twst短編
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「これは?」
突然呼び出され、また己の相棒が無茶な契約でも結んだのかと不安になりながら指定の場所にやって来たユウ。
指定場所には呼び出したアズールの他に、彼と仲の良い双子もいた。
その揃った顔にますます拙いと思ったユウであるがここまで来て今更後戻りも出来ない。
大人しく身を竦めながら三人の前に立つと左側にいたフロイドがご機嫌良さげにユウへと手を出す様に言った。
「手、ですか?」
学園長に養って貰う身の上では対価の回収もままならないからとうとう身体の部位でも取られるのだろうか。
遠い目をしてそんな事を考えながらユウは両手を差し出す。
「手の向きはこっちね」
彼等に手の甲が見える様に手を出したユウであるが甲の方では拙いらしく手の平が上になる様、フロイドの手により変えられた。
「こちらを貴方に差し上げます」
にっこりと笑みを浮かべたアズールにより手の平に乗せられた二枚貝。
これは、何だろうとユウは思わず声を漏らす。
それは帆立のような形をしていた。
乳白色で、表面は艶やかで輝いている。
それが一体何なのか気になってユウは掲げたり表裏を返したりとまじまじ見た。
けれど正体は分からず、諦めてこれが何なのか尋ねればオルゴールだと告げられた。
小さく薄い見た目だがオルゴールらしく、閉じた殻を開くと同時に音が鳴るらしい。
ユウさっそく開けようとしたが何故か止められた。
「オルゴールを開くのは僕達の事が恋しくなってからにして下さい」
「そうそう、オレ達がいなくなったら小エビちゃん寂しくなっちゃうでしょ?」
「これはその寂しさを紛らわせる為のプレゼントですからその時まで大切に取っておいて下さいね」
ユウは「はあ」と応えるのが精一杯であった。
内心何を言っているんだこの先輩方は、と思ったユウであるがふと、彼等とのこれまでの思い出が頭に過ぎる。
グリム達が結んだ無茶な契約に巻き込まれその取り立てにあったり、気紛れに散々校内で追いかけ回されたり、本当に、本当にたまにであるが対価も無しに先輩らしく勉強で分からない所を教えて貰った事もあった。
楽しい思い出も、ただただ苦いだけの思い出も沢山あるが、そんな彼等は明日には学園を卒業する。
それを思い出したユウはオルゴールを胸に抱いて
「ご卒業、おめでとうございます」
と頭を下げた。
三人はユウの言葉に笑っていた。
祝いの言葉に礼を返した彼等はしつこい程にオルゴールを開けるのは自分達がいなくて寂しいと感じた時にと言うのでユウは頷きながらも内心、乙女か!と叫んだ。
それからユウはすっかりオルゴールの存在を忘れていた。
オルゴールに思い入れがなかったとかでは無く単純に卒業後の進路であったり勉学であったり生活が忙しかった為である。
仲の良い友人達は希望する企業や団体にインターンで外に出てしまい不在がちであったが戻って来るなり問題を起こし、ユウ自身もそれに毎回の様に巻き込まれるという事もあってユウはオルゴールを棚に置いたまますっかり忘れていた。
その日は休日で、特に慌てる様な課題もなかったユウは部屋の掃除をしていた。
パタパタと高い天井から始まり、次いで棚へとはたきを掛けていたユウ。
その最中、音を立てて床へと落ちた何かにユウは慌てた。
何を落としたのか分からぬままユウは落ちた弾みでソファーの下へと転がった何かに向かって手を伸ばす。
転がったそれは意外にも浅い位置におり、それを掴み救出したユウはその何かの正体を知って声を上げた。
落とした何かはアズール達から貰ってそのままにしていたオルゴールであった。
そういえばこんな物を貰っていたと思い出に耽るのも束の間、ユウは何処も壊れていないかと慌てて破損の有無を確認し、オルゴール部分は無事かとコンパクトを開く要領でオルゴールの閉じた口を開いた。
その日、久しぶりの休日となった俺は街をぶらぶらと歩いていた。
特に予定はない。
部屋に篭っていては折角の休みを自堕落に過ごしてしまいそうで、それでは折角の休みが勿体ないと無計画に外へと飛び出た。
昼食は未だの為、軽く何処かで済ましてから適当に映画でも見るか、とこの後の計画を適当に立てていると俺は路地の曲がり角で横から来た何かとぶつかった。
「おっと、すみません」
「こちらこそ」
自分より頭二つ分ほど下から謝罪の声が聞こえた。
見ればそこにいたのは女性で、彼女は腰を曲げて頭を下げる。
その光景に俺は何とも言い得ぬ既視感を抱いた。
まるで下手なナンパの様に、女性に向かって思わず何処かで会った事がないかと尋ねてしまいそうになる己の口を慌てて噤んだ。
人を探して余所見をしていたという彼女が顔を上げた。
特徴の薄い髪色に瞳の色、けれどそれらに何故か俺は見覚えがあった。
オンボロ寮の監督生。
突如、異世界からやってきたという彼女は学園内の敷地に建てられていたオンボロ寮に魔獣と共に住んでいた。
彼女の周りは何時も賑やかで騒がしく、時折、というよりはだいたい何時もトラブルに巻き込まれていた。
そんな彼女と俺は直接の面識はない。
何かと話題になる存在だった為に俺は知っていたがクラスも別で、これといった接点もなかった。
けれど、一度だけ彼女と喋った事がある。
それこそ先程の様に、学園の曲がり角でぶつかったのだ。
「あの、大丈夫ですか?」
暫く立ったまま無言の俺を気にして彼女が声をかけてきた。
「大丈夫です。貴女が知り合いと似ていたものだから驚いてしまって」
次いで俺は誤解されない様決してナンパをしている訳では無いのだと付け加える。
本当に彼女は監督生に似ていた。
陰鬱とまではいかないにしても表情も瞳の明るさも俺が知る監督生に比べると少しばかり暗いがやはりよく似ている。
そして不躾な視線を送る己の行動に気が付いた俺は慌てて彼女に謝りを入れた。
それを彼女は首を振るい許した。
寧ろ俺の言う知り合いというのが気になるらしい。
「私、昔の記憶がないもので」
「え?」
俺は思わず変な音を立てて息を吸い込んだ。
記憶がない、つまり彼女は記憶喪失という事なのか。
事情を詳しく尋ねれば彼女はある日、知らない場所に一人でいたと言う。
周りの言葉は分かるもののそこに至るまでの記憶が一切なく、途方に暮れた彼女はその時に出会った親切な人達と共に暮しているらしい。
俺は嫌な汗をかいていた。
監督生は、ある日行方不明になった。
書き置きもなく、財布もスマートフォンもそのまま。
何なら彼女が普段履いていた靴もそのままで、彼女は室内履きのスリッパのままいなくなったという。
奇しくもその日は迫る彼女の誕生日を祝う計画を立てる為に何時も一緒にいる魔獣は不在で、オンボロ寮に住まうゴースト達も皆で払っていた。
学園長は警察を呼んで監督生の行方を探したが手掛かりすら見つからず、彼女と懇意であった卒業生が寮を訪れては魔法や伝手を駆使して探したが終ぞ彼女の行方は見つからなかった。
そもそも突然、学園に現れた彼女だったのだからその帰りも突然でもおかしくはなくないか。
監督生が行方不明になり明らかに悲観する同級生を前に大きな声では言えないが生徒の幾人かはその様に陰で話していた。
俺もその内の一人であった。
しかし今、目の前に監督生そっくりの女性がいて、偶然にも彼女に以前の記憶がない。
俺はどうすればいいのだろうか。
彼女は記憶を失っているから監督生本人か確認しようがない。
ならば監督生と仲が良かった誰かを呼ぶべきか。
だけど俺は彼女と特に仲が良かった彼等とはいずれも付き合いがない。
ああ、どうすれば良いんだと頭の中で叫んだ所で声が聞こえた。
子供独特の高い声、それに彼女は反応する。
聞こえた声は一人だが足音は幾つも聞こえた。
如何やら向こうも彼女を探していたらしく、見つけただとか、心配したのだ、という声が幾つもして、あっという間に集まった子供達が彼女を取り囲んでいた。
特にその中でも年の大きな子供達は俺の事を警戒しているのか彼女を後退させて間に立つ。
その何処かで見た事のある顔付き、色合いに俺は絶句した。
そしてすぐにこれは関わってはいけない事だとも理解する。
「母様、この方はどちら様ですか?」
「この人は、」
彼女が何か余計な事を言う前に俺は大まかに事情を説明した。
曲がり角で互いにうっかりぶつかった事、彼女が自分の知り合いと似ていると思い込み話しかけた事、そして
「だけどやっぱり別人のようだ。ナンパみたいな事をして申し訳ない!」
勢いで話した俺は彼女に詫びを入れる。
彼女は俺の勢いと態度に驚いていたが俺は構わず踵を返した。
勘弁してもらいたい。
まさか行方不明になった彼女が彼等の手の内にいるなんて知りたくなかった。
在学中に散々聞いた彼等の悪名、そんな彼等に今更巻き込まれたくはないと俺はこの後の予定も全て放棄してその場から逃げ出した。
「小エビちゃんが陸で迷ったってチビ達から聞いたんだけど大丈夫なワケ?」
外から戻って来るなりアズールの机を叩く様にして迫るフロイドに仕事の資料を読んでいたアズールはそれから目を逸らさずに答えた。
「ええ、報告の限りは問題ない様ですが、念の為に薬を飲ませました」
今はジェイドが様子を見ているとアズールが答えればフロイドは彼の背後にある扉を見た。
その扉の向こうにユウと片割れがいる。
何時もならばそう聞いてすぐにそちらへと
向かうというのに今日のフロイドは何故かその場から動かない。
「後、小エビちゃんが他所の男と話してたって聞いたんだけど」
あからさまに不機嫌なその声に何故フロイドがすぐにユウへと会いに行かないのか理解したアズールは小さく溜息を吐く。
「そこまで聞きましたか。そうです、しかも如何やら彼は僕達の後輩の様で」
陸で起こった事を話さなければ不機嫌なフロイドがこの場から動かないだろうと理解したアズールは説明の為に資料を読むのを諦めて口を開く。
しかしその途中で、アズールの言葉を阻む様な大きな音が響いた。
見ればフロイドが手にしていた椅子の背もたれ部分にヒビが入っている。
「フロイド」
アズールは諫める口調でフロイドの名前を呼ぶ。
今にも陸に上がってユウが出会ったという男を殺しに向かいそうなフロイドの形相にアズールは再び溜息を吐く。
「何もお前が心配する事はありませんよ。彼は賢い人間の様ですから」
子供達から報告を聞いたアズールはユウと話していたという男の事をすぐさま調べた。
男は自分達と同じ学園の卒業生で、元スカラビア寮生、ユウとは同学年、だが調べる中で在学中の男と彼女に接点は見られなかった。
アズールはユウに付けていた盗聴器のデータに残されていた二人のやりとりを思い出してさすが熟慮の精神に基づく寮の生徒だと褒めた。
「子供達を見て色々と気付いたんでしょうね。彼は余計な事を話さずその場から立ち去った様です」
だから何もしなくて良いのだとフロイドに言うのだがフロイドは余り納得していない。
「けどソイツがもし小エビちゃんの事を他の奴等に話したら」
「話した所で証拠はありませんよ」
それでも納得のいかない様子のフロイド。
こうなってはいくら言っても無駄か、と早々にフロイドの説得に諦めたアズールは好きにしろと集めておいた男の個人情報が書かれた資料を投げて渡した。
それを拾い、読み終えるとフロイドはすぐさま魔法を使い、消炭一つ残さぬよう燃やす。
「おや、フロイド」
戻っていたのかと部屋から出てきたジェイドはフロイドを見て声を上げた。
「小エビちゃんの様子はどう?」
「薬を服用してから暫くは混乱が見られましたが今は子供達と一緒にぐっすりおやすみですよ」
その言葉を聞いてフロイドは漸く表情を改め、声は控え目に部屋へと飛び込む。
「彼女は混乱していましたか」
「ええ、薬の副作用で記憶が一瞬蘇ったものですから少しばかり恨み言を漏らしていました」
「やはりあの薬は改良しなくてはなりませんね」
ジェイドの報告にアズールは引き出しから液体の入った小瓶を取り出すと掲げて照明に照らす。
「完全に記憶が消せる薬が有れば良いのですが」
「その手の薬は禁忌故、製造法が秘匿されていますからね」
その為アズールは比較的に手に入り易い記憶を封じ込める薬をユウに飲ませていた。
その薬は医療用として出回っている物で、強いストレスにより日常生活が困難となった患者の治療としてストレスの原因となる記憶を封じ込める為に用いられる。
完全なる忘却ではなくあくまで記憶を一時的に忘れさせる薬である為、何かの弾みで記憶を呼び戻される可能性があり、また、薬を飲んで暫くの間はそれまでに封じ込めていた記憶が全て戻ってしまうという副作用もあった。
過去、人魚がその歌声で船乗りを惑わした様に音に関する事柄は彼等人魚の領分である。
曲を聞くと無意識に海へと誘うよう市販のオルゴールを改造してユウに渡したアズール達。
ユウが海へと来るのに思ったよりも時間がかかったが、オルゴールの音に導かれて学園に一番近い海岸に下りてきたユウを彼等は海の中へと引きづり込んだ。
オルゴールの音から醒めたユウは驚き、酷く抵抗したが先述の薬を飲ませ、この世界に来てからの事を忘れさせる事で抵抗を抑えた。
アズール達はこの世界での記憶も知識も失い怯えるユウをさも善人の様に助け、自分達の都合に良い事を常識の様に教え込んだ。
そうしてユウから全幅の信頼を得る事に成功したアズール達であるが未だにユウがいつか自分達の手を離れてしまうのではという不安を抱えている。
ユウを自分達の元にいてもらう為の楔になれば、と彼女との間に子供も幾人も儲けたがそれでも不安は拭えない。
その不安を払拭し、かつての様な平穏な日々をユウと送る為、彼等には相手の記憶を完全に失わせる術が必要であった。
しかし記憶を完全に消し去る魔法は薬同様禁忌であり、習得は困難である。
そうなると残りは個人が持つユニーク魔法ぐらいしか望みはなく、昔取った杵柄で情報を集めては目星の相手に近付き、契約を持ちかけ、数々の魔法を奪った。
けれど未だ欲しい力は手に入れていない。
いつになったら頭の中を占めるこの不安がなくなり、以前の様に自分達へ笑いかけてくれる彼女と暮らす事が出来るのか、とアズールは思う。
「ところでアズール、彼女が陸で会ったという男についてなのですが」
お前もか!と少しばかり気落ちしていたアズールは叫んだ。
フロイドより先に陸での出来事について話した際はいつものように微笑んでいるだけだったのでユウが無事なら興味がないのだとアズールは思っていた。
しかしよくよく見ると彼が浮かべる笑み、細められた瞳を見ればうっすら開いた隙間から先程のフロイドと同じ薄暗い感情の色が見えている。
アズールは頭を押さえて横に振った。
「彼に関する情報はフロイドが燃やしてしまった為ここにはありませんよ」
「ではフロイドに聞いて来ましょう」
そう言ってフロイド達がいる部屋へと向かうジェイド。
あの二人に目を付けられては生き残る事は叶わないだろうな、とアズールは資料でしか知らぬ男に同情を寄せ、双子の後始末を考えるのであった。