twst短編
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「人間!!」
空気を震わす程の大きな声にそこにいた誰もが耳を塞いだ。
そしてその余韻がなくなると同時に誰もがユウへと非難の眼を向ける。
どうして、とユウは思った。
左右を挟む様にして立つエースとデュースに視線を向ければ彼等は肩を竦ませどうしようもないと言った様をとる。
「僕の声が聞こえていないのか人間は」
ずんずんとそんな効果音が聞こえてきそうな気迫でユウの元へと向かってくるセベク。
その大きな独り言を終えて息を吸い込む動作を見せたセベクにユウは慌てた。
周りの者達は慄き、特に耳の良い獣人の生徒などは一目散にその場から退避する。
「聞こえてる!聞こえてるから」
止めてくれと、ユウはそんな思いで懸命にセベクへと声を返した。
「それなら良い」
そう言って表情を綻ばせ大きな声を出すのを止めたセベクにユウは安堵の息を吐くと同時にどうして自分がセベクのこの大きな声に気を遣わなければならないのかと思った。
セベクの声は元から大きい。
それこそこちらの世界にあるかは分からないが応援団への所属を薦めたくなる程にセベクの声は大きく、よく通る。
というのに近頃のセベクはというと日頃にも増して声が大きい。
それはユウの鼓膜が悲鳴を上げ、周りから騒音として文句が寄せられる程である。
しかしその文句の多くは彼と同郷で先輩でもあるリリアやシルバーに、でなく何故かユウに寄せられる為ユウは解せなかった。
「そりゃあオマエ」
そんな愚痴を一度零した際、エースは苦笑いを浮かべていた。
シルバーにしてもうちのセベクがすまないと謝りながらも気付かないのか?という疑問をユウに投げかけてきた。
気付かないのかと言われてもユウにはとにかくセベクの声が大きい、という事しか分からない。
「それで若様はこう仰られた」
「うんうん」
セベクの若様トークを聴きながらユウは徐々にであるがセベクとの距離を縮めた。
これによりセベクの喋り声は大きく聞こえるが先程の様な大きな声を出す事が格段に減るのである。
先程迄いたエースとデュースはいない。
二人はいつも始めこそはいるが、セベクとユウが喋っている内にちゃっかりいつの間にか消えてしまう。
グリムも二人にくっ付いていない。
グリムは魔獣であるが猫の様に聴覚が発達しているのでセベクの普段に比べ増しに増した大きな声は耳が痛くなるらしくエース達と共にいつもいなくなってしまう。
ユウは見た事も会った事もない若様の話を聞きながらどうしたらセベクがこれ以上大きな声を出さないか考えた。
そして頭に一人の人物が浮かんだ。
「お前が僕に頼み事とはな」
「頼れるのはツノ太郎しかいないんだよ」
ユウにディアソムニア寮の知り合いは指折り数えても片手の指で余る程しかいない。
その中で悩みを打ち明けるとなると何だかんだ付き合いの長いツノ太郎しか浮かばなかった。
ユウの言葉に片眉を上げたツノ太郎であるが話を聞く気はある様で、何なら子細を求めてくる。
「成る程、お前はセベクの大きな声に困っているのか」
流石同じ寮生というべきか、ツノ太郎はセベクの事を知っていた為ユウの相談はスムーズに進んだ。
「声が大き過ぎて耳は痛いし、何故かみんな私にクレームを入れてくるし。もう、どうしたらいいのかわからない」
そもそもどうしてセベクが急に周りが困る程大きな声を出す様になったのかユウには分からない。
ついこの間までセベクの声は大きくても声が大きいね、と笑って済まされる程であった。
しかし今のセベクの声はというともはや騒音と変わらない。
「あれは求愛行動なのだから普段と変わらぬ声量では意味がないだろう」
「え?」
「ん?」
ユウはツノ太郎の言葉に頭を傾げ、ツノ太郎もそんなユウを見て頭を傾げた。
「求愛行動?あれが?」
「あの家系特有のものだがな。大きな声を出して好いた相手にアピールしているらしい」
あくまでツノ太郎も人から聞いた話だと言う。
「求愛行動って誰に」
「誰に、とは異な事を言う。セベクはお前以外に大きな声で話しかけていたか?」
ユウはツノ太郎の言葉にこれまでを振り返った。
思い返せばセベクが大きな声を出すのはユウを呼びかける時や二人で話している時ばかりで他の皆に対しては余程感情的にならないかぎり大きい声を出す事はない。
「お前のその様子だとセベクは脈がある様だな」
ほんのりと赤く染まったユウの頬を見てツノ太郎は笑みを浮かべた。
この後、ツノ太郎からセベクの大きな声をどうにかしたいなら彼の求愛に対し返事をすればどうにかなると教えられたユウはさっそく行動する。
これによりセベクの声は普段通りの少し声が大きい程度に収まり、ユウへと騒音被害の訴えが寄せられる事もなくなった。
「若様に会えるの楽しみだな」
「若様の前で失礼のないように頼む」
「分かってるよ」
晴れて恋人同士となった二人はディアソムニアの寮内にいた。
セベクが恋人であるユウを己が主人である若様に紹介したいと言った為である。
若様と初めて会うユウは日々、セベクから若様トークを聞かされていた事もあり生若様をそれは楽しみにしていた。
そんな浮かれた恋人の様子にうっかり粗相でもしないかセベクは気が気でない。
談話室の扉が開かれ、敬愛する主人の姿を捉えるなり起立したセベク。
が、それと同時に立ち上がるユウに驚き、
「ツノ太郎!」
その口から発せられた言葉に固まった。
何か今、聞き流せられない言葉を聞いた気がするセベクだがユウは若様事、マレウスに近付き親しげに、まるで以前から知る友人の様な雰囲気で会話をしていた為尋ねる事が出来ない。
そんな二人の後方、マレウスを連れてきてくれたシルバーも親しげな二人の様子に驚愕しており、何度も視線を二人とセベクとで行き来させた果てにセベクへと無言ながら説明を求めた。
しかしいくら説明を求められてもセベク自身、今のこの状況が分からない。
話す相手が己が恋人とはいえ主人の会話を妨げる行動は出来ずセベク達が戸惑い、困り果てているとユウが振り返った。
「セベクは同じ寮だから名前とか知ってると思うけど前に話した私達が付き合うきっかけをくれた友達のツノ太郎だよ」
「今、紹介に与ったユウの友だ」
にっこりと微笑み握手を求めて手を差し出す主人にセベクは息を飲む。
差し出された手をなかなか掴もうとしないセベクの手をマレウスは掴み、引き寄せるとセベクの耳元に顔を近付け囁いた。
「相手がお前だから交際を認めたが、万が一にも我が友を泣かせるような事があれば分かっているな」
それは冷たく重い声であった。
今まで聞いた事のない主人の恐ろしい声にセベクは表情を青ざめさせ、大量の汗をかきながらひたすらに頷いた。
何時もの声は喉を痞え出ない。
首を動かすのが精いっぱいで、その返事を受けたマレウスが離れ、手を離すとセベクは床へと膝を付いた。
「セベク?!」
突然の事に驚きセベクの側に駆け寄ったユウ。
「気絶してる」
白目を剥き昏倒したセベクにユウは呆然としたがすぐに病か何かでは、と慌て出すのでマレウスはそれを止めた。
「きっとセベクは緊張し過ぎていたのだろう」
その緊張の糸が今切れて気を失っただけなのでその内に目覚めるだろうから心配いらないとユウを宥めた。
実際、気絶はしているがセベクに苦しんでいる様子は見受けられず、セベクが今日この日を迎える迄かなり気を張っていた事も知っていたユウはマレウスのその言葉を信じた。
マレウスはシルバーにセベクを彼の自室で寝かせるよう指示し、ユウにはせっかくここに来たのだからとお茶に誘う。
しかし結局、マレウスとユウがお茶を飲んでいる間にセベクが起きる事はなくユウはまさかツノ太郎がセベクの言う若様で、マレウス・ドラコニアだと今回も知る事なくセベクの心配をしながら己のオンボロ寮へと戻った。
それから暫くして夜中に目覚めたセベク。
倒れる迄の事は夢かと思ったがセベクの様子を見に来たリリアにそれは現実だと聞かされて再び昏倒した。