恋する人魚
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「絶対に離したりしませんよ。私の貴女」
なんて格好つけた事を言ったアズールであるが入学式から数日経っても未だにユウに話しかける事すら出来ずにいた。
「アズールだっさ」
フロイドの心底呆れた悪態にアズールは反論出来なかった。
自分でもダサいと思っていたからである。
アズールは伝手を使い、つい先日オンボロ寮の監督生となった生徒について調べあげた。
アズールが長年想っている彼女とオンボロ寮の生徒が同姓同名である事、生年月日が同じである事等からやはりオンボロ寮の監督生が幼い頃に異世界であったユウであるとアズールはそう判断していた。
「俺、アズールの事だからてっきり転寮させるのかと思った」
「する訳ないでしょう。こんな野郎ばかりの寮に転寮させて彼女の身に何かあったらどうするんです」
「そう言いながら暫く転寮届を手に悩んでいましたけどね」
アズールには苦渋の決断だった。
出来る事なら彼女をオクタヴィネルに転寮させて朝から晩まで一緒にいたい。
が、しかしここは男子校で、勿論その学園の生徒が住むオクタヴィネル寮も男子寮である。
一応、ユウは他の生徒と同じ制服を着て男子生徒の振りをしている様だが男ばかりの寮に女である彼女を置くのは何かと心配だった。
その点、オンボロ寮にはユウを除いてモンスターとゴーストしかいない。
寮はオンボロであるが。
「それでアズールはリフォームの資料を見てんだ」
フロイドの言葉通り、アズールの机の上にはリフォームの資料が散乱していた。
「ええ、彼女の転寮は諦めましたが彼女が今置かれている環境に納得はしていませんからね」
アズールはオンボロ寮の監督生が異世界で会った少女と確信した日、授業の休講を良い事に彼女が住むオンボロ寮を見に行った。
流石、オンボロ寮という名は伊達でなく、そのオンボロ具合に視察を終えたアズールは暫く茫然としていた。
自分が会いたくて焦がれた女の子が屋根も穴だらけの、最早廃屋と言って良い建物で暮らしているのだ。
正直、自分の大切な子じゃなくてもあれは酷いだろうと言うのがアズールの感想だった。
「アズールがそこまで言うのだから酷くボロいのでしょうね」
「えー気になる。俺等も今度見に行って見る?」
「それは良いですね」
では廃屋探検でもいたしましょうか、なんてなごやかに話す二人のウツボにアズールは眼光を厳しくさせた。
「止めろ。お前等みたいなでっかいのが彼女に近付いたら彼女が怖がるだろう。絶対止めろよ」
アズールは双子にユウとの接近禁止令を出していた。
理由はほぼ言葉の通りであるが、それに加えて自分もまともに会えていないのにというやっかみもある。
「えー良いじゃん。ていうかさっさと感動の再会なり済まして俺達にも紹介してよ」
元々アズールが異世界に行ったという話を信じているフロイドは話に聞くユウに興味深々であった。
「駄目ですよフロイド。アズールは彼女が自分の事を覚えていない事を想定して今、色々と準備をしているんですから」
その準備の最たるはユウに「どちら様ですか?」と胡散臭げに尋ねられ、ショックで心臓が止まった際に使う自動体外式除細動器の用意等である。
「ていうかさーアズールがこんなに思ってても相手が覚えて無いならその程度って事なんじゃねぇのー」
さっさと当たって砕けたら?なんてフロイドに言われてアズールは机を叩いた。
「向こうが忘れている前提で話さないで下さい!!!」
ちょっと涙目だった。
因みにジェイドは二人のやりとりを見ていられないのか顔を背けて肩を震わせていた。
夕陽が差し込む廊下をアズールは歩いていた。
部活のボードゲームが白熱してしまい想定していた時間を過ぎていた為足早に廊下を歩く。
突然、その身を襲った横からの衝撃にアズールは踏み止まれず蹌踉めいた。
衝撃が加えられた方を見れば魔法史の教材か、明らかに抱えるその身より長い教材を持つ生徒がいる。
前方不注意、明らかに相手側の過失にアズールはうっそりと笑む。
心の内はぶつかってきたお礼にどんな契約を結んでもらおうか悪どい事を考えていた。
「す、すみません!」
男子生徒にしては高い声にアズールの表情は失せて、その身を強張らせる。
背中を嫌な汗が伝い、嫌な予感がアズールの頭を過ぎた。
「お怪我は無いですか?」
教材隙間から顔を覗かせたのはアズールが会いたくて、会い辛くて、日々悶々していた原因のユウであった。
昔と余り変わらぬユウの容貌にアズールは思わず胸を押さえた。
というのもこれまで会いたいけど会えないのジレンマを拗らせ、ユウを遠くからでしか見る事が出来なかったアズールはユウとこれ程までに近距離で話すのは初めての事だった。
俯いたまま胸を押さえたアズールに顔を青ざめさせたユウは慌ててより近付こうとするのだがそれでは保たない。
主にアズールの心臓が。
心拍数は異常に跳ね上がり、高鳴る心臓の音が頭まで響いている。
「大丈夫ですから!」
全く大丈夫では無いけれど何とか声を張り上げたアズールは手を伸ばし、ユウとの社会的な距離感を保とうとした。
「見た所授業の教材を返却に行く所とお見受けします。どうか僕の事はお気になさらず」
早く行ってくれ、と強く念じたのが彼女に届いたのか、ユウは渋々と踏み出していた足を戻す。
「あ、良かったら使って下さい」
そっとユウの胸ポケットから出されたのは白いハンカチーフであった。
何故、それを差し出されたのか分からないアズール。
ユウは困った様に、気遣った口調で「鼻から血が、」と己の鼻を指で示した。
「だっさ!!」アズールから話を聞いたフロイドは腹を押さえて大笑いし、そのまま凭れていたソファーから転がり落ちた。
中々痛そうな音がしていたがそれでも痛みより笑いが勝るらしく床に転がっても笑っていた。
そんなフロイドに反論をする気のないアズールは落ち込む余り蛸壷に篭っていた。
放心状態である。
ぼんやりと壺の底から天井を見上げている。
「それで、どうするつもりなんです」
「どう、とは」
既に一頻り泣いた為、アズールの声は少し枯れていた。
「借りたハンカチですよ。まさかアズールともあろう者が借りを作りっぱなしという訳にはいかないでしょう?」
自分が鼻血を垂らしていた事に驚いているアズールにユウはハンカチを渡すとそのまま教材を手にその場から立ち去った。
そのハンカチは結局使われる事も無く机の上に鎮座している。
「それは勿論!借りた物は返しますよ!」
気合と共に立ち上がったアズール。
「では早速、贈り物を選んでオンボロ寮に届けに行きましょうか」
「は、」
「良いねー俺もついてくー」
ジェイドの提案にアズールは置いてきぼりに、乗り気なフロイドとジェイドが話を進めていく。
「ちょっと、お前達」
「俺はたこ焼きが良いと思うなぁ」
「私はこの茸の栽培キットが良いと思うのですが」
「ジェイド、フロイド」
「いや、それはねぇだろ」
「フロイドは知らないかもしれませんがこういう自宅で茸栽培というのが流行っているんですよ」
「いや、百歩譲って茸の栽培が流行ってるにしても多分それ絶対この原木栽培じゃない」
「フフフフ」
「何か腹立つ」
「僕の話を聞け!」
声を荒げてやっと二人はアズールを見た。
その表情の意地悪さにアズールはこの二人が己の状況を心ゆく迄楽しみ尽くすつもりなのだと長年の付き合いで察したアズールは頬を痙攣らせた。