リュウグウノツカイの人魚
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長い授業を終えたユウは萎びた花の様に項垂れていた。
学園長にこの学園の生徒として認められて初めての授業が今日であったのだけれどどの授業も言葉は分かる筈なのにどれも呪文の様で、何一つ理解が出来なかった。
しかも魔法史の授業では授業の開始早々に眠ってしまったエーデュースとグリムのとばっちりで当てられてしまい何一つ答えられない。
余程初歩的な問題だったのかトレイン先生には呆れられて、クラスメイト達には笑われてしまいユウは恥ずかしかった。
けれどユウは言いたい。
自分はこの世界に来たばかりの異世界人でこの世界の当たり前な知識等少しも知らないのである。
次の授業までに元いた世界でもしなかった予習をしておくべきかと思うのだが教科書に書かれている事の大半はユウには訳が分からなかった。
せめて誰かに聞こうにも教師陣は中々忙しく捕まらず、昨日の鉱山一件から仲良くしてくれるエースとデュースの二人は放課後に部活があるため忙しい。
グリムはつい先日迄野生だったので勉学に於ける知識の無さはユウとどっこいどっこいであった。
そんなグリムはエースの部活に付いて行っていない。
座学となると途端に辛抱が効かず、騒がしいグリムのいない間に勉強をしようと図書室で借りた本はとても重く、ユウは浅い呼吸を繰り返しながら寮を目指した。
「あれ、誰だろう」
寮の入り口の前に誰かが立っていた。
細枝の様に長い誰かはユウに気付いたのか此方に向かって手を振っている。
夕日がきらりと黒いサングラスに反射した。
「ラセル先輩」
「連日お邪魔してごめんね」
「いえ、また先輩とお会い出来て嬉しいです」
茫然と立ち尽くすユウの元へ駆けて来たラセルはさりげなく持っていたユウの荷物を拐うと態々寮に来た理由を話してくれた。
ユウ達がやってくる前から寮の地下室を利用していたラセルはそこに置いていた荷物を取りに来たのだと言う。
「荷物ですか?」
「そう、というか水槽だね」
「水槽」
何故地下室に水槽、と理解が追いつかないユウにラセルは自身の身体の説明も含めて話す。
ラセルは深海の人魚であるのだが深海と地上では環境が違い過ぎて時たま体調を崩す時がある。
そういう時は人魚の姿に戻り、深海の環境に近付けた水槽の中で大人しく養生に務めるのだが所属する寮は他の寮より寮生の趣味等から精密機器が多くあるため、そんな寮で水槽を使った養生は難しかった。
そこで無人で人の寄り付かないオンボロ寮に水槽を置いていた。
「僕も学園長に言って無かったからまさか学園長も僕が半ばこの寮に住みついていたのは知らないだろうね」
ラセルの案内で見せて貰った水槽は水深が浅いものの大きな水槽であった。
それをどうやって運ぶのかユウは不思議がったがラセルがマジカルペンを取り出した所で理解した。
理解した所でちょっと待てよとユウの思考は働く。
ユウは今日一日、学園で生徒として過ごしてみて分かったのはこの学園が自分の想像以上に沢山の生徒を抱えているという事である。
生徒の殆どが集まる昼食時の食堂など人にぶつからずに歩くというのも困難であった。
異世界から来たばかりのユウが頼れる人は限られている。
学園長にグリム、エースとデュースにラセル。
現時点で頼りやすく信頼を寄せているのは会ったその場で足の怪我を直してくれラセルであった。
昨日は偶然、今日は水槽の事で二日続けてラセルに会えたがこれからはどうであろう。
日中もユウは無意識ながらに数少ない顔見知りであるラセルを探したが一度も見掛ける事が無かった。
もしかするとこの先も会うのは難しいかも知れない。
それは困るとユウはラセルの振おうとしたマジカルペンを掴んだ。
「片付け無くて良いです!」
「え、でも」
「後からこの寮に来たのは私とグリムだし先輩が私達に遠慮する事ない筈です」
この世界の通信機器を持たないユウは打算的であるが何としても数少ないラセルと会えるきっかけを失うまいと必死であった。
ラセルもラセルで自分が異性の暮らす建物に出入りするのは良くないと思っているし、ユウに対する他人の印象も良くない、と慌てている。
互いに言い合い、譲り合い、話し合った結果ラセルが地下室を利用する時はユウに一言声を掛ける事になった。
ユウとしては今迄通り好きに使っても良かったのだがラセルがそれを譲らなかった。
「駄目だよ。僕も含めて男は皆狼だと思わなくちゃ」
真面目に語るラセルであるがユウにはそんな彼の姿が近所の優しいお兄さんと姿が被って懐かしかった。
だからついつい「もう、分かってるよお兄ちゃん」などと無意識に返事してしまう。
固まるラセルにユウも己の失言に気付いて顔を赤らめた。
喩えるなら教師をお母さんと呼んでしまった時の恥ずかしさである。
実際、その失敗をしてしまった時は教師から苦笑いを、クラスメイトには笑われた。
ここでもユウは笑われると目を閉じて構えたがラセルからは想像とは違う反応が返って来た。
「お兄ちゃんか。そう呼ばれるのは初めてだから何だかこそばゆいな」
ほんのりと白い肌を紅潮させ、照れて見せたラセルにユウの胸はこれまでに無い高鳴りを覚えた。
ときめいた。お兄ちゃんではないけどお兄ちゃんが可愛すぎてユウは昇天しかけた。
「これからもお兄ちゃんと呼んでも良いですか!」
思わず復活するなり食い気味に言えばラセルは引くどころか少し嬉しそうに頷いた。
こうしてユウは頼れる異世界の兄を手に入れた。