花嫁が幸せそうにないですが大丈夫ですか?
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「手伝ってもらって悪いっスね」
ラギーは自分の後ろで大きな箱をいくつも抱えるジャックに感謝した。
配達係のゴーストが寮の入り口に大きな箱をいくつも持ってきたのは先程の事、宛名はレオナである。
このまま寮の入り口に置いていては通行の妨げになる為レオナの私室に運びこもうとしたラギーであるが重ねれば己の身長をゆうに越える荷物の大きさと箱の量に途方に暮れた。
しかしこのまま放置する訳にもいかない。
少しばかり他の寮生よりもやんちゃなサバナクローの寮生がうっかり荷物を潰したり破損してしまう可能性ある為、出来るだけ早急に片付ける必要があった。
しかし前述の通り届いた荷物は一箱一箱が大きくそれなりに重い。
全ての荷物を片付けるのに一体どれだけの往復が必要かざっと計算して溜息を吐くラギー。
そこに現れたのはジャックで、ラギーがこれ幸いにとジャックへ荷物運びの手伝いを頼むと彼はあっさり了承したのである。
「しかし凄い量の荷物ですね」
ラギーもジャックも箱を重ねて抱え、何度も往復しているがそれでもまだ寮の入り口には荷物が何箱も残っている。
「レオナさんの実家からの仕送りですか?」
ジャックは実家が賞味期限の近い売れ残りの商品を大量に送ってくると困り果てていた同級生を思い出しラギーに尋ねた。
対してまさか、とラギーは笑う。
「違う違う。これはみーんなレオナさんの婚約者さんからレオナさんへの贈り物っスよ」
「えっ?!」
ラギーの言葉に目を見開き驚いたジャックは思わず持っていた荷物を落とした。
「わわっジャックくん何してるんスか」
ラギーは己が持っていた荷物を床へと置き、ジャックが落とした荷物を抱き上げる。
落とした際に何かが割れる様な音はしていなかったが念のためにとラギーは荷物を軽く振るった。
しかし中からおかしな音は聞こえずラギーは安堵の息を吐く。
「すみませんラギー先輩!」
ジャックは己の失態に腰を折って謝った。
「大丈夫っスよ。それよかこれがレオナさんにバレる前に「俺が何だって」」
背後から聞こえた声にラギーは頭を押さえる。
先程の騒ぎを聞いて廊下に出てきたレオナであるが床に転がる箱を一瞥すると丁寧に扱えと言うだけで落とした荷物には一切触れず踵を返した。
「レオナ先輩怒らないんですね」
「え?」
「いや、せっかく先輩の婚約者さんが送ってくれた荷物を廊下に転がしたのに」
中身が壊れていないのはラギーが確認済であるが落とした衝撃で箱は所々歪に凹んでいた。
この惨事にてっきり怒られると身構えたジャックであったがレオナの態度にそれはそれで困惑する。
「あージャックくんは輝石の国出身だから知らないだろうけどレオナさんとその婚約者さんはちょっと訳ありなんスよね」
「訳あり?」
首を傾げたジャックにラギーは辺りに人がいないのを確認すると己の口の前に指を立て、これはあまり大きな声では話せない話なのだが、という前振りで話を始めた。
あまり大きな声では言えないが夕焼けの草原の者ならばだいたいの者が知っている話である。
レオナの婚約者は夕焼けの草原と隣接する小さな小さな国の姫である。
その国でしか取れない宝石が有名で、国防を担う軍を持たない国としても有名である。
国軍の代わりに夕焼けの草原から兵を借りており、対価として彼の国でしか取れない宝石を夕焼けの草原が独占で売買していた。
これにより夕焼けの草原は莫大な利益を得ており、と両国は密接な関係であった。
両国の関係はこれまで至って良好であるが、より強固な関係となるべく夕焼けの草原より両国王家の婚姻が提案される。
ちょうど当時の夕焼けの草原の王子と彼の国の姫は幼くはあったが歳が近く、夕焼けの草原の大臣達により二人の婚約は推し進められた。
ラギーの話にジャックはこれの何処が訳ありなのか呟いたがラギーは話を最後迄聞く様にと言う。
幼少より婚約者となった二人は両国の国民に見守られてすくすくと成長した。
しかし事件は起きた。
突然夕焼けの草原の王子、当時第一王子であったレオナの兄は婚約者の姫とは別の女性との結婚を望んだのである。
ジャックは驚きで口を開けて固まった。
「え、それじゃあレオナ先輩の婚約者って」
「兄の元婚約者っスね」
それは訳ありだとジャックは大いに納得した。
「いやー当時は大騒ぎだったんスよ?両国民はてっきり二人が結婚するって信じて疑ってなかったし」
ラギーは遠い目で語った。
夕焼けの草原に於いては第一王子の新しい妃候補も素晴らしい人物であった為すぐに騒ぎは収まったが婚約を破棄された姫の国の方はというと我が国に対する侮辱だと幾つもの怒りの声が国民から上がった。
「かくいうオレのいたスラムもあのお姫様には並々ならぬ恩があったから暴動が起きる一歩手前だったスけどね」
そんな各所の怒り、混乱を鎮めるべく持ち上がったのは婚約を破棄された姫と夕焼けの草原の第二王子、つまりレオナとの婚約であった。
第一王子が駄目なら代わりに第二王子を等という適当な代替案に姫の国の国民はますます憤ったがそれで良いという姫の鶴の一声で騒動は収まった。
夕焼けの草原の第一王子との婚約が決まったと父親の口から聞いた時、ユウは「そうですか」と返事をし、承知した事を告げるとすぐさま長いドレスの裾を抱えてその場を離れようとした。
しかしそれを父親である王と大臣に止められてユウは玉座に座した父親を見上げ言葉を待った。
父親は酷く戸惑い、驚かないのか嬉しくないのかと尋ねるのでユウは顔を俯かせたままに父であり王の問いに答えた。
「驚きは然程ございません。彼方の第一王子とは近頃顔を合わせる機会が多くありましたのでこの様な事態は想定しておりました。驚きといえば我が王国はとても小さな国ですのであっても正室を迎えた王子の妾位かと思ってましたが」
「そなたをいくら大国相手とはいえ妾に据える訳なかろう!!」
王は声を荒げて告げた。
自国から見て遥かに大国である夕焼けの草原からの申し出とはいえ幼い娘の嫁ぎ先が早々に決まり、寂しさを募らせる王。
そして止めにその幼い娘から自分は妾が妥当なのではないかと言うので王は嘆いた。
「ですが彼方からその様な申し出があれば断る事が難しいのも事実です」
それだけこの国は小さく弱い国であった。
国防も夕焼けの草原に頼ったこの国は国であるが夕焼けの草原の属国に近い。
淡々としたユウの言葉に王はとうとう耐えかね泣き出した。
背中を丸め泣き出す王を側に控えていた大臣は必死に宥める。
「し、しかし姫。向こうは姫を王子の第一妃にと考えておられる。確か王子はなかなかに立派な身体付きをしていた。きっと将来は偉丈夫となるでしょう。そんな王子の妻になる嬉しさだとか喜びだとかはございますか」
王を宥めながら少しでも王の気持ちを晴れさそうと話題を明るい方向に向けるべく大臣は必死であった。
「正直私は結婚というものがどういう物なのかまだ分かりません。なので今は嬉しさだとか喜びは何も感じないです」
しかしユウは言葉の通り結婚というものがよくわからず、それ故に実感も感想も抱けなかった。
それもその筈、ユウは隣国の第一王子との婚約を知らされた時、彼女はまだ齢7つの結婚どころか恋も愛もまだ知らぬ子供だったのである。
それからますます夕焼けの草原の第一王子と顔を合わせる機会が増えた。
既に両国民には二人の婚約が発表されており、パーティや夜会に招かれようものなら常に王子とのセットであった。
「まだ結婚もしていないのにまるで私達は夫婦の様ですね」
とある貴族の茶会に王子と共に招かれたユウは招待客の一団から離れて王子と共に会場に程近い丘の上にいた。
夫婦というワードにあからさまに耳を震わせ反応した婚約者殿にユウは笑みを向ける。
「ファレナ様。ここには私達以外誰もおりません。どうぞその胸の内を明かして下さい」
近頃、ファレナがユウに対し何か言いたげな事に気付いていた。
しかし余程の事なのか話す機会はあっても常に側には護衛がいた為ファレナが口を開く事はなかった。
ファレナと二人っきりになりたいとユウが護衛達に手配した事で丘の上には二人しかいない。
「君は何でもお見通しだ」
ユウに促されてファレナは困った様に笑い、そして気になる女性がいる事を語った。
彼女との出会いから親しくなるまでの経緯を、そして彼女に抱く思いの丈をファレナは吐き出す様に一気に話す。
「その方と結婚なされてはいかがですか?」
自身がファレナの婚約者という事をユウは忘れている訳ではない。
只、夕焼けの草原には未だハーレムの様な文化は残っている為ファレナの妻が自分以外にも沢山いようとユウは構わなかった。
しかしユウの提案にファレナは首を横へと振るう。
曰くそれはユウに対しても想い人に対しても誠実ではないから出来ないと言う。
「では、単刀直入に申します。私との婚約を破棄して下さい」
ユウの言葉にファレナは目を見開き驚いた。
ユウの肩を掴み、婚約者以外に現を抜かす己が嫌なのかとファレナは問う。
「いいえ、いいえ、ファレナ様。私は別に怒ってなどおりません」
「ならばどうして!」
ユウは先程も言った通りファレナが望むならば一夫多妻でも良かった。
元々、ファレナとの婚約話を聞いた際は彼の妾になるのかと思っていただけに自身が何番目の夫人だろうとユウは既に覚悟が出来ていた。
しかしファレナが自分という婚約者がいる事で心から愛する女性を諦めるというのは看過出来ない。
「私達は王族同士でありますが、だからと言ってファレナ様が抱いた恋を諦めて欲しくないのです」
ユウはファレナが好きだった。
婚約以前から何かの催しや集まりで会う度に自分によく構ってくれたファレナの事を実の兄の様に慕っていた。
そう、ユウにとってファレナは兄の様な人で、ファレナも自身を妹の様に思ってくれているのを察していた。
「ファレナ様が私に義理立てをしてその恋を諦めるというのなら私は王に婚約の破棄を申し入れます」
「それは駄目だ」
両国の関係以前に小国であるユウの国からの婚約破棄となってはユウの立場が悪くなるのは明白である。
「ならばファレナ様もハーレムをお作りになりますか?」
「それも駄目だ。私は君も彼女も沢山いる女の一人になどしたくない」
ハーレム作れば家臣や有力な商家から沢山の女が連れて来られるのは確実である。
そんな沢山いる女達の内の一人になど出来ないと頭を押さえて首振るうファレナにユウは微笑む。
「だったらもう選択は一つしかありませんね」
ユウはファレナの手を取り握った。
「ファレナ様を愛しておりました。兄として、この気持ちは私の中で一生変わりないでしょう」
「私も君を愛していた。可愛い妹として、この気持ちは一生揺らぐ事はない」
こうして丘の上で二人っきり、円満に進んだ婚約破棄の話であるが家臣、特に国民は大いに騒ぎ出した。
それは仕方のない事であった。
両国民は幼い二人の婚約発表から今の今まで二人が正式な夫婦になる事を心待ちにしていたのである。
ところが突然の婚約破棄に続いてファレナのユウとは違う別の女性との熱愛報道に国民からは不満が漏れ出た。
夕焼けの草原は婚約破棄の発表において真摯なファレナの態度と説明、加えて浮上した新しい婚約者の人柄の良さも有り、騒ぎは一部を除いて落ち着いたが婚約破棄された側となったユウの国の国民達は憤りを隠せずにいた。
ファレナの新しい婚約者が公表された際はユウがそれは嬉し気に二人を祝福していたので国民達は耐えていたがそこに夕焼けの草原から爆弾が落とされる。
「私が彼の国の第二王子の婚約者ですか?」
王の側に立つ大臣からの言葉にユウは目を瞬かせた。
王はというと具合が悪いのか玉座に深く凭れて眉間を押さえている。
「ファレナ様との婚約を解消してからそれほど経っていない様に思いますが」
「姫と王子の婚約が解消されてから近隣諸国がきな臭い動きをしていますからね。第二王子と姫を結婚させて両国の関係が密接であると見せつけたいのでしょう」
「彼の国は我が国を愚弄し過ぎだ」
王は沸き上がる怒りのままに玉座の肘置き部分を拳で打った。
ユウは王の三人いる兄妹で唯一の女児である。
王にとってユウは遅くに出来た念願の女児であった為とても可愛がっていた。
そんなユウとファレナとの婚約の際もかなり渋っていたというのに婚約破棄に続いて持ち上がった第二王子との婚約話に王は見るからに腹を立てている。
加えて夕焼けの草原の第二王子がどういう立場なのか聞き及んでもいた王はそんな王子に大切な娘を嫁がせる訳にはいかないと息を巻く。
「私はその婚約話を受けても構いませんが」
ユウの発言に王は悲鳴を上げた。
顔を青くして纏まりのない言葉を叫ぶ様に発する王に代わり大臣が了承した訳を尋ねる。
「彼の国の提案であれば我が国は出来る限り応えるしかありません」
ファレナとの婚約の時と同じである。
強い国に弱い国は付き従う。
それが小さな国が生き残る為の術であった。
ユウの返答で一気に正気に戻った王は顔を手で覆い背もたれへと深く凭れる。
「国の為とはいえお前には苦労をかけてばかりだ」
結局のところ王がいくら怒っていても結末が変わらぬ事は分かっていた。
国と国民を守る為には彼の国が望むならば娘を一人差し出すしかないのである。
幼き時から国の事情に振り回されてばかりのユウに王はすまないと謝った。
「気になさらないでください。一国の姫として生まれた以上、国の事情で動くのは当たり前の事なのですから」
それに、とユウは言葉を続ける。
「夕焼けの草原の第二王子、ファレナ様の弟君は噂と違い優しく大変聡明な方でいらっしゃいます」
その場では王の心配には及ばぬと告げたユウであるが、内心唯一の心配事があった。
ファレナの弟はユウより幾つか年下であった。
女房と畳は新しい方が良い等と何処かの国にそんなことわざがある事を思い出したユウは両国の平穏の為にもこの新たな婚約話が上手く進めば良いのだが、と思った。
しかし婚約の話はユウの心配を他所にとんとん拍子で進んだ。
ユウと第二王子の婚約話が浮上してひと月と経たぬ内に正式に国民に向かって発表されたのである。
有難い事に夕焼けの草原では第二王子とユウの婚約は歓迎ムードであったが自国ではと言うと不満の嵐であった。
国民から見ると第一王子との婚約破棄から間をあまり置かず第二王子との婚約が決まった事が自国の軽視や自国の王族を蔑ろにされていると思われたのである。
「新たに決まった夕焼けの草原の第二王子との婚約についてどの様に思われていますか」
公務で美術館を視察していたユウは集まった報道陣に尋ねられて微笑み応えた。
「この婚約で両国の関係がより良くなるのなら私は大変嬉しく思います」
その解答に国民の怒りの感情はまたしてもぴたりと止まった。
姫は国の為、自分達国民の為に身勝手とも言える夕焼けの草原が申し出た婚約に応じたと理解したからである。
姫の折角の決断を国民達は一時の感情で台無しにする気にはなれなかった。
レオナが物心ついた時には既にユウはファレナの婚約者であった。
子供らしからぬ大人びた振る舞いでユウは常にファレナの隣に立ち微笑んでいた。
それは第二王子というだけで嘲られ、陰口を叩かれるレオナに対してもであった。
「レオナ様は大変聡明なのですね」
ファレナの婚約者として時折王宮にやって来るユウはいつも一人でいるレオナに来る度来る度に話しかける。
部屋の入り口ではユウの案内をしていたのであろう侍女が困り果てた様子でいたがユウは構わず話しかけたレオナの手元の本を見るのでレオナは思わず抱えて隠した。
レオナが持っていたのは兄のお下がりである古代呪文語の本で、召使いや侍女達はレオナが熱心にこの本を読んでいるのを見る度に邪推し勝手に恐れており、てっきりユウも彼等と同じ反応をするのだろうと思っての行動であった。
「古代呪文語、複雑ではありますがとてもロマンに溢れていますよね」
しかしユウの反応はレオナの想像とかなり外れていた。
魔法の勉強の中でも古代呪文語が一番好きなのだというユウは何時もの社交的な微笑みでなく子供らしい無邪気な笑顔でレオナの向かいに座ると勝手に話し出した。
そんなユウを今すぐレオナから離したい侍女が近づこうにもレオナに恐れて近付けず顔を真っ青にして立ち尽くしている。
好きと言うだけあってユウの語る話の大半はレオナには理解出来なかったのだが仕方のない事であった。
レオナは別に古代呪文語に興味があった訳ではない。
しかし誰からも恐れられ距離を置かれたレオナには王宮でする事といえば本を読むぐらいしかなく、手元の本を読み終えたレオナは新しい本が届くまでの繋ぎに兄の使っていたこの古代呪文語の本を読んでいたのである。
「ごめんなさい。私ったら一人で話してしまったわ」
漸く一人で喋り続けていた事に気付いたユウはレオナに謝った。
レオナは首を振るい、ユウの話を聞いて古代呪文語に興味が湧いた事を伝えるとそれは大きな花が咲いたかの様に笑った。
そしてユウは今度おすすめの古代呪文語の本を贈る事、そしてその本の感想を言い合う事をレオナと約束した。
後日、ユウから約束の本が山の様に届いた。
レオナは他の本を読むのを止めてそれを懸命に読んだ。
ユウが王宮に来る度、それこそ側にファレナがいようと構わず二人で時間が許す限り古代呪文語の話をした。
ファレナは何も言わなかった。
大きな本を抱えてユウに古代呪文語の説明を請うレオナを困った様に見ていた。
「レオナ様、今日は一緒に本を読まないのですか?」
成長するにつれてユウにひっつき、という事はなくなったが未だ彼女が王宮に来る度に互いに勧める本を読んだり語りあったりしていた。
周りは何か言いたげであったがユウが楽しそうなのとファレナが王や家臣達に何か言ったのか目を瞑られていた。
「アンタも俺のユニーク魔法がどんなものか周りの奴等から聞いているんだろう」
レオナにユニーク魔法が発現した。
それはこの渇いた大地で忌まわしい全てを砂にする魔法で、周りの者達はますますレオナを恐れて距離をとっていた。
「はい、ファレナ様から先日お手紙で」
レオナのユニーク魔法が発現したその日に知らされたと言うユウにレオナは笑った。
手紙には何と書かれていたのか読まなくても想像はついた。
危ないからあまり近づかぬ様にとでも書かれていたのだろか
「それで私、居ても立ってもいられず参上いたしました」
それとも同情か、兄の手紙で弟が己のユニーク魔法に落ち込んでいるから慰めてくれとでも頼まれたのか。
いずれにしてもレオナの機嫌は良いものではなかった。
「全てを砂に、と言うのが如何程の精度なのかとても気になりまして」
「は?」
色付いた頬に手を添え、照れて見せたユウの言葉にレオナは固まった。
その間にもレオナのいる薄暗い室内に入ってきたユウはレオナの前まで来ると腕に掛けていた籠を差し出す。
思わず受け取り、掛けられていた布を捲るとユウの国原産の鉱物が籠いっぱいに詰まっていた。
「私は今、自国の鉱物を使った顔料の開発を考えているのですがその為には莫大なお金が必要なのです」
各国で重宝されるウルトラマリンの様な顔料を作りたい。
しかしそれには設備投資が必要であった。
貧しい国ではない為投資は可能であるのだが自身の思い付きで莫大な税金を使う事は憚れる。
せめて投資にするに値するか否か試作の顔料の出来から、と考えていたユウであっらが人力となるとかなりの時間が掛かる。
そこにファレナからの手紙でレオナのユニーク魔法が様々な物を砂にする魔法と聞き、どんなものか見るのは勿論、あわよくばという思いも抱いてやってきたのだと言う。
ユウの説明にレオナは呆れた。
長い付き合いである為、ユウが没頭すると何時もの落ち着いた態度からかなり逸脱する事は知っていたがそれでも呆れた。
「アンタは俺のユニーク魔法が恐ろしくないのか?」
実の父親ですら家臣からの報告に表情を歪ませたのだ。
「恐ろしいですか?寧ろ硬い石や岩盤が多くある我が国では皆がありがたがる素敵で夢の様な魔法です」
ユウの国は地下に硬い岩盤が多く点在するため階層の高い建物を一つ立てようとするだけで一苦労だった。
そんな国の姫であるユウから見ればレオナのユニーク魔法は喉から手が出る程に欲しい。
そうレオナの手を握り力説したユウは俄かに騒がしくなっている部屋の外に気付いて慌てた。
レオナのユニーク魔法を見たいあまり誰にも挨拶せずにレオナのところに直接来たのだと言う。
また後で、と言ったユウは小走りに部屋を出て行った。
一人部屋に残されたレオナは溜息をついた。
胸の奥がちりちりと焼けつくのを感じる。
「相手は兄貴の婚約者だぞ」
その胸の内で焼けつくそれが何なのか理解したレオナは自分自身に悪態をついた。
己の単純さにも驚きであった。
レオナは今、ユウに手を握られて欲しいと言われた瞬間に恋をしたのだ。
これまでもユウの事は好きであったがけれどそれは家族や友人に抱く筈の感情と同じであった。
それが今、完全に異性として、己の番としてレオナはユウを欲しいと思ってしまったのである。
しかしレオナが己の感情を自覚したとはいえどうにもならなかった。
ユウは一国の姫であり、政略的な婚約とはいえファレナとの仲は良好である。
ファレナから無理矢理にユウを奪った所で己が好きになった彼女のままでいてくれるとは思えずレオナはやはり王宮へと時折やってくるユウと彼女の好きな古代呪文語の話をしたり人目に隠れて己のユニーク魔法を披露したりするぐらいしかなかった。
一生、この胸の焼け付きを抱えて生きていくのかとレオナが思っていた矢先、事態は変わる。
レオナや、周りの者から見ても仲睦まじかったファレナとユウの婚約が破棄された。
そしてファレナは別の女性を妻に迎える。
その女性も素晴らしい人物であった為、王宮の誰もが二人の結婚を祝福していたが家臣の一部は頭を抱えていた。
そもそもファレナとユウの結婚は両国の関係をより良くするための政治的なものであった。
というのに破棄され、続いたファレナの結婚にユウ側の国民は怒り燃えている。
ユウの父親である王は沈黙を続けているが、彼の親馬鹿ぶりは近隣諸国では有名な話で結婚適齢期でもあるユウの婚約破棄には怒っている筈である。
そこを漬け込み擦り寄ろうとする他国の影にどうしたものかと家臣達は悩んでいた。
そんな彼等の姿を見てレオナはこれが最後のチャンスだと思った。
上手くいく可能性は低いがレオナはこれが最後なのだからと進み出で、家臣達に自分とユウの結婚を提案した。
普段からレオナを忌み嫌っていた彼等は始めこそその提案を訝しみ渋っていたが他にユウと年齢、家柄の合う様な貴族の子息が見つからず八方塞がりになっていた事からそれで押し通すしかなかった。
そしてレオナとの婚約話はユウの国にも伝えられ、あっさりする程に了承の返事がもたらされた。
「この婚約で両国の関係がより良くなるのなら私は大変嬉しく思います」
ロイヤルスマイルとでもいうのだろう万人受けのする社交的な笑みと共に報道陣に答えるユウの姿を見てレオナは自身の気持ちが盛り下がったのを感じた。
自身の感情はない、あくまでも両国の関係の為だと報道陣に答えるユウに虚しさを覚え、納得もした。
それもそうだとレオナは自分自身を嘲笑う。
レオナは一方的に婚約を破棄して来た男の弟である。
そんな自分との婚約をユウが喜ぶ筈がなかろうと納得した。
それから二人の婚約はファレナの時の様な会見は行われず時だけが過ぎた。
ファレナと婚約していた頃、ユウは頻繁に王宮へとやっては来ていたがレオナとの婚約が決まって以来、顔合わせは数える程であった。
レオナの通う学園が一般開放される際にはファレナの子であるチェカと共に観覧に来た事もあったらしいがユウ自身はレオナと会う事はなかった。
二人の唯一の交流はこの時世だというのに手紙のみで、鮮やかな新緑色のインクで綴られる手紙だけがユウの近況を知る唯一の手段であった。
二人の結婚はレオナの卒業と共に行われた。
元第一王子で、現王であるファレナの時とは盛大さに欠け、来賓も絞られた侘しい結婚式。
誰もが俯いたまま花婿までの道を歩くの花嫁を哀れんだ。
参列者達は花嫁が幸せそうでないと、お可哀想にと口々に言い合い、哀れみ涙で目元を拭く者迄現れる。
付き添いの手を離れてレオナの元へと来たユウを引き寄せたレオナはユウの耳元で囁いた。
「アンタが望むならここから逃げ出すチャンスをやる」
レオナの囁きにユウは漸く俯かせていた顔を上げた。
「何を仰っているのですか?」
「アンタも一国の姫とはいえ好いてもいない男の結婚何て御免だろう」
ユウが望めばレオナ自身が騒ぎを起こしてユウが逃げる隙を作るのだと言う。
ユウはレオナを見つめて目を瞬かせた。
「この結婚は望んでいないのはレオナ様の方なのでは?」
「ハアッ?!」
思わずレオナの口から出た大きな声に参列者は誰もが驚き、ある者は零していた涙を引っ込めていた。
「私はレオナ様と結婚するには年が上ですし、殿方は年増な女より若い女性の方が好まれるのでしょう?」
書物にもそう書いてあった、とユウは物知り顔で頷いている。
「政略的な婚約とはいえ私の様な年増の女が目に入ってはレオナ様も嫌だろうからと出来る限りお目に触れぬ様忍んでまいりましたが」
「ちょっと待て、まさかこれまで散々俺の前に現れなかったのは俺の為って言うのか」
「勿論でございます。レオナ様は素晴らしい方ですからきっと在学中に素敵な女性と巡り合いその方と結婚なさると思っておりました。私はその邪魔にならぬよう忍んでまいりましたがまさか今日という日を迎える事になるとはどういたしましょうか」
困ったと言わんばかりに溜息を吐いたユウにレオナは身体を震わせた。
明らかに穏やかでないレオナに二人の結婚を見届ける為に呼ばれた司祭はこのまま二人の様子を窺い続ける訳にもいかず手順通り、恐る恐るながら神に誓い、どんな時も愛し添うことが出来るのかレオナに尋ねる。
「誓うに決まってるだろう!!俺はこの女以外に妻にしない、何があろうと離しはしない!これは俺の女だ!!」
思わず反射で怒り、吠える様に大きな声で告げたレオナにユウも参列者も驚いた。
唯一、ファレナだけが頭を抱えている。
「そ、それはよろしい事で」
レオナの剣幕に怯え額の汗をハンカチで拭う司祭。
早くこの場から立ち去りたいという一心で司祭は続いてユウに病める時も健やかなる時も夫婦共に寄り添い歩めるか尋ねる。
しかしユウは固まったままで司祭が声をかけてもユウから反応は返って来ない。
「おい、アンタはどうなんだ」
「どうって勿論誓い「政治は抜きにしてだ」」
漸く気を取り戻し返事をしようとしたユウであるがその返事を遮るレオナの言葉にユウは微笑みのまま固まった。
「俺はお前を愛している。もう一生お前しか愛せない」
徐にその場に跪いたレオナは薄いレースの手袋に覆われたユウの手を掴み返事を乞う様に見上げた。
式場は騒然としていた。
若い女性達はキャアキャアと高い悲鳴を上げて二人を見守り、ファレナやその家臣、ユウの国の者達は二人を映すカメラを止めようとしていたがどの報道陣も撮影の手を止めようとしなかった。
「お前の本当の気持ちを教えてくれ」
レオナからユウの忠実な気持ちによる告白の返答を求められ、唇を噛み、苦悶の表情を浮かべた。
「私には愛だとかそう言った感情は分かりません」
始めの婚約は七つの年であった。
それから婚約の相手に相応しい妻となるべく厳しい教育を受けた。
恋愛の知識等婚約者のある身では不必要だからと徹底的に退けられ、お気に入りだった姫と王子の出て来る絵本は全て処分された。
年の近い友人がいてやはり恋の話題を耳にしてはいけないからと友人を作る事は許されず、姉の様に慕っていた侍女達も同じ様な理由で全て祖母程の年齢の者達と入れ替えられてしまった。
徹底的に管理され、教育を施され、目指すは王を支える完璧な妃。
そうしてここまで生きて来たユウには今更愛しているなどと言われても何と返せば良いのか分からない。
レオナが自分へと向けてくる感情がユウには理解出来なかった。
「ごめんなさいレオナ様。私には貴方様の言葉に返す言葉が見つかりません」
レオナの表情を見れば彼が本気で悩み考え告げてくれた言葉だと分かるのにユウはそれをどう答えればいいのか分からない。
下手な嘘はつく事が出来ず、かと言って上手く答える事も出来ない。
とうとう気が昂りはらはらと涙を零し出しだしユウ。
「お嫁さん可哀想」
そう零したのは叔父の結婚式を見るために参列していたチェカであった。
その呟きが辺りに広がり皆は口々に涙を零すユウを憐んだ。
そんな中ユウの父親は罪悪感に苛まれながら椅子の上で項垂れていた。
父親はあくまでも幼くして婚約者を得た娘が苦しまぬ様にと思ってした事だった。
だというのにまさか今更になってこのような事になるとは、と自己嫌悪に陥る。
その側では当時、王の行動を最後まで諫めていた大臣が今回は王を慰める事はなく頭を押さえていた。
同じくファレナもダメージを受けている。
幼馴染で、元婚約者、実の妹の様に可愛がっていたユウが自分の知らぬ所でその様な事になっていると知らず気付きもしなかった。
あまつさえその様な身の彼女の勧めで恋愛結婚した身であるファレナにはその様なユウの裏事情は多大な心的ダメージを与える。
「だったら尚更、貴女様はレオナ様と結婚された方が良い」
最早結婚式どころで無くなった式場で群衆の誰よりも近くでユウの告白を聞いていた司祭が口を開いた。
「レオナ様はそれは深い愛情を持って貴女様を愛していらっしゃる。きっと結婚すれば貴女様が分からぬと仰る愛にも気付かせてくれるでしょう」
ね?と司祭がレオナへと視線を向けた。
それにレオナはあたり前だと鼻で笑う。
「私は貴方様より年上で」
「だからどうした」
「可愛げ何てないですし」
「アンタ以上に可愛い女を俺は知らない」
「愛が分からぬ女でも良いのですか?」
「俺との結婚が嫌でないならそれで良い。どうか俺と結婚してくれ」
それはまごう事なきプロポーズであった。
二人は婚約者同士で、今は結婚式の最中だと言うのに突然のプロポーズ。
ユウの瞳は虚をつかれ瞬き、揺らめかせると眉を困った様に下げて笑った。
「こんな私でも構わないのでしたら喜んで」
返事と共に高らかにラッパの音が鳴り響く。
続いて式場の後方を陣取っていた楽団が演奏を始めた。
二人のやりとりを固唾を飲み見守っていた人達の表情は明るく、誰もが二人を祝福する。
空から舞い落ちる花の雨の中、ユウの表情も式場へと入ってきた時とは違い晴れやかで、まさに幸せな花嫁そのものであった。