twst短編
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ユウは温室の片隅で泣いていた。
今日の午後、ユウは学園長から元の世界に帰れない事を告げられた。
学園長の説明は専門用語も多くユウには理解の出来ない事が多かったが、要約するとユウが異世界であるこのツイステッドワンダーランドに来れたのは何百年単位での星の動きによる偶然で、元の世界に帰るには来た時と同じ条件が必要だった。
つまり元の世界に戻ろうと思ったらこれから後何百年と待たなくてはいけないという事である。
しかしそれは不可能な話であった。
ユウはただの人間で、これから健康に気を遣っても後はせいぜい長生きをして80年程で、到底時間が足りない。
だからこそ学園長は早々にユウへ元の世界へ帰るのを諦めるように言った。
そしてこれからの事も考えなさいとも。
ありがたい事に学園長はユウが望めば身元保証人になってくれるらしい。
学園長の他に、何人かの教師もユウならば身元保証人になっても良いと名乗りを上げているらしく、学園長はその件はまた後日話しましょうと言った。
「今日はもう疲れたでしょうから寮に戻って休みなさい」
ユウは頭を下げて学園長室を退出した。
学園の長い廊下を歩けば足を進めるごとにだんだんと生徒が増えていき、何人かの生徒はユウを指差し驚いた顔をしている。
ユウはそれを不思議に思ったが珍しい事でもなかったので無視をした。
「ユウ!その顔どうしたんだよ!」
「学園長に泣かされたのか?!」
「え?」
ユウが学園長に呼び出されたのを知っていたエースとデュースは戻って来たユウが涙を零している事に驚いた。
そんな二人の反応にユウも驚く。
「泣かされ?え、あ、本当だ。いつの間に」
頬に触れれば冷えた涙であろう、冷たい水で指先が濡れた。
此処で漸くユウは無意識に己が泣いていた事に気付き、そして廊下ですれ違う生徒達の反応に合点がいった。
このすぐ後、購買から戻って来たグリムも合流して二人と一匹は涙を零すユウに驚き騒ぐ。
「子分を泣かすなんて俺様許さないんだゾ」
「前々から思ってたけど学園長酷くね?」
「ああ、だが今度ばかりは見過ごせないな」
ユウは懸命に否定したが学園長のこれまでの行いも相まってユウは学園長に泣かされたに違いないと二人と一匹は結論付ける。
「いや、本当に学園長は何もしてないんだけど」
「廊下の真ん中で騒々しい。これは何の騒ぎだい」
よろしいならば戦争だ、徹底交戦だと廊下の真ん中で騒ぐ彼等を注意すべくリドルがやって来た。
その後ろにはトレイとケイトがおり、ケイトが何時もの調子で声を掛けるのだが、振り返ったユウがはらはらと涙を零す姿に三人は驚き固まった。
「リドル先輩!これは、えっと」
「聞いて下さいよ寮長!」
そんな三人に何と説明しようかとユウが戸惑っている間にエースから斯斯然然と少々誇張された誤った情報が三人に伝えられる。
「つまり、学園長は態々ユウを呼び出して泣かしたんだね」
「リドル先輩、学園長は決して私を泣かしたくて泣かした訳じゃなくて」
「庇い立ては無用だよ。学園長の言葉で泣いた事が事実ならそれで罪状は充分さ」
罪を犯したならば罰を与えねばならないと酷く落ち着いた声で言うリドル。
エースから話を聞いていた当初は怒りで赤らめていたリドルであるがいつの間にか顔色は何時もの顔色へと戻っていた。
今のリドルは落ち着き払った様子、何なら微笑みさえ浮かべていたがその笑みには何処か薄ら寒いものを感じる。
「ユウちゃん可哀想に。けーくんが慰めてあげるね」
よしよしとケイトは腕にユウを抱いて優しく頭を撫でた。
誤解を解くどころか更なる事態の悪化にユウを頭を抱える。
此処はハーツラビュルの父であり母でもあるトレイに何とかしてもらおうとケイトの腕の中でユウは懸命にあの手この手で学園長の無罪をトレイに訴えた。
「そうだな、学園長の骨ぐらいは拾って学園の庭にでも埋めておこう」
暫く思案して見せた後、笑顔で頷きながらもそう応えたトレイに彼がユウに代わって学園長への誤解を解いてくれる気が無いのだと理解したユウは顔を手で覆い、心の内で学園長に謝った。
「(学園長、ごめんなさい。でも、)」
此処まで来たらいくらユウでも彼等を止められない。
結局ユウは学園長の身を案じながらもハンカチを振って怒気を露わにしながら学園長室へと向かう彼等を見送った。
ハーツラビュルの面々とそんなやり取りをしていてもユウの目から溢れる涙は止まらない。
このままではいけないとユウはオンボロ寮への道を進む。
ハーツラビュルの彼等の様にまた誰かへ誤解を与えてはいけないとユウは寮への道を急ぐのだがこんな時に限って人に会ってしまう。
「小エビちゃん、どうしたの?そんなに急いで」
曲がり角からまるで待ち伏せでもしていたかの様に出てきたフロイドにユウは足を止め、後ずさる。
「おやおや、ユウさん。どうされたのですかその顔は」
「何かお困りの様ですね」
フロイドに続きジェイドとアズールも曲がり角から出て来た。
ユウはまたややこしい三人が出て来たと思いながら彼等に軽く挨拶を済まし、さっさとこの場を立ち去ろうとしたがフロイドに腕を掴まれてそれも叶わなかった。
「それで?その顔は誰にされたの」
「これは、その、色々ありまして」
そこでユウは口籠らせた。
理由を話さなければ何時迄も、それこそフロイドが飽きるまで腕を離してもらえないだろうと思ったユウは早々に観念して斯斯然然と三人へ話す。
今度はユウ本人が当たり障りなく説明したので大丈夫な筈だったのだが何故かそうはならなかった。
「ふーん学園長が小エビちゃんを泣かせたんだ」
「それはそれは」
「そうですか。学園長が」
「ひえっ」
思わずユウも悲鳴を漏らす程、海のギャングというウツボの別名に相応しい形相をしたリーチ兄弟とアズールの綺麗な笑顔。
綺麗過ぎて逆にロクでもない事を考えているなというアズールにユウは力なく、やはり学園長の身を案じながらも学園長室へと向かう彼等を見送った。
「ユウサン!」
ユウは自分を呼び止める声に肩をびくつかせた。
声のする方を見ればこちらに向かって愛らしい笑顔で駆けて来るエペルと、廊下を走るエペルを咎めるヴィル、そしてそのヴィルに笑顔で付いて歩くルーク。
エペルはユウの顔を見るなり顔を青ざめさせ、エペルに追い付いたヴィルはユウの顔を見るなり肩を掴み涙の訳を問い質す。
「素直に吐きなさい。その泣き顔、まさか演技の練習な訳ないでしょう?!」
「ヴヴヴィル先輩落ち着いて下さい」
ガクガクと身体を揺さぶられたユウはその激しい揺れに目を回し始める。
「ヴィル、そんなにも揺らしては話したい事も話せないよ」
「それもそうね」
ルークに宥められたヴィルはユウを文字通り揺さ振り、問い質すのを止めた。
「大丈夫?」
「ありがとうエペル君」
優しくユウの背中を撫でるエペル。
軽い酔い、別のものを吐き出しそうになり口元を押さえたユウの前に出たルークは目を細めて笑いかける。
「さあ、これでその涙の理由が話せるね」
ユウは知った。
美人も可愛い子ちゃんも怒った顔は大変恐ろしい。
何なら平凡な顔付きの人間より何割増にも恐ろしく見える事をユウは知った。
話を聞いた三人で唯一、表情の変わらないルークにユウは二人を止めるようせがんだが彼は何時もと変わらない表情でどうしてと返してくる。
ユウは己の認識を改めた。
狩人の人も怒っていた。
ルークの細められた瞳に怒りを垣間見たユウは呆然としながら思わず「何でやねん」と関西弁で呟いた。
やはりユウは学園長室へと向かう彼等を見送る。
「学園長、大丈夫かな」
ユウが学園長の身を危ぶんだ所、何処かでガラスが割れる音と覚えのある悲鳴が聞こえた。
きっと止まらない涙が誤解を招くのだとユウは顔を隠しながらこそこそと廊下を移動していた。
そしてレオナを探すラギーとジャックに会い、「どうして顔を隠してるんだ」「それがちょっと」というジャックとのやりとりの末、何だかんだで隠していた顔はラギーのユニーク魔法により二人に晒される。
二人はユウの涙する姿にギョッとした。
「だから見せられないって言ったのに」
情けない顔を笑われると覚悟したユウであるが意外にも二人は優しい声で泣いている理由を聞いてくれた。
特にラギーは何時もの調子でなく、優しく止め処なく溢れるユウの涙を甲斐甲斐しく自前のハンカチで拭ってくれる。
二人があまりに優しく気遣いながら涙の理由を聞いてくるのでユウはここまでの事を忘れて斯斯然然、二人に話した。
それでも二人の態度はユウを気遣うだけで変わりなかったので少し安心する。
ジャックはユウを寮迄送って行くと言ったが大丈夫だからとユウはその申し出を断り、ラギーもジャックを引き止めた。
「でもラギー先輩」
「ユウくんは大丈夫って言ってるから大丈夫なんスよ」
ね?と同意を求められて未だ止まらない涙をハンカチで拭うユウは頷いた。
因みにこのハンカチは先程会ったヴィルが差し出してくれた物である。
美人は持ち物迄も良い匂いがするらしく、ハンカチから香る華やかな香りは涙するユウを慰めるようであった。
「じゃあ気をつけて寮に戻れよ」
「ありがとうジャック」
またね、とそこで二人とは別れた。
この後の二人はレオナの捜索を再開させたのだろうと思い込んでいるユウは二人が何処へ向かったのか知らない。
そうだ走れば良いのだ。
そう思いついたユウは渡り廊下を走っていた。
「おーいユウ!」
明るく元気な声、カリムである。
思わず足を止め、声のする方を見ればカリムは大きく手を振って此方へと走って来る。
ユウはこのまま遭遇しては走っていた意味がないと慌てその場から逃げようとしたがそれは叶わなかった。
慌てていた為自分の足に蹴躓いたユウはそのまま廊下へと転がる。
「俺もそうだけど、ユウも案外おっちょこちょいだよな」
苦笑いと共に差し出されたカリム手にユウもつい反射でお礼を言いつつ己の手を乗せた。
重ねた手は握られたがそこでカリムは固まっている。
「カリム先輩?」
「一体、誰にやられたんだ」
ユウはカリムの質問の意味が分からなかった。
「泣いてる」
涙とそれが頬を伝って出来た涙の痕を指摘されたユウは思わず顔を背けた。
二人の間に気まずい沈黙が流れる中、カリムが突然手を離して何処かへ走って行ってしまったのでユウはその隙に寮へと戻ろうとする。
しかしカリムはすぐにジャミルを連れて戻って来た。
目の前で並ぶ二人にユウ内心、君達仲がいいよねと思う。
「それで、一体誰に何をされたんだ」
カリムから事のあらましを聞いたジャミルは先程のカリムと似た質問をしてくる。
ユウは余計な事を言うまいと頑なに口を閉ざしたが相手が悪かった。
ジャミルはユウの顎を掴むと無理矢理に視線を合わせ自身の持つユニーク魔法を掛けた。
魔法に対しての抵抗力を持たないユウはジャミルに命じられるがままに学園長室での事を話す。
話を終えて魔法から解放されたユウはこの世界に黙秘権は無いのかと嘆き、顔を手で覆った。
「そうか、その涙は学園長が原因か」
ユウの肩を抱いたカリムはそのまま自身の胸に引き寄せると幼子でもあやすかの様にユウの丸まった背を優しく叩く。
「俺は急用を思い出したから此処で失礼する」
暫く思案顔をしていたジャミルは急にそう言って踵を返し廊下を歩いて行った。
一体何だったのか、呆然と廊下の向こうへ消えるジャミルの背を眺めていたユウは突然、カリムが大きな声を上げたので驚き小さく飛び上がる。
「俺も急用を思い出した!」
カリムは今度こそユウを立たせるとジャミルが歩いて行ったのと同じ方向へ走った。
そして曲がり角に差し掛かった所で足を止めたカリムは気を付けて寮まで帰れよ!と笑顔でユウに暫く手を振り続け、再び走り出すとその姿は見えなくなる。
嵐の様に現れて嵐の様に去って行った二人にユウは暫く廊下に一人で立ち尽くしてた。
走る気力も無く、ユウはとぼとぼと廊下を歩いていると日中の遭遇は珍しいイデアとオルトに出会った。
何時もならレアな日中のイデアに良い事有るかもと勝手ながらラッキーアイテム扱いしているユウであるが今日はそんな気分になれない。
思わず吐いたため息が駄目だったのか、イデアはその涙は自分の所為かと突然、加害妄想に苛まれだす。
せっかく此処まで地道に友好度を上げて、たまにであるが話せる仲にまでなったというのに要らぬ事で友好度をリセットされるのはたまったものではないと、ユウはオルトと共にイデアを慰めつつ斯斯然然、ここまでの事を話した。
「学園長見損ないましたぞ」
「学園長さん酷い!僕が懲らしめてくるね」
結果、明らかに誤解している様子の二人にユウは自分の説明がどれだけ下手なのかと己の無能さを呪った。
それでも二人が歩いて行く方向が学園長室ではないので一安心したのだが
「兄さん、この前作った魔導式超電磁砲はどうかな」
「良いね。でもそれだけじゃ足りないから試作の波動砲も付けよう」
「わーい」
なんて最後はオルトの無邪気な喜ぶ声が聞こえたが会話の内容が物騒である。
最早それを使用したら学園が崩壊しないか、とユウは思った。
流石に学園内で破壊兵器は不味いとユウは二人を止めようと考えたがそう思った時には二人の姿はもう何処にも見当たらない。
あまりの速さに魔法かと思い、ここが魔法の世界である事を思い出す。
そしてよくよく考えたら学園長自身、高名な魔法士である事も思い出したユウは止めるのをやめた。
装いがラスボスっぽい人だけに生徒達の魔法ぐらい杖の一振りで無力化出来るだろうと安易に考えていた。
けれど、やはり
「泣いているのか?人の子よ」
この人相手では学園長も荷が重いのではないのかなとユウは思う。
ツノ太郎、マレウス・ドラコニア。
言わずと知れた不思議ちゃん寮であるディアソムニアのとても強いらしい寮長様。
とても強い人らしい、と言うのは魔法の使えないユウにはどんな魔法も凄いものである為、魔法の良し悪しの判断が出来なかった。
加えてグリム命名のツノ太郎という名前のお陰であまり、というよりかなりその威厳だという物を感じられずにいる。
名前って大事なんだとユウは常々思う。
そんなツノ太郎は今日に限って押しが強い。
何時もはふわふわと何処行く風に吹かれて飛んで行くたんぽぽの綿毛の様に言動が自由だというのに今日に限ってはしつこくユウが涙を流す理由を聞いてくるのである。
流石にツノ太郎相手では学園長の命も危ないのではと何とか口を噤んでいたユウであるが
「僕には話せない事なのか」
悲しみに満ちた表情で言われれば正直に斯斯然然、理由を話すしかなかった。
「(すまぬ学園長)」
眉間に皺を寄せ、唇を噛み締めたユウは心の中で学園長に謝りを入れた。
ユウの敗因は美人の悲しげな表情に弱かった事である。
「案ずるなユウ。お前を悲しませるものは全て僕が取り払ってやろう」
「わーうれしいなつのたろう」
悲しげな表情から一変、極悪人も裸足で逃げ出す美人のご尊顔にユウは棒読みながらそう応えるしかなかった。
出来れば程々に、可能であればその優しさを少しでも学園長に分けてやってほしい。
そう思ったユウであったが最後迄口には出せなかった。
ツノ太郎がその場で煙の如く消えた後、何時もの大きな声でセベクが、その後ろにシルバーとリリアが駆けて来た。
セベクは涙を浮かべたユウに驚愕し、シルバーは表情にこそ表れはしなかったが見るからに動揺していた。
セベク達はきっとツノ太郎を探しに来たのだろうと察したユウは彼が学園長室にいる事を伝える。
「なるほど。大体察したぞ」
ユウの今の言葉で状況を把握したと言うリリアにユウは凄いな、と素直に思った。
「ではわしらも参戦するか」
行くぞ、と踵を返したリリアにシルバーは何か言いたげであったがちらりとユウを見ただけですぐにその後に続いた。
リリアが向かうは学園長室の方角である。
「どうしたのセベク?置いてかれるよ」
始めから彼等を止める事を諦めているユウ。
せめてリリアがツノ太郎のストッパーにでもなってくれればと淡い期待を抱きながら、呆然としているセベクく声をかけた。
ユウの声で漸く気を取り戻したセベクは慌ててリリア達を追い掛ける。
「学園長死なないよね?」
図らずして学園長室に寮長with寮生達が集合してしまった事にユウは一抹の不安を感じ、そっと窓から学園長室のある辺りを窺う。
「駄目だこりゃ」
他は晴れているというのに学園長室の辺りだけ暗雲が立ち込めており、ユウは額を押さえた。
他の事を考えていてもユウの涙は不思議と止まらない。
涙と共にしゃっくりまで出て来たユウはこれ以上無様な泣き顔を誰かに見られる前にと近くの植物園へ駆け込んだ。
植物園は普段レオナが縄張りと公言しているだけあって人の気配は無い。
そのレオナも先程、ラギーとジャックが探していたので今はいない筈である。
なのでユウはぐずぐずと泣きながら近くのベンチに腰を下ろした。
この世界にやってきた影響か、元の世界の知識はあれど個人的な記憶は殆ど朧げなユウ。
だからなのかこの世界に来てから一度もホームシックに罹った事など無かった。
「平気だと思ったんだけどな」
思っていた筈なのに学園長から元の世界へ帰れない事を告げられてからユウの涙は止まらない。
学園長室を出てからずっと涙が出ている筈なのにそれでも涙は瞳の奥から溢れ出て来る。
とうとう嗚咽まで漏らし出したユウ。
「うるせぇ」
背後から聞こえた不機嫌なその声にユウの肩は揺れた。
ゆっくりと後ろの茂みを見れば茂みが揺れ動き、二手に割れて、その奥からレオナが出てきた。
「レオナ先輩、」
何で、と続いた言葉に寝起きで不機嫌なのか眉間に皺を寄せたレオナは当たり前の様に此処が自分の縄張りだからだと答える。
「だってラギー先輩とジャックが先輩を探してて」
二人は確かにレオナを探していた。
彼等は獣人である為鼻がよく効く。
それこそレオナが本気で隠れようと思えば可能かもしれないがレオナも本気ではない。
いつも見つけられる場所で分かる様に匂いも残しているから同じ獣人の二人が探せばすぐに見つかるのである。
なのに何故かレオナは植物園にいる。
「二人が迎えに来たんじゃ」
「あ?あいつらは来てねえよ」
二人と別れてそれなりに経つ。
だったら二人は何処へ、とまで考えたユウはレオナがいるなら植物園から出ようと立ち上がった。
きっとこんな不細工な顔を見られたら笑われると思ったのだ。
「何だお前、泣いてるのか」
今になり気付かれたユウは腕で顔を隠すと即座に逃げようとした。
「失礼しました」「待て」
が、それは叶わなかった。
命令口調に制止を求められたユウは苦虫を噛み潰した様な顔をして足を止めた。
流石王族と言うべきかレオナは命令をし慣れているしそれを思わず聞いてしまう不思議な力がレオナにはあった。
再度、ベンチに座る様言われてユウは渋々座る。
この後不細工な泣き顔だと笑われるのか。
自分の気持ちを認識した今、一人で感傷に浸りたい気分だったユウの頭に何かが被せられる。
慌ててそれを頭から下ろすと見慣れた黄色のベストであった。
「それで顔でも隠して勝手に泣いてろ。俺はもう一度寝る」
「はっ?!」
はっ??!とユウは二度驚愕の声を上げたがレオナは構わずお休み三秒であった。
横になるなりすぐに寝息が聞こえてきたレオナにまるで某猫型ロボットの眼鏡の子みたいだと思った。
それをきっかけにまたしても涙が溢れる。
「どうしてこんな事ばかり覚えてるのに家族の事は思い出せないんだろう」
始めはレオナの存在を気にして小さく泣いていたユウ。
しかし涙は止まらない。
次第に涙する声は大きくなっていた。
寂しい。
家族がいなくて寂しい。
記憶が思い出せなくて寂しい。
ユウの胸を占めるのは寂しいという感情ばかり。
この世界に来て埋められない部分。
相棒がいて、親友がいて、友がいて、優しい先輩、頼りになる先生。
誰もがユウを心配してくれる。
抱き締めてくれる。
褒めてくれる。
けれどユウの心は何処か満たされない。
常にユウの心の内には寂しいという感情があった。
何時もは心の隅でじっとしているそれは誰かが家族の話をする度に寂しいと大きく訴え出す。
顔も覚えていない、本当にいたかも分からない家族を求めて心が寂しいと訴えている。
家族に会いたい。
けれどもう元の世界には帰れない。
頭では理解しているのに心は理解出来ず、ひたすらに寂しいとユウに訴える。
「そんなに寂しいなら俺と家族になるか?」
突然の声にユウの泣く声は止まった。
振り向けば起き抜けでだらしない体勢のレオナがユウを見ていた。
「要はお前は家族がいなくて寂しいんだろ?それならちょうど良い、俺がお前の家族になってやるよ」
「へ?」
それまで何としても止まらなかったユウの涙が止まった。
彼等にとってユウは親友、後輩、と色々な表現があるが兎に角大切な存在であった。
異世界から来たというユウは魔力も、使える魔法もなく非力であったがそれでも持ち前の度胸と閃きで各寮に起こった事件を、問題を解決に導いた。
そんなユウを兎に角彼等は表現し難い程に愛しく大切に思っている。
そんなユウが泣いていた。
どんな状況でも泣かなかった彼女が、である。
それこそ強大な彼等のオーバーブロットの姿を見ても怯みもしなかった彼女が、である。
だから許せなかった。
ただ、話をしただけだといくらクロウリーが弁解しても彼等は効く耳を持たない。
ユウが泣いた事実は変わらないのである。
彼等は理由がどうあれユウが泣かされた事が許せなかった。
各々が好き勝手に魔法を使いクロウリーを責め立てるので学園長室は見るも無惨、ボロボロである。
大鍋が、風が、青い炎が、それを防いで彼等を押さえ込もうと軽い魔法を放てば弾かれ、またその隙を狙って厄介な魔法が飛び交う。
何時もなら集まりに現れないのにこんな時に限って遅れてやって来たマレウスの魔法によりとうとう学園長室に穴が空いた。
ユウに猛獣使いの才を見出し、入学を認めたのはクロウリー自身である。
しかしこれは、この状況は酷い。
いくら何でも猛獣達を手懐け過ぎである。
流石に無勢に多勢。
いくらクロウリーが高名な魔法士でも才ある彼等が束になって来られると辛い。
しかも個々に癖の強い彼等はあろう事か好き勝手ながらも連携を取ってクロウリーに魔法を放つ。
きっとこれもユウの影響である。
こんな状況でなければクロウリーは泣いて喜んでいた。
が、状況が状況である。
そんな暇を彼等は与えない。
そろそろクロウリーも彼等に怪我をさせる覚悟で反撃しなければ命に関わる、という所でこの殺伐とした状況に不似合いな音が響いた。
「ケイト、スマホの電源はあれ程切れと言っただろう」
「リドルくん、ごめんごめん」
リドルが顔を赤くして怒った。
その横でトレイが額を抑えて首を振っている。
ケイトはこの状況に臆しもせず何時もの調子で周りに謝るとスマホの電源を切るべく取り出して
「はぁっ?!」
大きく驚きの声を上げた。
その声に何事かとケイトを中心にハーツラビュルの面々が集まり、その様子を数名が呆れて見ている。
クロウリーはこの隙に逃げられないかと思ったがマレウスを筆頭に数名が少しでも動いたら殺すと言わんばかりにクロウリーを見ているので諦めた。
ケイトに続いて彼のスマホの画面を見たハーツラビュルの面々が騒ぐ様を呆れて見ていたヴィル。
そのヴィルのスマホも着信でも来ているのか隙間で光っているのをルークが指摘する。
確かにヴィルのスマホには親しい記者からの着信が入っていて、てっきり仕事の話かと思いヴィルは学園長室から一時退室した。
「おい、何時迄スマホを見てるんだ」
ジャックが皆の気持ちを代弁して特に騒がしいエースとデュースに文句を言えば二人はジャックに掴み掛かった。
「ジャック!君のところの寮長は何処に行った?!」
「あ?レオナさん?そういえば此処にはいないな」
訳がわからないまま、一度室内を見渡したジャックは答える。
「一体、レオナさんがどうしたんだよ」
「どうしたもこうしたもねぇよ!あんにゃろうライオンどころかただの泥棒猫じゃねぇか」
ジャックは訳が分からない。
悪童時代が隠し切れていない表情のデュースと年上であるレオナに悪態を吐くエース。
その向こうでは怒りに任せてケイトやトレイにレオナを連れてくるよう命令するリドルがいる。
「ちょっとどういう事よ!」
一時退室していたヴィルは扉を蹴破る勢いで戻ってくるとそのままラギーに掴み掛かった。
何故自分がヴィルに胸倉を掴まれ揺さぶられるの分からないラギーは懸命に説明を求める。
「知り合いの記者から電話が入っていたから何かと思ったらレオナがユウと婚約したって言うじゃない。どういう事か説明をして」
「レオナさんが婚約?」
「は?小エビちゃんがあいつと婚約ってどういう事だよ」
ユウの名前を聞いてフロイドはヴィルとラギーの間に割り入った。
始めこそその傍若無人な振る舞いに片眉を釣り上げたヴィルであるが、尋問ならばフロイド方が適任と思ったのかあっさりラギーを差し出す。
ユウが婚約?本当に?誰もがその話題に騒然とした。
クロウリーを逃すまいと睨みをきかしていた面々もその話に驚き呆けている。
今度こそ今のうちに逃げ出そうと思ったクロウリーだが丁度よく部屋に取り付けられた電話が鳴った。
それを取らないわけにもいかずクロウリーは渋々と電話の受話器を取る。
電話は昼のワイドショーが有名な報道局からであった。
「・・・ええ、その話につきましては此方は何も。生徒のプライベートについてお話する事はございません」
失礼します、と至極丁寧にクロウリーは電話を切った。
けれどすぐに電話は鳴る。
クロウリーはそれを取るがまた受話器を置いて、取って、置いて。
最早クロウリーが電話の受話器を取っては置く機械と化した事にその場にいた面々は半信半疑であったレオナとユウの婚約話が本当なのだと理解する。
「マジじゃん」
「イデアさん、何を見ているのです」
皆が暴れている間も技術班、司令塔役として部屋の隅にいたイデアとアズール。
イデアがタブレットで見ていたニュースの記事を見せてもらったアズールは同じページを此処にいる皆に見せられないかと言った。
「ちょっと待ってね」
暫くタブレットを操作していたイデアは準備が完了した事を告げると部屋の壁に先程見ていたニュースを映し出した。
ニュースの配信元はツイステッドワンダーランドで1、2を争う堅実で情報が確かと名高い新聞社で、記事には王室発表とも書いてある。
【夕焼けの草原 レオナ・キングスカラー王子の婚約を発表 お相手は一般女性】
そう書かれた記事はユウの名前こそ出ていなかったが王家より発表された婚約者の特徴は全てユウに当て嵌まった。
最後にはオンボロ寮での写真だろう、少し荒れた部屋を背景に女の子らしいもこもこのパステルカラーの部屋着を着たユウの写真が掲載されている。
「あ、これ、この前みんなでお泊り会した時の写真だ」
何気無くエペルが呟いた。
確かにトリミングされたであろう写真はユウの両端にエペルと思わしき薄紫色の髪と若草色、セベクの髪と思わしき物が写っている。
「ほう、この前外泊届けを出した時のじゃな」
一年生組がその時のお泊まりを思い出し口々に話しているのを見てリリアはアオハルじゃな!とにっこりしていたがその横のマレウスは愕然としていた。
「僕は呼ばれていない」
しょんぼりと擬音が聴こえてきそうな程に落ち込むマレウスにセベクは慌てる。
「申し訳ございません若様。この時は一年生だけで、との事だったので次回こそは是非、若様もご一緒に!」
セベクのその発言に一年生達は「え」と一様に困惑していた。
「それでこれはどういう訳?まさかお前らグルで俺らを嵌めたの?」
「俺は本当に何も知らないっスよ!」
一方でフロイドによるラギーの尋問は続いている。
フロイドにより、喋れる程度に軽く締められているラギーは必死に自分が無関係である事を訴えた。
「ラギーさんはああ言っていますがジャックさんはそこの所どうなんですか?」
背後から気配も無くジェイドに尋ねられたジャックは驚き、飛び退く。
尻尾の毛は驚きの余り毛が逆立ち、膨らんでいる。
「俺も何も知らないっす」
ジャックは首を勢いよく振り否定した。
それこそ此処に来るまではレオナを探していたがそれもラギーに頼まれたから手伝っていただけである。
「つまりどういう事なんだ?」
まったく分からんと首を傾げて言うカリムにジャミルは
「レオナ先輩の独断という事だろう」
と答えた。
「ふーん。じゃあ、レオナに詳しく話を聞きに行くか!」
カリムの結論にジャミルだけでなく皆も驚いたがすぐに笑い「それがいい」と満場一致となる。
「キングスカラー君から事情が聞けたら誰か報告を頂けますか?」
鳴り止まない電話にベソをかくクロウリーが言った。
今日の午後、ユウは学園長から元の世界に帰れない事を告げられた。
学園長の説明は専門用語も多くユウには理解の出来ない事が多かったが、要約するとユウが異世界であるこのツイステッドワンダーランドに来れたのは何百年単位での星の動きによる偶然で、元の世界に帰るには来た時と同じ条件が必要だった。
つまり元の世界に戻ろうと思ったらこれから後何百年と待たなくてはいけないという事である。
しかしそれは不可能な話であった。
ユウはただの人間で、これから健康に気を遣っても後はせいぜい長生きをして80年程で、到底時間が足りない。
だからこそ学園長は早々にユウへ元の世界へ帰るのを諦めるように言った。
そしてこれからの事も考えなさいとも。
ありがたい事に学園長はユウが望めば身元保証人になってくれるらしい。
学園長の他に、何人かの教師もユウならば身元保証人になっても良いと名乗りを上げているらしく、学園長はその件はまた後日話しましょうと言った。
「今日はもう疲れたでしょうから寮に戻って休みなさい」
ユウは頭を下げて学園長室を退出した。
学園の長い廊下を歩けば足を進めるごとにだんだんと生徒が増えていき、何人かの生徒はユウを指差し驚いた顔をしている。
ユウはそれを不思議に思ったが珍しい事でもなかったので無視をした。
「ユウ!その顔どうしたんだよ!」
「学園長に泣かされたのか?!」
「え?」
ユウが学園長に呼び出されたのを知っていたエースとデュースは戻って来たユウが涙を零している事に驚いた。
そんな二人の反応にユウも驚く。
「泣かされ?え、あ、本当だ。いつの間に」
頬に触れれば冷えた涙であろう、冷たい水で指先が濡れた。
此処で漸くユウは無意識に己が泣いていた事に気付き、そして廊下ですれ違う生徒達の反応に合点がいった。
このすぐ後、購買から戻って来たグリムも合流して二人と一匹は涙を零すユウに驚き騒ぐ。
「子分を泣かすなんて俺様許さないんだゾ」
「前々から思ってたけど学園長酷くね?」
「ああ、だが今度ばかりは見過ごせないな」
ユウは懸命に否定したが学園長のこれまでの行いも相まってユウは学園長に泣かされたに違いないと二人と一匹は結論付ける。
「いや、本当に学園長は何もしてないんだけど」
「廊下の真ん中で騒々しい。これは何の騒ぎだい」
よろしいならば戦争だ、徹底交戦だと廊下の真ん中で騒ぐ彼等を注意すべくリドルがやって来た。
その後ろにはトレイとケイトがおり、ケイトが何時もの調子で声を掛けるのだが、振り返ったユウがはらはらと涙を零す姿に三人は驚き固まった。
「リドル先輩!これは、えっと」
「聞いて下さいよ寮長!」
そんな三人に何と説明しようかとユウが戸惑っている間にエースから斯斯然然と少々誇張された誤った情報が三人に伝えられる。
「つまり、学園長は態々ユウを呼び出して泣かしたんだね」
「リドル先輩、学園長は決して私を泣かしたくて泣かした訳じゃなくて」
「庇い立ては無用だよ。学園長の言葉で泣いた事が事実ならそれで罪状は充分さ」
罪を犯したならば罰を与えねばならないと酷く落ち着いた声で言うリドル。
エースから話を聞いていた当初は怒りで赤らめていたリドルであるがいつの間にか顔色は何時もの顔色へと戻っていた。
今のリドルは落ち着き払った様子、何なら微笑みさえ浮かべていたがその笑みには何処か薄ら寒いものを感じる。
「ユウちゃん可哀想に。けーくんが慰めてあげるね」
よしよしとケイトは腕にユウを抱いて優しく頭を撫でた。
誤解を解くどころか更なる事態の悪化にユウを頭を抱える。
此処はハーツラビュルの父であり母でもあるトレイに何とかしてもらおうとケイトの腕の中でユウは懸命にあの手この手で学園長の無罪をトレイに訴えた。
「そうだな、学園長の骨ぐらいは拾って学園の庭にでも埋めておこう」
暫く思案して見せた後、笑顔で頷きながらもそう応えたトレイに彼がユウに代わって学園長への誤解を解いてくれる気が無いのだと理解したユウは顔を手で覆い、心の内で学園長に謝った。
「(学園長、ごめんなさい。でも、)」
此処まで来たらいくらユウでも彼等を止められない。
結局ユウは学園長の身を案じながらもハンカチを振って怒気を露わにしながら学園長室へと向かう彼等を見送った。
ハーツラビュルの面々とそんなやり取りをしていてもユウの目から溢れる涙は止まらない。
このままではいけないとユウはオンボロ寮への道を進む。
ハーツラビュルの彼等の様にまた誰かへ誤解を与えてはいけないとユウは寮への道を急ぐのだがこんな時に限って人に会ってしまう。
「小エビちゃん、どうしたの?そんなに急いで」
曲がり角からまるで待ち伏せでもしていたかの様に出てきたフロイドにユウは足を止め、後ずさる。
「おやおや、ユウさん。どうされたのですかその顔は」
「何かお困りの様ですね」
フロイドに続きジェイドとアズールも曲がり角から出て来た。
ユウはまたややこしい三人が出て来たと思いながら彼等に軽く挨拶を済まし、さっさとこの場を立ち去ろうとしたがフロイドに腕を掴まれてそれも叶わなかった。
「それで?その顔は誰にされたの」
「これは、その、色々ありまして」
そこでユウは口籠らせた。
理由を話さなければ何時迄も、それこそフロイドが飽きるまで腕を離してもらえないだろうと思ったユウは早々に観念して斯斯然然と三人へ話す。
今度はユウ本人が当たり障りなく説明したので大丈夫な筈だったのだが何故かそうはならなかった。
「ふーん学園長が小エビちゃんを泣かせたんだ」
「それはそれは」
「そうですか。学園長が」
「ひえっ」
思わずユウも悲鳴を漏らす程、海のギャングというウツボの別名に相応しい形相をしたリーチ兄弟とアズールの綺麗な笑顔。
綺麗過ぎて逆にロクでもない事を考えているなというアズールにユウは力なく、やはり学園長の身を案じながらも学園長室へと向かう彼等を見送った。
「ユウサン!」
ユウは自分を呼び止める声に肩をびくつかせた。
声のする方を見ればこちらに向かって愛らしい笑顔で駆けて来るエペルと、廊下を走るエペルを咎めるヴィル、そしてそのヴィルに笑顔で付いて歩くルーク。
エペルはユウの顔を見るなり顔を青ざめさせ、エペルに追い付いたヴィルはユウの顔を見るなり肩を掴み涙の訳を問い質す。
「素直に吐きなさい。その泣き顔、まさか演技の練習な訳ないでしょう?!」
「ヴヴヴィル先輩落ち着いて下さい」
ガクガクと身体を揺さぶられたユウはその激しい揺れに目を回し始める。
「ヴィル、そんなにも揺らしては話したい事も話せないよ」
「それもそうね」
ルークに宥められたヴィルはユウを文字通り揺さ振り、問い質すのを止めた。
「大丈夫?」
「ありがとうエペル君」
優しくユウの背中を撫でるエペル。
軽い酔い、別のものを吐き出しそうになり口元を押さえたユウの前に出たルークは目を細めて笑いかける。
「さあ、これでその涙の理由が話せるね」
ユウは知った。
美人も可愛い子ちゃんも怒った顔は大変恐ろしい。
何なら平凡な顔付きの人間より何割増にも恐ろしく見える事をユウは知った。
話を聞いた三人で唯一、表情の変わらないルークにユウは二人を止めるようせがんだが彼は何時もと変わらない表情でどうしてと返してくる。
ユウは己の認識を改めた。
狩人の人も怒っていた。
ルークの細められた瞳に怒りを垣間見たユウは呆然としながら思わず「何でやねん」と関西弁で呟いた。
やはりユウは学園長室へと向かう彼等を見送る。
「学園長、大丈夫かな」
ユウが学園長の身を危ぶんだ所、何処かでガラスが割れる音と覚えのある悲鳴が聞こえた。
きっと止まらない涙が誤解を招くのだとユウは顔を隠しながらこそこそと廊下を移動していた。
そしてレオナを探すラギーとジャックに会い、「どうして顔を隠してるんだ」「それがちょっと」というジャックとのやりとりの末、何だかんだで隠していた顔はラギーのユニーク魔法により二人に晒される。
二人はユウの涙する姿にギョッとした。
「だから見せられないって言ったのに」
情けない顔を笑われると覚悟したユウであるが意外にも二人は優しい声で泣いている理由を聞いてくれた。
特にラギーは何時もの調子でなく、優しく止め処なく溢れるユウの涙を甲斐甲斐しく自前のハンカチで拭ってくれる。
二人があまりに優しく気遣いながら涙の理由を聞いてくるのでユウはここまでの事を忘れて斯斯然然、二人に話した。
それでも二人の態度はユウを気遣うだけで変わりなかったので少し安心する。
ジャックはユウを寮迄送って行くと言ったが大丈夫だからとユウはその申し出を断り、ラギーもジャックを引き止めた。
「でもラギー先輩」
「ユウくんは大丈夫って言ってるから大丈夫なんスよ」
ね?と同意を求められて未だ止まらない涙をハンカチで拭うユウは頷いた。
因みにこのハンカチは先程会ったヴィルが差し出してくれた物である。
美人は持ち物迄も良い匂いがするらしく、ハンカチから香る華やかな香りは涙するユウを慰めるようであった。
「じゃあ気をつけて寮に戻れよ」
「ありがとうジャック」
またね、とそこで二人とは別れた。
この後の二人はレオナの捜索を再開させたのだろうと思い込んでいるユウは二人が何処へ向かったのか知らない。
そうだ走れば良いのだ。
そう思いついたユウは渡り廊下を走っていた。
「おーいユウ!」
明るく元気な声、カリムである。
思わず足を止め、声のする方を見ればカリムは大きく手を振って此方へと走って来る。
ユウはこのまま遭遇しては走っていた意味がないと慌てその場から逃げようとしたがそれは叶わなかった。
慌てていた為自分の足に蹴躓いたユウはそのまま廊下へと転がる。
「俺もそうだけど、ユウも案外おっちょこちょいだよな」
苦笑いと共に差し出されたカリム手にユウもつい反射でお礼を言いつつ己の手を乗せた。
重ねた手は握られたがそこでカリムは固まっている。
「カリム先輩?」
「一体、誰にやられたんだ」
ユウはカリムの質問の意味が分からなかった。
「泣いてる」
涙とそれが頬を伝って出来た涙の痕を指摘されたユウは思わず顔を背けた。
二人の間に気まずい沈黙が流れる中、カリムが突然手を離して何処かへ走って行ってしまったのでユウはその隙に寮へと戻ろうとする。
しかしカリムはすぐにジャミルを連れて戻って来た。
目の前で並ぶ二人にユウ内心、君達仲がいいよねと思う。
「それで、一体誰に何をされたんだ」
カリムから事のあらましを聞いたジャミルは先程のカリムと似た質問をしてくる。
ユウは余計な事を言うまいと頑なに口を閉ざしたが相手が悪かった。
ジャミルはユウの顎を掴むと無理矢理に視線を合わせ自身の持つユニーク魔法を掛けた。
魔法に対しての抵抗力を持たないユウはジャミルに命じられるがままに学園長室での事を話す。
話を終えて魔法から解放されたユウはこの世界に黙秘権は無いのかと嘆き、顔を手で覆った。
「そうか、その涙は学園長が原因か」
ユウの肩を抱いたカリムはそのまま自身の胸に引き寄せると幼子でもあやすかの様にユウの丸まった背を優しく叩く。
「俺は急用を思い出したから此処で失礼する」
暫く思案顔をしていたジャミルは急にそう言って踵を返し廊下を歩いて行った。
一体何だったのか、呆然と廊下の向こうへ消えるジャミルの背を眺めていたユウは突然、カリムが大きな声を上げたので驚き小さく飛び上がる。
「俺も急用を思い出した!」
カリムは今度こそユウを立たせるとジャミルが歩いて行ったのと同じ方向へ走った。
そして曲がり角に差し掛かった所で足を止めたカリムは気を付けて寮まで帰れよ!と笑顔でユウに暫く手を振り続け、再び走り出すとその姿は見えなくなる。
嵐の様に現れて嵐の様に去って行った二人にユウは暫く廊下に一人で立ち尽くしてた。
走る気力も無く、ユウはとぼとぼと廊下を歩いていると日中の遭遇は珍しいイデアとオルトに出会った。
何時もならレアな日中のイデアに良い事有るかもと勝手ながらラッキーアイテム扱いしているユウであるが今日はそんな気分になれない。
思わず吐いたため息が駄目だったのか、イデアはその涙は自分の所為かと突然、加害妄想に苛まれだす。
せっかく此処まで地道に友好度を上げて、たまにであるが話せる仲にまでなったというのに要らぬ事で友好度をリセットされるのはたまったものではないと、ユウはオルトと共にイデアを慰めつつ斯斯然然、ここまでの事を話した。
「学園長見損ないましたぞ」
「学園長さん酷い!僕が懲らしめてくるね」
結果、明らかに誤解している様子の二人にユウは自分の説明がどれだけ下手なのかと己の無能さを呪った。
それでも二人が歩いて行く方向が学園長室ではないので一安心したのだが
「兄さん、この前作った魔導式超電磁砲はどうかな」
「良いね。でもそれだけじゃ足りないから試作の波動砲も付けよう」
「わーい」
なんて最後はオルトの無邪気な喜ぶ声が聞こえたが会話の内容が物騒である。
最早それを使用したら学園が崩壊しないか、とユウは思った。
流石に学園内で破壊兵器は不味いとユウは二人を止めようと考えたがそう思った時には二人の姿はもう何処にも見当たらない。
あまりの速さに魔法かと思い、ここが魔法の世界である事を思い出す。
そしてよくよく考えたら学園長自身、高名な魔法士である事も思い出したユウは止めるのをやめた。
装いがラスボスっぽい人だけに生徒達の魔法ぐらい杖の一振りで無力化出来るだろうと安易に考えていた。
けれど、やはり
「泣いているのか?人の子よ」
この人相手では学園長も荷が重いのではないのかなとユウは思う。
ツノ太郎、マレウス・ドラコニア。
言わずと知れた不思議ちゃん寮であるディアソムニアのとても強いらしい寮長様。
とても強い人らしい、と言うのは魔法の使えないユウにはどんな魔法も凄いものである為、魔法の良し悪しの判断が出来なかった。
加えてグリム命名のツノ太郎という名前のお陰であまり、というよりかなりその威厳だという物を感じられずにいる。
名前って大事なんだとユウは常々思う。
そんなツノ太郎は今日に限って押しが強い。
何時もはふわふわと何処行く風に吹かれて飛んで行くたんぽぽの綿毛の様に言動が自由だというのに今日に限ってはしつこくユウが涙を流す理由を聞いてくるのである。
流石にツノ太郎相手では学園長の命も危ないのではと何とか口を噤んでいたユウであるが
「僕には話せない事なのか」
悲しみに満ちた表情で言われれば正直に斯斯然然、理由を話すしかなかった。
「(すまぬ学園長)」
眉間に皺を寄せ、唇を噛み締めたユウは心の中で学園長に謝りを入れた。
ユウの敗因は美人の悲しげな表情に弱かった事である。
「案ずるなユウ。お前を悲しませるものは全て僕が取り払ってやろう」
「わーうれしいなつのたろう」
悲しげな表情から一変、極悪人も裸足で逃げ出す美人のご尊顔にユウは棒読みながらそう応えるしかなかった。
出来れば程々に、可能であればその優しさを少しでも学園長に分けてやってほしい。
そう思ったユウであったが最後迄口には出せなかった。
ツノ太郎がその場で煙の如く消えた後、何時もの大きな声でセベクが、その後ろにシルバーとリリアが駆けて来た。
セベクは涙を浮かべたユウに驚愕し、シルバーは表情にこそ表れはしなかったが見るからに動揺していた。
セベク達はきっとツノ太郎を探しに来たのだろうと察したユウは彼が学園長室にいる事を伝える。
「なるほど。大体察したぞ」
ユウの今の言葉で状況を把握したと言うリリアにユウは凄いな、と素直に思った。
「ではわしらも参戦するか」
行くぞ、と踵を返したリリアにシルバーは何か言いたげであったがちらりとユウを見ただけですぐにその後に続いた。
リリアが向かうは学園長室の方角である。
「どうしたのセベク?置いてかれるよ」
始めから彼等を止める事を諦めているユウ。
せめてリリアがツノ太郎のストッパーにでもなってくれればと淡い期待を抱きながら、呆然としているセベクく声をかけた。
ユウの声で漸く気を取り戻したセベクは慌ててリリア達を追い掛ける。
「学園長死なないよね?」
図らずして学園長室に寮長with寮生達が集合してしまった事にユウは一抹の不安を感じ、そっと窓から学園長室のある辺りを窺う。
「駄目だこりゃ」
他は晴れているというのに学園長室の辺りだけ暗雲が立ち込めており、ユウは額を押さえた。
他の事を考えていてもユウの涙は不思議と止まらない。
涙と共にしゃっくりまで出て来たユウはこれ以上無様な泣き顔を誰かに見られる前にと近くの植物園へ駆け込んだ。
植物園は普段レオナが縄張りと公言しているだけあって人の気配は無い。
そのレオナも先程、ラギーとジャックが探していたので今はいない筈である。
なのでユウはぐずぐずと泣きながら近くのベンチに腰を下ろした。
この世界にやってきた影響か、元の世界の知識はあれど個人的な記憶は殆ど朧げなユウ。
だからなのかこの世界に来てから一度もホームシックに罹った事など無かった。
「平気だと思ったんだけどな」
思っていた筈なのに学園長から元の世界へ帰れない事を告げられてからユウの涙は止まらない。
学園長室を出てからずっと涙が出ている筈なのにそれでも涙は瞳の奥から溢れ出て来る。
とうとう嗚咽まで漏らし出したユウ。
「うるせぇ」
背後から聞こえた不機嫌なその声にユウの肩は揺れた。
ゆっくりと後ろの茂みを見れば茂みが揺れ動き、二手に割れて、その奥からレオナが出てきた。
「レオナ先輩、」
何で、と続いた言葉に寝起きで不機嫌なのか眉間に皺を寄せたレオナは当たり前の様に此処が自分の縄張りだからだと答える。
「だってラギー先輩とジャックが先輩を探してて」
二人は確かにレオナを探していた。
彼等は獣人である為鼻がよく効く。
それこそレオナが本気で隠れようと思えば可能かもしれないがレオナも本気ではない。
いつも見つけられる場所で分かる様に匂いも残しているから同じ獣人の二人が探せばすぐに見つかるのである。
なのに何故かレオナは植物園にいる。
「二人が迎えに来たんじゃ」
「あ?あいつらは来てねえよ」
二人と別れてそれなりに経つ。
だったら二人は何処へ、とまで考えたユウはレオナがいるなら植物園から出ようと立ち上がった。
きっとこんな不細工な顔を見られたら笑われると思ったのだ。
「何だお前、泣いてるのか」
今になり気付かれたユウは腕で顔を隠すと即座に逃げようとした。
「失礼しました」「待て」
が、それは叶わなかった。
命令口調に制止を求められたユウは苦虫を噛み潰した様な顔をして足を止めた。
流石王族と言うべきかレオナは命令をし慣れているしそれを思わず聞いてしまう不思議な力がレオナにはあった。
再度、ベンチに座る様言われてユウは渋々座る。
この後不細工な泣き顔だと笑われるのか。
自分の気持ちを認識した今、一人で感傷に浸りたい気分だったユウの頭に何かが被せられる。
慌ててそれを頭から下ろすと見慣れた黄色のベストであった。
「それで顔でも隠して勝手に泣いてろ。俺はもう一度寝る」
「はっ?!」
はっ??!とユウは二度驚愕の声を上げたがレオナは構わずお休み三秒であった。
横になるなりすぐに寝息が聞こえてきたレオナにまるで某猫型ロボットの眼鏡の子みたいだと思った。
それをきっかけにまたしても涙が溢れる。
「どうしてこんな事ばかり覚えてるのに家族の事は思い出せないんだろう」
始めはレオナの存在を気にして小さく泣いていたユウ。
しかし涙は止まらない。
次第に涙する声は大きくなっていた。
寂しい。
家族がいなくて寂しい。
記憶が思い出せなくて寂しい。
ユウの胸を占めるのは寂しいという感情ばかり。
この世界に来て埋められない部分。
相棒がいて、親友がいて、友がいて、優しい先輩、頼りになる先生。
誰もがユウを心配してくれる。
抱き締めてくれる。
褒めてくれる。
けれどユウの心は何処か満たされない。
常にユウの心の内には寂しいという感情があった。
何時もは心の隅でじっとしているそれは誰かが家族の話をする度に寂しいと大きく訴え出す。
顔も覚えていない、本当にいたかも分からない家族を求めて心が寂しいと訴えている。
家族に会いたい。
けれどもう元の世界には帰れない。
頭では理解しているのに心は理解出来ず、ひたすらに寂しいとユウに訴える。
「そんなに寂しいなら俺と家族になるか?」
突然の声にユウの泣く声は止まった。
振り向けば起き抜けでだらしない体勢のレオナがユウを見ていた。
「要はお前は家族がいなくて寂しいんだろ?それならちょうど良い、俺がお前の家族になってやるよ」
「へ?」
それまで何としても止まらなかったユウの涙が止まった。
彼等にとってユウは親友、後輩、と色々な表現があるが兎に角大切な存在であった。
異世界から来たというユウは魔力も、使える魔法もなく非力であったがそれでも持ち前の度胸と閃きで各寮に起こった事件を、問題を解決に導いた。
そんなユウを兎に角彼等は表現し難い程に愛しく大切に思っている。
そんなユウが泣いていた。
どんな状況でも泣かなかった彼女が、である。
それこそ強大な彼等のオーバーブロットの姿を見ても怯みもしなかった彼女が、である。
だから許せなかった。
ただ、話をしただけだといくらクロウリーが弁解しても彼等は効く耳を持たない。
ユウが泣いた事実は変わらないのである。
彼等は理由がどうあれユウが泣かされた事が許せなかった。
各々が好き勝手に魔法を使いクロウリーを責め立てるので学園長室は見るも無惨、ボロボロである。
大鍋が、風が、青い炎が、それを防いで彼等を押さえ込もうと軽い魔法を放てば弾かれ、またその隙を狙って厄介な魔法が飛び交う。
何時もなら集まりに現れないのにこんな時に限って遅れてやって来たマレウスの魔法によりとうとう学園長室に穴が空いた。
ユウに猛獣使いの才を見出し、入学を認めたのはクロウリー自身である。
しかしこれは、この状況は酷い。
いくら何でも猛獣達を手懐け過ぎである。
流石に無勢に多勢。
いくらクロウリーが高名な魔法士でも才ある彼等が束になって来られると辛い。
しかも個々に癖の強い彼等はあろう事か好き勝手ながらも連携を取ってクロウリーに魔法を放つ。
きっとこれもユウの影響である。
こんな状況でなければクロウリーは泣いて喜んでいた。
が、状況が状況である。
そんな暇を彼等は与えない。
そろそろクロウリーも彼等に怪我をさせる覚悟で反撃しなければ命に関わる、という所でこの殺伐とした状況に不似合いな音が響いた。
「ケイト、スマホの電源はあれ程切れと言っただろう」
「リドルくん、ごめんごめん」
リドルが顔を赤くして怒った。
その横でトレイが額を抑えて首を振っている。
ケイトはこの状況に臆しもせず何時もの調子で周りに謝るとスマホの電源を切るべく取り出して
「はぁっ?!」
大きく驚きの声を上げた。
その声に何事かとケイトを中心にハーツラビュルの面々が集まり、その様子を数名が呆れて見ている。
クロウリーはこの隙に逃げられないかと思ったがマレウスを筆頭に数名が少しでも動いたら殺すと言わんばかりにクロウリーを見ているので諦めた。
ケイトに続いて彼のスマホの画面を見たハーツラビュルの面々が騒ぐ様を呆れて見ていたヴィル。
そのヴィルのスマホも着信でも来ているのか隙間で光っているのをルークが指摘する。
確かにヴィルのスマホには親しい記者からの着信が入っていて、てっきり仕事の話かと思いヴィルは学園長室から一時退室した。
「おい、何時迄スマホを見てるんだ」
ジャックが皆の気持ちを代弁して特に騒がしいエースとデュースに文句を言えば二人はジャックに掴み掛かった。
「ジャック!君のところの寮長は何処に行った?!」
「あ?レオナさん?そういえば此処にはいないな」
訳がわからないまま、一度室内を見渡したジャックは答える。
「一体、レオナさんがどうしたんだよ」
「どうしたもこうしたもねぇよ!あんにゃろうライオンどころかただの泥棒猫じゃねぇか」
ジャックは訳が分からない。
悪童時代が隠し切れていない表情のデュースと年上であるレオナに悪態を吐くエース。
その向こうでは怒りに任せてケイトやトレイにレオナを連れてくるよう命令するリドルがいる。
「ちょっとどういう事よ!」
一時退室していたヴィルは扉を蹴破る勢いで戻ってくるとそのままラギーに掴み掛かった。
何故自分がヴィルに胸倉を掴まれ揺さぶられるの分からないラギーは懸命に説明を求める。
「知り合いの記者から電話が入っていたから何かと思ったらレオナがユウと婚約したって言うじゃない。どういう事か説明をして」
「レオナさんが婚約?」
「は?小エビちゃんがあいつと婚約ってどういう事だよ」
ユウの名前を聞いてフロイドはヴィルとラギーの間に割り入った。
始めこそその傍若無人な振る舞いに片眉を釣り上げたヴィルであるが、尋問ならばフロイド方が適任と思ったのかあっさりラギーを差し出す。
ユウが婚約?本当に?誰もがその話題に騒然とした。
クロウリーを逃すまいと睨みをきかしていた面々もその話に驚き呆けている。
今度こそ今のうちに逃げ出そうと思ったクロウリーだが丁度よく部屋に取り付けられた電話が鳴った。
それを取らないわけにもいかずクロウリーは渋々と電話の受話器を取る。
電話は昼のワイドショーが有名な報道局からであった。
「・・・ええ、その話につきましては此方は何も。生徒のプライベートについてお話する事はございません」
失礼します、と至極丁寧にクロウリーは電話を切った。
けれどすぐに電話は鳴る。
クロウリーはそれを取るがまた受話器を置いて、取って、置いて。
最早クロウリーが電話の受話器を取っては置く機械と化した事にその場にいた面々は半信半疑であったレオナとユウの婚約話が本当なのだと理解する。
「マジじゃん」
「イデアさん、何を見ているのです」
皆が暴れている間も技術班、司令塔役として部屋の隅にいたイデアとアズール。
イデアがタブレットで見ていたニュースの記事を見せてもらったアズールは同じページを此処にいる皆に見せられないかと言った。
「ちょっと待ってね」
暫くタブレットを操作していたイデアは準備が完了した事を告げると部屋の壁に先程見ていたニュースを映し出した。
ニュースの配信元はツイステッドワンダーランドで1、2を争う堅実で情報が確かと名高い新聞社で、記事には王室発表とも書いてある。
【夕焼けの草原 レオナ・キングスカラー王子の婚約を発表 お相手は一般女性】
そう書かれた記事はユウの名前こそ出ていなかったが王家より発表された婚約者の特徴は全てユウに当て嵌まった。
最後にはオンボロ寮での写真だろう、少し荒れた部屋を背景に女の子らしいもこもこのパステルカラーの部屋着を着たユウの写真が掲載されている。
「あ、これ、この前みんなでお泊り会した時の写真だ」
何気無くエペルが呟いた。
確かにトリミングされたであろう写真はユウの両端にエペルと思わしき薄紫色の髪と若草色、セベクの髪と思わしき物が写っている。
「ほう、この前外泊届けを出した時のじゃな」
一年生組がその時のお泊まりを思い出し口々に話しているのを見てリリアはアオハルじゃな!とにっこりしていたがその横のマレウスは愕然としていた。
「僕は呼ばれていない」
しょんぼりと擬音が聴こえてきそうな程に落ち込むマレウスにセベクは慌てる。
「申し訳ございません若様。この時は一年生だけで、との事だったので次回こそは是非、若様もご一緒に!」
セベクのその発言に一年生達は「え」と一様に困惑していた。
「それでこれはどういう訳?まさかお前らグルで俺らを嵌めたの?」
「俺は本当に何も知らないっスよ!」
一方でフロイドによるラギーの尋問は続いている。
フロイドにより、喋れる程度に軽く締められているラギーは必死に自分が無関係である事を訴えた。
「ラギーさんはああ言っていますがジャックさんはそこの所どうなんですか?」
背後から気配も無くジェイドに尋ねられたジャックは驚き、飛び退く。
尻尾の毛は驚きの余り毛が逆立ち、膨らんでいる。
「俺も何も知らないっす」
ジャックは首を勢いよく振り否定した。
それこそ此処に来るまではレオナを探していたがそれもラギーに頼まれたから手伝っていただけである。
「つまりどういう事なんだ?」
まったく分からんと首を傾げて言うカリムにジャミルは
「レオナ先輩の独断という事だろう」
と答えた。
「ふーん。じゃあ、レオナに詳しく話を聞きに行くか!」
カリムの結論にジャミルだけでなく皆も驚いたがすぐに笑い「それがいい」と満場一致となる。
「キングスカラー君から事情が聞けたら誰か報告を頂けますか?」
鳴り止まない電話にベソをかくクロウリーが言った。