ヴィルの専属お針子
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エギーユは新しいジャケットの仮縫いが出来た事をヴィルに報告すると早速試着をしたいという返事が返って来た。
と同時に光る足元に最早慣れきったエギーユは召喚に於ける転移魔法を受け入れたのだが、何時ものヴィルの部屋に着いたかと思うと召喚したヴィル本人はばたついていた。
「寮長会議?」
「そうよ」
「それはまた急だね」
ヴィルの様子から余程急な召集なのだろう。となるとエギーユも文句は言えず戻ろうかと声をかければすぐ終わるから待っていて欲しいと言われてしまう。
エギーユ自身、今日は仕事が休みである為軽く了承した。
「それじゃあすぐに戻るから此処で大人しくしてるのよ」
「うんうん。大人しく待ってるね」
そうして慌ただしく出て行ったヴィルを見送ったエギーユは部屋に備え付けのクローゼットへと近づくと杖を取り出し自身の持つユニーク魔法をかけた。
エギーユのユニーク魔法は何処でも扉のある所であれば扉の向こうを自身の工房に変えてしまう魔法である。
その工房の中と外では時の歩みが違い、外の数分が工房内の数時間に相当する。
せっかく出来た時間なので何か作ろうかと思ったエギーユであるがふと、壁に掛けていた服の存在を思い出しエギーユは閃いた。
「エギーユサン、ヴィルサンに言われてお茶を持って来ました」
たまたま寮内にいたエペルは慌ただしく寮を出ようとしていたヴィルに呼び止められた。
自室にエギーユがいるので紅茶の一つでも出して欲しいと言うヴィルに何で自分がとエペルは思った。
それならば何時も一緒にいるルークにでも頼めば良いではないかと思ったエペルであるがそんなエペルの心の内を見透かす様にヴィルからルークが不在である事を告げられる。
「アンタ散々あの子に物を貰ったり奢って貰ってるんだからそれぐらいしても良いんじゃないのかしら?」
「ヴィルサン、いひゃい。いひゃいです」
生意気な顔をしていたというのを理由に頬を摘み上げられたエペルはヴィルの腕を叩いて抵抗した。
抵抗の甲斐もあり何とか頬を摘む手を離して貰ったエペルは今度こそ時間のないヴィルにお茶を出す様にきつく言いつけられた。
こうしてエペルはエギーユがいるであろうヴィルの自室の扉を叩いた。
そもそも何故自分なのか
寮内には自分以外にも寮生はいた筈なのに、と迄考えたエペルであるが流石に男子校の寮に女性がいるのは不味いという考えに至る。
当たり前の事なのだが何時もヴィルが簡単ににエギーユを召喚するのでその当たり前を失念していた。
ならば自分に白羽の矢がた立っても仕方がないとエペルは納得する。
エペルは部屋の中から返事は無かったが構わず扉を開けた。
つい先日にもエギーユから冬向けのセーターを貰った事を思い出しそのお礼も言おうと考えていたエペルであるが
「あれ?」
部屋の中には誰もいなかった。
エギーユは以前からナイトレイブンカレッジに興味を持っていた。
ヴィルが一年の大半を過ごす学び舎であるのも一つの理由だが自身が卒業した学園とはまた違った趣に大変興味があった。
しかし何時も召喚魔法で呼ばれるばかりのエギーユは学園内を巡りたくても正規のルートで学園内に入っていない為、学園内を彷徨くのは色々と不味いといわれて何時も諦めていた。
しかし今の自分はと言えば何処からどう見てもナイトレイブンカレッジの学生に見える筈であるとエギーユは胸を張り、堂々と学園の廊下を歩く。
黒のジャケットにスラックス、青紫色のベストと、それらエギーユが身に付けているのは全て彼女自身が作った物である。
暇つぶしにヴィルやエペルの制服を参考に作っていて、ちょうどつい先日出来た物だ。
その内にヴィルに着た姿を見せて驚かそうと工房の壁にかけていたのだがエギーユはそれを身に付けてヴィルの部屋を抜け出し、果ては寮の鏡から飛び出して学園内にいた。
何処を見ても母校であるロイヤルソードアカデミーとは違う。
内装は勿論、男子校という事で何処を見渡しても男ばかりで女子は一人もいない。共学の学校しか通った事の無いエギーユには不思議な感覚である。
一応、バレると不味いからと性別を変える薬を飲んできたエギーユであるがやはりそれでも大丈夫なのだろうかと少しばかり落ち着かない。
確かに薬の効果で胸も無くなり声も低く変わっている筈なのだが、とエギーユは無意味に声を出して自分の声が変わっているか確認していると覚えのある声が聞こえた。
辺りを見渡すと少し離れた場所に驚いた顔のレオナが後輩と思わしき男に腕を引かれながらこちらを凝視して立っている。
「お前、」
「あ、レオナ君だ」
おーいと声を上げて手を振ったエギーユであるが数名の生徒が勢いよく振り向きエギーユ見た。
レオナはヴィルの友人であるが夕焼けの草原の王子である事も思い出し、一国の王子に馴れ馴れしすぎている事に気付いたエギーユはこれ以上悪目立ちする前にとその場を逃げ出す。
「おい、お前!」
「ちょっとレオナさん何処に逃げるつもりっスか?!レオナさんが寮長会議に寝過ごして遅れるから皆さんお怒りなんっスよ」
学園長に報酬を前払いで受け取っているラギーは今にも何処かへ駆け出しそうなレオナの腕を掴んで離さない。
「ていうか今のポムフィオーレの生徒、レオナさんの知り合いっスか?すっごく親しげな感じにレオナさんの事呼んでたっスけど」
それこそレオナに対し君付け呼びにラギーも我が耳を疑う程で、他の生徒も同じ気持ちなのか信じられないという顔でその生徒を見ていた。
「知り合いちゃあ知り合いだが?」
「なんでそこで疑問形なんスか」
レオナに寮長繋がりのヴィル以外にポムフィオーレの知り合いがいる事にラギーは驚いていた。
そうでなくても何時も自分達を獲物としか見ていない某狩人が所属している寮だけに寮の印象はあまり良くない。
やはり一国の王子という事で自分達の知らない付き合いもあるのだろうと一人納得していたラギーであるが先程からレオナの様子がおかしかった。
どうおかしいかというと先程からずっと独り言を呟いているのである。
「なんでアイツが、ていうか制服」
余程難しい事でも考えているのか、レオナの意識が遠い所を向いているのを良いことにラギーはさっさとレオナを寮長会議の場に連れて行くべく腕を引っ張った。
「危ない危ない」
久方振りに走った為息切れを起こしたエギーユは廊下の壁に手をつき呼吸を整えていた。
騒ぎを起こして自身の正体がバレてしまうとヴィルに迷惑が掛かる。
そう思い、学園内の散策を止めてそろそろ戻ろうかと思ったエギーユであるが辺りを見渡し困り果てた。
何も考えず走った為、寮までの帰り道を見失ったのである。
見事に迷子となったエギーユはどうしたものかと悩んでいると騒ぎ声が聞こえた。
声は庭の方から聞こえる。
何事かと声の聞こえる所まで向かえば制服の具合から一年生と思わしき少年が複数の上級生に囲まれていた。
「おっと、いじめかな」
丁度学園の裏側という人気のない場所での異様な集まりにエギーユは瞬時にそう解釈した。
エギーユも学生時代はこの手の光景はよく見た。
それは主に女子の間で行われ、やれ部活での態度が生意気だ、やれ人の彼氏に色目を使ったと呼び出される理由は様々であるが大体見かけたのは女子同士のやりとりであった為男子校でもこの様な事はあるのかと新鮮な気分であった。
と、エギーユが呑気に観察している間に少年を囲っていた一人がペンを構えた。
「危ない!」
声と同時にエギーユは自身の杖を突き出しており、魔法を件の生徒へぶつけていた。
卒業してからご無沙汰だった攻撃魔法は少しばかり威力を間違えたらしく不意に背後から水属性の魔法を受けた生徒はそのまま受け身も取らず地面に倒れる。
「そこの君、今の内に!」
エギーユが声をかけると上級生に囲まれていた一年生は突然の不意打ちに戸惑う彼等の隙を突いて駆け出す。
すぐさま我に返った彼等はペンを構えるがエギーユはそこへ再び水属性の魔法を放ち妨害する。
少年が此方まで駆けてこられたのを確認するとエギーユもその場から退散した。
「助けて頂いてありがとうございました」
少年にしてはやや高めな声に再び荒い呼吸を吐き出していたエギーユは顔を上げた。
大きな瞳に柔らかな曲線を抱いた頬、制服を着ていても分かる華奢な体躯にエギーユは「おや?」と首を傾げる。
「あの、どうかされましたか?」
反応の無いエギーユに首を傾げたのは目の前の少年の番であった。
「いや、何でもないよ。それより怪我はない?」
頭に降って湧いた疑問を意識から追い出しながら尋ねれば少年恐縮そうにエギーユのおかげだと再びお礼を告げた。
「そんな、お礼何て良いよ。困っている人を見かけたら助けるのが普通何だから」
「えっ?!」
とエギーユは至極当然の様に答えたのだが、その途端に少年は何故か信じられないものでも見る様な目つきでエギーユを見つめ、しまいには本当にこの学園の生徒なのかさえ問うてくる。
何故此処で学園の生徒ではないのでは疑われるのか分からないエギーユであるが素直に答える訳にもいかず左腕の腕章を見せてポムフィオーレの生徒であると訴えた。
「そうですよね。疑ってしまってすみません」
ユウと名乗った少年は近頃色々な事があったらしく肉体的には勿論、精神的にも疲れていたらしい。
それを慣れない寮生活だとかホームシックだろうと考えたエギーユはユウへと労りの言葉を送り、次いでポケットに忍ばせていたチョコレートを差し出した。
「いっぱい頑張って疲れちゃったんだね。疲れた時には甘い物が効くからこれを食べて偶には自分を労ってあげてね」
よしよしとユウの頭を撫でて軽く抱き締めた。
抱き締めてより分かる身体細さと肉付きに再び追い出した筈の疑問が舞い戻って来るのだがユウからぐずる音が聞こえてきた為疑問に考えを巡らす暇など無かった。
「こんなところにいたんだねエギーユくん」
「わ、吃驚した。ルーク君か」
背後から突然の声にエギーユもユウもびくりと肩を震わせた。
てっきり先程の生徒が追いかけてきたかと思ったが、首だけ振り向けばヴィルの友人であるルークでエギーユは安堵の息を吐く。
「勝手に部屋を抜け出してそれはもうヴィルがお怒りだよ」
大変愉快そうに笑顔で告げたルークにエギーユは自身の顔を押さえた。
エギーユとしてはヴィルのいぬ間に抜け出して戻るつもりでいたがその計画の破綻を告げられたエギーユは今から怒ってなお美しいヴィルの顔が楽しみであり恐ろしかった。
「おや、彼は」
ルークは漸くエギーユの胸に顔を埋めていた存在に気が付いた。
エギーユが掻い摘んで経緯を説明すればルークは遠目ながらその光景を見ていたらしく、魔法を放っていたのがエギーユと分かると感心していた。
エギーユはユウの肩を叩き声をかける。
「ユウさんごめんね。もう寮に戻らなくちゃいけないんだ」
「此方こそすみません。急に泣き出したりして」
エギーユの胸から顔を上げながらも未だ鼻を啜り、俯いたままのユウにエギーユはハンカチを差し出した。
「このハンカチ未使用だから使って」
「え、でも」
遠慮するユウの手にハンカチを無理矢理に握らせるとエギーユは先に歩き出したルークを追って駆け出していた。
「それはもう返さなくていいから」
最後に手を振ってエギーユはユウの前から消えた。
ちらりと二人のやりとりを見ていたルークはエギーユがユウの手に触れた直後、ほんのりと頬を色付けたユウを思い出し愛の狩人という名はエギーユに譲るべきかと悩ましげにため息を吐いた。
「アタシは此処で大人しくしていなさいって言ったわよね?」
ヴィルの自室に着いてすぐにエペルとルークを追い出したヴィルは床に座らせたエギーユを睨みつけていた。
「ごめんねヴィル君。でもどうしてもヴィル君学び舎を見学してみたかったの」
「わざわざ制服に魔法薬まで用意して?」
「そう、そうなの!」
ヴィルが制服に触れるとエギーユは俯かせていた顔を上げて立ち上がった。
「出来るだけ制服はスタンダードにしたんだけどベストの内側だったりシャツだったりネクタイの見えない所に遊び心を加えてね」
「ちょっと落ち着きなさい」
興奮気味に話し始めたエギーユ。
魔法薬の効果もあり互いの身長差は数センチも無い。
けれどエギーユはいつもの調子で喋るのでだんだんと顔が近付いているのだがそれに気付かないエギーユの顔をヴィルは掴むと無理矢理に静止した。
「今、アタシは怒ってるのだけど」
分かっているのかと尋ねればエギーユは先程迄の勢いを失いしおしおと枯れた花の様に床へと座り直す。
「ごめんなさい」
「まあ、今回は許してあげるわ。アタシも呼び出しておいて部屋に放置した訳だし」
「ヴィル君!」
ヴィルの優しさに咽び泣いて足にしがみつくエギーユ。
これが他所の男で有れば鬱陶しいと蹴り飛ばすヴィルであるが魔法薬で男になっているエギーユにそんな事をする気すら起こらなかった。
「そうそう、やっぱりヴィル君が通う学園だけあって顔が整っている人って多いね」
エギーユの言葉にヴィルは動きを止め、話を続けるよう促す。
「私の母校みたいにキラキラした顔だけじゃなくて色々な系統の顔が沢山見れてちょっと楽しかった」
「ふ、ふーん、それでアンタ好みの顔はいたのかしら?」
ヴィルの問いにエギーユは瞳を瞬かせた。
しがみついていたヴィルの足から離れると顎を掴んで唸り声を上げながら空を見る。
「好みというかやっぱりヴィル君が一番美人だったよ!」
「当たり前の事を今更言わないでちょうだい」
二人のやりとりを途中から見ていたエペルは呆れて無言で扉の側に立っていた。
ルークの勧めで出しそびれたお茶を、ヴィルの分も共に用意して持ってきたのだがノックしても返事がなかったので構わず入室。
してみたらこれである。
当たり前と言いながらも満更でもない顔のヴィルとヴィルに対し全肯定のエギーユ。
このまま部屋にいるのを気付かれては面倒臭い事に巻き込まれると察したエペルはそっと床に用意したお茶を置いてその場から退散した。