リュウグウノツカイの人魚
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談話室のソファーで辺りから顔を隠す様にタブレットを掲げるイデアはそっとタブレット越に向かい側でお茶を啜りながらオルトと談笑するラセルを窺い見た。
ラセルは見るからにご機嫌であった。
いや、いつもラセルはご機嫌である。
掛けた黒いサングラスで分かりにくいがラセルは何時も朗らかに笑っている。
腹の底に薄暗い何かを抱えていたり企みがあっての微笑みではなく純粋に春の暖かな日差しの様な微笑みを浮かべるナイトレイブンカレッジではそれは貴重な人物である。
そんな裏表の無いラセルを慕う者は大勢おり、イグニハイドの寮生にも沢山いた。
おかげで何時もは閑散としている寮の談話室は寮生で溢れていてイデアは非常に居心地が悪かった。
その居心地の悪さにイデアは今すぐ自室に篭りたい。
けれど折角ラセルがイデアをお茶に誘ってくれた上、ラセルと喋るオルトも何処か楽しげでイデアは言い出し辛かった。
二人掛けのソファーでひそひそと、楽しげにオルトと話していたラセルに一年生と思わしき小柄な寮生が話掛けた。
「レガレスク先輩!」
緊張しているのか何処か上擦った声で話し掛けてきたその寮生は分厚い教科書をラセルに差し出した。
「魔法史だね。何処か分からないところがあったのかな?」
ラセルの問いにその寮生は首がもじけるのではと言うほどに首を縦に振った。
おずおずとラセルの隣に回って開かれた教科書の一文うを指し示せば「ここはね」と優しげな声でラセルが説明する。
それを寮生は赤ら顔で聞いていた。ラセルが一通り説明を終えるとぺこぺこと何度も頭を下げて寮生はその場か立ち去る。
「良くやりますわー」
皮肉等ではない。
本心からの言葉である。
「僕は誰かに教える事は嫌いじゃないよ」
「それは知ってる」
だから先程から短いスパンで寮生達から変わる変わる質問を受けてもラセルは何も不思議に思わない。
しかしそろそろ気付いて欲しいとイデアは思う。
ここは死者の国の王の勤勉な精神に基づく寮で、教科書に載っている事柄で分からないという様な者はそもそもこの寮に振り分けられないのである。
しかしきっとそれを指摘してもラセルは「そうだね」と笑うだけなのだろうとイデアには想像がついていた。
それがラセルらしく、何故かイデアはもやもやする。
そんな胸の内はさて置いて、しかし今日のラセルは特にご機嫌だなとイデアは思った。
「もしかして何かあったの?」
「ん?もしかして浮かれてるのが分かる?」
丸わかりだとイデアが答えればラセルは笑みを深めた。
陽キャ何て目では無い程の眩しい輝きにイデアは目が潰れるかと思ったが何とか手に持つタブレットで防げた。
どうやら流れ玉が被弾したらしい数名の寮生は目を押さえ蹲り「目がー!!!」と叫んでいる。
ご愁傷様。
ラセルと普段から慣れ親しんでいないからこうなるのである。
君達は経験値が足りないのだよ、とイデアは心の中で扱き下ろしつつ件の寮生達に合掌を送った。
しかし、とイデアは思う。
イグニハイドの寮生であるラセルがイグニハイド寮特攻持ちとはこれいかにと。
「実はね」
声を潜めてイデアに近付くラセル。あまり沢山の人に聞かれたくはない話らしい。イデアは己のペンを振るってイデアとラセル、オルト以外には聞こえない様に防音魔法を貼った。
魔法の壁の向こうで寮生が何か叫んでいるが何も聞こえない。
「兄妹が出来たんだ」
「は?」
「血の繋がりは無いんだけどね」
イデアは驚いて目を瞬かせ、オルトは事態が分かっていないのか「良かったね!」と純粋に喜んでいた。
しかしイデアの頭は処理落ちしていてもう一度「は?」と声を漏らした。
「どう説明したら良いのかな。兎に角僕に兄妹が出来たんだ!」
実はずっと君達兄弟が羨ましかったから嬉しさが顔に出てたみたいだ何て眩しい表情で言うものだからイデアは思わず変な悲鳴を上げて仰け反った。
背後では防音魔法を掛けている筈なのに騒がしい。
どうやら今のラセルの表情でまたしても数名がクリティカルヒットを受けようである。
オルトはラセルの気持ちに共感しているのか抱き付いている。
その光景がイデアには微笑ましくて尊かった。合掌。
「あー取り敢えずその話は僕達以外にはしない方が良いかも」
イデアはこれ以上二人を見ていると自分の何かが浄化されて消えそうだと思い、顔を逸らしながら言った。
「そうかな?」
「そうだよ。下手にそんな話が拡がると知らない間に兄弟が増えるよ」
「それはそれで楽しそうだね」
「やめろください」
呑気ラセルにイデアは本気で勘弁してくれと思った。
普段から学年に関わらず長老何て呼ばれて慕われている男である。
安易に彼方此方でラセルの弟を名乗る馬鹿で溢れ返りそうでただただ恐ろしかった。
「兄さんの言った通りだよ。きっとラセルさんのその兄弟も自分の他に兄弟が沢山増えちゃったら寂しいんじゃないかな?」
「オルト君はそう思うの?」
「うん。僕なら寂しいもの」
オルトの言葉に全イデアは泣いた。
「じゃあ、やっぱり此処にいる三人だけの秘密だね」
そしてオルトのファインプレーにスタンディングオベーション。
突如、ナイトレイブンカレッジを襲う未曾有の危機はオルトの機転で未然に防がれる。
本日のMVPはオルト、異論は認めないとイデアは心の内で出来た弟に賞賛を送り続けた。