twst短編
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「トレイ氏は温和で大人ですな〜。でもさ、ああいうのに限って腹の底じゃ何を考えてるか分からないんだよ」
デュースの特訓に根気よく付き合うトレイを見て零したイデアの言葉。
それをたまたま耳に入れたユウはちらりとイデアを見た。
まさか側で自分の呟きが聞かれているとは思っていなかったのだろう。
ユウの視線に気付いたイデアは見る見るうに狼狽えだす。
「あ、ユウ氏いたの?!今のは、えっと」
肩に掛かった布を掴み、何とか顔を隠そうと試みながら先程の発言に対して弁解の余地を探るイデアにユウは微笑みかけた。
「大丈夫ですよイデア先輩。今のはあくまで一般論で、という事ですよね」
「そ、そう!一般論!」
ユウの言葉に両手を握り、力強く頷き同意するイデア。
続く彼の必死な弁解を右から左へと聞き流しながらユウは内心思った。
それな、と
正直の所、ユウのトレイを含めた温和な人間に対する見解はイデアと全く同じ意見であった。
ユウ自身、別にそう言った人間にこれまで出会い、何か被害を被った事はない。
ただの想像による偏見であるとユウは重々理解しているのだが何かあってからでは遅い。
触らぬ神に祟りなしとはよく言った言葉で、その言葉を胸にユウはその手の人物とは適度な距離を取って過ごしてきた。
それは例にも漏れずトレイに対しても同じで、彼と同寮であるエースとデュースとの絡みから他の先輩より付き合いは多いけれど多くは触れず近寄らずを徹底し、避けていると気付かれない適度な距離感を保てている、とユウは信じて疑っていなかった。
「なあ、ユウ」
「な、何でしょうかトレイ先輩」
しかしそれから数日も経たぬ内にユウは人気のない廊下でトレイから少女漫画よろしく壁ドンされていた。
トレイのユウに対する第一印象は地味。
自分の後輩であるエースやデュース、それからグリムのやりとりを一歩下がった後ろで笑っているのがユウの定位置で、騒ぎの中には居れど一緒に騒ぎ立てる様な人物ではなかった。
手作りのお菓子やケーキを渡しても後輩二人やグリム程ははしゃがない。
しかし聞けば甘いお菓子はユウの好物だというのだからトレイは頭を傾げた。
好きという割に振るわないユウの反応にトレイは自分の腕が足りないのかといくつもお菓子を作る。
苺のタルトにシュークリーム、ほろ苦いブラウニーに爽やかなレアチーズケーキ。
どれならばユウは後輩達の様に喜んで見せるのかとトレイはあれこれ作り、次のお茶会に出す試作品だと偽って渡すがユウは社交辞令で笑みを浮かべ、お礼を言うだけだった。
「トレイくん、一体どうしちゃったのさ。もしかして他の子達みたいにユウちゃんの餌付けが上手くいかないからヤケになっちゃってる感じ?」
近頃、暇を見つけては寮の調理場でお菓子を拵えているトレイにケイトが笑いかけた。
「餌付けって、失礼な言い方だな」
そんな理由ではないと苦笑いを浮かべながらトレイはケイトに返す。
「ユウは甘いものが好きらしいがあの生活じゃそうそう食べれないだろ?だから茶会の試作品を作るついでに食べて貰ってるだけさ」
無一文で異世界からやってきたユウが学園長の援助で生活しているのは学園では有名な話である。
またその月々渡される生活費では一人と一匹が生活するのがやっとで贅沢等到底出来ない事も広く知られている。
その為、ユウと親しくしている者は己のお古の服を渡したり、貰ったけど使わない小物を譲ったりしている。
自分の行動もそれ等と同じだとトレイは主張する。
「ふーん。トレイくんがそういうならそうなんだろうね」
しかしケイトはその主張に納得していない様だった。
パウンドケーキに入れるナッツをふた粒程摘み食いしたケイトはにんまりと笑う。
「まあ、ハマるのは程々にね」
そう言い残し調理場から出ていったケイトを一体何だったのかとトレイは呆然として見送った。
その後もトレイは事ある毎に手作りのお菓子をユウへと渡した。
以前はエースやデュースの手を介して渡す事もあったが今では殆どをトレイ自ら渡している。
回数を重ねる毎にお菓子を受け取るユウの表情も少しばかり和らいできており、渡した翌日にはお菓子の感想を伝えてくれる事もあった。
ゆっくりではあるが確実にユウとの距離が近付いている事にトレイは満足していた。
星送りにてその日を祝い彩る踊り子としてトレイはデュースと共に選ばれた。
そしてそのお手伝いにユウとグリムも駆り出される事となった。
ユウ達が生活費の対価としてこういった雑務を学園長から与えられている事をトレイは知っていたがこうして何かを一緒に、というのは初めてであった。
始めの時に比べてぎこちなさはなくなったにしてもよろしくお願いしますとやはり他人行儀が抜けないユウ。
それがユウの美徳かもしれないがもう少し歩み寄ってくれても良いのではないかとトレイは内心苦笑いする。
そう、トレイの中でのユウは先輩を敬い立てる大人しく出来た後輩であった。
「え、ユウですか?ユウは結構先輩相手でも遠慮はないですよ」
願い星を集める最中、年上相手でも遠慮のない物言いで話している姿を見かけて驚いたトレイはデュースに尋ねた。
デュースはトレイの問いに対し知らなかったのかと意外そうに答える。
トレイは先輩を立てる大人しい後輩という印象をユウに持っていたがデュースの知るユウはその真逆。
年上に対して多少の敬意は払うことはあれど気心が知れた相手にはどちらかといえば気さくである。
それを聞いてトレイはまさか、と思ったがユウと何時も一緒にいるデュースの言葉を疑う余地はなかった。
極め付けに、星送りが終わった頃には太鼓を担当していたイデアとすっかり仲良くなっており、人付き合いが苦手な筈のイデアが冗談を言って、それにユウも笑っていたのである。
その光景はトレイにかなりの衝撃を与えた。
トレイの感情は驚きと戸惑い、その他色んな感情で揉みくちゃだった。
始めこそ、トレイは己のその戸惑う感情に答えを探しにこじつけをした。
一度は否定したケイトの餌付けという言葉を引用し、なかなか懐かない動物が他の人間に懐いている姿を見てショックを受けるのと自分の今の感情は同じだ、そうに違いないと決めつけた。
しかしデュースの言葉を聞いてからユウの様子をよく観察すると自分と他の上級生に対する対応が全く違う事がよく分かる。
彼等と彼等に対するユウはトレイもよく知る親しげな先輩後輩の姿だった。
誰とでも仲が良いというのは良いことではないかと思いながらも何故かトレイの胸の奥はちりちりと焼け付く。
それが何なのか分からず、消化不良の様な感覚に陥りながらもトレイは変わらずユウへとお菓子を作っては渡した。
「いつもありがとうございます」
しかし相変わらずユウはトレイに対しては他人行儀であった。
そしてトレイは辛抱堪らずユウの手首を掴むと、半ば無理矢理に人気のない廊下へと連れ去った。
壁際へと追い込まれたユウはトレイを見上げた。
困った様に笑い、諸用があるから、とその場から立ち去ろうとするユウをトレイは左手で防いだ。
ならば空いている反対側から逃げ出そうとするユウを右手で塞ぐ。
こうして両手と壁でユウを閉じ込めたトレイは何時もの温和な笑みで見下ろして尋ねるのであった。
「実は俺の事が嫌いだろう」と
突然壁ドンされた上に己の事が嫌いだろうと尋ねられてユウは混乱に混乱を極めた。
「嫌いではないですよ」
何とか質問に対して回答を絞り出す。
嫌いではない、があまり関わりたくないというのがユウの本音である。
トレイはユウとグリムの気遣ってか試作のお菓子をよくくれる。
それを有難いと思う一方でその内無茶なお願いでもされはしないだろうか内心ひやひやしていた。
元々トレイの様に誰にでも温和に世話を焼くタイプは警戒対象だというのにこの世界に来て様々な人間、具体的には何処ぞの王族だとか深海の商人だとかと出会ってユウの他人に対する警戒心は増していた。
その為お菓子を受け取りながらも適度な距離感をトレイと保っていたユウであるがそれでも変わらずお菓子をくれるトレイにやはり良い人なのだろうかと考えを改めかけていた。
そう、実はトレイの餌付けは時間はかかれど確かに功を奏していたのである。
しかし、突然の壁ドンにユウのトレイに対する警戒心は跳ね上がった。
「私も前からトレイ先輩に聞きたい事があったのですが」
「ああ、なんだ?」
そもそも、とユウは尋ねた。
どうしてハーツラビュル寮の生徒でもない自分に何時もお菓子を分けてくれたりするのか尋ねた。
後輩が欲しいのならエースやデュース、同寮の生徒なりもっと慕ってくれそうな生徒にあげればいいのだ。
ユウの言葉にトレイは瞳を瞬かせた。
考え込むトレイにユウは今の内に逃げられないかと隙を窺う。
「そういえばそうだな。どうして俺はユウに拘っていたんだ」
ユウの進行を遮っていたトレイの右手が壁から離れた。
その手を顎に添えて考えているトレイにユウは逃げるなら今しかないと一歩を踏み出す。
「ああ、そうか俺はユウ事が好きらしい」
「えっ」
「おいおい何だ、その顔は?」
突然の告白に驚愕するユウ。
告白されたというのに顔を赤くさせるどころか青くさせたユウに流石に傷付くぞ、とトレイは苦笑いを浮かべた。
「いや、だって、トレイ先輩が好きって」
「ああ、言ったな」
「トレイ先輩が私に構うのは他の後輩みたいに懐かないから躍起なってたんじゃ」
「いや、始めはそうだったんだがな?」
トレイ曰く、その躍起になっている内に感情の変化があったらしい。
気付けばユウが好きそうなお菓子を考え、作り、ユウが他の上級生と親しげに話しているのを見ると何とも言い得ぬ気分になった。
今にして思えばその何とも言い得ぬ気持ちは嫉妬していたのだとトレイは解釈している。
「常に相手の事を考えて行動し、自分以外の奴と喋っているのを見れば嫉妬する、それって十分恋してるって言えるだろ?」
「そうかも知れませんけど」
何が悲しくて出来るだけ付き合いを避けていた人物に迫られなければならないのか、両手で顔を覆ったユウは恋愛事は他所でしてくれと内心呻いた。
ユウの顔を覆う手を退かし、頬の線をなぞったトレイはユウがこれまで警戒していた温和な表情で語りかけた。
「それで物は相談何だが、とりあえず俺とお試しで付き合ってみないか?」
「遠慮させていただきます!!!」
トレイの申し出にユウは即座に答えた。
冗談では無いとトレイの囲いから何とか逃げ出すユウ。
そんなユウの後ろ姿を追う事なくトレイはやはり温和な表情で見つめていた。
やっぱりあの手の表情の人間は何を考えているのか分からない、恐ろしい、とユウは自分の警戒心を褒め称え、翌日からあからさまにトレイと距離をとる様になった。
この己の行動によりトレイが強硬な手段に出てこない心配していたユウであったがそんな事もなく、ユウは穏やかな日々を暫く過ごした。
そしてトレイから告白された事をユウが忘れかけた頃、トレイの工作により外堀が着実に埋められ、いつのまにか敵前逃亡も叶わぬ状況に陥れられるユウであった。