恋する人魚
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
賑やかな昼食時、珍しく溜息を溢したユウにエースとデュースは首を傾げて何かあったのか尋ねた。
どうやら無意識の溜息だったらしいユウは二人から尋ねられて暫く言おうか言うまいか悩んでいたが最後はグリムに促され口を開く。
「あのね、実は」
始めは花だった。
野花等ではなく愛らしいバスケットいっぱいに活けられた花。
明らかに贈り物らしきそれが玄関に置かれていた。
誰かの置き忘れだろうかと思ったユウは暫く寮の周辺を探したが持ち主らしき人が見つからない。
困ったユウはちょうど授業の終わり掛けに生徒達の様子を見るべくやって来たクロウリーを捕まえて相談した。
クロウリーはオンボロ寮で花を見て、特に花を枯れにくくする以外魔法が掛かっている様子は見受けられないのでありがたく貰っておきなさいと言う。
それでも困っているユウになら三日、三日経っても持ち主が現れなければ好きにすれば良いと提案した。
それならば、と納得した翌日の朝またしても花が置かれていた。
今度は花束である。
その次も花で、御丁寧に花瓶まで付いていた。
その次はぬいぐるみ、蛸やウツボといった海洋生物のぬいぐるみで、その次は
「まさか毎日届くのか?」
「そうなの」
「カードとかは」
「一応付いてるけど名前もイニシャルも書かれていないの」
玄関に置かれたそれ等には何時も淡い青地に紫色のインクで一言書かれたカードが添えられていた。
お疲れ様ですとか、錬金術の授業に大変よく頑張りましたとか日々の生活を褒める様な内容で、送り主に繋がる様な情報は一切書かれていない。
ユウは連日届く荷物が自分宛ではないと思っていた。
そもそも異世界人であるユウに贈り物を贈り続けてくる知り合い等いない筈なのである。
その為日毎、空き部屋に溜まりつつある何処かの誰か宛の贈り物はどうするべきかと頬に手を当て悩むユウ。
対してエースとデュースの表情は青ざめている。
「おまっ、それストーカーって奴なんじゃ」
「ユウ、ぬいぐるみは確認したか?中から小さなカメラとか出てきてないか?」
デュースの言葉の後に何処かの誰かが気管支に物でも詰まらせたのか盛大に咳き込む声が聴こえるが、それも食堂の喧騒に掻き消される。
ユウの身を案じて机に身を乗り出すエースとデュースをユウは宥めて、再度着席を促した。
「大丈夫。僕は男だよ?」
だから大丈夫と言うユウはそもそもストーカーとは男女の恋愛の縺れで発生すると考えているので自信を持って胸を張る。
「そうは言っても」
「お前、本当は女じゃん」
小さくエースは呟いた。
エースとデュースがユウの本当の性別を告げられたのは仲良くなって暫くであった。
何時ものように泊まりに来ていた二人にグリムとお風呂から上がって来たユウは何でもない調子で自分が女である事を告げた。
始めは冗談だと思っていた二人であるがゆるりとした部屋着を纏ったユウを見ている内にもしかして、と思いユウの膝上でタオルに包まれながら全身を乾かされているグリムを呼び寄せた。
「グリムさんや、グリムさんや。今の話マジ?」
戯けた調子で、けれど強張った声でエースは尋ねた。
グリムはエースの質問がよく分からなかった。
というかモンスターであるグリムには人間の性別などほんの些細な事なので気にもしていない。
なので二人は質問を変えた。
「ユウと俺達で体に違いはあるか?」
デュースの質問にエースはすぐにやらしいと言って茶化す。
デュースは顔を赤らめて「そういう意味じゃない!」と反論したが今になり質問のチョイスを間違えたとしおしおと萎びてしまう。
「違うとこ?あるゾ」
「は、」
「ちょっと待てグリム」
「子分の胸はお前等と違ってふかふかなんだゾ!」
グリムの回答は思春期男児の二人にはオーバーキルだった。
グリムは特に疚しい気持ちで言った訳でない。
何かと、特に学園内の備品や危険な物を触ったりしないようユウやエース達によく抱き抱えられるグリムの素直な答えであった。
エースやデュースの胸は硬いが、ユウの胸はふかふか、お風呂や眠る時などは日中とは違った柔らかさがあってグリムはそんなユウの胸に包まれて眠るのが好きだった。
そんなグリムの告白にエースとデュースは床に沈んだ。
羨ましくてこの上ない。
「あれ、二人共どうしたの?」
二人と一匹が話している間にお茶の準備をして戻って来たユウは床に突っ伏す二人に声を掛けた。
二人はユウの声を聞くなり変な声を上げて起き上がり、暫く視線を彷徨わせると持参していた荷物をひっつかみ今から寮に戻る事を告げた。
突然の事に驚くユウに二人は錬金術の課題を一切やっていない事を話す。
「それじゃあ仕方ないね」
既に何度か錬金術の授業の開始時に担当教諭であるクルーウェルから「bad boy!」とその手の鞭で扱かれている同級生を見ているのでユウは急な事であるが二人の身を案じた。
そして二人は逃げる様に自寮に戻り、ベッドに潜って頭を抱えた。
ユウが女、女の子ってどう扱えば良いんだっけ?何て考えていたら一睡も出来ずに二人は朝を迎える事となった。
因みに二人は件の課題を咄嗟の口実等でなく本当に忘れていたので午前中にあった錬金術の授業ではクルーウェルにこっ酷く締められ、運悪く寮長であるリドルに知られた二人はお説教をくらう事となる。
ユウが実は女性であるという告白を受けてから暫く、エースとデュースがあからさまにユウを女の子扱いするものだからユウが怒って大喧嘩、と色々な事があった。
三人はよく話し合い、現在はユウの主張を尊重して基本的にユウとのお付き合いは男同士のそれと変わらぬ様にしている。
しかし、とエースとデュースはユウの警戒心の無さに眉間を押さえた。
確かにユウは学園にいる時は一人称を改めているし、着替えもトイレで済ましたりと性別がバレない様に気遣っている。
しかしこの人が多い学園で何処で誰が見ているかも分からない上、あまり考えたく無いが男子校だからこそういう可能性もあった。
その可能性を考えて顔を塩っぱくさせたエースは咳払いをして気を取り直す。
「兎に角、ストーカーはいないにしても何かあったらオレかデュースに相談しろよ」
「ああ、呼んでくれればすぐにでも駆け付ける」
「ありがとうエース、デュース!」
そして三人は始めの議題に戻り空き部屋に溜まる贈り物の対処について話し出した。
「大丈夫ですか?ストーカーさん」
「アズール、ストーカーだって。マジウケる」
パスタで咽せていたアズールは涙目で向かいの席の双子を睨んだ。
しかしその程度の睨みでは怯まない二人は同じ顔で同じ様に笑っている。
左右反転させた髪型とピアスもあって、まるで片方は鏡に写した虚像かと錯覚する程に似た姿でアズールを責め立てる。
「だから言ったのですよ。直接渡した方が良いと」
「そーそージェイドも俺もそう言ったのにアズールってばいつの間にか寮の前に置いて来ちゃうんだもん」
二人としては茹で蛸の様に顔を赤くしてユウにハンカチの御礼をするアズールが見たかっただけに残念な結果である。
「しかしまさか花籠以外にも贈り物をしてたとは」
「しかも匿名でね」
おかげでユウの友人達にストーカー呼ばわりされるという結果にはジェイドもフロイドも愉快であった。
「五月蝿いですよ。僕はちょっとあのボロくて広いだけの寮に人間が彼女一人というのがちょっと寂しそうだなと思っただけです」
そう思って海洋生物のぬいぐるみを玄関に置いた。
異世界で見た彼女の部屋にも海洋生物が好きなのか愛らしいデフォルメのぬいぐるみが沢山飾られていたのをアズールは覚えている。
きっと一人での異世界は心細いだろうから、そんな彼女の心を少しでも癒せればというアズールの純然たる気遣いであった。
「しかし彼女は寂しそうどころか楽しそうにしていますよ」
ジェイドが見た先には楽しげに昼食を取るユウとその友人達がいる。
大体は赤毛と黒髪の彼等と共にいるが同級生や上級生との親交もあるのか食堂に来てから何度か彼等と挨拶を交わしていた。
「このままでは鳶が油揚げを拐うかの様に彼女も誰かに取られてしまうかもしれませんね」
どうしましょうかと微笑みアズールに尋ねるジェイド。
アズールはフォークを強く握って歯噛みする。
フロイドはアズールが握ったフォークが少しばかり変形するのを見て「うへぇ」と小さく声を上げた。
「分かっています。このままではいけないと分かっていますとも」
俯いたアズールの瞳はギラリと輝いていた。