twst短編
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ハートの女王が作った法律の元、厳格に統治されているハーツラビュル寮であるが一部治外法権といえる場所が存在する。
寮内にある第二キッチンで、そこは主たるキッチンより狭く、こじんまりとした場所であるが番人が存在し、公爵夫人であれ伯爵であれ、身分の最高峰である女王すら侵す事は許されない。
「第二キッチンねぇ」
そこを目指して歩くエースとデュースであるが今迄行った事も聞いた事もない施設に本当に存在しているのかエースは半信半疑であった。
「僕はあるのは知っていたが本当にそこで食事を貰えるんだろうか」
デュースは小さな鳴き声を上げる己の腹を押さえる。
二人は部活が長引いた為に夕食を食べ損ねていた。
仕方なしに自室に置いているお菓子で空腹を紛らわそうかと二人で話していたところ、丁度通り掛かったケイトに第二キッチンの存在を教えて貰う。
そこには料理好きな寮生がいて、何時も何かしらの料理を作っているらしくお腹が空いているならば彼に料理を分けて貰うと良いと言われた二人はまず汗を流し、それから第二キッチンへと向かった。
話している内に薄暗い廊下の先でほのかに明かりが見える。
漸く第二キッチンと思わしき場所へと辿り着いた二人は扉を少しだけ開けて中を覗くとそこは確かにキッチンで、件の寮生と思わしき人物が鼻歌交じりに包丁を振るっていた。
エースとデュースはその人物に声をかけようとするのだが
「エースちゃん、デュースちゃん」
先程別れた筈のケイトが二人を小声で呼び、手招きしていた。
それに驚くエース達であるがケイトの手招きに応じ、キッチンへと入ると彼が座るテーブルへと着く。
「ケイト先輩どうしたんです。確か自室に戻りませんでしたっけ」
「いやーエースちゃん達と話してたらけーくんも小腹が空いちゃってさ」
そうして二人よりも先にやって来たケイト。その手元には綺麗に盛られた、けれど異様に鮮やかな赤が目立つラーメンと思わしきものが入った器があった。
二人の視線が器に釘付けなのに気付いたケイトはにんまりと笑い、食べるかと尋ねるが二人はそのラーメンの赤さに身の危険を感じて全力で首を横へと振って遠慮する。
「えーユウくんのラーメンすっごく美味しいのに残念」
「あの、ダイヤモンド先輩。ユウくんって?」
「ああ、ユウくんっていうのはそこで鼻歌を歌いながら料理を作ってる彼」
ケイト達の会話も構わず相変わらずに鼻歌を歌いながら料理を作るユウに代わりケイトが紹介を行う。
「リドルくんと同じ2年生で、だいたい何時もこの第二キッチンにいるからもし何か食べたくなったらユウくんに頼むと良いよ。ただし」
ケイトは人差し指を自身の顔の前へと立てる。
「騒ぐのは厳禁ね。あまり煩くすると」
そこでケイトは言葉を止めて壁を指差す。
示された壁にはフォークが刺さっていた。
何故壁にフォークが刺さっているのか分からないエース達にケイトはそれをもっとよく見るように言うのでエースとデュースは席を立ち、壁へと近付く。
壁に刺さったフォークの、四つ叉に別れた先の隙間に一匹の蝿が囚われて踠いている。
そこで漸く何時も賑やかなケイトがここまで小声で喋っている訳を理解した二人は口を固く閉じて再び席へと着いた。
「もしかしてユウ先輩も寮長みたいなタイプなんすか?」
先程迄小声で喋るケイトにつられて小声で話していたエースであるがよりいっそう声のボリュームを下げて尋ねる。
「いや、どっちかというと正反対のタイプだよ」
普段のユウであれば騒がしいのを叱る事もなければ注意もしない。
「だけど料理中はそうじゃないみたい」
兎に角料理中のユウは手が早いのだとケイトは真剣な眼差しで言う。
彼が料理をしている最中に騒ごうものならフォークにお玉、胡椒の入った容器、果ては何キロにも及ぶ業務用の小麦粉の袋すら投げてくるのだとか。
要領の良いケイトは今のように会話は小声で、ユウの琴線に触れぬよう努めているがこれまで何人もの同級生、下級生がユウに五月蝿い、邪魔だと断じられ、キッチンから放り出されているのを目撃している。
「まあ、それでもここに来る寮生は後を絶たないけどね」
頬をフォークが掠め様が、頭から胡椒を被ろうが、それでも寮生達はユウの美味しい料理を求めてこの第二キッチンへと足を伸ばしてしまうのである。
ユウの生家であるコック家は昔から貴人の屋敷で料理人を勤めてきた家系である。
その家名は世間でも有名で、というのもユウの父母は勿論、祖父に祖母、彼等の祖父母、兎に角親戚先祖の皆が料理人もしくはそれに関わる仕事を務めてきた家系であり、そんな家の名をユウは誇りに思っているのだが一つ問題があった。
「コック?何で急に陰茎の話?」
「よーしそこに直れウツボ野郎。その皮剥いでフリッターにしてやるよ」
発音を間違えると大惨事になるのである。
そうして初対面で、大抵の良識ある者であれば思っても聞き間違いであろうと心の内に秘めておく事を言葉に出したフロイドとユウは盛大に喧嘩した。
それは殴り合いに迄発展し、殴るは蹴るは魔法は飛び交うは、教室にいた生徒は避難を余儀なくされ、結局教師が止めに入る迄二人の喧嘩は続いた。
そんな盛大な喧嘩を初対面でした二人はその後の仲も険悪かというとそんな事もなく今は何だかんだ移動教室や授業では一緒にいたりする。
「金魚ちゃんがオバブロしたって本当?」
「金魚ちゃん?」
誰だそれはと読んでいた教科書から顔を上げたユウは頭を傾げた。
フロイドとは入学してから不思議と縁が続き二年連続同じクラスであるがユウは未だフロイドが皆に付けて呼ぶ渾名が誰を示すのか分からない。
その為、フロイドから説明を受けて漸く彼の言う金魚ちゃんが己の所属する寮の寮長の事だと理解し、そういえばと言わんばかりに声を漏らし再び教科書へと視線を下ろした。
「そうみたいだね」
自分が寮のキッチンに籠もっている間にその様な騒ぎがあった様であるがユウもその話を寮内で小耳に挟んだ程度であり詳しくは知らなかった。
「この間、談話室で寮長の姿を見たから今はもう元気なんじゃないかな?」
よくは知らないが、と言ったユウは本当にその話題に興味がないらしく、ユウが黙してしまった為にそこで二人の会話は途切れた。
授業開始迄に時間はまだあり、暇なフロイドは時折ユウを見たりしながら足をぶらつかせる。
暇で仕方ないフロイドであるがユウの様に教科書を開いて予習をする気にはなれず特に目的もなく自身のスマホを開いた。
「あ、アズールが新しい調理器具を入れたから見に来ないかだって」
「え、マジで?!行く行く」
スマホに届いていたアズールからのメッセージを伝えればユウは目を輝かせた。
予習にと開いていた教科書を放り投げていそいそとフロイドとの距離を詰めたユウは自身より遥かに大きなフロイドを上目遣いに見上げおねだりする姿をとる。
「因みに触らせてくれたりなんて」
「あー丁度今日、バイトが急に一人休んだからその代わりをしたらいくらでも触らせてくれんじゃねぇの?」
「誠心誠意真心を込めて務めさせていただきます!」
「シャコちゃんちょろ過ぎ」
これで真新しい調理器具が触れるとはしゃぐユウにはフロイドの呟きは聞こえていない。
そもそもアズールのお誘い自体が突然空いたバイトの穴を埋める為のものであるのだがユウにとってそれはどうでも良かった。
ユウの頭は最早この後の授業など忘れて放課後に扱う調理器具達でいっぱいである。
「シャコちゃんそんなに料理が好きならウチの寮においでよ」
自分に片割れ、それに寮長であるアズールは大歓迎だとフロイドはユウの肩に凭れて誘う。
アズールはユウを従業員として欲しがっていた。
熱中すると周りの声が聞こえなくなる悪癖はあったが決して御せない事はなく、何よりユウの作る料理の味をとても気に入っていた。
その為アズール本人は勿論、面白そうだからとリーチ兄弟も揃ってユウに転寮を度々勧めている。
「うーんだけど今の寮に不満とかないからな」
のだがユウは一向に応じない。
曰く転寮する理由がないからで、逆に転寮を選んだとして発生する手続きや準備の面倒臭さも理由である。
「でもこの前言ってたじゃん。鼠が出て困ってるって」
ユウは近頃、作った料理がなくなるという事態に遭遇していた。
それをユウは鼠の仕業だろうと考えており、入り浸る調理場には鼠取りをいくつも仕掛けているのだが一向に成果はないのだとも。
対してオクタヴィネル寮はラウンジを営業している為害虫害獣対策はバッチリだとフロイドは訴える。
「あ、そっか。それは凄く魅力的だ」
「でしょでしょ?」
だから転寮しよ?と歯を見せて笑い、誘うフロイドにどうしようかなと初めて悩んで見せるユウ。
そんな二人の会話を顔面蒼白にして聞いている者がいた。
何でもない日のパーティーでもないのにお茶会に招かれたエースとデュースは少しばかり居心地悪さを感じて身動いだ。
「そんなに畏縮しなくても大丈夫。僕は別に君達を怒る為にこのお茶会に誘ったわけじゃない」
そう言ったのはこのお茶会の主催者であるリドルである。
「それで寮長、オレ達に聞きたい事って何ですか」
この前起こったリドルのオーバーブロット事件以来リドルとは多少気安く話す仲にはなったエースとデュースであるがそれでも個人主催のお茶会に呼ばれる程に迄親しくなった覚えは無かった。
だというのに今、お茶会席に二人がいるのはリドルから聞きたい事があるからと呼ばれた為である。
リドルを挟む様に座ったトレイとケイトの表情から叱られるという事はなさそうであるがエースは兎に角リドルが自分達に聞きたい事とは何なのか気になって仕方がなかった。
「君達はとても仲が良い様だが学園に入る前からの知り合いなのかい?」
リドルの質問にエースとデュースは互いの顔を見合わせた。
「いえ、寮長。俺とエースは学園に入ってからの知り合いました」
「知ってると思いますけどオレ達ルームメイトなんですよ」
しかしルームメイトだからそのまま友人となった訳ではない。
オンボロ寮の監督生やグリムとの出会い、入学して早々に起きた食堂のシャンデリア事件がきっかけで今の関係になっている。
しかしあまりそのあたりの詳しい話は寮長であるリドルには聞かせられないとエースは話を誤魔化す。
「やはりルームメイトというのは特別なものなのか」
顎に手を当て成る程と一人納得するリドルにエースとデュースは一体何なのだと困惑する。
そんな二人の様子に苦笑いを浮かべたのはトレイで、トレイは他の者達に触れ回らないと約束する事でリドルの質問の理由をこっそりと話してくれた。
要約すればリドルもトレイとケイトの様な、エースとデュースの様な気安い同学年の友人が欲しがっていた。
これまでは幼馴染みであるトレイの存在や寮長としての忙しさを理由にわざわざ友人等と、と思っていたリドルであるがオーバーブロットをして以降多少の意識が変わったらしい。
その意識の変化にエースは感心する一方、これまで寮長として寮生を束ねてきたリドルにそんな友人は出来るのだろうかと思った。
デュースも同じ事を考えていたらしく難しい表情をしている。
対して三年生の二人はというと表情は明るい。
「一応、リドルくんがお友達になりたい相手はいるんだよ」
「けど、相手が相手なだけにな」
上手くいくのだろうかと苦々しく零したトレイにエースは友達作りというのはこれ程難儀なものだったかと不思議に思った。
「大変です寮長!!」
5人だけのお茶会に突如飛び込んできた寮生に何事かと皆がその寮生を注目した。
「そんなに慌てて一体何が大変なんだい?」
その寮生はここまで全力疾走で来たのか酷く息切れを起こしており、トレイはその寮生を少しでも落ち着かせ様と冷ました紅茶を飲ませる。
「ユウが、ユウが」
ユウという名にエースとデュースは先日、第二キッチンにいた寮生を思い出した。
そしてその時に食べたコロッケの味を思い出して思わず唾を飲み込む。
「オクタヴィネル寮に転寮するかも知れないんです!!!」
「なんだって!」
それまで寮生の話を聞こうと黙っていたリドルは皆が驚きの声を上げる中、誰よりも大きな声を上げた。
リドルは別に友人を不要とは思っていなかった。
けれど必要とも思わなかった。
学生という身分である以上本分は勉学であるし加えてリドルは寮長である為他の生徒よりも忙しい。
けれどそれでもいつも自分の傍らで寮長の仕事を補佐してくれるトレイとケイトの気安く、互いを理解し合う関係が羨ましいと思っていたのは事実である。
そんな感情をより加速させたのはエースとデュースであった。
彼等が揃って自分に対峙した時は怒りと共に羨ましさから確かに嫉妬を感じた。
その後起こったオーバーブロット騒ぎの後、リドルは寮内で孤立する。
トレイやケイトは以前と変わらず側にいてくれたが殆どの寮生はというとこれまでの事に加えリドルの身に起こったオーバーブロットの事もあり、彼等は惧れを抱いてリドルを遠巻きに見ていた。
「ローズハート君おはよう」
寮内ですれ違う誰もがリドルを惧れ避けるなかユウから掛けられた挨拶に辺りにいた寮生も挨拶されたリドル本人も驚いた。
その眼差しは惧れもなければ不必要な労りもなく、本当にごく自然の物だった。
ユウ自身はたまたま目の前にリドルがいたから挨拶しただけかもしれないがリドルはそれが嬉しかった。
そしてそのたった一回交わした挨拶以来、リドルは度々ユウと友人になれないだろうか考えるようになる。
実を言うとリドルはこれまでユウ・コックという人間が苦手であった。
反抗的ではないが従順でもなく、よくいえばマイペース。
悪く言えば協調性のないユウにリドルはこれまで何度も顔を真っ赤にして怒った。
しかし他の寮生の様に首枷を課そうにもこっちへふらふらあっちへふらふらと中々捕まらず、呼び出しても時間通りに来ないのは当たり前。
そんなユウにリドルの怒りは増すばかりで漸く料理中だったユウを捕まえれば調理の邪魔だと放り出される始末。
そしてとうとう怒りの臨界点を超えたリドルだったがトレイやケイト、寮生達から必死に宥められて怒りを納めた。
それ以降、ユウに関わると主にストレスで不調を来す事から極力関わりを絶っていたリドルであったが今は一転してユウと友人の関係になりたいと渇望するようになった。
一人で悩みに悩んだ末にリドルはどうしたら良いのかトレイに相談する。
そうしてトレイを巻き込み、ケイトも巻き込まれたが結局三人だけではどうにもならずケイトの発案で一年の寮生の中でもとびきり仲が良く見えるエースとデュースの話を聞こうという事となり、今回のお茶会でエースとデュースも巻き込まれた。
リドルの目から見ても仲が良いと思っていたエースとデュースだがそれは元々ではなく、きっかけがルームメイトであった事を聞いてリドルは成る程と思った。
言われてみればトレイとケイトも同じくルームメイトであった事を思い出す。
ならば、とリドルはユウと友人になれる自信が湧いてきた。
リドルは寮長であるため今は一人部屋である。
しかし入学時はルームメイトが存在していた。
それがユウであった。
リドルが一年生ながらに寮長となってしまった為すぐに一人部屋へと移ってしまったがリドルとユウは確かにルームメイトだったのだ。
さっそく今晩にでもユウに自分と友人になってくれと申し入れようかとリドルが考えていた所に寮生が持ち込んで来たユウの転寮話にリドルは目眩を覚える。
「ユウがオクタヴィネルに転寮だって?」
「おい、大丈夫かリドル」
「大丈夫だよトレイ。とりあえずユウ本人から詳しく事情を聞きたいから誰か彼を連れて来ておくれ」
「えっと、これは何事ですか?」
オクタヴィネルのラウンジに新しく入れたという調理器具見せて貰う前に自室に荷物を置きにきたユウは突然寮生に腕を掴まれ、談話室へと連れてこられて困惑していた。
談話室には寮長であるリドルを始め幾名かの寮生が集まっている。
自分は何かしたのだろうかと我が身を振り返るユウであるが特に思い当たる事はなく、ならばいったいなんなのだと困惑していた。
「キミがオクタヴィネル寮に転寮すると寮生から聞いたのだけどそれは本当かい?」
「転寮?」
何故そんな話が、と思ったユウであったがフロイドとの昼間の会話を思い出して手を叩く。
「その様子だと話は本当の様だね」
溜息を吐いたリドルは頭を押さえて座っていたソファーの背もたれへと深く沈んだ。
「何か転寮したくなった事情でもあるのか?」
「まさか誰かに虐められたとか?!」
訳を尋ねるトレイに続きケイトの発した言葉に談話室の空気が少しばかり冷えた。
寮長であるリドルの視線が厳しいものへと変わる。
「そんな愚かな事をする寮生がこの寮内にいるのかい?今すぐ僕がソイツの首を刎ねてくれる」
勢いよく立ち上がり、憤怒によって顔色を赤く染めたリドルをトレイとケイトは慌てて宥めた。
再び椅子に座らされたリドルが何とか落ち着いたところでユウは己の頬を掻きながら説明をした。
「まあ、つまりその、寮生が聞いた転寮の話は何時もの冗談みたいなものでして」
フロイドがよく言うお決まりの冗談なのだとユウは言った。
確かにオクタヴィネルにはレストラン向けの調理器具が揃っておりユウには夢の国の様であるがだからと言ってオクタヴィネル寮に行きたいかといえば答えは否である。
ユウの言葉に幾人かの寮生は安堵して見せた。
「でも、あそこは害虫も害獣も出ないしやっぱり良いな」
「は?」
ぽそりと溢したユウの言葉にリドルはゆらりと立ち上がる。
「キミはやはりハーツラビュルよりオクタヴィネルが良いと言うのかい?」
ユウの真正面に立ったリドルはユウを見下ろし見つめた。
その気迫にたじろくユウであるが
「だって」
と言葉を紡いだ。
「だってここのキッチン、どうも鼠が出るみたいで」
折角作った料理が全て食べ尽くされてしまうのである。
ユウもユウなりに鼠対策をしてきたが鼠は未だ一匹も捕まらない。
「鼠だって?」
リドルは振り返りトレイを見た。
リドルは寮長となってからこれまで寮内で鼠が出たという報告は聞いていない。
内々に寮生達の間で処理されていたのかとリドルはユウの次に寮のキッチン使うトレイを見たがトレイは首を横に振って知らないという反応を見せる。
「きっと大きな鼠ですよ。あいつら僕の作った料理をみーんな食べちゃうんだ」
グラタンにミートパイ、ラーメンにコロッケ、とユウはこれまで鼠に食べられたであろう料理の名を口惜しげに挙げた。
その数々の料理に寮生達は騒めき、顔を見合わせ青ざめさせる。
「もう鼠の相手はやだよ。やっぱりオクタヴィネルに転寮する」
「「「「「すみませんでした!!!!」」」」」
「へ?」
「キミ達、一体どうしたんだ」
突然、謝罪を述べた寮生達にユウもリドルも驚いた。
が、彼等は構わずユウを悩ましていた鼠の正体を打ち明ける。
「という事はなんだい?ユウが鼠の仕業だと思っていた事は全部キミ達の仕業だったんだね」
「一応、声はかけたし御礼も言ったんだよ?」
弁明するケイトに続いて寮生達も頷いた。
キッチンに入る際は声をかけたし料理を受けとる際は御礼も言った。
材料代としてマドルを置いた者もいたしお礼の置き手紙をしていった寮生もいた。
「え、気付かなかった」
しかしユウはそれらに一切気付いていなかった。
キッチンに誰かがいた事も声をかけられた事も気づかなかったし、置かれたマドルや手紙は誰かの忘れ物かと思いその都度届けていた。
「どうしてこんな事になるんだ」
「まあ、調理中のユウの集中力は半端ないからな」
訳が分からずおかしいだろうと呻くリドルに対しユウと何度かパーティーの準備で調理を共にした事のあるトレイだけは理解して示した。
しかしいくら鼠でなかったとはいえ、ユウが気付いてなかった以上作った料理が勝手に食べられていた事実は変わらない。
ユウの料理を食べてしまった寮生達は一様に頭を下げて謝り、転寮は考え直して欲しいと願い縋った。
理由としてはユウの作った料理が食べれないのが嫌だとかまだ別の料理を食べていないのにと少しばかり身勝手な理由であるが料理を作った本人であるユウは悪い気がしない。
ユウをオクタヴィネル行かせるものかとしがみつく寮生達を見て溜息を吐いたリドルはユウをまっすぐ見つめて言った。
「ボクもキミに転寮して欲しくない」
「それでシャコちゃんは何て答えたのさ」
「うん?『いいよ!』って答えたよ」
「軽っ」
ユウが悩んでいた鼠問題が解決した事を聞かされたフロイドは詳細を尋ね、ユウの軽過ぎる返答に笑い声を上げた。
「あんだけ鼠の駆除に悩んでた割に軽過ぎね?」
「だってみんな謝ってくれたし、作った料理をみんなが喜んで食べてくれてた事が分かって満足だよ」
そう笑って見せたユウだがフロイドは眉を寄せて唇を尖らせる。
「えーじゃあ、シャコちゃんウチの寮に来てくれないの?」
つまらないと声を上げたフロイドはぐりぐりとユウの頭に自身の頭を擦りつけた。
「馬鹿な事をお言いよ。ユウはこの先もずっとハーツラビュルの寮生だよ」
後方からちょうどユウの横へと現れたリドルはユウの肩を掴み自身へと引き寄せた。
「あれ、リドル君」
同じ学年とはいえクラスが違う為同じ廊下をリドルが歩いている事に驚くユウであるがリドルはこの後の授業が自分とユウのクラスが合同である事を告げる。
「折角の合同授業だ。授業では僕とペアを組もう」
「シャコちゃんはオレとペアを組むんですー」
今度はフロイドがユウの肩を掴み自身へと引き寄せた。
「な!キミは同じクラス何だからいつでもペアは組めるだろう」
「シャコちゃんはこの先もずっとオレとペアを組むの」
先程のリドルの言葉を引用して見せたフロイドにリドルは眉を吊り上げる。
「てか何?シャコちゃんって前から金魚ちゃんの事を名前で呼んでたっけ?」
フロイドの記憶ではユウはリドルの事を苗字、もしくは寮長と呼んでいた。
「ああ、実は」
「ボクとユウは友達だからね。名前で呼び合うのさ」
胸を張り誇らし気に告げたリドルにフロイドは訳が分からないと首を傾げユウに説明を求めた。
そう、リドルはユウの転寮騒ぎの後何とかユウと友人になりたい事本人へと告げた。
突然の告白に瞳を瞬かせていたユウであるが「そんな熱烈に友達になってほしいなんて言われたのは初めてだよ」と少しばかり頬を染め、照れながらもリドルの申し出に応じた。
こうして二人は友達となった訳である。
どうだ羨ましいであろうと言わんばかりの誇らし気なリドルが全く理解出来ないフロイドであったが閃いた。
「じゃあ渾名で呼ぶ仲のオレ達は友達以上だね」
あは、と笑って見せたフロイドにユウは呆れた。
「渾名で呼んでるのはフロイドだけだし。後、友達以上って何」
「知らなーい」
「適当だな」
しかしフロイドらしいと納得するユウは笑う。
そんな二人の気安いやりとりをリドルは頬を膨らまして見ていたが我に返ると慌ててユウの腕を自身へと引き寄せた。
「と、とにかくユウは授業のペアを僕と組むんだ!」
「えーやだし。シャコちゃんはオレと組むんだもんねー」
「おっとこれは真っ二つに裂けるフラグかな?」
左右それぞれ、ユウの腕を掴んで離さない二人。
それどころか徐々にであるがユウの腕を自分の方へと引き寄せていた。
「おや、ユウさん楽しそうな事になっていますね」
「ジェイド君」
背後から聞こえたジェイドの声にユウは唯一動かせる首を後ろへと向かせた。
リドルのクラスと合同授業である以上その内出て来るであろうと思っていたユウはその背後からの声に特に驚きもせず愉快そうに笑うジェイドを見る。
「僕も混ざっても?」
「勘弁して下さい」
この今にも股から裂けてしまいそうなユウの状況を見て尚、混ざろうとするジェイドの申し出にユウは丁重にお断りした。
寮内にある第二キッチンで、そこは主たるキッチンより狭く、こじんまりとした場所であるが番人が存在し、公爵夫人であれ伯爵であれ、身分の最高峰である女王すら侵す事は許されない。
「第二キッチンねぇ」
そこを目指して歩くエースとデュースであるが今迄行った事も聞いた事もない施設に本当に存在しているのかエースは半信半疑であった。
「僕はあるのは知っていたが本当にそこで食事を貰えるんだろうか」
デュースは小さな鳴き声を上げる己の腹を押さえる。
二人は部活が長引いた為に夕食を食べ損ねていた。
仕方なしに自室に置いているお菓子で空腹を紛らわそうかと二人で話していたところ、丁度通り掛かったケイトに第二キッチンの存在を教えて貰う。
そこには料理好きな寮生がいて、何時も何かしらの料理を作っているらしくお腹が空いているならば彼に料理を分けて貰うと良いと言われた二人はまず汗を流し、それから第二キッチンへと向かった。
話している内に薄暗い廊下の先でほのかに明かりが見える。
漸く第二キッチンと思わしき場所へと辿り着いた二人は扉を少しだけ開けて中を覗くとそこは確かにキッチンで、件の寮生と思わしき人物が鼻歌交じりに包丁を振るっていた。
エースとデュースはその人物に声をかけようとするのだが
「エースちゃん、デュースちゃん」
先程別れた筈のケイトが二人を小声で呼び、手招きしていた。
それに驚くエース達であるがケイトの手招きに応じ、キッチンへと入ると彼が座るテーブルへと着く。
「ケイト先輩どうしたんです。確か自室に戻りませんでしたっけ」
「いやーエースちゃん達と話してたらけーくんも小腹が空いちゃってさ」
そうして二人よりも先にやって来たケイト。その手元には綺麗に盛られた、けれど異様に鮮やかな赤が目立つラーメンと思わしきものが入った器があった。
二人の視線が器に釘付けなのに気付いたケイトはにんまりと笑い、食べるかと尋ねるが二人はそのラーメンの赤さに身の危険を感じて全力で首を横へと振って遠慮する。
「えーユウくんのラーメンすっごく美味しいのに残念」
「あの、ダイヤモンド先輩。ユウくんって?」
「ああ、ユウくんっていうのはそこで鼻歌を歌いながら料理を作ってる彼」
ケイト達の会話も構わず相変わらずに鼻歌を歌いながら料理を作るユウに代わりケイトが紹介を行う。
「リドルくんと同じ2年生で、だいたい何時もこの第二キッチンにいるからもし何か食べたくなったらユウくんに頼むと良いよ。ただし」
ケイトは人差し指を自身の顔の前へと立てる。
「騒ぐのは厳禁ね。あまり煩くすると」
そこでケイトは言葉を止めて壁を指差す。
示された壁にはフォークが刺さっていた。
何故壁にフォークが刺さっているのか分からないエース達にケイトはそれをもっとよく見るように言うのでエースとデュースは席を立ち、壁へと近付く。
壁に刺さったフォークの、四つ叉に別れた先の隙間に一匹の蝿が囚われて踠いている。
そこで漸く何時も賑やかなケイトがここまで小声で喋っている訳を理解した二人は口を固く閉じて再び席へと着いた。
「もしかしてユウ先輩も寮長みたいなタイプなんすか?」
先程迄小声で喋るケイトにつられて小声で話していたエースであるがよりいっそう声のボリュームを下げて尋ねる。
「いや、どっちかというと正反対のタイプだよ」
普段のユウであれば騒がしいのを叱る事もなければ注意もしない。
「だけど料理中はそうじゃないみたい」
兎に角料理中のユウは手が早いのだとケイトは真剣な眼差しで言う。
彼が料理をしている最中に騒ごうものならフォークにお玉、胡椒の入った容器、果ては何キロにも及ぶ業務用の小麦粉の袋すら投げてくるのだとか。
要領の良いケイトは今のように会話は小声で、ユウの琴線に触れぬよう努めているがこれまで何人もの同級生、下級生がユウに五月蝿い、邪魔だと断じられ、キッチンから放り出されているのを目撃している。
「まあ、それでもここに来る寮生は後を絶たないけどね」
頬をフォークが掠め様が、頭から胡椒を被ろうが、それでも寮生達はユウの美味しい料理を求めてこの第二キッチンへと足を伸ばしてしまうのである。
ユウの生家であるコック家は昔から貴人の屋敷で料理人を勤めてきた家系である。
その家名は世間でも有名で、というのもユウの父母は勿論、祖父に祖母、彼等の祖父母、兎に角親戚先祖の皆が料理人もしくはそれに関わる仕事を務めてきた家系であり、そんな家の名をユウは誇りに思っているのだが一つ問題があった。
「コック?何で急に陰茎の話?」
「よーしそこに直れウツボ野郎。その皮剥いでフリッターにしてやるよ」
発音を間違えると大惨事になるのである。
そうして初対面で、大抵の良識ある者であれば思っても聞き間違いであろうと心の内に秘めておく事を言葉に出したフロイドとユウは盛大に喧嘩した。
それは殴り合いに迄発展し、殴るは蹴るは魔法は飛び交うは、教室にいた生徒は避難を余儀なくされ、結局教師が止めに入る迄二人の喧嘩は続いた。
そんな盛大な喧嘩を初対面でした二人はその後の仲も険悪かというとそんな事もなく今は何だかんだ移動教室や授業では一緒にいたりする。
「金魚ちゃんがオバブロしたって本当?」
「金魚ちゃん?」
誰だそれはと読んでいた教科書から顔を上げたユウは頭を傾げた。
フロイドとは入学してから不思議と縁が続き二年連続同じクラスであるがユウは未だフロイドが皆に付けて呼ぶ渾名が誰を示すのか分からない。
その為、フロイドから説明を受けて漸く彼の言う金魚ちゃんが己の所属する寮の寮長の事だと理解し、そういえばと言わんばかりに声を漏らし再び教科書へと視線を下ろした。
「そうみたいだね」
自分が寮のキッチンに籠もっている間にその様な騒ぎがあった様であるがユウもその話を寮内で小耳に挟んだ程度であり詳しくは知らなかった。
「この間、談話室で寮長の姿を見たから今はもう元気なんじゃないかな?」
よくは知らないが、と言ったユウは本当にその話題に興味がないらしく、ユウが黙してしまった為にそこで二人の会話は途切れた。
授業開始迄に時間はまだあり、暇なフロイドは時折ユウを見たりしながら足をぶらつかせる。
暇で仕方ないフロイドであるがユウの様に教科書を開いて予習をする気にはなれず特に目的もなく自身のスマホを開いた。
「あ、アズールが新しい調理器具を入れたから見に来ないかだって」
「え、マジで?!行く行く」
スマホに届いていたアズールからのメッセージを伝えればユウは目を輝かせた。
予習にと開いていた教科書を放り投げていそいそとフロイドとの距離を詰めたユウは自身より遥かに大きなフロイドを上目遣いに見上げおねだりする姿をとる。
「因みに触らせてくれたりなんて」
「あー丁度今日、バイトが急に一人休んだからその代わりをしたらいくらでも触らせてくれんじゃねぇの?」
「誠心誠意真心を込めて務めさせていただきます!」
「シャコちゃんちょろ過ぎ」
これで真新しい調理器具が触れるとはしゃぐユウにはフロイドの呟きは聞こえていない。
そもそもアズールのお誘い自体が突然空いたバイトの穴を埋める為のものであるのだがユウにとってそれはどうでも良かった。
ユウの頭は最早この後の授業など忘れて放課後に扱う調理器具達でいっぱいである。
「シャコちゃんそんなに料理が好きならウチの寮においでよ」
自分に片割れ、それに寮長であるアズールは大歓迎だとフロイドはユウの肩に凭れて誘う。
アズールはユウを従業員として欲しがっていた。
熱中すると周りの声が聞こえなくなる悪癖はあったが決して御せない事はなく、何よりユウの作る料理の味をとても気に入っていた。
その為アズール本人は勿論、面白そうだからとリーチ兄弟も揃ってユウに転寮を度々勧めている。
「うーんだけど今の寮に不満とかないからな」
のだがユウは一向に応じない。
曰く転寮する理由がないからで、逆に転寮を選んだとして発生する手続きや準備の面倒臭さも理由である。
「でもこの前言ってたじゃん。鼠が出て困ってるって」
ユウは近頃、作った料理がなくなるという事態に遭遇していた。
それをユウは鼠の仕業だろうと考えており、入り浸る調理場には鼠取りをいくつも仕掛けているのだが一向に成果はないのだとも。
対してオクタヴィネル寮はラウンジを営業している為害虫害獣対策はバッチリだとフロイドは訴える。
「あ、そっか。それは凄く魅力的だ」
「でしょでしょ?」
だから転寮しよ?と歯を見せて笑い、誘うフロイドにどうしようかなと初めて悩んで見せるユウ。
そんな二人の会話を顔面蒼白にして聞いている者がいた。
何でもない日のパーティーでもないのにお茶会に招かれたエースとデュースは少しばかり居心地悪さを感じて身動いだ。
「そんなに畏縮しなくても大丈夫。僕は別に君達を怒る為にこのお茶会に誘ったわけじゃない」
そう言ったのはこのお茶会の主催者であるリドルである。
「それで寮長、オレ達に聞きたい事って何ですか」
この前起こったリドルのオーバーブロット事件以来リドルとは多少気安く話す仲にはなったエースとデュースであるがそれでも個人主催のお茶会に呼ばれる程に迄親しくなった覚えは無かった。
だというのに今、お茶会席に二人がいるのはリドルから聞きたい事があるからと呼ばれた為である。
リドルを挟む様に座ったトレイとケイトの表情から叱られるという事はなさそうであるがエースは兎に角リドルが自分達に聞きたい事とは何なのか気になって仕方がなかった。
「君達はとても仲が良い様だが学園に入る前からの知り合いなのかい?」
リドルの質問にエースとデュースは互いの顔を見合わせた。
「いえ、寮長。俺とエースは学園に入ってからの知り合いました」
「知ってると思いますけどオレ達ルームメイトなんですよ」
しかしルームメイトだからそのまま友人となった訳ではない。
オンボロ寮の監督生やグリムとの出会い、入学して早々に起きた食堂のシャンデリア事件がきっかけで今の関係になっている。
しかしあまりそのあたりの詳しい話は寮長であるリドルには聞かせられないとエースは話を誤魔化す。
「やはりルームメイトというのは特別なものなのか」
顎に手を当て成る程と一人納得するリドルにエースとデュースは一体何なのだと困惑する。
そんな二人の様子に苦笑いを浮かべたのはトレイで、トレイは他の者達に触れ回らないと約束する事でリドルの質問の理由をこっそりと話してくれた。
要約すればリドルもトレイとケイトの様な、エースとデュースの様な気安い同学年の友人が欲しがっていた。
これまでは幼馴染みであるトレイの存在や寮長としての忙しさを理由にわざわざ友人等と、と思っていたリドルであるがオーバーブロットをして以降多少の意識が変わったらしい。
その意識の変化にエースは感心する一方、これまで寮長として寮生を束ねてきたリドルにそんな友人は出来るのだろうかと思った。
デュースも同じ事を考えていたらしく難しい表情をしている。
対して三年生の二人はというと表情は明るい。
「一応、リドルくんがお友達になりたい相手はいるんだよ」
「けど、相手が相手なだけにな」
上手くいくのだろうかと苦々しく零したトレイにエースは友達作りというのはこれ程難儀なものだったかと不思議に思った。
「大変です寮長!!」
5人だけのお茶会に突如飛び込んできた寮生に何事かと皆がその寮生を注目した。
「そんなに慌てて一体何が大変なんだい?」
その寮生はここまで全力疾走で来たのか酷く息切れを起こしており、トレイはその寮生を少しでも落ち着かせ様と冷ました紅茶を飲ませる。
「ユウが、ユウが」
ユウという名にエースとデュースは先日、第二キッチンにいた寮生を思い出した。
そしてその時に食べたコロッケの味を思い出して思わず唾を飲み込む。
「オクタヴィネル寮に転寮するかも知れないんです!!!」
「なんだって!」
それまで寮生の話を聞こうと黙っていたリドルは皆が驚きの声を上げる中、誰よりも大きな声を上げた。
リドルは別に友人を不要とは思っていなかった。
けれど必要とも思わなかった。
学生という身分である以上本分は勉学であるし加えてリドルは寮長である為他の生徒よりも忙しい。
けれどそれでもいつも自分の傍らで寮長の仕事を補佐してくれるトレイとケイトの気安く、互いを理解し合う関係が羨ましいと思っていたのは事実である。
そんな感情をより加速させたのはエースとデュースであった。
彼等が揃って自分に対峙した時は怒りと共に羨ましさから確かに嫉妬を感じた。
その後起こったオーバーブロット騒ぎの後、リドルは寮内で孤立する。
トレイやケイトは以前と変わらず側にいてくれたが殆どの寮生はというとこれまでの事に加えリドルの身に起こったオーバーブロットの事もあり、彼等は惧れを抱いてリドルを遠巻きに見ていた。
「ローズハート君おはよう」
寮内ですれ違う誰もがリドルを惧れ避けるなかユウから掛けられた挨拶に辺りにいた寮生も挨拶されたリドル本人も驚いた。
その眼差しは惧れもなければ不必要な労りもなく、本当にごく自然の物だった。
ユウ自身はたまたま目の前にリドルがいたから挨拶しただけかもしれないがリドルはそれが嬉しかった。
そしてそのたった一回交わした挨拶以来、リドルは度々ユウと友人になれないだろうか考えるようになる。
実を言うとリドルはこれまでユウ・コックという人間が苦手であった。
反抗的ではないが従順でもなく、よくいえばマイペース。
悪く言えば協調性のないユウにリドルはこれまで何度も顔を真っ赤にして怒った。
しかし他の寮生の様に首枷を課そうにもこっちへふらふらあっちへふらふらと中々捕まらず、呼び出しても時間通りに来ないのは当たり前。
そんなユウにリドルの怒りは増すばかりで漸く料理中だったユウを捕まえれば調理の邪魔だと放り出される始末。
そしてとうとう怒りの臨界点を超えたリドルだったがトレイやケイト、寮生達から必死に宥められて怒りを納めた。
それ以降、ユウに関わると主にストレスで不調を来す事から極力関わりを絶っていたリドルであったが今は一転してユウと友人の関係になりたいと渇望するようになった。
一人で悩みに悩んだ末にリドルはどうしたら良いのかトレイに相談する。
そうしてトレイを巻き込み、ケイトも巻き込まれたが結局三人だけではどうにもならずケイトの発案で一年の寮生の中でもとびきり仲が良く見えるエースとデュースの話を聞こうという事となり、今回のお茶会でエースとデュースも巻き込まれた。
リドルの目から見ても仲が良いと思っていたエースとデュースだがそれは元々ではなく、きっかけがルームメイトであった事を聞いてリドルは成る程と思った。
言われてみればトレイとケイトも同じくルームメイトであった事を思い出す。
ならば、とリドルはユウと友人になれる自信が湧いてきた。
リドルは寮長であるため今は一人部屋である。
しかし入学時はルームメイトが存在していた。
それがユウであった。
リドルが一年生ながらに寮長となってしまった為すぐに一人部屋へと移ってしまったがリドルとユウは確かにルームメイトだったのだ。
さっそく今晩にでもユウに自分と友人になってくれと申し入れようかとリドルが考えていた所に寮生が持ち込んで来たユウの転寮話にリドルは目眩を覚える。
「ユウがオクタヴィネルに転寮だって?」
「おい、大丈夫かリドル」
「大丈夫だよトレイ。とりあえずユウ本人から詳しく事情を聞きたいから誰か彼を連れて来ておくれ」
「えっと、これは何事ですか?」
オクタヴィネルのラウンジに新しく入れたという調理器具見せて貰う前に自室に荷物を置きにきたユウは突然寮生に腕を掴まれ、談話室へと連れてこられて困惑していた。
談話室には寮長であるリドルを始め幾名かの寮生が集まっている。
自分は何かしたのだろうかと我が身を振り返るユウであるが特に思い当たる事はなく、ならばいったいなんなのだと困惑していた。
「キミがオクタヴィネル寮に転寮すると寮生から聞いたのだけどそれは本当かい?」
「転寮?」
何故そんな話が、と思ったユウであったがフロイドとの昼間の会話を思い出して手を叩く。
「その様子だと話は本当の様だね」
溜息を吐いたリドルは頭を押さえて座っていたソファーの背もたれへと深く沈んだ。
「何か転寮したくなった事情でもあるのか?」
「まさか誰かに虐められたとか?!」
訳を尋ねるトレイに続きケイトの発した言葉に談話室の空気が少しばかり冷えた。
寮長であるリドルの視線が厳しいものへと変わる。
「そんな愚かな事をする寮生がこの寮内にいるのかい?今すぐ僕がソイツの首を刎ねてくれる」
勢いよく立ち上がり、憤怒によって顔色を赤く染めたリドルをトレイとケイトは慌てて宥めた。
再び椅子に座らされたリドルが何とか落ち着いたところでユウは己の頬を掻きながら説明をした。
「まあ、つまりその、寮生が聞いた転寮の話は何時もの冗談みたいなものでして」
フロイドがよく言うお決まりの冗談なのだとユウは言った。
確かにオクタヴィネルにはレストラン向けの調理器具が揃っておりユウには夢の国の様であるがだからと言ってオクタヴィネル寮に行きたいかといえば答えは否である。
ユウの言葉に幾人かの寮生は安堵して見せた。
「でも、あそこは害虫も害獣も出ないしやっぱり良いな」
「は?」
ぽそりと溢したユウの言葉にリドルはゆらりと立ち上がる。
「キミはやはりハーツラビュルよりオクタヴィネルが良いと言うのかい?」
ユウの真正面に立ったリドルはユウを見下ろし見つめた。
その気迫にたじろくユウであるが
「だって」
と言葉を紡いだ。
「だってここのキッチン、どうも鼠が出るみたいで」
折角作った料理が全て食べ尽くされてしまうのである。
ユウもユウなりに鼠対策をしてきたが鼠は未だ一匹も捕まらない。
「鼠だって?」
リドルは振り返りトレイを見た。
リドルは寮長となってからこれまで寮内で鼠が出たという報告は聞いていない。
内々に寮生達の間で処理されていたのかとリドルはユウの次に寮のキッチン使うトレイを見たがトレイは首を横に振って知らないという反応を見せる。
「きっと大きな鼠ですよ。あいつら僕の作った料理をみーんな食べちゃうんだ」
グラタンにミートパイ、ラーメンにコロッケ、とユウはこれまで鼠に食べられたであろう料理の名を口惜しげに挙げた。
その数々の料理に寮生達は騒めき、顔を見合わせ青ざめさせる。
「もう鼠の相手はやだよ。やっぱりオクタヴィネルに転寮する」
「「「「「すみませんでした!!!!」」」」」
「へ?」
「キミ達、一体どうしたんだ」
突然、謝罪を述べた寮生達にユウもリドルも驚いた。
が、彼等は構わずユウを悩ましていた鼠の正体を打ち明ける。
「という事はなんだい?ユウが鼠の仕業だと思っていた事は全部キミ達の仕業だったんだね」
「一応、声はかけたし御礼も言ったんだよ?」
弁明するケイトに続いて寮生達も頷いた。
キッチンに入る際は声をかけたし料理を受けとる際は御礼も言った。
材料代としてマドルを置いた者もいたしお礼の置き手紙をしていった寮生もいた。
「え、気付かなかった」
しかしユウはそれらに一切気付いていなかった。
キッチンに誰かがいた事も声をかけられた事も気づかなかったし、置かれたマドルや手紙は誰かの忘れ物かと思いその都度届けていた。
「どうしてこんな事になるんだ」
「まあ、調理中のユウの集中力は半端ないからな」
訳が分からずおかしいだろうと呻くリドルに対しユウと何度かパーティーの準備で調理を共にした事のあるトレイだけは理解して示した。
しかしいくら鼠でなかったとはいえ、ユウが気付いてなかった以上作った料理が勝手に食べられていた事実は変わらない。
ユウの料理を食べてしまった寮生達は一様に頭を下げて謝り、転寮は考え直して欲しいと願い縋った。
理由としてはユウの作った料理が食べれないのが嫌だとかまだ別の料理を食べていないのにと少しばかり身勝手な理由であるが料理を作った本人であるユウは悪い気がしない。
ユウをオクタヴィネル行かせるものかとしがみつく寮生達を見て溜息を吐いたリドルはユウをまっすぐ見つめて言った。
「ボクもキミに転寮して欲しくない」
「それでシャコちゃんは何て答えたのさ」
「うん?『いいよ!』って答えたよ」
「軽っ」
ユウが悩んでいた鼠問題が解決した事を聞かされたフロイドは詳細を尋ね、ユウの軽過ぎる返答に笑い声を上げた。
「あんだけ鼠の駆除に悩んでた割に軽過ぎね?」
「だってみんな謝ってくれたし、作った料理をみんなが喜んで食べてくれてた事が分かって満足だよ」
そう笑って見せたユウだがフロイドは眉を寄せて唇を尖らせる。
「えーじゃあ、シャコちゃんウチの寮に来てくれないの?」
つまらないと声を上げたフロイドはぐりぐりとユウの頭に自身の頭を擦りつけた。
「馬鹿な事をお言いよ。ユウはこの先もずっとハーツラビュルの寮生だよ」
後方からちょうどユウの横へと現れたリドルはユウの肩を掴み自身へと引き寄せた。
「あれ、リドル君」
同じ学年とはいえクラスが違う為同じ廊下をリドルが歩いている事に驚くユウであるがリドルはこの後の授業が自分とユウのクラスが合同である事を告げる。
「折角の合同授業だ。授業では僕とペアを組もう」
「シャコちゃんはオレとペアを組むんですー」
今度はフロイドがユウの肩を掴み自身へと引き寄せた。
「な!キミは同じクラス何だからいつでもペアは組めるだろう」
「シャコちゃんはこの先もずっとオレとペアを組むの」
先程のリドルの言葉を引用して見せたフロイドにリドルは眉を吊り上げる。
「てか何?シャコちゃんって前から金魚ちゃんの事を名前で呼んでたっけ?」
フロイドの記憶ではユウはリドルの事を苗字、もしくは寮長と呼んでいた。
「ああ、実は」
「ボクとユウは友達だからね。名前で呼び合うのさ」
胸を張り誇らし気に告げたリドルにフロイドは訳が分からないと首を傾げユウに説明を求めた。
そう、リドルはユウの転寮騒ぎの後何とかユウと友人になりたい事本人へと告げた。
突然の告白に瞳を瞬かせていたユウであるが「そんな熱烈に友達になってほしいなんて言われたのは初めてだよ」と少しばかり頬を染め、照れながらもリドルの申し出に応じた。
こうして二人は友達となった訳である。
どうだ羨ましいであろうと言わんばかりの誇らし気なリドルが全く理解出来ないフロイドであったが閃いた。
「じゃあ渾名で呼ぶ仲のオレ達は友達以上だね」
あは、と笑って見せたフロイドにユウは呆れた。
「渾名で呼んでるのはフロイドだけだし。後、友達以上って何」
「知らなーい」
「適当だな」
しかしフロイドらしいと納得するユウは笑う。
そんな二人の気安いやりとりをリドルは頬を膨らまして見ていたが我に返ると慌ててユウの腕を自身へと引き寄せた。
「と、とにかくユウは授業のペアを僕と組むんだ!」
「えーやだし。シャコちゃんはオレと組むんだもんねー」
「おっとこれは真っ二つに裂けるフラグかな?」
左右それぞれ、ユウの腕を掴んで離さない二人。
それどころか徐々にであるがユウの腕を自分の方へと引き寄せていた。
「おや、ユウさん楽しそうな事になっていますね」
「ジェイド君」
背後から聞こえたジェイドの声にユウは唯一動かせる首を後ろへと向かせた。
リドルのクラスと合同授業である以上その内出て来るであろうと思っていたユウはその背後からの声に特に驚きもせず愉快そうに笑うジェイドを見る。
「僕も混ざっても?」
「勘弁して下さい」
この今にも股から裂けてしまいそうなユウの状況を見て尚、混ざろうとするジェイドの申し出にユウは丁重にお断りした。