事の始まりはオクタヴィネル寮の生徒の呟きであった。

「子供向けのメニュー少なくない？」

神妙な顔付きでそんな言葉を漏らした生徒。
食堂で出される料理は甘いもの、辛いもの、苦いものに酸っぱいものと料理は多種多様であるがどれも一品一品の量が多く、子供には食べづらいメニューも多数あった。
しかし、こればかりは誰も責められない。
そもそも学園にいるのは食べ盛りの男子生徒と大人の教師達だけでまさか学園に子供が住む事になる等誰も想定していなかったのである。
しかしその想定外の事は起きてしまった。
今も量は通常より減らされたとはいえ、大きくごろごろとしたミートボールの入ったスパゲッティに悪戦苦闘するユウを誰かがちらりと伺い見た。
隣で偶然食事をとっていた生徒が甲斐甲斐しくソースで汚れたユウの口元をテーブルナプキンで拭ってやるとユウは照れた様子でその生徒にお礼を言う。

「うっ眩しい」

「気持ちは分かるが落ち着け」

側でユウと生徒のやりとりを見て胸を押さえた生徒に対し、向かいに座った生徒は冷静に声をかけた。

「しかし大きい」

ユウと同じテーブルにいた生徒達はユウの皿に鎮座するミートボールを見た。
自分達であれば二口でどうにかなるミートボールはユウには大きく、4当分して何とか咀嚼出来る程である。
ユウは懸命にフォークでミートボールを分けようとするのだが丸いミートボールはころころと皿中に転がって抵抗するものだからユウが食べれる大きさになる頃にはぼろぼろであった。
それがまたフォークで巻いたスパゲッティの隙間から溢れるのでせっかく拭いてもらった口元は既にべとべとになっていた。
それはスパゲッティに限らず他の料理も同じで、いつも食べにくそうに食事をするユウに生徒達は何とかならないかなと頭を捻った。
そこに件のオクタヴィネル寮生の呟きである。
いっその事子供向けのメニューがあればユウももっと楽しく食事が取れるのではという案が生徒間で飛び交った。

「なら新メニューを作りますか？」

「うわっ？！学園長」

「学園長先生こんにちは」

「はい、こんにちは」

ユウと生徒の間ににょっきりと首を生やして現れた学園長に辺りの生徒は驚き後退した。
ユウは何でもない様子で学園長に挨拶しており、学園長もにっこりと笑みを浮かべて挨拶を返す。
生徒が後退した為に出来た隙間に入り込み、ユウの隣に座った学園長。
その背後には何時も食堂で料理を作るゴーストもいた。

「丁度、食堂のゴーストからも新しいメニューを増やしたいという相談を受けていましてね」

顔の前で手を組み、微笑む学園長。

「どうやら此方でも食堂の新メニューについて話しているようですし、何か良いアイデアはないかと来た次第です」

嘘である。
学園長はゴーストから食堂のメニューについて相談を受けてはいたが、その相談は新メニューについてでなくユウに対しての相談であった。
生徒達が子供向けのメニューが少ないと言った様にゴースト達も同じ事を悩んでいた。
半年前から学園内で見かける様になった子供、ユウは何時も食堂のメニューと睨めっこをしていた。
食堂のメニューは何れも大人な味で、ユウが食べるとなると今日の様なスパゲッティかサンドイッチ位しかない。何時も皿の返却時に食事が美味しかったと声をかけてくれるユウにもっと美味しい物を食べさせてあげたいと思うのだが、長年学園で勤めるゴースト達は幼い子供が喜ぶ料理という物を忘れてしまったのである。
そんな訳で学園長に相談していたゴーストであるが、相談を受けた学園長も子供が喜ぶ料理など見当がつかなかった。
どうしたものかと悩んでいた二人の耳に似た会話を捉えた。
その集団に近付けばユウも一緒におり、学園長は閃く。
どうせこの学園に子供はユウだけなのだからユウが好きな食べ物を新メニューとして出せばいいではないかと。

「貴女は何が食べたいです？」

突然、学園長に話を振られたユウは驚き、スパゲッティを食べかけたまま固まっていた。
そして暫くして動き出したユウは返答に困っており、困り果てた結果、ユウは学園長とは反対側に座っていた生徒に話を振った。

「お兄ちゃんは何が食べたい？」

「え、俺は特上のビーフステーキ」

「却下です。学園でそんな物出せる訳ないでしょう」

学園長はばさりと切り捨てて再度、ユウの返答を求めた。
何となくであるが学園長の意図が読めてきた生徒達はユウから質問を振られる度にフォアグラやフカヒレ等の高級食材を使った料理名を挙げて、わざと学園長に却下される様な回答をする。
そして、とうとう辺りの生徒へ質問し尽くした為ユウが答えるしかなくなった。
皆から見つめられて回答に窮しているユウを見兼ねた学園長は好きな物でなくても良い、食べてみたい物でも構わないと伝えれば、一瞬、ユウの瞳が煌めいた。
その煌めきを見逃さなかった学園長と生徒達はユウに何が食べてみたいのか迫る。

「お、」

「お？」

「お子様ランチが食べてみたい、です」

もじもじと俯き、手を組んだり外したりしながら答えたユウ。それが後に学食の定番となる日替わりランチ誕生の瞬間であった。