トレインさん家のお孫さん
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「お腹空いた」
きゅるるると虚しい音をたてて鳴ったお腹を摩りユウは空を見上げた。
それもその筈、本来であれば今頃ユウは購買で買い物を済まし、購買で買った茶葉やお菓子でトレインやルチウスとアフタヌーンティーをしている筈であった。
しかし気付けば見知らぬ森の中。
以前教えてもらった教えの通りに迷子になったからにはその場でじっとしているがユウのお腹も心も寂しかった。
「ルチウス、トレインさん」
既に何度も一匹と一人の名前を呼んでいるが彼等からの返事はない。
それがますますユウに寂しさを与えた。
何もする事がなくユウは膝へと顔を暫く埋めていたが、微かに耳を掠めた音にユウは顔を勢いよく上げる。
それはか細く、弱々しく、赤ん坊の声の様に聞こえた。
自分以外に誰かが赤ん坊を連れているのか、はたまた自分の様に赤ん坊が一人でいるのか、特に後者であれば大変な事だとユウは立ち上がると迷わず赤ん坊の声が聞こえる霧の向こう目掛けて走り出した。
ユウが行方不明となったという話は休日に起こったにも関わらずその翌日には全生徒にまで知られていた。
誰もがユウの身を案じ、いなくなる前にユウと話したという生徒の中には体調を崩して保健室で寝込む者も現れた。
いつも慎重な学園長はすぐさま警察を呼び、教師陣も自分達に可能なアプローチでユウの行方を探したがユウの足取りは依然として掴めていない。
学園中は暗く寒い冬の様で、誰もが溜息を吐き授業に気を逸らす者も多くいた。
一人を除いては
「授業を開始する」
靴音を響かせ教室に入って来たトレイン。
彼だけは何時も通りであった。
飼い猫のルチウスはユウがいなくなった日からユウのいなくなった三叉路を彷徨いており不在。
その点に限りで、他は何時も通りである。
この様な事態という事で他の教師陣は多少生徒にやる気がなくても目を瞑っていたがトレインだけは相変わらずの厳しさであった。
何ならユウが来る以前の厳しさに戻っていないかとさえ生徒達には思えた。
そんなトレインに不満を持つ生徒はそれなりにいて、彼等は直接トレインには言わないが集まっては廊下や寮の談話室、食堂等で口々に不満を漏らしていた。
「トレイン先生はおちびちゃんの事心配じゃないのかよ!」
「未だルチウスの方が情があるじゃねぇか」
「ルチウス、おちびの事を自分の子供みたいに可愛がってたもんな」
図書室で次の授業の予習をしながら近頃のトレインに対して不満を漏らす一団がいた。
「先生はやっぱりおちびの事、煩わしかったのかな」
ぽつりと漏らした一人の生徒の言葉に他の生徒は口を閉ざし眉を八の字に下げた。
教師陣がユウの親権を得る為に争っていたというのは全生徒が知る話である。
その際、ユウがルチウスと家族になりたいと言った為にトレインがユウを引き取ったという話も同じく知られている。
今回の騒動でも顔色一つ変えないトレインに生徒達はやはりそうなのだろうかと思った。
「君達、お喋りがしたいのなら別の場所でしてはどうかね」
「トレイン先生」
「騒がしくしてすみません」
「失礼します」
本棚の影から図書を片手に現れたトレインに生徒達は驚き、先程の会話が聞かれたのでは胸をドキドキさせながら立ち上がるとそそくさと図書室を退室した。
その去り際すら足音を煩く響かせていた彼等に溜息を吐きながらトレインは視線を棚へと戻す。
「もう少しユウくんの身を案じる気持ちを顔に出されてはどうですか?トレイン先生」
にょっきりと本棚奥の影から現れた学園長。
その学園長の言葉にトレインは片眉を上げた。
「実はトレイン先生がどの先生方よりもユウくん行方を見つける為に空き時間を見つめては資料を探している事を生徒達が知ったらきっと皆さん感激しますよ」
「ご冗談を」
手に取った本を開き、ぱらぱらとめくり終えるとトレインは本を元のあった場所へと戻した。
「私は誰かに評価されたくてあの子を探している訳じゃありません。身内であるあの子を見つけるのが私の責任であり義務であるから探しているのです」
そう言い切ったトレインは授業があるからと学園長に断りを入れて図書室を後にした。
「トレイン先生、良い父親の顔をしていますね。年から考えて良いおじいちゃんの顔でしょうか」
にっこりと微笑んだ学園長は図書室の窓から見える曇天を見つめた。
「トレイン先生も懸命に手掛かりを探している訳ですしユウくんが早く見付かると良いのですが」
それからユウが帰って来たのは一ヶ月後の事であった。
見つかったのはバスケ部が試合を行なっていた体育館で、彼等は突然の事に驚いた。
何時もの様にドリブルを行いボールを奪いあっていたそこでごろりと転がす様にユウが何処からともなく現れたのである。
彼等は呆然と立ち尽くし、ドリブルを止めてしまった為、ボールだけが暫く跳ねてそのままコートの外に転がった。
「あれ、お兄ちゃん達だ」
それまで丸く蹲っていたユウは身体を起こすといなくなる前と変わらぬ笑顔で固まるバスケ部員達に手を振った。
そんな動いたユウにバスケ部員達は、同じく体育館を使っていた生徒達は建物を揺らす程の大きな声を上げた。
「きゃあ」
その大きな声に驚いて後ろに転がるユウ。
そんなユウを構わず数人で担ぎ上げた彼等が向かったのは学園長室でなくトレインが駐在する部屋であった。
正しくはその部屋で寝込んでいるルチウスである。
この半月前から食欲を落としたルチウスはトレイン駐在するその部屋で伏せっていた。
これはユウがいなくなって気落ちしているに違いないとルチウスのその愛情深さに感動していたバスケ部員達は少しでも早くルチウスにユウを合わせる為その部屋へと向かっていた。
突然担ぎ上げられたユウはその上下する振動に目を回している。
「あれ?!おちびっ」
「おちびだ!」
「何でバスケ部員の奴等に担がれてるんだ??」
その部屋に向かう最中、バスケ部員に担がれるユウを見て辺りは騒ついた。
元気そうなユウを見て喜ぶ者、泣き出す者。
未だユウの帰還を信じられず頬を抓る者もいた。
そうして進む先々の廊下を騒つかせたバスケ部員達はノックをするのも煩わしいと無遠慮に扉を開ける。
「これは一体何の騒ぎだね」
騒々しいと廊下の騒ぎに不快感を声に滲ませたトレインであるがその視線は分厚い本へと向かっていた。
「俺達、ルチウスに用がありまして」
「ルチウス!おちびが帰って来たぞ!」
良かったな、とバスケ部員達は目を回したユウを床へと下ろした。
「ルチウス?」
目を回しながらもルチウスの名に反応するユウに籠の中で丸く蹲っていたルチウスも耳を立てて反応した。
これからルチウスとユウの感動の再会、という場面でトレインの方から大きな音が響いた。
それは彼が机に積み重ねていた本を倒してしまった音で、けれどトレインは構わず一歩一歩大きな歩幅でユウへと歩み寄る。
「トレインさん、ただいま帰りました」
漸く目を回していた余韻がなくなって来たユウは目の前で立ち尽くすトレインを見上げた。
そしてまだおつかいが終わっていない事を思い出し慌て出すがそんなユウをトレインは構わず抱きしめた。
「よく無事に帰って来てくれた」
トレインの言葉に同意する様に籠から身を起こしユウの足に頭を擦り付けるルチウスも鳴いた。
突然トレインに抱きしめられて困惑するユウであったが、その彼から伝わる体温に安堵する様な少し恥ずかしい様なでユウはほんのりと頬を染めて笑った。
まさかトレインがこんな反応するとは思わなかったバスケ部員達は驚きながらもその感動の再会に緩んだ鼻を啜り、互いに目元に溜まるそれが汗だ涙だと言い合う。
せっかく感動の再会となったのだし暫くそっとしておこうかと彼等は気を使い静かに部屋から退出しようとしたがそこへ騒がしく学園長が現れるので全てが台無しとなった。
「ユウくんが帰って来たのならどうしてまず私に報告してくれないのです!!!」
「だって学園長、おちびの親権取り損ねたし」
「お黙り!」
小さく反論した生徒に厳しい眼でそう言った学園長は一転し、ユウには優しげな眼差しで近付いた。
「ユウくんが無事で本当に良かったです。それで何処の輩に拐われたのです?私がしっかりとお礼をして来ますので覚えている事は何でも話して下さい」
「なんか物騒」
「学園長マジギレじゃん」
「この人おちびが心配で授業の見回りもしないでずっと探してたもんね」
外野が好き勝手に喋る中、学園長はじりじりとユウに近づき返答を急かせた。
そんな学園長にユウは大きな瞳を瞬かせて首を傾げる。
自分の言う言葉が難し過ぎたのかと考えた学園長はユウにもわかる様言葉を変えて尋ねるがユウの反応は先程と同じであった。
「私、誰とも会ってないです。気付いたら森の中にいたの」
ユウがそう話出した時にはユウをここへ連れて来たバスケ部員は追い出され、部屋にはユウとルチウス、トレインと学園長しかいなかった。
「森ですか?」
「大きな木がいっぱい生えてて、真っ白なもやもやがあって」
「貴方はそんな森に一ヶ月以上も一人で生活してたんです?」
学園長はユウの言う事を信じられない訳ではないが誰か庇いたてしているのではと考え尋ねた。
すると再びユウは目を瞬かせて首を傾げる。
「一ヶ月?」
「そうですよ。貴方は一ヶ月もの間行方不明だったんですよ」
「でも、私がトレインさんと別れたのは今日の朝の事です」
だから一ヶ月経っていないというユウに学園長もトレインも驚いた。
「これは一体どういう事なんです学園長」
「あくまで私の想像ですがユウくんがいたという森から学園へと戻ってくる際何らかの要因で時間がずれてしまったのかもしれません。実際撮っていた映像には一瞬ではありますが歪みの様なものが見えましたからきっとその歪みが時間ズレを起こしたのでしょう」
難しい話をする大人二人にユウは眉を下げて見ていた。
その間にルチウスが床に置かれたユウの上着の匂いを嗅いでいる。
「そうだ。トレインさん、私猫ちゃん拾ったんです」
それまで静かであったがユウが上着を抱き上げ、包みを開く様に丸まった上着を開くとそこには子猫らしき生き物がいて、室内の明るさに晒された途端に「ふなふな」とか細い声で鳴きだす。
「おや、愛らしいですね」
その大人の手ならば片手で収まる小さな猫に学園長は微笑みかけるがトレインが指で指し示す場所を見て驚く。
その子猫の耳の内側からはちろちろと僅かながら青い炎が漏れ出すのが見えていた。
いくら魔法のある世界とはいえ耳から炎を出す生き物を猫とは呼ばない。
その子猫に見えた生き物は明らかに魔獣であった。
「元いた場所に返して来なさい」
思わずトレインの口から漏れ出した言葉にユウは愕然とした表情を浮かべる。
ユウは慌て出して子猫は自分が迷い込んだ森に一匹でいたのだと話した。
近くに親猫は見当たらず、弱々しく鳴く猫がほっとけなかったのだと懸命に訴えた。
けれどトレインはユウが何を言ってもこれは猫ではなく魔獣だと説明した。
魔獣は生まれてすぐでも親と離れ離れも当たり前だとも言った。
「ちゃんと面倒見ますから!」
どうやら飼うつもりで連れて来たらしいユウ。
トレインは珍しく言う事を聞かないユウに驚きながらも却下する。
すると瞳を潤ませて俯いたユウに慌てて学園長が二人の間に割り入った。
「まあまあ、ユウくん。トレイン先生は何も魔獣が嫌だとかそういう理由で駄目だと言っている訳ではないのですよ。まだその子が一体どの様な魔獣か分からない、実は危ない魔獣だったらユウくんの身が危ないから駄目だと言うのです」
学園長の説明を聞いたユウは俯かせていた顔を上げ、トレインの顔をちらりと見て頷いた。
「トレイン先生も頑なに駄目だとばかり言わず先ずはこの魔獣を調べてから判断しましょう。この子は魔力もそれなりにありそうですしもしかするとこれから先、魔力のないユウくんの助けになるかもしれません」
トレインは無言であった。
しかしユウが腕に抱えた魔獣をルチウスが覗き込み、まるで子猫を構う様にその小さな顔を舐め出したのを見て頷く。
双方が納得するのを確認した学園長は微笑み手を合わせた。
「それでは改めて、ユウくんおかえりなさい」
そしてその後、学園の教師に専門家も交えて魔獣は調べられたが何も分からなかった。
けれど毒もなく、凶暴性も見受けられず、ユウによく懐いている事から正式にユウが飼う事は認められた。