ヴィルの専属お針子
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ヴィルと初めて会った時、エギーユは彼の美しさにそれこそ花の妖精か何かかと思った。
そんな妖精のように愛らしく美しい彼がもっと輝く姿が見たいと自分より二つ年下の小さな男の子であるヴィルにエギーユは沢山の贈り物をした。
始めは祖母の手解きを受けて懸命に刺した花の刺繍のハンカチとリボン。
その次は母親を真似て作ったビーズのアクセサリー。
次は父親に型紙を拵えて貰い作った習い事用の手提げ鞄。
兄達や同級生は年下の男の子に貢ぐエギーユに呆れていたがエギーユは止まらない。
彼を見る度に創作のアイデアが湯水の如く溢れるのである。
その溢れるアイデアに堪らずまた作って贈れば彼は微笑みを浮かべて受け取ってくれるのでエギーユのアイデアは止まる事を知らなかった。
そうして贈り物を贈る内に彼とは親しくなる。
元々おしゃれに余念のない彼とエギーユの話は合う事が多く、アパレルブランドから来シーズンのコレクションが発表される度に公園の隅や、街中のベンチ、彼の家やエギーユの家でそれについて話し合った。
そして来シーズンのコンセプトに合わせた彼の服や小物のデザインを二人は沢山考えた。
始めこそはエギーユが一方的に貢ぐだけの関係であったが気付けばモデルと専属のデザイナーという関係になっていた。
デザイナーというよりお針子だった。
何処かのブランドのコレクションのデザインを真似て、彼に似合うようそれを改造してとにかく縫うのである。
そんな友達というには謎で、奇妙な関係が続いたがエギーユがロイヤルソードアカデミーに入学した事で少しばかり落ち着いた。
学業に忙しく、彼の顔を見る機会が減った事で湧き出でる創作欲が落ち着いたのである。
以前からエギーユと彼の関係に良い顔をしていなかった兄達、特に次兄はそんなエギーユを見てその手があったかと嘆きに嘆いていた。
それでも長期休みとなると直接顔を合わせる機会が増えるので少しずつ溜まっていた創作欲が爆発し、エギーユは自身のユニーク魔法を活用して創作に燃えた。
「召喚魔法?」
来期は最終学年、という夏の長期休暇で彼と秋冬の服についてカフェで話していたエギーユは彼の口からから飛び出した言葉に思わず聞き返した。
「そう、召喚魔法。授業を聞いてて閃いたんだけどアンタを召喚出来ればいつでも服のサイズ調整は出来るし、仮縫いの試着も出来るでしょ?」
「確かに交通機関も使わず移動出来れば私のお財布的にも優しいけどヴィル君。私、人間だよ」
近頃、エギーユはモデルの仕事で忙しいヴィルに呼ばれる機会が増えた。
仕事で着る服のサイズが微妙に合わないだとか似合うアクセサリーが見つからない、そんな理由で呼び出されるエギーユは度々彼の仕事先や指定の場所まで駆け付けて落ち合うのだがそれにより発生する交通費にエギーユの財政は圧迫されていた。
卒業後の進路は実家の洋装店に入る事を決めているエギーユは卒業する迄の間にバイトをする事も考えていたのだが、そこでヴィルの発言である。
「アンタが人間だって事位分かってるわよ」
かれこれ何年の付き合いなのだと呆れて溜息を漏らすヴィルであるが、エギーユの混乱は止まらない。
「だってヴィル君が私を召喚魔法で呼ぶって」
召喚魔法とは契約を結んだモンスターを呼び出す魔法である。
そんな明らかに人間向きではない魔法で己を召喚すると言うヴィルがエギーユは分からない。
「主な用途がモンスターの召喚というだけで理論としては人間の召喚も可能なのよ」
だから問題はないと机に出されたのは契約書であった。
それを手に取り、読めば召喚に際して諸々の事柄に同意する旨が書かれており、最後には空欄の署名欄がある。
「これって」
「召喚魔法の同意書。勿論、サインしてくれるわよね?」
近頃、ますます美しさに磨きがかかったヴィルの微笑みにエギーユは逆らえなかった。
泣き言を漏らしながらサインをすれば契約書は一人でに浮き上がり、炎の様な光に巻かれて消えた。
どうやら魔法の契約書だったらしく、跡形なく消え去った契約書にエギーユは少しばかり早まった気がしてならなかった。
そうして結ばれた契約によりエギーユは事あるごとにヴィルに召喚された。
体型を絞ったから、と制服を始めとした衣服の仕立て直し、些細なほつれの直しに果ては取れかけたボタンの付け直し。
最低でも二週間に一度は召喚された。
始めこそは慣れない召喚と頻度に弱り果てていたエギーユであるが慣れると悪くない気もしてきた。
召喚するのはヴィル本人であるから召喚の度に彼の麗しい顔が見れるのである。
ロイヤルソードアカデミーに入学してから少しばかり落ち込んでいた創作意欲が再び湧き上がった。
そんな訳で何だかんだここまで互いに上手くやれているヴィルとエギーユ。
そんな二人の話を何気無く聞いてしまったエペルは絶句していた。
「あ、エペル君。こっちのお肉も焼けてるよ」
呆然と固まるエペルに構わずエギーユはトングを使い、網の上で焼かれたお肉をお皿に乗せる。
エペルとエギーユは今、ナイトレイブンカレッジの麓にある焼肉屋にいた。
というのも授業を終えて寮に戻って来たエペルはルークに三日前に会ったエギーユが学園の麓の街迄来ているらしい事を聞かされた。
何故、と不思議がったエペルであったがエギーユがシャツをもう三着作ってくれるという話になっていた事を思い出す。
「でも、どうして麓の街何ですか?」
三日前みたいに直接、寮迄現れたら良いのにとエペルは思った。
そんなエペルの心を読む様にルークは答える。
「ヴィルは今日、急な仕事で出ていてね。彼女は街にも用があるからと出てきてくれたんだよ」
そうしてエギーユを待たしては失礼だからとルークにより寮から放り出されたエペルは教えられたカフェで待っていてくれたエギーユに合流した。
本来であればそのカフェでシャツを受け取り終わりだったのだがそこで鳴り響いたエペルの腹の虫にエギーユは夕食の提案をしたのである。
「私も丁度お腹が空いてるしお姉さん何でも奢っちゃうよ!」
普段のエペルであれば遠慮して誘いを辞退しているのだがどういう訳かヴィルに目をつけられ食事にあれこれ口を挟まれてしまい満足に食べたい物が食べれていなかったエペルはエギーユ言う「何でも」についつい釣られてしまう。
年下であるエペルに1マドルも出させる気のないエギーユに、ならばせめて単価の安い物をと考えたエペルであるが麓の街は不慣れでどんな飲食店があるのかよく分からない。
どんな店に行こうか悩むエペルに「やっぱり男の子は焼肉とかがっつりした物が好きなのかな」なんて言いながら炭火のいい匂いが漂う焼肉屋の前迄連れて来られたエペルは最早抵抗など出来なかった。
エペルは久方ぶりに沢山のお肉を食べた。
やはり食事に煩いヴィルの知り合いだけあってエギーユも野菜を沢山摂る様にと言ってきたがそれ以外はエペルが食べたいように食べさせてくれた。
エペルはふと、ヴィルとエギーユの関係が気になった。
互いに気安い仲ではある様だが性別も年も違い、性格もかけ離れた二人がどういう関係なのか、それに三日前に見た召喚の術式と共に現れたエギーユ。
あれはどういう事なのか何気なしに尋ねたエペルは二人の昔話を聞いて絶句する。
主に召喚魔法の件で。
召喚する方も方であるがされる方も大概である。
主にモンスター相手に使用する魔法を生身の人間に使うなど学園に入学したばかりのエペルでさえ危ない事だと分かる事なのに結局、ヴィルの顔に負けて契約を結んでしまったエギーユにエペルは一抹の不安を覚えた。
その内似た手口で悪徳な人間から怪しげな壺でも買わされないかという類の
まさか年下のエペルがそんな心配をしているとも露知らずエギーユはエペルの食べっぷりを喜んでどんどんお肉を焼いていた。
「御馳走様でした」
「こちらこそ楽しい食事が出来て良かったです」
エペルの言葉にそう返したエギーユは徐に鞄を漁ると小さな香水瓶を差し出す。
それを差し出される訳が分からないエペルの手を掴み、乗せたエギーユは小さなそれが彼女オリジナルの匂い消しである事を教えてくれた。
「きっとこのまま帰ると炭火の匂いでヴィル君に今晩何を食べたかバレちゃうから適当なタイミングで服や鞄に吹いてね」
先程食べた焼肉を思い出したエペルはその食事内容に目くじらを立てるヴィルが易々と想像が付いた。
それが顔に出ていたらしく、困り眉をしたエギーユはエペルの名を呼ぶ。
「ヴィル君はちょっと自分にも他人にも厳しいからエペル君にもキツい事を言う事もあるけど決して意地悪で言ってる訳じゃないの」
だから嫌いにならないで欲しいと言うエギーユ。
「どうして僕にそんな事を言うんですか?」
「強いて言うならヴィル君がエペル君を気に入っているからかな」
エギーユが言うにヴィルが学園に入学して三年目であるがヴィルがエギーユに紹介したのはルークとエペルだけ、つまりそれだけヴィルはエペルに目をかけているという事である。
目をかけているからこそ他の者より厳しくされていると感じる事は多いだろうが、だからと言って嫌いにならないで欲しいとエギーユは言う。
「ヴィルサンに目をかけられてるとかよく分からないです」
「そうだよね」
エギーユは困った様に笑った。
「ならせめて、ヴィル君には優しい所もあるって覚えていてほしいな」
エペルはエギーユと店の前で別れた。
別れ際にもしシャツのサイズが合わなくなったり破れたりしたら連絡が欲しいと彼女の連絡先が書かれたメモを渡されてお金も払っていないのにそこまで面倒見てくれるのかとエペルは驚いた。
久しぶりにお腹いっぱいに好物が食べられて夢心地なエペルは学園へ戻ると寮に入る前にエギーユから貰った匂い消しを吹き付ける。
これで大丈夫、と安心しきり寮に戻ったエペルであるが寮に戻るとヴィルは仁王立ちして立っていた。
明らかに不機嫌な形相のヴィルにエペルは軽い挨拶をしてそそくさと私室へ戻ろうとするのだがヴィルの鋭い声がエペルの歩みを止めさせる。
「アタシを介さずにあの子に会ったそうね」
「あ、はい。ルークサンにエギーユサンが学園の近くまで来ているのを教えられて」
「ルーク?」
エペルの口から出たルークの名にヴィルの柳眉は吊り上げた。
ヴィルのおっかない形相にエペルは小さく悲鳴を上げる。
「この際、ルークの事は後回しよ。それで」
「え?」
「あの子とアンタ会ったんでしょ?それであの子はアタシについて何か言ってなかったの?」
「え、えーっと」
ヴィルの問いにエペルは目を泳がせた。
エペルとエギーユの会話と言うと二人の馴れ初めを除くと殆どエペル個人の話だったのである。
そこでエペルはエギーユがエペルの地元の林檎に興味を持っていたのを思い出す。
貰ったシャツと今回の食事のお礼にエギーユに林檎を贈ろうと考えていたエペルはヴィルの声に現実へと引き戻された。
「それで?あの子は何か言ってたの?言ってなかったの?言いなさい!」
とうとう肩を掴まれて揺さぶられるエペルは懸命エギーユとの会話を思い出す。
「ヴィルサンは優しい人だから嫌いにならないで、って!」
言い切った所でエペルはこの話をヴィル本人に聞かせても良かったのだろうかという疑問を抱いた。
ちらりとエペルがヴィルの表情を窺うとヴィルは真顔でその場に立っている。
エペルの視線に気付いたらしいヴィルはすぐさまエペルから顔背け、額を押さえると深々と溜息を吐く。
「もう戻りなさい」
美容のゴールデンタイムが過ぎてしまうからというのを理由に先程迄の勢いを失ったヴィルはエペルを手で払う。
この数日、ヴィルの美容に対する厳しさをその身で嫌という程に体験しているエペルは彼の気が変わらぬ内に、と談話室から退室しようとした。
「後、今回は夕食に焼肉を食べた事は見逃してあげる。どうせあの子の事だから十分アンタに野菜も食べさせたでしょうしね」
エペルはヴィルの言葉に驚き思わずそれが肯定となると理解しながらも振り返ってしまう。
「間抜けな顔ね。どうして分かったのかって所かしら」
エペルの顔を見て内心に抱いていた疑問を見事読み当てる。
「あの子単純なのよ。アタシ達位の男子はみんな焼肉なら喜ぶって思ってる」
まるで少し前のエギーユの発言を聞いていたかのようであった。しかしヴィルの推理はまだ続く。
「それとアンタ、あの子から匂い消しの薬を貰ったでしょ」
「貰いました」
最早そこまで見過ごされてしまえばエペルも素直に答えるしかない。
「ルークじゃないけど匂いがしなさ過ぎ。しなさ過ぎてそれじゃあアタシにバレたら困る物を食べましたって言ってるようなものよ」
ヴィルの完璧な推理に呆然とするエペルであるがぼんやり突っ立ていては美容に良い時間が過ぎてしまうと再び厳しい視線を送ってきたヴィル。
そんな彼の視線に肩を振るわせたエペルは慌てて談話室から出て行った。
ヴィルを残して誰もいなくなった談話室に溜息が一つ溢れる。
「別にあの子が言ったから優しくした訳じゃないんだから」
談話室に一人だけとなったヴィルは誰かに言い訳していた。