観葉少女
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「むむむ。見える、見えるぞ!」
丸い水晶玉を真剣な眼差しで覗き込むリリア。
占いの練習に付き合って欲しいとシルバーがリリアの私室に連れ込まれたのは先程の事。
占いと言うからてっきり授業でも習う占星術かと思いきやリリアが取り出したのは大きな水晶玉で、覗き込むとシルバーからは見えない物が見えると言うので驚いた。
一体、リリア目には何が見えているのだろうかとシルバーが近付いた所でリリアは顔を上げる。
「シルバーよ。明日は街に降りるのじゃ」
「街にですか?」
「そうじゃ。街でお主に運命的な出会いが待っておる」
丁度明日は休日で、授業はない。
「それは無理です」
「何故じゃ!」
運命的な出会いが待っていると言われて首を横に振るう義理の息子にリリアは縋った。
「何故って明日のマレウス様の護衛は俺なので」
学園は休みだろうとマレウスの護衛の任に休みはない。
そういう事で街には行けないとリリアに説明したシルバーは占いも終わったので椅子から立ち退室した。
部屋に一人残されたリリアは爪を噛む。
「駄目じゃ。必ず明日は街に出てもらわねばならんのじゃ」
しかしマレウスの護衛を疎かには出来ず、どうしたものかとリリアは考え、閃いた。
「今日の護衛はセベクに変わったとリリアから聞いている」
護衛をするべくマレウスの私室へとやって来たシルバーをマレウスは不思議そうに見た。
その側には誇らしげで何処か鼻高々なセベクが立っている。
「リリアからお前が街に用事があるとも聞いた。今日は僕の護衛の事は忘れて羽を伸ばしてくると良い」
「若様がこう仰られているのだ。さっさと街でも何処でも行ってくるが良い」
こうしてリリアの反則技で街へと行かざる負えなくなったシルバーは目的もなく街を彷徨う事になった。
「親父殿は一体何がしたいんだ」
頭を押さえて呻くシルバー肩に鮮やかな色をした一匹の鳥が止まった。
「俺は大丈夫だ。身体の調子が悪い訳でもない」
そう言えば鳥は空へと羽搏くと旋回してシルバーを見下ろす。
まるで着いて来いとでも言うような鳥に、特にこの後の予定もないシルバーは着いていく事にした。
人混みを避けながら鳥の後を追えばだんだんと表通りから離れていく。
人通りもまだらからとうとう人っ子一人もいなくなった頃、道案内に務めた鳥は一軒の店から伸びるサインブラケットに留まった。
その店は人形でも売っているのか薄いレースのカーテンの向こうで少女の体をした人形が何体も置かれているのが見える。
鳥を追って此処まで来たシルバーであるが人形を愛でる様な少女趣味はなく、踵を返そうとした。
途端に鳥が騒ぎ出す。
シルバーを此処へと連れてきた青い鳥だけでなく、赤に緑に水色、果てはふくろう迄出てきてシルバーをこの場所から離れさすまいと抵抗した。
街の外れとはいえ森でもないこの場所に現れたふくろうに驚いていると足に衝撃が走る。
視線を落とせば艶やかな黒髪に鮮やかな黄緑色の瞳が目を引く少女がにこにこと微笑みシルバーを見上げていた。
「茨姫!」
騒がしく店から飛び出して来た店主らしき男はシルバーと、シルバーの足にひっつき微笑む少女を見て一瞬驚いて見せたがすぐに商売人らしい笑みを浮かべた。
「茨姫がいないと思ったらお客様でしたか」
店主は店の扉を開きシルバーを店内に入るよう促した。
「いや、俺は客ではない」
それどころか今、正に帰ろうとしていた所なのだと店主の男に伝えると少女がシルバーのズボンを掴む力が増した様に感じられた。
「しかしその子、茨姫はお客様と離れたくない様だ」
取り敢えず店の中で話をいたしましょうと言われてシルバーは従うしかなかった。
出された紅茶は今まで飲んだ物と赴きが違った。
マレウスが口にする物を何度か彼の好意で口にした事はあったがそれとは違う美味しさを感じる。
思わず美味いと呟けばさり気なく紅茶の販売も行っている事を伝えられ、シルバーは店主の男に同級生でありながら寮内に店を構え店長を務める某アーシェングロットを重ねて見た。
「さて、お客様は此処が何の店かご存知でないようですからそこの説明から致しましょう」
「此処は人形の店ではないのか?」
店内には何体かの少女の人形、何故か皆目を閉じた格好であるが飾られている。
「そうですね彼女達は人形でありますがただの人形ではございません。お客様は観葉少女をご存知で?」
「観葉、何だそれは」
観葉と聞いてシルバーの頭で真っ先に浮かんだのは観葉植物であった。
しかし店主の男は観葉植物でなく確かに観葉少女と言った。
聞き間違いかと尋ねれば店主の男は丁寧に観葉少女について教えてくれた。
観葉少女とは名人と呼ばれる職人によって造られる生きた人形で、彼女達は持ち主を選ぶのだという。
「持ち主を選ぶのか?」
生きた人形というのも気になるがその人形が持ち主を選ぶという事がシルバーは気になった。
「ええ、人形達は自分と波長の合う人間を好みます。自分に合った持ち主が現れる迄はどんなに話しかけようと眠り続け、一度持ち主を決めると一生その者しか見ない」
それはまるで、とシルバーは視線を店主の男から自身を見つめる少女へと落とした。
少女は爛々とした眼差しでシルバーを見つめ続けている。
「ご明察の通りでございます。お客様が膝に座らせている茨姫こそ先程お話しした観葉少女、お客様は茨姫に持ち主と認められたのでございます」
おめでたいと言った店主はいそいそと懐から書類を取り出し、シルバーの前へと置いた。
「それで茨姫の金額なのですが」
「ちょっと待ってくれ」
当たり前の様にシルバーが少女を買う前提で話を進める店主の男にシルバーは両手を翳し止めた。
「俺はまだ買うとは言っていない」
植物とはいえ見た目は少女そのもの、しかも生身の人間と変わらず動く。
そんな少女を男子校である学園に連れては帰れないし、なによりシルバーの前に置かれた書類に記されている少女の購入金額は目を見張り驚く程に高額であった。
シルバーの様な一介の学生では到底払えない、もっというなら一般的な賃金を稼ぐ者には逆立ちしても難しい、そんな金額であった。
「ご購入されないのでしたら茨姫は枯れるのを待つしかないですね」
「何だと」
「仕方ありません。観葉少女は持ち主の選び、選んだ持ち主の愛情を糧に生き続けます。目覚める前であれば専用のミルクのみでも十分ですが持ち主を見つけてその愛情を知ってしまえば到底ミルクだけでは足りない」
そうなると人間でいう栄養失調に陥り枯れてしまうのだという。
少女の形をして動く少女が枯れると言われてシルバーは想像が出来なかった。
しかし少女を眠りから覚ませたのは確かに自分で、シルバーは己の所為なのかと思わず呟く。
「お客様の所為ではございません。観葉少女はそういう質なのです。今回、茨姫には縁がなかった。それだけでございます」
「その、先程から呼ぶ茨姫と言うのは」
「その観葉少女の作品名ですよ。漆黒の髪に黄緑色の瞳。その色合いから偉大な七人が内の一人、茨の魔女から畏れ多くも一文字を取り名付けられました」
そこで話に区切りを付けた店主は茨姫にシルバーから離れる様に言った。
しかし茨姫は何かを察してかシルバーから離れようとせず、それどころか背中に腕を回して断固離れないという意思を見せる。
その様にいじらしさを感じながらも自分は買えないのだからと茨姫を自身から離そうと白い腕に触れたシルバーはその感触に驚いた。
思わずそのまろい頬に手を伸ばせば先程と明かに変わったかさついた手触り、店主の言う枯れるが既に始まっている事に気付いたシルバーは顔色を悪くした。
「茨姫が枯れずに済む方法はないのだろうか」
「そうですね。手取り早いのが新しい持ち主を見つける事ですが」
それはきっと難しいだろうと店主は首を横へと振るう。
茨姫はこれまでも幾人の客に求められたが一度として目を開く事は無かった。
彼女と同時期に造られた観葉少女達は皆、とうの昔に持ち主を見つけてこの店から旅立って行ったというのに茨姫だけは残り続けた。
シルバーと出会うまでにかなりの年月が掛かった、その為茨姫が枯れる迄に次の新しい持ち主が現れる可能性はかなり低いのだという。
茨姫はシルバーの胸に頬を寄せてじっと見つめていた。
「確かにわしはシルバーに運命的な出会いが待っておるとは言ったがまさかその相手が観葉少女じゃったとはな」
夕方、街に出ていたシルバーが片腕に荷物を、もう片腕に幼い少女を抱えて戻って来た時、寮生達は騒然とした。
身内にしては顔の造りや色合いに血の繋がりを感じられない。
ならば誘拐かと呟く寮生に別の寮生がシルバー先輩に限ってあり得ないと否定した。
そうして誰も少女の正体をシルバーに尋ねるでもなく遠巻きに憶測を飛ばしていた所騒ぎを聞き付けたリリアがやって来た。
そして尋ねた。
「なんじゃそれは」
寮生達は誰もがシルバーが抱える少女を人間もしくは妖精族だと思っていた。
しかしリリアだけは瞬時に少女が人間でも妖精族でもない事を見破り、街で何があったのか尋ねるべくシルバーをマレウスの私室へと引っ張った。
「シルバー!その小娘は一体何処から攫って来た」
マレウスの私室には部屋の主であるマレウスは勿論、セベクが今朝と変わらぬ位置で立っていた。
二人はシルバーが抱えた少女を見て目を見開き、セベクは大きな声で問いただす。
「攫って来てなどいない。茨姫は街で買って来た」
正しくはローンを組んだ。
シルバーはどうしても茨姫を枯らしてしまう事が我慢ならず買い取る事を決めた。
しかしシルバーはリリアに扶養されている身である為、茨姫を買い取るお金などあるはずもなく困り果てたシルバーに店の店主はローンの提案をした。
学生にローンを提案する店主に訝しんだシルバーであるが、店主がシルバーを学園の生徒である事に気付いていて将来性を見越しての提案であった。
しかし、結局未成年であるシルバーがローン契約を結ぶ事は叶わず、後日保護者を連れて来る事を約束して頑なにシルバーから離れ様としない茨姫を連れて帰って来た。
その辺りの説明を一切せず街で買って来たとだけ告げたシルバーにセベクは唇を震わせていた。
「街で買って来ただと?!」
俯き肩を震わせ、見るからに怒っているセベクにシルバーは一体何をそんなに怒る事があるのかと首を傾げる。
「成る程」
怒るセベクにその理由が分からぬシルバー、その微妙な空気の中マレウスは何時もと変わらぬ調子で一人納得したかの様な声を上げた。
「話には聞いた事があるがこの目で見るのは初めてだ。シルバー、それは観葉少女だな」
「はい。茨姫、マレウス様に挨拶を」
己にしがみつく茨姫を何とか床へと下ろし、マレウスの前へと立たせたシルバーは挨拶をするよう促すが茨姫はシルバーを見つめるばかりで一向に挨拶をする様子がない。
「シルバーよ、観葉少女は基本的に喋れぬぞ」
「そうなのですか?」
てっきり茨姫が喋らないのはそういう性格なのだと思っていたシルバー。
知らなかったと漏らしたシルバーにリリアは頭を押さえた。
リリアは占いで見たシルバーの運命的な出会いというのは将来の伴侶に出会うことなのだろうと期待していた。
だというのにまさか連れて来たのは女子は女子でも都市伝説級の存在である観葉少女で、しかもその特徴を詳しく知らぬままに連れて帰って来た事に驚き呆れてしまう。
「あの、若様、リリア様」
この事態に頭を押さえるリリア、初めて見る観葉少女に興味深々で構いたいマレウス、そんなマレウスに応えようと再び自身にくっついて離れない茨姫をどうにかしたいシルバー。
三者三様の反応を見せる彼等に置いてきぼりにされ、空気の様になっていたセベクはとにかく聞いた事のない観葉少女が何なのか挙手して尋ねた。
「その観葉少女とは一体どういうものなのですか?」
マレウスは自身と同じ黒髪、黄緑色の瞳、加えて名前の由来が彼の祖母の異名という偶然もあって茨姫を気に入った。
寮長であるマレウスが気に入ったのならば寮生達も寮に茨姫を置く事に異論はなく、それどころか幼い少女の容姿のおかげで難なく受け入れられた。
都市伝説の様な存在である観葉少女を知る者は少ない為、寮生は一度集められてリリアから詳しく説明されたがそれでも理解しきれていない者は多少なりとおり、そう言った者達がうっかり茨姫に可愛さ余って市販のお菓子や飲み物を与え様とするのでシルバーは茨姫を放っておく事が出来ず、寮にいる際は常に共にいた。
茨姫はそれが嬉しいらしく、シルバー側に侍り常ににこにこと笑みを浮かべている。
茨姫について寮生達に緘口令を敷いてはいなかったので暫くすると寮外の生徒にも知れ渡っていた。
といっても観葉少女はその存在が都市伝説レベル、その為あくまでディアソムニア寮に観葉少女いるという噂程度にしか広まらなかった。
そんな状況を有難いと思っていたシルバーだったが同じクラスのカリムからディアソムニア寮にいると噂される観葉少女について尋ねられた時はとても驚いた。
「何だ。やっぱりあれはただの噂だったのか?」
「いや、確かにいる」
というかシルバーがその観葉少女の持ち主だと告白するとカリムは目を輝かせた。
「頼む!一目で良いからシルバーの観葉少女会わせてくれ!!」
この通り、と両手を合わせて頭を下げるカリムにシルバーは戸惑う。
カリムは良い人ではあるのだが少し大雑把なところあるため目を離した隙に彼の従者作だというお菓子だとかを茨姫に食べさせそうで恐ろしかった。
お願いだ、この通りだ、と頭を下げて頼んで来るカリムをシルバーは断る気にはならなかった。
「分かった。合わせてやる。だが一つだけ約束を守ってくれ」
「サンキューなシルバー!それで何を守れば良いんだ?」
「観葉少女は決まった物以外食べてはいけない」
「ああ、専用ミルク以外は駄目なんだろ?大丈夫!そこら辺心得はあるから安心してくれ」
シルバーが全て言い終える前に言おうとしていた事を言い当てたカリムにシルバーは再び驚く。
まるで観葉少女と会った事があるかのような口振りのカリムにシルバーは尋ねた。
「カリムの家にも観葉少女がいるのか?」
よくよく考えれば有り得る話であった。
観葉少女を扱う店の店主曰く、富裕層にとって観葉少女を手元に置いているのは一種のステータスなのだという。
カリムの実家は世界で有数の富豪である為、それこそ観葉少女が何体いてもおかしくはない。
「んーまあ、そうだな」
カリムにしては珍しく歯切れの悪い返事であった。
しかし結局その後いつもの調子で予定の調整をせがまれ、シルバーはその時のやりとりを忘れていた。
茨姫とカリムの対面はディアソムニア寮内で行われる事になった。
シルバーがカリムを寮に招くと聞いたリリアは何故か張り切り、自作のお菓子でもてなさなければとキッチンに向かうので寮生総出、もちろんその中にはマレウスおり、何とか思いとどませる事に成功した。
ならばせめてカリムの口に合うお菓子を調達せねばとリリアはミステリーショップ飛び、マレウスは茨姫の飾り付けに熱心であった。この頃になると茨姫はシルバー以外の者とも多少であるが触れ合う様になっており、初見から茨姫を気に入っていたマレウスはさながら初孫を喜ぶ祖父の様で、気づけば観葉少女用の衣服や小物を取り寄せてはまめに飾り付けている。
植物である観葉少女に教育の心配をするのはおかしな事であるが、それほどマレウスの茨姫に対する散財はシルバーの目にも余った。
そしてとうとうリリアからマレウスに対して茨姫用の衣服の購入を禁止するお触れが出された。
「マレウス様、それは見覚えのない服の様に思うのですが」
「これは以前から取り寄せていた物だ」
暗にまた新しい服を買ったのかと尋ねるシルバーにマレウスは以前に注文していた物がやっと届いただけだとあくまでも禁止令以前の物だと主張する。
マレウスの魔法で髪を纏めて貰っていた茨姫はシルバー姿を見るなりにくっついた。
「こら茨姫。そんなにくっついては歩けない」
シルバーが咎めても茨姫は何のそので、そんな一人と一体の光景を愉しそうにマレウスは眺めていた。
「シルバーの観葉少女は幸せそうで良かった」
何時もの快活さは影を潜め微笑むカリムにシルバーは失礼ながら彼は調子が悪いのだろうかと心配した。
それはマレウスもリリアも同様で、何ならリリアの口からは心の声が漏れ出て尋ねていた。
「カリムよ。何時もの明るさはどうしたのじゃ。調子でも悪いのか?」
しかしカリムの側に付くジャミルには主人を心配する様子はない。
リリアの問いにカリムは何時もの明るい表情を戻し笑った。
「いやーシルバーの所の観葉少女、茨姫だったか?茨姫を見たらしみじみそう思っちゃってさ」
カリムは両手を広げて茨姫を招こうとするが、茨姫は側にシルバーがいる以上その膝の上から動こうとはしなかった。
「目を覚さない観葉少女は何体も見て来たけど目を覚ました観葉少女は本当に持ち主の事が大好きなんだな」
それでも諦めきれず持参した観葉少女用の砂糖菓子をチラつかせてみるがやはりシルバーばかり見る茨姫にカリムは苦笑いを浮かべる。
「待てアジーム。目を覚さない観葉少女とはどういう事だ」
マレウスの問いに気持ちの良い話ではないのだけれど、とカリムは返答を渋ったが今更聞かぬ訳にはいかず、構わないと皆が言うのでカリムは口を開いた。
「うちにも何体か観葉少女がいるんだ」
本来であれば観葉少女が持ち主を見つけ、目を覚ます所で売買が始まる。
しかしアジームの家では金に物を言わせたのか、はたまた献上されたのか目を覚まさず宝物庫にしまわれたままの観葉少女が何体も置かれていた。
他のお宝と違い年に幾度かは専門の者を呼び、メンテナンスを行なってはいる様であるが愛する者と出会えない観葉少女はただの大きな人形で、実際カリムも幼い内はそういう人形なのだと思っていたのだと話す。
それから暫くして観葉少女と波長の合う人間が出会えれば彼女達は人と同じ様に動くと知ったカリムは何とか彼女達の持ち主となり得る人物を見つけようとしたが自分はもちろん、ジャミルも、沢山いる兄弟母親親戚に、屋敷で働く召使い達と観葉少女を合わせてはみたが彼女達は誰一人目覚める事はなく、結局カリムはどうしようも出来なかった。
そんな動かず目を閉じたままの観葉少女達しか知らないカリムには目の前で動いている茨姫は驚きであり喜びであった。
「うちにいる観葉少女達もいつか動けば良いんだけどな」
何時もの爛漫さはなく寂しげに笑い、話を終えたカリムに皆は黙っていた。
誰もがカリムの話に何と応えようかと模索している中、茨姫は徐に立ち上がるとカリムの前に立ち頭を撫でた。
まるで涙する子供を慰める様な動作を行った茨姫にシルバー達、カリム本人ですら驚き固まっている。
茨姫の表情はと言うと慈愛に満ちていた。
まるで気にするな、とでも言っているかの様な茨姫。
そこでシルバーは口を開いた。
「観葉少女の店の店主は言っていた。観葉少女はそういう質なんだと」
観葉少女は自分と波長の合う持ち主を探している。
それがどれだけの月日が立とうと観葉少女達は自分と合う人間に出会う迄眠り夢を見続ける。
茨姫もそうであった。
リリアと共に再び店を訪れ、店主に尋ねると茨姫は自分が生まれるより遥か昔に作られていて、シルバーと出会う迄の長い間を眠り続けていたのだという。
「カリムの家の観葉少女も茨姫と同じだ」
カリムが沢山の人間と巡り合わせても目を覚まさなかった。
つまりそれは縁がなかったという事で、観葉少女はそういう質故に仕方がない事なのだとも店の店主は言っていた。
「それにカリムの家の観葉少女は目を覚まさないが枯れてもいない。それは即ち多少なりとカリムの家人達からの愛情を受け取っているという事じゃないのか?」
だったらきっと観葉少女達は己を不幸には思っていない。
ただいつか出会える誰かを夢見て眠り続けているだけなのだとシルバーが己の考えを告げるとカリムの表情は少しばかり和らいだ。
「ありがとなシルバー、茨姫」
こうしてカリムはいつもの学校で見かける元気さを取り戻した。
「シルバー!またスカラビアの寮長から荷物が届いているぞ!!」
あの日以来、カリムは度々ディアソムニア寮を訪れては茨姫を可愛がり、茨姫宛に贈り物をするようになった。
それがまた観葉少女用の少し値が張る砂糖菓子だったり衣服にアクセサリーと内容は多岐に渡り、送られてくる量も頻度も尋常ではない。
兎に角届けば寮の入り口を塞いでしまう程で、そのカリムの豪快な貢っぷりにシルバーは頭を悩ませていた。
カリムの従者であるジャミルに贈り物は止めてほしいと頼んではみたが、彼からは主人を諫めるどころか今はカリムの気が済む迄は待ってほしいと言われてしまった。
そしてカリムの贈り物は思わぬ弊害を招く。
「何故アジームの贈り物は良くて僕の贈り物は駄目なんだ」
リリアより出されたお触れにより茨姫に関する散財の禁止をされていたマレウスが拗ねた。
以前はマレウスが用意した衣服を身に纏っていた茨姫であるが、近頃はカリムから贈られた衣服を身に纏っているのが多くなった。
というのも山程贈られる贈り物に対しせめて何かしらのお返しがしたいとシルバーがカリムに伝えた所カリムがだったらと自身が送った服や小物を身につけた茨姫の写真が欲しいと言ったのである。
しかしカリムからの贈り物はそれは沢山で、毎日茨姫に違う服を着せても追いつかない程。
そんなこんなでマレウスが贈った衣服を茨姫が着る機会が減った。
見るからに拗ねたマレウスにやれやれといった調子でリリアが進み出る。
「マレウスよ。子供みたいに拗ねるでない」
腰に手を当ててマレウスを叱るリリアはシルバー達がいては邪魔だからと手を振り部屋から追い出す。
見た目こそはそれ程怒っていないように見えるリリアであるが教育的指導となると意外にも厳しい。
これは長くなると考えたシルバーは茨姫を抱えて私室へと戻ろうとしたが、そこでセベクと遭遇した。
「セベク、マレウス様は今、親父殿と大事な話をしておられるから暫くは部屋に入らない方がいい」
マレウス用と思わしきお茶を持って来たセベクにまさかマレウスが茨姫に関する散財でリリアに叱られているとは言えずシルバーは誤魔化しマレウスの私室に近寄らない様伝えた。
しかしそうなるとセベクが用意したお茶は無駄になる。
仕方のない事なのでセベク自身が飲むのかと思いきや何故かセベクは茨姫にお盆ごとお茶を差し出した。
「貴様に飲ませるのは少し勿体ない気もするが捨てるよりマシだ。貴様が飲め」
無愛想に紅茶一式を差し出すセベクを茨姫はシルバーに隠れて窺っていた。
「駄目だ」
「何故だシルバー!僕の淹れたお茶は若様のお墨付きだぞ。この前も若様からお褒め頂いた」
「駄目な物は駄目だ」
いくらセベクのお茶を淹れる腕前が素晴らしかろうと定められたミルク以外を茨姫に飲ませる訳にはいかなかった。
その肝心の説明をシルバーはしようとするがその前にセベクが声を上げて怒る。
「どうして僕ばかり仲間外れにするんだ!」
「誰もセベクを仲間外れになどしていない」
シルバーは冷静に言葉を返すがセベクにはそれが聞こえていない様であった。
「こいつはいつも僕を見ると避けるし!」
セベクが指さしたのは茨姫で先程迄はシルバーの足から顔のみ出していたのに今は完全に足の影に隠れていた。
その珍しい様にシルバーが首を傾げていると騒ぎを聞きつけてリリアとマレウスが何事かと部屋から出てくる。
「なんじゃなんじゃ。マレウスの次はセベクの奴が拗ねよったのか」
バツの悪そうなマレウスを尻目にリリアはセベクが拗ねる訳をシルバーに尋ねるがシルバーも理由は分からない。
その間にもセベクが大きく口を開けて泣き出していた。
「僕だって!僕だって!」
理由は至極単純であった。
セベクも茨姫を中心に楽し気に会話する彼等の輪に混ざりたかったし、茨姫にも構いたかった。
しかし始めが始めだっただけに会話に混ざるのには二の足を踏み、茨姫にも避けられ続けていたという。
日頃から堪えていたが今日、あからさまに茨姫に避けられるのを目にして堰が切れたのだとマレウスの私室のソファーに座らされたセベクは話した。
「茨姫には多少、人見知りの気はあるとは思っていたが」
それでも何度も会う内に慣れていた。
というのにセベクに対する茨姫の態度をシルバーが不思議がっているとリリアが原因は人見知りではないと言った。
「あくまで憶測じゃが、お主達は日頃から言い合う事は少なくないじゃろ?そういう二人を見て茨姫はセベクを警戒しておるのじゃないのか」
確かに言われてみれば茨姫はセベクから視線を離そうとしない。
そんな茨姫を見て昔、リリアから教わった熊に遭遇した時の対処をシルバーは思い出す。
熊とあった時の様な態度の茨姫にシルバーは語りかけた。
「茨姫、セベクは悪い奴でも恐い奴でもない。アイツはいい奴だ」
漸くセベクから視線を外した茨姫はシルバーを見て再びセベクを見る。
「セベクは俺の仲間だ」
仕事仲間なのだとシルバーが伝えれば茨姫はセベクへと近付き、頭をわしゃわしゃと撫でた。
「おい止めろ、一体突然なんなんだ」
折角セットした髪を撫で回されてセベクは必死に、けれど声は抑え気味に静止を求める。
「ふむ、茨姫はセベクを慰めておるのやもしれんな」
「そう、なのですか?」
セベクは信じられないものでも見るかの様に茨姫を見た。
しかし茨姫はセベクの頭を撫でるだけで何も話さない。
暫く茨姫はセベクの頭を撫で回し続けると、くるりと体の向きを変えてシルバーに抱き付き、よじ登って彼の膝の上へと収まった。
「ほれ見ろセベク。茨姫はもうお主を警戒しておらんぞ」
セベクを前にしてもシルバーの後ろに隠れない茨姫を指し示しリリアが告げるとセベクは照れて見せて、そして微笑んだ。
近頃のシルバーと茨姫の生活はというと周りが茨姫に慣れた事もあり穏やかであった。
当初は茨姫を枯らしたくはない一心で多額の借金を背負い、少女の姿をした観葉少女を男子寮でどう面倒を見るのかと悩んだ事もあったが今はマレウスやリリアを筆頭に寮生達から可愛がられており当初不安や悩みなど嘘の様であった。
茨姫を迎えた頃の賑やかさが嫌な訳ではないがやはり静かで穏やかに限ると一人ごちたシルバーの服の袖を茨姫は引く。
「どうしたんだ」
茨姫はシルバーを見つめて口をはくはくと動かす。
お腹でも空いたのだろうか、ちょうど食事を与えるには悪くない時間で、シルバーは茨姫を抱き上げてミルクの準備をする。
「ああ、待て。すぐに準備する」
再び袖を引かれたシルバーはそれが食事の再催促かと思い答えた。
「シルバー」
それは誰の声だったのか。
確かにシルバーを呼ぶ声であったが知らぬ声であった。
男のものではない高い声で、シルバー達と同じ部屋にいたマレウスもその隣にいたリリアも、ちょうど所用から戻ってきたセベクも動きを止めて固まり、シルバーを見ている。
正しくはシルバーの腕に抱かれた茨姫を見ていた。
まさか今の声は、とシルバーが茨姫へと視線を向けると茨姫は頬笑みを浮かべ、口を動かす。
「シルバーすき」
拙い喋りであったが確かに茨姫の声であった。
茨姫は口元を隠しながら嬉しそうに笑い、自身を抱えるシルバーの胸に擦り寄る。
「茨姫が喋った」
思わずシルバーがそう溢した後が大変であった。
次は自分の名前を茨姫に呼ばせたいとマレウスが迫り、リリアが自分が先だとマレウスを押し除け、セベクはそんな二人の後ろでちらちらと地味にだけれど確かに主張していた。
翌日には何処から漏れたのか同じく茨姫に名前を呼ばれたいカリムが沢山の贈り物と共にディアソムニア寮に乗り込んで来て、兎に角シルバーと茨姫の静かで穏やかな日々は茨姫が喋った事により短く終わりを見せた。