幸福論
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カリムとユウの婚姻はジャミルも含めた各方面から心配された。
カリムの商才等は置いておいてジャミルが卒業後、カリムと共に働きはしたが従者を辞したのである。
そして妻になったユウは昔から病弱で家人から役立たずと言われた娘。
この二人の結婚がアジーム家の凋落の始まりとなると誰もが思った。
誰もがそう思い、囁いたが結果としては家は没落どころか今までにない程に盛り上がる事になる。
第一にカリムの人柄。
カリムの大らかな人柄が皆を引きつけ、商売の助けとなった。
第二にユウの内助の功が役に立つ。
従者としては無能と言われたユウもカリムの妻としてならば己の体に無理せず働けたのである。
アジーム家はカリムの代でツイステッドワンダーランドの長者番付にも上位に食い込んだ。
心ない者がジャミルに見捨てられたカリムがユウに鞍替えしただけだと言う者もいたがユウの献身はカリムを愛す故のもので、二人は幸せだった。
「だから私は幸せ」だと彼女は言った。
ユウが倒れた。
その報せをを聞いた時のジャミルはいつもの事だろうで済ました。
昔から病弱なユウはいつも季節の変わり目に体調を崩していたが、今は身体が成長した事で寝込んでも大体2、3日で回復している。
だから仕事にひと段落した位にユウの好物である果物を手に見舞えば良いだろうと軽く考えていた。
何時も広過ぎると困惑していたユウの私室、そこに置かれたベッドで横たわる片割れの姿にジャミルは思わず見舞いの品を床へと落とす。
ベッドには酷く衰弱したユウがいた。
あまりの窶れたユウの姿にジャミルの心臓が早鐘を打つ。
ユウの姿にジャミルは既視感があった。
「やられた。近頃、めっきりなかったから油断していた」
手には自分で剥いたのか歪にカットされた果物を手にカリムは部屋へと入って来た。
「首謀者は前から俺とユウの結婚を反対させていた親戚の奴等だ」
ユウが毒を盛られた。
その事実にジャミルの頭は怒りで煮え滾った。
ジャミルの拳がカリムに向かって飛び出そうとしたがユウの異様に冷たい指先がそれを止めた。
「どうして止める!こいつの所為でお前は!」
「カリム様は何も悪くないよ」
毒に気づかなかった自分が悪いのだとユウはか細い声で言った。
身を起こそうとするユウにカリムは慌てて手を貸そうとしたが先にジャミル動いた。
慣れた手付きでユウの上半身を起こし、背中にクッションを挟む。
「やっぱり私は駄目ね。自分が毒を盛られてるなんて気づかなかった。バイパー家の出なのにね」
毒の影響なのか見るからに痩せ細ったユウ。
ユウははらはらと涙を零す。
「カリム様ごめんなさい。あなたの子を産めなくてごめんなさい」
それは時折、ユウの気が弱くなった時に出る言葉であった。
カリムとユウが結婚して数年。
順風満帆な二人であったが唯一の懸念があった。
待てども待てどもユウが妊娠しないのである。
それを日頃から気に病むユウに、カリムが子供は授かり物だと何時もの明るさで笑って話していた。
まるでこれが最後の様な口振りのユウにカリムは笑い冷えた手を温める様に握る。
「元気になったら今度こそ授かるさ。そうだ!偶には俺が寝物語を聞かせてやろう!」
そうと決まれば!とカリムは無理矢理、ジャミルも座らせると話を始めた。
取引先から聞いたというその物語はこの熱砂の国では聞いた事のない、毛色の違う物で興味深いものであったが何せカリムが語り部である。
いつもの明るいテンションに加え、何事も大袈裟に話すものだからか物語通して全てがクライマックスの様になっていた。
「めでたしめでたし」
そう常套句の締めをした頃にはユウは寝入っていた。
ジャミルはそっとユウの背中に挟んでいたクッションを抜き取り、横にすると上から布団をかける。
結局、ユウが食べなかった果物の皿を持ってカリムはじっとジャミルを見た。
続いて部屋の入り口を見る。
それは廊下に出ろという合図であった。
先導するカリムの背中を見ながらカリムのユウに対する甲斐甲斐しさに舌を巻く。
やれば出来るのかと思ったが、カリムの指に幾つも絆創膏が貼られているのを見てユウの為だから出来たのだろうと考えを改めた。
ジャミルは廊下の壁に凭れて屋敷が静かだと思った。
カリムとユウが結婚した際、本宅には劣るけれどもそれでも大きく広い屋敷には使用人が沢山いた。
殆どがカリムが本宅から引き抜いた者達であるが中には家族や職を失い困っていたからとユウが街から連れて来た使用人も多くいた筈である。
屋敷の使用人達は雇い主のカリムの気質に影響されてた、はたまた屋敷の留守を預かるユウの朗らかな性格に影響されたのか明るい性格の者が多く、ジャミルも彼等が嫌いでは無かった。
何時も賑やかな声で溢れる屋敷が静かで、ジャミルは主人達を気遣って静粛に務めているのかとも考えたが、そもそも二人はその様な気遣いを嫌がる性質である。
「まさか」
事を察したジャミルにカリムが頷き肯定した。
ユウに毒を盛った実行犯は彼女が街で働き口を探していたからと連れて来た子供。
その子供はユウによく懐いていて、側から見れば年の離れた兄弟の様に仲睦まじかった。
そんな子供が及んだ凶行にカリムは驚き問い詰めた。
すると語ったのは驚きの事実。
子供には足の悪い祖母がいて、彼女を人質に取られ脅されたのだという。
その脅しを行なっていたのはカリムが本宅から連れて来た使用人達で、彼等はカリムの親戚から金を積まれてやったのだと白状した。
「それで人間不信になったお前は使用人達を全て解雇したわけだ」
「ごめんなジャミル。ユウはお前の大切な家族なのに守れなかった。ごめんな」
啜り泣き謝るカリム。
先程は怒りで頭に血が昇ったジャミルであるが今は落ち着きを払っている。
というのもジャミルが従者となる為に沢山の毒に耐性をつけて来たようにユウも同じでだけの訓練をつけてきた。
今は季節も相まって弱っているがもう暫く養生すれば大丈夫だろう、というのがジャミルの見解で余裕の理由であった。
しかしカリムは首を振るう。
「今回の件でユウの身体を調べたんだ。そしたらユウの体から流産や不妊を促す毒も検出されたって。少しずつ飲まされていたんだろうって、それが身体に溜まっていて今回の毒と合わさって」
そこでカリムは口を閉ざし唇を噛みしめる。
「余命幾ばくもないって」
「は、」
ユウはそれから数日後に息を引き取る。
ユウが最後にカリムに言ったのは素敵な後妻を貰ってくれだった。
ユウの葬儀はアジーム家長子の嫁にしてはとても質素で、ユウの家族とカリム本人とその両親しか呼ばれなかった。
それを親戚達はお悔やみの言葉を述べながら結局アジーム家にとってユウはその程度の人間だったのだと内心笑ったが質素な葬儀はユウの希望でもあったし、ユウが毒に倒れてからのカリムは人間不信気味になっていたのも理由にある。
ユウの葬儀を終えたカリムは最早別人で、誰とも関わろうとしなかった。
明るいあの笑顔は誰にも向けられない。
次第に一人で大きな屋敷に引き籠る様になり、とうとうアジーム家跡取りの座も降りた。
ジャミルは気付けば生きているのか死んでいるのかも分からないカリムへ定期的に食料を届ける係となっていた。
カリムの人間不信は極める所まで来ていて、ジャミル以外の人間が屋敷に足を踏み入れようものなら問答無用で魔法を放つのである。
それでも我が子を心配するカリムの父親から直々に頼まれてしまってはジャミルも断れなかった。
カリムが屋敷に引き籠り何をしているかは誰も知らない。
何時迄も死んだ妻を思って泣き暮らしているのだろうというのが大多数の想像であった。
「カリム。今日という日に打って付けの酒を持ってきたぞ」
慣れた手付きでキーボードを打ち込むカリムはちらりとワインを掲げたジャミルを見た。
ワインは作られてから日が浅いがその製造年にカリムはピンと来る。
それはユウの産まれた、正しくはジャミルと二人の産まれた年に製造されたワインであった。
「埃を被ってる」
受け取ったワインのボトルに付着した埃を服の袖で拭き取りながらカリムはジャミルにワインの出所を尋た。
「実家の物置から出てきたらしい」
今は一人暮らしのジャミルは此処へ来る前に実家を尋ねた所、母親にこのワインを渡されたという。
カリムはワインのボトルを部屋の照明に向けて掲げるとラベルの日付をなぞり微笑む。
「今日という日を祝うのに相応しいワインだな」
ユウが死んでからのカリムは実の家族、両親さえも信じられなくなった。
始めこそユウが死んだのはカリムの後妻の座を狙う親戚の犯行と思われたがよくよく調べると下の弟や妹、その母親達とその親族の影が見えた。
結局、ユウの死はアジーム家のくだらない跡目争いに巻き込まれた結果だった。
両親は白であったがそれ以外は皆、何かしら関与していた。
その事実にカリムはショックを受け、ジャミル以外の人間を受け付けなくなった。
跡継ぎなんて欲しいと言われれば誰にでもあげた。
なのに周りの人間が勝手に争った結果、カリムの愛しい人だけが死んだ。
その事実にカリムは一人悩み、苦しむ。
そんな心の弱ったカリムに邪な蛇が囁いた。
「なあ、カリム。復讐したくはないか?」
ジャミルはカリムの気持ち全てに共感した。
喪った苦しみも、悔しさも、悲しさも、寂しさも、ジャミルだけがカリム気持ちに共感できた。
ぼんやりとジャミルの話を聞いていたカリムは昔の様に尋ねる。
「なあ、ジャミル。それはどうやったらいいんだ」
二人は名門校にも通った優秀な人間であった。
二人で夜な夜な作戦を練り上げた。
長きに渡り続いた大商家アジーム家を没落させる。
それが二人が考えた復讐であった。
今迄裕福に暮していた人間がある日突然、無一文になったらそれは悲惨でただ死ぬよりも苦しい。
そうと決まれば、と二人は行動を起こした。
タイミングも良かった。
ユウが死んだ事でアジームの家はにわかにではあるが悪い空気が流れていた。
ユウの死に身に覚えのある者達は次は自分が毒を盛られるのではと互いに敵愾心を持っていて広く周りを見る余裕等無かった。
ジャミルは外で働きながら、カリムは屋敷に篭り、着々と家を端から壊していく。
始めに影響出たのは本業である商いであった。
仕入れが上手くいかず、客が少しずつ離れていく。
それでも大商家であるアジームの家に影響は少ない。
けれどその後も親族、親戚などの商売や家業の邪魔をしていけばアジームの家は見るからに弱った。
ジャミルがアジームの家に仕えていた事を知る人々は最近のアジームの様子を事細かに教えてくれた。
彼等はアジーム家に対し没落、落ち目と散々な評価を下し、必ずと言って良いほどに話の終わりは誰もが溜息を吐く。
早くに亡くなったユウがいれば違ったに違いない。
それはジャミルにとって最高の賛辞であった。
けれどそれは顔には出さず、代わって何かに堪える様な表情を貼り付けてジャミルは言う。
「どうかそんな事は言わずアジームの家を見守ってやって下さい」と
そしてとうとう二人が待ちに待った日が来た。
今朝方、アジームの本宅に国の役人が押し入った。
押し入った訳は夫人達、カリムの弟、妹が行っていた脱税、不正行為の捜査の為である。
大商家であるアジーム家への家宅捜査はツイステッドワンダーランド中に生放送された。
実を言うとカリムが学生時代の伝手を使って報道機関へ事前に情報を回していた為である。
このスクープを報道しようとこぞってメディアは押し寄せ、家宅捜査の場面を今か今かと待っていた。
それが今日だった。
今日はユウの命日でもあった。
この報道をきっかけに落ち目のアジーム家の権威は今度こそ地に落ちる。
今まで贅沢な暮らしをしていた者達はその日食べるものも無く、苦しんで飢え続けるのだ。
カリムは魔法でワイングラスを出すと慣れた手付きでワインを開封し、二つのグラスに注ぐと一つをジャミルに差し出した。
「アジーム家の凋落に」
「「乾杯」」
カリムの合図に二人はグラスを合わせてワインを口に含んだ。
空になったワイングラス越に映った男はもう、太陽の様に笑っていた男ではなかった。
今、ジャミルの目の前にいるのは愛する女を喪い、復讐に燃え、燃え尽きた哀れな男である。
「ああ、カリム。いまのお前なら好きになれそうだ」
「その言葉はユウがいる時に言って欲しかったな」
聞いたらきっと喜んだだろうと断言するカリムの表情は笑っていたが悲しみに満ちている。
「カリム」
「ん?どうしたジャミル」
なんだグラスが空いているじゃないかとカリムはジャミルのグラスへ雑にワインを注ぐ。
ジャミルが差し入れてそのままだったワインを次々に開けて二人はワインをたらふく飲んだ。
それでもほろ酔い程度にしかならなかったジャミルは自宅に戻った。
カリムはジャミルの帰り際、ワインの瓶を片手に「じゃあな」と笑っていた。
カリムの死体が見つかったのは翌日だった。
誰もが引き篭もっていたカリムがこれからの生活苦を憂いて死んだのだと言った。
けれどジャミルは知っている。
カリムは持ち前の勘の良さでネットカジノや株取引を行っており、自分や、自分の両親だけはこれからも食うに困らない程度に稼いでいた。
今更ユウの後追いか、はたまた兄妹を失ったジャミルに対する贖罪だったのか。
ユウの死から年数が経っている為、まだ贖罪だと言われた方が現実的であった。カリムは日頃から事ある事に謝っていた。
それは死んでしまったユウに対してだったのか自分に対してだったのかカリムが死んでしまった為ジャミルには分からない。
カリムはジャミルの両親に対しても退職金としてお金を残していた。
それにジャミルは驚いた。
これも娘を殺された両親に対する罪滅ぼしのつもりなのだろうかやはりジャミルには分からない。
大商家アジーム家の没落は少なからず熱砂の国の経済を揺るがしはしたけれど少しすればいつも通りであった。
結局、カリムの突然過ぎる死の理由は分からぬまま大商家アジームの没落騒ぎの合間に報道されてすぐに消えた。
カリムは死んでどうなったのかとジャミルは思う。
あの世で呑気に夫婦揃って宴三昧かもしれない。
賑やかな宴にはしゃぐカリムと苦笑いのユウ。
そんな二人の姿がジャミルは容易に想像出来た。
ジャミルはその後も生きて、一人で生きて、とうとう国の宰相に迄登り詰めた。
宰相として持てる力を存分に発揮して
「は?」
気が付くと生まれ育った生家にいた。
側には若かりし頃の両親もいる。
どういう訳かジャミルは時を遡っていた。
正しくはジャミルが幼くなり別世界にいた。
というのもこの世界にはジャミルが大切にしていた片割れは存在しておらずジャミルはその事実に酷い悪夢を見ている様な心地であった。
父親は前の世界に比べて幾分穏やかな性格になっていたがバイパー家がアジーム家に仕えているのは以前と変わらない。
ジャミルは成長するにつれて当たり前のように両親と同じ従者となるべく教育が与えられた。
一度自由を知ったジャミルにはそれがとても辛い事であったが身体が育ちきっていない身では親の庇護無くしては生きられず、大人しく従う他なく、前の世界での経験もありジャミルが周りから神童と呼ばれるにそう時間は掛からなかった。
その日、アジームの屋敷で仕事を終えた両親は顔を暗くして帰って来た。
理由を聞けば主人、カリムの父親がジャミルの噂を聞き、是非長子であるカリムの従者に召抱えたいと言ったのだ。
あくまで両親にとってであるが良い話ではないかとジャミルは思った。
しかし良い話である筈なのに両親に喜びの色は見えない。
それどころか従者を辞めて何処か別の働き口でも探そう等と話している。
ジャミルは両親にそこまで己をカリムの従者にしたがらない理由を尋ねた。
それはジャミルも驚きの答えであった。
カリムは今世でも恵まれた子である。
優しい両親、裕福な家に生まれ、明るくて元気、少し元気過ぎる所もあるが誰にでも優しく接する事の出来るそんな子供であった。
そんなカリムが突然変わったのは親族を招いた宴での事である。
カリムはその宴で毒を盛られた。
小さな身体に毒を取り込んだカリムは三日三晩生死の境を彷徨い、そして目を覚ました時には人が変わっていた。
明るく優しかった以前のカリムと違い、目を覚ましたカリムは引きこもりがちになった。
両親を除いた者達に厳しい視線を常に向けており、それは従者に対しても同じで既に何人もの従者がカリムの一声で辞職している。
始めこそは毒を盛られた影響だろうと誰もが思ったがそれから暫くしても前のカリムが戻って来る事は無かった。
他人に対する優しさを失ってしまったカリムであるが嬉しい誤算もあった。
幼いながらもカリムが商才を見せ始めたのである。
両親から貰ったお金を元手に株や投資を行い、資金を集めるとそれを再び元手にして始めた商売で見事成功を収めたという。
そんな話を聞いてジャミルは非常に強い既視感を覚えた。
引きこもりの人間嫌い、けれど天性のギャンブル力。
ジャミルはまさかと思い、止める両親も押しのけてカリムと会う機会を取り付けた。
「どうしたんだジャミル。そんな亡霊でも見た様な顔をしてさ」
豪華な部屋の真ん中にカリムはいた。
何時ぞやの濁った眼をしている。
「カリム、お前はあのカリムなのか?」
「最後は毒で死んだ、と言えば分かるか?」
前の世界のカリムは服毒による自殺だった。
ユウと同じ毒を飲めるだけ飲んでの死であった。
発言から目の前のカリムはジャミルと同じ前の世界のカリムであると確信した。
「親族の誰かに毒を盛られて思い出したんだ」
きっかけは毒。
毒で苦しむ中、以前の記憶が怒濤の勢いでカリムの頭に流れ込んで来たのである。
「まさか毒を盛られて前の記憶を思い出すなんて皮肉だよな」
それからジャミルはカリムの従者となって以前のように過ごした。
と言っても今のカリムは以前のように手は掛からない。
一人で着替えも何でもこなしてしまうカリムにジャミルは自分が従者でいる意味があるのかと思ったがジャミルがいればカリムが引き篭もらないとカリムの父親はそれだけでご機嫌だった。
カリムはアジーム家の溜まった膿の摘出に熱心である。
というのも
「ユウは死ぬまでアジームの家を大切に思っていてくれた。ならユウがまた嫁いで来るまでに馬鹿な事を考える奴等を一掃しておかないとな」
ジャミルは記憶を得て、ユウが側にはいない事に絶望するだけであったがカリムはこの世界にユウがいる事を信じて疑わず、それでもってユウを再び娶る気でいた。
こうして友と言うよりは悪友に近い関係を深めていた二人は進学先のナイトレイブンカレッジで出会う。
ユウが前世とも言える記憶を思い出したのは本当に偶然であった。
学校主催のマジフト大会。
そのエキシビジョンでグリムが投げたディスクを見事後頭部で受け止めたユウは昏倒の末に自分が何者であったか思い出した。
思い出したと同時に閉じていた目は開き、目の前には愛した紅色。
思わず手を伸ばすと寝かされていた体は抱き上げられ、その紅色は細められる。
「カリム、様」
「会いたかった。愛しの我が妻」
「我が妻?」
俄かに騒がしくなる周囲にユウは己を抱きしめるカリム腕から顔を出して伺った。
そこにはグリムにエースにデュース、それにベッドにはレオナとラギーとジャックもいる。
ユウは彼等の驚愕に満ちた顔を見て我に返った。
そもそも自分は今何をしていたのか顔を押さえ自問自答を繰り返す。
目の前に愛しい人がいて嬉しさのあまり抱きつき、抱きついた?ユウは混乱した。
前世と言うべきか謎の記憶を思い出したのは先程である。
混乱しながらも冷静に頭でごちゃごちゃに混ざり合う記憶を仕分けしていく。
「グリム、此処は何処」
「何処ってナイトレイブンカレッジの保健室何だゾ」
やってしまったとユウは顔を手で覆った。
その間にもカリムが軽い調子で顔を隠すユウの指や髪にキスを落としていく。
それこそ以前の調子で
「カリム様!」
「うおっ?!何だ」
「まさか貴方様も記憶が」
「あるぞ。ずっとお前が俺の元に現れるのを待っていた」
カリムはそう言うとユウが顔から手を離したのを良い事に唇にキスをした。
デュースとグリムの視界はエースが、ジャックの視界はラギーが塞いだ。
レオナは早々に飽きたのか背を向けて寝転がっている。
先程迄の挨拶の様な軽い物ではなく濃厚なそれにエースすらも耐えかねて視線を逸らす。
長いキスを終えたユウは顔を真っ赤に、息も絶え絶えにカリムへと垂れかかった。
「という訳でユウはこれまでもこれからも俺の妻だから」
手を出すなよ、と一気に声色を落として告げたカリムに数名が鳥肌を立て、小さな悲鳴をあげた。
「何が俺の妻だ!!!!」
スパコーンと軽快な音と共にカリムはベッドの布団に顔を沈めた。
側には今日のマジフト大会のプログラムだろうかそれを丸めた物を持ち息を荒げる男、ジャミル・バイパーがいた。
「ジャミル!」
ジャミルの登場に復活したユウがベッドから飛び降りて飛びつく。
ユウを易々と受け止めたジャミルはそのまま抱きしめた。
そのカリムとは違った唯ならぬ二人の仲に一度はジャミルをこの居た堪れない雰囲気から救ってくれた救世主と崇めたエースとラギーであるがすぐにその考えを殴り捨てる。
「その様子だと全て思い出した様だな」
「思い出したよ」
「なら即刻カリムの事は忘れろ」
ジャミルの言葉に驚きの声を上げたのはユウか、それともエース又はラギーであったか、もしかすると三人共にだったかしれない。
「こいつの妻になると散々な目に遭うというのはもうよく分かっただろう。これからはこいつの事は綺麗に忘れて自由に生きるんだ」
「それはないだろうジャミル!」
がばりと身を起こしたカリムはジャミルからユウを拐うとくるりと社交ダンスでもするかの様な軽い足取りでその場を一回りして抱きしめる。
「家族みんなにもう伝えてあるんだ。学園を卒業したら、いや、今すぐ結婚してくれ!」
「カリム様」
「何っ?!監督生が結婚??!」
「はいはい、これ以上ややこしくなるのは勘弁だからデュース君は黙ってようね」
エースが今度はデュースの口を塞いだらしく苦しげな声が聞こえた。
しかしそれもユウには聴こえていない。
ユウは今、カリムと二人の世界にいる。
「絆されるな!そいつはもうお前の知る人畜無害な以前のカリムじゃない!」
「でもそんな俺が好きだって言ったのはジャミルだろ!」
カリムの発言にその場にいた皆が騒つき、ジャミルを見た。
ラギーなんかは「やたら従者にしては気安い仲だと思ってたっスけど」と、同級生の思わぬ関係に茫然と、エースはジャミルと部活の先輩後輩として親しくしているだけに困惑している。
唯一、ユウだけは以前の二人を知るだけに涙ぐみながら感動していた。
「けど、それって重婚」
ぽそっとジャックの呟きにエースとデュースは表情を険しくした。
マブダチが二股を掛けられている疑惑が浮上した為である。
「熱砂の国は確か重婚が許されていたから問題ねぇだろ」
もう寝ていると思われていたレオナの突然の返答に一年生ズは一旦胸を撫で下ろした。
しかし心中穏やかでないのはあらぬ疑いを掛けられたジャミルである。
「あれは言葉の綾だ!」
「酷い!俺は嬉しかったんだぞ!」
「知るか!兎に角お前みたいな奴にもう二度とユウは嫁がせない!」
「そんな!お義兄様!」
「やめろ!兄とか言うな」
ジャミルの腕にしがみついたカリムにジャミルは全身にぶわりと鳥肌を立たせた。
「もう、カリム様。ジャミルは弟ですよ!」
腰に手を当てて不機嫌な様子で言ったユウにカリムはそうだっけ?と首を傾げた。
というのも以前の二人は双子で、産後の騒ぎで出産現場がごたついた結果どちらが先に生まれたのかあやふやになっていた。
その為、カリムとユウが結婚した後でも度々どちらが兄、もしくは姉かと揉めていた為カリムにもどちらが上なのか分からない。
「ちょっと待て、それは聞きづてならない。その件に関しては何度も話し合った筈だし勝負も決した筈だ」
「いいえ、決着はついていません。45勝45敗確か最後にやったマンカラで9回目の引き分けだった筈です」
「そうだったか?」
「そうです」
外野となったグリム達はユウ等の話について行けずただただ呆然としていた。
聞きたい事は沢山ある。
ユウは異世界人じゃなかったの?とか妻とかジャミルと兄弟とか色々聞きたい事が皆一つはあったのだが三人の勢いに飲み込まれて何も言えなかった。
結局どちらが兄姉問題が白熱して学園長が様子を見に来るまで続いた。
という夢を見た。