丁家の双子は元気な子
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丁奉は頭が痛い。
事の始まりは双子のいつもの思い付きである。
「私、お父さんと同じ職場で働きたい!」
「その案採用!と言う訳で父さん!明日から俺達、父さんの部下になるね!よろしく!」
「よろしくねって、ちょっと待ちなさい」
末子の双子、姉であり妹である瑞の提案に同じく双子の兄であり弟の鶴はノリに乗った。
そんな思い付きを夕食の場でされた丁奉は自分は一軍を任される将であれど人事の権利はない事を懇々と、特に話を聞いていない事に定評ある瑞には念には念を入れて説明した。
そんな説明を受けた瑞も、話せば一字一句聞き逃さないしっかり者の鶴も勿論分かってくれたと丁奉は思っていたが、丁奉は自身の双子を見誤っていた。
翌々日の朝、双子に見せられた書状に丁奉は己の目を擦る。
その書状には瑞と鶴を軍に招く事を許可すると書かれていた。
所々字は滲み、歪んではいるが確かに丁奉の主君である孫権の字で、署名と印も押されている。
「確かに殿の字だ。しかし瑞と鶴、どうやってこの書状を書いてもらった」
丁奉は余り詳しく聞きたくなかったが主君と実の子が絡む事、頭を過る嫌な予感を振り払いながら冷静に努めて尋ねた。
すると双子は一度、互いに向かって笑い合うとすぐに顔を丁奉へと向き直る。
「俺が幻術で瑞を女官に見せかけて孫権様に酒を運ばせて」
「私が孫権様にお酒を飲ませて書かせました」
丁奉は膝から崩れ落ちた。
我が子の口から出て来た書状を書かせたやり口には驚愕であるが、それと同等、それ以上に子供達の手にあっさり引っかかった孫権に対し丁奉は何とも言い得ぬ気持ちになった。
宴会でお酒を飲む度に誰構わず絡む孫権を危惧し、いずれ天下を統一する孫権の宴席での様子が世間に知れ渡ってはまずいと周瑜や魯粛が中心に推し進めていた孫権様禁酒計画に賛同するべきでは無いのかと現実逃避をしていた丁奉へと双子から爆弾が落とされる。
「やっぱりお父さんの言ってた通りお酒を用意して良かったね」
「まさか父さんの話の通り孫権様があそこ迄酒に弱いなんてな」
人は見かけによらないと話す双子。
双子の作戦が自分の発言から生まれたものだと知り丁奉は頭を抱えた。
そうこうしてる内に丁奉の登城する時間が差し迫り、それに着いて行こうとする双子との攻防は熾烈を極めた。
最後は丁奉の妻の一声
「孫権様に直接、書状を見せてどうするか決めて貰いなさい」
と双子共々、丁奉は杓子を持った妻に家を追い出された。
散々説明したにも関わらず諦めの色すら見せない双子に諦めて丁奉は子連れ登城を決心した。
家の敷地から一歩出ると往来の人々の視線は丁奉と彼の両腕を掴んで離さない双子に集中した。
瑞も鶴も容姿は丁奉に一切似ず100%妻似で、女子である瑞は勿論の事男子である鶴も小柄な体格であった。
その上双子は元気で活発な性格の割に余り家からは街へとは出ず、庭で鍛錬をしていたり近頃は鶴が勝手に弟子入りした左慈という仙人の所へ瑞も付いて行っているらしい。
となるとご近所、街の皆さんは瑞と鶴の双子を見ても=丁奉の家の子供とはならず一体朝っぱらから両腕に年端もいかぬ男女を侍らせてどういう関係なのだろうと行き違う人々は丁奉達三人に邪推の目を向けた。
目は口程にものを言うと言うのは誠だと丁奉は己に突き刺さる人々の視線に染み染みと思った。
余りの視線の数に丁奉は城までの道すがら「この子達は私の子供です」と叫びたい衝動に駆られた。
しかしその行動は行動で呉に仕える一将として如何なのだろうかと思い踏み止まる。
そうこうしている内に職場である城に着き、中に入った所で周瑜と魯粛の二人にばったり出会す。
何時もならお互いに挨拶を交わす所なのだが周瑜と魯粛の視線は丁奉の両腕にいる瑞と鶴に向けられていた。
挨拶をしようにもしにくいその雰囲気に困り果てる丁奉。
その雰囲気を破ったのは周瑜の咳払いであった。
「あー・・・人の趣味には口出すつもりは無いのだ私は
だが、しかし」
「愛には色々とありますが流石に職場へ愛人を連れ込むのは如何なものかと思いますよ」
言葉を選び過ぎて言い淀む周瑜に対し、魯粛ははっきりと物を言った。
魯粛の言葉に双子は愛人が自分達を指す言葉だとは思っていないのか衝撃を受けた表情で丁奉を見るのだが、丁奉は色々と誤解を正したい。
「魯粛殿が言っているのはお前達の事であって私は一度も城に愛人を連れ込んだ事は無い。
そして周瑜殿、魯粛殿。この二人は私の実の子です!!!」
家を出てからここに着くまで丁奉が溜めに溜めた思いをめいいっぱい吐露した。
それはもう、丁奉の声が城中に響く勢いでである。
周瑜と魯粛は丁奉の大声に驚いたがそれ以上に自分達が丁奉の幼い愛人と思っていた二人が彼の実子という事実に驚いた。
「丁奉殿、流石にその言い訳は苦しいものがある」
「失礼ながらお二人共丁奉殿に似た所が見受けられないんだが」
まさかこんな所で双子の容姿が100%妻似である事が仇をなすとは丁奉は思いもしなかった。
己を呆れ目で見る周瑜と魯粛に誤解を解こうにもこれ以上なす術なく丁奉は途方に暮れる。
双子からも何か言う様、丁奉は視線を送るのだが双子は双子で勘違いされたままでも良いらしく意味あり気に掴む丁奉の腕を掴み直し枝垂れかかる。
一体、そんな艶のある仕草を何処で覚えて来たのか緊急の家族会議を行いたい丁奉であるがその前に己が軍法会議にかけられそうでそれどころでは無い。
そんな絶対絶命の丁奉に味方が現れた。
「皆さんこんな所でどうされたんですか?」
廊下の真ん中での只ならぬ雰囲気を察して駆けて来たのは陸遜であった。
斯く斯く然々と丁奉が説明すると陸遜はひとしきり笑い、丁奉の代わりに説明してくれた。
「それは丁奉殿災難でしたね」
「笑い事では無いです陸遜殿」
丁奉の両腕にいるのは正真正銘、丁奉の実子である事。
二人が丁奉の実子でありながら似ていないのは二人が丁奉の妻似であるからと陸遜は改めて説明する。
丁奉本人が言うと言い訳の様に聞こえた説明も第三者である陸遜の口から話されれば不思議と信憑性が増した。
しかし、丁奉の妻と面識のある者ならいざ知らず、周瑜も魯粛も面識どころか一目も見た事がない為後もう一息が足りない。
「ああ、丁奉殿に似ている所と言えば、これは瑞殿だけなのですが」
陸遜は思い出した様に瑞へと話を振った。
「瑞殿は丁奉殿に似てかなりの怪力持ちなんです。鶴殿は見た通りもやしですが」
「突然俺を下げる発言止めてもらえますか陸遜様???」
むくれる鶴には構わず陸遜は瑞に丁奉を持ち上げる様に指示をすると承知した瑞はそれは軽々と、まるで空の籠でも持ち上げる様に丁奉を抱き上げる。
年端もいかぬ娘が大柄の男を抱き上げる光景に周瑜と魯粛は目を瞬かせて固まった。
結果として丁奉の娘でも無いのに怪力な娘はそうそういないと二人は納得した。
瑞が実子と認められた事で瑞と瓜二つな鶴も芋づるで丁奉の身内と認められた。
「丁奉の娘の瑞です」
「息子の鶴です」
誤解が解けた所で瑞と鶴は改めて自己紹介をした。
瑞と鶴の兄に当たる丁温とは面識のあった周瑜と魯粛はまじまじと二人を見た。
「すまなかった丁奉殿。まさか貴殿に奥方似の双子の子がいるとは知らなかったものであらぬ疑いをかけてしまった」
「よくある事なのでお気になさらず周瑜殿」
そう、よくある事なのである。
誤解を解いてくれた陸遜も双子と初対面の時は周瑜や魯粛同様あらぬ疑いをかけたし、押しかけ弟子になった鶴の師匠・左慈がわざわざ丁家に挨拶にやって来た時も余り動かない表情筋をめいいっぱい使い驚いていた。
これは丁家の、丁奉の宿命と言えば大袈裟だが何時もの事なのである。
「それで丁奉殿は何故双子をこの城に?」
「そうだ。これを」
周瑜と魯粛の誤解を解いてくれた陸遜はそれだけで終わらすどころか丁奉が双子を城へと連れて来た事を思い出した。
丁奉は懐から件の書状を取り出して三方へと見せる。
それを読んでいた三方は先程の瑞の怪力を見ていただけに好感な反応であるがやはり孫権直筆とはいえ歪な文字の羅列に疑問を呈していた。
「確かに孫権様の字だが一体これはどういう状況で書かれていたのかね」
「これは私の不徳のいたす所でございます」
周瑜の問いに丁奉は瑞と鶴から聞いた話をそのまま白状した。
双子は軽く話していたが城勤めをする丁奉からすれば大問題である。
城へと不法侵入した上、一国の主人を酒を用いて謀ったのである。
本人達は軍に入りたいが為に行った事であるがもしこれが途中で見つかっていたら暗殺や謀反と疑われ家ごとお取潰しにあっていても仕方の無い事であった。
それもこれも家での不適切な発言とその晩は在宅していたにも関わらず双子の不在を何時もの事と済ましていた己の無関心である事だと考えていた丁奉は只ひたすらに頭を下げた。
そんな父親の様子にやっと事の重大さが分かって来たのか鶴も頭を下げ、瑞は謝りながら涙を零す。
遠目で見てもその巨体からよく目立つ丁奉が頭を下げており、その両脇に控える子供の内男児は父親と同じく頭を下げて、もう片方の女児に関してはその声が辺りに響く程にわんわんと泣いていた。
決して周瑜達が泣かせてる訳では無いのだが何も知らない者達から見れば何方が悪者と思われるのだろう。
魯粛の目配せに周瑜が辺りを伺えば見回りの兵士や廊下を行き交う文官女官達は頭を下げる丁奉達と周瑜達を見比べて、主に周瑜達に冷やかな視線を向けていた。
きっと彼等の心は一つである。
「大の大人が三人も集まって何、年端もいかぬ子供を泣かせているんだ」
と、
そんな状況で動きを見せたのは陸遜であった。
さりげなく未だ「ごめんなさい」と譫言の様に言って涙を流す瑞の肩を抱き、清潔な布を差し出して泣き止む様優しく語りかける。
次に動いたのは魯粛で、頭を下げたままの鶴の肩を叩き、頭を上げる様これまた優しく促した。
この二人の行動は道行く人達の目には好感に写り、冷たい視線は周瑜一人へと束ねて向けられる。
思わず二人に対し「裏切り者!!」と叫ばなかった周瑜は大人である。
見回りの兵士も文官も女官も彼等の側を通り過ぎるが何も言わない。
けれどその視線は鋭く冷たい。
そんな視線にいくつも刺された周瑜は手を握り肩を震わせ、目を瞑る。
暫くして閉じていた瞳を開いた周瑜は丁奉の肩を優しく叩いた。
「今回の件は不問にいたそう」
確かに双子のした事は問題であるが、先程見た瑞の怪力は是非とも軍の増強に欲しい物であった。
鶴に関しては一体何が得意なのか分からないが雰囲気からして只の凡人とは周瑜は思え無かった。
三国に別れた天下を一つにするにはまだ遠く使える人材が多いに越した事は無い。
問題を不問にするどころか軍に起用してもらえるとなり、先程迄のお葬式の様な空気から一変、双子の嬉し楽しそうな表情にやっと周瑜に向けられた蔑む様な視線は消えた。
嬉しさのあまりその場で飛び跳ねる瑞に注意を入れる丁奉を周瑜は自身に引き寄せる。
小さく小声で丁奉に「その代わりに」と囁く周瑜。
「丁奉殿は確か孫権様の禁酒に関しては賛成でも反対でも無い中立でしたな」
先の赤壁の大戦以降この呉の国が方針に関して意見を真っ二つ別れる事は久しく無かった。
しかし今になって呉はとある計画について賛成と反対に別れている。
その計画とは周瑜引きいる孫権の酒乱被害者の会が推し進める【孫権様禁酒計画】である。
賛成派は周瑜を先頭に陸遜、魯粛、それに散々酔った孫権の絡まれた被害者達。
計画の内容としては一口でも酒が口に入ると歯止めが効かず泥酔。
そんまま絡み酒となってしまうので何か外交的、外聞的に問題が起こる前に禁酒をしてしまいましょうという至極単純な計画である。
対して反対派は孫策率いる楽しいお酒が飲みたい皆さんである。
「禁酒なんて権が可哀想だろう」と言う弟思いな孫策と計画が実行されると宴会が今より減る事に危惧している甘寧、凌統、それに呂蒙とお酒を愛して止まない皆さんである。
中立派の孫堅は酒を片手に静観を決め込んでおり黄蓋達古参の将達も孫堅に倣って中立の立場にいた。
そして丁奉もどちらの言い分も分かるが故に中立という立ち位置にいたのだが
「そもそもこれは孫権様が酒乱でなければ起きなかったもしれないしご子息も考えつかなかったかもしれない」
周瑜は不問にする代わりに丁奉を賛成派に取り込むつもりらしい。
彼の立案した計画は孫権に近しい者達に収まらず将兵や文官達も巻き込んでいる。
けれどなかなか賛成と反対双方の数に大きな差は無く、それでは埒があかないと何方も最終手段として練師を取り込もうと彼女の元に双方の使者が連日参っているという。
何方かに練師が付けばこの暫く続いた抗争は終局となるのだが支持数が増えるに越した事はない。
「賛成派に回ってくれますな?丁奉殿」
にっこりと笑う周瑜に丁奉は心の中で孫権に謝りながらも只、己の首を縦に振る他無かった。
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