リュウグウノツカイの人魚
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「あ、レオナ君とラギー君だ。おはよう」
ひらひらとその薄くて白い掌を振るうラセルにレオナは小さく呻いた。
その小さな呻き声を聞きながらラギーも挨拶を返し手を振るった。
レオナもやはり小さな声で挨拶を返す。
ラセルはそのまま他の生徒達に声を掛けられて人の波に消えていく。
それでも律儀に此方に向かって今度はさよならの手を振っていた。
ラギーはもう見えていないだろうと思いながらも同じ様に手を振り返しておいた。
「しっかし本当、レオナさんは長老先輩が苦手っスね」
ラセルと会う度、表情は平静を装えているが耳と尻尾は如実にレオナの心情を表している。
レオナはラセルが殊更苦手であった。
「あんな風が吹いただけで倒れそうな先輩の何が駄目なんスか?」
丁度、二人がいた吹き抜けの廊下を強い風が吹いた。
少し離れた所から生徒達が騒ぐ声がする。
ラギーの言葉の通り先程の強風に煽られてラセルが転倒したらしい。ラセルが深海育ちの人魚だというのは有名な話である。
ナイトレイブンカレッジ史上最長の在学年数を誇るだけに陸に上がって早うん年だと言うのに未だに彼方此方でラセルが転倒したという話を聞くのだからどれだけ陸に向いていないんだとラギーは思う。
そんな陸に不慣れな人魚をレオナは苦手としている。
目障りだとか見ていて苛々するとかそんな理由でなく純然たる恐怖の対象として。
「ラギー、お前の目は節穴か?」
そう言いながらもレオナは仕方ない事かとも頭の何処かで思った。
あの騒動、今は温厚な先輩で通っているラセルが盛大にキレて暴れた事件を知っているのは当時もいた教師陣達と留年したレオナ位なのである。
もしかしたら年の離れた兄弟がいる者等は当時の話を聞いているかも知れないが今のラセルは前述の通り温厚、孫を可愛がる好々爺の様な男であるため何かの冗談と思うかもしれない。
けれどレオナは当時の事を知るからこそ今の表情が恐ろしく見えた。
「サバンナを生き残る奴はな、相手の力量を推し量るもんなんだよ」
レオナの入学当初、ナイトレイブンカレッジでは嫌なものが流行っていた。
イグニハイド虐め。
意味は言葉そのまま、自己主張の弱いイグニハイドの寮生をよってたかって虐めたりパシリにしたりするものであった。
主にこの主犯格は身体が大きく、力が強い傾向のあるサバナクローの寮生である。
稀にハーツラビュル寮生が見かねて苦言を呈したりもしていたがその他の寮生は我関せずであったしイグニハイドの寮生も下手に状況を掻き回されるより素直に言う事を聞いていたら事は済むので余計な事はするなという感じであった。
そんな感じで学園の彼方此方でサバナクローの寮生にイグニハイドの寮生が傅いて使いっぱしりをされているという光景は当たり前の様に見られたのであるが、ある日事件は起きた。
サバナクローの寮生が買ってくる様に命令したデラックスメンチカツサンドをイグニハイドの寮生が買い損ねたのである。
自分の欲しかったパンを買って来なかったイグニハイドの寮生にサバナクローの寮生は顔面にただのメンチカツサンドを投げ付けて罵声を浴びせた。
昼休みだった為すぐに野次馬の生徒が集まり出した。ポムフィオーレの生徒は野蛮だと蔑んで早々にその場から立ち去って行った。
レオナもその時に戻れるならそうしておけばと今は思うのだがその時のレオナは退屈凌ぎに丁度いいとわざわざ見物に来ていた。
不幸な事にその日のサバナクローの寮生は朝から不運続きで苛立っていたし、イグニハイドの寮生も連日の使いぱしりに時間を取られて趣味の時間が削られ苛立っていた。
だからいつもなら平身低頭で「すみません」と謝っている所を「そんなに食べたいなら自分で買いに行けよ」とマジレスを零してしまう。
とても小さな声であったが相手は獣人だった為よく聴こえており、イグニハイドの寮生は次の瞬間には宙に舞っていた。
サバナクローの寮生が魔法を使ったのである。
数名の生徒が教師を呼びに走ったが残りの生徒は煽っていた。
毎日が同じ事の繰り返しで娯楽に飢えていた彼等は突然の騒ぎを残酷にも盛り上げる事にしたのである。
誰かがイグニハイドの寮生を魔法で立たせる。
それをサバナクローの寮生はサンドバッグでも扱うかの様に殴った。
始めこそは教師が来るまで適当に殴られて、教師が来た所でサバナクローの寮生の暴力を理由に彼の停学なり退学を訴えようとでも考えていたのだろうがその身を襲う容赦の無い暴力にイグニハイドの寮生は脆弱な草食動物よろしく怯えて懇願していた。
「もう止めてくれ!」
それでも暴力は止まない。
流石にこのままでは不味いと観客の生徒達も思ったがサバナクローの寮生はとても屈強な身体付きで皆は怯えて止める事が出来ない。
「何をしているんだ!」
そこへ数名のイグニハイドの寮生に連れられて現れたのは既にこの時、一部から長老先輩と呼ばれていたラセルだった。
「殴るのを止めてくれ!血が出ているじゃないか」
何なら鼻の骨も折れているのか変に鼻の骨は曲がり、制服も血や砂埃で汚れてボロ雑巾の様なイグニハイドの寮生を背に庇い、ラセルはサバナクローの寮生の前に立ち塞がる。
「外野が口を挟んでるんじゃねえ。これは俺とこいつの問題だ」
「これは過剰な暴力だ。彼が死んでしまう」
それに、とラセルは言葉を続ける。
「近頃の君達の行動は目に余る。イグニハイドの寮生達は他の寮生の玩具でも下僕でもない、対等な同じ学園の生徒達だ。
なのに、どうして」
ラセルの言葉はそこで途切れた。
ラセルの小言にうんざりしたサバナクローの寮生がラセルの顔面を殴ったのである。
枯れ枝の様に細くて長いラセルの体は先程の寮生より遠く飛んだ。
漸く五月蝿いのがいなくなったと言わんばかりに暴力を再開させたサバナクローの寮生に駆けつけた同寮生達の手を借りて身を起こしたラセルは尋ねた。
「どうしてこんな酷い事をするんだ」
「どうしてってそりゃあお前達が貧弱で俺達が強いからだよ」
高笑いをするサバナクローの寮生をラセルは茫然と見ていた。
「この世は弱肉強食さ。強い者が弱い者を虐げて何が悪いんだ。恨むなら弱い自分を恨むんだな」
レオナはその言葉を聞いて行動は感心出来ないながらもサバナクローの先輩である男の言葉に同意した。
その時、レオナの身体を悪寒が走った。
ぞわりと全身の毛という毛が逆立つ。
荒くれ者の多いサバナクロー寮でも感じた事のない殺意で、殺意の元はラセルであった。
「それなら僕が君を痛めつけても良い訳だ」
「あ?」
明らかに雰囲気を変えたラセルにサバナクローの寮生は胡乱な目付きでラセルを見る。
「深き者等の隊列」
ユニーク魔法であろうか、ゆらりとマジカルペンを握って一人で立ち上がったラセルがそう唱えるとサバナクローの寮生がいる場所を中心に地面を突き上げるような強い揺れが辺りを襲った。
レオナ達観客のいる場所は身体がぐらつく程度であったが件のサバナクロー寮生だけは姿がブレて見える程に激しく上下に揺れ動いていた。
気絶しているのか殴られていた筈のイグニハイド寮生はいつの間にかラセルの後ろに転がっていて同寮生に介抱されている。
サバナクロー寮生はラセルに魔法を止める様に言っていたが舌でも噛んだのか悪態をつきよく分からない声を上げて叫んでいた。
けれど揺れは止まらない。
足下も地面が割れて立っていられなくなったのか地面に蹲るサバナクローの寮生にゆっくりとした足取りで近付いていたラセルは冷ややかな目で見下ろしていた。
観客の側の壁や床も嫌な音を立てている。
誰かがこのままでは不味いのではと騒ぐ。
けれどやはり揺れは止まない。
寧ろラセルから滲み出す怒りを表すかのように徐々にであるが揺れは確かに強くなっていた。
「これよりもっと強く揺らしたら君はどうなるのかな?バターを作るみたいに分離しちゃうのかな」
静かに淡々と、ラセルは何やら恐ろしい事を言っていた。
本当にこれ以上揺らしたらどうなるのだ。
既にサバナクローの寮生は気絶したのか異様に静かだった。
「そこ、何をしているのです!」
ハーツラビュルとオクタヴィネルの寮生にそれぞれに引き連れられて学園長とバルガス、クルーウェルがやって来た。
「止めなさい!レガレスク君!君はそんな事をする生徒じゃないでしょう!」
「邪魔しないで下さい学園長。僕は今、この場で誰が一番強いのか彼に示している所なんです」
いつもは温厚で、品行方正で通っているラセルが今に舌打ちでもしそうな様相に
「彼、無茶苦茶キレてるじゃないですか?!一体誰ですか彼をこんなに怒らせたのは」
学園長はらしく無いラセルに悲鳴にも似た声を上げていた。
そして流石、学園長と言うべきか何だかんだラセルの魔法を止めた。
「おい、大丈夫・・・じゃ無いな」
バルガスはサバナクローの寮生に声をかけたが彼は地割れを起こした地面で白目を剥いて、泡を吹き、気絶していた。
「こっちは鼻の骨が折れているぞ」
クルーウェルはぼろぼろのイグニハイドの寮生を介抱している。
「何となく話は理解しました。レガレスク君は学園長室まで、バルガス先生とクルーウェル先生は彼等を保健室へお願いします」
結果で言うとサバナクローの寮生は停学処分に、ラセルも殴られたとはいえ過剰防衛という事で謹慎処分を受けた。
と言ってもラセルは病み上がりで久しぶりに学園に顔を出した所だったのだがこの一件でまたしても体調を崩し入院した為、謹慎はあって無いようなものだった。
因みにこの入院のおかげでラセルはこの年の留年が確定となる。閑話休題。
学園はこの事態を重く受け止めて全学園の生徒に今後一切のイグニハイド虐めなるものは止める様にと厳重注意した。
しかしもう学園の生徒は言われなくてもそんな事をする気にはなれなかった。それなりの数の生徒が怒るラセルの姿を見て戦慄したのである。
特にサバナクローではラセルを今後怒らせる様な事はしないよう不文律が生まれた。
眠れる獅子を目覚めさせるなと
「頼むから俺が寮長のうちは眠る獅子の尾を踏むような事をするんじゃねえぞ」
回想を終えたレオナはぶるりとその身を震わせた。
面倒事は御免だと突然零したレオナにラギーは意味が分からなかった。
「それ、どういう意味っスか?レオナさん?」
「お前らは後輩は何も知らなくて幸せだって話だ」