twst短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
吹き抜けの渡り廊下に木枯らしが吹き込む。
庭の木は紅や橙に色付き、風にはらりと落ちる季節。
肌寒く、景色の色に鮮やかさが徐々にではあるが失われていく。
少しばかり寂しい季節ではあるけれど学園内は賑やかに盛り上がっていた。
元の世界でも親しまれたハロウィーンがこの異世界でも行われる事を知ったのはつい先日のホームルームであった。
そのハロウィーンでは各寮で決めたテーマの衣装に着替え、飾り付けを行うという事で学園中が衣装や寮内の飾り付けの準備に盛り上がっていた。
「皆、楽しそう」
合同授業の帰り、仲の良い同級生達と廊下を歩いていたユウは廊下を忙しなく駆ける生徒を見てふふっと笑みを零した。
そんなユウにエース草臥れた様子で反論する。
「全然楽しくねぇから!」
曰くテーマの決定だけでも寮内はかなり揉めに揉めたらしくその後も衣装のデザインに採寸、それと並行して寮内の飾り付けの準備とかなり忙しいらしい。
それでも授業や部活は勿論、寮内で行われるティーパーティーも変わらずあるためハーツラビュルのエースとデュースは疲れに疲れていた。
そんな二人の肩を叩き労りの言葉をかけたユウは他の寮もこんな感じなのかと尋ねればエペルは首を横へと振るう。
「僕の所はエースクン達の寮みたいに寮内のイベントは少ないからそうでもないかな。けど衣装決めは凄く大変」
困り顔でそう零したエペル。
彼の小さな口から漏らされた溜息にユウにエースとデュースはその理由が分かった気がした。
「ヴィルサンが衣装は勿論メイクにも拘っちゃて準備が全然進まないんだ」
想像通りの理由に誰も驚いたりしない。
しかしエペルの表情は何時もよりかは晴れていた。
「今回うちの寮はかっこいい感じ何だよ!」
まだ確定では無いが自分の衣装にレースは一切ないのだと嬉し気に話すエペルに誰もが良かったなと声をかける。
「だが我がディアソムニア寮の衣装も素晴らしい!!」
周りの目も憚らず突然大きな声を上げたセベクに皆は思わず目を閉じた。
セベクの隣を歩いていたジャックと真後ろからまともにセベクの声を受けたグリムは特にダメージを受けたらしく耳を押さえている。
「セベク、頼むから急に大きな声を出すのは止めてくれ」
「オマエの所為で耳がキーンってするんだゾ」
「む。それはすまない」
素直に一人と一匹に謝りを入れたセベクにユウはディアソムニア寮の衣装はどんな物なのか尋ねた。
「我がディアソムニア寮の衣装は東方のドラゴンをモチーフにした衣装だ!」
胸を張り誇らし気に答えるセベク。
この世界の東方と聞いてユウは魔法史で見たオリエンタルチックな国を頭に浮かべた。
セベク的には衣装の至る所に散りばめられた鱗や角の意匠がお気に入りらしくその説明を始めは真面目に聞いていた面々であるが話がお決まりの若様へ移り変わった所でデュースが慌ててジャックに話を振った。
「それでジャックの所はどんな衣装何だ」
「おい、まだ若様の素晴らしき衣装についての話が終わっていないぞ」
「まーまーセベク!今此処で全部話したら面白味がないだろ?!」
「むう、そうか?」
エースに宥められそうなのだろうかと向けられたセベクの視線にユウとグリム、エペルは頷く。
それで納得したセベクを見てジャックは口を開いた。
「うちはテーマは一応決まったが」
そこでジャックは口を閉ざして表情を顰めさせた。
その苦悶の表情に皆が何事かとジャックを見る。
「デザインはまだ決まってない」
仮の案すらも出来ていないというジャックに誰もが驚いた。
衣装が必要なハロウィーンまで日数はまだあるとはいえ、のんびりしている暇はない。
ディアソムニア寮は既に衣装が出来ているしハーツラビュル寮もそうである。
ポムフィオーレ寮はまだ細かな所は仮であるが大体のデザインは出来ていた。
というのにまだデザインが白紙というのはどういう事なのか、と皆が説明を求めればまあ、納得出来る話であった。
寮生の大半が体育会系を占めるサバナクロー寮はそもそもイベントに於ける衣装の重要性を見出さない生徒の方が多かったのである。
大半の寮生は衣装や飾り付けの準備に時間を取られる位なら準備は適当に、部活の練習やトレーニングに時間を割きたいというのが彼等の主張であった。
そんな彼等の代表が寮長のレオナで、彼曰く適当な服を着てそれに合ったテーマを後付けすれば良いだろうと言うことだった。
それに対するはラギーを先頭とした流石に衣装は必要だろうと言う少数派の者達で、何とかラギーの働きにより衣装のテーマは決まったらしい。
この後もラギーと共にレオナの重い尻を叩いてデザインを決めるのだというジャックに皆は労りの気持ちを込めて背を叩いた。
「想像より何処も大変なんだね」
「そういうユウの所はどうなんだ」
ジャックに尋ねられたユウは眉を少し下げて困った様に笑う。
「うちは寮生が私とグリムだけだし式典服でいいかな、なんて」
常に食費だけで財政が火の車なオンボロ寮はハロウィーンの衣装や飾り付けにさくお金はない。
グリム用の式典服は元からない為それだけはユウがお金を捻出し、手作りして一人と一匹それを着て参加する予定なのだと答える。
「殆ど着ない式典服だから制服よりは新鮮だろうし」
「俺様は衣装があるなら何でも良いんだゾ!」
特別な衣装などなくともユウとお揃いという事でご機嫌らしいグリムの頭をユウは撫でる。
そもそもユウはお祭りにしてもイベントにしても参加するより参加して楽しむ者達を見て楽しむ派であった。
何方かといえば参加して楽しみたい派であるグリムも式典服で納得している。
その為ユウ自身はハロウィーン用の衣装がなくても思う事は無かった。
あるといえばグリム用の式典服がハロウィーン迄に間に合うかである。
しかしそんなユウの胸の内を知らない彼等は愕然としていた。
皆が各々に自慢で揃いの衣装を着る中ユウは式典服。
想像すればそれがあまりにも不憫で可哀想であった。
しかし彼等一年生にはどうすれば良いのか考えが浮かばない。
ならば先輩達に相談しようと彼等は気付かぬ内に声に出さずと皆で同じ事を考えていた。
そしてここまでの 会話をたまたま物陰で聞いている者がいた。
「兄さん!兄さん!」
大変だと部室に飛び込んできた弟にイデアは驚いた。
らしからぬオルトの騒がしさにイデアと相対してボードゲームに耽っていたアズールも何事かと思わず握っていたサイコロを机へと落とす。
けれどその出たサイコロの目に誰もが構っていられない。
大変なんだと声を上げてイデアの服を掴み騒ぐオルトを二人は声をかけて宥める。
「落ち着いてオルト。一体何があったの」
「ユウさんが可哀想なんだよ!」
ユウの名前を聞いてアズールは眼鏡のブリッジを押し上げ、優しく丁寧にオルトへ話の詳細を促す。
オルトは促されるがまま廊下で聞いた話を二人に話した。
「まあ、想定内といえば想定内の話だね」
「オンボロ寮と言いますかユウさんとグリムさんの生活は学園長の支援に依存していますしこういったお金のかかるイベントは手持ちの衣装で済まそうというのは当然でしょう」
「皆新しい衣装を着てるのにユウさん達だけ式典服なんて可哀想だよ!兄さんお願い!何とかしてあげて!」
「何とかって言われても」
そもそも自分が手を差し出した所で相手に握り返してもらえるかも怪しいと語尾を小さくして呟くイデアであるがオルトにお願いだと懇願されてしまうと答えの選択技はYESのみとなる。
パーカーの襟に顔を埋めながらも小さく頷いて見せたイデアにオルトは両手を挙げて喜び抱き着いた。
「イデアさん、僕は用事を思い出しましたので今日の部活は此処で失礼します」
「ああ、うん。お疲れー」
自身の荷物を掴み忙しない足取りで出て行ったアズールを見てオルトは不安気な表情を浮かべる。
「アズール・アーシェングロットさん、急にどうしたんだろう。部活中なのに僕が騒いで気分を悪くしちゃったのかな?」
「アズール氏に限ってそんな事はないよ」
彼の言葉通り今まさに何物よりも優先すべき用事が出来たのだろうとイデアはオルトに言った。
そして何となくこの後の展開に予想が付いたイデアはオルトに尋ねる。
「さっきの話って僕達に話したのが初めて?」
イデアの問いにどうしてそんな事を聞くのか不思議がるオルトは首を横に振り、部室に来るまでに廊下で会ったスカラビア寮の寮長にも話した事を告げた。
エースとデュースから聞いた話に日頃からユウをハーツラビュルの寮生扱いしている彼等は大変だと騒ついた。
リドルは学園行事だというのにユウ達が有り合わせの式典服を着る事がそもそも気に入らない様子であったし、次いで何故自分達に相談しないのかとユウの水臭さにお冠であった。
トレイは流石に仮装する大勢の生徒の中で一人と一匹が式典服を着ているのは可哀想だと憐んでおり、リドル程ではないが一言相談してくれればと苦笑い。
そしてケイトの「だったらユウちゃんもうちと揃いの衣装を用意すれば良いんじゃない?」という提案に皆は盛り上がった。
写真は勿論映えるし、良い思い出にもなる。
エースもデュースもユウとグリムが自分達と揃いの衣装を着ると考えるだけでわくわくした。
後は寮長であるリドルの了承だけで、寮生達は挙ってリドルの顔色を伺う。
皆に注目されたリドルは口元に手を当て悩んでいた。
「ケイトの案は良いと思うがイベントの規則に抵触したりしていないだろうか」
「大丈夫だってリドルくん!そういう細かな規則はなかった筈だよ」
「確かに他寮同士が同じテーマの衣装を身に纏ってはいけないとは書かれていなかったな」
此処がナイトレイブンカレッジで、個々の我が強い生徒達が他寮生と仲良く揃いのテーマの衣装を揃えるとは思ってもみないための事だろうがトレイは敢えて言わなかった。
リドルは未だ納得しきれていない様であったが寮生、特にユウ達と同級である寮生達の視線に押されて決めた。
「そうだね。ユウもうちの寮生みたいなものだから、彼女達の分の衣装もハーツラビュルで面倒みようじゃないか」
折角楽しいイベントであるのだから楽しまなくてはそれこそルール違反だと言うリドルに寮生達は喜び沸いた。
そんな彼等を満足気に見渡すリドルにトレイは小声で話かける。
「実はそれ以外にも何か思惑があるんじゃないのか」
トレイの言葉に失礼だな、と返しながらもリドルは笑みを浮かべた。
「まあ、善意以外に何も思う事はないと言えば嘘になるね。近頃、ユウに馴れ馴れしい寮が目につく」
例えば、とリドルはオクタヴィネル寮の名前を挙げる。
「折角の機会だから此処でユウが何処の寮のものかはっきりさせておこうと思ってね」
他寮への牽制にもなるという思惑もあっての決定にトレイは反対する訳でもなく、「それは良い考えだ」と笑った。
ジャックの相談に一つの閃きを得たラギーはすぐ様レオナへと提案した。
「うちはテーマは決まってもデザインはまだ決まってないしついでにユウくんの衣装もうちで用意しません?」
ジャックの話とラギーの提案を一通り聞いたレオナは特に考える素振りもなく大きな欠伸をして勝手にしろと告げた。
あっさりと出た許しに喜び、胸を撫で下ろすジャックの横でラギーは計画通りとほくそ笑む。
レオナはただただハロウィーンの催しや準備が面倒臭く興味もない為ラギーはレオナがこの様な返答するのを分かっていた。
ラギーがそもそもまだ自寮の衣装デザインが決まっていないにも関わらず関係ないユウ達の衣装の面倒まで見ようと言うのには理由がある。
「という訳でオンボロ寮のユウくん達の衣装もうちが面倒を見る事になったんでさっさとデザインを決めるっスよ」
オンボロ寮のユウの衣装の面倒を見る事の許可がレオナから出た事を寮生達に告げれば寮生達は一様に騒つく。
始めこそは困惑であった。
何故自分達が、他寮の面倒を、といった声であったが次第に彼等が口にするのはユウの性別である。
彼等も年頃の男子らしく女子が気になるお年頃。
この学園がもし共学であるならば女子の愛らしい仮装に胸をときめかせ、自身の格好にも女子の目があるからと気にするのだが残念ながらこの学園は男子校。
彼等のやる気が出ないのはそういう理由もあった。
野郎ばかりの学園で仮装して何が楽しいのかという彼等であるがラギーの話を聞いてこの男子校である学園に特例で女子が一人だけいた事を思い出す。
その学園唯一の女子であるオンボロ寮のユウといえば顔は少し幼くも愛らしい造りであるが普段の彼女の格好は他の生徒と同じ制服をきっちり隙もなく着込んでいる。
そんなユウの衣装を自分達が用意するとなれば故意にユウに多少の露出ある、衣装も着て貰う事も可能なのではという事に気付いた彼等は見るからに騒つく。
そしてこれまで衣装のデザインに興味もやる気もなかった面々がやる気に燃える姿を見てラギーは微笑む。
これで難航していた衣装デザインが決まるとラギーは内心笑っていた。
その代償にユウの衣装に多少の露出が加えられる事があるかもしれないがこれも衣装の代金だと思ってユウに泣いてもらうおうとラギーは一人頷いた。
「あら良いわよ」
駄目元でお願いしたエペルはあっさり出たヴィルの了承の言葉に驚き目を瞬かせる。
そんなエペルの肩をルークは叩いた。
「だから言っただろう?一度ヴィルに相談してみると良いと」
確かにルークからヴィルへの相談を勧められて了承を得られた訳であるがまさかこんなにもあっさりと了承を得られるとは思わなかったエペルは驚きっぱなしであった。
口を開けたまま固まるエペルを注意して再び手元のデザイン案に視線を落としたヴィルはタイミングが良かったのだと告げる。
「如何しても後一人欲しかったのよ」
テーマにそって演劇をする訳ではないが個々に役を与えていたヴィル。
その役に沿って細かなデザインをしていたのだが何かが足りない。
しかしその足りないを埋め様にも寮生達はヴィルが良いと納得出来る役を既に決めていただけに今更誰かを別の役に変更するというのは難しかった。
そこにエペルのユウとグリムの衣装の面倒をうちで見る事は出来ないかという相談である。
始めこそはなぜポムフィオーレ寮がオンボロ寮の小じゃがと魔獣の衣装の面倒迄を見なければならないのかと思ったヴィルであるが唐突に閃いた。
ユウとグリムはヴィルが足りないと思っていた役に丁度良かったのである。
しかも求めていたイメージにユウの小じゃが具合は丁度良かった。
なんなら当日の衣装とメイク位で寮生の様に姿勢や表情の指導しなくていいのだ。
「衣装はうちで用意するから絶対にイベントの当日までお肌の状態をキープするよう伝えておきなさい」
ヴィルの言葉にエペルは「はい!寮長」と元気よく答えた。
セベクの相談に場の雰囲気は重苦しいものとなった。
話を一通り聞いて暫く黙っていたマレウスはリリアを見て今から衣装の追加は可能か尋ねる。
その言葉に表情を明るくさせたセベクもリリアを見て返答を待つ。
「一人と一匹分なれば可能じゃろう」
大丈夫だとリリアはウインク付きで答えた。
「ありがとうございます!若様!リリア様!」
さっそくこの事をユウ達に伝え様と立ち上がったセベクであるがそれをリリア引き止めた。
「まあ待てセベクよ。せっかくじゃ、此処はサプライズといこうではないか」
「サプライズ、ですか?」
側で話を聞いていたシルバーはおや?と思った。
此処までは順調であったがリリアのサプライズ発言に雲行きが怪しくなるのを感じる。
「せっかくじゃ。衣装をこちらで準備している事はユウ達には秘匿にし、前日にでも明かして驚かせてやろう」
「親父殿、流石にユウには話を通しておいた方が良いのでは」
行き違い等があっては大変だとシルバーは言うがリリアは大丈夫だろうと根拠なくも笑って言い切り、セベクもリリアが言うのであればとリリアの提案に乗り気である。
こうなってはマレウスしか頼れる者はいないとシルバーはマレウスへと視線を向けるが
「隠していた方がユウは喜ぶのか?」
「ないと思っていた分喜びもひとしおじゃろ」
「そうか」
既に間に合わなかった。
マレウスはユウに衣装を渡す役を与えられて張り切っている。
もうここまで来ては如何しようもないと諦めたシルバーはせめて自分の懸念が思い過ごしである事を切に願った。
「アズール何してんの?」
ラウンジの仕事が終わったきり部屋から出て来ないアズールを訪ねて部屋に入ったフロイドは机に向かって何か書き続けるアズールの手元を覗いた。
アズールはフロイドに気付いてすぐさま手元を隠そうとするがそれよりも先にフロイドの手が机の上の紙を拐う。
それはハロウィーンの衣裳と思わしきデザイン画であったが何やらおかしい。
それはどう見ても女性用のデザイン画であった。
「何?アズールこれを着るの」
「な訳ないだろう!!」
フロイドの発言にアズールは声を荒げた。
その騒ぎにラウンジの施錠を終えたジェイドが何事かとやってくる。
アズールはデザイン画がジェイドの手に渡ってはまた厄介だとフロイドの手からそれを奪い返そうとするがアズールの手が届く前にジェイドの手へとデザイン画は渡った。
渡されたデザイン画を見ておやおやと呟き微笑んだジェイドはアズールにデザイン画を返すと手を口元に添えて
「まさかアズールにその様な願望があったとは」
等と言うのでアズールは双子に怒った。
「長年側にいたのに貴方の願望に気付かず申し訳ありません」
「これは僕のじゃない!ユウさん用のデザイン案です!!」
「え?小エビちゃんも俺等と同じ格好をするの??」
何で何でとこれまでやりとりに飽きて二人の掛け合いを眺めていたフロイドは身を乗り出す。
その圧に圧されながらもアズールはボードゲーム部で聞いた話を双子に話した。
「えー小エビちゃんハロウィーンなのに式典服とか可哀想」
「成る程、それで慈悲に溢れる我が寮の長であるアズールが衣装製作を買って出たという訳ですね」
「まあ、そういう事です」
それで、と笑みを浮かべたジェイドはアズールに尋ねる。
「衣装の対価はどの様に請求なさるおつもりなんです」
「そうですね。ラウンジでの無料奉仕が妥当でしょう」
衣装代に対するお金はもちろん、貸し出せる能力のないユウが出せるものといえば肉体労働である。
それでも気持ち、ほんの気持ち短くした期間の労働での支払いで衣装提供する事をアズールは考えていた。
「それでユウさんは応じてくださるでしょうか」
「応じるだろ。周りが仮装をしている中自分だけ有り合わせ式典服何て僕なら耐えられない。それにもし渋ってもグリムさんが釣れれば自ずとユウさんも釣れますからね」
そう言ってアズールが見せたのはグリム用の衣装デザインであった。
アズールとジェイドが怪し気な笑みを浮かべる側でフロイドはラウンジで働くユウに自作の賄いを食べさせる事に胸を踊らせていた。
だって可哀想だろうと言うカリムにジャミルは頭を押さえていた。
寮に戻って来るなりオンボロ寮のユウとグリムの衣装を用意すると言い出したカリム。
訳を聞けば今回のハロウィーンでユウ達は金銭的な事情から衣装は用意せず式典服で参加するつもりらしい。
日頃から宴は楽しく賑やかにがモットーのカリムにはそれは一大事であった。
折角のハロウィーンだというのに一人と一匹だけ式典服等悲しく寂しい。
だったら彼女達もスカラビア寮と同じ衣装を着てイベントに参加すれば良いというのがカリムの案であった。
「別に構わないがデザインはカリムが考えろ」
「え、ジャミルが考えてくれないのか?!」
自身の衣装もジャミルに頼りっぱなしだった為そのつもりでいたカリムは困り果てた。
そんなカリムにジャミルはますます痛む頭を押さえて一から説明する。
「俺にそんな他寮の衣装迄面倒を見る余裕はない」
そうでなくても今回のスカラビアの衣装は服だけでなくボディペイントも必要となる為その指導をジャミルは寮生達にしなくてはならなかった。
他にも寮内の飾りつけに副寮長として、カリムの従者としてもやる事は沢山ある。
「分かった」
ジャミルに言われてしょぼしょぼと紙とペンを手に取るカリムを見てジャミルは溜息を吐いた。
スカラビア寮の衣装案も基本はカリムのアイデアをジャミルが添削したものなのでこのまま勝手にさせて大丈夫だろうとジャミルはカリムを置いて手を止めていた仕事に戻った。
「これは露出が多過ぎる」
「このアクセサリーの量じゃ動き辛い」
「背中は、まあこのぐらいなら大丈夫だろう」
カリムが懸命にユウに合うデザインを描いている間、側を通る度に言葉を零すジャミル。
出来上がったデザインにジャミルはカリムが一人でやり切った事を褒めたがカリムはあまり喜べなかった。
というのも出来上がったデザインは全てジャミルが側を通りがかる度に溢していた言葉を拾い、反映させたものでカリムの考えたデザインは名残すらも残っていなかった。
さっそくこれで衣装の製作を進めようと何時もより、心なしか楽し気に言うジャミルにカリムはおずおずと尋ねた。
「ジャミルはこういうのが好みなのか?」
イデアは自室に篭りパソコンに向かっていた。
オルトにお願いされた為、自分達で衣装を用意できないユウの代わりに自分が用意すると答えたイデアであるがもう別に自分が用意しなくても既に誰かが衣装を用意している様な気がしてならなかった。
「十中八九アズール氏の急用はそれであろうしな」
部活中のアズールの急ぎ具合からそうに違いないと一人頷くイデア。
しかしそれが確定した訳ではない。
その為ユウ達の衣装をイデアが用意するというオルトとの約束は継続している。
如何したものかとイデアは頭を抱えた。
別に衣装は無駄になっても良い。
イデアが気にしているのは本当にユウ達は衣装を用意するあてが無かった場合如何やって此方が用意した衣装をユウに渡すか悩んでいた。
そもそも自分の様な陰キャから突然ハロウィーンの衣装を渡されて向こうは気持ち悪がらないだろうか。
イデアの頭を駆け巡るのはそんな嫌な想像ばかりである。
「兄さん!見て見て!」
勢いよく部屋の扉を開けたオルトは嬉しそうに小さな記憶媒体を掲げて入ってきた。
「寮の人にユウさん達の衣装デザインを描いて貰ったんだ!」
少し前にやはりユウの衣装を用意するのは無理だと思ったイデアはオルトに技術的な問題で、自分に女性用の衣装デザインは出来ないから衣装の用意は間に合わないかもしれない話していた。
それに一度は納得して見せたオルトであるがデザインが得意な寮生を使う事で解決に導いたらしい。
弟の聡明さに涙ぐむイデアは内心別の意味でも泣きそうだった。
「僕もさっき見せてもらったんだけど凄く素敵なんだよ」
「そうなんだ」
早くイデアにも見て貰いたいオルトに急かされてイデアは自身のパソコンに記憶媒体を差し込みファイルを開いた。
「ほう、これはなかなか」
「ね!凄く素敵でしょ?」
描かれたデザインはイグニハイド寮共通のデザインと雰囲気が似通いながら何処かレトロゲームを彷彿させる様なクラシックなデザインであった。
「ユウさん喜んでくれるかな?」
イデアの横でパソコンを覗き込み微笑むオルトの頭の輪郭をイデアは撫でた。
「きっと喜んでくれるよ」
事情を聞いたオルトが勝手に用意したのだと説明すればユウも普通に喜ぶだろうとイデアはその時閃いた。
渡すのもオルトがすれば良いのだとも考えたイデアはさっそくオルトが用意した衣装の製作を進める。
しかしまさかこの後、オルトのメンテが立て込みイデア自身が直接オンボロ寮へ衣装を届ける羽目になるなどと思いもしていなかった。
ユウに対し衣装の件でサプライズしようと考えたのは何もディアソムニア寮だけではない。
いくつかの寮もサプライズを企て、ある寮は衣装やイベントの準備に追われて連絡を忘れていたりまた別の寮はそもそもまさか他に衣装を用意している寮がいるなどと思ってもおらず連絡を怠った結果、見事七寮全ての寮ともにユウへ対し衣装の連絡をしていなかったのである。
そうして各々、直々にユウ用のハロウィーン衣装を携えた各寮長達はオンボロ寮へと向かう道で遭遇した。
「何だお前ら?」
「それはこっちの台詞よ」
ラギーにイベント準備を手伝わないなら邪魔だ。
温室に行くならばついでにオンボロ寮に衣装を届けてきてくれとお使いを頼まれ不機嫌なレオナ。
そんなレオナに厳しく言葉を返したのは出来上がった衣装の着方と当日のメイク方法を説明に来たヴィルである。
「おや、レオナさんにヴィルさんこんな所で如何されたのです?」
少し大きな紙袋を携えたアズールは険悪とまでいかずとも穏やかとも言いづらい二人に声をかけた。
「俺はラギーに頼まれて草食動物に届けもんだ」
「あらレオナ、アンタ一人でお使いも出来たのね」
「ああっ?!」
「今のところ雨が降る様子はないですが」
二人からの嫌味にレオナは舌打ちをした。
ラギーに出来上がった衣装をユウに直接渡せば多少なりとユウもグリムもレオナを敬うかもしれないと言われてその気にはならなくとも玄関に置いておくかぐらいの気にはなったレオナであったが二人の嫌味にやる気は下がる一方である。
このまま二人の嫌味をまともに聞いていても仕方ないと二人を無視してレオナはさっさと歩き出す。
「先輩方!アズールも!」
そこへ小走りにリドルがやって来た。
やはり三人と同じく紙袋を手にしてである。四人揃って紙袋を持ちオンボロ寮へと向かう状況にレオナとヴィル、アズールは嫌な予感がした。
「リドルさんもオンボロ寮に何か用事ですか?」
「ああ、漸くユウに渡す衣装が出来てね。彼女を呼び出して寮でお披露目をしても良かったんだけど寮内はハロウィーンの準備で立て込んでいるし、トレイは僕が直接渡した方が良いと言うからこうしてオンボロ寮迄来たんだよ」
リドルの返答にアズールは頬を痙攣らせ、その側ではレオナとヴィルが頭を押さえている。
「それで先輩やアズール達は此処で何を」
「おーいみんなー!」
リドルの言葉を遮る声が空からした。
見上げれば空飛ぶ絨毯に何故かイデアを乗せたカリムがおり、絨毯は徐々に地上へ降りて来る。
カリムはいつもの快活な様で地面より少し浮いた絨毯から飛び降りると笑って話出した。
「聞いてくれよ。さっきそこでイデアにあってさ!そんな所で何をしているのか聞けばユウに衣装を届けに来たって言うんだ!」
カリムの発言にリドルは驚いた顔をした。
そしてアズールは車酔いならぬ空飛ぶ絨毯酔いでもしたのか口元を押さえ絨毯から降りたイデアを見て「貴方もですか。イデアさん」と顔を手で覆う。
「おっかしいよなー俺もユウに着て貰おうと思って衣装を届けに来たんだ。それでユウにどっちの衣装が良いか決めて貰おうって話になってさ」
「僕は一言も頷いてない。答えを聞く前に無理矢理絨毯に乗せられたんだ」
ボソボソと小声でカリムの発言を否定するイデアにカリムはそうだったかと頭を傾げ、まあ良いではないかと丸くなったイデアの背中を叩いた。
「それでみんなはこんな所でどうしたんだ?散歩か?」
「あ、いや、僕達は」
そこで言葉を止めたリドルは振り返りアズール、ヴィル、レオナを見た。
その三人の手には自分とよく似た、それこそハロウィーン用の衣装が収まっていそうなサイズの紙袋が握られている。
「まさか」
「そのまさかよ」
深々と溜息を吐いたヴィルは自分達もユウにハロウィーン用の衣装を渡す所なのだと告げた。
見事六つの寮が揃ってユウに衣装を用意していた事に誰もが呆然とする。
「こんな偶然ってあるんだな!」
唯一こんな状況であっても笑っているカリム。
「六つの寮がユウ用に衣装を用意してた訳だしもしかしたらマレウスも用意してたりして」
「マレウス先輩迄そんなまさか」
「流石にそれはないでしょうカリムさん」
カリムの言葉にないない、有り得ないと否定を入れるリドルとアズール。
しかしカリムの勢いに流されて何故か六つの寮長が揃ってオンボロ寮へ向かうとマレウスはいた。
「フラグ回収早過ぎでしょ」
既に二年生の三人の会話を聞いてフラグが立った事に気付いていたイデアであるが特に何か途中でバトルやイベントが起こる事もなくあっさりフラグが回収された状況に思わず呟かずにはおえなかった。
紙袋を抱えてオンボロ寮の扉を叩く訳でもなく辺りをうろうろするマレウスの姿は普段の生徒達から畏れられるマレウス・ドラコニアではなくただの不審者である。
「何してやがんだツノ野郎」
呆れた様子でマレウスへと声をかけたレオナであるがレオナ自身、その後ろにいた彼等もここまで来るとマレウスがどうしてオンボロ寮の敷地内にいるのかその目的は容易に見当がついていた。
「やっぱりマレウスもユウにハロウィーンの衣装を届けに来たのか?」
「ああ、そうだ」
朗らかに、けれど確信を突いて尋ねたカリムに一度は頷き答えたマレウスであるがカリムの言葉を改めて反復して自分と同じく紙袋を持つ彼等を見る。
「待てアジーム。僕も、とはどういう意味だ」
「草食動物に衣装を用意したのはお前だけじゃねぇって事だ」
察しが悪いとマレウスを嘲る様にレオナが言うので二人の間の雰囲気は最悪であった。
巻き込まれない様誰もが二人と距離を取る中、カリムだけはわざわざそんな二人側に進み出て陽気に話す。
「それで折角六つも衣装が揃ってるんだから一番良いのをユウに選んで貰おうと思ってな!」
「また勝手に話が進んでるし」
既に一度カリムのペースに流されたイデアは身を寄せていたアズールの後ろで小さく呟いた。
「何でカリムはあの二人の間で普通に話が出来るんだ」
「流石カリムさん、と言った所ですかね」
リドルとアズールは険悪な二人を前にしてもいつもの調子で話すカリムに呆れを通り越して最早尊敬の念を抱いている。
「そうね。さっさとユウに決めて貰いましょう」
自分も暇ではないのだと手を叩いたヴィルにやはりリドルとアズールはカリムに向けたのと同じ視線を向ける。
「ヴィル先輩も何時も通りだ」
「ヴィルさんの場合は同級生だからでしょう」
リドルとアズールがそんな事を話している間にカリムがオンボロ寮の玄関へと立つ。
そして扉を叩こうとした所、扉はカリムの手が触れるよりも前に開かれた。
「何やら外が騒がしいと思ったら皆さんでしたか」
扉を開けたのは学園長で、その彼の後ろにはご機嫌な様子のユウがいる。
「学園長はユウに用事か?」
「ええ、そうなんです。実はユウくんがハロウィーンに式典服で参加すると風の噂で聞きましてね」
「それで学園長がオンボロ寮用の仮装衣装を用意して持って来てくれたんです」
そう言って腕に抱えたそれをカリム達に見えるよう掲げたユウ。
その見覚えのある、何なら目の前の男が着る服に似たそれを彼等は凝視した。
「私は優しいですからね。ハロウィーンを有り合わせの服で済まそうとする生徒を放ってはおけません!」
声高らかに、芝居かかった様で言った学園長。
そんな彼に頭を下げ、お礼を言ったユウは固まったままの七人の寮長を見た。
「それで皆さんはどうしたんですか?ツノ太郎も一緒何て珍しいね」
学園長に用事だろうかと尋ねるユウに誰よりも早く我に帰ったカリムは自分達も衣装を用意した事を伝え様としたのだが
「そうなんだよ!今度のハロウィーンの事で学園長と打ち合わせでさ」
勝手に動き喋る己が口にカリムは内心驚く。
「おや、もうそんな時間でしたか。それではユウくん、私はこれで失礼します」
カリム言葉にすかさず続いた学園長はさっさとユウとの挨拶を済ますとオンボロ寮を出て扉を閉めた。
そしてオンボロ寮への立ち入りを阻む様に扉の前に立った学園長に皆の視線が集まった。
「どういうつもりだクロウリー」
「どうもこうも、どうせ皆さんの事ですからこのまま皆さんでオンボロ寮へと押しかけてハロウィーンには自分達の寮と揃いの衣装を着る様ユウくんに迫るおつもりだったのでしょう?」
そんなつもりはない、とは誰も言わなかった。
そもそもそんな簡単にも諦められるならいくらカリムのペースに流されたとはいえここにはおらず、忙しいハロウィーンの準備に戻っている筈である。
「可哀想ではありませんか。善意とはいえ皆さんから衣装を押し付けられてその中から一着を彼女は選べるのか?それこそやはり式典服でハロウィーンに参加すると言い出すのがオチですよ」
「だからと代わりに与えたあの衣装、些か趣味が悪いのではないか」
「そうね。美しさのかけらもないわ」
マレウスの言葉ヴィルが続き同意を示す。
二人からの言葉に学園長は失礼だと声を上げた。
「ユウくんは喜んでくれていましたよ!」
「それって所謂社交辞令って奴なんじゃ」
「何か言いましたかシュラウドくん」
小さなイデアの呟きを拾った学園長は鋭い視線をイデアへ向けた。
途端にイデアは突かれたイソギンチャクの如くアズールの背に身を隠してしまう。
「兎に角ユウくんには私から衣装を渡しておきましたのでこの件は諦めるように!!良いですね!!!」
そう彼等に釘を刺した学園長はすぐさま何人の立ち入りも許さぬ魔法をオンボロ寮に掛けた。
そして勢いよくその場から撤退する学園長を追う者、学園長の魔法を解除しようとする者で寮長達は二手に別れたが流石魔法士を育成をする学園の長である。
捕まえるどころか学園長は学園中を探しても見つからず、オンボロ寮を護る魔法は寮長達が首を揃えて解除を試みるも終ぞ解く事は叶わず、こうして知らぬ内に学園長が掛けた魔法の中で普段通り過ごし何時もと変わらぬ時間に眠りに付いたユウは楽しい楽しいハロウィーンを迎えるのであった。
監督生
お祭りは参加するより見て楽しむ派。衣装が無い?じゃあ式典服でもいっかとそれで済ます強靭な心の持ち主。
グリム
約束された勝利者。監督生が何を着ようと自分は監督生とお揃い確定なので我儘言わない。
各寮の皆さん
監督生に自寮の衣装を着て貰いたい。
学園長
各寮から提出された衣装デザインを確認してたら何故か監督生の衣装デザインがあって、それが余りにも目に余る(胸や足、尻の強調は当たり前で全体的に薄い、短い等デザイナーのフェチが窺える)内容だった為これは学園の風紀も監督生の貞操も危ういと先手打つ。
庭の木は紅や橙に色付き、風にはらりと落ちる季節。
肌寒く、景色の色に鮮やかさが徐々にではあるが失われていく。
少しばかり寂しい季節ではあるけれど学園内は賑やかに盛り上がっていた。
元の世界でも親しまれたハロウィーンがこの異世界でも行われる事を知ったのはつい先日のホームルームであった。
そのハロウィーンでは各寮で決めたテーマの衣装に着替え、飾り付けを行うという事で学園中が衣装や寮内の飾り付けの準備に盛り上がっていた。
「皆、楽しそう」
合同授業の帰り、仲の良い同級生達と廊下を歩いていたユウは廊下を忙しなく駆ける生徒を見てふふっと笑みを零した。
そんなユウにエース草臥れた様子で反論する。
「全然楽しくねぇから!」
曰くテーマの決定だけでも寮内はかなり揉めに揉めたらしくその後も衣装のデザインに採寸、それと並行して寮内の飾り付けの準備とかなり忙しいらしい。
それでも授業や部活は勿論、寮内で行われるティーパーティーも変わらずあるためハーツラビュルのエースとデュースは疲れに疲れていた。
そんな二人の肩を叩き労りの言葉をかけたユウは他の寮もこんな感じなのかと尋ねればエペルは首を横へと振るう。
「僕の所はエースクン達の寮みたいに寮内のイベントは少ないからそうでもないかな。けど衣装決めは凄く大変」
困り顔でそう零したエペル。
彼の小さな口から漏らされた溜息にユウにエースとデュースはその理由が分かった気がした。
「ヴィルサンが衣装は勿論メイクにも拘っちゃて準備が全然進まないんだ」
想像通りの理由に誰も驚いたりしない。
しかしエペルの表情は何時もよりかは晴れていた。
「今回うちの寮はかっこいい感じ何だよ!」
まだ確定では無いが自分の衣装にレースは一切ないのだと嬉し気に話すエペルに誰もが良かったなと声をかける。
「だが我がディアソムニア寮の衣装も素晴らしい!!」
周りの目も憚らず突然大きな声を上げたセベクに皆は思わず目を閉じた。
セベクの隣を歩いていたジャックと真後ろからまともにセベクの声を受けたグリムは特にダメージを受けたらしく耳を押さえている。
「セベク、頼むから急に大きな声を出すのは止めてくれ」
「オマエの所為で耳がキーンってするんだゾ」
「む。それはすまない」
素直に一人と一匹に謝りを入れたセベクにユウはディアソムニア寮の衣装はどんな物なのか尋ねた。
「我がディアソムニア寮の衣装は東方のドラゴンをモチーフにした衣装だ!」
胸を張り誇らし気に答えるセベク。
この世界の東方と聞いてユウは魔法史で見たオリエンタルチックな国を頭に浮かべた。
セベク的には衣装の至る所に散りばめられた鱗や角の意匠がお気に入りらしくその説明を始めは真面目に聞いていた面々であるが話がお決まりの若様へ移り変わった所でデュースが慌ててジャックに話を振った。
「それでジャックの所はどんな衣装何だ」
「おい、まだ若様の素晴らしき衣装についての話が終わっていないぞ」
「まーまーセベク!今此処で全部話したら面白味がないだろ?!」
「むう、そうか?」
エースに宥められそうなのだろうかと向けられたセベクの視線にユウとグリム、エペルは頷く。
それで納得したセベクを見てジャックは口を開いた。
「うちはテーマは一応決まったが」
そこでジャックは口を閉ざして表情を顰めさせた。
その苦悶の表情に皆が何事かとジャックを見る。
「デザインはまだ決まってない」
仮の案すらも出来ていないというジャックに誰もが驚いた。
衣装が必要なハロウィーンまで日数はまだあるとはいえ、のんびりしている暇はない。
ディアソムニア寮は既に衣装が出来ているしハーツラビュル寮もそうである。
ポムフィオーレ寮はまだ細かな所は仮であるが大体のデザインは出来ていた。
というのにまだデザインが白紙というのはどういう事なのか、と皆が説明を求めればまあ、納得出来る話であった。
寮生の大半が体育会系を占めるサバナクロー寮はそもそもイベントに於ける衣装の重要性を見出さない生徒の方が多かったのである。
大半の寮生は衣装や飾り付けの準備に時間を取られる位なら準備は適当に、部活の練習やトレーニングに時間を割きたいというのが彼等の主張であった。
そんな彼等の代表が寮長のレオナで、彼曰く適当な服を着てそれに合ったテーマを後付けすれば良いだろうと言うことだった。
それに対するはラギーを先頭とした流石に衣装は必要だろうと言う少数派の者達で、何とかラギーの働きにより衣装のテーマは決まったらしい。
この後もラギーと共にレオナの重い尻を叩いてデザインを決めるのだというジャックに皆は労りの気持ちを込めて背を叩いた。
「想像より何処も大変なんだね」
「そういうユウの所はどうなんだ」
ジャックに尋ねられたユウは眉を少し下げて困った様に笑う。
「うちは寮生が私とグリムだけだし式典服でいいかな、なんて」
常に食費だけで財政が火の車なオンボロ寮はハロウィーンの衣装や飾り付けにさくお金はない。
グリム用の式典服は元からない為それだけはユウがお金を捻出し、手作りして一人と一匹それを着て参加する予定なのだと答える。
「殆ど着ない式典服だから制服よりは新鮮だろうし」
「俺様は衣装があるなら何でも良いんだゾ!」
特別な衣装などなくともユウとお揃いという事でご機嫌らしいグリムの頭をユウは撫でる。
そもそもユウはお祭りにしてもイベントにしても参加するより参加して楽しむ者達を見て楽しむ派であった。
何方かといえば参加して楽しみたい派であるグリムも式典服で納得している。
その為ユウ自身はハロウィーン用の衣装がなくても思う事は無かった。
あるといえばグリム用の式典服がハロウィーン迄に間に合うかである。
しかしそんなユウの胸の内を知らない彼等は愕然としていた。
皆が各々に自慢で揃いの衣装を着る中ユウは式典服。
想像すればそれがあまりにも不憫で可哀想であった。
しかし彼等一年生にはどうすれば良いのか考えが浮かばない。
ならば先輩達に相談しようと彼等は気付かぬ内に声に出さずと皆で同じ事を考えていた。
そしてここまでの 会話をたまたま物陰で聞いている者がいた。
「兄さん!兄さん!」
大変だと部室に飛び込んできた弟にイデアは驚いた。
らしからぬオルトの騒がしさにイデアと相対してボードゲームに耽っていたアズールも何事かと思わず握っていたサイコロを机へと落とす。
けれどその出たサイコロの目に誰もが構っていられない。
大変なんだと声を上げてイデアの服を掴み騒ぐオルトを二人は声をかけて宥める。
「落ち着いてオルト。一体何があったの」
「ユウさんが可哀想なんだよ!」
ユウの名前を聞いてアズールは眼鏡のブリッジを押し上げ、優しく丁寧にオルトへ話の詳細を促す。
オルトは促されるがまま廊下で聞いた話を二人に話した。
「まあ、想定内といえば想定内の話だね」
「オンボロ寮と言いますかユウさんとグリムさんの生活は学園長の支援に依存していますしこういったお金のかかるイベントは手持ちの衣装で済まそうというのは当然でしょう」
「皆新しい衣装を着てるのにユウさん達だけ式典服なんて可哀想だよ!兄さんお願い!何とかしてあげて!」
「何とかって言われても」
そもそも自分が手を差し出した所で相手に握り返してもらえるかも怪しいと語尾を小さくして呟くイデアであるがオルトにお願いだと懇願されてしまうと答えの選択技はYESのみとなる。
パーカーの襟に顔を埋めながらも小さく頷いて見せたイデアにオルトは両手を挙げて喜び抱き着いた。
「イデアさん、僕は用事を思い出しましたので今日の部活は此処で失礼します」
「ああ、うん。お疲れー」
自身の荷物を掴み忙しない足取りで出て行ったアズールを見てオルトは不安気な表情を浮かべる。
「アズール・アーシェングロットさん、急にどうしたんだろう。部活中なのに僕が騒いで気分を悪くしちゃったのかな?」
「アズール氏に限ってそんな事はないよ」
彼の言葉通り今まさに何物よりも優先すべき用事が出来たのだろうとイデアはオルトに言った。
そして何となくこの後の展開に予想が付いたイデアはオルトに尋ねる。
「さっきの話って僕達に話したのが初めて?」
イデアの問いにどうしてそんな事を聞くのか不思議がるオルトは首を横に振り、部室に来るまでに廊下で会ったスカラビア寮の寮長にも話した事を告げた。
エースとデュースから聞いた話に日頃からユウをハーツラビュルの寮生扱いしている彼等は大変だと騒ついた。
リドルは学園行事だというのにユウ達が有り合わせの式典服を着る事がそもそも気に入らない様子であったし、次いで何故自分達に相談しないのかとユウの水臭さにお冠であった。
トレイは流石に仮装する大勢の生徒の中で一人と一匹が式典服を着ているのは可哀想だと憐んでおり、リドル程ではないが一言相談してくれればと苦笑い。
そしてケイトの「だったらユウちゃんもうちと揃いの衣装を用意すれば良いんじゃない?」という提案に皆は盛り上がった。
写真は勿論映えるし、良い思い出にもなる。
エースもデュースもユウとグリムが自分達と揃いの衣装を着ると考えるだけでわくわくした。
後は寮長であるリドルの了承だけで、寮生達は挙ってリドルの顔色を伺う。
皆に注目されたリドルは口元に手を当て悩んでいた。
「ケイトの案は良いと思うがイベントの規則に抵触したりしていないだろうか」
「大丈夫だってリドルくん!そういう細かな規則はなかった筈だよ」
「確かに他寮同士が同じテーマの衣装を身に纏ってはいけないとは書かれていなかったな」
此処がナイトレイブンカレッジで、個々の我が強い生徒達が他寮生と仲良く揃いのテーマの衣装を揃えるとは思ってもみないための事だろうがトレイは敢えて言わなかった。
リドルは未だ納得しきれていない様であったが寮生、特にユウ達と同級である寮生達の視線に押されて決めた。
「そうだね。ユウもうちの寮生みたいなものだから、彼女達の分の衣装もハーツラビュルで面倒みようじゃないか」
折角楽しいイベントであるのだから楽しまなくてはそれこそルール違反だと言うリドルに寮生達は喜び沸いた。
そんな彼等を満足気に見渡すリドルにトレイは小声で話かける。
「実はそれ以外にも何か思惑があるんじゃないのか」
トレイの言葉に失礼だな、と返しながらもリドルは笑みを浮かべた。
「まあ、善意以外に何も思う事はないと言えば嘘になるね。近頃、ユウに馴れ馴れしい寮が目につく」
例えば、とリドルはオクタヴィネル寮の名前を挙げる。
「折角の機会だから此処でユウが何処の寮のものかはっきりさせておこうと思ってね」
他寮への牽制にもなるという思惑もあっての決定にトレイは反対する訳でもなく、「それは良い考えだ」と笑った。
ジャックの相談に一つの閃きを得たラギーはすぐ様レオナへと提案した。
「うちはテーマは決まってもデザインはまだ決まってないしついでにユウくんの衣装もうちで用意しません?」
ジャックの話とラギーの提案を一通り聞いたレオナは特に考える素振りもなく大きな欠伸をして勝手にしろと告げた。
あっさりと出た許しに喜び、胸を撫で下ろすジャックの横でラギーは計画通りとほくそ笑む。
レオナはただただハロウィーンの催しや準備が面倒臭く興味もない為ラギーはレオナがこの様な返答するのを分かっていた。
ラギーがそもそもまだ自寮の衣装デザインが決まっていないにも関わらず関係ないユウ達の衣装の面倒まで見ようと言うのには理由がある。
「という訳でオンボロ寮のユウくん達の衣装もうちが面倒を見る事になったんでさっさとデザインを決めるっスよ」
オンボロ寮のユウの衣装の面倒を見る事の許可がレオナから出た事を寮生達に告げれば寮生達は一様に騒つく。
始めこそは困惑であった。
何故自分達が、他寮の面倒を、といった声であったが次第に彼等が口にするのはユウの性別である。
彼等も年頃の男子らしく女子が気になるお年頃。
この学園がもし共学であるならば女子の愛らしい仮装に胸をときめかせ、自身の格好にも女子の目があるからと気にするのだが残念ながらこの学園は男子校。
彼等のやる気が出ないのはそういう理由もあった。
野郎ばかりの学園で仮装して何が楽しいのかという彼等であるがラギーの話を聞いてこの男子校である学園に特例で女子が一人だけいた事を思い出す。
その学園唯一の女子であるオンボロ寮のユウといえば顔は少し幼くも愛らしい造りであるが普段の彼女の格好は他の生徒と同じ制服をきっちり隙もなく着込んでいる。
そんなユウの衣装を自分達が用意するとなれば故意にユウに多少の露出ある、衣装も着て貰う事も可能なのではという事に気付いた彼等は見るからに騒つく。
そしてこれまで衣装のデザインに興味もやる気もなかった面々がやる気に燃える姿を見てラギーは微笑む。
これで難航していた衣装デザインが決まるとラギーは内心笑っていた。
その代償にユウの衣装に多少の露出が加えられる事があるかもしれないがこれも衣装の代金だと思ってユウに泣いてもらうおうとラギーは一人頷いた。
「あら良いわよ」
駄目元でお願いしたエペルはあっさり出たヴィルの了承の言葉に驚き目を瞬かせる。
そんなエペルの肩をルークは叩いた。
「だから言っただろう?一度ヴィルに相談してみると良いと」
確かにルークからヴィルへの相談を勧められて了承を得られた訳であるがまさかこんなにもあっさりと了承を得られるとは思わなかったエペルは驚きっぱなしであった。
口を開けたまま固まるエペルを注意して再び手元のデザイン案に視線を落としたヴィルはタイミングが良かったのだと告げる。
「如何しても後一人欲しかったのよ」
テーマにそって演劇をする訳ではないが個々に役を与えていたヴィル。
その役に沿って細かなデザインをしていたのだが何かが足りない。
しかしその足りないを埋め様にも寮生達はヴィルが良いと納得出来る役を既に決めていただけに今更誰かを別の役に変更するというのは難しかった。
そこにエペルのユウとグリムの衣装の面倒をうちで見る事は出来ないかという相談である。
始めこそはなぜポムフィオーレ寮がオンボロ寮の小じゃがと魔獣の衣装の面倒迄を見なければならないのかと思ったヴィルであるが唐突に閃いた。
ユウとグリムはヴィルが足りないと思っていた役に丁度良かったのである。
しかも求めていたイメージにユウの小じゃが具合は丁度良かった。
なんなら当日の衣装とメイク位で寮生の様に姿勢や表情の指導しなくていいのだ。
「衣装はうちで用意するから絶対にイベントの当日までお肌の状態をキープするよう伝えておきなさい」
ヴィルの言葉にエペルは「はい!寮長」と元気よく答えた。
セベクの相談に場の雰囲気は重苦しいものとなった。
話を一通り聞いて暫く黙っていたマレウスはリリアを見て今から衣装の追加は可能か尋ねる。
その言葉に表情を明るくさせたセベクもリリアを見て返答を待つ。
「一人と一匹分なれば可能じゃろう」
大丈夫だとリリアはウインク付きで答えた。
「ありがとうございます!若様!リリア様!」
さっそくこの事をユウ達に伝え様と立ち上がったセベクであるがそれをリリア引き止めた。
「まあ待てセベクよ。せっかくじゃ、此処はサプライズといこうではないか」
「サプライズ、ですか?」
側で話を聞いていたシルバーはおや?と思った。
此処までは順調であったがリリアのサプライズ発言に雲行きが怪しくなるのを感じる。
「せっかくじゃ。衣装をこちらで準備している事はユウ達には秘匿にし、前日にでも明かして驚かせてやろう」
「親父殿、流石にユウには話を通しておいた方が良いのでは」
行き違い等があっては大変だとシルバーは言うがリリアは大丈夫だろうと根拠なくも笑って言い切り、セベクもリリアが言うのであればとリリアの提案に乗り気である。
こうなってはマレウスしか頼れる者はいないとシルバーはマレウスへと視線を向けるが
「隠していた方がユウは喜ぶのか?」
「ないと思っていた分喜びもひとしおじゃろ」
「そうか」
既に間に合わなかった。
マレウスはユウに衣装を渡す役を与えられて張り切っている。
もうここまで来ては如何しようもないと諦めたシルバーはせめて自分の懸念が思い過ごしである事を切に願った。
「アズール何してんの?」
ラウンジの仕事が終わったきり部屋から出て来ないアズールを訪ねて部屋に入ったフロイドは机に向かって何か書き続けるアズールの手元を覗いた。
アズールはフロイドに気付いてすぐさま手元を隠そうとするがそれよりも先にフロイドの手が机の上の紙を拐う。
それはハロウィーンの衣裳と思わしきデザイン画であったが何やらおかしい。
それはどう見ても女性用のデザイン画であった。
「何?アズールこれを着るの」
「な訳ないだろう!!」
フロイドの発言にアズールは声を荒げた。
その騒ぎにラウンジの施錠を終えたジェイドが何事かとやってくる。
アズールはデザイン画がジェイドの手に渡ってはまた厄介だとフロイドの手からそれを奪い返そうとするがアズールの手が届く前にジェイドの手へとデザイン画は渡った。
渡されたデザイン画を見ておやおやと呟き微笑んだジェイドはアズールにデザイン画を返すと手を口元に添えて
「まさかアズールにその様な願望があったとは」
等と言うのでアズールは双子に怒った。
「長年側にいたのに貴方の願望に気付かず申し訳ありません」
「これは僕のじゃない!ユウさん用のデザイン案です!!」
「え?小エビちゃんも俺等と同じ格好をするの??」
何で何でとこれまでやりとりに飽きて二人の掛け合いを眺めていたフロイドは身を乗り出す。
その圧に圧されながらもアズールはボードゲーム部で聞いた話を双子に話した。
「えー小エビちゃんハロウィーンなのに式典服とか可哀想」
「成る程、それで慈悲に溢れる我が寮の長であるアズールが衣装製作を買って出たという訳ですね」
「まあ、そういう事です」
それで、と笑みを浮かべたジェイドはアズールに尋ねる。
「衣装の対価はどの様に請求なさるおつもりなんです」
「そうですね。ラウンジでの無料奉仕が妥当でしょう」
衣装代に対するお金はもちろん、貸し出せる能力のないユウが出せるものといえば肉体労働である。
それでも気持ち、ほんの気持ち短くした期間の労働での支払いで衣装提供する事をアズールは考えていた。
「それでユウさんは応じてくださるでしょうか」
「応じるだろ。周りが仮装をしている中自分だけ有り合わせ式典服何て僕なら耐えられない。それにもし渋ってもグリムさんが釣れれば自ずとユウさんも釣れますからね」
そう言ってアズールが見せたのはグリム用の衣装デザインであった。
アズールとジェイドが怪し気な笑みを浮かべる側でフロイドはラウンジで働くユウに自作の賄いを食べさせる事に胸を踊らせていた。
だって可哀想だろうと言うカリムにジャミルは頭を押さえていた。
寮に戻って来るなりオンボロ寮のユウとグリムの衣装を用意すると言い出したカリム。
訳を聞けば今回のハロウィーンでユウ達は金銭的な事情から衣装は用意せず式典服で参加するつもりらしい。
日頃から宴は楽しく賑やかにがモットーのカリムにはそれは一大事であった。
折角のハロウィーンだというのに一人と一匹だけ式典服等悲しく寂しい。
だったら彼女達もスカラビア寮と同じ衣装を着てイベントに参加すれば良いというのがカリムの案であった。
「別に構わないがデザインはカリムが考えろ」
「え、ジャミルが考えてくれないのか?!」
自身の衣装もジャミルに頼りっぱなしだった為そのつもりでいたカリムは困り果てた。
そんなカリムにジャミルはますます痛む頭を押さえて一から説明する。
「俺にそんな他寮の衣装迄面倒を見る余裕はない」
そうでなくても今回のスカラビアの衣装は服だけでなくボディペイントも必要となる為その指導をジャミルは寮生達にしなくてはならなかった。
他にも寮内の飾りつけに副寮長として、カリムの従者としてもやる事は沢山ある。
「分かった」
ジャミルに言われてしょぼしょぼと紙とペンを手に取るカリムを見てジャミルは溜息を吐いた。
スカラビア寮の衣装案も基本はカリムのアイデアをジャミルが添削したものなのでこのまま勝手にさせて大丈夫だろうとジャミルはカリムを置いて手を止めていた仕事に戻った。
「これは露出が多過ぎる」
「このアクセサリーの量じゃ動き辛い」
「背中は、まあこのぐらいなら大丈夫だろう」
カリムが懸命にユウに合うデザインを描いている間、側を通る度に言葉を零すジャミル。
出来上がったデザインにジャミルはカリムが一人でやり切った事を褒めたがカリムはあまり喜べなかった。
というのも出来上がったデザインは全てジャミルが側を通りがかる度に溢していた言葉を拾い、反映させたものでカリムの考えたデザインは名残すらも残っていなかった。
さっそくこれで衣装の製作を進めようと何時もより、心なしか楽し気に言うジャミルにカリムはおずおずと尋ねた。
「ジャミルはこういうのが好みなのか?」
イデアは自室に篭りパソコンに向かっていた。
オルトにお願いされた為、自分達で衣装を用意できないユウの代わりに自分が用意すると答えたイデアであるがもう別に自分が用意しなくても既に誰かが衣装を用意している様な気がしてならなかった。
「十中八九アズール氏の急用はそれであろうしな」
部活中のアズールの急ぎ具合からそうに違いないと一人頷くイデア。
しかしそれが確定した訳ではない。
その為ユウ達の衣装をイデアが用意するというオルトとの約束は継続している。
如何したものかとイデアは頭を抱えた。
別に衣装は無駄になっても良い。
イデアが気にしているのは本当にユウ達は衣装を用意するあてが無かった場合如何やって此方が用意した衣装をユウに渡すか悩んでいた。
そもそも自分の様な陰キャから突然ハロウィーンの衣装を渡されて向こうは気持ち悪がらないだろうか。
イデアの頭を駆け巡るのはそんな嫌な想像ばかりである。
「兄さん!見て見て!」
勢いよく部屋の扉を開けたオルトは嬉しそうに小さな記憶媒体を掲げて入ってきた。
「寮の人にユウさん達の衣装デザインを描いて貰ったんだ!」
少し前にやはりユウの衣装を用意するのは無理だと思ったイデアはオルトに技術的な問題で、自分に女性用の衣装デザインは出来ないから衣装の用意は間に合わないかもしれない話していた。
それに一度は納得して見せたオルトであるがデザインが得意な寮生を使う事で解決に導いたらしい。
弟の聡明さに涙ぐむイデアは内心別の意味でも泣きそうだった。
「僕もさっき見せてもらったんだけど凄く素敵なんだよ」
「そうなんだ」
早くイデアにも見て貰いたいオルトに急かされてイデアは自身のパソコンに記憶媒体を差し込みファイルを開いた。
「ほう、これはなかなか」
「ね!凄く素敵でしょ?」
描かれたデザインはイグニハイド寮共通のデザインと雰囲気が似通いながら何処かレトロゲームを彷彿させる様なクラシックなデザインであった。
「ユウさん喜んでくれるかな?」
イデアの横でパソコンを覗き込み微笑むオルトの頭の輪郭をイデアは撫でた。
「きっと喜んでくれるよ」
事情を聞いたオルトが勝手に用意したのだと説明すればユウも普通に喜ぶだろうとイデアはその時閃いた。
渡すのもオルトがすれば良いのだとも考えたイデアはさっそくオルトが用意した衣装の製作を進める。
しかしまさかこの後、オルトのメンテが立て込みイデア自身が直接オンボロ寮へ衣装を届ける羽目になるなどと思いもしていなかった。
ユウに対し衣装の件でサプライズしようと考えたのは何もディアソムニア寮だけではない。
いくつかの寮もサプライズを企て、ある寮は衣装やイベントの準備に追われて連絡を忘れていたりまた別の寮はそもそもまさか他に衣装を用意している寮がいるなどと思ってもおらず連絡を怠った結果、見事七寮全ての寮ともにユウへ対し衣装の連絡をしていなかったのである。
そうして各々、直々にユウ用のハロウィーン衣装を携えた各寮長達はオンボロ寮へと向かう道で遭遇した。
「何だお前ら?」
「それはこっちの台詞よ」
ラギーにイベント準備を手伝わないなら邪魔だ。
温室に行くならばついでにオンボロ寮に衣装を届けてきてくれとお使いを頼まれ不機嫌なレオナ。
そんなレオナに厳しく言葉を返したのは出来上がった衣装の着方と当日のメイク方法を説明に来たヴィルである。
「おや、レオナさんにヴィルさんこんな所で如何されたのです?」
少し大きな紙袋を携えたアズールは険悪とまでいかずとも穏やかとも言いづらい二人に声をかけた。
「俺はラギーに頼まれて草食動物に届けもんだ」
「あらレオナ、アンタ一人でお使いも出来たのね」
「ああっ?!」
「今のところ雨が降る様子はないですが」
二人からの嫌味にレオナは舌打ちをした。
ラギーに出来上がった衣装をユウに直接渡せば多少なりとユウもグリムもレオナを敬うかもしれないと言われてその気にはならなくとも玄関に置いておくかぐらいの気にはなったレオナであったが二人の嫌味にやる気は下がる一方である。
このまま二人の嫌味をまともに聞いていても仕方ないと二人を無視してレオナはさっさと歩き出す。
「先輩方!アズールも!」
そこへ小走りにリドルがやって来た。
やはり三人と同じく紙袋を手にしてである。四人揃って紙袋を持ちオンボロ寮へと向かう状況にレオナとヴィル、アズールは嫌な予感がした。
「リドルさんもオンボロ寮に何か用事ですか?」
「ああ、漸くユウに渡す衣装が出来てね。彼女を呼び出して寮でお披露目をしても良かったんだけど寮内はハロウィーンの準備で立て込んでいるし、トレイは僕が直接渡した方が良いと言うからこうしてオンボロ寮迄来たんだよ」
リドルの返答にアズールは頬を痙攣らせ、その側ではレオナとヴィルが頭を押さえている。
「それで先輩やアズール達は此処で何を」
「おーいみんなー!」
リドルの言葉を遮る声が空からした。
見上げれば空飛ぶ絨毯に何故かイデアを乗せたカリムがおり、絨毯は徐々に地上へ降りて来る。
カリムはいつもの快活な様で地面より少し浮いた絨毯から飛び降りると笑って話出した。
「聞いてくれよ。さっきそこでイデアにあってさ!そんな所で何をしているのか聞けばユウに衣装を届けに来たって言うんだ!」
カリムの発言にリドルは驚いた顔をした。
そしてアズールは車酔いならぬ空飛ぶ絨毯酔いでもしたのか口元を押さえ絨毯から降りたイデアを見て「貴方もですか。イデアさん」と顔を手で覆う。
「おっかしいよなー俺もユウに着て貰おうと思って衣装を届けに来たんだ。それでユウにどっちの衣装が良いか決めて貰おうって話になってさ」
「僕は一言も頷いてない。答えを聞く前に無理矢理絨毯に乗せられたんだ」
ボソボソと小声でカリムの発言を否定するイデアにカリムはそうだったかと頭を傾げ、まあ良いではないかと丸くなったイデアの背中を叩いた。
「それでみんなはこんな所でどうしたんだ?散歩か?」
「あ、いや、僕達は」
そこで言葉を止めたリドルは振り返りアズール、ヴィル、レオナを見た。
その三人の手には自分とよく似た、それこそハロウィーン用の衣装が収まっていそうなサイズの紙袋が握られている。
「まさか」
「そのまさかよ」
深々と溜息を吐いたヴィルは自分達もユウにハロウィーン用の衣装を渡す所なのだと告げた。
見事六つの寮が揃ってユウに衣装を用意していた事に誰もが呆然とする。
「こんな偶然ってあるんだな!」
唯一こんな状況であっても笑っているカリム。
「六つの寮がユウ用に衣装を用意してた訳だしもしかしたらマレウスも用意してたりして」
「マレウス先輩迄そんなまさか」
「流石にそれはないでしょうカリムさん」
カリムの言葉にないない、有り得ないと否定を入れるリドルとアズール。
しかしカリムの勢いに流されて何故か六つの寮長が揃ってオンボロ寮へ向かうとマレウスはいた。
「フラグ回収早過ぎでしょ」
既に二年生の三人の会話を聞いてフラグが立った事に気付いていたイデアであるが特に何か途中でバトルやイベントが起こる事もなくあっさりフラグが回収された状況に思わず呟かずにはおえなかった。
紙袋を抱えてオンボロ寮の扉を叩く訳でもなく辺りをうろうろするマレウスの姿は普段の生徒達から畏れられるマレウス・ドラコニアではなくただの不審者である。
「何してやがんだツノ野郎」
呆れた様子でマレウスへと声をかけたレオナであるがレオナ自身、その後ろにいた彼等もここまで来るとマレウスがどうしてオンボロ寮の敷地内にいるのかその目的は容易に見当がついていた。
「やっぱりマレウスもユウにハロウィーンの衣装を届けに来たのか?」
「ああ、そうだ」
朗らかに、けれど確信を突いて尋ねたカリムに一度は頷き答えたマレウスであるがカリムの言葉を改めて反復して自分と同じく紙袋を持つ彼等を見る。
「待てアジーム。僕も、とはどういう意味だ」
「草食動物に衣装を用意したのはお前だけじゃねぇって事だ」
察しが悪いとマレウスを嘲る様にレオナが言うので二人の間の雰囲気は最悪であった。
巻き込まれない様誰もが二人と距離を取る中、カリムだけはわざわざそんな二人側に進み出て陽気に話す。
「それで折角六つも衣装が揃ってるんだから一番良いのをユウに選んで貰おうと思ってな!」
「また勝手に話が進んでるし」
既に一度カリムのペースに流されたイデアは身を寄せていたアズールの後ろで小さく呟いた。
「何でカリムはあの二人の間で普通に話が出来るんだ」
「流石カリムさん、と言った所ですかね」
リドルとアズールは険悪な二人を前にしてもいつもの調子で話すカリムに呆れを通り越して最早尊敬の念を抱いている。
「そうね。さっさとユウに決めて貰いましょう」
自分も暇ではないのだと手を叩いたヴィルにやはりリドルとアズールはカリムに向けたのと同じ視線を向ける。
「ヴィル先輩も何時も通りだ」
「ヴィルさんの場合は同級生だからでしょう」
リドルとアズールがそんな事を話している間にカリムがオンボロ寮の玄関へと立つ。
そして扉を叩こうとした所、扉はカリムの手が触れるよりも前に開かれた。
「何やら外が騒がしいと思ったら皆さんでしたか」
扉を開けたのは学園長で、その彼の後ろにはご機嫌な様子のユウがいる。
「学園長はユウに用事か?」
「ええ、そうなんです。実はユウくんがハロウィーンに式典服で参加すると風の噂で聞きましてね」
「それで学園長がオンボロ寮用の仮装衣装を用意して持って来てくれたんです」
そう言って腕に抱えたそれをカリム達に見えるよう掲げたユウ。
その見覚えのある、何なら目の前の男が着る服に似たそれを彼等は凝視した。
「私は優しいですからね。ハロウィーンを有り合わせの服で済まそうとする生徒を放ってはおけません!」
声高らかに、芝居かかった様で言った学園長。
そんな彼に頭を下げ、お礼を言ったユウは固まったままの七人の寮長を見た。
「それで皆さんはどうしたんですか?ツノ太郎も一緒何て珍しいね」
学園長に用事だろうかと尋ねるユウに誰よりも早く我に帰ったカリムは自分達も衣装を用意した事を伝え様としたのだが
「そうなんだよ!今度のハロウィーンの事で学園長と打ち合わせでさ」
勝手に動き喋る己が口にカリムは内心驚く。
「おや、もうそんな時間でしたか。それではユウくん、私はこれで失礼します」
カリム言葉にすかさず続いた学園長はさっさとユウとの挨拶を済ますとオンボロ寮を出て扉を閉めた。
そしてオンボロ寮への立ち入りを阻む様に扉の前に立った学園長に皆の視線が集まった。
「どういうつもりだクロウリー」
「どうもこうも、どうせ皆さんの事ですからこのまま皆さんでオンボロ寮へと押しかけてハロウィーンには自分達の寮と揃いの衣装を着る様ユウくんに迫るおつもりだったのでしょう?」
そんなつもりはない、とは誰も言わなかった。
そもそもそんな簡単にも諦められるならいくらカリムのペースに流されたとはいえここにはおらず、忙しいハロウィーンの準備に戻っている筈である。
「可哀想ではありませんか。善意とはいえ皆さんから衣装を押し付けられてその中から一着を彼女は選べるのか?それこそやはり式典服でハロウィーンに参加すると言い出すのがオチですよ」
「だからと代わりに与えたあの衣装、些か趣味が悪いのではないか」
「そうね。美しさのかけらもないわ」
マレウスの言葉ヴィルが続き同意を示す。
二人からの言葉に学園長は失礼だと声を上げた。
「ユウくんは喜んでくれていましたよ!」
「それって所謂社交辞令って奴なんじゃ」
「何か言いましたかシュラウドくん」
小さなイデアの呟きを拾った学園長は鋭い視線をイデアへ向けた。
途端にイデアは突かれたイソギンチャクの如くアズールの背に身を隠してしまう。
「兎に角ユウくんには私から衣装を渡しておきましたのでこの件は諦めるように!!良いですね!!!」
そう彼等に釘を刺した学園長はすぐさま何人の立ち入りも許さぬ魔法をオンボロ寮に掛けた。
そして勢いよくその場から撤退する学園長を追う者、学園長の魔法を解除しようとする者で寮長達は二手に別れたが流石魔法士を育成をする学園の長である。
捕まえるどころか学園長は学園中を探しても見つからず、オンボロ寮を護る魔法は寮長達が首を揃えて解除を試みるも終ぞ解く事は叶わず、こうして知らぬ内に学園長が掛けた魔法の中で普段通り過ごし何時もと変わらぬ時間に眠りに付いたユウは楽しい楽しいハロウィーンを迎えるのであった。
監督生
お祭りは参加するより見て楽しむ派。衣装が無い?じゃあ式典服でもいっかとそれで済ます強靭な心の持ち主。
グリム
約束された勝利者。監督生が何を着ようと自分は監督生とお揃い確定なので我儘言わない。
各寮の皆さん
監督生に自寮の衣装を着て貰いたい。
学園長
各寮から提出された衣装デザインを確認してたら何故か監督生の衣装デザインがあって、それが余りにも目に余る(胸や足、尻の強調は当たり前で全体的に薄い、短い等デザイナーのフェチが窺える)内容だった為これは学園の風紀も監督生の貞操も危ういと先手打つ。