twst短編
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ユウは柘榴を差し出されて驚いた。
あまり馴染みのない赤色の小さな粒もそうであるがイデアの部屋で出される物というと大抵が駄菓子だとかインスタントの食品だからである。
一体どういう風の吹き回しなのかと柘榴を差し出した本人であるイデアを見れば何故か照れていた。
顔どころか耳まで赤くさせ、体をもじもじとくねらせている。
その既視感のある姿に覚えのあったユウは柘榴の乗った皿を受け取りイデアに尋ねる。
「柘榴はいくつでも食べて良いんですか?」
「あっ、うん。幾つでもユウ氏が食べれるだけ」
挙動不審ながらも幾つでも良いとイデアは返す。
が、数拍置いて三粒は食べて欲しいと柘榴に負けない程に顔を赤らめ、フードを深く被ったイデアが俯向きながら言うのでユウは遠慮なくもりもりと柘榴を食べた。
それから久しぶりのデートにユウは張り切っていた。
それはもう張り切り、以前から恋人の為、お洒落の為に師事していたヴィルの元へと朝から向かいファッションの辛口チェックを受ける程である。
「まあ、悪くはないわね」
「ありがとうございます!」
及第点をもらいうきうきのユウにヴィルは何処へ出掛けるのか尋ねた。
ユウの浮かれ様から何処かへ出掛けるのかとヴィルは当たりをつける。
しかし何処も何も、何時もの通りイデアのお部屋でデートだと聞いてヴィルは大きな溜息を吐き呆れた。
「折角この子が懸命にオシャレしているんだから偶には何処かへ連れ出すぐらいしなさいよ」
どうやら何時ものお部屋デートにご不満らしいヴィルはユウに聞こえない声量でイデアに文句を零したが最後は笑っていってらっしゃいとユウを見送った。
それにユウも笑顔でいってきますと応える。
それが最後に目撃されたユウの姿であった。
NRCは今日も雨である。
雨は雨でも暴風と雷を伴った荒れた天気で、鏡舎から学園迄の道のりは傘もまともに使えず散々である。
かれこれ四日はこの天気が続いていた。
天気予報上は晴れとなっている事からフェアリー・ガラの時の様な局地的な物だろうとヴィルは思う。
そんなヴィルの元へ緊急の寮長会議の知らせが入りやはりと、思ったが会議の内容はというと天気とは関係のない話であった。
「オンボロ寮のゴースト達から連絡があり分かったのですがどうもユウくんが五日程前から、グリムくんもその後から寮に戻ってないようなのです」
学園長の話にその場は騒めくが誰もあまり驚きはしなかった。
というのもユウとグリムが来てからというものオーバーブロットやフェアリー・ガラ、幽霊の花嫁、オーバーブロットと、騒動は立て続き、しかもそのどれにもユウは巻き込まれている。
その為、ユウ達が行方不明と聞いて皆はとうとうユウ達本人に被害が来たか、という感想を抱いた。
「皆さんはユウくん達とも親しくしていますし、二人の行方にご存知ないですか?」
五日前というと丁度ヴィルがユウのファッションチェックを行った日である。
「あの子なら五日前、ウチの寮に来たわ。用事を済ますとすぐに出て行ったけど」
目撃者は自分だけかとヴィルは思ったがもう一人いた。
「俺はそのヴィルの所からの帰りだろうな。同じく五日前、丁度ポムフィオーレの鏡から出てくる所に出会した」
レオナである。
ポムフィオーレ寮を出た後のユウと鏡舎内で出会し、挨拶を交わしたのだと言う。
ヴィルは見送る際に寮生が、レオナは側にラギーがいて、ユウがイグニハイドの鏡を潜った事を確認している。
「ちょっと待ってよ。肝心のイデアは何処にいるのよ」
ヴィルは声を上げて尋ねた。
寮長会議だというのにイデアの姿は勿論、何時もの浮遊するタブレットもいない。
「シュラウドくんは現在体調を崩している様でして」
会議の召集をかけた際に弟のオルトから体調不良を示すバイタルデータと共に会議不参加の返事を貰っているのだと学園長は言う。
「イデアの奴、可哀想に」
それを聞いてカリムはさめざめと同情した。
というのも近頃のイデアはユウと親しくしており、大変楽しそうだったから体調不良は仕方がないとカリムはイデアに対し同情の念を抱いた。
「待ってくれカリム。同情するのは良いがこんな時に会議を休むのはどうかと思う」
そんなカリムにリドルが待ったをかける。
体調不良が何だろうと人が一人行方不明なのだ。
「ましてやユウはイグニハイド寮に向かった所で消息を絶っている。ならば尚更イデア先輩を体調不良だ何だろうと召還して聞くべきじゃないのかい?」
「それについてなのですが」
リドルの発言に学園長はイデアからユウがイグニハイド寮を出た後の映像データを貰っているので問題ないと言った。
「ならばユウが行方不明になったのはその後なのじゃな」という声に皆は一斉に声のした方向を見る。
そこにいたのはディアソムニアの副寮長リリアであった。
寮長であるマレウスに代わって椅子に座り寛ぐリリアにいつの間にいたのか、気づかなかった、そもそも初めからいたのかとざわめく面々。
その中でカリムは何故リリアが、寮長であるマレウスはどうしたのかと尋ねる。
「まさかマレウスも体調不良か?」
マレウスもユウと仲が良かったもんなと言うカリムの言葉にレオナは鼻で笑った。
「トカゲ野郎がそんなタマかよ」
そう零したレオナの言葉に彼等の殆どは同意を示し頷く。
「それがある意味体調不良の様なものでな」
傷心で今は自室に篭っておるのじゃ、とリリアは頬に手を当てて困った様に溜息を吐いた。
リリアの話によると行方不明のユウはマレウスとお茶会の約束をしていたという。
マレウスはユウとのお茶会に張り切り何日も前から準備を始めていたのだがお茶会当日、ユウは終ぞ姿を見せなかった。
約束を反故にされて落ち込むマレウスを宥めながらリリアやシルバー、セベクが変わるがわるユウを訪ね行方を探したがユウは何処にもおらず、ユウのスマートフォンへとメッセージを送りもしたが誰からのメッセージにも既読は付かない。
「それでマレウスの奴がユウに嫌われたのだと嘆いて自室に引き篭もってしまってのう」
困った困ったとリリアはその時の事を思い出して苦笑いを浮かべた。
因みにそれが四日前の話と聞いてまさかと、レオナは青筋を浮かべる。
「そのまさかじゃ。落ち込むマレウスの魔力が漏れ出てそれが天気にまで影響しておる」
リリアの言葉にレオナは納得した。
雨が降り出してから嫌な魔力を感じていたのだという。
落ち込んでいるからと此処まで天気に影響を与えるマレウスにやはり規格外だと驚きながらも呆れるヴィル。
この荒れた天気に困っていた学園長はリリアにどうにかならないかと尋ねるがリリアはきっぱり無理だと答えた。
「というか早くユウを見付けてくれ。そうでなくてもわし等のとこの寮は床下浸水の被害が出ておるのじゃ」
どうやらマレウス本人がいるディアソムニア寮は学園の天気より酷いらしい。
明確に浸水という被害が出ている事に皆が騒めいていると誰かのスマホの着信音が響いた。
それはリリアのものらしく、通話ボタンを押すとスピーカーでもないのにリリアの後輩、セベクの助けを求める声が部屋中に響く。
助けの内容はというとリリアの魔法で眠らせていたマレウスが目を覚まし、寮の外は雷が乱れ落ち、それで寮のいたる所に穴が空いたらしい。
何とか寮生全員でマレウスを抑えているが今にも寮を飛び出してユウを探しに出てしまいそうだという。
そのセベクの背後では寮生の悲鳴らしきものが聞こえた。
「分かった分かった。わしもすぐに戻るからもう少し辛抱せい」
穏やかに、子供を宥める様に優しい口調でそう返したリリアはスマホの通話を切った。
「そういう事じゃから早急にユウの発見を頼むぞ」
でないとうちの寮はオクタヴィネル寮の様に水に浸かってしまいそうだとリリアは言った。
「それに暴走気味のマレウスがユウを探して寮を飛び出そうものなら我が寮以外にも被害が出るかもしれん」
「分かりました。捜索隊を組んでユウさんを探しましょう」
「頼んだぞ」
学園長からその言葉を引き出したリリアは文字通り会議室からすっ飛んでいった。
「それでユウさんの捜索についてなのですが」
まずは各寮共に寮生の聞き取り、次いで捜索隊の結成という事になった。
「おい、タコ野郎」
会議が終了となり、学園長は退出。
寮長達も会議室から出ようとしている中レオナはアズールに声をかけた。
声をかけられたアズールは眼鏡のブリッジを押し上げてると微笑み応える。
「はい、何でしょうか。レオナさん」
「お前、何か知ってるだろ」
「何、とは?」
「惚けるな。あの草食動物の事だ」
レオナの発言に会議室は騒めく。
皆がアズールに注目する中、アズールは笑みを絶やさず首を傾げる。
「何を根拠に仰います。僕だってユウさんが行方不明になって心配する内の一人ですよ」
「そ、そうだぞレオナ!アズールだってユウの事を心配してる」
そんなアズールを疑うのは流石に失礼だとカリムは擁護する声を上げた。
しかしレオナがそれを鼻で笑いアズールを見た。
「だったらさっきの会議での態度は何だ。随分静かだったじゃねぇか」
普段のアズールであれば何かしら有益な発言をして学園長の心証を得ている。
だというのに先程の会議ではというと有益な情報どころか相槌ばかりで発言らしい発言は一切なかった。
「お前、あの草食動物について何か知ってるんだろう?」
そこで会議室内は静かになった。
カリムは気遣う視線を、リドルとヴィルは疑念の視線をアズールへと向ける。
「確かにレオナ先輩の言う通り先程の君は何処かおかしかった」
「何か知ってるならさっさと白状した方が良いわよ」
「リドルにヴィル迄アズールを疑うのかよ」
「仕方がないでしょ。人の命がかかってるかもしれないのよ」
命と聞いてカリムはアズールに向ける視線を縋るものへと変えた。
もしも何か知っているならば教えて欲しいと願うカリムの強い視線にアズールは肩を竦めて溜息を吐く。
「契約に関わる事なので詳しくは言えませんがユウさんの命は無事ですよ」
「やっぱり何か知ってるんじゃねぇか」
レオナは髪を掻き上げて深々と溜息を吐いた。
「それでユウは今、何処にいるんだい」
「それは先程も言いましたが契約に関わる事なので口外出来ません」
アズールは己の口元に人差し指を当てて笑みを浮かべる。
此の期にも及んで、とリドルはアズールを責めるが何のその。
オクタヴィネル寮は元々海の中なので浸水被害も怖くないと言う。
「まあ、そうですね。あの人が満足したらユウさんもグリムさんも揃って何もなかったかの様に登校して来るのではないですか?」
そう言ってアズールは誰の追求にも応じなかった。
退室の礼を取って部屋を出るアズール。
そんな唯一、ユウ達の行方を知るアズールを逃すものかとリドルとカリムは追いかける。
室内に残ったのはレオナとヴィルだけであった。
「アタシ、今回の騒動の犯人が分かった気がするのよね」
「奇遇だな。俺もだ」
とあるイグニハイドの寮生は戦慄した。
学園内であっても出来れば会いたくない、スクールカーストの上位を占めるレオナとヴィルが何故か寮内の廊下を歩いていた為である。
始めこそは見間違いか、連日続いた徹夜の影響から白昼夢でも見ているのかと己の目を疑ったが廊下を歩く彼等は夢幻でもない実物で、そう分かった途端にイグニハイドの寮生は小さな悲鳴と共に最寄りの部屋へと飛び込むと扉も、窓も閉めて鍵をかけて閉じこもる。
「アタシを見て悲鳴を上げる何て失礼しちゃうわ」
廊下を闊歩するヴィル達を見て悲鳴を上げ、閉じこもってしまったイグニハイド生は先程の生徒でもうかれこれ20人にも上る。
称賛を述べて崇めるならまだしも彼等の怯え切った態度にヴィルは不満を漏らす。
「ああ?真っ当な反応だろうが」
フェアリー・ガラで散々ヴィルに絞られた記憶のあるレオナはヴィルの見た目に騙されないイグニハイド生の反応を褒めた。
すかさずヴィルの蹴りが脛へと入った為、レオナはその痛さに蹲った。
「あら、ごめんなさい」
「テメェ」
その場で蹲るレオナを見下し鼻で笑うヴィルとそんなヴィルを見上げて唸り出すレオナ。
そんな一触即発の雰囲気の二人にふんわりとした声が掛かる。
「あれ、レオナ・キングスカラーさんにヴィル・シェーンハイトさんも、どうしてここにいるの?」
珍しい客人に驚きの反応を見せるオルト。
その腕には山程のツナ缶が抱えられていた。
レオナが行方不明となっているユウとグリムがイグニハイドにいると思ったのはこのオルトとツナ缶という組み合わせを何度か見かけたからである。
その時は何とも思わなかったレオナであるが学園長の口からユウで五日、グリムもその後から寮に戻らないと聞いてその何気なく見た光景と行方不明の一人と一匹が繋がった。
オルトがツナ缶を抱えて購買と鏡舎の間を行き来する姿を見る様になったのも丁度それぐらいである。
「俺達はお前の兄貴に用があって来た」
「ごめんなさい。兄さんは今、体調が悪くて人に会える状態じゃないんです」
再びごめんなさいと謝るオルト。
その柔らかく丁寧な物腰とは裏腹に彼がレオナとヴィルに兄であるイデアを会わす気がないのが窺えた。
「体調が悪いならアタシ達も無理にイデアに会う気はないわ」
ヴィルの言葉にオルトは見るからに安堵した表情を浮かべ、
「だからさっさとイデアが囲ってるユウとグリムを返して頂戴」
続いたヴィルの言葉にオルトの表情から安堵は失われた。
「ユウさんとグリムさん、行方不明なんだってね。僕も学園長先生から話を聞いて驚いたよ」
あくまでも一人と一匹の行方は知らないと主張するオルト。
「だったら何でお前はツナ缶何て抱えてるんだ?」
レオナはオルトが抱える山程のツナ缶を指差し尋ねる。
ツナ缶はグリムの好物である事はそれなりに親しい者なら誰だって知っている。
オルトはレオナの追求に慌ててイデアに頼まれたのだと返すとレオナは笑った。
「そんな油塗れの魚が食べられる元気があるなら俺達とも面会出来るよな?」
「駄目だよ!」
せせら笑って足を一歩踏み出したレオナにオルトは大きな声を上げた。
ツナ缶が落ち、廊下中に転がるもそれに構わずレオナにしがみつく。
「兄さんは今誰とも会える状態じゃないんだ!行っちゃ駄目!」
レオナをイデアの所迄行かせまいとオルトは必死にレオナに抵抗する。
レオナはそんなオルトに対抗しながらヴィルに視線を送ると顎を使い先に行く様に示した。
アイコンタクトを受けたヴィルはオルトに気付かれない様忍び足でその場を離れる。
二人が見えなくなった所でヴィルは駆け足になり、事前にルークから聞いていたイデアの私室へと向かった。
何故、ルークが他寮長であるイデアの私室の場所を知っているかなどヴィルは不思議に思わない。
だって相手はルークだからである。
「こんなの聞いてないわよ」
ルークの情報により易々とイデアの私室まで辿り着いたヴィルであったが押しても引いても開かない扉に困り果てていた。
どうやら扉の横にある機械を操作して開ける様なのだが流石にその操作方法までは聞いていない。
試しに魔法を放ってもみたが魔法が扉に当たる前に防御壁が展開されて放った魔法はそれにより霧散してしまう。
暫く扉の前で解除の方法を考えていたヴィルは通り縋りのイグニハイド生を捕まえて扉の解除方法を尋ねた。
「ひぃっ、ヴィル・シェーンハイト先輩?!」
「そうよ。ヴィル・シェーンハイトよ。ちょっと聞くけどこの扉はアンタ達寮生の中に開けれる奴はいるの?」
「無理です!無理です!無理です!」
ヴィルの問いに寮生は首がもじ切れそうな勢いで首を横に振った。
この扉はイデア自身が改造したもので、いくらイグニハイド寮生が束になり不正な操作を行なっても扉を開放する事は出来ないと言う。
加えて扉に向かって魔法をかけようなら先程の様に防御壁が魔法を無力化してしまい、それを破るにはマレウスレベルの魔力持ちが必要だという。
そこまで聞いたヴィルは捕まえていたイグニハイド寮生を解放した。
途端に慌てて逃げ出す寮生にやはり、失礼だとその背中を一睨みすると視線を扉へと戻す。
マレウスレベルの魔力で防御壁が打ち破れるならば一度戻って連れて来ようかと思ったがリリアの話から今のマレウスは乱心気味で、その原因であるユウがイデアに拐われていたのだと分かれば騒ぎどころでは済まない気がした。
それはダメだとマレウスを呼び出す案を却下したヴィルは閃く。
「そういえば扉のセキュリティや魔法に対する防御が凄いのは分かったけど物理については何も言ってなかったわね」
試しに扉を軽く叩いてみるが何も起こらない。
つまり物理に対する防御がなされていない扉にヴィルは笑った。
「だったら簡単じゃない」
ここのところのイデアは幸せだった。
人生初の彼女が出来た事もだが何よりその彼女はイデアの事をよく理解してくれていた。
デートと言ってもいつも家デートならぬ寮デートばかりでも文句を言わず、何処かへ出かけたくないのかと尋ねれば人前を嫌がるイデアを気遣ううえ、イデアと一緒なら何処でも楽しいから良いのだと言うユウがイデアは嬉しかった。
これまで己の結婚等考える事のなかったイデアはユウとならば、と結婚に意欲を示していた。
いや、寧ろ結婚するならユウ以外ありえないとすら思っている。
「この主人公、私と同じですね」
「それはあれでござるか?己の人脈の広さを遠回しに自慢?」
ユウが読んでいたのは近頃流行りの漫画であった。
異世界からやって来た主人公が無双する冒険活劇。
始めこそ着の身着のままで異世界にやって主人公であるが持ち前の人柄と機転を活かして仲間を増やして次々に問題を解決するという話である。
イデアは何を思ってユウが漫画の主人公と同じだと言ったのか分からなかった。
性別も歳も違う。
だったら、と考えて浮かんだのがユウの交友関係と漫画の主人公の人脈の広さである。
漫画の主人公が国の王や上位貴族と親しくするようにユウも何処ぞの国の次期王や王弟、大商家の跡取り息子などとも親しい。
うわっ、僕の彼女、人脈広過ぎ!と今更になってユウの交友関係に泡を食うイデアであったがユウは何故かイデアの顔を見つめて首を傾げていた。
そんなユウにああ、自分の彼女が今日も可愛いと堪らず思考を飛ばすイデアである。
「私が同じと言ったのは漫画の主人公が異世界人だという事なのですが」
「えっ」
「え?」
ユウの言葉にイデアは頭の中で異世界って何だっけと意味を問う。
その現実逃避ともいえる脳内の問答が指を勝手に動かしていたらしく急遽タブレットが異世界の意味を告げる。
異世界、つまりこことは違う別世界。
「ユウ氏、冗談がキツすぎますぞ」
「いえ、冗談などではなくて」
そこでイデアはユウから説明を受けて彼女が本当に、正真正銘の異世界人である事を知った。
彼女が寮へと戻った後、オルトにも尋ねたが本当の事らしくイデアはいつかユウが元いた世界に帰ってしまうという不安に襲われた。
イデアとユウはお付き合いしている関係であるが、いざユウが元の世界に帰る事が出来るとなった際に自分と家族を天秤にかけて自分が選ばれる自信がイデアにはなかった。
嫌だ、嫌だと、ユウと離れたくないとイデアは私室で酷く取り乱して喚いた。
不安は睡眠障害という形で現れ、イデアは目の下に大きな隈をこさえた。
オルトはそんなイデアを心配しあれこれ安眠出来る方法を調べ、試したが一向に不眠は改善されない。
いつか離れ離れになるのならいっそ今の内に別れるという考えが頭に過ったが今更ユウと離れるなどイデアには無理だった。
そして再び懊悩と、眠れぬ日々を過ごしたイデアは悩んだ末に一つの考えに至る。
「そうだユウが帰れない様、僕のものにすれば良いんだ」
偉大なる彼の人が妻を娶る際にそうした様に自分もそうしたら良いのだとイデアは考えた。
手始めにイデアは柘榴をユウへと贈った。
異世界人であるユウが柘榴に込められた意味を理解しているとは到底思えないがイデアはそれでも良かった。
ユウが柘榴を受け取り、三粒以上食べた事で本人にそのつもりがなくともイデアのプロポーズを受けた事になる。
それで少し安心出来たイデアはユウを自分だけのものにする準備を進めた。
アズールと契約を交わし、薬を手に入れ、何も知らぬユウを何時もの様に部屋へと誘う。
何食わぬ顔で薬の入った飲み物をユウに勧め、そして
「よくもこんな騒ぎを起こしてくれたわね」
扉を蹴破り部屋へと押し入って来たヴィル。
それに驚いたイデアはユウを抱えたまま部屋の隅にいた。
「これは僕と彼女の問題であってヴィル氏は関係ないでござろう」
なのに何でヴィルがここにいるのかイデアには訳が分からない。
「関係大いにあるわよ。アンタがその子を囲ったせいでマレウスが雨を降らして天気は大荒れ、せっかくのセットが乱れて最悪よ」
「それだけの事、ひいっ」
恐ろしい迫力と共に大股でイデアに近付いてきたヴィルにユウを抱き竦めながらもイデアは壁側へと逃げた。
「それに何よりその子の努力を顧みず一人善がりな行動をしでかしたアンタに腹が立つのよね」
そう言ってヴィルは厳しく睨むと怯えて動けないイデアからユウを取り上げた。
「彼女は僕のだ!返してっ」
イデアはすぐ様自分から離れていくユウに手を伸ばすがヴィルが身を翻した事でイデアの手は虚しく空を切る。
「この子はアンタの玩具じゃない。この子はこの子自身のものよ」
そう言ってイデアから距離を取ったヴィルはこれだけ騒がしくても身動ぎ一つないユウをじっと見た。
まさかと思いヴィルはユウに呼吸をしているかの確認をする。
その時鼻を掠めた匂いにヴィルは眉を寄せて再びイデアを見下ろした。
「この子に悲劇の薬を飲ましたわね」
悲劇の薬。
その薬を飲む事で医者でも判断を誤る程に呼吸や心臓の動きを最小限に抑える薬である。
正しき名称は仮死の毒であるがそれを使った事を知らず恋人が死んだと勘違いした男が自殺するという悲劇的な事件が起きた為、仮死の毒は人々から悲劇の薬と呼ばれる様になった。
悲劇の薬は製法が難しく流通も殆どない。
それでアズールなのだろうとヴィルは推測した。
「アンタ何がしたかった訳?」
ヴィルは頭を押さえた。
まさか同級生は死体愛好家だったのかとイデアに対して思わず疑念を抱く。
「僕はただ、ユウとずっと一緒にいたかっただけで」
うじうじと俯向き呟くイデアにヴィルは腹を立て、叫んだ。
「馬鹿な男。そういう事ははっきりとこの子に言いなさい!!」
こうしてユウが見つかった事でユウの失踪事件は解決した。
グリムの失踪はユウが寮に戻らない事が少しでも遅れるようオルトが単独で行った事だった。
イグニハイド寮の空き部屋で見つかったグリムは失踪している間オルトが用意したツナ缶を山程食べていた所為か少しばかり丸々としていた。
マレウスの件はクルーウェルが調合した解毒剤でユウは目を覚まし、その足でマレウスへと誤解を解きに言った事で収まり、ディアソムニア寮が水没する事は免れた。
騒ぎを起こしたイデアは暫く謹慎を、解毒したとはいえ暫く仮死状態にあったユウは念のために保険室での療養となった。
「私はイデア先輩から柘榴を貰った時から結婚するつもりでいたのに」
久しぶりに恋人であるイデアの部屋にやって来たユウは部屋に入るなりイデアに対し文句を零した。
出来れば両親にイデアを紹介はしたいが元いた世界に帰るの気は柘榴を受け取った時点で無くなっていたのだと告げられたイデアはユウの膝に顔を埋めて泣き噦り謝った。
「ごめん。まさかユウ氏が柘榴の意味を理解してるとは思ってもみなくて、本当にごめん」
ごめんなさいと、再び泣き出したイデア。
何度も繰り返される謝罪にユウは応えながらイデアの頭を撫でた。
「謝罪よりイデア先輩の素敵なプロポーズの言葉が欲しいです」
突然のユウの要求にイデアは泣くのを止めると顔を上げ、見るからに狼狽えた。
暫く顔を青くしたり赤くして、視線を右往左往させていたイデアはユウの両手を掴むと真っ直ぐに見上げる。
「ぼ、僕と結婚して下さい」
「はい」
「そして末長く、どんな時も僕の側にいて下さい」
「はい、喜んで」
笑顔でプロポーズに応えたユウはイデアの青い唇にキスをした。
解毒剤さえあれば目を覚ますとはいえイデアの身勝手な行動で仮死状態になっていた事からイデアとユウのカップルは破局するかと思われていたがそんな事はなかった。
それどころか以前よりイデアの横で幸せそうに微笑むユウが目撃され、その左手薬指には石榴に似たガーネットの指輪が燦然と輝いていた。