を喜ぶ。
威圧的に学園長や寮長に対して威嚇していた虎もいつの間にかユウの側におり、まるで猫の様にごろごろと喉を鳴らしている。
そんな虎を優しく撫でるユウを見て誰かが溢した。
「正しく猛獣使い」と、
その為ユウは決められた刀数の男士を引き連れて会議が行われる会場に向かった。
そしてその会場内の廊下を男士達と談笑しながら歩いていた迄は覚えていたのだが、記憶はそこまでで途切れていた。
目が覚めると辺りは暗闇で何も見えない。
胸の上には感触から刀が二振り、長さから護衛に連れていた二振りの様である。
彼等の顕現が解けている事が不思議であるがそれでも彼等が側にある事にユウは安堵の息を吐いた。
そして此処は何処なのかと暗闇の中辺りを触れる。
そこは何とか身じろきできるが、それだけの余裕しか無い、箱の様な空間であった。
どうしてこんな所にと、ユウは頭を傾げる。
人間を箱詰めなんてまるで棺桶ではないかと思った時であった。
話し声、どうやら独り言らしい声が隔たりの向こうから聞こえる。
かと思うと辺りが震え、ユウは小さく悲鳴を上げるが相手には聞こえないらしい。
そしてあっという間に真っ青な炎が眼前を包んだ。
ユウは驚き悲鳴を上げながらも彼等の拵えに火の粉が掛からない様身を挺して庇う。
幸運な事に火は延焼も無くすぐに収まり、大きく空いた穴から青い瞳をした猫が顔を覗かせた。
「オレ様にその制服を寄越すんだゾ」
その猫は追い剥ぎであった。
それから猫、もといグリムに怪しげな衣装に身を包んだ学園長も巻き込んだ鬼ごっこの末にユウはどういう訳か魔法士育成の学校、ナイトレイブンカレッジへの入学が認められた。
色々あったせいか共に暮らす事になったグリムは解散して早々に寝室へと消えてしまった。
当たり前の様に目の前の行き交っていたゴースト達は寮の何処かで宴会でもしているのか遠くから賑やかな声が聞こえている。
黒い棺の中で目を覚ましてから漸く一人となったユウは比較的綺麗な床に二振りの刀を並べると己の霊力を注いだ。
途端、刀は光を湛えながらも次第に人の形を取りだす。
何処からともなく桜が舞うと眩い光が収束し、何だか久方ぶりにも思える顔が見れて安堵した所でユウは力強く肩を掴まれた。
「どうしてすぐに俺達を顕現させなかった」
「山姥切国広様」
悲しく恨めし気に己を見つめる山姥切国広にユウは困った様に眉を下げた。
「まあまあ、落ち着けよ。大将にも大将の考えがあっての行動だったんだろうからさ」
今にも詰問をし始めそうな山姥切国広とユウの間に入り状況を収めようとするのは厚藤四郎である。
他の男士ならば山姥切国広の珍しい剣幕に圧されてしまう所であるが二人はユウにとって初期刀と初鍛刀の刀。
そこは誰よりも付き合いが長いだけにその気迫に圧される事もなく見事、厚藤四郎は山姥切国広は宥めてみせた。
そして微笑みを浮かべ、振り返った厚藤四郎はユウへと詰め寄る。
「という事で、オレ達をすぐに顕現しなかった訳も含めて説明してくれるよな?大将」
怒り詰め寄られるよりも遥かに圧力のある厚藤四郎の笑みにユウはひたすら頷くしかなかった。
学園長との会話や闇の鏡が言っていた事、ユウは覚えている限りの情報を二人に伝えた。
「ここが異世界ねぇ」
言葉だけではまだ信じられないのか厚藤四郎は辺りを見渡した。
「確かに南蛮情緒溢れるが本当にここが元いた世界と別なのか?」
本丸と比べて遥かに高い天井、本丸の中や外の街、建物と比べて今いる建物の中だけでも確かに異国感はあるもののまさか世界まで違うとまでは思えない。
そんな信じきれない様子の二人にユウは懸命に見た事を話す。
「本当です!学園長先生はそうおっしゃってましたし私見たんです!」
「何をだ?」
「猫ちゃんの耳を生やした人を!」
「耳なら南泉一文字や小狐丸だって生えているだろ?」
頬を赤くさせ、少し興奮気味のユウに対し獣の耳など大したことないと返す山姥切国広。
「小狐丸は置いておいて南泉のはそう見えるだけでただの髪の毛だろ」
「そうなのか?」
そうだろうと、厚藤四郎と山姥切国広は顔を見合わせ話す。
それを聞いていたユウは訴えた。
「ああいう耳っぽいのではなくてですね本当に猫ちゃんの耳が生えていたんです!」
皆が揃いの衣装を着て集まっていた部屋で猫の耳に犬、又はそれ以外の動物の耳を生やした者達がいた。
彼等は耳の他にやはり動物と同じ尻尾を生やしてもいた。
「学園長先生に伺った所この世界には人間の他に獣人、それに人魚や妖精の方もいらっしゃるらしいのです」
そんな多種多様な種族が入り混じる世界をユウは知らない。
つまりここは異世界なのだと獣耳を理由に肯定する。
しかしユウの言う獣人をその目で見ていない二人は未だ半信半疑だ。
「後、この世界は魔法が当たり前なんですって」
「魔法?何だそれ」
「何もない所から火をだしたり水をだしたり」
「それは奇術師の事か?」
ユウは目の前で魔法が飛び交うのを見ていたためにここが異世界と聞いて一切疑う事もなく納得したがやはりその目で見ていない二人に説明するのは限度があった。
きっと二人の頭には火を噴いたり、扇子から水を出す奇術師を浮かべているのだろう。
一体どう言えば彼等が魔法を理解するのかユウが困り果てているところに彼はやってきた。
「オメーさっきからうるさいんだゾ」
おかげで目が覚めたと、目を擦り疎まし気にやってきたグリム。
「猫が喋った」
「猫が喋るくらい珍しくないだろ」
グリムと初対面の厚藤四郎と山姥切国広は面をくらっていた。
対してユウはグリムの登場に顔を輝かせる。
「そうだわグリムさん、先程の様に火を噴いてくれませんか?」
「何でオレ様がそんな事を」
「ね、お願い」
ユウの頼みにとてもめんどくさいという表情をしたグリムであるが、頭を優しく撫でられるとその心地良さに何も言えなくなってしまう。
実は虎や狐、それに鵺など、動物やそうでない生き物が多くいた本丸で暮らすユウは彼等を撫でる機会が大変多く有り、本人も気付かぬ内に動物を文字通りとろけさせる技術を得ていた。
そしてそんな技術を持つユウに撫でられたグリムはその心地良さに勝てる筈がなく仕方がないと了承する。
「しょうがねえな。今回だけなんだゾ」
そう言うなり胸が膨らむ程息を吸い込んだグリムはそこで留め、天井に向かって一気に吐き出す。
辺りを熱気が包んだ。
グリムが吐き出したのは息ではなく青い炎で、大きな炎の渦が目の前でうねり翻る。
青い炎はグリムが口を閉じるとみるみる内に火力が縮まり、最後には何もなかったかの様に消えた。
山姥切国広と厚藤四郎はまるで何か幻術でも見たかの様な心地であった。
しかし目の前で渦巻く炎を見た二人はその凄まじい熱気に顔を火照らせ、汗をかいている。
これがユウの言う魔法なのかと呆然する二人に対しユウは興奮してグリムを抱きしめていた。
「凄いわグリムさん!さっきは炎が目の前だったから少し恐ろしかったけど、こうして改めて見ると凄く綺麗なのね」
「炎が目の前にだと?」
ユウの言葉を拾い呆然としていた筈のゆらりと二人は動き出す。
「そういえばオマエら誰だ?」
グリムはユウの腕の中で見知らぬ二人の姿に頭を傾げた。
「オレ達の事は今はどうでも良い。大将はまだオレ達に話してない事があるみたいだな」
「何もないのよ。何もなかったの」
「そういえばさっきから気になっていたんだがどうして前髪が焦げているんだ」
山姥切国広の指摘にユウは慌てて前髪を隠した。
が、既に遅く毛先の焦げたユウの前髪はばっちり見られている。
二人から胡乱な目で見つめられてグリムはユウの腕から抜け出すとたじろぐ。
そして居心地悪そうに俯向くと言い訳がましく呟いた。
「オレ様だってまさかあんなにも燃える何て思ってもみなかったんだゾ」
グリムの呟きだけではどう言う状況か、二人は想像がつかなかったがグリムの様子からユウの前髪を焦がしたのがグリムが原因だと言うのはよく分かった。
「ぎゃっ!!!」
グリムは悲鳴を上げた。
目の前に細長く鋭い刃物が迫っていたのだ。
「よくも俺たちの主を傷付けたな」
「お止めてください山姥切国広様」
ユウは巻き込まれてはまずいといつの間にか厚藤四郎の手により一人と一匹から距離を取らされていた。
「そうだぜ。下手に呪われると厄介だから毛皮を剥ぐ位にしとかないと」
「厚藤四郎様も何をおっしゃってるんです!」
山姥切国広の突然の暴走を止めてくれるかと思いきやどちらかといえば煽る厚藤四郎にユウは驚いた。
ユウは厚藤四郎から離れると庇う様にグリムを抱き締める。
「怪我をするからあんたはそいつから離れろ」
「離れません」
山姥切国広の殺気に当てられ動けなくなっていたグリムは己を抱き締めるユウにしがみ付くと小さな手でユウの服を握った。
「私の前髪は確かにグリムさんの炎で焼けましたがあれは事故なんです」
「事故だろうと俺たちの主を傷付けた事実は変わらない」
山姥切国広は本気でグリムを切り捨てようとしていた。
ユウは厚藤四郎を見るが彼は肩を竦めて首を振るうだけでグリムを切る事に反対ではないらしい。
「どうしてその化け猫を庇う」
「グリムさんはこれから私と一緒に生徒として通うんです」
「何?どういう事だ」
先程ユウが行った説明で彼女が学園に通うという話を聞いてはいた二人であるがグリムと一緒というのは聞いていなかった。
「私達は合わせて一人の学生扱いとして入学を認められました。どちらかが欠ければ退学、もちろんそうなればこの建物からも出なくてはいけません」
此処が異世界だとして、あてもなければ伝手となる知り合いもいない。
政府とも連絡のつかぬ状況で住を奪われるのは些か不味かった。
「山姥切国広様は私に野で暮らせと言うのですか?」
主であるユウにそんな事はさせられない山姥切国広は渋々と刀を下ろした。
「グリムさん、脅かしてしまいすみませんでした」
山姥切国広が刀を鞘に戻したのを確認するとユウは抱きしめていたグリムを離した。
「オレ様もオマエの髪を燃やしたりして悪かったんだゾ」
「もう過ぎた事ですからお気になさらないで下さい」
俯向きがちに告げたグリムにユウは微笑んだ。
静かにする事を約束し、ユウは再び眠りに行くグリムに手を振り見送った。
「しかし何故、身を挺してまで庇ったんだ」
ユウの置かれた状況からグリムを失うとまずいのは分かったがわざわざ飛び出して庇うとまでは思わなかった山姥切国広はユウに尋ねる。
「なんだかグリムさんを見ているとこんのすけ様を思い出してしまって」
何処かが似ているわけではないのだがユウは大人しくもしていられなかった。
「私が異世界に来てしまってこんのすけ様や本丸の皆様は元気にしていらっしゃるかしら」
もし審神者の身に何か起こり霊力が滞った場合は本丸のある土地から直接供給される様になっている。
その為霊力不足により顕現が解かれるという事もないのだがそれでも残してきた彼等がユウは心配だった。
「あいつらは何時も通り元気にしているだろう」
最悪、本丸にいる者達は政府がなんとかしてくれる為心配には及ばないとも山姥切国広は言った。
寧ろ問題なのはいつ元の世界に戻れるか分からないユウであるのだが兎に角ユウは己の状況より本丸の方が気になるらしい。
そんなユウを仕方ないと思う山姥切国広と厚藤四郎であるが同時に誇らしくも思えた。
「皆んな元気にしてるさ。こんのすけ以外は、な」
厚藤四郎の言葉通り本丸に残された彼等は元気である。
半日の別れと見送ったユウが原因も分からぬまな行方不明と、政府の者達から聞かされたのは予定していた帰宅の時刻よりかなり過ぎた夕刻の事であった。
それを聞いた彼等は兎に角荒れた。
政府からの使者を皆で囲い問いただし、それでもまだ政府は何か隠していないかと疑った為、尋問もお手の物だと名乗りを上げたいう新撰組の使者達をドナドナした。
血の気の多い者は今すぐにでも政府に殴り込もうと決起したが流石にそれは政府のユウに対する印象が悪くなるからと比較的に自制が出来る者達が宥めて事なきを得た。
しかしいくら政府が忽然と消えたユウの行方を探しているとはいえ人任せで呑気に待てる程彼等は大人しくない。
何か自分達も行方の分からぬユウの手掛かり一つでも見つけられれば、健気な主従愛を見せる男士達。
そんな彼等の熱い思いに被害を被るのは本丸唯一、政府とやりとりが出来るこんのすけである。
こんのすけはユウの執務室に放り込まれると犯罪ぎりぎりまで情報集めに奔走させられた。
時には政府の警備システムに侵入して監視カメラの映像を取り寄せ、時にはユウに悪意を持つ者はいないか調べ上げ、その他時空の歪み、歴史修正主義者の動向など彼等が求める情報を朝から晩まで、休みなく調べさせられた。
流石にこんのすけ一人では無茶なので元政府所属の男士も手伝う事はあったがメインはこんのすけである。
こんのすけはこき使われたが文句は言えなかった。
言おうものならユウを慕う彼等に何をされるか分からない。
こんのすけは早くユウの行方が見つかる事を強く願いながらその日も日が昇ると共にキーボードを叩くのであった。
まさかこんのすけがそんな目に遭っているとは知らずユウは始まる学園生活に胸を躍らせていた。
状況が状況だけに不謹慎ではあるのだが学園長から学園の入学を許可されて少しばかり浮かれていた。
人生初の学生生活に浮かれるユウを二人は咎めはしない。
寧ろこの様な状況だからこそ羽目を外さない程度に楽しんでくれればとさえ思っていた。
しかしいざ、登校初日になってそうも言ってられない事に気がつく。
それは何気ない疑問だった。
「何故、主は乱藤四郎が履いている様な物を履かないんだ」
初めての制服を嬉しそうに山姥切国広達に見せに来たユウ。
学園長が用意してくれたという制服はユウの身体にぴったりであったが山姥切国広は不思議であった。
ユウは女子である。
知識では女子の学生服は本人が希望しない限り乱藤四郎が何時も履いている物、スカートを履く筈である。
なのに目の前のユウはスラックスを履いていた。
普段からユウがスラックスを好むなら特に疑問にも思わないがユウは普段着が和服である為機会が有れば洋服、ワンピースやスカートを着たがる。
ユウがその理由を答えよとしたところで通り縋りのゴーストがあっさりと答えた。
「この学園には女子の制服なんてないよ?此処は男子校だからね」
おかしな事を言うと、一頻り笑ったゴーストはそのまま薄れて消えた。
「男子校だと?!」
山姥切国広の声は殆ど絶叫と変わりなかった。
昨晩、散々怖い目を見たグリムはその声に怯えてユウに飛び付く。
「主は学園が男子校と知ってて通う気だったのか!」
「は、はい。男子校って男の人しかいないんですよね?でしたら本丸もそうでしたしそんなに変わりないかなと」
「確かにどちらも男しかいないが違う」
全然違うと、二度も否定して首を振るう山姥切国広。
その狼狽え様にそんなに違うのかとユウは視線で厚藤四郎に問うた。
「全然違うぞ大将」
「全然違うのですね」
厚藤四郎にも否定されて違うと知ったユウであるが具体的にはどう違うのか理解できていない。
「本丸の奴らは大将を慕っているから良いけど学園は他人の集まりだ。大将に好意を抱く奴もいれば悪意を抱く奴も当然いる」
「そんな危険な場所に主を一人にしてはおけない」
悪意よりもユウに対し好意を抱く者の方が二人には問題なのだが話がややこしくなる為口にはしない。
「主、今すぐ退学の手続きに行くぞ」
ユウの手を取りいざ行かんと一歩を踏み出した山姥切国広にユウもグリムも慌てた。
「えっ」
「ふなっ?!」
ユウが学園を退学するとなればグリムの退学も自動的に決まってしまう。
「山姥切国広様!お待ち下さい!」
「ユウを退学なんて許さねぇんだゾ!!!」
ユウとグリムは山姥切国広にしがみつくと必死に静止を求めた。
しかし山姥切国広は止まらない。
刀剣男士である山姥切国広に審神者である事を除けばただの小娘であるユウと体長が70センチしかない魔獣のグリムだけでは力で敵う筈がなく問答無用に引き摺られる。
「厚藤四郎様!」
このままでは力負けし、退学させられてしまうとユウは静観していた厚藤四郎に助力を求める。
「オレも大将の身の安全を考えると退学に賛成なんだけどな」
「そんな」
ユウは絶句した。
「けど大将がそんなに行きたいならオレはそれを阻む気はない」
「おい」
厚藤四郎の手の平返しに山姥切国広は動きを止めて睨んだ。
裏切り者と言わんばかりの鋭い眼光に厚藤四郎は苦笑いを浮かべる。
「大将が心配なのはオレも同じだけどこんなに喜んでいるのをぬか喜びで終わらすのは流石に忍びないだろ?」
「だからと言ってむざむざ主を狼の群れに放り込むのか」
ユウは山姥切国広が言う狼の群れがなんなのかわからなかったが話に水を差すわけにも行かないのでそのまま大人しく話の成り行きを見守る事にした。
「確かにそれはオレも危ないと思う。そこで提案なんだけど大将、オレを懐に入れて学園に連れて行くのはどうだ?」
厚藤四郎の提案はこうだ。
意識はそのまま、姿のみ刀に戻った状態の厚藤四郎をユウの懐に入れておく。
あくまでも姿のみが刀である為、有事の際は厚藤四郎が飛び出し自分の意志で人の形を取ってユウを守るという。
「厚藤四郎様はそんな事が出来るのですか?」
護衛というと常に誰かが側にいるという経験しか無いユウには想像もつかない事である。
短刀にその様な能力があるのも初めて聞く。
「まあな」
誇らしげに鼻を擦る厚藤四郎。
だが厚藤四郎も元からその様な事が出来た訳ではない。
短刀内でこんな事が出来ればユウの護衛が捗ると誰かが零し、今まで秘密裏に訓練してきたおかげである。
本来であれば護衛に着くにあたり不公平が出ない様、短刀全員が修得してからのお披露目であったのだが、厚藤四郎はユウの笑顔を守る為と、己の抜け駆けについて胸の内で皆に謝る。
特に懐には一家言ある信濃藤四郎など知られれば怒りそうである。
「これなら大将の身の安全は守れるだろ?」
そう言って笑った厚藤四郎はユウには聞こえない様山姥切国広に耳打ちをする。
「ついでに大将に不埒な思いを抱いていそうな奴はチェックしておく」
「なら良いだろう」
「よし、大将!許可が出た事だしさっさと学園に行こうぜ」
そう言って厚藤四郎はその身を刀へと変えた。
そんな厚藤四郎を受け止めた山姥切国広はユウへと差し出す。
「主、約束だ。どんな時も出来る限り厚藤四郎を持っていてくれ」
でないと再び退学を考えると言われてユウは頷き、厚藤四郎を懐に忍ばせた。
こうしてユウの異世界学園生活は始まった。
山姥切国広と厚藤四郎は品行方正なうちのユウが何か問題を起こす訳がないとやや親馬鹿思考により安心しきっていたが完全巻き込まれのシャンデリア破損事件から始まり、多発するオーバーブロットにフェアリー、ゴースト絡みの様々な事件、騒動に巻き込まれて行く事になる。
その度に懐に仕舞われた厚藤四郎や何処からか学園の制服を調達してきた山姥切国広の活躍もありユウは学園で起こる様々な事件を解決していった。
毎日楽しそうに通学するユウの姿にあの時退学を断行なくて良かったと思う山姥切国広。
しかし日を追う事にユウへと好意を寄せる者が着実に増えていくという事態に山姥切国広と厚藤四郎は頭を悩ませるのであった。
定期的に行われる会議を終え、皆が退室の準備を取る中カリムが元気に手を挙げ、学園長に声をかけた。
「なあ、学園長」
「どうしましたかアジーム君」
「この前の嵐でオンボロ寮の屋根が幾つか飛んだだろ?」
先日、賢者の島一帯を襲った嵐は勢い凄まじく至るところで屋根や外壁が剥がれるなどの被害が出た。
名の通り元からオンボロであるユウ達が住まう寮も例外なく嵐の被害を受け屋根に大穴を空けていた。
「あれじゃあ住むのも大変だろうしユウ達をオレの所の寮に迎えたいって思ってるんだ」
オンボロ寮の屋根に空いた大穴は学園からも良く見えており、カリムはそこに住まうユウ達の生活を心配していた。
あまりにも何度も、溜息混じりに溢すカリムにならばうちの寮に住ませれば良いとジャミルが提案した。
カリムもその案に大賛成で、今現在進行形で学園長に確認をとっているが既にスカラビア寮にユウとグリムの部屋は用意されている。
転寮させてから騒がれては煩わしいので隙を見て学園長から許可を捥ぎ取れとジャミルから言われていたカリムは行動に移した。
企みに茶々を入れられては堪らないので学園長と二人っきりの時にと、ジャミルから言われていたのだがカリムはそれをうっかり忘れて他に他の寮長達がいる前で尋ねてしまった。
「ちょっと待ってくれカリム。ユウ達が今のオンボロ寮から転寮させるのは悪くない案だがそれがどうして君の寮になるんだい?」
さっそくカリムの発言に待ったをかけたのはリドルである。
納得がいかないという表情を前面に出したリドルは尋ねる。
「そうですよ。それにスカラビア寮は寒暖差が激しく乾燥も酷いのですからユウさん達の転寮先として良いとは思えませんね。その点、うちの寮ですと激しい寒暖差はないですし湿度もあります。学園長、是非ともユウさん達の転寮先は我がオクタヴィネル寮に!」
「海の中なんだからそりゃあ乾燥なんてしないでしょ。湿度なんて100パーセントじゃ、ひいっ」
ユウ達を心配する素振りを見せながら相手を下げて己を上げるアズールのプレゼンに対し珍しく生身で会議に参加していたイデアは小声でツッコミを入れるがそれがアズールに聞こえていたらしい。
余計な事を言うなと副音声の聞こえる素晴らしい笑みを向けられてイデアは情けない声を上げた。
「そうよ。兎に角湿度が有れば良いって訳じゃないの。何事も適度が一番よ。その点我がポムフィオーレ寮は極端な環境でもないしジャガイモが少し増えた位問題ないわ」
「確かにポムフィオーレ寮は学園と変わらない環境ですしユウ君達の転寮先には良いかもしれませんね」
「そ、それなら我がハーツラビュル寮も気候は穏やかです!それに我が寮には彼女達と中の良い者が二人います」
このまま放置すればユウ達の転寮先がポムフィオーレ寮になってしまうと気づいたリドルは慌てて名乗りを挙げた。
環境だけでは押しが弱いと思ったのかユウの交友関係も付け加えて主張する。
「そもそも気温や湿度が寮の環境に左右されるとか惰弱過ぎでは?」
アズールに笑顔で凄まれ、大人しく皆の主張を黙って聞いていたイデアは小さな声で零した。
「何か言いましたかイデアさん?」
「言いたい事があるならはっきり言いなさいよ」
確かにそれは小さな声であったのだがタイミングが良いのか悪いのか皆の会話が途切れた所であった為に皆に聞こえていた。
剣呑な視線を向けてくるアズールとヴィルにイデアはすぐさま彼等に謝りを入れて身を小さくする。
「環境なんて暫くすりゃあ慣れるだろ」
既にユウはオンボロ寮という環境でも見事に過ごしている。
だというのに今更気を使う事がおかしいとレオナは主張した。
妙に説得力のある言葉にヴィルもリドルも口を噤む。
「そもそもあの草食動物共がお堅いポムフィオーレやハーツラビュルでやっていけるのか?」
「あら、じゃあ何?サバナクローなら大丈夫だって言うのかしら」
「そんなの俺が知るかよ。転寮した先で上手くやっていくかはあいつら次第だろうが」
俺は知らねえと、会話に混じって来たかと思いきやレオナはすぐに抜け、欠伸をかいた。
「じゃあやっぱりユウ達はうちの寮で良いよな?!」
「どうしてそうなるんですか?カリムさん。此処はオクタヴィネル寮にお任せください。寮長である私がしっかりユウさん達の面倒を見ます」
「君が言うと全く安心出来ないのだけど」
私が、僕が、オレが、と各々に主張する為会議室は混沌と化した。
「困りましたね。まさかこうも堂々巡りとなってしまうとは」
学園長は深々と溜息を吐く。
面倒くさいのでこのまま隙を見て退室したくもあるがオンボロ寮の問題は彼等だけでなく教師達からも改善を求められていた。
改修するにはお金がかかり過ぎる為、学園長としてはカリムの提案はありがたいものであったがまさか此処までの会議が紛糾するとは思っても見なかった。
「ユウくん達に何処へ移ってもらうか悩みどころですね」
どこを選んでも選ばれなかった寮には角が立つ。
本当に困りましたと、悩ましげに溢す学園長。
「ですがその様なお悩みは最早無用ですよ」
聞き覚えのない声に学園長も、言い争っていた寮長達も動きを止めた。
「私達の主は返して頂きます」
皆が囲む円卓の中央、そこにまるで刃物で穴を空けたかの様な切り目が入っていた。
その真っ直ぐな切り目が湾曲し、開いた所で白く大きな虎が突然飛び出して来る。
その突然の事態に学園長も寮長達も椅子が倒れるのも構わず壁際へと後退する。
唯一、カリムだけは大きな虎に瞳を輝かせていたがヴィルに襟首を引かれて皆と同じ様に後退させられた。
「それで?私達の主は今どちらにいるのです」
大きな虎が威嚇をし、辺りに睨みをきかせている間に六人もの人間が虎と同じく空間に出来た切れ目から歩み出てきた。
「おっ、案外天井が高いな。これなら薙刀や大太刀の奴らを連れてきても良かったかもな」
六人の内、やけに白い男が興味深そうに辺りを見渡して言った。
白い男のテンションは兎に角高く、他の者、特に虎に続き先頭を切った水色の髪をした男が異様に空気を張り詰めさせていただけにその配色と共に浮いていた。
「そうなりますと鶴丸殿は留守番となっていたでしょうな」
「おいおい一期、俺はお前が滅茶苦茶しない為の見張り兼交渉役だぞ?留守番なんかする筈ないだろ」
鶴丸と呼ばれた白い男はおかしな事を言うと笑った。
しかし水色の髪の男一期も、その彼の側に寄り添う三人は兄弟だろうか、何処となく顔が似ている四人の表情は硬い。
唯一、鶴丸の後ろに立つ淡い緑色の髪を持つ男は笑みを浮かべていたがその笑みに隙というものは感じられなかった。
「まあ、今はいなくなった主の行方だ。なあ、きみ達はこの世界の住人だろ?俺達の主を知らないか?」
「隠す様ならば容赦なく斬る」
人懐っこい態度で尋ねてきた鶴丸に対し一期は刃物を抜き出し、構える。
それに対し学園長は杖を、寮長達もペンを構えた。
「おい一期!長谷部が言ってただろ!主がどんな状況にいるかも分からないのに無闇に刀を抜く奴があるか!!」
しかし一期は構えたまま下ろそうとしない。
それどころか一期に呼応する様に彼に似た三人の兄弟もまた、長さは違えど刃物を構えていた。
「学園内は関係者以外立ち入り禁止です。即刻立ち去らなければこちらも強行な手段を取らせていただきます」
「おっと、これはもしや最終通告って奴じゃないのか?!」
「もしかしなくても最終通告の様だよ鶴丸さん」
鶴丸と同じく丸腰の緑色の髪の男はにこにこと笑い応えた。
「だから今の一期を連れて行くの反対だったんだよ」
誰がどう見ても明らかな一触即発の状況に鶴丸は大袈裟に溜息を吐き、首を振るう。
「多数決じゃ最大派閥の粟田口には勝てないからね。仕方ないよ」
「着いて早々現地人と揉めるなんて確実に長谷部辺りにどやされるぞ」
「そうだね。ああ、でも、何とか説教は回避出来そうだよ」
鶴丸達が話している間に部屋の外がにわかに騒がしくなった。
ドアノブが激しく揺れ、扉が開かないという声が聞こえる。
実は突然現れた侵入者が部屋の外に飛び出さない様学園長が魔法をかけていたのだが、暫くの沈黙の後見事蹴破られた。
一体どれほどの力を持ってして蹴破ったのか、魔法で守られていた扉は外れ、蝶づかいが室内に飛び散る。
扉があった場所には金髪碧眼の青年と寮長達のよく知る人物がいた。
学園長や寮長達がユウの名前を呼んだと同時に未だ円卓の上に立つ六人も主だとかあるじさんと声を上げる。
「ん?」
「おや?」
その互いに重なった声に皆が頭を傾げた。
反応から察するに何やらユウと顔見知りの様である闖入者。
しかし顔見知りだからとはいえ安全とは言えない。
寧ろだからこそ危険だとレオナやイデア、カリムは六人に対して警戒心を上げた。
「気配を感じてもしや、とは思いましたがまさか皆様にまたお会い出来るとは」
未だ扉のあった位置から動かないユウは瞳を潤ませてそんな言葉を溢した。
それと同時に六人の内、淡い髪色をした少年と長い髪の少女が駆け出す。
その二人の動きに対しすぐに反応出来たのは学園長とレオナのみで、その二人でも対処までの行動が移せなかった。
それほどに二人の動きは早く、魔法を使う前にはユウの側まで駆けていた。
「あるじさま!」
「ご無事で良かったです」
少女はユウに抱きつき、少年は控えめにユウの服の袖を握り再開を喜ぶ。
威圧的に学園長や寮長に対して威嚇していた虎もいつの間にかユウの側におり、まるで猫の様にごろごろと喉を鳴らしている。
そんな虎を優しく撫でるユウを見て誰かが溢した。
「正しく猛獣使い」と、