twst短編
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何処からともなく聞こえてきた呻き声にクルーウェルは眉を顰めた。
音の出所を探ればバルガスが手で顔を押さえて俯いている。
呻き声の主はバルガスであった。
しかし音の出所が分かった所でクルーウェルは咎めはしない。
寧ろ同情的である。
というのも連日続くマジカメモンスターの襲来に対する対処で教師陣の精神的疲労はピークを越えようとしていた。
また、バルガスは教師陣の中では比較的に若い分類に入る為他の教師より精神的疲労のピークを早くに迎えてどうにかなってしまっても仕方のない事であった。
その為クルーウェルは普段よりも優しく労りの気持ちも込めてバルガスに大丈夫か尋ねる。
対してバルガスはクルーウェルの想像よりも多少元気のある声で大丈夫だと答える。
しかしそれはクルーウェルにはから元気にしか見えなかった。
というのもバルガスのスマホを持つ手が異様に震えていたからである。
改めてそれを指摘するとバルガスは慌てて手にしていたスマホを衣服のポケットへとしまい快活に謝った。
「職務中にすみません。珍しく婚約者から連絡が来ていたもので」
「ああ、そういえばバルガス先生はこの夏に婚約したんでしたね」
その事を思い出しクルーウェルはバルガスの薬指に光る真新しい細身の指輪を見た。
バルガスが婚約した事を聞かされたのは新学期を迎えてすぐの事であった。
以前から付き合っている人物がいるのは知っていたがそれがまさか婚約に迄発展した事に当時のクルーウェルも他の教師陣も大層驚いた。トレインは直立になって固まり、学園長等は何度も、それこそしつこい位にバルガスに尋ねた程である。
だが婚約したと聞いて改めて観察してみるとこのバルガスという男は婚約者に対してとても甲斐甲斐しい。
今日は冷えるから暖かくしなさいだとかあまり夜更かしはするなだとかこまめに婚約者へと電話していた。
「婚約者の方に何かあったんですか?」
「いや、それがどうも彼女が一人でこの学園に来ているようでして」
バルガスの言葉を聞いてクルーウェルは内心、心配して損した気分になった。
先程の震えは婚約者と久しぶりに会える事に対する喜びから来たものなのだろうとクルーウェルは結論付ける。
そして「良かったではないですか」と当たり障りのない返事をしたところ苦し気な声でバルガスを意を唱えた。
「良くありません。アイツはまともに一人で出歩けない程の酷い方向音痴なんです!」
ユウは以前から婚約者が勤める学園のハロウィーンが気になっていた。
が、自身は自他共に認める酷い方向音痴で、婚約者は仕事で忙しくユウに割ける時間などなく、毎年彼の職場で行われるハロウィーンの催しを羨ましく思いながらも大人しく自宅で過ごしていた。
しかし今年は違った。
新しく職場にやってきた新人が推し、応援している俳優を追いかけて彼が通う学園、NRCのハロウィーンに行くという。
それを聞いたユウは後輩に道中だけで良いので同行させてほしいとお願いした。
ユウとしてはハロウィーンの時期になると必ず話題に上がるNRCの飾りも勿論の事、何より婚約者の働く姿が一目で良いから見たかった。
元々単騎遠征のつもりだったという後輩から了承を貰い、何とか彼女の服の裾を掴み、時折離れそうになるところを咎められながらもユウはNRCに辿り着いた。
「それじゃあ先輩、私は推しを拝みに行ってきますので!」
じゃあさよならと後輩は手を振り、競歩で溢れ返る人混みの中へと消えて行った。
「よし、私も」
婚約者のいるスタジアムへと行こうと肩に掛けた鞄の肩紐を掴み意気込みを入れたユウである。
「おいそこのお前、そこから先は立ち入り禁止だ」
「あらあら。でも私、スタジアムに行きたいんです」
黒字に黄緑色がよく映える制服に身を包んだ青年達に止められたユウは頬に手を当てて困った。
するとユウを止めた淡い緑の髪の青年は隣にいた銀髪の青年と目を合わせ、再びユウを見る。
「この先は森しか無い。それから貴女の目的地であるスタジアムは此処とは全く違う場所だ」
そう言って彼等は丁寧にパンフレットを取り出して現在位置と目的地迄の道を教えてくれた。
そこで漸く自分が間違った方角に進んでいた事に理解したユウは彼等に御礼を言うと来た道を引き返す。
ユウも入り口で貰ったパンフレットを取り出して道順を確認するのだが手元のパンフレットを右へ一回り左へ二回りと回し、そうして気付かぬ内にまた幾らか地図を回す。
その一連の行動を目撃していた銀髪の青年は頭を押さえて左右に振り、緑の髪の青年に途中迄案内するように頼んだ。
「そもそも地図は回して見るものではない」
基本だろうと言ったのは渋々、ユウへと道案内をする緑髪の青年セベクである。
彼の言葉にユウは真剣に成る程と頷くのだが既に手に持つ地図は無意識なのか二回転半は回っていた。
「僕もあまり持ち場を離れられないから案内出来るのは大きな通り迄だ」
「そこからからは道なりですね」
単純な道のりに大丈夫だと応えて見せるユウであるがセベクは全くその言葉を信じていなかった。
というのもユウは好奇心が旺盛なのか、はたまたただ単に気が移ろいやすいだけなのかセベクがぴったりと隣に付いて道案内をしているにも関わらずここに来るまで何度も何処かへ行ってしまいそうになった。
その度にセベクは大きな声を上げてユウの腕を引き、己から離れるのを食い止めていたのだがこのまま一人にして本当に大丈夫なのかという不安が過ぎる。
しかしマレウスよりオンボロ寮をマジカメモンスターから守る様にと仰せつかっている身としてはこれ以上持ち場を離れるのも心苦しかった。
「お、セベクじゃん」
軽くかけられたその声にセベクは光明を見た。
ちょうどユウを案内するつもりであった通りでエースとデュース、それに監督生とグリムがいて此方に向かって手を振っている。
「お前達、良いところに現れたな」
セベクは彼等の姿を捉えるなり、少しばかり大股に歩いて彼等の元へと向かった。
「少しくらい時間はあるだろう?彼女をスタジアム迄案内してくれ」
セベクの突然の申し出に三人と一匹は互いに顔を見合わせて戸惑う。
「待ってくれ、急に言われても状況が理解出来ないのだが」
「えっと、この人はセベクの知り合いなの?」
デュースは事情の説明を求め、監督生はセベクとユウの間柄を尋ねる。
「全くの赤の他人だ!」
何もそこまではっきり大きな声で答えなくても、と三人と一匹が耳を押さえて思っているところにユウがひょっこりと顔を出す。
「私が迷ってるところをセベクさんともう一人の方が声をかけてくれたんです」
「だったらこのままセベクがお姉さんを案内したら良いじゃんか」
「駄目だ!僕は若様からオンボロ寮の守護を仰せつかっているんだ。これ以上離れる事は出来ない」
「あーいつもの若様ね」
ならば仕方ないとエース達はセベクが珍しく自分達を頼った事に納得する。
「僕達は別に道案内するのは構わないが」
そもそも自分達が今いる通り迄出てしまえば歩いている内にスタジアムは見えてくる為、セベクがわざわざ道案内を必要とする訳が彼等には理解出来なかった。
「絶対に彼女から目を離すな」
セベクは最寄りのデュースの肩を掴み言い聞かせる。
「一瞬だ。一瞬でも目を離すと見失うぞ」
「あ、ああ、分かった」
セベクの気迫に戸惑いながらもユウの道案内を引き受けた面々であるが胸の内では大袈裟な、とセベクの言葉に対して思っていた。
小柄なユウの形から確かに人混みに流されはしそうだがセベクは些か過保護ではなかろうか、心配性だ、とも思っていたがセベクの言葉に偽りはなく、彼の言った通りであったと彼等はすぐに思い知る事となる。
通りに出たユウは少し目を離せば姿が遠ざかり、道なりに進むべき所を何故か曲がろうとしたり、とにかくユウへの道案内は一筋縄ではいかなかった。
その度にエース達は慌ててユウを回収するのだがそのあまりの頻度の多さに彼等は次第に草臥れていった。
「ごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です」
「けど、よく学園迄来れましたね」
申し訳なさそうに頬に手を当て謝るユウにデュース達は力なくも応えた。
監督生の疑問の通り彼等から見てユウが賢者の島在住にしてもこの学園迄来るには難しく思えた。
「職場の後輩に頼んで付いて来たんです」
学園内に入る迄ずっとその後輩の鞄の紐を掴んでいたのだというユウの言葉を聞いて彼等はユウが無事学園に来れた訳を理解する。
「その後輩の方はどうしたんですか」
「彼女は推しのヴィルさん、という方を拝みに行くと言うので入り口で別れたの。私の目的はスタジアムの方でしたし」
「スタジアムに誰か知り合いがいるんですか?」
もしかしてサバナクロー寮の誰かの親族なのだろうかとデュースは尋ねるがユウは首を振るう。
「多分、まだスタジアムにいると思うのだけど」
そこでユウは言葉を止めた。
そして突然駆け出す彼女にこの道中散々大変な目を見た彼等は慌てる。
「アシュトン!」
「ユウ!」
その目の前で繰り広げられる光景にエース達も、たまたまその場に居合わせたサバナクローの寮生も、とにかく普段のバルガスを知る生徒達は誰もが驚きの声を上げた。
日頃から己の筋肉を讃え、女気を微塵も感じさせない教師と綺麗な女性がまるで久しぶりに再会した恋人の様に抱き合っているのだから彼等は驚かずにはいられなかった。
「よく無事にここまで来れたな」
「アシュトンの生徒さん達が皆親切でね、彼等がここまで連れて来てくれたの」
一応人目がある事を考慮してかキスこそしなかったが二人の距離はとても近い。
互いの頬が触れ合うのではという距離で、囁き合うように話す二人に驚きが醒めた生徒達はそのまま立ち尽くし呆然としていた。
「何?あいつらがか」
二人の世界から漸くエース達へ目を向けたバルガスはユウの肩を抱きながらやって来る。
「どうもこいつが世話になったようだな!」
「いえ、当然の事をしたまでです」
感謝を述べるバルガスに背筋を伸ばして応えるデュース。
「それで、バルガス先生とお姉さんって所謂恋人なんですか?」
最早二人の様子から愚問とも思えたがもしもを考えてエースは尋ねた。
エースの問いにバルガスとユウは視線をぶつける。
そしてバルガスは笑みを、ユウは少し照れた様子で左手を掲げた。
二人の左手薬指には華奢な金の指輪が煌めく。
「彼女はオレの婚約者だ」
その返答にエース達も、やはり周りの生徒達は驚きの声を上げた。
その驚きの声はあまりに大きく、その声を聞きつけて何事かとスタジアムや少し離れた場所にいた生徒達が何事かと駆け寄って来るほどである。
そしてその集まって来た生徒達にもバルガスが実は婚約していた事が伝わり、そこでまた大きな驚きが上がって、とそのちょっとした混乱と騒乱は他の教師が駆けつける迄続き、後にこの騒ぎは『バルガス婚約騒動』として暫くの間、学園内で語られた。