青い彼岸花の少年


町へと炭を売りに行った帰り、帰る道すがら遭遇した三郎に夜道は鬼が出ると止められた禰豆子は三郎の家の布団に包まり眠っていた。

「禰豆子、起きるんだ禰豆子」

まだ夜中だというのに揺り起こされた禰豆子は寝ぼけ眼を擦りながら何事か尋ねた。
寝起きでぼんやりとした禰豆子に対し、三郎は酷く焦っていて顔色は悪い。
そんな三郎にただ事ではないと察した禰豆子は身体を起こした。

「禰豆子、落ち着いて聞くんだ。お前の家が」

真っ黒な山道を三郎を先頭に駆け上がって行く。
三郎、禰豆子と続き、その後ろには桶を手にした街の男衆が続いていた。
真夜中だと言うのに家に近付くに連れて辺りが明るくなって来る。
暖かな風と共に酷く焼け焦げた臭いが禰豆子の鼻を掠めた。

「嘘、どうして」

禰豆子の家は轟々と真っ赤な炎に包まれて燃えていた。
炎は木造の家屋を容赦なく焼き、黒い煙が空へと昇って行く。

禰豆子はその目の前の光景に驚愕してペタリと濡れた大地に尻を着いた。

「お母さん、お兄ちゃん!」

尻を着いたのも束の間、禰豆子は兄妹達の名前を叫んで立ち上がると燃え上がる我が家へと駆け出した。
それを三郎は禰豆子の身体を押さえ込む形で捕まえる。
禰豆子は半狂乱に「離して!離せ!」と叫び抵抗したが子供である禰豆子が体格的に力的にも三郎に勝てる筈も無く、地面に押さえつけられ家が燃える様を大人しく見ているしか無かった。
消火は消防組の的確な指示と有志で集まった街の男衆が消火活動に励んでくれた為意外にも早く済んだ。
火が消えた事で馬鹿な真似はしないだろうと解放された禰豆子はぼんやりと真っ黒に焦げた自宅だった物を見つめる。
その横では消防組の者達が家事の原因について話していた。
彼等は竈門家に幼い子供が多くいるのを知っていたのでその子供達の誰かが火鉢を誤って倒してしまい、そのまま乾燥したこの時期特有の空気も相まって火事に至ったのでは、という仮説を立てた。

「それは絶対に有り得ない」

それを聞いていた禰豆子は真っ向から否定する。
竈門家の長子・炭治郎の額には見るからに痛々しい火傷の痕がある。
その火傷痕は火鉢が原因で出来たもので、炭治郎が火傷を負って以来、家族皆が火鉢を慎重に扱っていた。
幼い兄妹は絶対に火鉢の側で走り回ったり等しなかったし、しようものなら互いに注意していて、周りに物を置いたりもしなかった。
そんな家族が火鉢が原因で火事を起こすなど考えられないと主張する禰豆子に消防組の男達は困った様に顔を見合わせた。

「だけどな、禰豆子ちゃん」

男達が検分した所、特に火災の被害が大きかったのは竃のある土間では無く寝室であった。
葵枝が煙管等を嗜まないのを知っている彼等は火災の原因はもう火鉢位しか無いのだと言った。
特に今晩はよく冷え込んでいた為、眠りに着くまでの間だけでもと家族で火鉢を囲み、何かの拍子で倒してしまったのではないのだろうか。
それに今度は三郎が待ったをかけた。

「火鉢を囲んでいたと言うのはどういう事だ」

それは、と答えるのは別の男。
男は火鉢と思われる黒く焼け焦げた鉢の周りに大人が一人と子供と思わしき四人の焼死体がぐるりと鉢を囲む様にあったという。
その報告を受けて火災の原因は火鉢、と至った訳であるがそれはおかしいだろうと三郎は反論する。
火鉢の番をしていた者が一人、後は少し離れて布団等で眠っていたなら分かるがそんな人数が集まって火鉢を取り囲み、全員眠ってしまったというのはおかしくないかと頭を傾げる。
竈門家は禰豆子の話した炭治郎の件もあり日頃から火鉢の扱いに気をつけていたというのだったらそれは尚更おかしい。
それに竈門家は禰豆子を抜いた子供の数は五人である。

一人足りない。

禰豆子は大人達の静止を無視して火災前、寝室があった場所へと向かった。
そこには家族の変わり果てた姿があった。
消火して尚漂う臭いに口元を押さえながら数を数える。
一番大きいのは母親の葵枝、小さいのは末の六太、似た大きさの二人は花子と茂、残った一人は二番目に大きいが禰豆子より少し小さい。
禰豆子の後を追って来た三郎は慌てて禰豆子の視界を手で塞いだ。

「見ちゃいかん。見ては駄目だ禰豆子」

「三郎お爺さん。兄の、兄の炭治郎の死体が無いの」

震える禰豆子の声にはっとした三郎は目の前の焼死体を見た。
数は話の通り大人が一人と子供が四人。
子供と思わしき四人の焼死体は確かに何れも禰豆子より小さい。
そうなると残りの子供、炭治郎は何処に行ったというのだろうか。

再度、消防組の者達が検分するが終ぞ炭治郎のものと思われる死体が出てくる事が無かった。
一旦、三郎の家に戻っていた禰豆子はその報告を聞き、暫し黙り込む。
それは三郎も同じであった。
死体が見つからなかった炭治郎には町の殆どの人達が知らない秘密があった。
その秘密に一度命を救われた事のある三郎は炭治郎の死体が見つからない事に嫌な考えが浮かぶ。
消防組の者達が確かに帰ったのを確認した三郎は禰豆子と向き合う様に腰を下ろすと重い口を開いた。

「もしかしたら竈門の家は襲われたのかもしれん」

「襲われた?」

襲われたと聞いて禰豆子は熊を浮かべた。
稀に冬眠をし損ねた熊が山に現れる事が有り、父親である炭十郎が生きていた頃にはそんな熊を撃退した事があった。

「襲ったと言っても熊ではない」

まるで禰豆子の頭の中でも見たかの様に否定した三郎は徐に禰豆子へ頭を下げた。
突然の三郎の土下座に禰豆子は驚く。
三郎から謝罪を受ける覚えのない禰豆子は三郎に頭を上げる様頼むが聞き入れられない。

「お前の家族を襲ったのはきっと人間だ」

困惑した禰豆子が三郎から聞かされたのは驚くべき話であった。

町に馴染みのない紳士が現れた。
どこぞの街に住む華族だという男は屈強なお供を二人連れて何かを探している様であった。
お供の男達は道ゆく人々、商いを行う者を捕まえては尋ねた。

「青い彼岸花を知らないか」

禰豆子はそれを聞いてどきりとした。
じわりと額から嫌な汗が流れる。
偶々町に降りていた三郎もその男達に同じ質問をされたという。
勿論三郎は知らないと嘘をついた。
三郎はきっとその男達は後数日もすれば諦め、別の町へと向かうだろうと楽観視していた。
だから竈門家へ報告もしなかった。
下手にあれこれ話して無用の心配を与えるまいと思っての事だった。
そして昨日、三郎が用事で町へ降りた際にその連中が未だ町に滞在している事を知った。
しかも金まで積んで青い彼岸花について有力な情報を探しているという。
三郎は不味いと思った。
秘密を知る者達は皆、命を救われた者達ばかりである。
だから金に目が眩んで、等という事はきっと起こらないだろうと思った。
けれど流石にこの事は葵枝の耳にも入れて警戒して貰った方が良いと思った。
けれどそう思った時には日が暮れていた。
夜は鬼が出る。
そうで無くても連日の雪で足場が悪い。
山への帰り道に禰豆子と遭遇した三郎は翌日の朝にでも禰豆子と共に竈門家へと向かい、青い彼岸花を探す怪しい男達の話をしようと思っていた。
そして朝を迎える前に竈門の家は原因不明の火事に見舞われた。

「すまない、すまない」

三郎はもっと早く事を葵枝に伝えておけば、と口惜しげに呻き、拳を強く握り締めて何度も禰豆子に謝った。
聞かされた話がぐるぐると禰豆子の頭の中で巡る。

青い彼岸花を探す不審な人物

家族と家を襲った原因不明の火事

消えた炭治郎

それらが全て禰豆子の頭の中で結びつく。

「お兄ちゃんはその人達に攫われた?」

炭治郎こそ正に男たちの探す青い彼岸花と呼ばれる存在であった。
その身に流れる血はどんな病も怪我も癒すと言われる不思議な体質にある日突然なった炭治郎。
そんな炭治郎に葵枝は要らぬ諍いを招くからと無闇矢鱈に他人へ己の体質について話さず秘密にする様にきつく言付けた。
そんな秘密を知るのは炭治郎本人と葵枝、それに禰豆子と竹雄。
加えて三郎の様に炭治郎の血で一命を取り留めたごく僅かな人々である。

葵枝も禰豆子も炭治郎の血をもって人を助けるのは嫌だった。
けれど炭治郎は己の血で人の命が助かるのなら安い物だと譲らなかった。

助かった人々は炭治郎に泣いて感謝して炭治郎の秘密を守ると誓ってくれた。
その殆どが以前からの顔見知りであったから
この先も秘密は守られるのだと安心していた。
けれど家は燃え、家族は死に、炭治郎は攫われた。
それはつまり秘密を知る誰かが秘密を漏らしたと言う事である。
不思議な体質だからと言って己に傷をつけて傷まない訳が無い。
それでも炭治郎は救える命があるならばと己の身を傷付けていた。
だというのにこの顛末。
炭治郎の善意は人の欲望に裏切られ、家族は殺された。
禰豆子は泣いた。
悔しく、恨めしくて大きな声で泣いた。
三郎はその禰豆子の泣き声を聞きながら己の浅慮さに唇を噛み締めた。


涙が枯れ、暫く泣き腫らした目で虚空を見つめていた禰豆子はゆっくりとした口調で三郎の名を呼んだ。
その声にびくりと肩を震わせ、俯いていた顔を上げた三郎は禰豆子の淡い色合いの瞳に似つかわしくない鈍い色の炎が揺らめくのを確かに見た。

「私に刃物の扱い方と、猟銃の扱い方を教えて下さい」

三郎は何故、とは聞けなかった。
拒否も出来なかった。

「分かった」

静かに頷き応える三郎の目の前には街一番と言われた愛らしい禰豆子の姿はもう何処にも無かった。
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