twst短編
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色々あってフロイドはオンボロ寮の監督生であるユウの事が好きになった。
その時既に厄介な恋のライバルや自称保護者を名乗る者達がわんさかいたが、そんな彼等を蹴散らし、猛烈なるアピールの末にフロイドは見事ユウの彼氏となる事が出来た。
優しく穏やかなユウはフロイドの気紛れな性格に愛想を尽かす事なく、多少酷い事を言っても笑って済ましてくれる出来た恋人であった。
そんなユウであったからフロイドは心の何処かで油断していた。
ユウは何だかんだ最後には自分を許してくれるのだと思っていた。
それはちょっとした好奇心であった。
フロイドは自分に対し何でも微笑み許してくれるユウが怒る顔を見てみたくなった。
フロイドはさっそくわざと無茶振りをしたり、ユウの好物を横から掠め取ったり思いつく限りの事をした。
けれどユウは何に対しても「しょうがないですね」と笑って済ましてしまう。
最早、途中からフロイドは自暴自棄になっていた。
けれど何をしても上手くいかず、何ならユウから体調の心配迄されてしまう始末である。
フロイドはどうしたらユウが怒るのか考えた。
考えて、考えて、閃く。
「そうだ、浮気しよ」
その呟きを丁度、側で聞いていたジェイドはフロイドを見つめて微笑んでいた。
そのジェイドと仕事の話をしていたアズールにも勿論フロイドの呟きは聞こえており、顔を顰めてあからさまに引いている。
「ジェイド、お前の片割れが何やら馬鹿な事を言っていますがあのまま放っておいても良いのですか?」
「フロイドが楽しそうで何よりではないですか」
そう言ったジェイドの顔がこの後の展開に期待しているのは明らかであった。
止める気のないジェイドに溜息を吐くアズールであるが、彼自身もフロイドを止める気もない。
フロイドが油断していた様にジェイドもアズールも、何なら学園中の者達は皆、最近のフロイドとユウのやりとりもあって結局何だかんだユウは謝れば許してくれると思っていた。
なのでまさか後々、あんな事になるとは誰も予想出来ていなかった。
騒ぎの火種はフロイドのマジカメアカウントであった。
部活の遠征先と思われる他校の体育館でフロイドが見知らぬ女性から頬に口付けをされようとしている写真。
身体を互いに密着させて撮られた写真は何も知らぬ者が見れば仲の良い恋人同士の写真であるが事情を知る者から見ればそれは行き過ぎたスキンシップ、何なら浮気と思われてもおかしくはない写真であった。
そしてその写真が公開されると同時にフロイドが練習試合の終了後、その女性と出掛けたまま戻らなかったという話がマジカメを中心に出回り出した。
「とうとうやりやがりましたね」
フロイドが他校の女子生徒と浮気しているという話を寮生から聞いたアズールは呆れてフロイドを見る。
対して現在、学園で一番話題となっているフロイドはにこにこと笑っていた。
今度こそユウの怒る表情が見れるかもしれないと心を躍らせているのである。
「一応、確認しますが件の女性とは実際に何か致したりしたのですか」
「あ?何もしてねぇし。正直、小エビちゃんを怒らす為にあんな写真撮ったけど何もかも小エビちゃんと違い過ぎて気持ち悪いから気分は最悪だった」
話していてその時の事を思い出したらしく明らかに不機嫌になるフロイドにアズールは頭を押さえた。
「これほど一途な癖してどうしてあんなしょうもない事を考えるのか」
最早溜息しか出ないアズールの横でジェイドは面白可笑しそうに微笑んでいる。
その弓形に細められた視線の先にはフロイドが、もっと先にはユウがいた。
フロイドと同じく学園中で話題の人となっているユウが人混みを掻き分けてこちらへと歩いてくる。
誰もが修羅場だと固唾を飲みフロイドとユウを注視していた。
とうとう対面した二人。
フロイドはユウがマジカメの写真について一体どんな反応を示すのか胸を弾ます。
浮気という相手を裏切る行為にフロイドは怒られるのは勿論、泣いて頬を叩かれる位の覚悟は出来ていた。
「フロイド先輩、マジカメの写真と噂についてお聞きしてもいいですか?」
挨拶もそこそこに、やはりユウの話題はマジカメの写真と噂についてであった。
ユウが掲げて見せた液晶に移し出された写真と噂の真偽を問われる。
「小エビちゃんはもし噂が本当だったらどうする?」
目を細めて意地悪く告げたフロイドの言葉に聞き耳を立てていた周りは騒ついた。
フロイドの言葉は肯定でも否定でもなかったが周りとしては否定しない以上フロイドが浮気をしたという認識で固まる。
そして次に彼等野次馬が注目したのはユウであった。
恋人に裏切られて泣くのか、怒るのかその反応が注目されていた。
おかしいと思ったのは側で二人のやりとりを見ていたアズールである。
普段、感情豊かなユウの表情がここまで一切変わっていない。
恋人が浮気をしているかもしれないのだから不安や悲しみなど些細でも表情の変化はあってもいい筈なのにユウの表情は多少の冷たさはあれど無であった。
「そうですね」
フロイドの発言から漸く口を開いたユウにフロイドもおかしいと思い始めた。
自分の想像では既にここでユウが怒るなり泣くなりしている所なのだがユウの表情を見ていると背筋が少しではあるが冷たさを感じる。
「では、別れましょうか」
「へ?」
何でもない様に告げられたその言葉にフロイドは目を丸くした。
「フロイド先輩のお気持ちはよく分かりました。どうぞ新しい彼女さんと仲睦まじくお過ごし下さい」
それでは、と律儀に頭を下げてフロイドの前から退散しようとするユウの腕をフロイドは慌てて掴み引き留める。
「何ですか?リーチ先輩」
氷の様な冷たい眼差しのユウから他人行儀に呼ばれたフロイドは驚き硬直した。
フロイドがまるで氷漬けにでもなったかの様に固まっている間に腕を掴むフロイドの指を外したユウはそのまま一瞥もくれずその場を去った。
周りから穏やかな人間と称されるユウであるが、彼女がこの世で唯一許せないことがあった。
浮気である。
ユウの実の父親は酷い浮気性で、散々その浮気性に母親共々巻き込まれ苦労していたユウは他の事は許せても浮気だけはどうしても許せなかった。
本心としては浮気する者なぞ皆、潔く三途の川を渡ってくれと思っているのだが流石にそれは過激過ぎるので憎き存在を意識から切り離す迄に留めている。
「小エビちゃん」
「エース、この錬金術のレポートの提出に付き合ってくれる?」
「ねえ、小エビちゃん」
「別に、良いけど」
「小エビちゃん!」
その為ユウは連日、フロイドに付き纏わられていても無視を決め込んでいた。
真後ろで身長190センチ越えのフロイドがどれだけ声を上げてもユウは一切の反応を見せずに平静でいる。
声を掛けても反応をしないユウにだんだんと苛ついて見せるフロイドであるがつい先日、我慢出来ずにユウへ手を伸ばし、その伸ばした腕をユウに掴まれたフロイドはそのまま石畳の上へと背負い投げされかなり痛い目を見た為まだ今日は堪えていた。
しかし苛つきを越えてしょぼくれ出したフロイドを見かねたユウ達と同級の生徒が思わずフロイドへと助け船を出す。
「なあ、さっきからフロイド先輩がお前に用があるみたいだけど」
すると漸くユウはフロイドへと振り返る。
「どうされたんですか。リーチ先輩」
相変わらずユウの突き離す様な他人行儀な呼び方に胸を押さえたフロイド。
何とか浮気の話は己の自作自演である事を伝えようとするのだがユウが己を見る冷ややかな視線に戸惑い上手く言葉が発せられない。
それどころか今は肺呼吸をしている筈なのに人魚の姿で陸に上がった時の様な息苦しささえ感じる。
「あ、あのね。小エビちゃん」
「やっと別れ話を了承してくれる気になりましたか?」
冷めた物言いで再度告げられた別れ話に耐えきれずフロイドは胸を押さえてその場に倒れた。
「フロイド!!!」
「息をしてください!!」
受け身など一切なく真っ青な顔で直立不動に倒れたフロイドに物陰で二人の様子を伺っていたアズールとジェイドは飛び出し慌てて駆け寄る。
対してユウはそんなフロイドを見下ろすだけで話す事がないのならばとエースの腕を引きその場を後にした。
「ユウ、良いのかよ」
「何が」
「フロイド先輩、泡吹いてたけど」
「私には関係ない事だもの」
「まあ、そうだよな」
ユウ程ではないがエースのフロイドに対する態度も冷ややかであった。
普段であればおっかない部活の先輩として多少の敬いをもって接するエースであるが今のフロイドは大切な友達を傷付けた最低のクズ野郎である。
ユウが良いのなら別にフロイドが泡を吹いていようが気絶していようがエースはどうでも良かった。
そんな事があった後でもフロイドは根気強く昼休みも放課後もジェイドが迎えに来るまでユウに付き纏う。
対するユウもフロイドを無視続け、稀にフロイドへ反応したかと思うと別れ話を持ち出して会心の一撃与えていた。
周りはとても驚いた。
フロイドが途中で飽きたりせずユウとの関係修復に励んでいる事もだが、あのお人好しと思っていたユウが一切フロイドの謝罪どころか話にすら応じないのである。
これはユウも本気で怒っているのだと周りは理解した。
二人の破局は秒読みに違いないとこの事態に手放しで喜んだのは当初からフロイドとユウの交際を反対していたユウの保護者面の面々である。
とある寮長は寮生が規則を破っても三度目迄は首を刎ねず許してくれたし、とある寮長は見るからにご機嫌で誰に言われるでもなく授業に参加していた。
とある寮長は何時もと変わらず宴を催していたがその寮長の従者であり副寮長でもある男はいつになくご機嫌に料理を拵えていたし、とある寮長は憂いを帯びた溜息が各段に減り、とある寮長のちゃんねる系掲示板での切り返しは冴え渡っていた。
そしてとある寮長の寮ではここ連日、見事な迄のオーロラが観測されている。
彼等は二人の破局を望み、叶った暁には自分達が推す人物と傷心のユウとをくっつけ様と画策していた。
「アイツ未だいるんだゾ」
ここ最近嫌という程見ている頭を窓から捉えたグリムはユウにその事を伝えた。
ユウはそれに対し興味を示す訳でもなくスマホに届いていたメッセージに返信している。
ラウンジのシフトが入っていないというフロイドがオンボロ寮を訪ねて来たのは放課後の事だった。
フロイドに応対したのはユウに代理を頼まれたゴーストで、ゴーストはユウがフロイドの顔を見たくないと言っているとはっきり伝えたのだがフロイドはそれでも、と引き下がらずオンボロ寮の入り口に立っている。
今晩は遅くから雨という事でゴースト達はフロイド身を心配していたがユウは元が人魚だから大丈夫だろうと素っ気なく返した。
冷たい物言いであったがグリムもゴースト達もユウを咎めたりはしない。
正しくは出来なかった。
フロイドがマジカメに件の写真を上げた日、ユウが私室に篭って一人涙を零しているのを彼等は知っている。
何なら普段、明るく笑っているユウを泣かせたフロイドを許せない気持ちもあったが、それでもフロイドの心配をせずにもいられない。
ゴースト達はせめて雨が降る前にフロイドが自寮へ戻ってくれる事を願った。
予報通り、日付けが変わる前に雨は降り出した。
時計の針が天辺を越えた辺りから雨は勢いを増し、窓へと激しく打ち付ける。
喉の渇きを覚えて目を覚ましたユウはグリムを起こさぬ様静かにベッドを抜け出し厨房へと向かった。
蛇口を捻り、グラスに水を注ぐとユウはそれを一気に煽る。
喉を十分に潤したユウは再び眠ろうと厨房を出るがそこで足を止め、玄関を見つめた。
流石にこの雨の中フロイドがいるとは思えずユウはまさかと思った己の思考を振り払う。
再び歩みを進めたユウであるがすぐにそれを止めて玄関の扉へと向かった。
「戸締りを確認するだけ、そう、確認よ確認」
自分自身に言い訳をするユウは玄関前に置いていた植木の鉢はこの雨で無事だろうかと言い訳に言い訳を重ねて施錠の済んでいた鍵を外し、外の様子を窺った。
「まだいたんですね」
開けた扉とは反対側の扉に凭れて眠るフロイドの姿にユウは呆れて呟いた。
相変わらず外は強い雨が降っていると言うのによく眠れると感心したユウは見てしまった以上このままフロイドを放置する訳にもいかず肩を掴むとその大きな身体を揺さぶった。
「リーチ先輩、起きて下さい。こんな所で寝たら風邪をひきますよ」
「ん、あ?小エビちゃん??!」
揺さぶって暫くは寝言を漏らしていたフロイドであるが目を覚ますとユウの腕を掴みかかった。
この機を逃すまいと勢いよく掴まれた腕の痛みにユウは顔を歪ませる。
「腕が痛いです」
「でも、オレ、小エビちゃんに言わなきゃいけない事があるんだ」
「分かりましたから取り敢えず手を離して下さい。後、中に入って」
お互いに風邪を引くからと寮へ招けばフロイドはあからさまに安堵の表情を浮かべた。
フロイドを寮に招き入れたユウは先ず濡れたフロイドを拭くべくタオルを取りに行こうとしたがフロイドに再び腕を掴まれてその動きを止める。
「小エビちゃん待って」
「タオルを取りに行くだけですから暫くそこで「ごめんなさい」」
突然の謝罪にユウは深々と溜息を吐いた。
その溜息に肩を震わせたフロイドであるが何とか話を続ける。
「オレ、本当に浮気をする気はなかった。マジカメの写真もそれっぽく見える様撮っただけだし噂も周りが勝手に想像しただけで何にもしてない」
無言のユウにフロイドは両膝を付き、パジャマの袖口を掴むと縋り本当なのだと訴える。
光を弱めて灯していた玄関の明かりに照らされたフロイドの必死な表情にユウは片眉を上げた。
「どうしてそんな真似をしたんです」
ユウの問いにフロイドは答えるのを躊躇った。
俯いたかと思うとちらりとユウの表情を窺い、再び俯く。
理由を話そうとしないフロイドにユウは再び大きな溜息を吐くとフロイドは顔を上げてしどろもどろになりながら理由を話した。
「つまり浮気に怒った私の顔が見たくてしてもいない浮気をでっち上げたと
馬鹿ですか?」
流石に馬鹿迄は言うないと思ったユウであったが気付けば口から飛び出していた。
「だって小エビちゃんは何時もオレにも他の奴らにも笑ってばかりだし、オレは小エビちゃんの特別な表情が見たくて」
「それで浮気って酷すぎると思うんですけど」
「オレだって小エビちゃん以外とあんな密着するのは嫌だったけどその前に何しても小エビちゃん怒らねぇからもうそれしかなかったんだよ」
「あの直前の奇行はそういう訳だったんですね」
ユウは浮気騒動前にフロイドから受けた数々の悪戯紛いな行動にやっと納得がいった。
何かをする度に自分を見ていたのはそういう訳だったのかと、かくいうユウはそんな自分の顔を何度も窺ってくるフロイドが悪戯好きな猫か犬に見えており、全くそんな意図があったとは微塵も気付かなかった。
「小エビちゃん」
力強くユウを引き寄せたフロイドはユウの腰に抱き付くとお腹へと顔を埋める。
「オレ、小エビちゃんと別れたくない。浮気してないしこれからも浮気何て絶対しないからもう別れる何て言わないで」
涙目で縋り見上げたフロイドにユウは何度か分からない溜息を吐いた。
「今回だけ」
「!」
「今回だけですよ。今後こんな事をしたら絶対に許しませんからね」
ユウの言葉にフロイドは表情を輝かせて立ち上がるとユウを抱き締めた。
抱き締めて、徐に抱き上げると喜びのままにその場でくるくると周り、再び床へとユウを下ろして抱き締める。
「もう絶対あんな馬鹿な真似しない!!」
嬉しさのあまり大きな声で喋ったフロイドにユウは驚き、一匹だけとはいえ眠る者がいるのだからとユウは口元に指を当てて小さな声で喋るよう言った。
「グリムが寝てるんですから静かにして下さいフロイド先輩」
「名前」
「はい?」
「小エビちゃんやっと俺の名前を呼んでくれた!」
「いや、だから静かにして」
瞳を瞬かせ、再び騒ぎ出したフロイドにユウは困り果てた。
グリムが起きる事はなかったがその騒ぎにゴースト達は集まり、フロイドの様子を見て二人がよりを戻した事を察した彼等は五月蝿いと注意するどころか口々に良かったね、と言った。
朝目覚めたグリムはベッドにユウがいない事に驚いた。
早朝に近い時間だというのに姿の見当たらないユウに不思議に思ったグリムは眠り眼を擦りながら厨房の方にでもいるのかと移動した。
しかし厨房にも洗面所にもユウの姿はなく頭をグリムは頭を傾げる。
ふと客室代わりにしている部屋の扉が少しばかり開いている事に気付いたグリムはきっとユウがトイレか何かで夜中に目を覚まし、そのまま寝ぼけてこの部屋で眠ってしまったのだろうと考えその狭い隙間に体を滑り込ませた。
「ふなっ?!」
案の定ベッドは膨らんでいた為未だ少し眠かったグリムはユウの眠る布団に潜り込もうとしたのだがベッドに眠っていたのはフロイドで、グリムは思わず驚きで大きな声を上げる。
「うーん何、うるせぇ」
「な、な、な、なんでオマエがオンボロ寮にいるんだゾ!!」
「あ?なんだアザラシちゃんじゃん」
薄目を開けたフロイドは騒ぎの主がグリムと分かると昨晩は遅くに眠りについたのだからもう少し寝させて欲しいと布団へ潜り込む。
しかしグリムの問いには答えなかった為何故何、とグリムはフロイドが包まる布団を掴み揺さぶり回答を求めた。
寝不足に加えグリムの騒がしさで不機嫌になったフロイドは布団から手を伸ばし、ベッドサイドに置いていたペンを掴むとグリムに向かって振り、口を閉じさせる魔法をかけた。
突然口がファスナーでも閉めたかの様に閉じて動かない事にグリムが驚いている内に続けて魔法をかけて部屋から追い出す。
グリムが追い出され扉が閉じられるとやはり魔法で施錠したフロイドはこれで邪魔物がいなくなったと自身の腕の中で眠るユウに頬をすり寄せ抱き締めた。
昨晩、仲直りを果たしユウに濡れた身体を拭いて貰うなどの世話を焼かれたフロイドはこの部屋で眠る様にと案内したユウの腕を掴みベッドへと引きづり込んだ。
特に何をした訳でもない。
ユウは暫く私室へ戻ろうとフロイドの腕の中で抵抗していたが時間が深夜という事もあり少しすると寝息を立てて眠ってしまった。
フロイドは久方振りのユウを腕の中に閉じ込めて自身の眠りが訪れるまで暫し堪能した。
「五月蝿い」
何事だと先程の騒ぎにユウは今更身動いだ。
未だ寝ぼけているのかフロイドと同じベッドで寝ている事に驚く様子もなくそれどころか緩やかな表情でユウは微笑む。
「フロイド先輩おはようございます」
「おはよう小エビちゃん」
連日呼んでもらえても名字ばかりでそれに堪えていたフロイドは再びユウに名前で呼ばれる事に喜びを噛み締める。
フロイドに突然強く抱かれたユウはやはり微笑みながら抱き締める腕の力が強いと自身の腰に回っていたフロイドの腕を叩いた。
「あ、そうだフロイド先輩」
「なーに小エビちゃん」
「私に飽きて別れたくなったらいつでも浮気してくださいね」
フロイドから別れを切り出す前に別れてあげますからとやはり微笑みをたたえて言ったユウは再び眠りに付いた。
ユウの発言に瞳を瞬かせたフロイドは暫くユウの言葉の意味が理解出来なかった。
しかし「別れる」というキーワードに拒否反応を起こしながらもフロイドは何とか言葉を噛み砕き、飲み込み、理解に至ると弱々しい鳴き声を上げてそのまま布団へと突っ伏し意識を手放した。
監督生
大抵の事は許せるが浮気だけは許せない。フロイドがやらかす迄はフロイドと母親を天秤に掛けて悩んでいた。しかし今は元の世界で一人の母親がとにかく心配。帰る方法が見つかればフロイドを置いてでも迷わず帰る。
フロイド
一度やらかしたおかげでこれから先、突然監督生が元の世界に帰ってしまうかもしれない事に怯えて暮らさなければならない。その内監督生をしまおうとしだす。
アズール
当初フロイドの尻拭いをする気は無かった。けれどフロイドと監督生の破局騒動で監督生の保護者面の面々から散々煽られた為、フロイドの弁護に出た。監督生が浮気は未遂であったと信じてくれたのは寝る直前までアズールが証拠と共に説明していたのもある。
ジェイド
フロイドは楽しそうだし自分も楽しんでいたが話が思わぬ方向へと進み焦った。実はフロイドのシフトを肩代わりして、監督生へ真摯に謝る様にフロイドの背中を押してくれた。
保護者面の皆さん
フロイドと監督生が仲直りしたと聞いてとある寮長を除き暴れた。
その時既に厄介な恋のライバルや自称保護者を名乗る者達がわんさかいたが、そんな彼等を蹴散らし、猛烈なるアピールの末にフロイドは見事ユウの彼氏となる事が出来た。
優しく穏やかなユウはフロイドの気紛れな性格に愛想を尽かす事なく、多少酷い事を言っても笑って済ましてくれる出来た恋人であった。
そんなユウであったからフロイドは心の何処かで油断していた。
ユウは何だかんだ最後には自分を許してくれるのだと思っていた。
それはちょっとした好奇心であった。
フロイドは自分に対し何でも微笑み許してくれるユウが怒る顔を見てみたくなった。
フロイドはさっそくわざと無茶振りをしたり、ユウの好物を横から掠め取ったり思いつく限りの事をした。
けれどユウは何に対しても「しょうがないですね」と笑って済ましてしまう。
最早、途中からフロイドは自暴自棄になっていた。
けれど何をしても上手くいかず、何ならユウから体調の心配迄されてしまう始末である。
フロイドはどうしたらユウが怒るのか考えた。
考えて、考えて、閃く。
「そうだ、浮気しよ」
その呟きを丁度、側で聞いていたジェイドはフロイドを見つめて微笑んでいた。
そのジェイドと仕事の話をしていたアズールにも勿論フロイドの呟きは聞こえており、顔を顰めてあからさまに引いている。
「ジェイド、お前の片割れが何やら馬鹿な事を言っていますがあのまま放っておいても良いのですか?」
「フロイドが楽しそうで何よりではないですか」
そう言ったジェイドの顔がこの後の展開に期待しているのは明らかであった。
止める気のないジェイドに溜息を吐くアズールであるが、彼自身もフロイドを止める気もない。
フロイドが油断していた様にジェイドもアズールも、何なら学園中の者達は皆、最近のフロイドとユウのやりとりもあって結局何だかんだユウは謝れば許してくれると思っていた。
なのでまさか後々、あんな事になるとは誰も予想出来ていなかった。
騒ぎの火種はフロイドのマジカメアカウントであった。
部活の遠征先と思われる他校の体育館でフロイドが見知らぬ女性から頬に口付けをされようとしている写真。
身体を互いに密着させて撮られた写真は何も知らぬ者が見れば仲の良い恋人同士の写真であるが事情を知る者から見ればそれは行き過ぎたスキンシップ、何なら浮気と思われてもおかしくはない写真であった。
そしてその写真が公開されると同時にフロイドが練習試合の終了後、その女性と出掛けたまま戻らなかったという話がマジカメを中心に出回り出した。
「とうとうやりやがりましたね」
フロイドが他校の女子生徒と浮気しているという話を寮生から聞いたアズールは呆れてフロイドを見る。
対して現在、学園で一番話題となっているフロイドはにこにこと笑っていた。
今度こそユウの怒る表情が見れるかもしれないと心を躍らせているのである。
「一応、確認しますが件の女性とは実際に何か致したりしたのですか」
「あ?何もしてねぇし。正直、小エビちゃんを怒らす為にあんな写真撮ったけど何もかも小エビちゃんと違い過ぎて気持ち悪いから気分は最悪だった」
話していてその時の事を思い出したらしく明らかに不機嫌になるフロイドにアズールは頭を押さえた。
「これほど一途な癖してどうしてあんなしょうもない事を考えるのか」
最早溜息しか出ないアズールの横でジェイドは面白可笑しそうに微笑んでいる。
その弓形に細められた視線の先にはフロイドが、もっと先にはユウがいた。
フロイドと同じく学園中で話題の人となっているユウが人混みを掻き分けてこちらへと歩いてくる。
誰もが修羅場だと固唾を飲みフロイドとユウを注視していた。
とうとう対面した二人。
フロイドはユウがマジカメの写真について一体どんな反応を示すのか胸を弾ます。
浮気という相手を裏切る行為にフロイドは怒られるのは勿論、泣いて頬を叩かれる位の覚悟は出来ていた。
「フロイド先輩、マジカメの写真と噂についてお聞きしてもいいですか?」
挨拶もそこそこに、やはりユウの話題はマジカメの写真と噂についてであった。
ユウが掲げて見せた液晶に移し出された写真と噂の真偽を問われる。
「小エビちゃんはもし噂が本当だったらどうする?」
目を細めて意地悪く告げたフロイドの言葉に聞き耳を立てていた周りは騒ついた。
フロイドの言葉は肯定でも否定でもなかったが周りとしては否定しない以上フロイドが浮気をしたという認識で固まる。
そして次に彼等野次馬が注目したのはユウであった。
恋人に裏切られて泣くのか、怒るのかその反応が注目されていた。
おかしいと思ったのは側で二人のやりとりを見ていたアズールである。
普段、感情豊かなユウの表情がここまで一切変わっていない。
恋人が浮気をしているかもしれないのだから不安や悲しみなど些細でも表情の変化はあってもいい筈なのにユウの表情は多少の冷たさはあれど無であった。
「そうですね」
フロイドの発言から漸く口を開いたユウにフロイドもおかしいと思い始めた。
自分の想像では既にここでユウが怒るなり泣くなりしている所なのだがユウの表情を見ていると背筋が少しではあるが冷たさを感じる。
「では、別れましょうか」
「へ?」
何でもない様に告げられたその言葉にフロイドは目を丸くした。
「フロイド先輩のお気持ちはよく分かりました。どうぞ新しい彼女さんと仲睦まじくお過ごし下さい」
それでは、と律儀に頭を下げてフロイドの前から退散しようとするユウの腕をフロイドは慌てて掴み引き留める。
「何ですか?リーチ先輩」
氷の様な冷たい眼差しのユウから他人行儀に呼ばれたフロイドは驚き硬直した。
フロイドがまるで氷漬けにでもなったかの様に固まっている間に腕を掴むフロイドの指を外したユウはそのまま一瞥もくれずその場を去った。
周りから穏やかな人間と称されるユウであるが、彼女がこの世で唯一許せないことがあった。
浮気である。
ユウの実の父親は酷い浮気性で、散々その浮気性に母親共々巻き込まれ苦労していたユウは他の事は許せても浮気だけはどうしても許せなかった。
本心としては浮気する者なぞ皆、潔く三途の川を渡ってくれと思っているのだが流石にそれは過激過ぎるので憎き存在を意識から切り離す迄に留めている。
「小エビちゃん」
「エース、この錬金術のレポートの提出に付き合ってくれる?」
「ねえ、小エビちゃん」
「別に、良いけど」
「小エビちゃん!」
その為ユウは連日、フロイドに付き纏わられていても無視を決め込んでいた。
真後ろで身長190センチ越えのフロイドがどれだけ声を上げてもユウは一切の反応を見せずに平静でいる。
声を掛けても反応をしないユウにだんだんと苛ついて見せるフロイドであるがつい先日、我慢出来ずにユウへ手を伸ばし、その伸ばした腕をユウに掴まれたフロイドはそのまま石畳の上へと背負い投げされかなり痛い目を見た為まだ今日は堪えていた。
しかし苛つきを越えてしょぼくれ出したフロイドを見かねたユウ達と同級の生徒が思わずフロイドへと助け船を出す。
「なあ、さっきからフロイド先輩がお前に用があるみたいだけど」
すると漸くユウはフロイドへと振り返る。
「どうされたんですか。リーチ先輩」
相変わらずユウの突き離す様な他人行儀な呼び方に胸を押さえたフロイド。
何とか浮気の話は己の自作自演である事を伝えようとするのだがユウが己を見る冷ややかな視線に戸惑い上手く言葉が発せられない。
それどころか今は肺呼吸をしている筈なのに人魚の姿で陸に上がった時の様な息苦しささえ感じる。
「あ、あのね。小エビちゃん」
「やっと別れ話を了承してくれる気になりましたか?」
冷めた物言いで再度告げられた別れ話に耐えきれずフロイドは胸を押さえてその場に倒れた。
「フロイド!!!」
「息をしてください!!」
受け身など一切なく真っ青な顔で直立不動に倒れたフロイドに物陰で二人の様子を伺っていたアズールとジェイドは飛び出し慌てて駆け寄る。
対してユウはそんなフロイドを見下ろすだけで話す事がないのならばとエースの腕を引きその場を後にした。
「ユウ、良いのかよ」
「何が」
「フロイド先輩、泡吹いてたけど」
「私には関係ない事だもの」
「まあ、そうだよな」
ユウ程ではないがエースのフロイドに対する態度も冷ややかであった。
普段であればおっかない部活の先輩として多少の敬いをもって接するエースであるが今のフロイドは大切な友達を傷付けた最低のクズ野郎である。
ユウが良いのなら別にフロイドが泡を吹いていようが気絶していようがエースはどうでも良かった。
そんな事があった後でもフロイドは根気強く昼休みも放課後もジェイドが迎えに来るまでユウに付き纏う。
対するユウもフロイドを無視続け、稀にフロイドへ反応したかと思うと別れ話を持ち出して会心の一撃与えていた。
周りはとても驚いた。
フロイドが途中で飽きたりせずユウとの関係修復に励んでいる事もだが、あのお人好しと思っていたユウが一切フロイドの謝罪どころか話にすら応じないのである。
これはユウも本気で怒っているのだと周りは理解した。
二人の破局は秒読みに違いないとこの事態に手放しで喜んだのは当初からフロイドとユウの交際を反対していたユウの保護者面の面々である。
とある寮長は寮生が規則を破っても三度目迄は首を刎ねず許してくれたし、とある寮長は見るからにご機嫌で誰に言われるでもなく授業に参加していた。
とある寮長は何時もと変わらず宴を催していたがその寮長の従者であり副寮長でもある男はいつになくご機嫌に料理を拵えていたし、とある寮長は憂いを帯びた溜息が各段に減り、とある寮長のちゃんねる系掲示板での切り返しは冴え渡っていた。
そしてとある寮長の寮ではここ連日、見事な迄のオーロラが観測されている。
彼等は二人の破局を望み、叶った暁には自分達が推す人物と傷心のユウとをくっつけ様と画策していた。
「アイツ未だいるんだゾ」
ここ最近嫌という程見ている頭を窓から捉えたグリムはユウにその事を伝えた。
ユウはそれに対し興味を示す訳でもなくスマホに届いていたメッセージに返信している。
ラウンジのシフトが入っていないというフロイドがオンボロ寮を訪ねて来たのは放課後の事だった。
フロイドに応対したのはユウに代理を頼まれたゴーストで、ゴーストはユウがフロイドの顔を見たくないと言っているとはっきり伝えたのだがフロイドはそれでも、と引き下がらずオンボロ寮の入り口に立っている。
今晩は遅くから雨という事でゴースト達はフロイド身を心配していたがユウは元が人魚だから大丈夫だろうと素っ気なく返した。
冷たい物言いであったがグリムもゴースト達もユウを咎めたりはしない。
正しくは出来なかった。
フロイドがマジカメに件の写真を上げた日、ユウが私室に篭って一人涙を零しているのを彼等は知っている。
何なら普段、明るく笑っているユウを泣かせたフロイドを許せない気持ちもあったが、それでもフロイドの心配をせずにもいられない。
ゴースト達はせめて雨が降る前にフロイドが自寮へ戻ってくれる事を願った。
予報通り、日付けが変わる前に雨は降り出した。
時計の針が天辺を越えた辺りから雨は勢いを増し、窓へと激しく打ち付ける。
喉の渇きを覚えて目を覚ましたユウはグリムを起こさぬ様静かにベッドを抜け出し厨房へと向かった。
蛇口を捻り、グラスに水を注ぐとユウはそれを一気に煽る。
喉を十分に潤したユウは再び眠ろうと厨房を出るがそこで足を止め、玄関を見つめた。
流石にこの雨の中フロイドがいるとは思えずユウはまさかと思った己の思考を振り払う。
再び歩みを進めたユウであるがすぐにそれを止めて玄関の扉へと向かった。
「戸締りを確認するだけ、そう、確認よ確認」
自分自身に言い訳をするユウは玄関前に置いていた植木の鉢はこの雨で無事だろうかと言い訳に言い訳を重ねて施錠の済んでいた鍵を外し、外の様子を窺った。
「まだいたんですね」
開けた扉とは反対側の扉に凭れて眠るフロイドの姿にユウは呆れて呟いた。
相変わらず外は強い雨が降っていると言うのによく眠れると感心したユウは見てしまった以上このままフロイドを放置する訳にもいかず肩を掴むとその大きな身体を揺さぶった。
「リーチ先輩、起きて下さい。こんな所で寝たら風邪をひきますよ」
「ん、あ?小エビちゃん??!」
揺さぶって暫くは寝言を漏らしていたフロイドであるが目を覚ますとユウの腕を掴みかかった。
この機を逃すまいと勢いよく掴まれた腕の痛みにユウは顔を歪ませる。
「腕が痛いです」
「でも、オレ、小エビちゃんに言わなきゃいけない事があるんだ」
「分かりましたから取り敢えず手を離して下さい。後、中に入って」
お互いに風邪を引くからと寮へ招けばフロイドはあからさまに安堵の表情を浮かべた。
フロイドを寮に招き入れたユウは先ず濡れたフロイドを拭くべくタオルを取りに行こうとしたがフロイドに再び腕を掴まれてその動きを止める。
「小エビちゃん待って」
「タオルを取りに行くだけですから暫くそこで「ごめんなさい」」
突然の謝罪にユウは深々と溜息を吐いた。
その溜息に肩を震わせたフロイドであるが何とか話を続ける。
「オレ、本当に浮気をする気はなかった。マジカメの写真もそれっぽく見える様撮っただけだし噂も周りが勝手に想像しただけで何にもしてない」
無言のユウにフロイドは両膝を付き、パジャマの袖口を掴むと縋り本当なのだと訴える。
光を弱めて灯していた玄関の明かりに照らされたフロイドの必死な表情にユウは片眉を上げた。
「どうしてそんな真似をしたんです」
ユウの問いにフロイドは答えるのを躊躇った。
俯いたかと思うとちらりとユウの表情を窺い、再び俯く。
理由を話そうとしないフロイドにユウは再び大きな溜息を吐くとフロイドは顔を上げてしどろもどろになりながら理由を話した。
「つまり浮気に怒った私の顔が見たくてしてもいない浮気をでっち上げたと
馬鹿ですか?」
流石に馬鹿迄は言うないと思ったユウであったが気付けば口から飛び出していた。
「だって小エビちゃんは何時もオレにも他の奴らにも笑ってばかりだし、オレは小エビちゃんの特別な表情が見たくて」
「それで浮気って酷すぎると思うんですけど」
「オレだって小エビちゃん以外とあんな密着するのは嫌だったけどその前に何しても小エビちゃん怒らねぇからもうそれしかなかったんだよ」
「あの直前の奇行はそういう訳だったんですね」
ユウは浮気騒動前にフロイドから受けた数々の悪戯紛いな行動にやっと納得がいった。
何かをする度に自分を見ていたのはそういう訳だったのかと、かくいうユウはそんな自分の顔を何度も窺ってくるフロイドが悪戯好きな猫か犬に見えており、全くそんな意図があったとは微塵も気付かなかった。
「小エビちゃん」
力強くユウを引き寄せたフロイドはユウの腰に抱き付くとお腹へと顔を埋める。
「オレ、小エビちゃんと別れたくない。浮気してないしこれからも浮気何て絶対しないからもう別れる何て言わないで」
涙目で縋り見上げたフロイドにユウは何度か分からない溜息を吐いた。
「今回だけ」
「!」
「今回だけですよ。今後こんな事をしたら絶対に許しませんからね」
ユウの言葉にフロイドは表情を輝かせて立ち上がるとユウを抱き締めた。
抱き締めて、徐に抱き上げると喜びのままにその場でくるくると周り、再び床へとユウを下ろして抱き締める。
「もう絶対あんな馬鹿な真似しない!!」
嬉しさのあまり大きな声で喋ったフロイドにユウは驚き、一匹だけとはいえ眠る者がいるのだからとユウは口元に指を当てて小さな声で喋るよう言った。
「グリムが寝てるんですから静かにして下さいフロイド先輩」
「名前」
「はい?」
「小エビちゃんやっと俺の名前を呼んでくれた!」
「いや、だから静かにして」
瞳を瞬かせ、再び騒ぎ出したフロイドにユウは困り果てた。
グリムが起きる事はなかったがその騒ぎにゴースト達は集まり、フロイドの様子を見て二人がよりを戻した事を察した彼等は五月蝿いと注意するどころか口々に良かったね、と言った。
朝目覚めたグリムはベッドにユウがいない事に驚いた。
早朝に近い時間だというのに姿の見当たらないユウに不思議に思ったグリムは眠り眼を擦りながら厨房の方にでもいるのかと移動した。
しかし厨房にも洗面所にもユウの姿はなく頭をグリムは頭を傾げる。
ふと客室代わりにしている部屋の扉が少しばかり開いている事に気付いたグリムはきっとユウがトイレか何かで夜中に目を覚まし、そのまま寝ぼけてこの部屋で眠ってしまったのだろうと考えその狭い隙間に体を滑り込ませた。
「ふなっ?!」
案の定ベッドは膨らんでいた為未だ少し眠かったグリムはユウの眠る布団に潜り込もうとしたのだがベッドに眠っていたのはフロイドで、グリムは思わず驚きで大きな声を上げる。
「うーん何、うるせぇ」
「な、な、な、なんでオマエがオンボロ寮にいるんだゾ!!」
「あ?なんだアザラシちゃんじゃん」
薄目を開けたフロイドは騒ぎの主がグリムと分かると昨晩は遅くに眠りについたのだからもう少し寝させて欲しいと布団へ潜り込む。
しかしグリムの問いには答えなかった為何故何、とグリムはフロイドが包まる布団を掴み揺さぶり回答を求めた。
寝不足に加えグリムの騒がしさで不機嫌になったフロイドは布団から手を伸ばし、ベッドサイドに置いていたペンを掴むとグリムに向かって振り、口を閉じさせる魔法をかけた。
突然口がファスナーでも閉めたかの様に閉じて動かない事にグリムが驚いている内に続けて魔法をかけて部屋から追い出す。
グリムが追い出され扉が閉じられるとやはり魔法で施錠したフロイドはこれで邪魔物がいなくなったと自身の腕の中で眠るユウに頬をすり寄せ抱き締めた。
昨晩、仲直りを果たしユウに濡れた身体を拭いて貰うなどの世話を焼かれたフロイドはこの部屋で眠る様にと案内したユウの腕を掴みベッドへと引きづり込んだ。
特に何をした訳でもない。
ユウは暫く私室へ戻ろうとフロイドの腕の中で抵抗していたが時間が深夜という事もあり少しすると寝息を立てて眠ってしまった。
フロイドは久方振りのユウを腕の中に閉じ込めて自身の眠りが訪れるまで暫し堪能した。
「五月蝿い」
何事だと先程の騒ぎにユウは今更身動いだ。
未だ寝ぼけているのかフロイドと同じベッドで寝ている事に驚く様子もなくそれどころか緩やかな表情でユウは微笑む。
「フロイド先輩おはようございます」
「おはよう小エビちゃん」
連日呼んでもらえても名字ばかりでそれに堪えていたフロイドは再びユウに名前で呼ばれる事に喜びを噛み締める。
フロイドに突然強く抱かれたユウはやはり微笑みながら抱き締める腕の力が強いと自身の腰に回っていたフロイドの腕を叩いた。
「あ、そうだフロイド先輩」
「なーに小エビちゃん」
「私に飽きて別れたくなったらいつでも浮気してくださいね」
フロイドから別れを切り出す前に別れてあげますからとやはり微笑みをたたえて言ったユウは再び眠りに付いた。
ユウの発言に瞳を瞬かせたフロイドは暫くユウの言葉の意味が理解出来なかった。
しかし「別れる」というキーワードに拒否反応を起こしながらもフロイドは何とか言葉を噛み砕き、飲み込み、理解に至ると弱々しい鳴き声を上げてそのまま布団へと突っ伏し意識を手放した。
監督生
大抵の事は許せるが浮気だけは許せない。フロイドがやらかす迄はフロイドと母親を天秤に掛けて悩んでいた。しかし今は元の世界で一人の母親がとにかく心配。帰る方法が見つかればフロイドを置いてでも迷わず帰る。
フロイド
一度やらかしたおかげでこれから先、突然監督生が元の世界に帰ってしまうかもしれない事に怯えて暮らさなければならない。その内監督生をしまおうとしだす。
アズール
当初フロイドの尻拭いをする気は無かった。けれどフロイドと監督生の破局騒動で監督生の保護者面の面々から散々煽られた為、フロイドの弁護に出た。監督生が浮気は未遂であったと信じてくれたのは寝る直前までアズールが証拠と共に説明していたのもある。
ジェイド
フロイドは楽しそうだし自分も楽しんでいたが話が思わぬ方向へと進み焦った。実はフロイドのシフトを肩代わりして、監督生へ真摯に謝る様にフロイドの背中を押してくれた。
保護者面の皆さん
フロイドと監督生が仲直りしたと聞いてとある寮長を除き暴れた。