ヴィルの専属お針子
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事の始まりはレオナの元にかかってきた兄ファレナからの電話であった。
せっかく気持ち良く眠っていたというのに起こされた上に電話の主はファレナ。
ディスプレイに映されたファレナの名に何となく気分を害されたレオナはスマホをすぐさまマナーモードに切り替えると芝生の上に放り投げて再び昼寝の体勢に入った。
しかし芝生の上に放り投げたスマホはマナーモード切り替えた事で独特な音と共に震え続けている。
何時もならば長くとも数コールで終わる着信が終わらぬ事にただ事ではないと思ったレオナは渋々とスマホに手を伸ばした。
結果としてレオナは受話ボタンを押した事を後悔する。
電話の内容と言うのはファレナが自分の嫁と些細な事で喧嘩をした事であった。
そこまで聞いて電話を切りたくなったレオナ。
しかしファレナの話は止まらない。
些細な事、加えてレオナが聞いても100%ファレナが悪いと言わしめる内容で喧嘩したのだが怒った兄嫁は喧嘩をしてから一切口を聞いてくれないのだという。
何時もは頼りになる臣下達もあまりにも下らない夫婦喧嘩の内容に呆れており、王妃は公務には支障が出ないよう、具体的に言えば外に向けては完璧に仲の良い夫婦を演じている為ご自分で撒いた種子はご自分でどうにかしてくれと言うだけであった。
援軍の期待出来ないファレナ。
そこに息子のチェカが贈り物をして謝ってはどうかと提案した。
最早他に為す術がないファレナなチェカの提案に乗る事にしたのだがファレナの妻は良く出来た人であまり物欲を表に出さない人物であった。
つまりファレナは今、自分の妻が欲しい物が分からなかったのである。
そこでまたしてもチェカが活躍した。
丁度最近、チェカは母親、ファレナの妻がとあるマジカメの写真を見て素敵だと、欲しいと零していた物を知っていたのである。
ファレナの妻が見ていたのはヴィルがマジカメに上げた写真で、彼の耳を華やかに飾るピアスをファレナの妻は欲しがっていた。
それを贈り謝ろうと決めたファレナであるがここでまたしても問題が起きた。
ヴィルはマジカメに写真を投稿する際、身に付けている服やアクセサリーが何処のブランドか書いているのだがある一部に置いては秘匿としていた。
ヴィルのファン達は彼と同じ物が欲しいとマジカメにメッセージを送ったがそれだけはいくら尋ねても答えてくれないのである。
今回のピアスも正にそれであった。
マジカメに詳しい臣下を頼りピアスの詳細を尋ねたがヴィルからは至極丁寧に秘密だと言われてしまった。
それでも諦められないファレナ。
仲直りしたいのもあるが珍しく妻が欲しいと言ったピアスを何としても手に入れ、贈りたかったファレナはヴィルと同じ学園にいるレオナへと電話を掛けた訳である。
「くだらねぇ夫婦喧嘩に俺を巻き込むなよ」
夫婦喧嘩は犬も食わないとはよく言ったものであるがレオナは既に巻き込まれてしまった。
電話にて概要を聞いたレオナは何故俺が、と頭を抱えた。
そんなレオナへと学友であるヴィルからピアスを、難しい様であればせめて職人を突き止めてほしいと頼むファレナ。
レオナは頑なにファレナの頼みを受けようとしなかったが兄嫁を嫌っていない事をファレナに突かれて、続けて電話越しにチェカからお願いされたレオナは渋々とファレナの頼みを受ける事となった。
「嫌よ」
面倒くさい事はさっさと済ますに限るとレオナはすぐに行動に移った。
正直説明するのも躊躇われる家庭の事情であるためラギーを使う訳にもいかず、授業が終わったタイミングを狙ってヴィルの元へと向かったレオナはファレナより送られて来た件のピアスの写真を見せて同じ物が欲しい事を話した。
話したと言うよりは寄越せ、と上から目線な発言であった為ヴィルは眉を不機嫌に吊り上げ、上記の返答である。
「同じ物が無いなら職人を紹介しろ。後はこっちで勝手に話を済ます」
「お断りよ」
「何だと?」
頑なに拒否し続けるヴィルにレオナは苛つき喉を威嚇で鳴らした。
対してヴィルが身に纏う雰囲気も明らかに苛つきが滲んでおり、その場に居合わせた生徒達はこのまま寮長同士の喧嘩が勃発してそれに巻き込まれてはたまったものではないと慌てて離れていく。
「まず、一つ。そのアンタの人に物を頼んでいると思えない態度が気に食わないわ」
レオナはヴィルの言葉に反論しようとしたが目の前に出された二本の指に遮られる。
「二つ目。あのピアスはアタシの為だけに作られた物なの。だからこの世に二つと同じ物は無いしこれからも作られない」
だから無理だときっぱり告げたヴィル。
それでもレオナは引き下がろうとしなかったが
「これは何の騒ぎかね」
愛猫のルチウスを抱えて魔法史の教室から出てきたトレインにより話は中断せざるを得なかった。
それから何度もヴィルの前に現れてはピアスの話をするレオナであったがタイミングが悪かったり、ヴィルの側にいたルークに邪魔されたりと結果は散々であった。
悪態を吐いてスマホをベッドへと放り投げたレオナ。
落下の反動でそのままベッドから床へと落ちた哀れなスマホをラギーは拾い上げた。
「レオナさんも諦め悪いっスね」
ヴィルが一部のアイテムについてブランド名だったり作者だったりを頑なに話さないのは彼のファンでなくても知っている有名な話である。
それこそ大御所の俳優に尋ねられても決して答えなかったという逸話さえあるヴィルから正攻法で聞き出そうと言うのが無理な話であった。
「アズール君達も一度その件でヴィル先輩に詰め寄ってましたけど見事に撃退してたっスよ。あの人」
主に詰め寄っていたのはアズールのお供のリーチ兄弟、やばい方担当のフロイドである。
その長身を活かした圧で吐かせようとしていた様だがヴィルはそれに一切怯まず、それどころかフロイドの尻を勢いよく叩いて撃退していた。
偶然その場面を目撃したラギー。
故郷で悪戯した子供が怒った母親に尻を叩かれる姿とフロイドの姿と重なり郷愁を感じた為よく覚えている。
叩かれた当の本人は暫く地面で蹲っていたので余程痛かったのであろう。
レオナの様子を見るからにそこまでの撃退には遭っていないらしい。
ラギーは拾い上げたままのスマホの画面を見てそういえば、と声を出した。
「マジフト部に入って来たポムフィオーレの一年生なら何か知ってるかもしれないっスよ」
「あ?」
ラギーも噂に聞いた程度であるがヴィルが頑なに秘匿するアイテムは共通点が多い所から同じブランド、もしくは同じ作者とヴィルのファンである有志の特定班は見ている。
そしてそれと同じと思わしきシャツを件のポムフィオーレの一年生が着ていると言うのだ。
レオナはその話を聞いて悪い笑みを浮かべた。
「おいラギー。明日は真面目に朝から部活に出てやるよ」
「じゃあ俺はレオナさんが来る前にその一年生くんを連れて来ておくっスね」
「確かにそのピアスは私が作った物ですね」
以前、エペルとエギーユが待ち合わせに使ったカフェにエギーユとエペル、それからレオナはいた。
エペルからエギーユに会いたがっている人がいると聞いたエギーユは丁度学園の麓の街に行く予定があり、再びそこで待ち合わせをする事になったのである。
エペルが連れて来たのはヴィルとはまた違った美しさある褐色の青年であった。
レオナと名乗った彼はヴィルと同じく寮長でエペルの部活の先輩でもあると言う。
そんな彼が自分に何用かと思ったら目の前に覚えのある写真が出され尋ねられた。
「このピアスに覚えがあるか」
よく覚えている。
この間の夏の長期休暇にエギーユが作った物で、ここ最近で一番ヴィルから好評価を受けた作品であった。
写真のピアスが自分の作った物であると認めるとレオナはこれと同じ物が欲しいとエギーユに言った。
「無理ですね」
即座に返答したエギーユにレオナは悪態こそ出なかったものの明らかに取り巻く雰囲気は険悪な物となる。
それに慌てたのは仲介人あるエペルで、エペルはエギーユに無理だという理由を尋ねた。
「これはヴィル・シェーンハイトに似合う事だけを考えて作った物なので彼以外が身に着けても同じ物にはならないと思います」
エギーユは向かいに座るレオナを見た。
「見た所貴方の趣味、と言う感じではなさそうですし何方かへの贈り物でしょうか」
「贈り物というより兄からの頼まれた事だ」
そこでレオナはざっくりと経緯を話した。
「成る程。だったらやはり同じ物は無理ですね」
「詳しく説明しろ」
「あくまで想像ですがこのピアスでは兄嫁さんの肌の色、耳の形状、太陽光の強い夕焼けの草原では宝石の色味が合いません。きっと同じ物を用意しても思っていたのと違ったとがっかりされると思います」
エギーユの簡潔な説明に理解を示したレオナは頭を押さえて椅子の背もたれへと深く持たれた。
折角後輩まで使いここまで来たと言うのにこの結果にレオナは項垂れるしかなかった。
「エギーユさんどうにかなりませんか?」
レオナの語った経緯にエペルは如何にかしてやりたい気持ちでいた。
そんなエペルにエギーユは微笑む。
「そうですね。そのお兄さんの贈り物を贈りたい気持ちは素敵ですし」
暫く目を瞑り思案していたエギーユは再び目を開けると一つ提案をした。
「同じ物は無理ですが兄嫁さんにあったデザインを考えてプレゼントするのは如何でしょうか?」
お客の接客を終えたエギーユは一人となった店内で一息吐く。
そこにスラックスのポケットに入れていたスマホが震えているので取り出すとディスプレイにはヴィルの名が映し出されている。
彼方はお昼休みとはいえ珍しい時間帯の着信に応答したエギーユ。
「あれは一体どういう事なの?!」
スマホ越しとはいえヴィルの怒鳴り声に驚いたエギーユは思わずスマホを落としそうになった。
「ヴィル君落ち着いて、あれじゃ分からないよ」
「夕焼けの草原の王妃様の耳飾りよ!」
そこでやっとヴィルの話を理解したエギーユは嬉々として話した。
「そうそう、この間ヴィル君のお友達のレオナ君からヴィル君にあげたピアスと同じ物が欲しいって相談されてね」
「待って、レオナが?相談?」
エギーユから返ってきた返答に既に色々と突っ込みを入れたいヴィルである。
エギーユのヴィルに対するお友達判定は以前からがばがばで、ヴィルの知り合い=ヴィルの友人という謎の方程式がエギーユの中に存在する。
ヴィルはその方程式を以前から撤回させようと何度か説得を試みたが上手くいった試しが無い為今回はそのまま流す事に決めた。
「でもあのピアスはヴィル君の為に作った物だからって断ったの。その代わりに新しい物をデザインする事にしたんだけどまさか一国のお妃様が身につけるなんて吃驚だね」
吃驚という割には暢気な喋りのエギーユにヴィルは脱力する。
「あのねえ、」
「だけどやっぱり駄目だね。ヴィル君相手だとアイデアが沢山浮かぶのに今回は凄く時間が掛かっちゃった」
エギーユのその言葉にヴィルは毒気を抜かれ、怒る気は失せていた。
本来であれば知らない所でレオナと知り合い、自分に相談もなく誰かの為に何かを作る事が許せず怒っていた筈だったのにである。
ヴィルは自分の都合の良さに深々と溜息を吐いた。
「ヴィル君、今何か言いかけてた?」
「なんでもないわ。それよりも今度からこういう話は受ける前にアタシに言いなさい」
「どうして?」
「理由なんてないわよ。とにかく報!連!相!良いわね?」
ヴィルの返答にいまいち納得出来ていないエギーユであったがヴィルの勢いに押されて了承の返事を返していた。
「それで」
「ヴィル君?」
「アンタをレオナに紹介したのは誰かしら?」
ヴィルは既に検討はついている。
そもそも候補は二人しかいないのだ。
それでもヴィルは念のためにエギーユから答えを聞いておきたかった。
「ヴィル君怒ってる?」
何に対してかは分からないが確かにヴィルの声色は怒気を含んでいた。
「怒ってないわよ」
電話越しだと言うのに背筋が凍るかと錯覚を起こすヴィルの冷ややかな声。
その声にただならぬ予感を感じたエギーユは思わずお客さんが来たから!と勢いで通話の終了ボタンを押した。
通話が切れる間際、ヴィルは何か言いかけてたいたがそれも聞けずじまいである。
エギーユは肺に溜めていた空気を吐き出した。
直後、光り出した足元に顔を手で覆った。
「嘘でしょ」
視界を眩い光が覆い、召喚に際して発生する煙が晴れると目の前には腕を組み笑顔で仁王立ちをするヴィルがいた。
「アタシの話を最後まで聞かずに電話を切るなんて良い度胸じゃない」
明らかに怒っているヴィル。
その剣幕に恐ろしさを感じるのだが同時に彼が美しくも見えるのだから色々な意味でエギーユは恐ろしく思った。
「ヴィル君は怒ると恐いけど怒った顔も綺麗ね」
「あら、ありがとう」
そうして召喚されたエギーユはヴィルの尋問に対してエペルの名を吐き、二人共々叱られるのであった。