twst短編
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少女は土蔵に閉じ込められていた。
拉致監禁等の犯罪の類ではない。
躾の一貫として土蔵で一晩を越す様にと言われた少女は父であり家長である男に命令された使用人達により土蔵へと押し込まれた。
押し込まれる間際に継母からは素直に謝れば取り成してやるとも言われたが、そもそも少女が「はい分かりました。ごめんなさい」と素直に言える子供であれば土蔵なぞに放り込まれる事は無かった。
少女は商家の家の娘であったが他の女子の様に大人や男の言う事に付き従う様な子供でなく、寧ろ跳ねっ返りのおてんば娘である。
「誰が謝るもんか」
私は悪くないと少女は暗闇の中、独りごちた。
事の発端は習い事の帰り道であった。
川沿いの土手道を歩いていれば犬の甲高い鳴き声が聞こえる。
威嚇交じりのその鳴き声に何事かと鳴き声が聞こえる橋の下まで行ってみれば見知った顔が仲間を連れて犬を取り囲んでいた。
弟であった。
継母によく似た顔の弟は仲間達と共に道場の帰りであろう竹刀を携えている。
側には蹲る犬がおり、彼等が犬を虐めていたのだと推察した少女は内心、腹を立てながらも穏便に事が済む様、至極丁寧な口調で犬を虐めるのを止める様に彼等へ言った。
しかし弟達は聞いているのかいないのか始終にやにやしている。
少女はその小馬鹿にした彼等の表情にますます腹を立てた。
犬がこっそりと隙をついて逃げ出そうとしたところ仲間の一人が犬の尻尾をめいいっぱい掴んで阻んだところで少女の堪忍袋の緒が切れる。
次に少女が気付いた時には右腕に犬を、左手に壊れた三味線を持って立っていた。
周りには地面に座り込み泣きべそをかく弟とその仲間達。
丁度そこへ出掛けた帰りであろう継母が現れた。
継母は我が子を抱き締めて暴力女と少女を罵り、少女が弟を殴った事を父親に訴えた。
父親は大切な跡継ぎの弟に怪我を負わせた少女をこれでもかと叱りつける。
継母は父親の横で頻りに息子への謝罪を求めていたが少女はそれを無視した。
自分は決して悪い事はしていない。
その一点張りであった。
そんな少女の態度に父親は業を煮やし、使用人を呼びつけると少女を「これ」呼ばわりして土蔵に放り込むように言う。
土蔵の中へと押し込められ、扉が閉められると辺りは真っ暗で、唯一の明かりは小さな小窓から差し込む月明かりのみであった。
その明かりを頼りに手探りで土蔵の中を移動した少女は積まれた葛籠を背に地面へと腰を下ろす。
ふと、少女は棚に置かれた鏡に気がついた。
少女の祖父が外国の商人から譲り受けたという西洋の手鏡は普段使いには小さく、派手な装飾が邪魔という理由で誰にも使われず祖父が亡くなって以来その姿を見なくなっていた鏡である。
こんな所にいたのかと、腰を上げた少女は鏡を手に取ると鏡面にこびりついた蜘蛛の巣を着物の袖で拭い磨いた。
本の一冊も持てずに土蔵に放り込まれた為、暇を持て余していた少女は暇潰しに丁度良いと胸元に入れていた手拭いを出して心ゆくまで鏡を磨いた。
すると鏡は鏡面の曇りも晴れ、小窓から差し込む月明かりを反射させてきらきらと輝く。
少女は首を傾げた。
一瞬ではあるが鏡面が波打った気がしたのだ。
しかし瞬きの間に鏡は先程と同じく空に浮かぶ満月を鏡は映している。
少女は気のせいかと磨き終えた鏡を元いた棚へと戻そうとした。
「そこに誰かいるのか」
突然の声に少女は振り返った。
しかし土蔵は少女の周辺を除いて暗闇しか無く、人のいる気配も感じられない。
少女は幻聴かと思った。
自分は知らずの内に暗い土蔵に恐怖を抱いて聞いてもいない声を聞いたつもりになったのだ。
そう思った少女は念のため、再度辺りを目視してやはり誰もいない事に安堵する。
思わず抱き締めていた鏡を離して今度こそ鏡を元の場所へと戻そうとした所、
「ああ、ようやく暗闇が晴れたか」
またしても声が聞こえた。
その出所が今度は少女にもはっきりと分かった。
少女は視線をゆっくり、ゆっくりと手にした鏡へ下ろすと鏡には見た事のない異国の少年が映っていた。
思わず飛び出した少女の大きな悲鳴を聞きつけて使用人が土蔵の壁越しに声をかけてきた。
何事か問う使用人に少女は何でも無いと答える。
暫くして遠ざかる足音に使用人が土蔵から離れたのを確認した少女は再度、視線を鏡へと落とした。
「人の子に叫ばれる事は多々あるが、此処まで色気のない叫び声は初めてだ」
暗に女の子らしく無いと言う異国の少年に少女は顔を顰める。
「はいはい。可愛い悲鳴一つも上げられなくてすみませんね」
今からでも可愛い声で叫びましょうか?と少女が鏡の少年に尋ねると少年は目を丸くした。
「何」
「いや、人の子よ。僕が怖くないのか?」
「怖くないよ。君、綺麗だもん」
少女が恐ろしいと思うのは地震雷火事親父、よりも三味線を教える師である。
元は有名な芸妓だったという彼女は芸事への熱意が凄まじく少しでも間違えると容赦なく手が飛び出す。
そこで少女は弟を張り倒した勢いで三味線を壊してしまった事を思い出した。
三味線の習い事は明日もある。
師匠からの折檻が確定した事に少女の背中は冷や汗が流れた。
少女の返答に納得がいかない様子の少年は少し屈んだ。
「ならこれを見ても同じ事が言えるかな」
試す様な口調であった。
少年が屈んだ事で映った黒光りする二本の角に少女が鬼かと驚くが少年はそもそも鬼を知らないらしく「鬼とはなんだ」と返されて緊張から一気に気が抜ける。
「鬼じゃ無いなら怖く無いよ」
「この角を見ても畏れないとはおかしな奴だ」
呆れたと言わんばかりの言葉であったが少年の表情は少し嬉しそうであった。
それから暫く話して分かったのは鏡を挟んだ彼方と此方は違う世界という事だった。
此方が薪を焚べて火を起こすのに対し彼方には魔法というものがあって、それが使える者ならば簡単に火が起こせるらしい。
「それでお前はどうしてそんな暗い所にいる」
「ただいま折檻の真っ最中」
そうであった事を思い出した少女は少年に今日起こった事を話した。
「成る程。しかしお前のどこに落ち度がある。喧嘩両成敗というのならその弟も別の場所に閉じ込められているのか?」
「弟は今、お布団の中で眠ってるんじゃないのかな」
何なら高鼾をかいているかもねと、皮肉交じりに少女が言えば少年は暫し思案顔をする。
「なら、呪ってやろうか」
「は?」
「短い時間ではあるが僕はお前と話して存外お前が気に入った。なんなら気分も良い」
「そのお礼に誰かを呪ってくれるって?」
少年は継母でも弟でも父親でも誰でも良いと言った。
「要らない」
「何と」
「別に呪う程は腹を立ててないし、まあ私もこてんぱんに殴り過ぎたし」
結果で言えば傷だらけの弟に対し少女は無傷であった。
「それに土蔵に入れられたお陰で君とお喋り出来て楽しいからね」
最早罰にすらなっていないと少女は笑う。
それに少年はそうかと微笑み返すだけであった。
それからまた暫く話をしていると少女が大きな欠伸をしたのを見て、少年は眠いのか尋ねた。
少女はうとうとしながら言葉になりきれていない返事をする。
「今日はお前と話せて楽しかった。しかし夜も遅い、もう休むがいい」
「うん、そうする。おやすみ」
下がる目蓋に狭まる視界、少女は目蓋が完全に落ちる間際に手拭いを下に床へと置いた鏡から何か光り輝く物が出てくるのを見た気がした。
「お前は呪いは要らないと言ったからな。これは僕からの祝福だ」
少女は目覚めると自宅の自室に寝ていた。
使用人に聞けば朝方、機嫌が治った父親から少女を部屋に戻すよう指示されたと言う。
いつもなら怒り出すと三日三晩続くのをよく知っているだけに少女は只々、父親の気の変わりように驚いた。
それが腑に落ちないまま身支度を整え、朝食を済ました少女は再び土蔵へと潜る。
物が無造作に置かれた土蔵を彷徨い目的の物を探す。
「あったあった」
使用人が戻したのか少女が触る前の位置に戻された鏡を手に取ると暫し鏡を見つめた。
しかし明瞭な鏡面には己の顔が映るばかりで何も起きない。
少女は目を覚ました時、昨晩の事は夢かと思った。
けれどあまりに鮮明であった為、夢だったとはっきり断ずる事も出来ず鏡向こうの少年へ呼び掛ける。
「あ、しまった」
鏡の中の少年の名を少女は知らなかった。
聞かなかったのではない。
夢か現か分からぬ記憶を遡れば自分が名乗った延長で少年の名を尋ねると彼ははぐらかして少女に己の事は好きに呼ぶように言ったのである。
その後少女は少年を君と呼んだが、姿の見えない相手を君と呼びかけるのは些かおかしな気がして少女は少年の渾名を考えた。
「ツノ太郎」
ツノが生えていたのと綺麗な顔をしていたが男の子だったので太郎。
我ながら安直かと思われたが手元の鏡が光り
「ツノ太郎とは僕の事か?」
「いや、反応するんかい」
まさか鏡に映った少年に少女は思わず突っ込んだ。
それから少年改め、ツノ太郎と少女の親交は続いた。
常に鏡越であったし、何故か少女が一人の時しかツノ太郎は現れなかったが彼が鏡に写る度にそれまでの事を話した。
話していて気付いたのは幼い見た目の割に喋る事がいちいち老成している事と成長しない事である。
その訳を尋ねればツノ太郎は妖精と呼ばれる種族で、その種族は外見がそれなりに年をとるまでにかなりの長い年月がかかるらしい。
今更ながらに「それ、妖怪の類じゃん」と少女は思ったし、再びツノ太郎は少女に「僕が怖いか?」と尋ねて来た。
「いや、まったく」
「お前はおかしな奴だな」
少女のすかさずの返答にツノ太郎は笑った。
鏡が繋げた異界の少女とのやりとりは存外、マレウスを楽しませた。
偶然繋がっただけに自由なやりとりはマレウスでも出来なかったが逆に偶にしか会えないのが良かったのかもしれない。
どうやら此方と彼方の時間の進みが異なるという事にマレウスが気付いたのはすぐであった。
妖精族と人の時間の歩みは違うにしても少女の成長は早いもので、鏡の気紛れか二日続けて少女の世界と繋がったかと思えば少女はマレウスに久しぶりと言った。
よくよく話を聞けばマレウスにとっては二日連続でも少女にとっては半年程間が空いていた。
異なる世界故の時差の様な物だろうとマレウスは一人納得した。
そんな事情から明らかに己が知る人間より早い成長を見せる少女。
少女は会う度に、アルバムを捲っているかの様に成長し続けた。
「私、好きな人がいるの」
鏡越にそう言った少女はもう少女と呼ぶにはにギリギリの年齢で、見た目も中身も大人の女性へと成長しつつあった。
それこそ会った当初の話題はやれ、誰と喧嘩した、誰かに剣術で勝ったなど決して女の子らしいと言い難い話題であったが、近頃の彼女といえばマレウスと話をしていても何処か気は遠くを向いていて、溜息も増えた。
成る程少女は恋をしていたのかとこれまでの少女の様子に合点がいく。
もう友人と遊ぶより恋に愛に忙しい彼女にマレウスは少しばかり寂しさを覚えた。
「この事は私とツノ太郎の秘密ね」
「僕とお前のか?」
「そう、二人だけの秘密」
何時もマレウスに畏れもなく純粋に笑いかける彼女の家は複雑である。
産みの母親を早くに亡くし、やって来た継母との折り合いは悪い。
継母と父親の間には家の跡継ぎとなる男子が生まれてからは父親との関係も微妙で、自分はこの家にとっていらない子なのだと何時ぞや彼女は何でも無い顔で言った。
よくある話であるが普段の彼女が天真爛漫であるだけに悲壮さは増していた。
机の上に置かれた鏡が光る。
鏡が淡く光るのは彼女の世界とマレウスの世界が繋がる合図で、それに気付いたマレウスは何時もの様に鏡の前に着席した。
霧が晴れる様に鏡面は覆っていた白い靄が失せていく。
珍しく鏡の前に彼女はいなかった。
誕生日の祝いに根気よく父親に強請って鏡を譲り受けた彼女は何時でも鏡が世界を繋げた事を気付ける様にと自室に置いていた。
その為、何時もであれば鏡面が晴れた時には鏡の向こうで待機している彼女の不在は初めての事で、マレウスは首を傾げる。
それに何やら鏡の向こうが騒がしい。
「ツノ太郎!」
息を乱し、荷物を抱えた彼女が鏡を覗き込む。
彼女は酷く慌てていて、何時もきっちりと纏めた髪は所々毛先が飛び出て乱れていた。
鏡の向こうの景色が動いたか思うと鏡面が真っ黒になる。
籠もったけれど近く聞こえる彼女の声に彼女が鏡を胸に抱いたのがわかった。
「あまり詳しく説明出来ないんだけどね」
「簡潔で構わない」
「私、彼と駆け落ちするの!」
彼、とは彼女が思いを寄せていた下働きの男である。
彼女の声は酷く弾んでいた。
近頃の話といえば父親が男との結婚を認めてくれないという嘆きであった。
落ち込んでいた彼女の久しぶりの元気な声にとうとう決心したのかとマレウスは納得した。
「まさかこの鏡も連れていくのか?」
「当たり前よ」
夫婦になる二人の所へ鏡越しとはいえ共に行くのを遠慮するマレウスであったが彼女は何でもなく言う。
しかしそれにしても彼女の背後が騒がしい。
訳を聞けば追われているのだと彼女はまたしても何でもなく言った。
何なら先程まで土蔵に閉じ込められていたと言う。
「お父さんが私を他の人と結婚させようとするから反抗したの」
後ろの騒がしいのはその父親が放った追手だと彼女は説明した。
追手と思わしき足音が叙々にであるが近付いている。
このままでは捕まるのも時間の問題、という所でマレウスは自分が追手を何とかするから鏡を追手へ投げるよう彼女に提案した。
「でもツノ太郎、そんな事をしたら鏡が」
「そんな事を言っていて良いのか?このまま追手に捕まれば間違いなくお前は望まぬ男と結婚する事になる」
彼女はそれでも渋ったがマレウスが懇々と言って聞かせた結果、彼女は唇を噛みしめ指示の通りに鏡を天高く放り上げた。
彼女の手により天高く上った鏡はそのままくるくると回転して落下する。
その最中に月が見えた。
彼女と出会った時、鏡越しに見たのと同じ丸く大きな月である。
「月が綺麗だ」
マレウスはそう呟き、微笑むと鏡に触れて魔法を放つ。
「贈り物を授けよう」
雲一つない月夜に大きな緑の稲妻が走った。
マレウスの放った強い攻撃魔法により異世界とを繋げていたマレウス側の鏡は外枠諸共粉々に砕ける。
これによりマレウスは彼女と会うことが出来なくなったがそれに後悔はない。
マレウスは魔法と共に彼女へも贈り物をした。
魔法でも何でもない。
愛した男と幸あらん事を、友人として彼女の幸せを願った。
それからマレウスは人には長いけど同族には短い時を過ごす。
茨の谷の王となるべく日々精進を重ねる途中、人の子も多く入学するナイトレイブンカレッジに入学して三年目を迎えたマレウスは散歩で立ち寄った廃墟同然の寮の庭で彼女を見かけた。
「まさかユウか?」
懐かしい姿であった。
最後に見た記憶より少しばかり幼く、髪型はマレウスの記憶と異なっていたが纏う雰囲気はユウに似ている。
ユウと呼ばれた少女は振り向くといつの間にかいたマレウスに驚き、ながらもまじまじと顔を見た。
「私達、何処かでお会いしましたか?」
マレウスはその言葉に動揺したがすぐに平静を保てるよう心を落ち着かせる。
その間も彼女はマレウスをじっと見つめた。
ユウとマレウスに呼ばれて反応した事から彼女の名前もユウであるようだが同じ名、同じ顔だというのにマレウスを知らない彼女に言いようのない寂しさを抱く。
ぶつぶつと角だとか瞳だとか独り言を呟き、思案した後に
「もしかしてツノ太郎さんですか?」
とても懐かしい名でマレウスを呼んだ。
ユウの家は何故か神棚に割れた鏡を置いている。
まるで雷にでも打たれたのか鏡面の殆どは割れており、所々黒く焼け焦げたお世辞にも綺麗と言い難い鏡。
それが我が物顔で、何なら神棚自体鏡の為に拵えたのかもしれない。
幼いユウは神棚を見上げて祖母に尋ねた。
「おばあちゃん、あれ何?」
「あれはね、ツノ太郎さんの鏡ですよ」
「ツノ太郎さん?変な名前」
幼いユウはまるで何かのキャラクターの様な名前にきゃらきゃら笑う。
「これこれ、ツノ太郎さんは家の守り神みたいな方何だから笑っては駄目よ」
そう嗜める祖母が語ったのは祖母の母、ユウにとっては曾祖母の話であった。
鏡の住人であるツノ太郎の不思議な力により実家の追手から逃れた曾祖母はその後共に駆け落ちした男と無事に結ばれて子宝に恵まれたのだという。
「私も、ユウも今ここにいるのはツノ太郎さんのおかげ何だからきちんとお礼を言いましょうね」
「うん!ツノ太郎さんありがとうございます!」
因みに神棚を拵えたのはユウの曾祖父である。
曾祖父は待ち合わせ場所になかなか来ない曾祖母の身を案じて迎えに来たところ追手を阻む様に地面へと落ちる緑色の稲妻を見た。
後から曾祖母の友達だというツノ太郎の存在を聞き、あの時に見た稲妻の迫力に畏れを抱いて忘れられずにいた曽祖父はそれ以降、曾祖母を前以上に大切にし、神棚を作るとそこに鏡を祀った。
曾祖母は一応止めた。
「だってツノ太郎はそういう特別扱いは拗ねそうだもの」
そう言って困った様に笑ったが何処よりも高い神棚ならばもう会えなくとも友達が見守ってくれている気がするとかで結局、曾祖父の気の済む様にさせたという。
目の前の少女が彼女の曾孫である事にも驚いたがそれ以上にいつの間にか異世界で自分が神の様な扱いをされている事に普段から畏れ敬われ慣れているマレウスも流石に困惑した。
対してユウは家がマレウスを守り神様の様な扱いをしていた割に再度マレウスの顔を覗いたりと割と自由である。
というのも曾祖母は娘息子にマレウスの事を語る際に神格化するのは勝手だが扱いは友人のそれ程度で、変に気を使わない、と言い含めていた。
あくまで自分の娘息子が偶然、ツノ太郎と会ったら、何て軽く思って言った事なのだが今やユウの家の家訓として曾孫であるユウに迄伝わっている。
その家訓に倣ったユウは畏れもなくマレウスの瞳の色を見て嬉しげに声を上げた。
「おばあちゃんの言った通り綺麗な萌黄色だ」
「目の色も伝わっているのか」
「うん、あとその鬼さんみたいなカッコいいその角の事も」
加えて美少年、二枚目、という事も伝わっている。
曾祖母からその娘息子経由で子孫に伝えられたツノ太郎エピソードによりマレウスはユウの家の女子の初恋をかなり盗んでいったのだが流石にそれは秘密にした。
「本当にツノ太郎さんはいたんだね。みんなに会わせてあげたいな」
特にツノ太郎に親子で初恋を奪われたという叔母と従姉妹に。
うろちょろとマレウスの周りを移動するユウにマレウスは何とも不思議な心地であった。
友人と会えなくなって暫く、学園で出会ったのが懐かしい友人に似た人の子で、それがまさかその友人の曾孫だと言う。
ユウの話の限り友人は長い旅に出てしまった様であるがこの奇縁にマレウスは感慨無量であった。
よくよく見るとユウは彼女に似ている様で似ていない、けれどそれでもどこか彼女に面影のあるユウをマレウスは愛おしく思えた。
しかしマレウスが抱いた愛おしさはどうやらかつて彼女に抱いた友愛とは違う。
それが一体どう言う愛なのか分からないマレウスは考えた。
愛おしさの正体を探る一方、マレウスの頭には曾孫という言葉がどうして離れない。
愛おしい、曾孫、愛らしい、孫
「そうか」
「ツノ太郎さん?」
何か納得した様なマレウスにユウは見上げて、首を傾げた。
「そのさん付けは止めろ。今から僕の事はツノ太郎と呼び捨てかおじいちゃんと呼ぶが良い」
「え、なんで?!」
突拍子のないマレウスの発言にユウは思わず仰け反る。
そんなユウをマレウスは易々と抱き上げると喜び歌うが如くくるくるとその場を周り、微笑んだ。
「今日から僕はお前のおじいちゃんだ」