自称グルメ(と書いて下手物食い)の監督生
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彼の人は言った。
「最後は美味い物を食って死にたい」
彼は健啖家であり美食家であった。
美味いものがあるなら東奔西走、南船北馬。
国内に留まらず美味い物の為ならば地球の裏側に迄飛んで行くような人だった。
彼の人はこうも言っていた。
「美味い物を食べたいならば見た目に拘るな」
見た目がどれだけ悪くとも美味い物は沢山ある。
見た目に騙されぬな、味を知れ。
見た目に恐れ躊躇い、食べる事を拒否して味を知ろうとしないのは愚か者のする事だ。
「という祖父の教えもあって食べ物のビジュアルには頓着しないんだよね」
そう言ってユウは割れた殻に口を付けて中のスープを啜った。
その隣ではグリムが真似をして同じくスープを啜っている。
その光景にユウと対峙する様に立っていたエースは目眩を覚えた。
エペルはユウを凝視して固まっており、ジャックは顔を背け、セベクは気分が悪いのか真っ青な顔で口元を押さえている。
デュースは既にユウが食べている卵の説明を受けた時点で白目を剥き床に昏倒していた。
「頓着するとかしないのレベルじゃねぇだろ!!!」
エースも気分が悪かったが何とか突っ込みを入れた。
「確かに見た目は多少アレだけど栄養があるし味は確かだよ」
そう言いながら細身のスプーンを構えたユウにエースは頬を痙攣らせて尋ねる。
「ユウ君?そのスプーンは一体どうするつもりなのかな?」
「どうって混ぜて食べるんだよ」
ユウは卵を一度テーブルへと置くと予め用意していた塩やハーブを卵の中へと入れた。
そして最後に酢を少々入れたユウはそれを再び手に取りスプーンで掻き混ぜる。
卵から聞こえるぐちゃぐちゃという生々しい音にエースが顔を顰める横でセベクは立ち上がりとてつもない勢いで談話室を出て行く。
「セベク君どうしたんだろうね」
「いや、俺も無理だわ」
口元を押さえてセベクの後を追い部屋を出て行ったエースにユウは頭を傾げた。
「ユウサン、それ美味しいの?」
恐る恐るユウが手に持つそれを指差しエペルは尋ねる。
「美味しいよ。エペル君もお一つどうぞ」
籠に積み上げられた卵を一つ手に取るとユウはそれをエペルの手乗せた。
「まさか異世界でバロットが食べられるなんてラッキーだよ」
ユウはそう言って卵の中身を人さじ掬うと口に含み笑った。
バロット
孵化直前のアヒルの卵を茹でる事で出来る料理である。
ユウが元いた世界では主に温暖な地域で食べられる料理で、ユウ自身も先述の祖父を含めた家族との旅行で食べた思い出の料理であった。
そんな思い出の料理が学園の購買で、しかも真空パック詰めになってレジの横で叩き売りされているのに気付いた時はユウはそれは大層驚き三度見はした。
購買の店主であるサムに事情を伺えば絵画を描くときに使うパレットを発注したのだが一体どうして間違えたのか業者はパレットとバロットを間違えて納品したらしい。
届いたバロットを見てサムはすぐさま業者に納品ミスを訴えると向こうはすぐにパレットを改めて納品した。
「けど、これは回収してはくれなくてね」
それどころか納品ミスのお詫びにと業者はそのバロットを置いていった訳だが、いくら無料で手に入ったとはいえ物が物だけにサムもバロットを持て余していた。
破格の値段をつけて売りに出しては見たが興味を抱く者はいても内容を聞くと皆、商品を元に戻してしまう。
サムも食べる気はない為、このまま期限を迎えては廃棄処分だとため息を吐く。
「そうなんですか。じゃあ、これも一つ下さい」
サムの話を聞き終えたユウはパック詰めのバロットを一つ手に取ると途中であったノートの会計に混ぜる様頼んだ。
「無理して買ってくれなくても良いんだよ?」
「無理はしてないですよ。寧ろこれは好きな料理なので久しぶりに食べたいんです」
ならばとサムはユウが手に取った1パックだけでなく残っていたそれらも袋に詰めてしまう。
しかしユウはノートの代金とバロット1パック分の代金しか支払っていない。
戸惑うユウにサムは笑い、元はお金がかかっていない物だからと言って問答無用に5パック余分にバロットが入った袋を渡した。
「もう期限もそんなにないからね。破棄するぐらいなら貰って貰える方がこちらもありがたいんだ」
そこまで言われてはユウ断る理由はなかった。
こうして予期せず沢山のバロットを手に入れたユウは同級生の中でも特別仲の良いエース達をバロットを食べる会に誘った。
グリムは大変よく食べる為二人で沢山のバロットを消費する事は可能であったがバロットは滋養強壮に富んだ料理で、彼等は皆運動部員。
遅く迄部活に励む彼等の糧となればと思っての事だったのだがバロットの説明の段階でデュースは倒れ、セベクに続きエース迄も部屋の外へ出て行ったきり戻って来ない。
「やっぱりビジュアルも多少は必要なんだね」
「まあ、うん、そうだな」
二人が部屋を出てしばらく、二人が戻って来ない訳を何となく察したユウであるがジャックは未だユウと自分達とでは認識の齟齬が起きている様な気がしてならなかった。
「みんな授業の後も部活を頑張ってるからちょうど良いと思ったんですけど」
ユウは常に食材に対して真摯である。
そんなユウが自分達の反応を見て面白がる為に料理を用意するとは思えず、心から自分達の為を思って今回誘ってくれたのだとジャックは思った。
顔を俯かせ小さく呟き漏らしたユウが落ち込んでいる様に見えたジャックは罪悪感に苛まれる。
「俺にも一つくれ」
「無理して食べなくても良いんだよ?」
「けどお前は俺達の事を思って呼んでくれたんだろ?だったら俺は食べる」
「ぼ、僕も食べるぞ!」
「デュース」
ジャックの次に名乗りを上げたのはそれまで倒れていたデュースであった。
「せっかくマブが僕達の事を思って用意してくれたんだからな!僕は食べる!」
「デュース、無理して食べなくても良いんだゾ。全部俺様が食べてやるんだからな」
そう言ったグリムは既に四個目のバロットに突入していた。
曰く、鶏肉の味がしながらもパリパリとした歯応えが気に入ったらしい。
「うん、見た目は凄くアレだけど食べてみると意外に美味しいよ」
エペルはいつの間にかバロットを食べ進めていた。
「エペルお前」
「勇者だな」
美少年が躊躇いなくバロットを美味しいと食べる姿にジャックとデュースは言葉を失った。
部屋に戻ってきたエースとセベクは自分達が居ぬ間に残った皆がバロットを食べている事に驚いた。
特にデュースは卵の中のひよこにショックを受けていたというのに平気な顔をして食べており、何なら美味いと顔を輝かせている。
そんなデュースを見て負けた様な気分になったエースはソファーへと着席すると籠に詰まれたバロットを一つ手に取った。
「エース」
「何だよ。俺だけ食べちゃ駄目なのかよ」
拗ねた様に唇を尖らせたエースにユウは首を横へと振ると笑ってスプーンを手渡した。
とうとうエース迄もバロットを食べ出した状況に困っていたのは未だソファーに座らず立っていたセベクある。
そんなセベクに気付いたユウはセベクだけ何も食べないと言うのはよくないからとユウは何か別の物を用意すべく立ち上がろうとした。
が、それをエースは止めた。
「何だよセベク君。たかが有精卵にびびっちゃってるの?」
あからさまばエースの挑発にセベクは顔を顰めさせた。
突然の事にユウ驚き、その横ではお前が言うなし的な事をグリムは漏らしていたがその言葉は挑発する本人とされる側に迄は届いていない。
「何だと!僕は怖気づいて等いない!」
「だったらさっさとソファーに座って食べようぜ」
丁度エースの隣が空いていた為、エースはそこを叩き座るよう勧めた。
「人間!さっさと僕にもそれを寄越せ!」
勧められるがままにソファーへと腰を下ろしたセベクはユウに向けて言い放つ。
ユウはこのまま渡しても良いのだろうかとも思ったが言われるがままに卵とスプーンを渡した。
皆が一様に見守る中セベクは卵の殻を破り呻き声を漏らした。
「どうしたのセベク君」
「中身と目が合った」
「ああ」
「あるある」
「ちょっとドキッとするよね」
卵の中身と目が合った事で先程までの勢いを失ったセベクに対し二個目のバロットも食べ終えようとしていたジャック達の反応は慣れたものである。
笑って話す彼等に騒ぐ方がおかしいのだろうかと考えたセベクは一思いに卵の中のスープを呷った。
「う」
「う?」
「美味い」
セベクその言葉にユウは胸を撫で下ろした。
結局、集まった全員がバロットを食べる事が出来たがそれだけでは食べ物が足りずユウが途中で退席して軽食を用意し、ちょっとしたパーティーとなった。
それも食べ終わりのんびりと食後のお茶を飲んでいたがエペルはそういえば、と言葉を漏らす。
「僕、セベク君があんなにもバロットに対して反応するなんて驚いたな」
「まあ、料理の見た目が見た目だしセベクも実は意外にも繊細だったって事じゃねぇの?」
「そういうエースだってセベクの次に食べるのを渋ってたんだゾ」
たらふく食事をして丸くなったお腹を撫でながら冷静なグリム突っ込みにエースは反論する。
そこから何時もの言い争いに発展する一人と一匹に注意を入れながらユウはセベクを見た。
「今度からああいうのを出す時は事前に言うね」
「いや、それは大丈夫だ」
「何だよセベク。無理しない方が良いぜ。ユウってこんな大人しそうな顔してどキツいの平気で持って来るから」
「うちの寮長に虫料理で泣かせたしな」
「この間はレオナさんに毒茸を食べる事を話して引かれてたぞ」
「僕はヴィルサンの前で捕まえて来た猪を捌いて見せて悲鳴を上げさせたって話を聞いたよ」
「一体、貴様は何をしているんだ」
デュース達から次々と上がったユウの奇行報告にセベクは呆れて見る。
照れて見せたユウにセベクは深々と溜息を吐いた。
「とにかく僕は大丈夫だ。修行の一環としてサバイバル術も叩き込まれている。雑草や茸、動物に虫ぐらいなら平気だ」
「でもさっきは駄目だったじゃん」
「あれは、」
エースの言葉にセベクは苦悶表情を浮かべる。
そして間を置いてからバロットに対して過剰に反応した訳をセベクは語った。
初めてバロットを目にした時、セベクは記憶の奥深くに閉じ込めていた記憶を思い出した。
目の前に出される皿。
ごぽごぽとまるで煮えたぎるマグマ如く気泡を立てるそれ黒く、一切の光を通さない。
正に深淵
その深淵はあろう事か温かいどころか沸騰を終えたばかりの料理だというのにぱちりと目を開き、セベクを見つめた。
「それは料理なのか?」
ジャックの疑問は尤もだった。
誰もが聞いていてモンスターの話としか思えなかった。
「それでセベクはその料理?を食べたのか?」
「いや、駄目だろ。食べるより逃げるのが先だって」
「うかうかしてるとセベクの方が食べられるんだゾ」
デュースの疑問にエースとグリムは真っ向から否定したがセベクはそれに否と答えた。
「僕は多分その黒い料理らしき物を食べた筈だ」
「筈?」
「その後の記憶が全くない」
それどころかセベクはそんな事があった事さえ今の今迄忘れていたのである。
「どうしてもそれを食べなくてはいけない状況で、僕は意を決して挑んだ筈だったんだが」
味の感想や、そもそもどうしてその様な物を食べる事になったのか、その前後の記憶は見事にセベクの記憶には残っていなかった。
「とにかく今回はそんな記憶を思い出して取り乱してしまったが今後、僕に気遣いは無用だ」
「そっか、じゃあまた今度みんなで美味しいもの食べようね」
ユウの言葉に皆は笑った。
その後日、バロットを超えるどキツい食材をユウが持ち込む事で彼等は悲鳴を上げる事になるのだが彼等はそれを知らない。