twst短編
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身体がむずむずする。
ユウは身体を走るむず痒さに腕を摩った。
「デュースごめん。ちょっとグリムを見てて」
「ああ!任された!」
抱えていたグリムをデュースに預けたユウは慌しくその場を離れた。
「ああ、むずむずする」
一度、感じると気になって仕方ないむず痒さにユウは表情を顰めさせる。
何処か空き教室は無いかと辺りを見渡すがタイミング悪く最寄の教室は何処も誰かしら生徒がいた。
やっと誰もいない空き教室を見つけた頃にはデュース達といた場所からかなり離れているおり後で戻るのは大変そうだとは思ったユウだがそこは教室どころか区画で人の気配というものが一切なく、ユウはこの後の自分の行動を考えるといい場所を見つけたとさえ思えた。
少しばかり埃の被った机と机の間に隠れたユウは自身の首に巻いたネクタイへと手を伸ばした。
ユウにはこちらの世界の誰にも言っていない秘密がある。
彼女は元の世界では先祖返りとして龍になれる人間であった。
先祖返り自体はそれほど珍しくない世界で、なんなら先祖返り等せずとも先祖代々鬼だという者もいれば化ける狐や狸が当たり前に闊歩する世界である。
だがそんな世界であっても龍は珍しく、これまで何か面倒な事に巻き込まれてはいけないという祖父の助言でずっと家族以外の者達に龍の先祖返りである事を隠してきた。
その為、この世界に来てもユウは話さずにいたのだがその判断をした己をユウは褒め称えたい。
始めこそは異世界にやってきて余裕がなく周りを見る事が出来なかったユウだが生活に落ち着きを得た今ならよく分かる。
この世界には獣人や人魚、妖精と呼ばれる者達はいてもユウの様に魔法等を使わず完全に人形でない生き物の姿に変身するものはいなかったのである。
そう言った者達は人語を話せてもグリムの様にモンスターと呼称され、人間や獣人達とは別の区分にいた。
もし始めの内に学園長へ秘密を明かしていればグリムと共にモンスターと分類され、学園への入学も危うかったなとユウはしみじみ思う。
この秘密だけは元の世界に戻る迄秘匿しなければと改めて決意しながらもユウは服を全て脱ぎ終えた。
別にユウに学園内で素っ裸になる趣味があるわけでなく、これもユウの秘密に原因がある。
よく人は欠損した箇所が痛む幻肢痛があるが、ユウは変化していないにも関わらず人間の姿の時には無い鱗がむず痒くなる不思議な症状があった。
だいたいそれは龍の姿となり2、3度全身の鱗を震わせれば治るのだが一度むず痒くなるとその処置を行う迄全身、搔こうにも掻けない箇所に不快なむず痒さを感じるのである。
今回もそれが起こった為、急遽学園内で服を脱ぐ羽目となったユウはさっさと処置を済ます為龍の姿へと変じた。
変化する際に体内で発生する熱が体外に出ると同時にそれは靄となりユウの身体を覆い隠す。
そうして靄の中で伸ばしたり生やしたり、しまい込んだりしたユウは靄が晴れる頃には龍の姿へと終わるのだが
「まっこと驚いた!」
凄まじい音と共に聴こえて来た声にユウは振り向いた。
何かが落ちたと思われる箇所は机や椅子が倒れてめちゃくちゃである。
そこから勢いよく顔を出してきた人物にユウは顔を青ざめさせた。
「お主、ただの人間ではなかったのじゃな!」
「リリア先輩」
何やら興奮した様子のリリアにユウは思わず彼の名前を呼び、慌てて口を噤んだ。
黙っていれば誤魔化せたかもしれないが残念ながらリリアに反応をしてしまったユウは己の軽率さに大層悔やむ。
「そう悔やむな。お主が変身する所は始めから最後迄見ておった」
今更隠し立てしても無駄だと言うリリアになんだそうでしたか、と一度は納得したユウであるが
「ん?始めから最後迄??」
つまりユウが服を脱ぐ所も見られたという事実にユウは恥ずかしさから顔を真っ赤に染めた。
それと同時に窓の外は突如として暗雲が立ち込め、遠くに雷の音が聞こえる。
「別にわしはお主の脱衣を見ようと思って見たわけじゃないぞ。そもそもわしが休んでおったこの教室に後からやってきたのはお主なのじゃ」
「・・・今度からはよく周りを確認してから脱ぎます」
「そうじゃな。今回たまたま居合わせたのがわしじゃったから良かったもののこれが若人ならばお主もただじゃすまんかっただろうな」
今度は別の意味で恥ずかしくいたたまれない気持ちになったユウ。
外の天気はそんなユウの気持ちに同調する様に荒れに荒れ、雷雨により酷く荒れている。
「しかしそのお主の姿、東方にいるとされる龍じゃな」
説明せずと名を当てたリリアにユウはこの世界にも自分と同じ龍はいるのかと身を乗り出し迫った。
「おるぞ。わしも実際には見た事ないが東方の国では家の護り神として祀られもするらしい」
そこまで言ってリリアは興味深げにユウの周りをぐるぐると周り観察した。
「以前、東方を旅した折に何度か絵姿で見はしたが」
顎に手を当て頷くリリア。
「わしが見た絵姿もそうじゃったがまるで大蛇のようじゃ」
少し興奮しているのか色白の頬をほんのりと紅く染めたリリアは細く長い尾をまじまじと見た。
「空は飛べるのか?」
「勿論飛べますよ」
それまで床に伏していたユウはリリアの疑問に答えるべくその大きな身体から想像し難き軽やかさで宙を浮いた。
翼のない身体で宙を浮くユウにリリアは不思議がったがユウ自身もその仕組みはよく分からない。
飛びたいと思うと身体が勝手に浮くのである。
「まっこと不思議じゃな!」
暫くリリアが見上げる中、教室内をぐるぐる飛んだユウであるがその短時間ではリリアにも理屈は分からない様であった。
それでも楽しそうに笑うリリアを見たユウは服を脱いだ場所へと降りると当初の目的であった全身の鱗を数回震わせ人間の姿に戻るべく再び白い靄に包まれた。
その靄が晴れる迄に最低限の着替えを終えたユウは真剣な表情で窓の外の景色を眺めていたリリアに声をかける。
「リリア先輩、お願いがあります」
「お主がただの人間ではない事じゃろ?安心せい人の大切な秘密をぺらぺら他人に話す趣味はない」
ユウはリリアの言葉に安堵した。
「だが、もう校舎内で無闇矢鱈に変身するのはよした方が良いぞ。わしみたいに誰かが物陰に潜んでおるかもしれんからな」
確かに、とリリアの言葉に納得するユウであるがならば何処で変身しようか悩んだ。
人気がなくこの教室並みに広い場所は学園内でも限りがある。
そんなユウの悩みを見透かす様にリリアはユウに人が寄り付かない、かつ広々とした場所を教えてくれた。
そこは学園内にある森で、校舎からはさほど離れていないのだが鬱蒼とした見た目もあって誰も近付かない。
その森には少し進んだ場所に泉があり、その泉の周辺は木々が生い茂っていない為龍へと変ずるにはちょうど良かった。
ユウはそこそこの頻度でその森に通っていたのだが
「僕のものに手を出すとは良い度胸だ」
聞いた事のない様な低い声で此方を睨むツノ太郎にユウは困惑した。
「まさかユウが、龍じゃったとはな」
ユウの説明では先祖返りというものらしいがリリアはその先祖返りであってもユウは龍であると認識していた。
「親父殿、何だかご機嫌ですね」
リリアの分のお茶を用意して椅子へと座るシルバー。
にこにこと分かりやすく笑みを浮かべたリリアにシルバーは多少の悪い予感を感じたがリリアのご機嫌良さに目を瞑った。
「何、マレウスにもうすぐ春が訪れそうなのじゃ」
「春ですか?」
シルバーは窓の外の景色を見た。
ディアソムニア寮の外は余り木々が生えていない為季節感少なく、あまり参考にはならなかったが確か今の季節は秋であったと思い出しシルバーは視線をリリアへと戻した。
「春は良いぞ。身が凍える様な冷たい風が吹こうとも心は暖かい。どんなに寂しい景色だろうとも辺り全てのものが輝いて見える」
「それは冬なのでは?」
シルバーは冷静に尋ねた。
春の季節といえば基本的に温暖な気温で花が咲き乱れ色鮮やかな季節である。
冷たい風が吹いても肌寒く感じる程度であるためリリアの言う身が凍える程の冷たな風というのにシルバーは疑問を抱いた。
加えて言えば現実の景色が正しく見えないならば眼科か精神科を受診するべきなのではないかとシルバーは言う。
そんな真面目に返すシルバーをリリアはおかしそうに笑った。
「わしが話しておるのは春と言っても恋の話じゃ」
「恋、」
「若様が恋をしてらっしゃるのですか?!」
何処からともなく現れたセベク。
その圧と勢いにリリアとシルバーの髪が室内にいるにもかかわらず揺れ動く。
「セベクもマレウスの恋話に興味があるか」
良い良いとリリアは空いている席を叩き、セベクにそこへ座る様促した。
それに恐縮そうに応えるセベク。
リリアはセベクが席に着いたのを確認すると杖を振ってカップを一つ増やし、シルバーの用意したお茶を注ぎ差し出すと顔の前で手を組み話始めた。
「あやつはとある娘に惚れておった」
一目惚れであった。
それを聞いたのはマレウスがその娘に対して恋心を自覚した頃であった。
話の発端は近頃らしくない様子が続いていたマレウスにリリアが「お主まさか恋でもしておるのか?」と尋ねた事である。
その頃のマレウスといえば物思いに耽る事が増え、何かふとしたタイミングで溜息を吐き、学園に入れば常に誰かを探している素振りが見られた。
何か気になる者でもいるのではないかと思い至ったリリアは冗談半分に恋でもしているのかと尋ねた訳であるが回答はまさかの肯定であった。
マレウス曰く自分も最近そうなのではと自覚した所なのだと言う。
リリアは驚いた。
正直の所、リリアはマレウスが自分より若いながらに枯れていると思っていた。
マレウスが誰かに惚れたという話をリリアは今までの長い歳月で聞いた事はなかったし、そんなそぶりも見られなかった。
しかしマレウスはいずれ茨の谷の王になる男である。
この先も独り身というのは跡継ぎ的な問題で具合が悪い、というのは建前で単純に若様の御子が見たいという谷の老人に当たる年の者達がマレウスの卒業後を狙い何やら画策しているのを知っていた。
だがその策ももう必要ないかも知れないとリリアは思った。
それ程にマレウスがその娘について話す様子は幸せそうであった。
かくなる上はその恋をなんとしても成就させねばと饒舌に娘ついて話すマレウスを尻目にリリアは内心意気込む。
具体的にいえばライバルがいるならば蹴落とし、誰かと良い雰囲気になろうものならばその雰囲気をぶち壊し、とにかくマレウスの想い人に近づく者達の邪魔をした。
そして恋愛経験のないマレウスにリリアは沢山のアドバイスを行った。
会話に、異性に対する気遣い、贈り物のアドバイスを行い、そしてマレウスが思い人と二人っきりなれるようにリリアは沢山手回しした。
そうしてそのリリアの行動が功を奏し、二人の関係は順調に進んでいたのだがある日マレウスはその初めての恋を諦めるとリリアに告げた。
その突然の事にマレウスと娘の関係をより一層進展させようとあれこれ考えていたリリアは驚いた。
「何故諦めるなんて言うのじゃ」
ここ最近のマレウスはとても幸せそうで、穏やかであった。
思い人と揉めていた様子もない。
「はっ?!もしや何処ぞの馬の骨に先を越されたか」
常にマレウスの想い人の周辺には注視していたリリアであるが見落としがあったのかと悔やみすぐさまペンを握った。
「止めろリリア」
「えぇい!止めるなマレウス。お主の恋路を邪魔する奴はわしがすぐにでも記憶を消してくれる!!」
「違う。そうじゃないんだ」
マレウスの相手に対する思いは本気であった。
それこそ想い人と生涯を共にしたいと思う程に相手を愛していた。
だったら何故、とリリアはマレウスに縋る。
マレウスは力なく首を振るう。
「僕は妖精族で向こうが人間だからだ」
「寿命の事を気にしておるのか?それならば安心せい!谷の者達も今、それをどうにかする方法を考えておる」
マレウスが恋する相手を知った日、リリアはすぐさま茨の谷と連絡を取っていた。
マレウスの恋した相手は人間。
妖精族から見て人間はまさに瞬きの間に死んでしまう様な命短い生き物である。
そんな人間と結ばれても過ごしていられるのはほんの少し間だけで、それでは惨いとリリアは茨の谷の者達に声をかけて人間を妖精族並みに長命にする術を探していた。
そしてその術は確かに存在しており、実証実験の域に入っている。
だから寿命の事ならば心配するなとリリアはマレウスに言うが違うのだと彼は首を振るった。
「言葉の選択を間違えた。僕がただの妖精族ならば良い。けれど僕はマレウス・ドラコニア、ドラゴンだ」
今は人の姿をとっているマレウスであるが本来は大きくて厳しい、黄緑色の炎を噴くドラゴンである。
マレウスは恐いと小さな声で漏らした。
「僕は彼奴に本来の姿を知られるのが恐ろしい。知って、大きなドラゴンの僕を見て彼奴が逃げ出しでもしてしまったら僕は」
両手で顔を覆ったマレウスの脳裏にドラゴンの姿をした自分から逃げ出す彼女を後ろから裂くイメージが見えた。
酷く血を流した彼女を鱗が覆う腕に納めて抱え続ける狂った己の姿が見える。
「僕は彼奴に恐れられるのも傷付けるのも嫌だ。そうなる位ならいっその事彼奴に対するこの思いを捨ててしまった方がマシだ」
恋は人を変えるものなのだとこの時のリリアは思った。
今迄のマレウスで有れば誰に恐れられようと平気な顔をしていた。
だと言うのに想い人に恐れられる事を酷く恐れるマレウスはリリアの知らぬマレウスであった。
「若様がそこまで思い詰めいらっしゃったとはこのセベク、全く気付きませんでした」
「俺もです」
従者失格だと苦々しい表情で己を責めるセベクの横でシルバーも同意を示し頷いている。
「そう気にするな。マレウスの奴も顔に出さないよう徹底的に気を付けておったからな」
仕方あるまい、と腕を組んだリリアは頷き緩くなったお茶を口に含む。
「しかし親父殿。親父殿は先程マレウス様に春が来たと言っていなかったか」
春が来た。
つまりマレウスが恋をしているという事であるが、リリアの語ったここまでの話ではマレウスが想い人に思いを伝える前に終わってしまいそうである。
しかし何故かリリアの表情と言えば悲しみはなく何処か楽しそうであった。
「そうじゃそうなのじゃよ」
くふふふ、とリリアは笑みを浮かべた。
「どうやらマレウスが懸念していた事はなんとかなりそうでの」
「では若様の恋は無事に成就し、恋人が出来ると言う事ですか?!」
「そうなんじゃよー!!」
余程嬉しいらしいリリアのその表情はとびっきりご機嫌であった。
「リリア先輩、少しよろしいでしょうか?」
良いぞ、と部屋の外から聞こえた寮生の声に応じたリリアはそこで席を立った。
部屋に二人残されるセベクとシルバー。
セベクはマレウスの恋人となる人物は一体どんな人物なのだろうかと声を漏らした。
その漏れ出した声を拾い上げたシルバーは怪訝な顔でセベクを見る。
「シルバー、何だその顔は」
「いや、まさかセベク。マレウス様の想い人が誰か分からないのか?」
「まるで貴様は知っているかの様な口振りだな」
「知っているも何もすぐに分かる事だろう」
今現在、彼等がいるのは全寮制の男子校である。
基本的に校外への不要な外出は許されておらず、マレウス自身これまで校外へ出た事はないのは護衛を務めるシルバーもセベクもよく知っている。
そんな学園生活で出来る出会いといえば一つしかない。
「まさか」
セベクはそこまで言われて一人の人物が頭に浮かんだ。
「若様のお相手はあの人間だというのか」
男子校であるこの学園で唯一、特例で在籍を許されている女子はユウしかいない。
セベクは友人でもあるユウが自身が敬愛して止まないマレウスの想い人かも知れないという疑惑に目を大きく開いて驚く。
「十中八九そうだろう」
外見年齢等で考慮するとユウしかいないとシルバーは神妙な顔付きで頷いた。
そのユウはというと今まさにマレウスに殺され様としていた。
何がどうしてこうなったのかはユウ自身にも分からない。
ユウはリリアに教えて貰ったその場所でいつもの様に龍の姿へと変じただけである。
広い場所なので暫くその辺りをぐるぐると飛んで回り水浴びをして楽しんでいたのだがそこへマレウスやってきた。
「珍しく僕以外の気配を感じたかと思えばお前は」
そこで言葉を止めたマレウスはユウが地面に畳んで置いていた制服を見て瞳を大きく開いた。
あ、やばい、と己の制服を隠そうとしたユウであるが今更遅い。
制服の一番上にあった腕章で己の正体が気付かれたかと慌てたユウの目の前に眩い光が凄まじい音と共に落ちた。
それは落雷であった。
突然、空は何処も青く晴天だというのに前触れもなく落ちた雷に驚き固まっているとユウは己の皮膚がちりちり、ちくちくと痛むのを感じる。
「僕のものに手を出すとは良い度胸だ」
地を這うかの如く低いマレウスの声に今、自身の皮膚が幾つもの針に刺されるかの様に痛むのはマレウスの身から滲み出る殺気なのだとユウは気付いた。
「何で?」
小さく零したそれはユウの現在の心境であった。
自分は何時もの様に人間の姿の時にはない鱗の痒みを何とかすべく此処で変身していただけである。
そもそも『僕のもの』というのが何なのかユウは分からない。
ユウにはマレウスの持ち物や食べ物を奪った覚えはない。
それでも何かないかと考え、彼が気に入っているオンボロ寮を思い出すがあそこはそもそも学園の持ち物でありマレウスの物ではない。
もしかして人違いなのでは、という考えがユウの頭に過った。
その可能性は大いにある。
今のユウの姿は人間ではなく龍の姿をしており、マレウスはユウが龍に姿を変ずる事ができるとは知らない。
「も、もしかして何処かの誰かと勘違いしてない?!」
私は無実だとユウは懸命に主張した。
再び目の前に雷光が落ち、ユウは黙った。
「五月蝿い黙れ。貴様からはユウの匂いがする」
匂いも何も本人だとユウは思ったが言い返す暇も与えずマレウスは言葉を続ける。
「よくも僕の大切なものに手を出したな」
マレウスの言葉に面を食らったユウであるがのんびり固まっている暇など無かった。
容赦なく次々に繰り出される魔法に長い身体を器用に動かす事で避けるのにユウは精一杯である。
しかしこのまま逃げ続けるのは難しく、何とかしてユウはマレウスに己の正体を告げたいのだがマレウスにはそれをするだけの隙はない。
「あの、それは流石に洒落にもならないのですが」
天へと掲げられたマレウスの掌の上でバチバチと音を鳴らす大きな玉が出来上がっていた。
それはどうやら電気の塊の様で、その丸い球の周りを時折音を立てて小さな電気があちこちで走っている。
魔法素人であるユウでもその球体の威力がどれだけの物なのかは想像がついた。
当たったら死ぬ。
そう思った途端にユウの頭の中でサイレンが鳴った。
早くこの場から逃げなければと自身に備わる危機察知能力は告げている。
しかし悲しい事に龍の姿をしたユウの移動速度はそんなに速くはない。
その為この場から今すぐ逃げ出してもマレウスが手にする魔法の射程範囲内にいる事に変わりはなかった。
みるみるうちに膨れ上がる電気の玉に逃げる算段はつかずただ呆然と見上げるしかないユウ。
どうしてこうなったのだろうかと考えながらユウは涙を一雫溢した。
ユウはただ少し感じる不快感をどうにかしたいだけであった。
こんな事になるなら自分の秘密を早くにマレウスに話しておけば良かったと後悔した。
ユウは自身の秘密をマレウスに話したかった。
龍の姿になると角が生えるユウはマレウスの頭にある立派な角に親近感を抱いていた。
しかしこの世界における龍はただの魔獣である。
自分の正体が魔獣と同じそれだと知り、もしマレウスの態度が変わってしまったらと思うと話す事が出来なかった。
とうとうマレウスの手から離れた魔法はユウへと迫る。
もうここまで来てしまっては打開策はなく、せめてあまり痛くなければ良いのだけれど、と目を瞑ったユウであるがいくら待っても想像していた衝撃や痛みは来ない。
そっと目を開ければ自身に迫っていた筈の魔法はなく、覚えのある後頭部がユウの前に立ち塞がっていた。
「ばっかもん!自分の想い人にマジな魔法を放つ奴があるか!!」
「リリアよ。何を言って、」
「お主の目は節穴か!!どんなに姿が変わっていても愛する者を見分けるのは基本じゃろ!!!」
リリアの剣幕に小さく身体を跳び上がらせたマレウスに先程迄の恐ろしい雰囲気はない。
代わって見るからに狼狽えだしたマレウスはちらちらとユウを見る。
「もしや、まさか、そこの龍は」
「お主が好いてやまないユウじゃ」
「や、やっほーツノ太郎」
先程からリリアの発言に幾つか聞き捨てならぬ事があるユウだが取り敢えず何時ものノリで手を振った。
それで漸く目の前の龍をユウと認識したらしいマレウスは顔色を青くさせる。
「どうして始めの内に正体を明かしてくれなかったんだ。危うく僕はこの手でお前を殺めてしまうところだった」
「いや、何とか説明はしようと思ったんだよ?」
それこそユウも自身の命がかかっている。
しかし怒りに燃えたマレウスにはユウの声は届かなかった。
「気にするなユウ。どうせマレウスはお主を龍に食べられたとでも勘違いし怒り、人の話を聞ける状態ではなかったんじゃろう」
流石というべきかまるで側で様子を窺っていたかの様なリリア発言にユウは小さく頷いた。
「マレウスよ。想い人を失ったと思いで気が動転したんじゃろうがそれで本人を殺しては本末転倒じゃぞ?」
「すまない」
「気にしなくて良いんだよツノ太郎!」
リリアの言葉に見るからに気を落とし謝罪するマレウスにユウは慌てて声をかけた。
「私がもっと早くにこの事を話をしておけばこんな事にならなかったんだし」
取り敢えず人間の姿に戻っても良いだろうかとユウは二人に尋ねた。
二人の了承を得たユウは器用に地面へと置いていた衣服を掴みするすると茂みの中へと消えて行く。
「助かったリリア」
「良い良い。そもそもここをユウに紹介したのはわしじゃからな」
リリアの言葉にマレウスは自責の念で俯かせていた顔を上げてリリアを見る。
この森はその雰囲気からマレウスが気に入り普段散策している場所であった。
「リリアよ」
謀ったなというマレウスの言葉にリリアは笑みを浮かべた。
「わしとしては今の様な殺伐としたものではなくもっと賑やかなのを想定していたのじゃがな」
それこそ龍から人間へと変じたユウとマレウスが遭遇してユウが「きゃー!ツノ太郎のエッチ!」となる様なラッキースケベな展開を予定していたリリアであるが、寮生からマレウス不在を、その後感じたマレウスの強い魔力に慌てて来てみれば今にもマレウスはユウを殺そうとしていて企てを立てたリリア自身どうしてこうなったのかと驚いた。
「まさかこんな事になるとは流石わしも想定外じゃったわ」
わっはっはと腰に手を当て笑うリリアにマレウスは頭を押さえた。
「それでどうじゃ?ユウはお主の言う様なただの人間ではなかった。それどころか本気で怒るお主を見た後でも普段と変わらず接してくれたぞ」
マレウスはユウがただの人間で、自身のドラゴンの姿を見て恐れられる事に怯えていた。
しかしユウはただの人間ではなく龍に変ずる事の出来る人間であった。
ドラゴンとなったマレウスは大きく険しい顔付きであるがユウも長細い体躯であるものの全長であれば決して負けておらず顔付きも人間の時の朗らかな顔とは違う。
それに何よりユウは本気で怒るマレウスを見た後でも怯えるどころか自分のしでかした事に落ち込むマレウスを気遣って見せた。
マレウスの言っていた懸念は全て思い過ごしであったと証明された。
「きっとあの娘ならばお主の本当の姿を見ても怯える事はないじゃろう。何なら仲間だと喜ぶのではないか?」
「ドラゴンと龍は全く違う。だが、」
そこへ何の話だろうかと気にしながら着替えを終えたユウが戻って来た。
ユウの頭は龍の姿で水浴びをしていた為しっとりと濡れており、それをマレウスはペンを振るい乾かす。
「ありがとうツノ太郎」
自身に微笑みかけるユウにマレウスは嬉しくもますます申し訳ない気持ちになった。
ユウを直視する事が出来ず思わず視線を逸らしたマレウスは尋ねる。
「僕にあんな事をされて恐ろしくないのか?」
マレウスの問いにユウは眉間に皺を寄せながら唸った。
「恐くないって言ったら嘘になるかな。けど、あれってツノ太郎が私の事を心配して怒ってたんでしょ?だから恐いって感情より嬉しいの方が大きいかな」
頬を緩ませて笑うユウであるが唐突に顔を赤くさせて俯いた。
「あのねツノ太郎、さっきリリア先輩が言ってた想い人ってやっぱりそういう意味なの?」
リリアはマレウスからユウを庇っていた際二回程ユウを『想い人』と形容していた。
その時はその発言に触れている場合でないユウであったが今は違う。
漸くその事に触れる余裕が出来たユウは顔を真っ赤にしてマレウスの返答を待っていた。
マレウスはと言うと人の気持ちを本人より先にどさくさに紛れてペラペラと喋っていたリリアを睨もうとした。
そもそもマレウスがよく来る森でユウとマレウスを鉢合わせさせようとしていたリリアである。
あの様な状況とはいえマレウスには諸々の発言がリリアのうっかりとは到底信じられなかった。
しかし睨もうにも既にそこにリリアの姿は無い。
何処に行ったのかと探せば少し離れた茂の中でこちらを見ている。
頑張れとでも言っているのか笑顔で声にはせず口を動かし応援するリリアにマレウスは少しばかり怒りを覚えた。
しかし今はリリアに構っている場合ではない。
「もしそうだと言ったらお前はどうする。僕がお前を愛していると言ったらお前は僕の気持ちを受け入れてくれるか?」
マレウスはユウの肩に触れた。
そしてそのまま肩から腕、そして手へと辿り付くとその手を取り膝を折って俯いたユウの顔を覗く。
「僕はお前の事が好きだ。それこそ一生、お前と添い遂げたいと思う程に愛している」
マレウスの包み隠さぬその言葉にユウは唇を震わせた。
「私の事を思って本気で怒るツノ太郎にドキドキした」
それこそ自身の身が危ないというのに確かにマレウスと対峙している最中、ユウの胸は酷く高鳴っていた。
もしかしたら死の危険を感じての胸の高鳴りという可能性もなきにしもあらずであるがこのマレウスの告白にユウの胸は再びあの時と同じく高鳴っている。
「けど好きとか、愛してるとか、私にはよく分からない」
漫画や映画で恋愛の描写を目にした事もあれば憧れもユウにはある。
しかしこれまで誰かにそういった感情を抱いた事がないユウにはマレウスの言う一生を添い遂げたい思わせる感情も勿論分からなかった。
しかしだったらマレウスの告白も断ろうという気持ちにユウがならないのも事実。
「先ずは軽い気持ちでお付き合い、とかじゃ駄目?」
「それでも僕は構わない」
ユウ自身マレウスに惚れているかは不明の為、取り敢えず恋人(仮)としてお試し体験はどうかという提案にマレウスはあっさりと頷いた。
「すぐにお前も僕程に惚れさせて見せるさ」
不適に怪しく笑ったマレウスにユウは顔の赤みを失せさせて頭を下げた。
「お手柔らかにお願いします」
「せめて二人がキッスをする所を見ていかんか?」
茂から良い雰囲気の二人を見守っていたリリアであるが背後からやってきたシルバーに連行されていた。
寮生に呼ばれたかと思えば突然寮を飛び出したリリア。
リリアを呼び出していた寮生に何事かと尋ねれば例の如くマレウスが寮を抜け出していた事を知らされてシルバーとセベクはマレウスに何かあったのだとリリアを追って寮を出た。
そしてリリアを追いかけ森に入ったシルバー達であるが茂に隠れ、マレウスとユウの様子を窺うリリアにシルバーは頭を傾げる。
二人の様子を楽しげに窺うリリアと寮で聞かされた話を思い出したシルバーは状況を察し、二人の邪魔にならぬようリリアとセベクの腕を引きこの場から離れる事にした。
「親父殿」
リリアの発言にシルバーは眉間を押さえ、覗き見は悪趣味で良くないと諫める。
そんなシルバーの横ではセベクが何やら唸っていた。
「まさか本当に若様の思い人があの人間だったとは」
消去法でマレウスの想い人がユウしかいないと聞いても何だかんだ全て信じられずにいたセベクであるが先程お付き合いを始めたという二人の仲睦まじさにセベクはユウが本当にマレウスの想い人だったのだとと信じざるおえなかった。
そうなると敬愛するマレウスの恋人となったユウをこれまで通り人間と呼ぶ事は出来ない。
一体次からは何と呼べばいいのかセベクは悩んでいた。
「何だそんな事か」
「何だとは何だ」
シルバーの言葉に片眉を釣り上げたセベクはならば良い呼び方があるのかと尋ねるとシルバーは頷いた。
「彼女は先程、マレウス様の恋人となった。恋人、ゆくゆくは奥方と言う事だから呼び方は一つしかあるまい」
こうしてシルバーの提案した若奥様という呼び方は翌日にはそう呼ばれる事になった経緯と共に学園中に広がっていた。
監督生
魔法は存在しないが鬼や河童、化け狸なんかが当たり前に闊歩する世界の獣人で龍の先祖返り。恋とか愛とか憧れはあるけどまだよく分からないお子ちゃま。
マレウス
監督生が好きだけど彼女の拒絶を恐れて諦められる内にその恋を諦め様としてた。けど勢いで告白したところ思いは受け入れられた為これからガンガン攻めるしもう絶対手離さ(せ)ない。
リリア
計画通り、とまではいかなかったが二人の仲が上手く纏まったたのでにっこにこ。