恋する人魚
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アズール・アーシェングロットは余り信じて貰えないが幼い時に異世界に行った事がある。
何時もの様に同級生達に虐められ、追われて辿りついた先で大きな渦潮に巻き込まれたアズールは気付くと知らない海にいた。
珊瑚の一片たりと見当たらない岩礁と砂だけの侘しい海。
見たことのある魚が自分より遥かに大きくて困惑していたアズールは突然、目の前を掠めた網によりひき上げられた。
自分は巨人の国にでも紛れ込んだのか。
水槽に入れられたアズールはそう思った。
そう思う程にアズールを引き揚げた陸の人間は大きく、辺りの品々もその巨人に合わせて大きい。
ツイステッドワンダーランドに巨人が暮らす場所などあったのか。
はたまた神代の生き残りか、己が囚われの身で無ければ学術的興味から辺りを見学していたアズールだがそうは言ってられない。
アズールは困り果てていた。
巨人に幾ら話しかけても話が通じないのである。
人魚の捕獲は誘拐拉致の罪に当り、うっかり網でもなんでも同意無しに引き揚げてしまったらならばすぐに海に戻さなくてはならない。
それを懸命に話し、可能であれば己が住む珊瑚の海に返して欲しいともアズールは訴えたがまったくと言って良いほど言葉が伝わらなかった。
「わあ、綺麗なタコさん」
そんなアズールに光明が射す。
自分より遥かに大きい、けれど精神年齢でいえばアズールより幾つか歳下であろう女の子が現れた。
これまでアズールは巨人の言葉が分かるのに巨人はアズールの言葉を理解していなかった。
けれど目の前に現れた女の子は
「凄い。タコさんもお話できるのね」
アズールの言葉を聞き取れた。
「僕の言葉が分かるの?」
「分かるよ」
笑顔で女の子はアズールに答えた。
ユウと名乗った女の子はアズールの質問になんでも答えてくれた。
幼さ故にアズールの質問に答えられない事は多々あったがそういう時は他の者に聞いたりして一生懸命に答えてくれた。
そんなユウの協力もあり分かったのはアズールが今いるのはツイステッドワンダーランドではない世界で、魔法も無ければ人魚も獣人もいない世界だという事だった。
そしてアズールが驚いたのは
「タコさん」
「僕の事はタコって呼ばないでよ」
「でもタコさんはタコさんだよ」
「僕はタコじゃなくてタコの人魚だよ」
人魚はいないけれど空想上の生き物として人魚が存在する世界。
ならば人魚が分からない筈あるまいにと思ったがいくらアズールが己は人魚だと主張してもユウは理解してくれなかった。
というのも
「やっぱりタコさんはタコだよ。マダコ」
ほら一緒、とユウが見せたのは児童向けの図鑑で、開かれたページには真蛸が大きく載せられている。
「僕は人魚だよ。全く違うだろ?!」
どうして分かってくれないんだと癇癪を起こすアズールに困り果てたユウは鏡を水槽越しに置いた。
そこには先程の図鑑と同じ蛸が写っており、アズールは驚いて背後を振り向き確認する。
が、背後には何もいない。
もう一度鏡を見て頭を傾げれば鏡に写った蛸も同じ動きをした。
まさかと思いアズールは暫く鏡の前であれこれ動くも、鏡の中の蛸も全く同じに動く。
「そんな、どうして」
アズールは異世界に来て正真正銘ただの蛸になっていた。
正しくは仔蛸。
それによりアズールは巨人と思っていた人々がアズールの世界の人間と同じサイズだと言うことにも気づいた。
何なら大人にしても子供にしても、アズールの世界より小柄だった。
余りのショックにアズールは気絶して、暫く水槽に浮かんでいた。
それからユウとアズールは共に過ごす。
漁協と呼ばれる場所の水槽に入れられていたアズールはユウに引き取られた。
ユウの家の水槽に入れられたが時折虫籠や金魚鉢に移してもらい異世界を見て回った。
両親に会えないのは寂しかったが、同級生達から虐められて精神的に疲れていたアズールは知り合いのいない異世界での生活は意外にも快適であった。
何よりユウがアズールを見る度に可愛い可愛いと容姿を褒めるのだ。
アズールは幸せだった。
けれどその幸せも長く続かない。
アズールに帰る時が来た。
荒れ狂う嵐の中、来た時と同じく渦潮に乗って帰る間際、アズールはユウと約束した。
「僕が大きくなったら君を迎えに行くから待っててね!」
「アズール、起きて下さい」
身体を揺り動かされてアズールは目を覚ました。
目の前には計算機に散らばった書類。
それらを見て自分は夜遅く、ホリデー前から考えていたラウンジの2号店を作った際の計算をしていた事を思い出す。
利益はある、新しい従業員の当てはある。
だが、その2号店を何処に作るかが問題で、学園という性質上新しく建物を建てるのは難しく、既存の建物を使うにしてもアズールの御眼鏡に適う場所がなかなか見つからなかった。
そういう訳で計画が頓挫している2号店であるが、どうしても諦められず悔し紛れに利益計算をして寝落ちをした事を思い出したアズールは机に置かれた時計で現在の時間を確認した。
入学式の開始迄時間にはまだ余裕がある。
式が開始される迄の予定を頭で組み立てていたアズールはジェイドの視線に気付き、訳を尋ねた。
「いえ、今日のアズールは寝起きにしてはご機嫌な顔をしているので珍しいと思いまして」
「久しぶりに彼女の夢を見たからでしょうね」
「彼女、ああ、アズール妄想彼女でしたか」
合点が言ったとばかりにジェイドは己の手を叩いた。
ジェイドの発言に飲んでいた紅茶で咽せたアズールは暫く咳を繰り返し、落ち着くと机を叩いて椅子から立ち上がる。
「妄想じゃない!彼女は実在する」
ジェイドはアズールが体験したという異世界の話を全く信じない人魚だった。
初めての邂逅から暫くしてジェイドはフロイドと共にアズールから彼が異世界に行った話を聞いたのだがフロイドが
「マジで?!アズールすげぇ」
と好奇心で目を輝かせたのに対し
「え、今の話はアズールの妄想でしょう?」
と言い切り、さらに「現実から目を背けて妄想の世界に引き篭もっているなんてお可哀想に」と本人に向かって言った男である。
「何度言えばお前はあの話を僕の妄想じゃないと信じるんだ!」
「そうは言いましても。何せ突拍子もない話ですし、証拠も無いですからね」
「証拠はあります。お前にも一度見せたでしょう?!」
双子に異世界の話をした際にアズールは異世界で貰ったというリボンを二人に見せた。
それはユウが宝物だと言っていた物で、異世界にアズールが戻る際に彼女から一対の内の片方を譲り受けた。
今はアズールの思い出であり宝物でもある。
「リボン一つでは異世界に行った証拠にはなりませんよ」
「だったらお前は何を見せたら信じるんだ!!」
ジェイドは昔から異世界より持ち帰ったリボンを見せても、アズールが異世界で見て聞いた事を事細かに話しても異世界の話を信じない。
「そうですね。実際に異世界から来たという方を目にしたら信じるかもしれません」
揶揄う様な笑みを浮かべたジェイドにアズールは今に見ていろと思った。
異世界から戻ったアズールはユウを今度は此方の世界に招く為に日頃から勉強に明け暮れていた。
加えて愛らしい彼女の隣に並んでも恥ずかしくない様にダイエットに励み、彼女を金銭的に困らせない為に学生ながらに商売も行っている。
今の所、異世界へのアプローチの手段は見つからないアズールであるが、だからと言って諦めるつもりはない。
「必ずお前に彼女を見せてやるからな」
「期待せずに待っていますね」
なんて会話を入学式前にしていた二人である。
だからなのか
「この者に魔力を感じない」
そう、闇の鏡に告げられる小さな姿にアズールは目を見開く。
昔より成長していたけれど狼狽えた様子で鏡の前に立つ彼女が長年、自分が恋い焦がれたユウであるとアズールは確信していた。
何より彼女の髪に結ばれたリボンは別れの間際にユウがくれたものと同じであった。
そう、この世に二つと無い、彼女の母親が刺繍を施したという一対のリボン。
それをいつかの再会の目印にとアズールに渡したのはユウである。
ユウが自分の世界に来た。
アズールは困った。
今から計画を変えねばならない。
これまではユウを異世界から招く事ばかり考えていたがユウがこの世界にやってきたからには自分の様に元の世界に帰らない方法を見つけなければならない。
「絶対に離したりしませんよ。私の貴女」
アズールは小さく呟き、そして微笑んだ。