管理人の娘
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結果から言えば、やはりと言うべきか赤ん坊の両親は既に死んでいた。
それを聞かされた日の事をフィルチはよく覚えている。
フィルチ本人の意思などなく無理矢理に押し付けられた赤ん坊は逆に此方が心配になるくらい泣かない赤ん坊だった。
まるでフィルチの生活を理解するかの様に彼が管理人室に戻ってくるタイミングで己の要求を主張するかのように一泣きするのだ。
それはたまに預かるポピー・ポンフリーやマグゴナガルの所でも同様でその赤ん坊らしくない様子に二人は憐憫の眼差しを浮かべていた。
そこまで泣かない赤ん坊であるが、ダンブルドアがその日赤ん坊の両親の死を知らせた時、赤ん坊は突然泣き出した。
お腹が空いたのかオムツの交換か、確認するも何れも違う。
赤ん坊はひたすら泣き続けた。
その小さな体で、
このまま涙を出し続けて干からびてしまうのではと思う程泣き続けた。
赤ん坊は理解したのだろうか自分の愛する家族が死んでしまったという事を
まさかと思いながらも赤ん坊のその様子に信じずにいられなかった。
「悲しいな。悲しいな」
気付くとフィルチは赤ん坊を抱えて椅子に腰掛けており、あやしながら声をかけていた。
「家族がいないのは寂しいな。
だが、お前にはまだ家族はいる。
このホグワーツはお前の家だ。
儂もミセス・ノリスも、勿論先生方もお前の家族だ。
だから、だから
お前は一人じゃない」
ゆっくりと腕の中の赤ん坊に語りかけると泣き声は次第に小さくなって言った。
それまで傍観していたミセス・ノリスがフィルチの膝に乗り、彼の腕の中でしゃくりあげている赤ん坊の顔を覗き込む。
「ほら、彼女もお前は一人じゃないと言っている」
フィルチにはミセス・ノリスの言葉は分からない。
だが、赤ん坊を見つめる彼女の瞳は今まで見た事がない程慈愛に満ちている。
彼女はフィルチの言葉に同意するかの様に一鳴きして涙で濡れた赤ん坊の頬を母猫が子猫にするそれの様に優しく舐めた。
猫のざらりとした舌の感触に一瞬、目を見開いて固まった赤ん坊であったがすぐに慣れたのか頬を緩ませくすぐったそうに声をあげて笑いだす。
赤ん坊と愛猫の仲睦まじい様子にフィルチは安堵の息を吐き、深く椅子に凭れ掛かった。
「さて、フィルチよ」
赤ん坊の慰めに途中参戦したミセス・ノリス同様今の今迄傍観を貫いていたダンブルドアがやっとその口を開いた。
「・・・何でしょう。校長先生」
「お主の見事な父親っぷりに儂はとても感動した」
小さく賞賛の拍手を送ってくるダンブルドアにフィルチは「はあ」と気の無い返事を返す。
フィルチは既に疲れ果てていた。
朝から晩まで城の整備に走りつつ時たま赤ん坊の様子を見にあっちへ行っては管理人室にこっちに行ってはまた管理人室にを一日繰り返し足は棒の様に硬く浮腫んでいる。
疲れた胃に何とか夕食を流し込み、ポピー・ポンフリーにお風呂に入れてもらい頬を赤く火照らせた赤ん坊の顔を見て「明日も早い。早く寝よう」とした所での来客。
そして先程の騒動である。
フィルチは疲れている上にとても眠かった。
それこそ赤ん坊を腕に抱いたまま眠ってしまいそうな程に
だからか彼には今のダンブルドアの瞳が何時ぞやの様にキラキラと輝いているのが気付けなかった。
「しかしそろそろ赤ん坊を“お前”と呼び続けるのも不便じゃろう。何かこの子にぴったりの名前はないかね」
「それなら、少し前から考えていた名前が」
「ほうほう。それは一体どんな名じゃ」
「カメリア、という名前はどうかと」
「ほうほう」
良い名じゃな、とダンブルドアの笑みが深まったのだがやはりフィルチは気付かない。
「すまんがアーガス。この用紙にその名の綴りを書いてくれぬかのう。
せっかくじゃから長期休暇で学校を離れておる先生方にも伝えたい」
そういう事ならとフィルチはダンブルドアが魔法で出した用紙にペンで名前を記した。
そして何故か言われるがままにフィルチ自身のフルネームも書かされて
はた、と眼が覚める。
ダンブルドアの方からは悪戯が成功して喜ぶ子供の様な笑い声が聞こえた。
「今日という日はお主ら親子にとってとても目出度い日となるじゃろう」
「校長先生、先程私がサインしたのは」
「これじゃ」
惜しげもなくフィルチの前に出された用紙には細かな字でいくつもの言葉が並んでいる。
用紙の一番上には他の文字より少し大きく主張する“養子縁組”の文字。
「これでお主達は晴れて親子となった。
いやー誠目出度い。
さっそくミネルバとポピーにも報告しなくては
アーガスよ。こんな夜分に済まなかった。
養子縁組の件は儂の方で進めておくから今日はゆっくり休みなさい。
それでは」
おやすみ。とダンブルドアは事の結末に満足したのかさっさと管理人室を出ていった。
嵐が過ぎ去った後の様に静かな部屋でもう何が何だか理解の追いつかないフィルチは茫然としていた。
そんなフィルチの腕の中で大人しくしていた赤ん坊が声をあげる。
彼も慣れたもので赤ん坊の声を聞いただけで赤ん坊が何を求めているのか何となくわかる迄になっていた。
「ああ、ミルクが欲しいのか。
少し待っておれ」
一度赤ん坊をベビーベッドに降ろし、粉ミルクを溶かすお湯を沸かそうとフィルチが踵を返しかけた所で袖が引かれる。
今に己から離れようとするフィルチの服の袖を赤ん坊がぎゅっと掴んでいた。
「袖を離してくれんとお前の飯が作れんよ」
赤ん坊は暫くフィルチを見つめ、そして涎に濡れた口を開き「あー」「うー」と喋った。
何時もの食事やオムツの交換を求める短いものでなく、まるで会話をする様に
「・・・これからよろしくとでも言いたいのか?」
まだ単語もまともに発せない赤ん坊であるが、フィルチはこの赤ん坊がそう言っている様に聞こえた。
何を馬鹿なことをと思いながらも妙に察しの良い赤ん坊なので否定しきれない。
すると向こうからフィルチの言葉を肯定する動作が見られた。
「そうか、よろしくか。
・・・こちらこそ」
フィルチは慈愛に満ちた笑みを赤ん坊に向け、そのぽってりとした柔らかな頬を撫でる。
こうしてアーガス・フィルチは一児の父となった。