竈門炭治郎の逆行
時期が悪かった。その一言に尽きる。
その声、人望を以て鬼殺隊を治めていた前当主は鬼舞辻無惨との戦いの前に既にこの世になく、その跡を継いだ輝利哉は当主としての経験が浅くとても若かった。
竈門兄妹を認めて応援してくれた柱はもういない。
その中にはもしもの時には責任を以て腹を切ると言った兄弟子も含まれる。
師は存命であったが彼が鬼殺隊を辞めて育手になってからの期間が長く、鬼殺隊の中には育手である以前の師を知る者は残っていない。
まあ、時期が悪かった。
これならば以前行われた柱合会議の方がマシだと炭治郎は思った。
柱合会議はそれこそ頸だの切腹だの物騒な発言が飛び交いはしたが当時のお館様は竈門兄妹を認め、竈門兄妹を信じて己の命をかけてくれる人がいて認めてもらえるきっかけも(それでも妹を、禰豆子を刺した事を許す事は出来ないが)あった。
けれど今回は違う。
敵対する鬼がいなくなったものの鬼殺隊はその事後処理に混乱している。
現当主は最終決戦において立派に勤めを果たしたにも関わらず見た目に侮られて何を発言してもまともに聞き入れてくれる者がいない。
加えてこの鬼殺隊に所属する大半の者が家族や恋人などの大切な人を鬼に殺された、要は復讐者の集まりである。
きっと炭治郎がこの場に呼ばれる以前に炭治郎の処遇は決まっていたのだろう。
輝利哉はひたすら炭治郎に涙を零して謝った。
暴走する隊士達を若くして当主となった輝利哉にも止められなかった。
止められるかもしれないが無理に止めて今の混乱極める鬼殺隊にどの様な影響が出るかは分からない。
泣いて謝罪を繰り返す輝利哉のその姿が失礼ではあるが弟の姿と重なった。
だから自分が犠牲になって事が丸く収まるのなら良いと思ってしまった。
炭治郎を取り囲んだ隊士達からは炭治郎が進んで頸を差し出すのであれば性質としては人間に戻ったが見た目が鬼のままとなってしまった禰豆子を救ってやると言われた。
そう言われてしまえば炭治郎は己の身がどうなっても良かった。
元より痣者である為長く生きられない身、一人残してしまう禰豆子の事は心配だったがこれで心配は晴れる。
炭治郎は禰豆子の為に頭を下げた。
「お前の姿を見ていると私達は苦しいんだ」
見た目が鬼では人々に恐怖を与え、鬼の記憶に苦しまされる。
だから殺されてくれと一人呼び出された禰豆子は言われた。
禰豆子が犠牲になれば鬼の細胞を体内に持つ炭治郎を必ず珠世としのぶの研究引き継いだ者達で真っ当な人間に戻してやると言われて禰豆子は頷く。
そして処刑日当日、目隠しをされて連れて来られた炭治郎のよく利く鼻は禰豆子の匂いを捉えた。
すぐ近くに禰豆子がいる。
どうしてこんな場所に、とまで考えて炭治郎は自分達兄妹は騙されたのだと気付く。
炭治郎の様子に処刑を務める隊士は気付いたらしく隊士は小さく笑って囁いた。
「お前達兄妹が仲良くて良かった。ありがとよ。そしてさよならだ」
炭治郎の頸が落とされる。
鬼の細胞を内包している所為なのか首を落とされたはずなのに辛うじで音が聞こえた。
処刑に集まっていた観衆の悲鳴、友の叫び。
そして炭治郎が最後に聞いたのは禰豆子の断末魔の声だった。
どうしてこうなってしまったのだ。
怒りより先にそう思った。
鬼舞辻無惨を倒して禰豆子はこれから幸せになる筈だったのに。
沈みゆく意識の水底で懐かしい兄弟子の声を聞いた。
「生殺与奪の権を他人に握らせるな」
兄弟子は始めて出会った時にそう言っていたのに炭治郎はこの言葉をすっかり忘れていた。
権利どころか己の命を自ら差し出してしまった。
けれど結局、騙され兄妹共々打首にされた。
ごめんな禰豆子、兄ちゃんの所為でごめんな
炭治郎は涙を零して闇に沈んだ。
そして気付いたら炭治郎の時は巻き戻っていた。
暫し混乱したが己の頬を抓ってみて痛みを感じた為、これは夢では無いのだろうと炭治郎は考える。
街に炭を売りに行くついでに日付を確認すると無惨の襲撃よりかなり前であった。
家族が生きている
母親も妹も弟も、
禰豆子も
涙が溢れそうになるのを耐えた炭治郎は今度こそ家族を守る事に決めた。
そうなればまずは体作りであった。
鱗滝の所で習った事を思い出しながら常中を常に意識し続けた。
炭を作りそれを売り、身体を鍛えながら己の中の刃を磨く。
家族は襲撃される数日前に何か理由を付けて下山させておき、一人で鬼舞辻無惨と対峙する事にした。
一人では倒し切れないし日輪刀を持たぬ身では己の身も危ない事を炭治郎は分かっていたが以前の時の様に血濡れの家族の姿等もう見たくは無かった。
頸も傷も、付けられなくても良い。
朝を迎えれば向こうは勝手に退散する。
しかしそうは簡単には行かなかった。
炭を売りに行った帰りに雪がちらついた。
それはいつもの事である。
途中、三郎爺さんの家の前を通ると丁度薪を割っていた三郎爺さんに言われた。
「これは暫く吹雪くぞ、籠る準備をしておけ」
前回を知る炭治郎はそれをあまり真剣に受けとらなかった。
確かに前回も雪は振ったが一晩で吹雪は治った。
きっと大丈夫という炭治郎の期待は見事に裏切られる。
吹雪は三日も続いた。
その声、人望を以て鬼殺隊を治めていた前当主は鬼舞辻無惨との戦いの前に既にこの世になく、その跡を継いだ輝利哉は当主としての経験が浅くとても若かった。
竈門兄妹を認めて応援してくれた柱はもういない。
その中にはもしもの時には責任を以て腹を切ると言った兄弟子も含まれる。
師は存命であったが彼が鬼殺隊を辞めて育手になってからの期間が長く、鬼殺隊の中には育手である以前の師を知る者は残っていない。
まあ、時期が悪かった。
これならば以前行われた柱合会議の方がマシだと炭治郎は思った。
柱合会議はそれこそ頸だの切腹だの物騒な発言が飛び交いはしたが当時のお館様は竈門兄妹を認め、竈門兄妹を信じて己の命をかけてくれる人がいて認めてもらえるきっかけも(それでも妹を、禰豆子を刺した事を許す事は出来ないが)あった。
けれど今回は違う。
敵対する鬼がいなくなったものの鬼殺隊はその事後処理に混乱している。
現当主は最終決戦において立派に勤めを果たしたにも関わらず見た目に侮られて何を発言してもまともに聞き入れてくれる者がいない。
加えてこの鬼殺隊に所属する大半の者が家族や恋人などの大切な人を鬼に殺された、要は復讐者の集まりである。
きっと炭治郎がこの場に呼ばれる以前に炭治郎の処遇は決まっていたのだろう。
輝利哉はひたすら炭治郎に涙を零して謝った。
暴走する隊士達を若くして当主となった輝利哉にも止められなかった。
止められるかもしれないが無理に止めて今の混乱極める鬼殺隊にどの様な影響が出るかは分からない。
泣いて謝罪を繰り返す輝利哉のその姿が失礼ではあるが弟の姿と重なった。
だから自分が犠牲になって事が丸く収まるのなら良いと思ってしまった。
炭治郎を取り囲んだ隊士達からは炭治郎が進んで頸を差し出すのであれば性質としては人間に戻ったが見た目が鬼のままとなってしまった禰豆子を救ってやると言われた。
そう言われてしまえば炭治郎は己の身がどうなっても良かった。
元より痣者である為長く生きられない身、一人残してしまう禰豆子の事は心配だったがこれで心配は晴れる。
炭治郎は禰豆子の為に頭を下げた。
「お前の姿を見ていると私達は苦しいんだ」
見た目が鬼では人々に恐怖を与え、鬼の記憶に苦しまされる。
だから殺されてくれと一人呼び出された禰豆子は言われた。
禰豆子が犠牲になれば鬼の細胞を体内に持つ炭治郎を必ず珠世としのぶの研究引き継いだ者達で真っ当な人間に戻してやると言われて禰豆子は頷く。
そして処刑日当日、目隠しをされて連れて来られた炭治郎のよく利く鼻は禰豆子の匂いを捉えた。
すぐ近くに禰豆子がいる。
どうしてこんな場所に、とまで考えて炭治郎は自分達兄妹は騙されたのだと気付く。
炭治郎の様子に処刑を務める隊士は気付いたらしく隊士は小さく笑って囁いた。
「お前達兄妹が仲良くて良かった。ありがとよ。そしてさよならだ」
炭治郎の頸が落とされる。
鬼の細胞を内包している所為なのか首を落とされたはずなのに辛うじで音が聞こえた。
処刑に集まっていた観衆の悲鳴、友の叫び。
そして炭治郎が最後に聞いたのは禰豆子の断末魔の声だった。
どうしてこうなってしまったのだ。
怒りより先にそう思った。
鬼舞辻無惨を倒して禰豆子はこれから幸せになる筈だったのに。
沈みゆく意識の水底で懐かしい兄弟子の声を聞いた。
「生殺与奪の権を他人に握らせるな」
兄弟子は始めて出会った時にそう言っていたのに炭治郎はこの言葉をすっかり忘れていた。
権利どころか己の命を自ら差し出してしまった。
けれど結局、騙され兄妹共々打首にされた。
ごめんな禰豆子、兄ちゃんの所為でごめんな
炭治郎は涙を零して闇に沈んだ。
そして気付いたら炭治郎の時は巻き戻っていた。
暫し混乱したが己の頬を抓ってみて痛みを感じた為、これは夢では無いのだろうと炭治郎は考える。
街に炭を売りに行くついでに日付を確認すると無惨の襲撃よりかなり前であった。
家族が生きている
母親も妹も弟も、
禰豆子も
涙が溢れそうになるのを耐えた炭治郎は今度こそ家族を守る事に決めた。
そうなればまずは体作りであった。
鱗滝の所で習った事を思い出しながら常中を常に意識し続けた。
炭を作りそれを売り、身体を鍛えながら己の中の刃を磨く。
家族は襲撃される数日前に何か理由を付けて下山させておき、一人で鬼舞辻無惨と対峙する事にした。
一人では倒し切れないし日輪刀を持たぬ身では己の身も危ない事を炭治郎は分かっていたが以前の時の様に血濡れの家族の姿等もう見たくは無かった。
頸も傷も、付けられなくても良い。
朝を迎えれば向こうは勝手に退散する。
しかしそうは簡単には行かなかった。
炭を売りに行った帰りに雪がちらついた。
それはいつもの事である。
途中、三郎爺さんの家の前を通ると丁度薪を割っていた三郎爺さんに言われた。
「これは暫く吹雪くぞ、籠る準備をしておけ」
前回を知る炭治郎はそれをあまり真剣に受けとらなかった。
確かに前回も雪は振ったが一晩で吹雪は治った。
きっと大丈夫という炭治郎の期待は見事に裏切られる。
吹雪は三日も続いた。
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