twst短編
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不運の始まりは自称冒険家の叔父から届いた小包であった。
何時もならば何処かの部族の戦士の仮面や置物など大きく場所を取る物ばかり送ってくる叔父であるがその日届いたのは小さな小包。
その何時もと違う贈り物の大きさにたまには気をきかせて現地のお菓子でも送ってくれたのかと姉と共に期待して小包を開けたユウであったが、中に入っていたのは無色透明の液体が入った500mlのペットボトルであった。
贈り物の内容に期待を打ち砕かれ、見るからにテンションを下げるユウ達。
ユウの姉は特に落胆が酷く、早々に興味を無くすと小包の片付けをユウに言いつけ姉自身はすぐ側のソファーに転びテレビを見出す。
そんな姉の言葉に従い小包を片付けようとしたユウはペットボトルの側に小さな紙切れが挟まっているのに気付いた。
それを取り出し開ければ見慣れた叔父の字でペットボトルの中身について書かれている。
「何々、取り扱い注意」
これは中国のとある郷で湧き出るという娘溺泉の水である。
この水を男性が被った場合、水を被ると女になってしまうので注意されたし。
「叔父さんたら冗談が下手過ぎるよ」
「だったら中身が本物か否かあんたで確かめてみれば良いじゃない」
いつの間に己の背後に立ったのか、後ろから聞こえた姉の声に振り向いた瞬間にユウは頭からペットボトルの液体をかけられていた。
「何すんだよ姉ちゃん!床が濡れるだろ!」
「何だ。叔父さんの手紙、本当だったみたいね」
「へ?」
そうしてユウは水を被ると女に、お湯を被ると男に戻るというふざけた体質を手に入れた。
ふざけた体質であるがユウは特に困る事は無かった。
叔父が変わり者だというのは地元じゃ有名な話で、誰もがユウに降りかかった災難に同情しても馬鹿にしたり虐めたりする者はいなかった。
地元の外に出たらそういう訳にはいかないが体質がバレないよう振る舞えば良いだけで、女になった時に絡んでくるナンパ以外ユウは特筆して困る事はなかった。
叔父は一度帰国してユウが娘溺泉の水を被ってしまった事を知ると再び中国へと戻りその体質を治す方法を探してくれている。
そしてとうとう治す方法が分かったという連絡があり、叔父の帰国を今か今かと待っていたユウは気付くと異世界にいた。
トラックに轢かれた覚えもなければ光る召喚術式の中に踏み込んだ覚えもない。
本当に気付くと異世界の何やら黒魔術的儀式じみた集会の中にいた。
それからは喋る猫もといグリムと共に、途中で知り合ったエースとデュースと学園で起こる事件に巻き込まれていく。
口は悪く、すぐに喧嘩を始めて物は壊す友人達であるがそれ以上に良い友達だと思っていたユウはやられた、と頭を抱えた。
テスト対策にオクタヴィネルの寮長アズールと怪し気な契約を行い、相手の提示した条件が達成出来なかったグリム達は契約不履行として頭から生えたイソギンチャクによりテストの返却直後ドナドナされた。
そして担保の魔法は返ってこず、契約通り強制労働に従事する事になった訳であるがそんな彼等の開放を条件にユウはアズールに契約を持ちかけられる。
ユウがそれに悩み考える暇なく乱入してきたグリムにより契約は結ばれて、担保に入れられたオンボロ寮はそのまま向こうの一時預かりとなった。
こうして皆の頭に生えたイソギンチャクを取り除き、担保のオンボロ寮も取り返すべく珊瑚の海やってきたユウとその仲間達であるが何やら一緒に来た彼等の様子がおかしい。
対峙していたリーチ兄弟も様子がおかしく、一体何事なのかとユウが皆に尋ねるとジャックは徐にユウへと自身が着ていた制服の上着を羽織らせる。
「え、何で??」
本当に何事なのか聞こうにもジャックとデュースは目を背け、グリムとエースは呆然としていた。
「小エビちゃんってクマノミちゃんだったの?」
同じく呆然としていたフロイドから出た言葉にユウはますます意味が分からない。
「お前、何で急に女になってんだよ!!!」
顔を真っ赤にして大きく叫ぶように言ったエースの言葉にユウは漸く彼等の困惑する理由が理解できた。
「おっと、やっべっ」
ユウはこの異世界に来て自身のこの特異体質を誰にも話していなかった。
元の世界では色々な意味で有名な叔父の存在もあり周りは容易に理解してくれたが異世界の、初対面の相手に説明は難しく、また身を寄せる学園が男子校と聞いたユウは自身のこの特異体質が周りからの嘲笑の素となるのではと考えて誰にも話さずにいた。
それからは日常に気をつけて女にならないよう水の取り扱いに気をつけていたユウである。
しかし潜水服を着ず、酸素ボンベを担ぐ事もなく生身で海の中を歩くという体験に心躍らせたユウは失念していた。
海とはつまり水なのである。
その水の中に入って女へと体を変じたユウであるが先述の理由ではしゃいでいたのと最後尾をユウが歩いていた為にユウも誰もこれまでユウが女になっている事に気付かずにいた。
そして対峙したリーチ兄弟のおかしな様子にエース達は彼等の視線を追い、ユウを見て漸く性別の反転というその大きな変化に気付いた訳である。
「あーごめん!これには全然深くもない訳があるんだけど取り敢えず今は戦闘に集中しよう!!」
そう言って皆を鼓舞するユウであるが突然の事に誰もが集中出来ずにいた。
それはリーチ兄弟も同じであったが向こうは上級生、こちらは入学したばかりの一年生であるため結局集中していようがしていまいが正攻法では勝てる筈がなかった。
そうしてユウの特異体質がうっかりバレた後、アズールのオーバーブロット事件等もあったがオンボロ寮は無事にユウ達に返って来た。
特異体質バレ後はエース達に気持ち悪がられる事もなく寧ろ何故それを話してくれなかったのかと怒られたぐらいである。
そうして日常は元に、
「ユウさん」
一人を除いては元に戻った。
「こんにちはジェイド先輩」
「相変わらずちんちくりんですね」
挨拶もそこそこに告げられた悪口にユウは頬を痙攣させた。
毎度の事とはいえユウは内心この先輩は何なのだと憤った。
そう、出会い頭の悪態は毎度の事。
あのイソギンチャク事件よりリーチ兄弟と会えば挨拶を交わす程度の仲になったユウであるが気安く向こうから話しかけてくるフロイドに対して何故かジェイドは会う度会う度に丁寧な物腰でユウに悪態をついてくる。
イソギンチャク事件やアズールのオーバーブロットが後を引いているのか思いきやエースやデュース、ジャックやグリムに対しては普段通り。
だというのにユウに対しては毎回悪態をつくのでユウが一度ジェイドに声をかけず通り過ぎてみればすかさず笑顔で足4の字固めを掛けられた。
言葉の通り痛いその経験からいくら顔を合わせる度に悪態をつかれようと姿を見たら挨拶をせざる得ないユウ。
しかし相変わらず流れる様に悪態を吐くジェイドをユウは見上げる。
「おや、生意気に僕を睨みますか」
「睨んでないですから!痛い!痛い!痛い!」
容赦なく伸ばされた大きな手で頭を掴まれたユウは己の頭を掴む手を叩き降参を訴える。
「この程度で根を上げてしまうとは何と弱い」
「素手で林檎を潰せちゃう人がそれ言います?」
「僕に口答えですか?良いでしょう。では今から後輩指導を行います」
再び伸ばされた手にユウは逃げ出し、ジェイドもそれに続いた。
捕まれば後輩指導という名の暴力に晒される為、本気で逃げ出すユウと長い足を適度に使いながら追いかける二人の追いかけっこはトレインに注意されるまで続いた。
「結局トレイン先生に注意された後めっちゃ絞められたし」
「それは災難だったな」
授業終わりの廊下にてジェイドに痛めつけられた事をうんざりとした様子で話すユウをデュースは慰める。
「しかし何故先輩はユウにばかりそんな事をするんだ?」
「何かジェイド先輩を怒らす事でもしたんじゃねぇの」
「しーてーまーせーん」
そんな恐ろしい事出来るかとエースに反論するユウ。
そのユウは自身の背中に衝撃と何かがのっかかる様な重みを感じた。
「え〜何々?ジェイドの話?オレも混ぜてよ」
噂をすれば影ならぬその片割れ、フロイドが現れた。
混ぜてと言った通りユウの隣に腰を下ろしたフロイドは話の詳細を聞きたがるのでエースがここまでの話を大雑把に話した。
途端に大きな声で笑い出したフロイドはお腹を押さえ道ゆく誰もが振り向く程に笑う。
「ジェイドの奴マジウケる。小エビちゃんにそんな事してるんだ」
「笑い事じゃないですよフロイド先輩」
このままでは命がいくつあっても足りないと言うユウにフロイドは大丈夫だと言った。
「だって小エビちゃん何だかんだ怪我はしてないでしょ?」
「まあ、そうですね」
確かにユウは痛い目は見ても怪我をするほど痛めつけられるという事はなかった。
「俺等人魚からすると小エビちゃん達みたいなただの人間を大怪我させる何て造作もない事だけど未だ怪我がないっていうのはジェイドがちゃんと手加減してる証拠だから大丈夫」
「出来れば痛い思いもしたくないんですけど」
「小エビちゃん我儘〜」
そんな奴はこうだと頬を無遠慮に引っ張られたユウは声を上げた。
暫くフロイドに頬を弄ばれるユウ。
ユウはエース達に助けを求めるが首を横に振って断られた為フロイドの気が済むまで遊ばれ続けた。
「まあ、そんなに痛いのが嫌なら暫く女の子にでもなってたら?きっと女の子な小エビちゃんならジェイドも紳士的に対応するんじゃない」
フロイドの助言にまさかと思ったユウであるがものは試しと翌日に実行した。
「紳士ていうか最早別人」
「どうされたんですか?ユウさん」
「あ、いえ、何でもないです」
フロイドの助言に従いユウは暫く女の体でいる事にした。
偶然成り行きでユウの特異体質を知ったエース達以外には知られていない事だったので教室に入ると同級生達は騒つき説明を求めた。
その後の錬金術の授業ではクルーウェルからお褒めの言葉を頂いたユウであるが、クルーウェルはその時になってユウの変化に気付いたらしく何時も「god boy」と褒める所を見事噛み、二度見した挙句に「god girl」と言い直していた。
その同級生やクルーウェルの戸惑い様をユウはエース達と共に楽しんだ。
そしてその後、授業終わりの廊下で女になったそもそもの目的でもあるジェイドと出会った訳であるが、ジェイドはユウのその姿は初見ではあるまいに何故か遭遇すると暫く固まっていた。
そして再び動きだしたかと思えば別人になっており、
「この後僕も同じ授業を受けるんです。ご一緒しても?」
まず何時も出会い頭に行われる悪態と理不尽な暴力がなかった。
それだけでも驚きだというのに片膝を床につけたジェイドがうやうやしく己の手を取り、指先にキスをするのでユウは驚きを通り越しそのらしくないジェイドの気味悪さに鳥肌を立てた。
ユウはその何処ぞの王子面したジェイドが何時ものジェイドと同一人物とは思えず一体何リーチなのだと、三人目のリーチ兄弟の存在を疑う程に驚愕してまじまじとジェイドを見つめる。
「あの」
「あっすみません不躾でしたよね」
以前じろじろとジェイドを見つめた際は不躾だ、不快だと散々の言われ様でその後はやはり後輩指導という名のささやかな暴力が待っていた。
その時と同じ事をしていたユウはあの時の再演だと無駄な抵抗ははなから諦め、これから身に起こる指導に身を縮こませていたが待てど待てども特に何も起こらない。
おや、とユウが再びジェイドの様子を伺えば互いの目が合うなりジェイドは視線を逸らして告げた。
「あまりそう見つめられては照れてしまいます」
本当にあんたは何リーチなのだとユウは思った。
「僕とペアを組んでいただけませんか」
「隣の席に座っても?」
「貴女とならば飛行術の授業も楽しく感じられます」
その後もジェイドの付き纏い、ではなくお誘いは続いた。
誘いを断る理由もなく尋ねられる度に承諾していたユウであるが飛行術の最中に告げられた言葉にユウは困惑を極めた。
「うおぉぉぉっ」
「今度は何だよ」
頭を抱えて声を上げるユウにエースは呆れた様子で声をかける。
次の授業は一年生のみの為漸くジェイドと離れる事が出来たユウはジェイドが兎に角おかしい事をエース達に話した。
「今日のジェイド先輩、優しそうで良かったじゃないか」
何が問題なのか分からないというデュース達にユウは複雑な胸中を説明する。
「優しいけど優し過ぎて裏で何か考えているんじゃないかと思えて後が怖い」
「別に優しいなら気にしなくていいのにお前も難儀な奴だよな」
やれやれとエースは肩を竦めた。
「だったらまた明日からは男に戻ったら良いんじゃないの」
「えーでもそれだとまた痛い目みるじゃん」
エースの提案に痛いのは嫌だとユウは答える。
女の自分にジェイドが優しかったからと言って再び男に戻った自分にジェイドが優しくしてくれる等とはユウは全く思えなかった。
「だったら明日も優しい優しいジェイド先輩に付き纏われる訳?」
「よし、明日からは男に戻ろう!」
エースに言われるなり早々に決断したユウ。
そんなユウにどれだけ優しいジェイドが嫌なのかとエースは乾いた笑みを溢した。
「失礼」
ばしゃりと頭から水を被せられたユウは呆然とした。
昨日の会話の通り男の姿で登校したユウはさっそく今日も朝から同じ授業だからと声をかけてきたジェイドに身構える。
さあ、悪態でもプロレス技でもどんとこいと構えたユウであるが挨拶する間もなく振り向きざまに浴びせられた水にユウも、少し離れた所で二人のやりとりを見守っていたグリムやエース達もその予想外の展開に驚き固まった。
ジェイドの放った魔法で水を被せられたユウは例に漏れず女体へと変化する。
そんなユウに眦をゆるませたジェイドは手が滑ったのだと言い訳をして全身が濡れたユウを魔法で乾かした。
「さあ、このままここにいては授業に遅れてしまいます」
行きましょうとユウの返答も聞かず自身の腕を掴ませたジェイドはそのままユウを連れ去った。
「え、恐っ」
エースの呟きにデュースとグリムは同意する様に何度も頷いた。
ジェイドは手が滑ったと言ったがそもそもそれまでのやりとりにペンを構える必要はなく、ユウ目掛け魔法で水を被せたのは誰がどう見ても明らかに故意であった。
「アイツ、ユウが振り向いた瞬間笑ってなかったんだゾ」
現れてからユウを連れ去るまで、魔法を使った時すらも笑顔であったジェイドが恐かったと話すエースとデュース。
だがグリムがほんの一瞬だけ見たというジェイドの真顔のタイミングに二人の背中は一気に冷えた。
「ユウってば男の時にジェイド先輩に何かしたの?!」
「いや、僕の記憶にはない」
「オレ様も」
「なになに?なんの話?」
二人と一匹、廊下の隅でこそこそ話していた所、その輪にいつの間にか混じっていたフロイドにエース達は飛び退く。
その驚いた猫を思わせる彼等の動きにフロイドはビビリすぎだとエース達を指差し笑った。
一頻り笑うとフロイドは再び何を話していたのか尋ねてくるのでグリムはお前の兄弟はなんなのだと先程の事を話した。
「うへ〜っジェイドの奴思った以上に拗らせてるじゃん」
フロイドの口振りからジェイドの行動は目に余るらしく、ユウの身を案じたエース達はフロイドに何とかしてくれないかと縋った。
そんな彼等にフロイドは煩わし気な表情を浮かべる。
「やだ。邪魔して馬に何て蹴られたくねぇもん」
フロイドの言葉にグリムとデュースは何故此処で馬が出てくるのかか分からない様子であった。
対してエースは愕然とした表情を浮かべる。
「え、まさかジェイド先輩ってユウの事」
「そういう事。だからオレは協力出来ないの。ごめんね〜」
全くすまなそうな事はなく、寧ろ愉快だという表情でフロイドは授業を理由に会話の輪から抜けた。
会話についていけなかったグリムとデュースがこの中で唯一理解出来ているエースの服を引いて話の説明を求める。
「馬に蹴られるってつまりどういう事何だ?」
「説明してくれエース」
一匹と一人に挟まれてなあなあと揺さぶられるエースは手で顔を覆い呟く。
「ユウの尻が危ないって事だよ」
エース達がそんな事を話している頃、一足先に授業が行われる教室に入っていたユウは一人困っていた。
突然、本当に突然、ジェイドはユウ向かって脈絡もなくおかしな行動に出たのだ。
「えっと、」
そのジェイドの訳の分からぬおかしな行動にユウは一体どう反応すれば良いのか困惑する。
ここでジェイドが何か言ってくれれば返す事は出来たがそのおかしな行動を終えたジェイドは期待満ちた眼差しでユウを見つめている。
まるで返事を心待ちにする様なジェイドに何か反応を返さなくてはと焦ったユウは意味も分からないままにジェイドと同じ事をして返した。
自分と同じ動作を返したユウにジェイドの表情は明るくなる。
「僕の気持ちを受け入れてくださるのですね」
「気持ち?」
何かやはり先程の動作に特別な意味でもあったのかとユウはジェイドに尋ねるがジェイドは興奮気味に独り言を呟いておりユウの声は届いていない様だった。
聞こえてくる独り言の内容といえば転寮だとか住まいはだとかユウには訳がわからない。
漸く独り言を止めてユウを見たジェイドはユウの頬に手を伸ばした。
顔の輪郭をなぞる様に撫でるジェイドの手付きに擽ったさを覚えたユウは身をよじる。
ふと顔に影がかかったのに気付いたユウが視線を上げるとジェイドの端正な顔が近付いていた。
驚きもさることながら見慣れぬオッドアイとそれを囲う長い睫毛に思わず見惚れてしまったユウの動きは止まる。
動作を止めていたのは何もユウだけではない。
突然始まったジェイドとユウの近距離で行われるふざけあいに戸惑いながら二人の様子をそれとなく伺っていた教室の者達はやはり突然始まったキスシーンに戸惑っていた。
他所でやってくれというのが彼等大多数の願いであるがここで下手に騒いだり囃し立てたりしてキスの邪魔でもしようものなら後が恐いと彼等は黙って背景に徹する。
誰もが息を止めて早く終われと念じる中、にわかに廊下が騒がしくなった。
ばたばたと慌ただしく廊下を走るその音はこの教室へと近付き、乱暴に教室の扉が開かれたかと思うと教室内を早い何かが横切る。
「へぶっ」
「ふなー」
それはグリムであった。
何故かとてつもない勢いで教室を横切ったグリムを顔面に受け止めたユウはその勢いにより椅子から落ちる。
「あーっと!大丈夫かユウ」
「これは椅子から落ちた弾みで怪我をしているかも知れないな!」
「よしオレ達が保健室に連れて行こうぜ!」
素晴らしい程の棒読みであった。
棒読みながら勢いよく喋ったエースとデュースは椅子から落ちたユウと、ユウの顔の上で目を回すグリムを連れて教室から出ていく。
「は?」
低く、怒りを全く隠さないジェイドの声に誰となく小さな悲鳴を上げた。
普段の余裕ある微笑みは何処へやら、本気で怒った片割れと似て見分けのつかない形相となったジェイドはゆらりと立ち上がるとユウを追いかけるべく教室を出ようとしたが
「今から授業を始める」
タイミングが良いのか悪いのか響いた鐘の音と共にやってきたトレインによりそれは叶わなかった。
エース達に抱えられて中庭にやってきたユウはジェイドが自分に懸想している話を聞いて悪い冗談は止めてくれと笑う。
「ジェイド先輩が俺の事が好きだなんてないない」
「だが、さっきの教室のあれはどう見てもキスシーンだった」
「いやいや、どうせ瞼に睫毛が付いてて取ろうとしてくれたとか」
そこまで言いかけてユウはこれまでを振り返った。
男の時は塩対応だったにも関わらず女になった途端に豹変したジェイドの態度。
同性にしては過剰なスキンシップにかけてくる言葉の数々。
その思い当たるジェイドの言動の数々にユウは自身で気のせいだ、勘違いだと言い聞かせるが先程見入ってしまっていたジェイドの熱を帯びた視線を思い出したユウは全身を駆けた悪寒にぶるぶる震える。
そして顔を青ざめさせたユウは地面に崩れ、倒れると自分はノーマルだと声を上げて咽び泣いた。
「ジェイド先輩もノーマルだろうけどな」
ジェイドが好きなのはあくまでも女体であるユウなのだろう。
そう考えると朝のジェイドの奇行には説明がつくとエースは腕を組み頷く。
「俺も可愛い女の子が良い!!!」
あんな身長が190センチもある大きな男と恋仲など絶対に嫌だとユウは地面を叩いた。
「そうは言ってもな」
「こればかりは僕達にもどうする事も出来ない」
先程はエースからユウの尻が危ないという事で焦り動いた二人であるが惚れた腫れたの話はそもそも当人達の問題であり第三者が口出し出来るものではない。
「ここはユウがきっぱりジェイド先輩を振るしかないっしょ」
「やはりそれが一番良いだろうな」
「先輩とはお付き合い出来ません、で通じると思う?」
ユウの問いにエースとデュースは顔を見合わせた。
「拒否し続けたらいつかは諦めるんじゃないか?」
「根気よく続ければその内諦めるって!」
二人の返答にユウは泣いた。
地面に蹲りおいおい泣くユウにかける慰めの言葉が見つからず困り果てたエースとデュースは漸く目を覚ましたグリムを抱えその場から離れる事にした。
「ふなっ?!子分が泣いてるんだゾ」
慰めなくて良いのかというグリムの問いにエース達は首を横へと振り今はそっとしておいてやろうと答えた。
ユウはどうして自分がこんな目に、と嘆いた。
思えば生まれてこの方異性とは縁がなく、水を被ると女になるというふざけた体質になってからは街に出ても声をかけてくるのは野郎ばかりで何度か危ない目も見た。
しかしこの世界に来てみれば単純に性別が女子というだけでは到底足元にも及ばない様な美少女美人面の者が多くいて、平凡な顔の自分は以前の様に同性に迫られる何て事はないと思っていた。
だから女の姿で学園に出て来たというのによりにもよって己が一番苦手な人物に好意を寄せられなくてはならないのかとユウは嘆く。
「あれー君、こんな所でどうしたの?」
「今、人生に悲観してるんだよ。見て分かれ」
そしてさっさと去ね、と背後からの声にユウは応えた。
「でも俺達、君にちょっと用があるんだよね」
肩を掴まれ無理矢理に振り向かされたユウは抵抗しようとしたが口元を布か何かで押さえ込まれると自身の意識が遠のき身体が重くなるのを感じた。
「だから言ったじゃん?馬に蹴られるって」
まあその前にジェイドに殺されるのがオチだけど、と言ったフロイドの目の前ではエースがジェイドに胸倉を掴まれている所だった。
「ジェイドも脅す位にしとけよ。カニちゃん達に手を出したら小エビちゃんに嫌われるから止めておこうって言ったのジェイドじゃん」
「そうですね。ですがやはり今後一切、僕とユウさんの仲を邪魔しないとお約束いただけなければ僕の気はすみません」
「面倒くせぇな〜だってカニちゃん。さっさとジェイドの言う通り宣言したら?」
すればすぐにでも解放されると笑い囁くフロイドにエースは胸倉を掴まれ息苦しさに喘ぎながらも笑った。
「二人の仲も何もユウは嫌がってましたけど?」
「そうだゾ!子分は泣いてたんだゾ!」
エースとグリムの言葉に僅かであるがジェイドの力が緩んだ。
その隙を使い、ジェイドの手から逃れたエースはそのまま床に倒れ咳き込む。
「・・・そもそもユウにちゃんと先輩の気持ちを伝えたんですか?アイツは先輩が自分に気があるって聞いて酷く驚いてましたけど」
「そんな事はありません。だってユウさんは僕の求愛に応えてくれました」
「え、マジ?やったじゃんジェイド」
思わぬ片割れからの報告に無邪気に喜ぶフロイド。
対してエースな怪訝な顔をしていた。
「ジェイドと小エビちゃんが番になったって事は小エビちゃんもオレと兄弟か〜」
「いや、ちょっと待って下さいよ!おかしいですって!」
感慨深く漏らしたフロイドと、自分とユウの事を喜ぶ片割れに機嫌をよくさせたジェイドにエースは話がおかしいと叫んだ。
「大変だ!!!」
そこにユウの様子を見に行っていたデュースが息を切らしながらやってきた。
そのただ事ではない様子にエースが尋ねればデュースは震える手で一通の手紙を差し出す。
「ユウが泣いた場所に姿がなくて代わりにこの手紙が」
その手紙はジェイド宛であった。
手紙はジェイドに対しこれまでの恨みつらみがびっしりと書かれていた。
そして手紙にはユウを連れ去った旨も書かれており、返してほしくば所定の時間場所にジェイド一人で来るようにと書かれている。
「ユウはジェイド先輩を誘い出す為の餌って訳か」
「決闘の為に無関係なダチを攫うなんて許さねぇ」
冷静に状況を把握するエースに対してデュースはメラメラと相手の卑怯さ、マブダチの誘拐に怒りで燃えていた。
「どうするジェイド、オレも付いて行こっか?」
「ダチが拐われたんだ。俺も付いて行きます!」
手紙から相手は一人でなく複数と思われ、ユウという人質もいる事から加勢しようか尋ねるフロイドと付いていく気満々のデュースにジェイドは笑みを浮かべて断った。
「彼等は僕を所望している様ですし僕は一人で行きます」
「けど流石に先輩一人じゃ危なくないっすか?」
ジェイドの実力を知るエースであるが、多勢の敵に単身で挑むのは無謀だと反対した。
手紙に書かれた恨み事からして彼等のジェイドに対する恨みは凄まじく、向こうが一体どの様な策を練っているかも分からない。
ならばやはりここにいる皆で行くべきだと言うエースにそれでもジェイドは笑い、加勢は必要ないのだと言った。
「僕は今、非常に機嫌が悪い。それこそ人一人殺してしまいそうな程に」
怒りのあまり強力な攻撃魔法を誤ってぶつけてしまっても構わないのならば、とまで言った所でエース達は首を横に振りこれまでの発言を撤回した。
「ユウの事頼みます」
「よろしくお願いします!」
ユウは気付くと何度か訪れた事のある講堂にいた。
身体は椅子に座らされ、縄か何かで縛ってあるのか身動きは取れない。
「お、どうやらお姫様がお目覚めの様だぜ」
目の前にいた沢山の生徒の内の一人が目覚めたユウに気付いて下卑た笑みを浮かべて言った。
その彼に同調して同じ様な笑みを浮かべた彼等にユウは自分が何処ぞのピーチな姫と似た状況に陥っている事を悟る。
「姫は止めてくれ。俺は男だ」
今は身体が女であるが心は変わらず男である為姫と形容されるのは些かどころかかなり寒く感じられた。
「けどよ、お前。あのジェイドの為に性別を変えたんだろ」
「はぁ?!」
その言葉にユウは表情を歪め、身を乗り出すが拘束されている為椅子がガタガタという音が虚しく鳴る。
「あんな男の為に性別変えるなんて余程惚れてるんだな」
「ジェイドの奴も人前でキスしようとしてたらしいからかなりこいつに入れ込んでるぜ」
「はぁぁぁっ?!」
彼等の口から次々に語られる言葉にユウは怒り、そして強烈な心的外傷によりだんだんと具合を悪くさせた。
「止めろ、止めて下さい。俺はノーマルだ。断じて男色の趣味はない。ましてやジェイド先輩が相手なんて想像しただけで無理だ」
今にも具合の悪さに吐き出しそうなユウの様子にそれまで笑って話していた彼等は頭を傾げた。
「お前、ジェイドの恋人じゃないのかよ」
照れ隠しにしては顔色の悪いユウに尋ねればユウは力なく首を振るい否定する。
「止めてくれ。俺は男に興味はない。俺は女の子が好きなんだ」
譫言の様に呟くユウに彼等はどういう事だと騒ついた。
その騒つきはその場にいた全員に広がり、皆が動揺した。
そこへ彼はやって来た。
指定された講堂へ指定の時間、より十分程早くやってきたジェイドは入って来るなり一切の躊躇いなく魔法を放った。
彼等は一人で来たジェイドに慌てて応戦するが先程の動揺が後を引いており上手く魔法が放てない。
対して動揺どころか相手を殺す事も厭わないジェイドの魔法の威力は凄まじく、あれよあれよという間に彼等は倒される。
「僕の大切な番に手を出した事に後悔してください」
そしてとうとう最後一人も倒された。
その呆気ない幕引き、ジェイドの圧倒的な力で進められた戦いを青白い顔で見ていたユウ。
ユウに気付いたジェイドはすぐさま側へと駆け寄り拘束していた縄を切ると身体を引き寄せ抱き締めた。
「攫われて一人、不安だったでしょう。お可哀想に」
大丈夫だとか、これからは自分がユウを守ると好き勝手に喋り、力いっぱい抱き締めるジェイドの力にユウは喘いだ。
しかし抵抗する気力はない。
ぐったりとジェイドに凭れかかったユウは床に倒れる一人と目が合った。
「やっぱり恋人じゃないか」
騙しやがって、とユウに対し恨み事を吐く男であったがジェイドの放った魔法によりとどめを刺された。
同じく男の言葉にとどめを刺されて身動き一つしないユウを抱き直したジェイドはじっと暫く見つめ、そして口付けをした。
「貴女が無事で本当に良かった」
互いの唇が離れ、漸く安堵を得た表情のジェイドを見つめて今己の身に何が起こったのかユウは考えた。
しかし思考に潜るより先にジェイドは再びユウの唇に己の唇を重ねる。
先程より深く長い口付けを受けたユウはこの様な場合の息の仕方を知る訳がなく、酸欠になり、そして意識を失った。
「うぅっ」
目を覚ましたユウは講堂ではなくオンボロ寮の自室、ベットの上にいた。
側には花やお菓子、それに何やら愛らしい包みが幾つも積み上がっている。
それに何事かと思ったユウは丁度帰ってきたグリムに尋ねた。
するとグリムは苦虫を噛み潰したかの様な顔をする。
「殆どアイツからなんだゾ」
ベッドの側に積み上げられたそれは見舞いの品で、エースやデュース達からの贈り物もあったがその山形に積み上がる殆どがジェイドからの贈り物なのだとグリムは教えてくれた。
「こんなに贈り物を貰う理由がないんだけど」
そこでユウは何やらジェイドにまつわるとばっちりで迷惑を被った様な記憶が過ったがそれにしても些かジェイドからの贈り物の量は異常であった。
「番への贈り物に制限なんてないってアイツは言ってたんだゾ」
「番?誰と誰が」
グリムはユウを指差し、話の流れからジェイドとユウ以外にないだろうと言ったグリム。
そしてグリムは今や学園は二人が恋人になった事で持ちきりだとも話した。
「うっ!!!」
それを聞いてこれまで閉じていた忌まわしい記憶の蓋が開いた。
ジェイドに己の唇のファーストもセカンドも奪われた事を思い出したユウはショックで白目を剥き、泡を吹いてベッドへと倒れた。
沈みゆく意識の水底で懸命に己を呼ぶグリムの声を聞いたユウはその後三日三晩魘されながら寝込んだ。
監督生
姉のお茶目で水を被ると女になるふざけた体質に、それ以降何故か同性に迫られるような事が増えて参っている。そしてとうとう自分の知らぬ間にジェイドの恋人と周知された結果、精神的疲労に限界を迎えてダウンした。
ジェイド
珊瑚の海で対峙した際に女体の監督生に一目惚れした。女体監督生強火過激派である為彼女に近寄る虫は許せないし同一人物とはいえ男体監督生も許せない拗らせ人魚。