twst短編
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ユウは暖かな陽射しの中で夢を見ていた。
レオナ達が卒業する少し前に行われた鬼ごっこ。
ユウとレオナが逃げる側、グリムやエース、デュースに親しい先輩達は鬼という鬼畜仕様であったがそれこそ日が暮れる迄の間、皆で学園中を駆け回った。
と、言っても平均的な女子程度の体力しかないユウが健全な男子達相手に何時迄も走り続けているというのは無理な話であったので途中からレオナに米俵の如く担がれていた。
皆で騒ぎながら追われて、走って、笑って、そこでユウは目を覚ました。
どうやらロッキングチェアに座り、揺られている間に眠っていたらしいユウは己に向けられている視線に気付くとその元へと向かって微笑む。
「チェカ君いらっしゃい」
気まずそうに、不貞腐れた表情で木の影から出てきたチェカにユウは苦笑いを浮かべた。
レオナとユウが住む離宮はこれでもかという程に編み込まれた魔法による高いセキュリティで守られている。
まず、離宮に入るにはレオナの兄でありこの国の王様とその家族が住う王宮に入らなければならず、その王宮の一角に置かれた鏡からのみ移動するのだが、その鏡を使うのも特定の人しか使えない。
その特定の人というのも離宮に住うレオナとユウ、加えてレオナの兄夫婦とその息子のチェカ、ユウの後継人となったクロウリーだけである。
離宮の説明を受けた際、これ程迄に厳重なセキュリティは必要なのかと戸惑うユウにレオナは懇々とユウは勿論、レオナ自身を悪意から守る為だと説明された。
悪意から守るというのなら向かいに座る今のチェカは良いのかとユウは此処にはいないレオナに向かって小さく溜息を漏らす。
ユウはチェカに嫌われていた。
ユウ自身、チェカに対して特に何かしたつもりはない。
レオナとの婚約が決まり、初めて兄夫婦とチェカに紹介された際には兄嫁からレオナのお嫁さんと紹介されて「じゃあ、おばたん?」とチェカは可愛いらしい表情で首を傾げユウを見上げていた。
おばたん、つまり初対面の相手をおばさんと称したチェカに兄夫婦は慌ててチェカに訂正を求めていたが、その時のチェカの可愛いさにやられたユウは「あ、おばたんで大丈夫です」と思わず真顔で答えてしまった。
あの時の真顔がいけなかったのかとユウは思うのだがその後もチェカの成長と共におばたんからおばさんに呼び方は変わり、レオナ程では無いけれどチェカはユウに甘えてくれていた。
しかし、ある日を境にチェカから好意を感じないどころか顔を合わせるたびに何処か憎々しいという表情で見られ、「ユウさん」と素っ気なく呼ばれる様になった。
チェカの見事な迄の他人行儀にユウは何度も過去を振り返り原因を探るのだが未だに嫌われてしまった原因が分からない。
最早今のチェカは警戒心増し増しの野生動物状態である。
一度己の指を噛ませて自分は害意のない人間だと知らせるべきか?とユウは考えたがここ数年ですくすくと成長したチェカ。
そんな彼に噛まれて自分の指は無事で済むのかとユウは思う。
指一本でチェカの信頼を取り戻せるならば安いものだと言い切れるユウであるが、不確定であるならばそんな博打の様な事は出来ない。
という訳で警戒心増し増しにチェカから睨まれるユウは「私、チェカ君に嫌われてるみたいなんですけど」と一昨日の夜、レオナに相談した。
するとユウの膝を枕にして重要そうな書類と睨み合っていたレオナはちらりとユウの顔を見て再び書類に視線を戻すとそれはユウの勘違いだろうと判じた。
「そのお前が言う睨まれているって言うのも偶然で、たまたま腹でも空かして苛ついていたんだろ」
適当に何か食わせれば大丈夫だとユウへアドバイスをしたレオナはそれ以上、話に興味が無くなったらしくレオナの意識は書類へと完全に向いてしまう。
チェカとの付き合いが長いレオナがそう言うのだからそうなのかな、とレオナの髪を弄りつつ思うユウであったが経験則からチェカが己に向ける視線が空腹などではない気がした。
そして今日も敵意を剥き出しにしながらも難なく離宮にやってきたチェカをもてなすべく、急遽お茶会となった。
お茶会と言ってもユウが淹れたお茶と用意したお菓子を仲良く食べて談笑しましょうというものである。
お茶受けにはレオナの助言を反映させ、きゅうりのサンドウィッチではなくカツサンド。
それから作り置きしていたお菓子もテーブルに並べる。
♯甥っ子とお茶会
♯お茶受けにカツサンド
♯お茶会とは
そんなタグを付けてユウは撮った写真をマジカメに投稿した。
レオナと結婚したらそう易々と会えないだろうからとケイトの勧めで始めたマジカメ。
始めは同級生や先輩、教師と学園の関係者ばかりであったフォロワーであるが何処で聞きつけたのかロイヤルファミリーの日常が垣間見れると話題になって一時爆発的にフォロワーが増えた。
しかし残念な事にマジカメを上げるのは純度100%の元庶民であるユウな為、皆が求めるロイヤルでキラキラな雰囲気は程遠い。
先程上げた写真もチェカは写さず上品ではあるけれど地味と言えば地味な白い茶器と歪な焼き菓子、それからカツサンド。
カツサンドのおかげでお茶会というより昼食の風景となってしまった。
そんなロイヤル感のかけらもない写真ばかり上げていたユウのマジカメアカウントは爆発的にフォロワー数を減らした。
それでもユウのフォロワーとして残った者達がいる。
生粋のキングスカラー家ファンである彼等はユウがマジカメに上げる写真が暖かくて微笑ましいと評価し、度々彼等が運営するファンサイトで話題になっているのだがユウはそこまでの事を知らない。
閑話休題。
チェカは迷わずカツサンドを手に取った。
レオナの助言が真であったかと思われたが、カツサンドを一切れ食べ終えたチェカの表情にユウは「あ、駄目だこりゃ」と内心思う。
用意したカツサンドは次々にチェカのお腹へと消えていくがチェカの表情は晴れなかった。
「チェカ君は私の事嫌いだよね?」
これまでチェカとの関係を取り戻そうとあれこれ頑張ったユウであるがどれも上手くはいかずこれ以上はお手上げだった。
ユウはご機嫌取りも諦めて直球にチェカへ自分を厭う理由を尋ねる。
ユウの突然の問いに驚いたチェカは厳しい表情忘れ、口を開け惚けていたが暫くすると再び目を厳しくさせた。
明らかにチェカの警戒を増していたがユウは構わず再度、自分を厭う理由を尋ねる。
するとチェカは意外にあっさりと、その理由を話してくれた。
チェカにとってレオナは憧れの人である。
優しくてかっこよくて強いおじさん。
父親が悲しむのであまり大きな声で言えないが、遊んでとおねだりすれば何だかんだ最後は遊んでくれる自分だけの優しいレオナがチェカは父親よりも大好きである。
そんなレオナが学園を卒業したらずっと王宮にいると言うのだからチェカは嬉しくて堪らなかった。
後少しで卒業という時期にレオナが一人の女性を連れて帰って来る。
その人にチェカは見覚えがあった。
レオナの学校で行われたマジフト大会の応援をしに行った時に何度か見た覚えがある。
母親はチェカにこの人はレオナの奥さんになる人だと告げた。
自分達の様に耳も尻尾も無い女の人。
身体も自分の母親より随分小柄だった。
「おばたん?」
チェカがそう言えばレオナは吹き出して笑い、両親は慌てている。
両親の様子からどうやら失礼な事だったらしいと気付いたチェカは謝ろうとしたがその人は怒るどころかそれでいいと言ってくれた。
その日から彼女、ユウはレオナが卒業して帰って来た後も王宮へ何度もやって来て、チェカとも沢山遊んだ。
彼女が声をかければチェカが何度も何度も何度も強請ってやっと遊んでくれるレオナが遊んでくれるのでチェカはユウの事も好きだった。
だった、過去形である。
レオナとユウが結婚した途端にレオナ達を悪く言う者が増えた。
ユウは獣人では無かったのでそれを嫌がる人がいた。
ユウが他所の国の人間であるから嫌がる人がいた。
ユウをレオナの妻と認めない人は沢山いて、それが結局レオナへの評価へと繋がる。
チェカは思った。
ユウがレオナの奥さんでなければレオナはこんなにも沢山の人に悪く言われる事もないのに、と
チェカの話にユウは身に覚えがあった。
なんならそんな事もあったなと思い出す事もあった。
レオナとユウの結婚はそれはそれは平坦な道ではなかった。
片や一国の王子で、片や一般人どころかこの世界に戸籍も無い異世界人である。
一応、レオナとの婚約発表後すぐにユウはクロウリーの養子になったがそれも調べればすぐに分かる筈だ。
レオナは自分の事を疎まれた第二王子と言っていたが彼を慕う人は多くいた。
若く、男前ながら繊細さのある綺麗な顔立ちから純粋に顔が好きと言う人もいれば国家転覆の旗印に何て邪な考えでレオナに近付こうとする者もいた。
そういう者達の中には自分の娘孫と結婚させて近付こう何て考える者もいて、そういう輩からするとユウの存在は目障り極まりないもので、ユウが王宮に行く度に彼等はこそこそとこれ見よがしに悪口を言ったりするのである。
中にはご丁寧に毒を盛ってくる輩もおり、正直花嫁修行という名のカリムの毒薬講座とジャミルから結婚祝いに贈られた解毒剤の詰め合わせがなければユウは死んでいた所である。
そういえば、とユウは思い出す。
レオナの留年は本人のやる気の問題だとユウはずっと思っていた。
しかし、あれ程サボっていたのにある日を境に授業へ真面目に出席し出し、普通に卒業したレオナに一体何事かと当時のユウは思ったがその留年自体が王の、実兄の命だったという事を結婚してからレオナに何でもない様子で話されて知った。
その頃の王家はなんだかんだ跡継ぎ問題が解決しておらず、レオナの兄の治世が気に入らない者達がレオナを担ぎ上げて反乱を仕出かす可能性があった為、それを起こさない為にレオナに留年させたのだとか。
御家騒動面倒臭いなとユウは話を聞きながら思った。
大体の御家騒動は身勝手な家臣が原因で起きるのだ、というのはユウの持論である。
そしてその留年した一年の間に主要な反乱分子を刈り取り、レオナも許可が出たから進級したと言う。
そんな話を寝物語代わりに聞かされたユウは話を終えるとさっさと眠ってしまったレオナの隣で頭を抱えた。
兎に角思う事も言いたい事も沢山あったユウであるが既にそれは終わった事で、ユウは王族って凄いなという感想に留めた。
テレビや雑誌、新聞ではそれこそ華やかでキラキラした世界に生きる彼等は彼等なりに国へと身を捧げている。
国の安定した統治の為ならば自身を厭わず当たり前に献身する姿にユウは尊敬の念を抱いた。
そんな王族の一員になったユウであるがユウの生活は彼等に比べれば随分楽である。
何せ獣人でないし、名のある家の出身でも無い。
だから誰も彼もユウを嘲っても期待しないし見ないので応える必要も無かった。
それはデメリットでありメリットであった。
レオナもそんなユウの不人気さを大いに活用している。
何ならこの結婚もその不人気が狙いだったと言って良いかもしれない。
結婚初夜ではレオナからはっきり告げられた。
愛がない訳ではないが結婚の大半の目的は何も力も後ろ盾も無いユウと結婚した事で王様側の人間に自分は国家転覆の意思などないと示せる為なのだと。
ユウはそれでも良かった。
レオナは愛がない訳では無いと言っていた。
相手を利用する点ではユウも同じである。
この世界に血の繋がる身内がいないユウはレオナの家族になってやるという言葉に釣られて結婚したのだ。
そう言う事でお互い様であった。
最近は反王様派の者達ですらレオナには野心は無いのだと嘲り見ている。
レオナの見立て通りである。
まさかレオナの掌の上で踊らされているとも知らない彼等を嗤うレオナにユウも自分が役に立てているのでにっこりである。
何処に行っても蔑まれ、指を刺される期待外れな夫婦。
しかし、と思うユウ。
ユウ達は自分達を取り巻く彼等の反応に満足であるが、そんな思惑があるとも知らないチェカはどうだろう。
目の前に座り、もそもそとカツサンドを食べるチェカにはそれが純粋な悪口、しかも妻であるユウが大部分の原因であると思っている。
家臣達から馬鹿にされるのがレオナの狙いなのだという事を伝えるべきかユウは悩んだ。
「おじさんは」
カツサンドを食べ終えたチェカは口を開く。
上げた顔は悔しげで目には涙が浮かんでいる。
「強くて頭が良くてすっごいおじさんなんだ!」
チェカは叫んだ。
「僕のかっこいいおじさんを返して!!!」
胸を抱え、叫びにも似た声だった。
そんなチェカにユウは眉を下げる。
「ごめんねチェカ君」
ユウはチェカがレオナの事を大切に思い、慕っている事を知っている。
そして彼にとって大切なおじさんがユウの様な存在、レオナ自身の実力以外で貶められるのは耐えがたい苦痛だろうと容易く想像出来た。
「でも、レオナさんはもう私の旦那様だから」
チェカに譲れないし離れる気も無い。
ユウの言葉にチェカは大きな瞳を潤ませて温室を飛び出した。
恨み言一つや二つ言い捨てられるかと思ったユウであるがチェカも王子様である。
続柄上叔母とはいえ女性に暴言を吐く事はしなかった。
王子様徹底している、と王族の教育凄いとユウが感動していたところ、「甥っ子を泣かすとは酷い叔母さんがいたもんだ」と言葉の割に楽しそうな声でレオナは木の影から出てきた。
自分は仕方ないにしろ同じ獣人であるチェカによく見つからないな、とそんな事を考えていたユウの心をまるで読んだかの様に「あんなガキに見つかる程落ちぶれちゃいねぇよ」とレオナは言った。
「レオナさん魔法使いました?」
例えば読心系の、と聞けば簡潔な答えが返ってくる。
「顔にそう書いてあるんだよ」
「まじですか」
ユウは一心不乱に己の顔を揉み込んだ。
これでもユウは一応、ロイヤルファミリーの一員である。
これからも健忘術策が渦巻く王宮で生き残る為には何でも顔に出すのは不味い。
そんな思いで頬の肉を揉みまくるユウの頭をレオナは容赦なく掻き混ぜた。
「誰もお前の働きに期待していないし、働かせる気もねえよ。お前は俺の隣で暢気ににこにこ笑ってろ」
「それはもちろん笑いますし、レオナさんが笑わせてくれるのも分かってますよ。だけど私もただ隣にいて守ってられるだけなのは嫌です」
乱れた髪をほぐしながらレオナにそう告げたユウは「だから」と言葉を続ける。
「もし、レオナさんを困らせる輩が現れたらフロイド先輩仕込みの締め方でやっちゃいますよ」
空気を吸込み胸を張るユウにレオナはおかしそうに、微笑みを浮かべた。
「そうだ、お茶」
せっかくレオナが帰ってきたのだからと椅子から立ってお茶準備をしようとするユウにレオナは止めた。
レオナはユウの側で膝を付くとユウの少しばかり張り出したお腹に手を伸ばし、優しげな手付きで撫でて、耳を当てる。
ユウは妊娠した。
結婚してからそれなりに経っての事だった。種族が違うと妊娠は難いのか、子供がなかなか出来ないユウに誰もが眉を寄せ息を潜めて口々に「レオナ様はお嫁様を選び損じたのだ」と言う。
流石にこれにはユウも堪えた。
ユウは己の悪口は平気であった。
特別扱いの監督生などと影で言われながら学園生活を四年間過ごしたユウである。
悪口は平気であったけれどレオナとの子供が出来ないのは悲しかった。
子供は嫌いだと本人が言ってもチェカとの様子を見ていれば実はそんなに子供嫌いではない様に思えた。
そして続く不妊に一人悩んだユウであるがこの度漸く妊娠した。
今は体調不良と偽って離宮に篭っている。
それはレオナの意向であったし、兄夫婦からもそうしなさいと言われた。
家族仲は決して悪くないし、寧ろ暖かい家族なのである。
外野は最悪であるが。
そんな訳で公務を休む己に対し働かない穀潰しの嫁だとか外では好き勝手言われているんだろうなとユウは思う。
そしてチェカに心の内で謝った。
君が大好きなおじさんの悪口はもう暫く続きそうだ。
レオナは未だお腹に耳を当て澄ましている。
まだ何も聞こえない筈なのだがレオナはユウの妊娠を知ってから時折こうしていて、ユウもそれがなんだかんだ好きだったりもする。
「私達の可愛い赤ちゃん。ママもパパも君が産まれて来るのを楽しみに待ってるから元気に産まれてきてね」
ユウ言葉にレオナの反応は無い。
それを肯定と受けたユウは微笑みを浮かべてお腹を撫でた。
翌日もゆらゆら動く椅子に座って微睡んでいたユウの所にチェカがやって来た。
チェカは昨日、勢いで飛び出して行ったからなのか何処か気まずそうに視線を彷徨わせている。
「チェカ君、今日もお茶会しようか」
そう誘えば返事は無いがチェカの耳は小さく揺れ動いた。
ユウはお茶会の準備を始めた。
と言っても机に白いテーブルクロスをかけてお菓子やお茶を並べるだけの簡易なもので、準備を終えるとテーブルの写真を撮ってマジカメにあげる。
まさか今日もチェカが来るとは思っていなかったのでサンドイッチはハムサンド、メインはトレイ先輩直伝の苺のタルトであった。
ユウは自分の皿とチェカの皿にタルトを一切れずつサーブすると椅子につくも俯いたままのチェカに召し上がれと声をかける。
するとちらりとチェカはユウの顔を見た。
「昨日はごめんなさい」
突然の謝罪にユウは驚いた。
そして昨晩、王妃様から家の子が突然お邪魔してごめんなさいねという謝罪が届いた事を思い出したユウはチェカが昨日のやり取りを包み隠さず両親に話し、叱られたのだろうと推測した。
ユウの事情を知る王と王妃はユウに対してかなり同情的である。
突然親元を離れて訳も分からず異世界にやって来た件で夫婦は大号泣であったし、そのまま元の世界に帰れない事が判明した時の話には王様は胸を押さえて床に倒れていた。
小さく我が子を呼ぶ声が聞こえたのでユウの境遇とチェカを重ねてしまったのかもしれない。
挙句の果てに王族の御家騒動に巻き込まれ家臣や召使い、国民にまで好き勝手言われているのだから彼等のユウに対する同情は限界突破している。
そんな哀れで不憫な娘が周りの口さがない言葉や悪口を真に受けた我が子の凸を喰らったというのだから親として複雑だろうな、とユウは兄夫婦の心中を察した。
「チェカ君のその謝罪は王様とお妃様に怒られてのものかな?」
びくりとチェカの小さな肩は震えた。
分かりやすい反応である。
「ごめんね。心から謝る気持ちがない謝罪は受け取る気がないの」
チェカ表情は愕然としていた。
絶望に近く、一言謝れば済むと思っていただけに酷く裏切られた、というそんな表情である。
ユウは心が痛い。
小さな子を虐めている様で胸が痛い。
「あれはチェカ君がレオナさんを思って言った言葉なのにそれを誰かに注意されたからってなかった事にするのは嫌かな」
誰でも好きな人の事を悪く言われるのは嫌だよね、分かるよ、とユウは頷く。
ユウだって王宮でレオナを悪く言う輩の口に何度ハバネロを突っ込み、喉を嗄らしてやろうかと思ったか分からない。
寧ろそのタイミングを窺い、ハバネロを懐に隠し持っていたユウであるが匂いでレオナにバレて取り上げられた位である。
その時のユウは怒りで我を忘れており、レオナに気付かれなければ『レオナ王子の妻ご乱心!王宮内でハバネロテロを起こす!』なんて冗談みたいな記事を新聞に載せられる所であった。
「誰も信じてくれないの。僕がおじさんはどれだけ凄いか話してもみんな笑うだけで知ってくれないの」
チェカは純粋に大好きなレオナの事が話したくて、分かって貰いたかった。
けれど誰もチェカの話を真撃に聞いてはくれない。
彼等はチェカがまだ子供だからと侮っていたのかもしれない。
子供だから分からない、子供だから気付かない、子供だから知られないと心の何処かで侮り続けた。
そこにユウが現れてますますレオナの評判は落とされる。
「好きな人の事を分かってもらえないのは悲しいよね」
ぼたぼたとまたしても涙を零すチェカの側へ移動したユウは膝を付くとチェカの頭を撫でた。
「ユウさんも同じ気持ち?」
「うん、私もレオナさんの事を悪く言われるのは酷く悲しいもの。ましてや自分の所為で、となるとね」
本人はもうとっくに悪く言われる事を開き直っており、今はそれを最大限に活用していてもだ。
「それでも私はレオナさんの事が好きだから離れられないの。ごめんねチェカ君」
そう謝るとユウは大声で泣き出したチェカを抱き締めてあやした。
暫くユウの胸を濡らして泣いていたチェカは泣いてすっきりしたのか赤く晴れた目をしながら苺のタルトを頬張る。
そのチェカの晴れ晴れとした表情に安心していたユウであるが
「良かった。ユウさんが悪女?じゃなくて」
とチェカの口から思いもよらぬ言葉が飛び出してきたので思わず口に含んだ紅茶を噴き出して蒸せる。
紅茶は気管支へと侵入し、暫くげほげほと咽せていたユウは落ちついてからその話を詳しく聞いた。
「チェカ君、その私が悪女って言うのは」
「大臣の人がおじさんは酷い悪女?に捕まったって、あのあやしい女は悪い魔法をおじさんに使ってたらしこんだ?に違いないって」
言ってた!とチェカは答えた。
所々疑問形なのはチェカも言葉の意味が分かっていないという事であろう。
僅かであるがそれは救いであった。
そしてその何大臣か知らぬ者の発言からレオナが操るなりされて今の様な状況になっているに違いないと思い込んだチェカは勇み、離宮まで乗り込んで来たらしい。
ぜってぇその大臣締めてやる。
ユウはチェカに何て事を聞かせているんじゃいと心の内で某大臣への報復に燃えた。
「でも、その大臣の人の言う事は嘘だった!だってユウさんはおじさんの事が大好きだもんね!」
ユウに対するチェカはいつものチェカに戻っていた。
というよりは同じ人が好き、という事で同族意識が芽生えたのか以前よりも距離感が近く感じられる。
純粋におじさんが好き!が全開のチェカに対しユウは今更ながら此処までの自分の発言に恥ずかしさを覚えていた。
この短時間でレオナに対して好きと何度言ったのか、ユウは普段から本人にもあまり言っていないので羞恥が凄まじく熟しきった林檎の様に顔を真っ赤にさせる。
「あ、おじさん!」
チェカは温室に入ってきたレオナを視界に捉えると椅子から飛び降りてレオナの元へと駆けた。
そしていつも通り邪険にされるも構わず器用にレオナの身体をよじ登るチェカ。
そんなチェカに早々に諦めたレオナはチェカを肩に担いでユウ所迄やってくる。
「おい、チェカ。どうしてこいつの顔は真っ赤なんだ」
「?分かんない。けどさっきまでおじさん好きって!僕と普通に話してたよ」
チェカの返答にレオナは楽しげな視線をユウへ寄越す。
「随分、楽しそうな話をしてるじゃねえか」
とても意地の悪い笑みを浮かべたレオナは肩からチェカを下ろすと近くの椅子を手繰り寄せて座り、チェカもその膝の上に乗り込む。
「折角だから俺も混ぜてくれよ」
チェカは突然のレオナ本人の参戦に喜んでいた。
賢明に指折りレオナの好きな所を語るチェカ。
そんなチェカの頭を撫でながら聞いていたレオナはチェカが一旦話をやめたところでユウへと話を振る。
「で、お前は俺の何処が好きなんだ?」
レオナはユウの返答を待っている。
チェカもユウがレオナを好きな理由を聞いていない事に気付き興味深々である。
きっと此処で恥ずかしがって逃げようものなら折角築いたチェカとの信頼は台無しである。
逃げられないしきっと逃してもらえないとユウは始めから諦めていた。
なんてったって相手は狙った獲物を逃がさない肉食動物様なのである。
退路を失ったユウは勢いよく椅子から立ち上がった。
「全部大好きだよ馬鹿野郎!!!」
この公開告白、ユウの妊娠のお祝いに来たクロウリーとそのクロウリーの案内がてらレオナの学生時代の話を聞いていた王様お妃様にも聞かれていた。
チェカはにっこにこであったしクロウリーは驚いていて、王様お妃様は弟夫婦の冷めない仲を微笑ましく見ている。
「あ、これは、その違うっ」
「何だ寂しい事言うなよ」
思わぬ来客に前言撤回しようとしたユウの顎を立ち上がったレオナは掴んだ。
はんば無理矢理に上を見上げさせられたユウの表情は真っ赤である。
「俺も愛してる」
そう短く告げられるとユウの視界は暗くなり口が塞がれた。
突然のキスシーンにチェカは手で顔を覆いながら「きゃあ」と可愛い悲鳴を上げた。
クロウリーは少しばかり動揺していたが養子にした娘が幸せで何より、といった感じで肩を竦めている。
王様お妃様はやはり微笑ましく二人を見ていた。
それからチェカは毎日の様に離宮にやって来てはユウにレオナの良いところ好きな所をめいいっぱい語った。
余程、同士がいる事が嬉しいのかレオナがいてもチェカはユウの側を離れない。
チェカは身体が動かすのも好きな子供であった為、一頻りレオナ談議を済ますと決まって離宮の外で遊ぼうと強請った。
それに毎回応えていたユウであるが近頃はますますお腹が大きくなり流石に困っていた。
「おいチェカ、こいつは身重何だからあまり走らせるな」
「みおもって何?」
珍しくレオナの公務が無く、二人で寛いでいた所にやって来たチェカは今日も本人が目の前にいても構わずレオナの好きな所をユウに話していた。
そして満足いくまで話したところで何時ものように外で遊ぼう!とユウの手を引くチェカにレオナは苦言を呈す。
きょとんとレオナの言う意味が分からないという表情のチェカに説明を面倒臭がるレオナに代わってユウは説明した。
「私のお腹の中にはね、レオナさんとの赤ちゃんがいるの」
「赤ちゃん?」
ユウはいまいち理解出来ていないチェカの手を取り、膨らんだお腹に触れさせる。
丁度、赤ん坊がお腹の中を蹴った為、内側から手の平へ伝った振動にチェカはびくりと驚き、耳を真っ直ぐに立てた。
「それで暫くはチェカ君と外を一緒に駆けたりが出来ないの」
申し訳なさそうにユウが謝るとチェカは首を横に振った。
「生まれたらチェカ君の従姉妹になるから仲良くしてあげてね」
未だ驚きが抜けないチェカにユウは頼んだ。
数拍の間を開け、今度は首を何度も縦に振って了承の意を示したチェカの柔らかな髪をユウは撫でる。
「今日は私の代わりにレオナさんが遊んでくれるから」
「おい」
突然振られ、眉を寄せたレオナであったが未だ顔を強張らせ戸惑いを隠せないチェカを見ると大きく溜息をつき、立ち上がりとチェカの身体を抱えた。
そしてユウが手を振り見送る中、レオナとチェカは温室の外へと出た。
レオナは温室から出て、暫く歩くと大きな木の元にチェカを降ろし自分も座った。
てっきり遊んでもらえると思ったチェカであるがレオナの真面目な表情に気付き、レオナと向かい合う形に座る。
離宮はレオナがユウの為にと用意したので王宮や国内の何処よりも緑豊かで、チェカは特にふかふかな芝生がお気に入りである。
「お前に頼みたい事がある」
それはチェカ自身、初めての事であった。
レオナに頼み事をされる事は勿論の事、身分故に誰かに何かを頼まれる事自体が初めての事である。
それがむず痒いと感じながらも嬉しくなったチェカは身を乗り出して「何?!」と尋ねた。
「ガキのお前に頼むのは少し気が引けるがお前にしか頼めない事だ」
レオナは自分がいない時はユウとお腹の赤ん坊を守ってやってほしいとチェカに言った。
身を賭けて、という訳でなくただユウの側にいてやってほしいと。
チェカはレオナの頼みがよく分からず首を傾げていた。
そんなチェカの頭をレオナは捏ね回す。
「あいつは王宮で兄貴達以外に話せる相手はお前しかいないからな。お前のその能天気な笑顔を見ていればあいつの気が紛れる」
本当はレオナ自身がユウの側にいてやりたい所であるが王族である以上公務をサボっていつも一緒にいる事は出来ない。
「後、人前に出る時も側にいてやってくれ」
レオナはそろそろユウの妊娠について国内外に公表しなければならないと兄に言われた。
今まで体調不良を理由に公務から離していたがユウの妊娠も安定期に入った。
国民が納めた税で生活する王族が働かないのを国民は許してくれないし許されない事である。
しかし公務に復帰するというのはユウが悪意ある言葉に再び晒され、何なら腹の子供共々何て下衆い事を考える者も出てくる可能性もある。
しかしチェカがユウの側にいればどうだろう。
公務を休んでいる間もユウはチェカとのお茶会だけはマジカメにアップしていた為、世間はチェカを毎日のようにユウを見舞う優しい王子と捉えているし仲が良いとも思っている。
ならば公務や式典等で二人が一緒にいても何らおかしくはなく、微笑ましい光景である。
それにチェカの身辺は王に続き警護が厳しいからユウとチェカが一緒にいるだけで周りが勝手にユウも含めて警護してくれる。
ユウの王宮内外の印象はレオナが敢えて利用した事もありよろしくない。
なれば警護する者達も気の緩み、隙が出て来るがチェカがいれば大丈夫である。
そんな打算的な事を考える頭の隅でレオナの頭に薄暗い考えが過ぎった。
自分が継承権の低い王子で無ければ愛した女の身も万全に守れるのに今の己の身分ではそれは叶わない。
レオナは己の無力さに悔しさを覚え、唇を噛んだ。
「分かった。僕、ユウさんを守るよ!」
チェカは明るく笑った。
チェカは初めて人に頼られた事も嬉しかったが何よりそれがレオナからと言うのがとても嬉しかった。
「何なら僕がおじさんも守ってあげる!」
大きく出たチェカにレオナは鼻で笑った。
「ガキに守られる程俺は落ちぶれちゃいねぇよ」
「あいたっ」
小さいながら一丁前にユウだけでなくレオナも守ると豪語するチェカの小さな額をレオナは指で軽く弾いた。
「レオナさん、チェカ君!」
何やらバスケットを抱えたユウが二人の所へ駆けて来た。
そう走っていた。
走るにしては速度は控え目で遅いものであったがそのユウにギョッとしたレオナとチェカは立ち上がり此方へ向かってくるユウの方へと向かう。
「馬鹿かお前は。無闇矢鱈に走るなって言っただろ」
ユウは数年経った今でも監督生だった時の癖が抜けず、つい何処でも駆け足になってしまう。
これまではそれを特に注意もせず静観していたレオナであるが妊娠がわかってからも同じ事を繰り返すユウに気が気でない。
チェカはよく分からないが先程走れないと聞いていただけに驚いている。
「ごめんなさい。つい癖で、でも大丈夫ですよ!靴はぺったんこなのを履いてるしスピードも競歩程しか出してないので!」
拳を握って得意げな顔のユウにレオナは大きな溜め息を吐くと顔を手で覆い空を見上げた。
「駄目だよ」
「チェカ君?」
チェカはユウのお腹に抱きついた。
「走っちゃ駄目」
抱きついてユウを走らせまいとするチェカにユウは表情を緩める。
「心配してくれてありがとうチェカ君」
「僕がユウさんを走らせないしユウさんもお腹の赤ちゃんも絶対に守るからね!」
突然の宣言にユウは目を丸め、首を傾げレオナを見た。
「どういう事ですか?」
「秘密だ。男同士の秘密」
だからユウには話さないというレオナにユウは早々に理由を聞き出す事を諦めてチェカを見た。
チェカはレオナの言った男同士の秘密という言葉に顔を輝かせている。
「チェカ君」
「男同士の秘密だから駄目!」
尋ねる前に答える事を拒否されたユウは頬を膨らませ拗ねて見せた。
対して二人は意味深に顔を見合わせて笑うのだからユウはその秘密が気になって仕方ない。
「もう、何よ二人共!」
チェカはレオナとの約束通り、公務に復帰したユウの側に出来るだけいてくれた。
やっと妊娠したレオナの妻。
甥っ子と仲良くするユウの様子に少しばかりユウへの周りの評価は良くなった。
チェカのおかげかユウと赤ん坊は誰からも害される事も無く、暫くして元気な女の子が生まれた。
赤ん坊が生まれた翌日、家族揃ってお祝いに来た王様、お妃様とチェカ。
揺り籠に揺られてすやすやと眠る赤ん坊を見たチェカは一目見て「僕のお嫁さん」と言うほどに気に入り顔を赤らめた。
そんなチェカに「あらあら微笑ましい」と悠長な事言うユウと妃。
対して色々問題あるだろと頭を抱える王様。
そして頬を痙攣らせたレオナはチェカから娘を離すと大きな声で娘はやらん!と告げた。
レオナ達が卒業する少し前に行われた鬼ごっこ。
ユウとレオナが逃げる側、グリムやエース、デュースに親しい先輩達は鬼という鬼畜仕様であったがそれこそ日が暮れる迄の間、皆で学園中を駆け回った。
と、言っても平均的な女子程度の体力しかないユウが健全な男子達相手に何時迄も走り続けているというのは無理な話であったので途中からレオナに米俵の如く担がれていた。
皆で騒ぎながら追われて、走って、笑って、そこでユウは目を覚ました。
どうやらロッキングチェアに座り、揺られている間に眠っていたらしいユウは己に向けられている視線に気付くとその元へと向かって微笑む。
「チェカ君いらっしゃい」
気まずそうに、不貞腐れた表情で木の影から出てきたチェカにユウは苦笑いを浮かべた。
レオナとユウが住む離宮はこれでもかという程に編み込まれた魔法による高いセキュリティで守られている。
まず、離宮に入るにはレオナの兄でありこの国の王様とその家族が住う王宮に入らなければならず、その王宮の一角に置かれた鏡からのみ移動するのだが、その鏡を使うのも特定の人しか使えない。
その特定の人というのも離宮に住うレオナとユウ、加えてレオナの兄夫婦とその息子のチェカ、ユウの後継人となったクロウリーだけである。
離宮の説明を受けた際、これ程迄に厳重なセキュリティは必要なのかと戸惑うユウにレオナは懇々とユウは勿論、レオナ自身を悪意から守る為だと説明された。
悪意から守るというのなら向かいに座る今のチェカは良いのかとユウは此処にはいないレオナに向かって小さく溜息を漏らす。
ユウはチェカに嫌われていた。
ユウ自身、チェカに対して特に何かしたつもりはない。
レオナとの婚約が決まり、初めて兄夫婦とチェカに紹介された際には兄嫁からレオナのお嫁さんと紹介されて「じゃあ、おばたん?」とチェカは可愛いらしい表情で首を傾げユウを見上げていた。
おばたん、つまり初対面の相手をおばさんと称したチェカに兄夫婦は慌ててチェカに訂正を求めていたが、その時のチェカの可愛いさにやられたユウは「あ、おばたんで大丈夫です」と思わず真顔で答えてしまった。
あの時の真顔がいけなかったのかとユウは思うのだがその後もチェカの成長と共におばたんからおばさんに呼び方は変わり、レオナ程では無いけれどチェカはユウに甘えてくれていた。
しかし、ある日を境にチェカから好意を感じないどころか顔を合わせるたびに何処か憎々しいという表情で見られ、「ユウさん」と素っ気なく呼ばれる様になった。
チェカの見事な迄の他人行儀にユウは何度も過去を振り返り原因を探るのだが未だに嫌われてしまった原因が分からない。
最早今のチェカは警戒心増し増しの野生動物状態である。
一度己の指を噛ませて自分は害意のない人間だと知らせるべきか?とユウは考えたがここ数年ですくすくと成長したチェカ。
そんな彼に噛まれて自分の指は無事で済むのかとユウは思う。
指一本でチェカの信頼を取り戻せるならば安いものだと言い切れるユウであるが、不確定であるならばそんな博打の様な事は出来ない。
という訳で警戒心増し増しにチェカから睨まれるユウは「私、チェカ君に嫌われてるみたいなんですけど」と一昨日の夜、レオナに相談した。
するとユウの膝を枕にして重要そうな書類と睨み合っていたレオナはちらりとユウの顔を見て再び書類に視線を戻すとそれはユウの勘違いだろうと判じた。
「そのお前が言う睨まれているって言うのも偶然で、たまたま腹でも空かして苛ついていたんだろ」
適当に何か食わせれば大丈夫だとユウへアドバイスをしたレオナはそれ以上、話に興味が無くなったらしくレオナの意識は書類へと完全に向いてしまう。
チェカとの付き合いが長いレオナがそう言うのだからそうなのかな、とレオナの髪を弄りつつ思うユウであったが経験則からチェカが己に向ける視線が空腹などではない気がした。
そして今日も敵意を剥き出しにしながらも難なく離宮にやってきたチェカをもてなすべく、急遽お茶会となった。
お茶会と言ってもユウが淹れたお茶と用意したお菓子を仲良く食べて談笑しましょうというものである。
お茶受けにはレオナの助言を反映させ、きゅうりのサンドウィッチではなくカツサンド。
それから作り置きしていたお菓子もテーブルに並べる。
♯甥っ子とお茶会
♯お茶受けにカツサンド
♯お茶会とは
そんなタグを付けてユウは撮った写真をマジカメに投稿した。
レオナと結婚したらそう易々と会えないだろうからとケイトの勧めで始めたマジカメ。
始めは同級生や先輩、教師と学園の関係者ばかりであったフォロワーであるが何処で聞きつけたのかロイヤルファミリーの日常が垣間見れると話題になって一時爆発的にフォロワーが増えた。
しかし残念な事にマジカメを上げるのは純度100%の元庶民であるユウな為、皆が求めるロイヤルでキラキラな雰囲気は程遠い。
先程上げた写真もチェカは写さず上品ではあるけれど地味と言えば地味な白い茶器と歪な焼き菓子、それからカツサンド。
カツサンドのおかげでお茶会というより昼食の風景となってしまった。
そんなロイヤル感のかけらもない写真ばかり上げていたユウのマジカメアカウントは爆発的にフォロワー数を減らした。
それでもユウのフォロワーとして残った者達がいる。
生粋のキングスカラー家ファンである彼等はユウがマジカメに上げる写真が暖かくて微笑ましいと評価し、度々彼等が運営するファンサイトで話題になっているのだがユウはそこまでの事を知らない。
閑話休題。
チェカは迷わずカツサンドを手に取った。
レオナの助言が真であったかと思われたが、カツサンドを一切れ食べ終えたチェカの表情にユウは「あ、駄目だこりゃ」と内心思う。
用意したカツサンドは次々にチェカのお腹へと消えていくがチェカの表情は晴れなかった。
「チェカ君は私の事嫌いだよね?」
これまでチェカとの関係を取り戻そうとあれこれ頑張ったユウであるがどれも上手くはいかずこれ以上はお手上げだった。
ユウはご機嫌取りも諦めて直球にチェカへ自分を厭う理由を尋ねる。
ユウの突然の問いに驚いたチェカは厳しい表情忘れ、口を開け惚けていたが暫くすると再び目を厳しくさせた。
明らかにチェカの警戒を増していたがユウは構わず再度、自分を厭う理由を尋ねる。
するとチェカは意外にあっさりと、その理由を話してくれた。
チェカにとってレオナは憧れの人である。
優しくてかっこよくて強いおじさん。
父親が悲しむのであまり大きな声で言えないが、遊んでとおねだりすれば何だかんだ最後は遊んでくれる自分だけの優しいレオナがチェカは父親よりも大好きである。
そんなレオナが学園を卒業したらずっと王宮にいると言うのだからチェカは嬉しくて堪らなかった。
後少しで卒業という時期にレオナが一人の女性を連れて帰って来る。
その人にチェカは見覚えがあった。
レオナの学校で行われたマジフト大会の応援をしに行った時に何度か見た覚えがある。
母親はチェカにこの人はレオナの奥さんになる人だと告げた。
自分達の様に耳も尻尾も無い女の人。
身体も自分の母親より随分小柄だった。
「おばたん?」
チェカがそう言えばレオナは吹き出して笑い、両親は慌てている。
両親の様子からどうやら失礼な事だったらしいと気付いたチェカは謝ろうとしたがその人は怒るどころかそれでいいと言ってくれた。
その日から彼女、ユウはレオナが卒業して帰って来た後も王宮へ何度もやって来て、チェカとも沢山遊んだ。
彼女が声をかければチェカが何度も何度も何度も強請ってやっと遊んでくれるレオナが遊んでくれるのでチェカはユウの事も好きだった。
だった、過去形である。
レオナとユウが結婚した途端にレオナ達を悪く言う者が増えた。
ユウは獣人では無かったのでそれを嫌がる人がいた。
ユウが他所の国の人間であるから嫌がる人がいた。
ユウをレオナの妻と認めない人は沢山いて、それが結局レオナへの評価へと繋がる。
チェカは思った。
ユウがレオナの奥さんでなければレオナはこんなにも沢山の人に悪く言われる事もないのに、と
チェカの話にユウは身に覚えがあった。
なんならそんな事もあったなと思い出す事もあった。
レオナとユウの結婚はそれはそれは平坦な道ではなかった。
片や一国の王子で、片や一般人どころかこの世界に戸籍も無い異世界人である。
一応、レオナとの婚約発表後すぐにユウはクロウリーの養子になったがそれも調べればすぐに分かる筈だ。
レオナは自分の事を疎まれた第二王子と言っていたが彼を慕う人は多くいた。
若く、男前ながら繊細さのある綺麗な顔立ちから純粋に顔が好きと言う人もいれば国家転覆の旗印に何て邪な考えでレオナに近付こうとする者もいた。
そういう者達の中には自分の娘孫と結婚させて近付こう何て考える者もいて、そういう輩からするとユウの存在は目障り極まりないもので、ユウが王宮に行く度に彼等はこそこそとこれ見よがしに悪口を言ったりするのである。
中にはご丁寧に毒を盛ってくる輩もおり、正直花嫁修行という名のカリムの毒薬講座とジャミルから結婚祝いに贈られた解毒剤の詰め合わせがなければユウは死んでいた所である。
そういえば、とユウは思い出す。
レオナの留年は本人のやる気の問題だとユウはずっと思っていた。
しかし、あれ程サボっていたのにある日を境に授業へ真面目に出席し出し、普通に卒業したレオナに一体何事かと当時のユウは思ったがその留年自体が王の、実兄の命だったという事を結婚してからレオナに何でもない様子で話されて知った。
その頃の王家はなんだかんだ跡継ぎ問題が解決しておらず、レオナの兄の治世が気に入らない者達がレオナを担ぎ上げて反乱を仕出かす可能性があった為、それを起こさない為にレオナに留年させたのだとか。
御家騒動面倒臭いなとユウは話を聞きながら思った。
大体の御家騒動は身勝手な家臣が原因で起きるのだ、というのはユウの持論である。
そしてその留年した一年の間に主要な反乱分子を刈り取り、レオナも許可が出たから進級したと言う。
そんな話を寝物語代わりに聞かされたユウは話を終えるとさっさと眠ってしまったレオナの隣で頭を抱えた。
兎に角思う事も言いたい事も沢山あったユウであるが既にそれは終わった事で、ユウは王族って凄いなという感想に留めた。
テレビや雑誌、新聞ではそれこそ華やかでキラキラした世界に生きる彼等は彼等なりに国へと身を捧げている。
国の安定した統治の為ならば自身を厭わず当たり前に献身する姿にユウは尊敬の念を抱いた。
そんな王族の一員になったユウであるがユウの生活は彼等に比べれば随分楽である。
何せ獣人でないし、名のある家の出身でも無い。
だから誰も彼もユウを嘲っても期待しないし見ないので応える必要も無かった。
それはデメリットでありメリットであった。
レオナもそんなユウの不人気さを大いに活用している。
何ならこの結婚もその不人気が狙いだったと言って良いかもしれない。
結婚初夜ではレオナからはっきり告げられた。
愛がない訳ではないが結婚の大半の目的は何も力も後ろ盾も無いユウと結婚した事で王様側の人間に自分は国家転覆の意思などないと示せる為なのだと。
ユウはそれでも良かった。
レオナは愛がない訳では無いと言っていた。
相手を利用する点ではユウも同じである。
この世界に血の繋がる身内がいないユウはレオナの家族になってやるという言葉に釣られて結婚したのだ。
そう言う事でお互い様であった。
最近は反王様派の者達ですらレオナには野心は無いのだと嘲り見ている。
レオナの見立て通りである。
まさかレオナの掌の上で踊らされているとも知らない彼等を嗤うレオナにユウも自分が役に立てているのでにっこりである。
何処に行っても蔑まれ、指を刺される期待外れな夫婦。
しかし、と思うユウ。
ユウ達は自分達を取り巻く彼等の反応に満足であるが、そんな思惑があるとも知らないチェカはどうだろう。
目の前に座り、もそもそとカツサンドを食べるチェカにはそれが純粋な悪口、しかも妻であるユウが大部分の原因であると思っている。
家臣達から馬鹿にされるのがレオナの狙いなのだという事を伝えるべきかユウは悩んだ。
「おじさんは」
カツサンドを食べ終えたチェカは口を開く。
上げた顔は悔しげで目には涙が浮かんでいる。
「強くて頭が良くてすっごいおじさんなんだ!」
チェカは叫んだ。
「僕のかっこいいおじさんを返して!!!」
胸を抱え、叫びにも似た声だった。
そんなチェカにユウは眉を下げる。
「ごめんねチェカ君」
ユウはチェカがレオナの事を大切に思い、慕っている事を知っている。
そして彼にとって大切なおじさんがユウの様な存在、レオナ自身の実力以外で貶められるのは耐えがたい苦痛だろうと容易く想像出来た。
「でも、レオナさんはもう私の旦那様だから」
チェカに譲れないし離れる気も無い。
ユウの言葉にチェカは大きな瞳を潤ませて温室を飛び出した。
恨み言一つや二つ言い捨てられるかと思ったユウであるがチェカも王子様である。
続柄上叔母とはいえ女性に暴言を吐く事はしなかった。
王子様徹底している、と王族の教育凄いとユウが感動していたところ、「甥っ子を泣かすとは酷い叔母さんがいたもんだ」と言葉の割に楽しそうな声でレオナは木の影から出てきた。
自分は仕方ないにしろ同じ獣人であるチェカによく見つからないな、とそんな事を考えていたユウの心をまるで読んだかの様に「あんなガキに見つかる程落ちぶれちゃいねぇよ」とレオナは言った。
「レオナさん魔法使いました?」
例えば読心系の、と聞けば簡潔な答えが返ってくる。
「顔にそう書いてあるんだよ」
「まじですか」
ユウは一心不乱に己の顔を揉み込んだ。
これでもユウは一応、ロイヤルファミリーの一員である。
これからも健忘術策が渦巻く王宮で生き残る為には何でも顔に出すのは不味い。
そんな思いで頬の肉を揉みまくるユウの頭をレオナは容赦なく掻き混ぜた。
「誰もお前の働きに期待していないし、働かせる気もねえよ。お前は俺の隣で暢気ににこにこ笑ってろ」
「それはもちろん笑いますし、レオナさんが笑わせてくれるのも分かってますよ。だけど私もただ隣にいて守ってられるだけなのは嫌です」
乱れた髪をほぐしながらレオナにそう告げたユウは「だから」と言葉を続ける。
「もし、レオナさんを困らせる輩が現れたらフロイド先輩仕込みの締め方でやっちゃいますよ」
空気を吸込み胸を張るユウにレオナはおかしそうに、微笑みを浮かべた。
「そうだ、お茶」
せっかくレオナが帰ってきたのだからと椅子から立ってお茶準備をしようとするユウにレオナは止めた。
レオナはユウの側で膝を付くとユウの少しばかり張り出したお腹に手を伸ばし、優しげな手付きで撫でて、耳を当てる。
ユウは妊娠した。
結婚してからそれなりに経っての事だった。種族が違うと妊娠は難いのか、子供がなかなか出来ないユウに誰もが眉を寄せ息を潜めて口々に「レオナ様はお嫁様を選び損じたのだ」と言う。
流石にこれにはユウも堪えた。
ユウは己の悪口は平気であった。
特別扱いの監督生などと影で言われながら学園生活を四年間過ごしたユウである。
悪口は平気であったけれどレオナとの子供が出来ないのは悲しかった。
子供は嫌いだと本人が言ってもチェカとの様子を見ていれば実はそんなに子供嫌いではない様に思えた。
そして続く不妊に一人悩んだユウであるがこの度漸く妊娠した。
今は体調不良と偽って離宮に篭っている。
それはレオナの意向であったし、兄夫婦からもそうしなさいと言われた。
家族仲は決して悪くないし、寧ろ暖かい家族なのである。
外野は最悪であるが。
そんな訳で公務を休む己に対し働かない穀潰しの嫁だとか外では好き勝手言われているんだろうなとユウは思う。
そしてチェカに心の内で謝った。
君が大好きなおじさんの悪口はもう暫く続きそうだ。
レオナは未だお腹に耳を当て澄ましている。
まだ何も聞こえない筈なのだがレオナはユウの妊娠を知ってから時折こうしていて、ユウもそれがなんだかんだ好きだったりもする。
「私達の可愛い赤ちゃん。ママもパパも君が産まれて来るのを楽しみに待ってるから元気に産まれてきてね」
ユウ言葉にレオナの反応は無い。
それを肯定と受けたユウは微笑みを浮かべてお腹を撫でた。
翌日もゆらゆら動く椅子に座って微睡んでいたユウの所にチェカがやって来た。
チェカは昨日、勢いで飛び出して行ったからなのか何処か気まずそうに視線を彷徨わせている。
「チェカ君、今日もお茶会しようか」
そう誘えば返事は無いがチェカの耳は小さく揺れ動いた。
ユウはお茶会の準備を始めた。
と言っても机に白いテーブルクロスをかけてお菓子やお茶を並べるだけの簡易なもので、準備を終えるとテーブルの写真を撮ってマジカメにあげる。
まさか今日もチェカが来るとは思っていなかったのでサンドイッチはハムサンド、メインはトレイ先輩直伝の苺のタルトであった。
ユウは自分の皿とチェカの皿にタルトを一切れずつサーブすると椅子につくも俯いたままのチェカに召し上がれと声をかける。
するとちらりとチェカはユウの顔を見た。
「昨日はごめんなさい」
突然の謝罪にユウは驚いた。
そして昨晩、王妃様から家の子が突然お邪魔してごめんなさいねという謝罪が届いた事を思い出したユウはチェカが昨日のやり取りを包み隠さず両親に話し、叱られたのだろうと推測した。
ユウの事情を知る王と王妃はユウに対してかなり同情的である。
突然親元を離れて訳も分からず異世界にやって来た件で夫婦は大号泣であったし、そのまま元の世界に帰れない事が判明した時の話には王様は胸を押さえて床に倒れていた。
小さく我が子を呼ぶ声が聞こえたのでユウの境遇とチェカを重ねてしまったのかもしれない。
挙句の果てに王族の御家騒動に巻き込まれ家臣や召使い、国民にまで好き勝手言われているのだから彼等のユウに対する同情は限界突破している。
そんな哀れで不憫な娘が周りの口さがない言葉や悪口を真に受けた我が子の凸を喰らったというのだから親として複雑だろうな、とユウは兄夫婦の心中を察した。
「チェカ君のその謝罪は王様とお妃様に怒られてのものかな?」
びくりとチェカの小さな肩は震えた。
分かりやすい反応である。
「ごめんね。心から謝る気持ちがない謝罪は受け取る気がないの」
チェカ表情は愕然としていた。
絶望に近く、一言謝れば済むと思っていただけに酷く裏切られた、というそんな表情である。
ユウは心が痛い。
小さな子を虐めている様で胸が痛い。
「あれはチェカ君がレオナさんを思って言った言葉なのにそれを誰かに注意されたからってなかった事にするのは嫌かな」
誰でも好きな人の事を悪く言われるのは嫌だよね、分かるよ、とユウは頷く。
ユウだって王宮でレオナを悪く言う輩の口に何度ハバネロを突っ込み、喉を嗄らしてやろうかと思ったか分からない。
寧ろそのタイミングを窺い、ハバネロを懐に隠し持っていたユウであるが匂いでレオナにバレて取り上げられた位である。
その時のユウは怒りで我を忘れており、レオナに気付かれなければ『レオナ王子の妻ご乱心!王宮内でハバネロテロを起こす!』なんて冗談みたいな記事を新聞に載せられる所であった。
「誰も信じてくれないの。僕がおじさんはどれだけ凄いか話してもみんな笑うだけで知ってくれないの」
チェカは純粋に大好きなレオナの事が話したくて、分かって貰いたかった。
けれど誰もチェカの話を真撃に聞いてはくれない。
彼等はチェカがまだ子供だからと侮っていたのかもしれない。
子供だから分からない、子供だから気付かない、子供だから知られないと心の何処かで侮り続けた。
そこにユウが現れてますますレオナの評判は落とされる。
「好きな人の事を分かってもらえないのは悲しいよね」
ぼたぼたとまたしても涙を零すチェカの側へ移動したユウは膝を付くとチェカの頭を撫でた。
「ユウさんも同じ気持ち?」
「うん、私もレオナさんの事を悪く言われるのは酷く悲しいもの。ましてや自分の所為で、となるとね」
本人はもうとっくに悪く言われる事を開き直っており、今はそれを最大限に活用していてもだ。
「それでも私はレオナさんの事が好きだから離れられないの。ごめんねチェカ君」
そう謝るとユウは大声で泣き出したチェカを抱き締めてあやした。
暫くユウの胸を濡らして泣いていたチェカは泣いてすっきりしたのか赤く晴れた目をしながら苺のタルトを頬張る。
そのチェカの晴れ晴れとした表情に安心していたユウであるが
「良かった。ユウさんが悪女?じゃなくて」
とチェカの口から思いもよらぬ言葉が飛び出してきたので思わず口に含んだ紅茶を噴き出して蒸せる。
紅茶は気管支へと侵入し、暫くげほげほと咽せていたユウは落ちついてからその話を詳しく聞いた。
「チェカ君、その私が悪女って言うのは」
「大臣の人がおじさんは酷い悪女?に捕まったって、あのあやしい女は悪い魔法をおじさんに使ってたらしこんだ?に違いないって」
言ってた!とチェカは答えた。
所々疑問形なのはチェカも言葉の意味が分かっていないという事であろう。
僅かであるがそれは救いであった。
そしてその何大臣か知らぬ者の発言からレオナが操るなりされて今の様な状況になっているに違いないと思い込んだチェカは勇み、離宮まで乗り込んで来たらしい。
ぜってぇその大臣締めてやる。
ユウはチェカに何て事を聞かせているんじゃいと心の内で某大臣への報復に燃えた。
「でも、その大臣の人の言う事は嘘だった!だってユウさんはおじさんの事が大好きだもんね!」
ユウに対するチェカはいつものチェカに戻っていた。
というよりは同じ人が好き、という事で同族意識が芽生えたのか以前よりも距離感が近く感じられる。
純粋におじさんが好き!が全開のチェカに対しユウは今更ながら此処までの自分の発言に恥ずかしさを覚えていた。
この短時間でレオナに対して好きと何度言ったのか、ユウは普段から本人にもあまり言っていないので羞恥が凄まじく熟しきった林檎の様に顔を真っ赤にさせる。
「あ、おじさん!」
チェカは温室に入ってきたレオナを視界に捉えると椅子から飛び降りてレオナの元へと駆けた。
そしていつも通り邪険にされるも構わず器用にレオナの身体をよじ登るチェカ。
そんなチェカに早々に諦めたレオナはチェカを肩に担いでユウ所迄やってくる。
「おい、チェカ。どうしてこいつの顔は真っ赤なんだ」
「?分かんない。けどさっきまでおじさん好きって!僕と普通に話してたよ」
チェカの返答にレオナは楽しげな視線をユウへ寄越す。
「随分、楽しそうな話をしてるじゃねえか」
とても意地の悪い笑みを浮かべたレオナは肩からチェカを下ろすと近くの椅子を手繰り寄せて座り、チェカもその膝の上に乗り込む。
「折角だから俺も混ぜてくれよ」
チェカは突然のレオナ本人の参戦に喜んでいた。
賢明に指折りレオナの好きな所を語るチェカ。
そんなチェカの頭を撫でながら聞いていたレオナはチェカが一旦話をやめたところでユウへと話を振る。
「で、お前は俺の何処が好きなんだ?」
レオナはユウの返答を待っている。
チェカもユウがレオナを好きな理由を聞いていない事に気付き興味深々である。
きっと此処で恥ずかしがって逃げようものなら折角築いたチェカとの信頼は台無しである。
逃げられないしきっと逃してもらえないとユウは始めから諦めていた。
なんてったって相手は狙った獲物を逃がさない肉食動物様なのである。
退路を失ったユウは勢いよく椅子から立ち上がった。
「全部大好きだよ馬鹿野郎!!!」
この公開告白、ユウの妊娠のお祝いに来たクロウリーとそのクロウリーの案内がてらレオナの学生時代の話を聞いていた王様お妃様にも聞かれていた。
チェカはにっこにこであったしクロウリーは驚いていて、王様お妃様は弟夫婦の冷めない仲を微笑ましく見ている。
「あ、これは、その違うっ」
「何だ寂しい事言うなよ」
思わぬ来客に前言撤回しようとしたユウの顎を立ち上がったレオナは掴んだ。
はんば無理矢理に上を見上げさせられたユウの表情は真っ赤である。
「俺も愛してる」
そう短く告げられるとユウの視界は暗くなり口が塞がれた。
突然のキスシーンにチェカは手で顔を覆いながら「きゃあ」と可愛い悲鳴を上げた。
クロウリーは少しばかり動揺していたが養子にした娘が幸せで何より、といった感じで肩を竦めている。
王様お妃様はやはり微笑ましく二人を見ていた。
それからチェカは毎日の様に離宮にやって来てはユウにレオナの良いところ好きな所をめいいっぱい語った。
余程、同士がいる事が嬉しいのかレオナがいてもチェカはユウの側を離れない。
チェカは身体が動かすのも好きな子供であった為、一頻りレオナ談議を済ますと決まって離宮の外で遊ぼうと強請った。
それに毎回応えていたユウであるが近頃はますますお腹が大きくなり流石に困っていた。
「おいチェカ、こいつは身重何だからあまり走らせるな」
「みおもって何?」
珍しくレオナの公務が無く、二人で寛いでいた所にやって来たチェカは今日も本人が目の前にいても構わずレオナの好きな所をユウに話していた。
そして満足いくまで話したところで何時ものように外で遊ぼう!とユウの手を引くチェカにレオナは苦言を呈す。
きょとんとレオナの言う意味が分からないという表情のチェカに説明を面倒臭がるレオナに代わってユウは説明した。
「私のお腹の中にはね、レオナさんとの赤ちゃんがいるの」
「赤ちゃん?」
ユウはいまいち理解出来ていないチェカの手を取り、膨らんだお腹に触れさせる。
丁度、赤ん坊がお腹の中を蹴った為、内側から手の平へ伝った振動にチェカはびくりと驚き、耳を真っ直ぐに立てた。
「それで暫くはチェカ君と外を一緒に駆けたりが出来ないの」
申し訳なさそうにユウが謝るとチェカは首を横に振った。
「生まれたらチェカ君の従姉妹になるから仲良くしてあげてね」
未だ驚きが抜けないチェカにユウは頼んだ。
数拍の間を開け、今度は首を何度も縦に振って了承の意を示したチェカの柔らかな髪をユウは撫でる。
「今日は私の代わりにレオナさんが遊んでくれるから」
「おい」
突然振られ、眉を寄せたレオナであったが未だ顔を強張らせ戸惑いを隠せないチェカを見ると大きく溜息をつき、立ち上がりとチェカの身体を抱えた。
そしてユウが手を振り見送る中、レオナとチェカは温室の外へと出た。
レオナは温室から出て、暫く歩くと大きな木の元にチェカを降ろし自分も座った。
てっきり遊んでもらえると思ったチェカであるがレオナの真面目な表情に気付き、レオナと向かい合う形に座る。
離宮はレオナがユウの為にと用意したので王宮や国内の何処よりも緑豊かで、チェカは特にふかふかな芝生がお気に入りである。
「お前に頼みたい事がある」
それはチェカ自身、初めての事であった。
レオナに頼み事をされる事は勿論の事、身分故に誰かに何かを頼まれる事自体が初めての事である。
それがむず痒いと感じながらも嬉しくなったチェカは身を乗り出して「何?!」と尋ねた。
「ガキのお前に頼むのは少し気が引けるがお前にしか頼めない事だ」
レオナは自分がいない時はユウとお腹の赤ん坊を守ってやってほしいとチェカに言った。
身を賭けて、という訳でなくただユウの側にいてやってほしいと。
チェカはレオナの頼みがよく分からず首を傾げていた。
そんなチェカの頭をレオナは捏ね回す。
「あいつは王宮で兄貴達以外に話せる相手はお前しかいないからな。お前のその能天気な笑顔を見ていればあいつの気が紛れる」
本当はレオナ自身がユウの側にいてやりたい所であるが王族である以上公務をサボっていつも一緒にいる事は出来ない。
「後、人前に出る時も側にいてやってくれ」
レオナはそろそろユウの妊娠について国内外に公表しなければならないと兄に言われた。
今まで体調不良を理由に公務から離していたがユウの妊娠も安定期に入った。
国民が納めた税で生活する王族が働かないのを国民は許してくれないし許されない事である。
しかし公務に復帰するというのはユウが悪意ある言葉に再び晒され、何なら腹の子供共々何て下衆い事を考える者も出てくる可能性もある。
しかしチェカがユウの側にいればどうだろう。
公務を休んでいる間もユウはチェカとのお茶会だけはマジカメにアップしていた為、世間はチェカを毎日のようにユウを見舞う優しい王子と捉えているし仲が良いとも思っている。
ならば公務や式典等で二人が一緒にいても何らおかしくはなく、微笑ましい光景である。
それにチェカの身辺は王に続き警護が厳しいからユウとチェカが一緒にいるだけで周りが勝手にユウも含めて警護してくれる。
ユウの王宮内外の印象はレオナが敢えて利用した事もありよろしくない。
なれば警護する者達も気の緩み、隙が出て来るがチェカがいれば大丈夫である。
そんな打算的な事を考える頭の隅でレオナの頭に薄暗い考えが過ぎった。
自分が継承権の低い王子で無ければ愛した女の身も万全に守れるのに今の己の身分ではそれは叶わない。
レオナは己の無力さに悔しさを覚え、唇を噛んだ。
「分かった。僕、ユウさんを守るよ!」
チェカは明るく笑った。
チェカは初めて人に頼られた事も嬉しかったが何よりそれがレオナからと言うのがとても嬉しかった。
「何なら僕がおじさんも守ってあげる!」
大きく出たチェカにレオナは鼻で笑った。
「ガキに守られる程俺は落ちぶれちゃいねぇよ」
「あいたっ」
小さいながら一丁前にユウだけでなくレオナも守ると豪語するチェカの小さな額をレオナは指で軽く弾いた。
「レオナさん、チェカ君!」
何やらバスケットを抱えたユウが二人の所へ駆けて来た。
そう走っていた。
走るにしては速度は控え目で遅いものであったがそのユウにギョッとしたレオナとチェカは立ち上がり此方へ向かってくるユウの方へと向かう。
「馬鹿かお前は。無闇矢鱈に走るなって言っただろ」
ユウは数年経った今でも監督生だった時の癖が抜けず、つい何処でも駆け足になってしまう。
これまではそれを特に注意もせず静観していたレオナであるが妊娠がわかってからも同じ事を繰り返すユウに気が気でない。
チェカはよく分からないが先程走れないと聞いていただけに驚いている。
「ごめんなさい。つい癖で、でも大丈夫ですよ!靴はぺったんこなのを履いてるしスピードも競歩程しか出してないので!」
拳を握って得意げな顔のユウにレオナは大きな溜め息を吐くと顔を手で覆い空を見上げた。
「駄目だよ」
「チェカ君?」
チェカはユウのお腹に抱きついた。
「走っちゃ駄目」
抱きついてユウを走らせまいとするチェカにユウは表情を緩める。
「心配してくれてありがとうチェカ君」
「僕がユウさんを走らせないしユウさんもお腹の赤ちゃんも絶対に守るからね!」
突然の宣言にユウは目を丸め、首を傾げレオナを見た。
「どういう事ですか?」
「秘密だ。男同士の秘密」
だからユウには話さないというレオナにユウは早々に理由を聞き出す事を諦めてチェカを見た。
チェカはレオナの言った男同士の秘密という言葉に顔を輝かせている。
「チェカ君」
「男同士の秘密だから駄目!」
尋ねる前に答える事を拒否されたユウは頬を膨らませ拗ねて見せた。
対して二人は意味深に顔を見合わせて笑うのだからユウはその秘密が気になって仕方ない。
「もう、何よ二人共!」
チェカはレオナとの約束通り、公務に復帰したユウの側に出来るだけいてくれた。
やっと妊娠したレオナの妻。
甥っ子と仲良くするユウの様子に少しばかりユウへの周りの評価は良くなった。
チェカのおかげかユウと赤ん坊は誰からも害される事も無く、暫くして元気な女の子が生まれた。
赤ん坊が生まれた翌日、家族揃ってお祝いに来た王様、お妃様とチェカ。
揺り籠に揺られてすやすやと眠る赤ん坊を見たチェカは一目見て「僕のお嫁さん」と言うほどに気に入り顔を赤らめた。
そんなチェカに「あらあら微笑ましい」と悠長な事言うユウと妃。
対して色々問題あるだろと頭を抱える王様。
そして頬を痙攣らせたレオナはチェカから娘を離すと大きな声で娘はやらん!と告げた。